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仮面のルイズ-47 - (2008/01/15 (火) 12:08:33) の最新版との変更点

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トリステイン魔法学院、学院長の部屋にパイプの煙が舞った。 オールド・オスマンが窓から空を見上げつつ、水パイプを吸っている。 ぼんやりと暇を潰しているように見えるが、頭の中ではミス・ロングビルにどう接するべきか、シエスタとモンモランシーにシュヴァリエが下賜されるのをどう伝えようかと思い悩んでいた。 ウェールズ皇太子とアニエスの二人は、日が高いうちに帰っていった。 オールド・オスマンはそれから夕方になるまで一人で悩み続けていた。 「どうしたもんかの」 ぷかあ、と音を立てて煙が昇る。 ミス・ロングビル。本名はマチルダ・オブ・サウスゴータ。彼女は秘書として優秀なのは間違いない。 訳ありなのは解っていたが、家名を失った理由まで、深く知るつもりはなかった、むしろ知りたくなかった。 知った以上は、何かしらの便宜を図りたくなるのが、オールド・オスマンの性だからだ。 マチルダは涙ぐみながら、ウェールズ皇太子に大公反逆の真実を語り、その場にいる皆を驚かせた。 マチルダの話はこうだ。 アルビオンの大公は、ロバ・アル・カリイエからやってきた女性を妾にしていたが、その女性がエルフのスパイだと疑いをかけられた。 大公は妾とその娘をを庇ったが、妾が先住魔法の込められたマジックアイテムで怪我人を治療していたことがアダとなり、疑いは晴れるどころか深まってしまった。 結局、当時の王ジェームズ一世は大公に刺客を差し向け、大公と、大公を庇った者達を皆殺しにした。 話を聞いたウェールズは、マチルダに頭を下げ、名誉を回復すると約束した。 だがマチルダはそれを不要だと突っぱねた上、ウェールズを決して許さないと力強く叫んだ。 復讐はしない、しかし、決して協力もしない。それがマチルダの”ありかた”らしい。 オールド・オスマンは、ウェールズ皇太子の胆力は素晴らしいものだと、素直に思った。 二人が帰った後、オールド・オスマンはロングビルを気遣い、今日は休んで心を落ち着けなさい、と言った。 ロングビルは申し訳なさそうに礼を言うと、気が抜けたような表情で学院長室を出て行った。 「この様子では、パリーの奴も苦労が多かったようじゃなあ」 今は亡き、アルビオンの好敵手を思い出し、オールド・オスマンは静かに呟いた。 オールド・オスマンは偉大なメイジだと言われ、様々なコネクションを持ってはいるが、他国のお家騒動に詳しい程ではない。 だが、こういう時の勘は鋭い、長命に蓄えられた知識と経験に裏打ちされた”直感力”が、ロングビルの嘘を見抜いていた。 ロングビルの語る『真実』は、重要な部分がぼかされていると、見抜いていた。 「大公…東方から来た女性なんぞ、嘘じゃろう。東方から来た人間なんぞリサリサ先生しか知らん。もしや妾はエルフそのものか…」 杖を振り、水パイプを机の上から壁際の戸棚の上へ移動させる。 机の上に置かれた器を見ると、そこには針が浮いており、針は現在の時刻を示して少しずつ動いていた。 「そろそろ頃合いかの」 今日の授業はすべて終わり、夕食の時間が迫っていた。 オールド・オスマンは廊下に出ると、手近な教師に『夕食には出られない』と言づてを頼み、魔法学院の裏手にある倉庫へと歩いていった。 魔法学院の裏手にある石造りの倉庫は、元々は学院長専用のグリフォンや竜を繋ぎ止めておく厩舎であったが、現在は使われていない。 中は魔法学院学生寮の一室と同じ程度の広さがあり、使われなくなった藁束が詰め込まれている状態だ。 戸板にかけられた鍵をアンロックで外し、オールド・オスマンが扉を開ける。 すると中には、藁束の上で膝を抱えているシエスタと、腐乱の始まりかけた馬が転がっていた。 「シエスタや」 魔法学院の制服を泥で汚したシエスタは、オールド・オスマンの言葉にびくりと体を強ばらせた。 「丸一日、ここで過ごして、自分のしたことが解ったかね」 ちらりとシエスタの隣に転がった物を見る、シエスタがタルブ村に向かうのに使った馬だ。 「なぜ吸血鬼が我々の敵なのか、言ってみなさい」 「…人間を、食べるからです」 シエスタが細い声で答えると、オスマンはうんうんと頷き、更に質問した。 「吸血鬼はどうやって人間を食べるのかね」 「人間を食屍鬼に使役して、人間をだまし、血を吸います」 「そうじゃ、食屍鬼じゃ。いいかねシエスタや、吸血鬼と戦う者が吸血鬼に成り下がってはいかんのじゃよ」 オスマンはゆっくりと歩き、シエスタの隣に腰を下ろした。 「貴族の馬鹿息子どもが、平民をお遊びで殺すこともある。シエスタはそうなりたいのかね?」 「…いいえ」 「なら、なぜ馬を殺したんじゃ」 「それは、その、私、気が動転してて」 「ならシエスタに波紋の資格はない。その呼吸、ワシが封じてやろう」 「!!」 「気が動転したなどと言っている間は駄目じゃ、貴族も波紋戦士も、その力と立場を傲(おご)ってはならんのじゃ」 「………」 「もう一度聞く、なぜ馬を殺した」 「わ、私が……馬を、操って、殺したんです……早く、タルブ村に行きたくて」 シエスタの目から涙がこぼれた、それを見て、オスマンはふうとため息をついた。 どっこいしょと言いながら立ち上がると、シエスタに手をさしのべる。 「……ミス・シエスタとミス・モンモランシーに、シュヴァリエが下賜されることになった。今の反省を忘れてはならんぞ、これから正式に貴族の仲間入りをするんじゃからなあ」 「えっ」 呆気にとられたのか、シエスタは大きく目を開いてまばたきをした。 目は口ほどにものを言うと言われるが、まさに『信じられない』といった表情だった。 「貴族が、平民を奴隷にすることもあるじゃろう。シエスタがこの馬を殺したようにな。それを自覚し、反省せねばシュヴァリエなど無用の長物じゃ」 「…はい」 「波紋の力、決して間違った使い方をしてはならぬ。命を司る波紋戦士だからこそ命の尊さと、儚さを知らねばならんのじゃ。解ったかね」 「はい。」 「そうか、ならよい。久しぶりにマルトーのところに顔を出してやりなさい、まかないでも食べて、初心を思い出す事じゃ。それと…この馬も埋葬してやらねばなあ」 オールド・オスマンの言葉が、シエスタの心に重くのしかかった。 シエスタは部屋に戻ると、泥だらけになった服を脱いだ。 別の制服に着替えると、空の桶を持って井戸に行き、水をくむ。 制服を水に浸してからマルトー達のいる厨房へと向かった。 厨房は夕食の後かたづけをしている最中で、のぞき込んでみたはよいものの、声をかけづらい。 どうしようかと思っていると、包丁の手入れをしていたマルトーがシエスタに気づき、声をかけてきた。 「おお!シエスタ、どうしたんだ、腹減ったのか?」 「マルトーさん」 いつものように接してくれるマルトーの笑顔に、シエスタは心が癒されたのか、ほんの少しだけ笑顔が戻る。 ところが、その次に出てきた言葉が、シエスタの表情を深く曇らせてしまった。 「オールド・オスマンから聞いたぜ、今度シュヴァリエを賜るんだって?」 マルトーの何気ない言葉を聞き、厨房で働く者達から、おお、と声が上がった。 「あ……」 だが、シエスタにはその声が、どこか恨みの混じった声に聞こえてしまう。 いつも、厨房では食事を残す貴族、横柄な貴族への悪口を聞いていた。 だが、今度は自分もその貴族に加わるのだ、波紋を魔法として扱い、これから先は貴族として皆と接しなければ行けない。 そう思うと、マルトー達との間に深い溝が出来てしまった気がする。 『裏切り者』と、言われているような気がした。 「どうしたよ、そういえば夕食に顔を出してなかったみたいだが、食いそびれたのか?」 「あ、あの、マルトーさん、私」 シエスタの目からぼろぼろと涙がこぼれた。 「なんだ、ちょっ、どうしたんだよ」 マルトーは困惑しつつ、泣き崩れるシエスタの肩に手を置いた。 厨房内に振り向き、何人かのメイドを呼び、シエスタを食堂へと連れて行って貰う。 人気の亡くなった食堂の席にシエスタを座らせると、マルトーはその向かい側に座った。 「どうしたんだよ、沢山の人を治療したそうじゃないか、故郷の村の人たちも治してやったんだろ?何を泣いてるんだよ」 「うぐ…私、私、貴族になりたくない…私……自分が自分じゃなくなっちゃうみたいで……怖いんです…」 「なあ、シエスタ。こんな言い方して良いものかどうかわからねえけどさ。ええと……ミス・ヴァリエールがシエスタの足を治してくれたろ」 「え…は、はい」 ルイズと初めて言葉を交わした日。 あの日、シエスタは足をルイズに治して貰っていた。 子供の頃片足が折れ、歪んでくっついてしまったので、左右の足の長さがほんのわずかに違っていたのだ。 水のメイジに頼むようなお金もないので、シエスタは魔法学院で足を多用しない仕事に就いていた。 厨房で働けるようになったのも、外を全力で走ることが出来るのも、思えばルイズのおかげだった。 「シエスタはそれを受け継いだんだよ、平民の俺たちもよく気遣ってくれるいい貴族様だったじゃないか、それを忘れなきゃ大丈夫さ」 「…ルイズ様」 シエスタの記憶には、包帯を借りに来たルイズの姿と、火傷が治りあどけない笑顔を見せるルイズの姿が、はっきりと残っている。 シエスタにとって、ルイズは憧れだった。 憧れだからこそ、『土くれのフーケ』と、『石仮面』が許せない。 ルイズは何者かの手によって『石仮面』を被せられ、吸血鬼化していると、オールド・オスマンは言っていた。 にわかには信じられないが、曾祖父の残した大量の日記と、波紋の力を理解していくうちに、その説に信憑性が増していく気がするのだ。 ルイズが『石仮面』によって吸血鬼にされているのなら、自分に与えられた『波紋』はそれを打ち砕くための力だと信じて止まなかった。 タルブ村での戦争もそうだ、戦争をする貴族、人の血を吸う吸血鬼、立場こそ違えども人を犠牲にすることに違いはない。 波紋を人間同士の戦いではなく治癒のため、守るために使うべきなのだと、改めて思った。 「そう、ですね。私、ルイズ様に笑われないように、頑張らなきゃいけないんですよね……」 「あの、マルトーさん、ルイズ様が”ゼロ”って呼ばれていた理由、ご存じですか?」 「確か魔法が一切使えなかったから、魔法成功率ゼロ、だからゼロのルイズって呼ばれてたんじゃないか」 「ゼロ…なんですよね」 シエスタは顔を俯かせ、何かをぶつぶつと呟いた。 表情は至ってまじめであり、何かを考え込んでいるようだった。 「まあ、シエスタなら大丈夫さ、きっといい貴族になれるよ。まかないのシチューしかないがすぐに持ってくる。ちょっと待ってな」 そう言い残してマルトーが食堂を出る、後には、一人で何かを考え込むシエスタが残された。 「魔法が成功しないのなら、私の足を治したのは……まさか、ルイズ様、あのとき既に……」 強く頭を振り、考えることを止めようとしたが、次々に心の中にルイズの笑顔が浮かんでくる。 何度も何度も考え直しても、シエスタが思いつくのは、残酷な結論だけだった。 『ルイズ様が操られていなかったとしたら』 『ルイズ様が自分の意志で死を偽装したのだとしたら』 『私が殺すのは、憎き吸血鬼ではなく、尊敬するルイズ様』 恐ろしい想像にぶるりと体を震わせたシエスタは、手を自分の方に回し、自分で自分の肩を抱いた。 かたかたと歯が震えるのを、止めることは出来なかった。 To Be Continued→
トリステイン魔法学院、学院長の部屋にパイプの煙が舞った。 オールド・オスマンが窓から空を見上げつつ、水パイプを吸っている。 ぼんやりと暇を潰しているように見えるが、頭の中ではミス・ロングビルにどう接するべきか、シエスタとモンモランシーにシュヴァリエが下賜されるのをどう伝えようかと思い悩んでいた。 ウェールズ皇太子とアニエスの二人は、日が高いうちに帰っていった。 オールド・オスマンはそれから夕方になるまで一人で悩み続けていた。 「どうしたもんかの」 ぷかあ、と音を立てて煙が昇る。 ミス・ロングビル。本名はマチルダ・オブ・サウスゴータ。彼女は秘書として優秀なのは間違いない。 訳ありなのは解っていたが、家名を失った理由まで、深く知るつもりはなかった、むしろ知りたくなかった。 知った以上は、何かしらの便宜を図りたくなるのが、オールド・オスマンの性だからだ。 マチルダは涙ぐみながら、ウェールズ皇太子に大公反逆の真実を語り、その場にいる皆を驚かせた。 マチルダの話はこうだ。 アルビオンの大公は、ロバ・アル・カリイエからやってきた女性を妾にしていたが、その女性がエルフのスパイだと疑いをかけられた。 大公は妾とその娘をを庇ったが、妾が先住魔法の込められたマジックアイテムで怪我人を治療していたことがアダとなり、疑いは晴れるどころか深まってしまった。 結局、当時の王ジェームズ一世は大公に刺客を差し向け、大公と、大公を庇った者達を皆殺しにした。 話を聞いたウェールズは、マチルダに頭を下げ、名誉を回復すると約束した。 だがマチルダはそれを不要だと突っぱねた上、ウェールズを決して許さないと力強く叫んだ。 復讐はしない、しかし、決して協力もしない。それがマチルダの”ありかた”らしい。 オールド・オスマンは、ウェールズ皇太子の胆力は素晴らしいものだと、素直に思った。 二人が帰った後、オールド・オスマンはロングビルを気遣い、今日は休んで心を落ち着けなさい、と言った。 ロングビルは申し訳なさそうに礼を言うと、気が抜けたような表情で学院長室を出て行った。 「この様子では、パリーの奴も苦労が多かったようじゃなあ」 今は亡き、アルビオンの好敵手を思い出し、オールド・オスマンは静かに呟いた。 オールド・オスマンは偉大なメイジだと言われ、様々なコネクションを持ってはいるが、他国のお家騒動に詳しい程ではない。 だが、こういう時の勘は鋭い、長命に蓄えられた知識と経験に裏打ちされた”直感力”が、ロングビルの嘘を見抜いていた。 ロングビルの語る『真実』は、重要な部分がぼかされていると、見抜いていた。 「大公…東方から来た女性なんぞ、嘘じゃろう。東方から来た人間なんぞリサリサ先生しか知らん。もしや妾はエルフそのものか…」 杖を振り、水パイプを机の上から壁際の戸棚の上へ移動させる。 机の上に置かれた器を見ると、そこには針が浮いており、針は現在の時刻を示して少しずつ動いていた。 「そろそろ頃合いかの」 今日の授業はすべて終わり、夕食の時間が迫っていた。 オールド・オスマンは廊下に出ると、手近な教師に『夕食には出られない』と言づてを頼み、魔法学院の裏手にある倉庫へと歩いていった。 魔法学院の裏手にある石造りの倉庫は、元々は学院長専用のグリフォンや竜を繋ぎ止めておく厩舎であったが、現在は使われていない。 中は魔法学院学生寮の一室と同じ程度の広さがあり、使われなくなった藁束が詰め込まれている状態だ。 戸板にかけられた鍵をアンロックで外し、オールド・オスマンが扉を開ける。 すると中には、藁束の上で膝を抱えているシエスタと、腐乱の始まりかけた馬が転がっていた。 「シエスタや」 魔法学院の制服を泥で汚したシエスタは、オールド・オスマンの言葉にびくりと体を強ばらせた。 「丸一日、ここで過ごして、自分のしたことが解ったかね」 ちらりとシエスタの隣に転がった物を見る、シエスタがタルブ村に向かうのに使った馬だ。 「なぜ吸血鬼が我々の敵なのか、言ってみなさい」 「…人間を、食べるからです」 シエスタが細い声で答えると、オスマンはうんうんと頷き、更に質問した。 「吸血鬼はどうやって人間を食べるのかね」 「人間を食屍鬼に使役して、人間をだまし、血を吸います」 「そうじゃ、食屍鬼じゃ。いいかねシエスタや、吸血鬼と戦う者が吸血鬼に成り下がってはいかんのじゃよ」 オスマンはゆっくりと歩き、シエスタの隣に腰を下ろした。 「貴族の馬鹿息子どもが、平民をお遊びで殺すこともある。シエスタはそうなりたいのかね?」 「…いいえ」 「なら、なぜ馬を殺したんじゃ」 「それは、その、私、気が動転してて」 「ならシエスタに波紋の資格はない。その呼吸、ワシが封じてやろう」 「!!」 「気が動転したなどと言っている間は駄目じゃ、貴族も波紋戦士も、その力と立場を傲(おご)ってはならんのじゃ」 「………」 「もう一度聞く、なぜ馬を殺した」 「わ、私が……馬を、操って、殺したんです……早く、タルブ村に行きたくて」 シエスタの目から涙がこぼれた、それを見て、オスマンはふうとため息をついた。 どっこいしょと言いながら立ち上がると、シエスタに手をさしのべる。 「……ミス・シエスタとミス・モンモランシーに、シュヴァリエが下賜されることになった。今の反省を忘れてはならんぞ、これから正式に貴族の仲間入りをするんじゃからなあ」 「えっ」 呆気にとられたのか、シエスタは大きく目を開いてまばたきをした。 目は口ほどにものを言うと言われるが、まさに『信じられない』といった表情だった。 「貴族が、平民を奴隷にすることもあるじゃろう。シエスタがこの馬を殺したようにな。それを自覚し、反省せねばシュヴァリエなど無用の長物じゃ」 「…はい」 「波紋の力、決して間違った使い方をしてはならぬ。命を司る波紋戦士だからこそ命の尊さと、儚さを知らねばならんのじゃ。解ったかね」 「はい。」 「そうか、ならよい。久しぶりにマルトーのところに顔を出してやりなさい、まかないでも食べて、初心を思い出す事じゃ。それと…この馬も埋葬してやらねばなあ」 オールド・オスマンの言葉が、シエスタの心に重くのしかかった。 シエスタは部屋に戻ると、泥だらけになった服を脱いだ。 別の制服に着替えると、空の桶を持って井戸に行き、水をくむ。 制服を水に浸してからマルトー達のいる厨房へと向かった。 厨房は夕食の後かたづけをしている最中で、のぞき込んでみたはよいものの、声をかけづらい。 どうしようかと思っていると、包丁の手入れをしていたマルトーがシエスタに気づき、声をかけてきた。 「おお!シエスタ、どうしたんだ、腹減ったのか?」 「マルトーさん」 いつものように接してくれるマルトーの笑顔に、シエスタは心が癒されたのか、ほんの少しだけ笑顔が戻る。 ところが、その次に出てきた言葉が、シエスタの表情を深く曇らせてしまった。 「オールド・オスマンから聞いたぜ、今度シュヴァリエを賜るんだって?」 マルトーの何気ない言葉を聞き、厨房で働く者達から、おお、と声が上がった。 「あ……」 だが、シエスタにはその声が、どこか恨みの混じった声に聞こえてしまう。 いつも、厨房では食事を残す貴族、横柄な貴族への悪口を聞いていた。 だが、今度は自分もその貴族に加わるのだ、波紋を魔法として扱い、これから先は貴族として皆と接しなければ行けない。 そう思うと、マルトー達との間に深い溝が出来てしまった気がする。 『裏切り者』と、言われているような気がした。 「どうしたよ、そういえば夕食に顔を出してなかったみたいだが、食いそびれたのか?」 「あ、あの、マルトーさん、私」 シエスタの目からぼろぼろと涙がこぼれた。 「なんだ、ちょっ、どうしたんだよ」 マルトーは困惑しつつ、泣き崩れるシエスタの肩に手を置いた。 厨房内に振り向き、何人かのメイドを呼び、シエスタを食堂へと連れて行って貰う。 人気の亡くなった食堂の席にシエスタを座らせると、マルトーはその向かい側に座った。 「どうしたんだよ、沢山の人を治療したそうじゃないか、故郷の村の人たちも治してやったんだろ?何を泣いてるんだよ」 「うぐ…私、私、貴族になりたくない…私……自分が自分じゃなくなっちゃうみたいで……怖いんです…」 「なあ、シエスタ。こんな言い方して良いものかどうかわからねえけどさ。ええと……ミス・ヴァリエールがシエスタの足を治してくれたろ」 「え…は、はい」 ルイズと初めて言葉を交わした日。 あの日、シエスタは足をルイズに治して貰っていた。 子供の頃片足が折れ、歪んでくっついてしまったので、左右の足の長さがほんのわずかに違っていたのだ。 水のメイジに頼むようなお金もないので、シエスタは魔法学院で足を多用しない仕事に就いていた。 厨房で働けるようになったのも、外を全力で走ることが出来るのも、思えばルイズのおかげだった。 「シエスタはそれを受け継いだんだよ、平民の俺たちもよく気遣ってくれるいい貴族様だったじゃないか、それを忘れなきゃ大丈夫さ」 「…ルイズ様」 シエスタの記憶には、包帯を借りに来たルイズの姿と、火傷が治りあどけない笑顔を見せるルイズの姿が、はっきりと残っている。 シエスタにとって、ルイズは憧れだった。 憧れだからこそ、『土くれのフーケ』と、『石仮面』が許せない。 ルイズは何者かの手によって『石仮面』を被せられ、吸血鬼化していると、オールド・オスマンは言っていた。 にわかには信じられないが、曾祖父の残した大量の日記と、波紋の力を理解していくうちに、その説に信憑性が増していく気がするのだ。 ルイズが『石仮面』によって吸血鬼にされているのなら、自分に与えられた『波紋』はそれを打ち砕くための力だと信じて止まなかった。 タルブ村での戦争もそうだ、戦争をする貴族、人の血を吸う吸血鬼、立場こそ違えども人を犠牲にすることに違いはない。 波紋を人間同士の戦いではなく治癒のため、守るために使うべきなのだと、改めて思った。 「そう、ですね。私、ルイズ様に笑われないように、頑張らなきゃいけないんですよね……」 「あの、マルトーさん、ルイズ様が”ゼロ”って呼ばれていた理由、ご存じですか?」 「確か魔法が一切使えなかったから、魔法成功率ゼロ、だからゼロのルイズって呼ばれてたんじゃないか」 「ゼロ…なんですよね」 シエスタは顔を俯かせ、何かをぶつぶつと呟いた。 表情は至ってまじめであり、何かを考え込んでいるようだった。 「まあ、シエスタなら大丈夫さ、きっといい貴族になれるよ。まかないのシチューしかないがすぐに持ってくる。ちょっと待ってな」 そう言い残してマルトーが食堂を出る、後には、一人で何かを考え込むシエスタが残された。 「魔法が成功しないのなら、私の足を治したのは……まさか、ルイズ様、あのとき既に……」 強く頭を振り、考えることを止めようとしたが、次々に心の中にルイズの笑顔が浮かんでくる。 何度も何度も考え直しても、シエスタが思いつくのは、残酷な結論だけだった。 『ルイズ様が操られていなかったとしたら』 『ルイズ様が自分の意志で死を偽装したのだとしたら』 『私が殺すのは、憎き吸血鬼ではなく、尊敬するルイズ様』 恐ろしい想像にぶるりと体を震わせたシエスタは、手を自分の方に回し、自分で自分の肩を抱いた。 かたかたと歯が震えるのを、止めることは出来なかった。 [[To Be Continued→>仮面のルイズ-48]] ---- [[戻る>仮面のルイズ-46]] [[目次へ>仮面のルイズ]]

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