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23 目覚める少女、目覚める男 すべて後から聞いた話だ。 いやいやながら竜に跨った救援の教師達が、タバサの先導で空き地に辿り着いた。その時そこには動くものは何一つ無かった。 最初に目に付いたのは、盛り上がった土の小山。そして、その脇に赤く染まる草地。ぼろくずのように転がった男。愛らしい無心な寝顔を見せる少女。最後に、放り出された錆びた剣。 気絶した少女に応急手当を、男に治癒魔法をかける。ミス・ロングビルの姿を方々探し回ったが、見つけることは出来なかった。 仕方なく二人と一本を抱えて学院に戻り、ルイズを部屋まで運んで行く。使い魔の男は傷がひどい。「治癒」に秀でた教師を呼ぶ。 タバサとキュルケを従えて院長室に入る。入るも、陰鬱な気を発するの上司に耐えかね、報告は生徒に任せてそそくさと退散。 少し遅い午餐をとり、軽く話し合う。午後から、再度ミス・ロングビルの捜索に出向くことに決まった。 帰って来そうに無い杖の一本などには思い入れもなかったが、学院の才媛となれば話は別だ。それに、危険は既に逃げ去っている筈だった。 救援の教師も、二人の生徒も、誰もが思っていた。つまり、失敗したのだと。返り討ちに遭い、破壊の杖は奪われ、逃亡を許し、二人が無残な姿を晒した。 そして、一人は未だ森林の中で助けを待っているのだと。 全て間違っていた。全員が真相を知ることは出来なかった。意気揚々と捜索隊を乗せた竜が、大空へ飛び上がってゆく。 ルイズは目を開く。天井が見えた。ぼんやりとした気分。何か、懐かしい夢を見ていた気がする。小さく開いた窓から、涼しい風が吹き込む。 子供の頃の夢か。多分そうだろう。ほかに懐かしいものなんてないし。それともそんな夢じゃなかったか。むくりと起き上がる。見慣れた自分の部屋。 「おう、やっと起きたか」 夢の尻尾を断ち切る声。視線を声のする方へ。見慣れた自分の部屋のドア。 「おいおい、まだ寝ぼけてんのか?」 下へ。壁際に古びた剣が落ちている。鞘から少し出た刀身。立てかけられていたのが倒れたのか。その音で目が覚めたのかもしれない。 デルフリンガーを見るルイズ。瞼も意識も、まだ半分しか働いてない。 「大丈夫かよ、おい…。後遺症でどっかおかしくなっちゃいねえだろうな」 心配そうな声までかけられた。後遺症って、なんのよ――― 目が覚めた。思い出した。助けを求めたその直後、頸に強い衝撃が加えられた。あれは多分、当て身だ。打撃の感覚が今も残っている気がする。 そして、急激に体が重くなる感覚。手からすり抜ける破壊の杖。飛び行く意識が最後に見た、ミス・ロングビルのあの笑顔、それが意味するもの。 「ミス・ロングビル…じゃないのね? あれがフーケだったのね? フーケは!?」 ベッドから飛び出るルイズ。 歩きながら服装を確認。倒れた時のまま、マントまでそのままだ。服に付いた土と葉が、シーツをうっすらと汚している。気にするな、今は。 「死んだよ」 杖はどこだ? テーブルの上に無雑作に置いてある。手に取り、床の剣に向き直る。 「フーケはあれからどうしたの!? 逃げた!?」「だから、死んだって」 え。動きが止まる。今、なんて言った。 「何度も言わせんなよ。死んだよ。殺された」 突然のことにルイズは言葉を失う。読んでいた本を急に取り上げられたような気分。 誰に、と言いかけて飲み込む。 「デーボは?」 ここに剣がある理由をふと想像する。まさか。大きな喪失案、それに僅かな安堵感が混じる。 「あいつか? 生きてるよ。今、ここのメイジが治療中だ。飛び出た骨が体内に引っ込んでくのは見てて面白いな」 感情の混合が消えゆく。 「なんつったか、ハーバードだったか? そいつが治療してるから大丈夫だとよ。知ってるか?」 知っている。学院じゃ有名な教師だ。 土+水+水のトライアングル。治癒のエキスパート、「血液」のハーバード・ウエスト。彼の手にかかれば、死体も息を吹き返すと言われる。 倫理的に世間から逸脱した彼は学院長と対立し、今は冷や飯を食わせられていると聞いている。緊急事態だ、構っていられないのだろうか。 デーボはまず助かるだろう。まだ、彼を従えることができる。…ことになった? 我知らず息を吐くルイズ。 「なんだなんだよ、その溜息は。起きてきたら礼の一つも言ったほうがいいぜ。あいつのお蔭で助かったんだぜ」 言わずもがなだ。だが、あいつのお蔭。 「あいつが…、デーボが、フーケを、その。…殺したのね?」 そうだよ。そう言ってるだろ。剣が言う。言ってないでしょ。いや、言い争う気力はない。 なくなった。 「…どうやって?」 聞きたいのか? 質問に質問で返される。聞きたくないわよ。少なくとも一人では。 「………。学院長先生に報告しましょう。」 ルイズは重い足取りで剣を拾い、学院長室へ向かった。部屋を一歩出て、廊下に置かれている人形に目をやる。 「どうする?」「後で」 恐ろしく短い会話。後は完全に無言だった。遠くから授業の声が聞こえる。誰かが魔法を失敗したか、小さな破裂音も。 森の中の空き地に、捜索隊が再度降り立った。 正義感と若干の勇気を持つ教師、下心と功名心を持つ教師、役立たずの汚名を少しでも返上しようという教師で構成されていた。 そこを基点とし、四方八方に散った。大声で呼びかけた。草むらをかき分けた。だが、見つからない 再度空に上がりもした。潰された小屋の、残骸の陰まで覗き込んだ。だが、見つからない。表情に暗い影が差す。 だが、どこを探しても見つからない。時間ばかりが過ぎる。空き地に戻った教師達の間にある予感が漂う。嫌な、不吉な、悪い予感が。 やがて、一人が意を決したように言った。そこの土山も探しましょう。幾人かが低く呻く。 万が一の事を考えて、微弱な旋風で土を削り払ってゆく。舞い上がる土埃。 山の中から黒いものが見える。杖を振る手を止め、恐る恐る覗き込む。光沢の無い黒い筒。装飾なのか、薄い板が脈絡無く貼り付けられている。ように見える。 一人が驚く。こりゃ破壊の杖ですよ! 全員が驚く。当然の如く湧き出る疑問。なぜここにある。なぜフーケはこれを持って行かなかった。 いや、理由は後から探せばいい。学院長の杖だ。すなわち手柄だ。生徒に先を越されるのを、指をくわえて見るだけだったのだ。今取らなくてどうする。 時間が経てば点滅して、そのうちパッと消えてしまう。そんな錯覚に陥った一人の教師が、慌てて小山に飛び乗った。力を込めて杖を引っ張る。 杖の大部分が見える。中程の金具に指を絡めた、土にまみれたでこぼこの細い手も。 周りで見ていた教師が驚く。山の上の教師は気付かなかった。彼の目には筒先の暗黒しか映らない。 肉と筋と皮が杖に絡みつく。杖と一緒に引っ張られる。骨は砕けてよくわからないが、長さからみて肘あたりだろうか。 地面から引きずり出される。そこまでだった。土と人の重みが胴体を抑えつけている。 教師は功を焦った。さらに力を込める。負荷がかかる。伸びきった腕に。その先の手に、指に。それが絡まるトリガーに。 乾いた金属音。空気が排出されるような音。爆発。爆風に乗って飛来する何かの破片。吹き飛ぶ土砂。怯えて飛び立つ竜。 棒立ちになっていた見物していた人間に襲いかかる。とっさに伏せることが出来る者はいなかった。ほぼ全員が何らかの怪我を負った。 鈍い動作で立ち上がった教師陣。傷の治癒も忘れ、呆然と土煙を眺める。 彼らは二つの死体を発見した。 吹き飛ばされた土の下に、圧壊した盗賊の死体。ひどくひしゃげて男女の区別もつかない。右腕は高熱を受けて焦げ爛れている。 耳鼻眼口から出た液体が土と混じり、顔中に付着している。その顔もひどく浮腫んで、人相がはっきりしない。 土まみれの髪の色と服装から判断するしかない。 失われた山の稜線。そこから少し離れた所に飛んでいった、仰向けの教師の死体。胴体の前面は炸裂した弾頭に切り裂かれ、あるいは食い込まれている。 頭が失われ、ギザギザの首の断面から血液が勢いよく流出している。 ある者は昼食を大地に返した。あるものは始祖に、理不尽な呪詛の言葉を吐いた。ある者はただ取り乱した。 言葉を失った彼らが何か建設的な行動を再開するのには、今しばらくの時間がかかった。 本塔六階、学院長室。ルイズが剣を抱えて遠慮がちにドアを叩く。 盗賊は死んだ。ミス・ロングビルも死んだ。二人は同一の人間だった。剣の言葉を信用するならば、の話だが。 信用しよう。すぐばれる嘘をつくほど、彼女も剣も卑しくはないようだ。 ミス・ヴァリエールと、彼女の使い魔の詳細な報告を聞いて考え込む。 やや青い顔をしている少女に優しく休むように促す。一人と一本が部屋から出て行き、静かになる。モートソグニルがナッツを齧る音。 気が休まった。無論、失ったものは大きい。だが思えば最初から仕組まれていたのだろう。 居酒屋で給仕をする女。媚を売るような仕草。自分のような老人に。見下されるのとも、憐れまれているのとも違うあの目つき。 思わず言ってしまった、秘書にならないか? と。快く承諾し、よく働いてくれた。それもこれも、この為だったのか。 見抜けなかったことは悔しい。あの尻も二度と触れないとなれば、惜しいという気持ちもある。 しかしあの旧い友情と、学院の威信を天秤にかけてまでのものではない。確認するように言い聞かせる。 そう、この際ミス・ロングビルの悪意は関係ない。死人の意思をどうこう言うほど狭量ではないつもりだ。 杖はもうすぐ返ってくる。ミス・ロングビルは帰ってこない。既に死んだ。要は、チャラということだ。 楽しげに飛んでいったあの教師どもが、帰り杖が宝物庫に戻ったら。オールド・オスマンは寛大な気持ちで思う。 三人の学生には褒章を与えなければならないな。 椅子に腰を掛け直す。深く、ゆったりと。壁にかかった鏡を見る。知恵と安らぎを湛えた老人の姿が映る。 薄暗い部屋でデーボは目を覚ます。薄暗いはずだ、窓がない。ランプの明かりだけが部屋を照らしている。無人の部屋。壁も天井も石。半開きのドア。 最後の記憶を思い出す。盗賊を握りつぶし、殺した。魔法が切れたのか、土くれに戻るゴーレム。全身が崩壊する痛みに耐えかねて――気絶したのか。 さて、ここはどこだ。堅いベッドから降り立つ。体の傷はほとんど癒えている。腹も減っていない。 何かの罠か? だったらこんな風に、机の上に短剣を放っておくだろうか。取る。何も起こらない。ポケットに仕舞う。 部屋を出る。廊下も暗い。燭代の明かりが不規則に灯っている。通路の奥に上り階段。ここは地下か。 「もう起きたのかね」 後ろから男の声。反射的に振り向く。同時にナイフを構え、中腰。男は肩をすくめる。 若いメイジ。マントは白い。目には微かな狂気。だが、敵意は感じられない。 聞けば自分を治療した張本人だという。男は気分を害した様子もなく、しきりとデーボの生命力に感心していた。 見送られるように地下を出た。覆いかぶさるように塔がそびえる。陰になって、光度の差を和らげる。 日の高さがよく判らない。本塔の北側に出たか。いや、ここが北半球とは限らない。考えを放棄する。 とりあえず、ルイズの部屋へ向かう。 塔の周りを半周し、日の沈む方と反対に――こっちは東なのか?わからない。地図も磁針も持っていない――向かう。 破壊の杖が、震える手で差し出された。杖の威力に恐れをなした教師達は、オールド・オスマンに見せるまで杖に触れようともしなかった。 厳かにレビテーションで運び、ただ衝撃も振動も与えないように精神力を注ぎ込んだ。 手以上に震える声で、報告する。一人が杖を暴発させ死亡。そしてミス・ロングビルもまたゴーレムに殺されたと。 セコイアの机の上に置かれた杖。その間抜けな教師の血と土と、至近距離での爆発の焦げと傷跡。そして衝撃が杖自体を微かに曲げている。 怒りが湧いてくる。死人に怒りはぶつけられない。目の前の教師達を睨む。 「フ、フーケの行方は未だ不明でして、ハイ…。我々も八方、手を尽くしたのですが…残念です」 心底残念そうな声で報告する教師。 悔しさではなく、残念? 盗賊の追撃もせず、救援にも嫌々ながら。全てが終わってから手柄を掠めようとしたそれすら出来ずに、他人事のように残念だと? 「こ、このような失態は二度と繰り返しは致しません! 再度フーケがこの学院を狙うようなことがあれば、我々が――」 限界が来た。 敷地の隅々まで響き渡る怒号が響き渡る。馬鹿め!奴は死んだわ! オールド・オスマンは竜の如く吠えた。 ----
23 目覚める少女、目覚める男 すべて後から聞いた話だ。 いやいやながら竜に跨った救援の教師達が、タバサの先導で空き地に辿り着いた。その時そこには動くものは何一つ無かった。 最初に目に付いたのは、盛り上がった土の小山。そして、その脇に赤く染まる草地。ぼろくずのように転がった男。愛らしい無心な寝顔を見せる少女。最後に、放り出された錆びた剣。 気絶した少女に応急手当を、男に治癒魔法をかける。ミス・ロングビルの姿を方々探し回ったが、見つけることは出来なかった。 仕方なく二人と一本を抱えて学院に戻り、ルイズを部屋まで運んで行く。使い魔の男は傷がひどい。「治癒」に秀でた教師を呼ぶ。 タバサとキュルケを従えて院長室に入る。入るも、陰鬱な気を発するの上司に耐えかね、報告は生徒に任せてそそくさと退散。 少し遅い午餐をとり、軽く話し合う。午後から、再度ミス・ロングビルの捜索に出向くことに決まった。 帰って来そうに無い杖の一本などには思い入れもなかったが、学院の才媛となれば話は別だ。それに、危険は既に逃げ去っている筈だった。 救援の教師も、二人の生徒も、誰もが思っていた。つまり、失敗したのだと。返り討ちに遭い、破壊の杖は奪われ、逃亡を許し、二人が無残な姿を晒した。 そして、一人は未だ森林の中で助けを待っているのだと。 全て間違っていた。全員が真相を知ることは出来なかった。意気揚々と捜索隊を乗せた竜が、大空へ飛び上がってゆく。 ルイズは目を開く。天井が見えた。ぼんやりとした気分。何か、懐かしい夢を見ていた気がする。小さく開いた窓から、涼しい風が吹き込む。 子供の頃の夢か。多分そうだろう。ほかに懐かしいものなんてないし。それともそんな夢じゃなかったか。むくりと起き上がる。見慣れた自分の部屋。 「おう、やっと起きたか」 夢の尻尾を断ち切る声。視線を声のする方へ。見慣れた自分の部屋のドア。 「おいおい、まだ寝ぼけてんのか?」 下へ。壁際に古びた剣が落ちている。鞘から少し出た刀身。立てかけられていたのが倒れたのか。その音で目が覚めたのかもしれない。 デルフリンガーを見るルイズ。瞼も意識も、まだ半分しか働いてない。 「大丈夫かよ、おい…。後遺症でどっかおかしくなっちゃいねえだろうな」 心配そうな声までかけられた。後遺症って、なんのよ――― 目が覚めた。思い出した。助けを求めたその直後、頸に強い衝撃が加えられた。あれは多分、当て身だ。打撃の感覚が今も残っている気がする。 そして、急激に体が重くなる感覚。手からすり抜ける破壊の杖。飛び行く意識が最後に見た、ミス・ロングビルのあの笑顔、それが意味するもの。 「ミス・ロングビル…じゃないのね? あれがフーケだったのね? フーケは!?」 ベッドから飛び出るルイズ。 歩きながら服装を確認。倒れた時のまま、マントまでそのままだ。服に付いた土と葉が、シーツをうっすらと汚している。気にするな、今は。 「死んだよ」 杖はどこだ? テーブルの上に無雑作に置いてある。手に取り、床の剣に向き直る。 「フーケはあれからどうしたの!? 逃げた!?」「だから、死んだって」 え。動きが止まる。今、なんて言った。 「何度も言わせんなよ。死んだよ。殺された」 突然のことにルイズは言葉を失う。読んでいた本を急に取り上げられたような気分。 誰に、と言いかけて飲み込む。 「デーボは?」 ここに剣がある理由をふと想像する。まさか。大きな喪失案、それに僅かな安堵感が混じる。 「あいつか? 生きてるよ。今、ここのメイジが治療中だ。飛び出た骨が体内に引っ込んでくのは見てて面白いな」 感情の混合が消えゆく。 「なんつったか、ハーバードだったか? そいつが治療してるから大丈夫だとよ。知ってるか?」 知っている。学院じゃ有名な教師だ。 土+水+水のトライアングル。治癒のエキスパート、「血液」のハーバード・ウエスト。彼の手にかかれば、死体も息を吹き返すと言われる。 倫理的に世間から逸脱した彼は学院長と対立し、今は冷や飯を食わせられていると聞いている。緊急事態だ、構っていられないのだろうか。 デーボはまず助かるだろう。まだ、彼を従えることができる。…ことになった? 我知らず息を吐くルイズ。 「なんだなんだよ、その溜息は。起きてきたら礼の一つも言ったほうがいいぜ。あいつのお蔭で助かったんだぜ」 言わずもがなだ。だが、あいつのお蔭。 「あいつが…、デーボが、フーケを、その。…殺したのね?」 そうだよ。そう言ってるだろ。剣が言う。言ってないでしょ。いや、言い争う気力はない。 なくなった。 「…どうやって?」 聞きたいのか? 質問に質問で返される。聞きたくないわよ。少なくとも一人では。 「………。学院長先生に報告しましょう。」 ルイズは重い足取りで剣を拾い、学院長室へ向かった。部屋を一歩出て、廊下に置かれている人形に目をやる。 「どうする?」「後で」 恐ろしく短い会話。後は完全に無言だった。遠くから授業の声が聞こえる。誰かが魔法を失敗したか、小さな破裂音も。 森の中の空き地に、捜索隊が再度降り立った。 正義感と若干の勇気を持つ教師、下心と功名心を持つ教師、役立たずの汚名を少しでも返上しようという教師で構成されていた。 そこを基点とし、四方八方に散った。大声で呼びかけた。草むらをかき分けた。だが、見つからない 再度空に上がりもした。潰された小屋の、残骸の陰まで覗き込んだ。だが、見つからない。表情に暗い影が差す。 だが、どこを探しても見つからない。時間ばかりが過ぎる。空き地に戻った教師達の間にある予感が漂う。嫌な、不吉な、悪い予感が。 やがて、一人が意を決したように言った。そこの土山も探しましょう。幾人かが低く呻く。 万が一の事を考えて、微弱な旋風で土を削り払ってゆく。舞い上がる土埃。 山の中から黒いものが見える。杖を振る手を止め、恐る恐る覗き込む。光沢の無い黒い筒。装飾なのか、薄い板が脈絡無く貼り付けられている。ように見える。 一人が驚く。こりゃ破壊の杖ですよ! 全員が驚く。当然の如く湧き出る疑問。なぜここにある。なぜフーケはこれを持って行かなかった。 いや、理由は後から探せばいい。学院長の杖だ。すなわち手柄だ。生徒に先を越されるのを、指をくわえて見るだけだったのだ。今取らなくてどうする。 時間が経てば点滅して、そのうちパッと消えてしまう。そんな錯覚に陥った一人の教師が、慌てて小山に飛び乗った。力を込めて杖を引っ張る。 杖の大部分が見える。中程の金具に指を絡めた、土にまみれたでこぼこの細い手も。 周りで見ていた教師が驚く。山の上の教師は気付かなかった。彼の目には筒先の暗黒しか映らない。 肉と筋と皮が杖に絡みつく。杖と一緒に引っ張られる。骨は砕けてよくわからないが、長さからみて肘あたりだろうか。 地面から引きずり出される。そこまでだった。土と人の重みが胴体を抑えつけている。 教師は功を焦った。さらに力を込める。負荷がかかる。伸びきった腕に。その先の手に、指に。それが絡まるトリガーに。 乾いた金属音。空気が排出されるような音。爆発。爆風に乗って飛来する何かの破片。吹き飛ぶ土砂。怯えて飛び立つ竜。 棒立ちになっていた見物していた人間に襲いかかる。とっさに伏せることが出来る者はいなかった。ほぼ全員が何らかの怪我を負った。 鈍い動作で立ち上がった教師陣。傷の治癒も忘れ、呆然と土煙を眺める。 彼らは二つの死体を発見した。 吹き飛ばされた土の下に、圧壊した盗賊の死体。ひどくひしゃげて男女の区別もつかない。右腕は高熱を受けて焦げ爛れている。 耳鼻眼口から出た液体が土と混じり、顔中に付着している。その顔もひどく浮腫んで、人相がはっきりしない。 土まみれの髪の色と服装から判断するしかない。 失われた山の稜線。そこから少し離れた所に飛んでいった、仰向けの教師の死体。胴体の前面は炸裂した弾頭に切り裂かれ、あるいは食い込まれている。 頭が失われ、ギザギザの首の断面から血液が勢いよく流出している。 ある者は昼食を大地に返した。あるものは始祖に、理不尽な呪詛の言葉を吐いた。ある者はただ取り乱した。 言葉を失った彼らが何か建設的な行動を再開するのには、今しばらくの時間がかかった。 本塔六階、学院長室。ルイズが剣を抱えて遠慮がちにドアを叩く。 盗賊は死んだ。ミス・ロングビルも死んだ。二人は同一の人間だった。剣の言葉を信用するならば、の話だが。 信用しよう。すぐばれる嘘をつくほど、彼女も剣も卑しくはないようだ。 ミス・ヴァリエールと、彼女の使い魔の詳細な報告を聞いて考え込む。 やや青い顔をしている少女に優しく休むように促す。一人と一本が部屋から出て行き、静かになる。モートソグニルがナッツを齧る音。 気が休まった。無論、失ったものは大きい。だが思えば最初から仕組まれていたのだろう。 居酒屋で給仕をする女。媚を売るような仕草。自分のような老人に。見下されるのとも、憐れまれているのとも違うあの目つき。 思わず言ってしまった、秘書にならないか? と。快く承諾し、よく働いてくれた。それもこれも、この為だったのか。 見抜けなかったことは悔しい。あの尻も二度と触れないとなれば、惜しいという気持ちもある。 しかしあの旧い友情と、学院の威信を天秤にかけてまでのものではない。確認するように言い聞かせる。 そう、この際ミス・ロングビルの悪意は関係ない。死人の意思をどうこう言うほど狭量ではないつもりだ。 杖はもうすぐ返ってくる。ミス・ロングビルは帰ってこない。既に死んだ。要は、チャラということだ。 楽しげに飛んでいったあの教師どもが、帰り杖が宝物庫に戻ったら。オールド・オスマンは寛大な気持ちで思う。 三人の学生には褒章を与えなければならないな。 椅子に腰を掛け直す。深く、ゆったりと。壁にかかった鏡を見る。知恵と安らぎを湛えた老人の姿が映る。 薄暗い部屋でデーボは目を覚ます。薄暗いはずだ、窓がない。ランプの明かりだけが部屋を照らしている。無人の部屋。壁も天井も石。半開きのドア。 最後の記憶を思い出す。盗賊を握りつぶし、殺した。魔法が切れたのか、土くれに戻るゴーレム。全身が崩壊する痛みに耐えかねて――気絶したのか。 さて、ここはどこだ。堅いベッドから降り立つ。体の傷はほとんど癒えている。腹も減っていない。 何かの罠か? だったらこんな風に、机の上に短剣を放っておくだろうか。取る。何も起こらない。ポケットに仕舞う。 部屋を出る。廊下も暗い。燭代の明かりが不規則に灯っている。通路の奥に上り階段。ここは地下か。 「もう起きたのかね」 後ろから男の声。反射的に振り向く。同時にナイフを構え、中腰。男は肩をすくめる。 若いメイジ。マントは白い。目には微かな狂気。だが、敵意は感じられない。 聞けば自分を治療した張本人だという。男は気分を害した様子もなく、しきりとデーボの生命力に感心していた。 見送られるように地下を出た。覆いかぶさるように塔がそびえる。陰になって、光度の差を和らげる。 日の高さがよく判らない。本塔の北側に出たか。いや、ここが北半球とは限らない。考えを放棄する。 とりあえず、ルイズの部屋へ向かう。 塔の周りを半周し、日の沈む方と反対に――こっちは東なのか?わからない。地図も磁針も持っていない――向かう。 破壊の杖が、震える手で差し出された。杖の威力に恐れをなした教師達は、オールド・オスマンに見せるまで杖に触れようともしなかった。 厳かにレビテーションで運び、ただ衝撃も振動も与えないように精神力を注ぎ込んだ。 手以上に震える声で、報告する。一人が杖を暴発させ死亡。そしてミス・ロングビルもまたゴーレムに殺されたと。 セコイアの机の上に置かれた杖。その間抜けな教師の血と土と、至近距離での爆発の焦げと傷跡。そして衝撃が杖自体を微かに曲げている。 怒りが湧いてくる。死人に怒りはぶつけられない。目の前の教師達を睨む。 「フ、フーケの行方は未だ不明でして、ハイ…。我々も八方、手を尽くしたのですが…残念です」 心底残念そうな声で報告する教師。 悔しさではなく、残念? 盗賊の追撃もせず、救援にも嫌々ながら。全てが終わってから手柄を掠めようとしたそれすら出来ずに、他人事のように残念だと? 「こ、このような失態は二度と繰り返しは致しません! 再度フーケがこの学院を狙うようなことがあれば、我々が――」 限界が来た。 敷地の隅々まで怒号が響き渡る。馬鹿め!奴は死んだわ! オールド・オスマンは竜の如く吠えた。 ----

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