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ハルケギニアのドイツ軍人-1 - (2007/06/05 (火) 10:28:18) の最新版との変更点

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麗らかなとある春の午後、トリステイン魔法学院の第一演習場は賑わっていた。 模擬戦や広域効果魔法の練習にも使われる広大なグラウンドのあちこちで、 二年生に進級した学院の生徒たちが詠唱による術式の構築を行っている。 春の使い魔召喚の儀。生徒たちの今後を大きく占う、初春恒例の神聖なる儀式である。 「ふむ、どうやら今年もなかなかの豊作のようですね」 儀式監督の責を負っているこの学院の教師、ミスタ・コルベールは、 生徒の魔法詠唱――『サモン・サーヴァント』に応じ姿を現し始めた幻獣たちを見て呟いた。 彼の役目である儀式監督とは、生徒による召還の補佐と安全確認、 ならびに召還の手際の良し悪しを学業成績に反映させること。 とはいえそれはあくまでも名目上のもので、彼が今ここにいる理由のほとんどは好奇心だ。 召還の場に立会い、生徒たちがどんな使い魔と契約を結んだのかをいち早く知る。 それは、もう10年以上この学園に勤めるコルベールの、毎春の密やかな楽しみであった。 「バグベアーにスキュアにバジリスク……グラモンはジャイアントモールですか。 さて、タバサ君はどうしたかな」 各人の使い魔の種類の記録をとりつつ、演習場を見回す。 広い敷地の南はじ、グラマラスな体格と赤褐色の髪を持つ女学生の隣に、彼のお目当ての生徒は立っていた。 「契約完了ッと! じゃあ、次はタバサの番ね」 契約に応じて召還されたサラマンダー――色や尻尾の大きさから見て、まず間違いなく火竜山脈のものだ ――との『コントラクト・サーヴァント』を終えたキュルケは、友人である蒼髪蒼眸の小柄な少女を 振り返った。 タバサと呼ばれた少女が、コクリと頷く。 懐からやや小振りの杖を取り出し、小さく息を吸うと無造作に呪文を詠唱。 目前の地面が、光を放つ。 「召喚」 うっかりすると聞き落としかねないほどの小声で呟く。 そこには、召喚するという『意思』はない。 あるのは召喚を終えたという『事実』だけ。 彼女の声に応えるように地の輝きは眩さを増し、空中で立体を形成する。 「キュイー!!!」 やがて光が収まり消えて、後に残ったのは蒼き翼を持つ幻獣。 「これってまさか……」 「風竜(ウィンドドラゴン)」 「え、そうなの?」 「そう。名前は…………シルフィード」 少し考えてから名を呼んだタバサに、竜は甘えるように頭をこすり付ける。 そっと撫でてやりながら『コントラクト』を結ぼうとしたタバサが、不意に手を放す。 後方からの、盛大な爆発音。 「キキュー!」 「大丈夫、いつものこと」 怯えるような鳴き声上げたシルフィードに、言葉をかけて落ち着かせる。 爆発に続いて巻き上がっている煙にも、何かを思う様子はない。 「ルイズの奴、またやったのね!」 爆心地のほうを振り向いたキュルケが、呆れたように言った ハルケギニアのドイツ軍人    第一話    喋る鉄像(スピーキング・ゴーレム) 「また……やっちゃったの?」 ルイズ――爆発の原因を作った、桃色がかったブロンド髪の少女――は、顔を青ざめさせて呟いた。 貴族の名家出身でありながら、自分が魔法下手である自覚はある。 努力は、人一倍している。にもかかわらずうまくいかない。 本来意図した効果ではなく、今回のような爆発を巻き起こしてしまう。 それでも、頑張ればきっと上手くなる日が来ると信じて、決して諦めずにやってきたのだ。 そして今日、使い魔召喚の儀式の日。 期待と共に待ちわび、しかしそれ以上に隠し切れない不安を抱いて挑んだ『サモン・サーヴァント』。 しかし自分が発生させたのは、いつも通りの『爆発』。 さすがのルイズも今回ばかりは心が折れてしまいそうだった。 「どうしましたか、ミス・ヴァリエール」 「コルベール……先生」 声に、身を竦ませる。羞恥で顔を染め、俯く。 「派手な爆発で少し驚きましたが、どうやら召喚は『成功』したようですね」 「はい、私また成功して……って、成功!?」 驚いて、振り向く。巻き上げられた土煙で今まで気付いていなかったが、確かに、何かの影が見える。 煙が晴れ、明らかになったそれは……………… 「これもまた珍しい。どうやら、『ゴーレム』のようですね。詳しい姿は分かりませんが」 人の形をした『それ』を見て、コルベールは感心したように言った。 「あらルイズ、成功したんだ。また爆発したから私てっきり……」 「うるさいわね、ちゃんと召喚できたわよ!」 爆発を見てやってきたキュルケの声に、ルイズは即座に気力を復活させる。 「へー、『金属性のゴーレム』ねえ。ギーシュの『ワルキューレ』よりもずいぶんと『造形が細かい』わねえ」 「当たり前です、ミス・ツェルプストー。 召喚に応じたということは意思を持った生物、あるいはそれに類するものですから」 キュルケの疑問に、コルベールが解答。しかしキュルケは、さらなる疑問を提示する。 「でもそれにしては動かないわね。あんたの爆発で気を失っちゃったんじゃないの?」 その言葉に、周りでやり取りを見守っていたものたちからどっと笑いの声が起こった。 「召喚で、呼び寄せたゴーレムをいきなり気絶!」 「さっすがゼロのルイズ! やっぱやることが一味違う」 「別に問題ないでしょ! だいたいこのほうが『契約』しやすいじゃない!!」 顔を赤くして、言い返すルイズ。それでもその顔には、召喚を成功させたという自信が満ちている。 「まあ、それはそうですが。ならミス・ヴァリエール、早く契約を済ましてしまいなさい。 騒いでいる間に未契約なのはもうあなただけですよ」 コルベールに促され、ルイズは『ゴーレム』のもとへと向う。改めてみると、本当に『細かい造形』だ。 まるで『王宮芸術家が製作した彫刻』のように、力強い凹凸が顔面部全体にちりばめてある。 「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン」 詠唱によって術式を構築、それを皮膚接触により相手側にも伝達する。 「このものに祝福を与え、我の使い魔となせ!」 『ゴーレム』に唇を触れ、契約を完了――したところで、 鉄でできたその『ゴーレム』まぶたが、突然クヮッ!! と見開かれる。 「ま……まだ勝てん! 今の俺の装備では、今のドイツの科学では…… ボルシェヴィキの糞どもをロシアの地から駆逐することはまだ――」 驚いて、跳び退るルイズ。 気が付いたらしきその『使い魔であるゴーレム』は、数度まばたいてから言う。 「ん? 月が、、、二つ!!??」 「ほう、人語も操るのですか。本当に、なんとも珍しいゴーレムだ」 口をパクパクさせるルイズに対し、コルベールはあくまでのんびりした口調で言った。 「本当に、なんとも珍しいゴーレムだ」 ――ゴーレム? なんだ、それは? 「つ、使い魔がご主人様をおどかしてどうするのよ」 ――使い魔? ロシア人は捕虜のことをそう呼ぶのか?  俺は『スターリンのオルガン』を受けて捕虜になった……いいや、違う!  それならば何故ボディーに破損が生じていない!? だいたい何故、ここの空には月が二つある? 意識を取り戻したシュトロハイムは、周りを見回して、うめく。 ――いったい何がどうなっている? ソ連兵はどうした? T-34は? それに部下達はどこにいった? 「ウォォッオ!!」 唐突に、全ての思考が強制中断させられる。感じる、痛み。場所は『左腕』!!  正確には『かつて左腕があった場所』が、熱と痛みを放っている!!! 「こ、これは!!」 「落ち着きなさい、すぐ終わるわ。『使い魔のルーン』が刻まれているだけよ」 「ルーン? 刻む? 貴様一体、俺の体に……いや、待て!  そもそもここはどこだ? お前たちは誰だ? どうして俺はここにいる!?」 「え、そりゃあ……ここはトリステイン魔法学院で私達はそこの学生、 ゴーレムのあんたがここにいるのは、私が『サモン・サーヴァント』で呼び出したからよ」 「トリステイン魔法学院、『サモン・サーヴァント』、二つ浮かぶ月……そうか、だんだんと理解してきた、って、俺は断じてゴーレムなどではないぞ!!」 「はぁ!? その鉄の腕,鉄の手,鉄の顔、どこからどう見たってゴーレム以外の何物でもないじゃない!」 「ふっざけるナァァァ!!! このシュトロハイムは人間ダァァァ!!!」 絶叫する、シュトロハイム。だが、周りの反応はというと、 「ゴーレムよね」「ゴーレムだよな」「うん、ゴーレムだ」「ゴーレム」 「人間になりたかったゴーレム、いや、自分を人間だと思っているゴーレムか。 うん、どちらにしても全くもって珍しい。どれどれ、ルーンの形も独特だなぁ…… タバサ君、後でこのルーンの形を調べておいてくれたまえ」 「はい」 信じようとするものは、誰もいなかった。 無理もない。ここ、ハルケギニアでは、魔法技術が発達している一方で科学技術は停滞している。 シュトロハイムのような、体の半分以上が機械(=金属)で出来ている存在は、 人間とするよりゴーレムとしたほうがある意味よっぽど『科学的』なのだ。 だがこのことは、逆にシュトロハイムに正確な現状を把握させつつあった。 彼は、そうできるだけの経歴を持っていた。 『ナチスドイツ!』 それは軍人、シュトロハイムが所属している組織である! 『1943年の世界!』 それはイタリア、日本と同盟を組んだドイツが!  アメリカ、イギリス、ソ連などの連合国と世界の覇権を賭けた戦争状態にあった年! 『ナチスドイツ!』 この奇妙な集団は、もともと自分たち――ゲルマン民族が――人間の中で最も進化した民族との旗印を掲げ、 それを戦略の根本とした! そして、優れた人間は精神世界をも科学理論的に支配しなければならないとした! 「占星術」! 「魔術!」 「錬金術」! 「超能力」! 「オカルト」! をも! 武器として戦争に取り入れようとしたのだった!! ちなみにシュトロハイム自身――驚異的な能力を持つとある『生命体』に対する実験に参加したことが (というより、その実験を指揮したことが)ある! よって当然、そういった分野に対する諸々の知識を、 彼は世間一般的な人間よりもはるかに豊富に保有している! その彼が! 「召喚」! 「使い魔」! 「ルーン」! 「ゴーレム」! 「魔法学院」!  などといった単語を耳にした!  さらには上に浮かぶ「二つの月」の存在も確認した! そこから彼が導き出した結論は――『オカルト』! ここは『オカルト』の世界!!  今はまだ分からない未知の『力』で、自分はスターリングラードからこの世界に飛ばされたのだ!!! ――だとすればこれは…………出世のチャ~~~ンス!!! ルイズから『この世界』についての詳細を聞きつつ、シュトロハイムはゴクリと息を呑む。 メイジの操る多種多様な魔法、使い魔と呼ばれる世にも不思議な動物、幻獣 (自分もまたその一体とされている点はいささかでなく不満だが)。 それらを『もとの世界』で利用することが出来るようになれば、それは戦術、戦略の抜本的転換。 それだけの手柄を立てれば、『あの任務』での失態の、名誉挽回としては十二分! 勲章はもちろん、将官への道ですら再び開ける!! ……の、だが、、、 「それはそれとして、だ。ここは一体なんなんだ?」 ルイズに連れてこられた空間を目にして、シュトロハイムは問いを発した。 「見て分かんない? 使い魔用の通常居住スペースよ」 「居住スペース……屋根がないぞ」 「別に平気でしょ、ゴーレムなんだし」 「モグラや蛙や蛇やトカゲがいるぞ」 「当然でしょ、彼等も同じ使い魔なんだし」 「食事はどうするんだ!?」 「後で持ってきてあげるわ――ゴーレム用のを!」 「…………あくまでも人間ではなくゴーレムとして俺を扱うつもりカァー!!」 「当たり前じゃない! 私はあなたを『サモン・サーヴァント』で召喚したのよ!  『サモン・サーヴァント』で召喚されたんだから、あなたは動物か幻獣。 状況から見て、喋る鉄像(スピーキング・ゴーレム)よ!!!」 にらみ合う、二人。両者とも基本性格が『高慢』なので、ぶつかり合うと止まらない。 特に今回のルイズの場合、 『シュトロハイムを人間と認める』=『平民を召喚したと認める』=『召喚儀礼に失敗したと認める』 という図式が頭の中で形成されていることもあり、絶対に譲るわけにはいかないのだ。 「だーかーらー!! 何度言ったらわかる! この俺は! この俺、シュトロハイムの体は!  我がゲルマン民族最高知能の結晶であり誇りでありィィ! 全ての人間を超えたものではあるがァァ!  本質的に人であることに変わりはないのだァァ!!」 「うるさいわね、やかましい! そんなでたらめで嘘八百な話、信じられるわけがないでしょう!!  だいたい『ゲルマン民族』って何よ、『ゲルマン民族』って!  その名前自体が(『ゲルマニア』みたいで)胡散臭いのよ!!!」 「なにをぬかすかァァ!! 我がゲルマン民族こそは人類の頂点に立つべき選ばれた民であり……」 「だからそれが、胡散臭いって言ってんのの!!」 「ナニゥオォォオオ!!!!」 「なぁ! にぃ!! よぉ!!!」 いちいち書くのも面倒くさくなってきたので、五分ほど時を加速させてみる。 「コッッッッッッッノォォォォォォォォ!!!!!!!!」 「だぁぁぁ!!! かぁぁぁぁ!!!! らぁぁぁぁぁ!!!!!」 失敗した、加速のさせ方に思い切りが足りなかったらしい。 今度はもう10分……いや、15分ほど時をとばしてみよう。 「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……」 「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」 ラウンド間のインターバル休憩中か? 「つ……つまり、処遇についてはミスタ・コルベルとかいう奴による調査結果を待ってからの決定で……」 「え……ええ、そうね。ただしもしそれでゴーレムだってことが判明したら……そのときは……」 いや、どうやら何らかの形で妥協が成立したらしい。 そのままルイズは反転し、ふらふらと自分の部屋へ。 シュトロハイムもルイズが示した『使い魔居住スペース』に入り、そこにどさりと腰を下ろす。 そりゃあ、二十分以上継ぐ息も継がずに怒鳴りあっていれば、二人とも酸欠にもなろうというものだ。 腰を下ろし、そのまま薄れていく意識の中で、シュトロハイムは自分がやらねばならぬことを確認する。 ――繰り返してはならない、『あの事件』の過ちを!  繰り返せばそれは、『ドイツ国益の損失』! 『総統閣下のお怒り』!! だから、見極めねばならない。このハルケギニアがなんなのか。 ――アメリカ,イギリスと同じく、排除すべき外敵なのか。 ――イタリア,日本と同じく、組むべき盟友なのか。 ――ロシアの大地と同じく、ゲルマン民族が拡大すべき『生存圏』の一部なのか。 ――『あの生命体たち』と同じく、『人類全体』にとっての脅威なのか。 「ここがなんなのか……ムニャ…みきわ……めね……ムニャムニャ ……見極ねば……な…ら……zzz……zzZZ……グィゥェィ、ゴェォェァィ、 グィォェィー、ゴァィォェァィ、グヮォゥィー、ゴィァゥヮォー、グィァォゥェー」 なすべきことを確認をし、シュトロハイムは眠りに墜ちる……盛大ないびきを、あたりに響かせて。 ここは春のトリステイン魔法学院、寝ている間に凍え死ぬ心配も、 ソ連兵の爆撃や砲撃で叩き起こされる心配もない。 それだけでそこは、数時間前まであの『スターリングラード』にいた彼にとって ――たとえベットも布団すらもなくても――眠りの誘惑に屈さざるを得ない、最高の環境だった。 「きゅいきゅい」 「ムゴ! ムググモ!」 「チュルッチュー、チュルルッチュー」 「キュッキュリュー」 ……ちなみにシュトロハイムの盛大なるいびきは、 他の多くの使い魔たちにとってそこを最悪に近い環境にしていた。
麗らかなとある春の午後、トリステイン魔法学院の第一演習場は賑わっていた。 模擬戦や広域効果魔法の練習にも使われる広大なグラウンドのあちこちで、 二年生に進級した学院の生徒たちが詠唱による術式の構築を行っている。 春の使い魔召喚の儀。生徒たちの今後を大きく占う、初春恒例の神聖なる儀式である。 「ふむ、どうやら今年もなかなかの豊作のようですね」 儀式監督の責を負っているこの学院の教師、ミスタ・コルベールは、 生徒の魔法詠唱――『サモン・サーヴァント』に応じ姿を現し始めた幻獣たちを見て呟いた。 彼の役目である儀式監督とは、生徒による召還の補佐と安全確認、 ならびに召還の手際の良し悪しを学業成績に反映させること。 とはいえそれはあくまでも名目上のもので、彼が今ここにいる理由のほとんどは好奇心だ。 召還の場に立会い、生徒たちがどんな使い魔と契約を結んだのかをいち早く知る。 それは、もう10年以上この学園に勤めるコルベールの、毎春の密やかな楽しみであった。 「バグベアーにスキュアにバジリスク……グラモンはジャイアントモールですか。 さて、タバサ君はどうしたかな」 各人の使い魔の種類の記録をとりつつ、演習場を見回す。 広い敷地の南はじ、グラマラスな体格と赤褐色の髪を持つ女学生の隣に、彼のお目当ての生徒は立っていた。 「契約完了ッと! じゃあ、次はタバサの番ね」 契約に応じて召還されたサラマンダー――色や尻尾の大きさから見て、まず間違いなく火竜山脈のものだ ――との『コントラクト・サーヴァント』を終えたキュルケは、友人である蒼髪蒼眸の小柄な少女を 振り返った。 タバサと呼ばれた少女が、コクリと頷く。 懐からやや小振りの杖を取り出し、小さく息を吸うと無造作に呪文を詠唱。 目前の地面が、光を放つ。 「召喚」 うっかりすると聞き落としかねないほどの小声で呟く。 そこには、召喚するという『意思』はない。 あるのは召喚を終えたという『事実』だけ。 彼女の声に応えるように地の輝きは眩さを増し、空中で立体を形成する。 「キュイー!!!」 やがて光が収まり消えて、後に残ったのは蒼き翼を持つ幻獣。 「これってまさか……」 「風竜(ウィンドドラゴン)」 「え、そうなの?」 「そう。名前は…………シルフィード」 少し考えてから名を呼んだタバサに、竜は甘えるように頭をこすり付ける。 そっと撫でてやりながら『コントラクト』を結ぼうとしたタバサが、不意に手を放す。 後方からの、盛大な爆発音。 「キキュー!」 「大丈夫、いつものこと」 怯えるような鳴き声上げたシルフィードに、言葉をかけて落ち着かせる。 爆発に続いて巻き上がっている煙にも、何かを思う様子はない。 「ルイズの奴、またやったのね!」 爆心地のほうを振り向いたキュルケが、呆れたように言った ハルケギニアのドイツ軍人    第一話    喋る鉄像(スピーキング・ゴーレム) 「また……やっちゃったの?」 ルイズ――爆発の原因を作った、桃色がかったブロンド髪の少女――は、顔を青ざめさせて呟いた。 貴族の名家出身でありながら、自分が魔法下手である自覚はある。 努力は、人一倍している。にもかかわらずうまくいかない。 本来意図した効果ではなく、今回のような爆発を巻き起こしてしまう。 それでも、頑張ればきっと上手くなる日が来ると信じて、決して諦めずにやってきたのだ。 そして今日、使い魔召喚の儀式の日。 期待と共に待ちわび、しかしそれ以上に隠し切れない不安を抱いて挑んだ『サモン・サーヴァント』。 しかし自分が発生させたのは、いつも通りの『爆発』。 さすがのルイズも今回ばかりは心が折れてしまいそうだった。 「どうしましたか、ミス・ヴァリエール」 「コルベール……先生」 声に、身を竦ませる。羞恥で顔を染め、俯く。 「派手な爆発で少し驚きましたが、どうやら召喚は『成功』したようですね」 「はい、私また成功して……って、成功!?」 驚いて、振り向く。巻き上げられた土煙で今まで気付いていなかったが、確かに、何かの影が見える。 煙が晴れ、明らかになったそれは……………… 「これもまた珍しい。どうやら、『ゴーレム』のようですね。詳しい姿は分かりませんが」 人の形をした『それ』を見て、コルベールは感心したように言った。 「あらルイズ、成功したんだ。また爆発したから私てっきり……」 「うるさいわね、ちゃんと召喚できたわよ!」 爆発を見てやってきたキュルケの声に、ルイズは即座に気力を復活させる。 「へー、『金属性のゴーレム』ねえ。ギーシュの『ワルキューレ』よりもずいぶんと『造形が細かい』わねえ」 「当たり前です、ミス・ツェルプストー。 召喚に応じたということは意思を持った生物、あるいはそれに類するものですから」 キュルケの疑問に、コルベールが解答。しかしキュルケは、さらなる疑問を提示する。 「でもそれにしては動かないわね。あんたの爆発で気を失っちゃったんじゃないの?」 その言葉に、周りでやり取りを見守っていたものたちからどっと笑いの声が起こった。 「召喚で、呼び寄せたゴーレムをいきなり気絶!」 「さっすがゼロのルイズ! やっぱやることが一味違う」 「別に問題ないでしょ! だいたいこのほうが『契約』しやすいじゃない!!」 顔を赤くして、言い返すルイズ。それでもその顔には、召喚を成功させたという自信が満ちている。 「まあ、それはそうですが。ならミス・ヴァリエール、早く契約を済ましてしまいなさい。 騒いでいる間に未契約なのはもうあなただけですよ」 コルベールに促され、ルイズは『ゴーレム』のもとへと向う。改めてみると、本当に『細かい造形』だ。 まるで『王宮芸術家が製作した彫刻』のように、力強い凹凸が顔面部全体にちりばめてある。 「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン」 詠唱によって術式を構築、それを皮膚接触により相手側にも伝達する。 「このものに祝福を与え、我の使い魔となせ!」 『ゴーレム』に唇を触れ、契約を完了――したところで、 鉄でできたその『ゴーレム』まぶたが、突然クヮッ!! と見開かれる。 「ま……まだ勝てん! 今の俺の装備では、今のドイツの科学では…… ボルシェヴィキの糞どもをロシアの地から駆逐することはまだ――」 驚いて、跳び退るルイズ。 気が付いたらしきその『使い魔であるゴーレム』は、数度まばたいてから言う。 「ん? 月が、、、二つ!!??」 「ほう、人語も操るのですか。本当に、なんとも珍しいゴーレムだ」 口をパクパクさせるルイズに対し、コルベールはあくまでのんびりした口調で言った。 「本当に、なんとも珍しいゴーレムだ」 ――ゴーレム? なんだ、それは? 「つ、使い魔がご主人様をおどかしてどうするのよ」 ――使い魔? ロシア人は捕虜のことをそう呼ぶのか?  俺は『スターリンのオルガン』を受けて捕虜になった……いいや、違う!  それならば何故ボディーに破損が生じていない!? だいたい何故、ここの空には月が二つある? 意識を取り戻したシュトロハイムは、周りを見回して、うめく。 ――いったい何がどうなっている? ソ連兵はどうした? T-34は? それに部下達はどこにいった? 「ウォォッオ!!」 唐突に、全ての思考が強制中断させられる。感じる、痛み。場所は『左腕』!!  正確には『かつて左腕があった場所』が、熱と痛みを放っている!!! 「こ、これは!!」 「落ち着きなさい、すぐ終わるわ。『使い魔のルーン』が刻まれているだけよ」 「ルーン? 刻む? 貴様一体、俺の体に……いや、待て!  そもそもここはどこだ? お前たちは誰だ? どうして俺はここにいる!?」 「え、そりゃあ……ここはトリステイン魔法学院で私達はそこの学生、 ゴーレムのあんたがここにいるのは、私が『サモン・サーヴァント』で呼び出したからよ」 「トリステイン魔法学院、『サモン・サーヴァント』、二つ浮かぶ月……そうか、だんだんと理解してきた、って、俺は断じてゴーレムなどではないぞ!!」 「はぁ!? その鉄の腕,鉄の手,鉄の顔、どこからどう見たってゴーレム以外の何物でもないじゃない!」 「ふっざけるナァァァ!!! このシュトロハイムは人間ダァァァ!!!」 絶叫する、シュトロハイム。だが、周りの反応はというと、 「ゴーレムよね」「ゴーレムだよな」「うん、ゴーレムだ」「ゴーレム」 「人間になりたかったゴーレム、いや、自分を人間だと思っているゴーレムか。 うん、どちらにしても全くもって珍しい。どれどれ、ルーンの形も独特だなぁ…… タバサ君、後でこのルーンの形を調べておいてくれたまえ」 「はい」 信じようとするものは、誰もいなかった。 無理もない。ここ、ハルケギニアでは、魔法技術が発達している一方で科学技術は停滞している。 シュトロハイムのような、体の半分以上が機械(=金属)で出来ている存在は、 人間とするよりゴーレムとしたほうがある意味よっぽど『科学的』なのだ。 だがこのことは、逆にシュトロハイムに正確な現状を把握させつつあった。 彼は、そうできるだけの経歴を持っていた。 『ナチスドイツ!』 それは軍人、シュトロハイムが所属している組織である! 『1943年の世界!』 それはイタリア、日本と同盟を組んだドイツが!  アメリカ、イギリス、ソ連などの連合国と世界の覇権を賭けた戦争状態にあった年! 『ナチスドイツ!』 この奇妙な集団は、もともと自分たち――ゲルマン民族が――人間の中で最も進化した民族との旗印を掲げ、 それを戦略の根本とした! そして、優れた人間は精神世界をも科学理論的に支配しなければならないとした! 「占星術」! 「魔術!」 「錬金術」! 「超能力」! 「オカルト」! をも! 武器として戦争に取り入れようとしたのだった!! ちなみにシュトロハイム自身――驚異的な能力を持つとある『生命体』に対する実験に参加したことが (というより、その実験を指揮したことが)ある! よって当然、そういった分野に対する諸々の知識を、 彼は世間一般的な人間よりもはるかに豊富に保有している! その彼が! 「召喚」! 「使い魔」! 「ルーン」! 「ゴーレム」! 「魔法学院」!  などといった単語を耳にした!  さらには上に浮かぶ「二つの月」の存在も確認した! そこから彼が導き出した結論は――『オカルト』! ここは『オカルト』の世界!!  今はまだ分からない未知の『力』で、自分はスターリングラードからこの世界に飛ばされたのだ!!! ――だとすればこれは…………出世のチャ~~~ンス!!! ルイズから『この世界』についての詳細を聞きつつ、シュトロハイムはゴクリと息を呑む。 メイジの操る多種多様な魔法、使い魔と呼ばれる世にも不思議な動物、幻獣 (自分もまたその一体とされている点はいささかでなく不満だが)。 それらを『もとの世界』で利用することが出来るようになれば、それは戦術、戦略の抜本的転換。 それだけの手柄を立てれば、『あの任務』での失態の、名誉挽回としては十二分! 勲章はもちろん、将官への道ですら再び開ける!! ……の、だが、、、 「それはそれとして、だ。ここは一体なんなんだ?」 ルイズに連れてこられた空間を目にして、シュトロハイムは問いを発した。 「見て分かんない? 使い魔用の通常居住スペースよ」 「居住スペース……屋根がないぞ」 「別に平気でしょ、ゴーレムなんだし」 「モグラや蛙や蛇やトカゲがいるぞ」 「当然でしょ、彼等も同じ使い魔なんだし」 「食事はどうするんだ!?」 「後で持ってきてあげるわ――ゴーレム用のを!」 「…………あくまでも人間ではなくゴーレムとして俺を扱うつもりカァー!!」 「当たり前じゃない! 私はあなたを『サモン・サーヴァント』で召喚したのよ!  『サモン・サーヴァント』で召喚されたんだから、あなたは動物か幻獣。 状況から見て、喋る鉄像(スピーキング・ゴーレム)よ!!!」 にらみ合う、二人。両者とも基本性格が『高慢』なので、ぶつかり合うと止まらない。 特に今回のルイズの場合、 『シュトロハイムを人間と認める』=『平民を召喚したと認める』=『召喚儀礼に失敗したと認める』 という図式が頭の中で形成されていることもあり、絶対に譲るわけにはいかないのだ。 「だーかーらー!! 何度言ったらわかる! この俺は! この俺、シュトロハイムの体は!  我がゲルマン民族最高知能の結晶であり誇りでありィィ! 全ての人間を超えたものではあるがァァ!  本質的に人であることに変わりはないのだァァ!!」 「うるさいわね、やかましい! そんなでたらめで嘘八百な話、信じられるわけがないでしょう!!  だいたい『ゲルマン民族』って何よ、『ゲルマン民族』って!  その名前自体が(『ゲルマニア』みたいで)胡散臭いのよ!!!」 「なにをぬかすかァァ!! 我がゲルマン民族こそは人類の頂点に立つべき選ばれた民であり……」 「だからそれが、胡散臭いって言ってんのの!!」 「ナニゥオォォオオ!!!!」 「なぁ! にぃ!! よぉ!!!」 いちいち書くのも面倒くさくなってきたので、五分ほど時を加速させてみる。 「コッッッッッッッノォォォォォォォォ!!!!!!!!」 「だぁぁぁ!!! かぁぁぁぁ!!!! らぁぁぁぁぁ!!!!!」 失敗した、加速のさせ方に思い切りが足りなかったらしい。 今度はもう10分……いや、15分ほど時をとばしてみよう。 「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……」 「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」 ラウンド間のインターバル休憩中か? 「つ……つまり、処遇についてはミスタ・コルベルとかいう奴による調査結果を待ってからの決定で……」 「え……ええ、そうね。ただしもしそれでゴーレムだってことが判明したら……そのときは……」 いや、どうやら何らかの形で妥協が成立したらしい。 そのままルイズは反転し、ふらふらと自分の部屋へ。 シュトロハイムもルイズが示した『使い魔居住スペース』に入り、そこにどさりと腰を下ろす。 そりゃあ、二十分以上継ぐ息も継がずに怒鳴りあっていれば、二人とも酸欠にもなろうというものだ。 腰を下ろし、そのまま薄れていく意識の中で、シュトロハイムは自分がやらねばならぬことを確認する。 ――繰り返してはならない、『あの事件』の過ちを!  繰り返せばそれは、『ドイツ国益の損失』! 『総統閣下のお怒り』!! だから、見極めねばならない。このハルケギニアがなんなのか。 ――アメリカ,イギリスと同じく、排除すべき外敵なのか。 ――イタリア,日本と同じく、組むべき盟友なのか。 ――ロシアの大地と同じく、ゲルマン民族が拡大すべき『生存圏』の一部なのか。 ――『あの生命体たち』と同じく、『人類全体』にとっての脅威なのか。 「ここがなんなのか……ムニャ…みきわ……めね……ムニャムニャ ……見極ねば……な…ら……zzz……zzZZ……グィゥェィ、ゴェォェァィ、 グィォェィー、ゴァィォェァィ、グヮォゥィー、ゴィァゥヮォー、グィァォゥェー」 なすべきことを確認をし、シュトロハイムは眠りに墜ちる……盛大ないびきを、あたりに響かせて。 ここは春のトリステイン魔法学院、寝ている間に凍え死ぬ心配も、 ソ連兵の爆撃や砲撃で叩き起こされる心配もない。 それだけでそこは、数時間前まであの『スターリングラード』にいた彼にとって ――たとえベットも布団すらもなくても――眠りの誘惑に屈さざるを得ない、最高の環境だった。 「きゅいきゅい」 「ムゴ! ムググモ!」 「チュルッチュー、チュルルッチュー」 「キュッキュリュー」 ……ちなみにシュトロハイムの盛大なるいびきは、 他の多くの使い魔たちにとってそこを最悪に近い環境にしていた。 ---- おまけ、現在のシュトロハイム(後半部は妄想) シュトロハイム(生身) →サンタナ戦、手榴弾でバラバラに→ナチスにより機械化 →ワウム戦、輝彩滑刀のモードでバラバラに→SPW財団の助力を得て修理、対吸血鬼戦の装備装着 →飛行機から落下、大破→回収修理、装備を通常戦モードに変更 →対フランス戦、活躍するもフランス戦車の装甲を打ち破れずに苦戦、中破 →修理、火力と装甲を強化→バルバロッサ作戦(対ソ連戦)に投入 →活躍するもロシアの『冬将軍』の前に惨敗(オイルが凍結し動けなくなる) →本国輸送、修理火力と索敵能力を強化した寒冷地対応バージョンに →スターリングラード戦線へ→カチューシャの着弾に巻き込まれ、召喚 ----

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