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仮面のルイズ-36」を以下のとおり復元します。
サウスゴータ地方、ウエストウッド村付近の森の中。 
ルイズの乗る吸血馬を、商人風の男が先導していた。 
「昼頃には、たどり着きます」 
男が後ろを振り向きつつ告げる。 
「意外と近いのね」 
ルイズはここまでの道のりを思い出しながら呟いた。 
朝日が昇る前に、シティオブサウスゴータを出発したルイズ達は、一路ウエストウッド村を目指していた。 

途中、町はずれの牧場で牛、馬、豚でも盗もうと考えたが、結局なにも食べずに来てしまった。 
洗脳された住民が正気に戻ったとき、困るだろうと思ったのだ。 
ルイズは途中で吸血馬に自分の血を与え、少しでも疲労を和らげられるように気遣っている。 
吸血馬はとても従順で、腹を空かせても人を襲わず我慢していられる。 
だが、ラ・ロシェールからアルビオンまでの飛行で、かなり体力を消耗しているのはルイズの眼には明らかだった。 
そんな吸血馬を気遣い、ルイズは自分の血を何度か与えている。そのため… 

 グ~~~ 

「お腹すいた…」 

ルイズは、力なくため息をついた。。 





シティオブサウスゴータと、港町ロサイスを結ぶ街道から脇道にはいると、ウエストウッドという小さな村にたどり着く。 

その村の一番奥には、丸太と漆喰で作られた家がぽつんと建っており、家の脇には薪が積み重なっているのが見えた。 

商人風の男は、その家が見えてきたところでルイズを制止し、一人で家の中に入っていった。

「ハァ…」 
ルイズは、思わずため息をつく。 
『どうしたよ、腹減ったのか?』 
足下から聞こえてきたデルフリンガーの声に、ルイズは不機嫌そうな顔をした。 
デルフは吸血馬のたてがみに巻き付かれて、固定されている。 
「それもあるけど…ハーフとはいえ、エルフと会うなんて生まれて初めてだもの。緊張してるのよ私」 
『おめーもエルフに負けず劣らず、危ねーよ』 
「折るわよ」 
『怖いなあ。…お、出てきたぞ』 

ルイズが顔を上げると、家の扉からフードを被った女性が顔を覗かせ、こちらを見ているのが判った。 
ルイズはデルフリンガーを手にして吸血馬を降りると、その女性に近づいていった。 

それを見てフードを被った女性も扉から出てルイズへと近づく。 

庭の真ん中で、二人は対峙した。 
ルイズはフードとマントを外すと、無造作に折りたたんで地面に置いた。 
その上にデルフリンガーを乗せて、両手を開き、杖を所持していないのだと示した。 

「はじめまして、私は『石仮面』。貴方がティファニアさん?」 

「はい、はじめまして石仮面さん。マチルダ姉さんからのお手紙で、貴方のことは知らされていました」 

ティファニアはフードを浅く被っており、優しそうな、おっとりとした顔立ちがはっきりと見えた。 
耳が尖っているとか、角が生えているとか、そんな理由でフードを被っているのだろうと想像できる。 
何よりも特徴的なのはその胸だった、もしかしたらキュルケよりも大きいのではないだろうか。 
ふと、ロングビルのボディラインを思い出す。 
大きすぎず、小さすぎず、しかし整った形の胸。 
ティファニアとロングビルが姉妹だとしたら、エレノオール姉様とカトレア姉様のような対比を思い起こさせる。

「あの…?」 
気が付くとティファニアがルイズの顔をのぞき込んでいた。 
「あ、ごめんなさい。ちょっと知り合いを思い出しちゃって」 
「そうだったんですか。立ち話じゃゆっくり出来ませんから、こちらの部屋にどうぞ」 
ルイズは地面に置いた物を拾うと、ティファニアに導かれるまま、家の中に入っていった。 

「わー!姉ちゃんどっから来たの?」 
「マチルダおねえちゃんの友達?」 
家の中に入ると、年の頃5~10才ほどの子供達がルイズにまとわりついてきた。 

「マチルダお姉ちゃん?」 
ルイズが聞き返すと、金髪の少年が満面の笑みで頷いた。 
「マチルダお姉ちゃん、おばちゃんって言うと、すっっっっっごく怒るんだ。おねえちゃんって言うとお菓子くれるんだよ!」 
ちらりとティファニアの表情を伺うと、額に大粒の汗を浮かべて苦笑いをしている。 
ルイズは、このネタでロングビルをからかってやろうと考えつつ、子供らの頭を撫でた。 
傍らでその様子を見ていた商人風の男が、パンパンと手を叩く。 
「さあさあ、お姉さん達は大事な話があるから、みんな外でおじさんと遊ぼうな」 
「「「「「はーい」」」」」 
子供達は元気よく返事して、庭へと出て行った。 

ティファニアとルイズは、食卓として使われている大きめのテーブルを挟んで、向かい合って座った。 
ルイズがデルフリンガーを机の上に置くと、ティファニアはびくっと体を強ばらせた。 
武器にはあまり馴染みがないのだろう。 

「紹介するわ、相棒のデルフリンガーよ」 
『おっす、ハーフエルフの娘さんよ、俺様がデルフリンガーだ、よろしくな』 
デルフリンガーが喋ったので、ティファニアは二重に驚いた。 
「えっ?…あの、その」 
しどろもどろになりながら、ティファニアはフードの上から耳を手で覆う。 
「大丈夫よ、それぐらいじゃ驚かないわよ」 
ルイズが笑みを浮かべる。 
ティファニアは数秒悩んだが、意を決してフードを外した。

「…綺麗」 
思わず、ルイズの口から、感嘆の言葉が漏れた。 
エルフの顔立ちは人間と違い、一定の水準、一定の基準が設けられているかのように整っており、美的な完成形であると評する者もいる。 
ティファニアの顔立ちは、尖った耳がまるで妖精のような神秘さを醸しだしているのに、どこかおっとりとして優しい雰囲気があった。 
「怖いっ…って、思わないんですか?」 
「怖い? 何よ、マチルダの『家族』を怖がる理由なんて無いわよ」 
「そうですか?家族…かあ」 
家族という言葉を聞いて、ティファニアの緊張が解けたのか、ルイズに笑顔を見せた。 

「それで、今日は、何の話でしょう…私、子供達が居るから、あまりお手伝いとか出来ませんけど」 
「そんなんじゃないわ、ちょっと聞きたいことがあるの。サウスゴータの住人が何者かに操られたって話は聞いている?」 
「はい、聞いていますけど…」 
「ここに案内してくれた人から、貴方が『アンドバリの指輪』を持っていると聞いたの、水の先住魔法が込められた秘宝…それをちょっと見せて欲しいのよ」 
「アンドバリの指輪?…もしかして、これのことですか」 
ティファニアが手から指輪を外し、テーブルの上に置いた。 
デルフリンガーはそれが何なのか判ったのか、カタカタと鍔を揺らして喋りだした。 
『こいつはおでれーた、かなり使い込んでるな、この指輪』 
「ちょっと、見せて貰って良い?」 
ルイズの言葉に、ティファニアが首を縦に振る。 
アンドバリの指輪を手に取ると、ルイズはそれをまじまじと観察した。 
おかしなことに、指輪に乗せられた宝石は、台座と比べてかなり小さい。 
あまりにもアンバランスで不自然な造りだった。 
『嬢ちゃん、台座と比べて宝石が小さいだろ、その宝石は水の精霊の結晶みたいなもんさ、氷が溶けるみてーに、使い続けると小さくなっちまうのさ』 
心でなるほど、と呟きつつ、ティファニアを見た。 
「ねえティファニア、これ、最近使った?」 
「何ヶ月か前に、怪我をした兵隊さんがここに逃げてきたの。その時に怪我を治したけど…それ以外には使ってない、です」 
じっ、と、ティファニアの目を見る。 
ルイズの迫力に押されたのか、少し身体を縮めたが、それでもルイズから眼を逸らそうとはしなかった。

「…信じるわ。でも、そうすると誰がやったのかしら…。これと同じ指輪があるなんて考えたくないけど」 
「その指輪は、死んだ母から貰った形見なの、先住の力が込められているのは知っていたけど、アンドバリの指輪って名前は知らなかったわ」 
「そっか、ごめんなさいね、疑ったりして」 
「ううん…人間に疑われるの、慣れてるから…」 

ルイズは、言い様のない胸が痛みに、思わず眼を細めた。 
吸血鬼になったルイズ、ハーフエルフのティファニア。 
お互いに人間とは相容れぬ存在であると知りながらも、人間と関わることで生活を保っている。 
自分が吸血鬼だと、告白した方がよいのだろうか? 
ティファニアが耳を見せてくれたように、自分も牙を見せるべきだろうか。 
思考のループに陥りそうになったところを、デルフリンガーの声が引き戻した。 

『そーだ、思い出した』 
「何を思い出したのよ」 
『ディスペルマジックだ、先住の魔法で操られてるんだとしたら、ディスペルマジックで解除できらあ』 
「もっと早く思い出しなさいよ…もう」 
『仕方ねーだろ、6000年も生きてりゃ色んな事があるんだよ、全部覚えるなんざ無理な話だ』 

「ろくせんねん?デルフリンガーさんって、凄く長生きなんですね」 
『まあな、ところでエルフの娘っこ、お前さんの親父は財務監督官だったんだろ?その指輪が複数あるとか、もしくは似たようなアイテムがあるとか聞いてねーか?』 
少し考え込んでから、ティファニアが質問に答えた。 
「この指輪は母が持ってきた物なの、だから他にどんな物があったか、よく知らないの…」 
「そう…。それなら仕方ないわよ。でも、その指輪はアルビオンの宝物に数えられていたんじゃないの?」 
「財務監督官だった父には、何人かの秘書がいたのだけれど…。そのうち一人が大怪我をした事があったの。父は指輪を使ってその人を助けたのだけど…」 
「まさか、その秘書が…裏切ったの?」 
「その人は裏切った訳じゃないわ、だって、母を守って…死んじゃったもの」 
「そう…ごめんなさい、話を続けてくれる?」 

沈痛な面持ちのティファニアを見て、ルイズは自分まで辛くなっていることに気づいた。

「指輪に目を付けた人が父に近づこうとしたの。宝物の目録を改ざんして、それで父から指輪を取り上げようとしたらしいけど…」 
「目録の改ざん?」 
「うん。父は指輪の存在を別荘に隠そうとしたの。でも、誰かに気づかれて…別荘で隠れ住んでいた母のことも、王宮に知られちゃって…」 
「なるほどね…人助けが命取りになるなんて…」 
「いいの!だって、母は、アルビオンに来たことを後悔しないって言ってたもの、お母様も、お父様も、人を助けたことに後悔なんてしてないと思うの…」 

『おでれーた。まーたビックリするお人好しだよ。もしかして、さっきの子供らは孤児かい?おめーもお人好しだな!そう言う奴好きだぜ』 
「ふふ、ありがとう、喋る剣さんって初めて見たからびっくりしたけど、優しいのね」 
『おうよ!だてに年は重ねてねえ』 

「貴族なんかより、ずっと気高いわ、いいご両親をお持ちだったのね」 
「ありがとうございます。そう言って下さると、父も母も喜ぶと思います」 
ルイズは、ティファニアを心底『眩しい』と思った。 

ハーフエルフ、エルフ、人間とは相容れぬ存在、始祖ブリミルの時代から続く人間の仇敵。 
そんな風に考えていた自分が、とても情けなかった。 
貴族の『貴族らしさ』は、そのお国柄によっても異なるだろうが、何よりも崇高とされるのはその気高さだ。 

小さな田舎の、更に山奥に住むティファニアからは、気高さと自信に満ちあふれたオーラが放たれているように思えるのだ。 

ロングビル以外にも、何人かの協力者がティファニアを守ろうとしている理由が、ルイズには感覚的に理解できた。 

ルイズが窓から外を見る、日差しに照らされた木々の葉が、緑色に輝いているのが見えた。 
子供達の遊ぶ声に、風の音と、葉擦れの音が混ざる。 

ここに人間の諍いを持ち込んではいけないのだと、ルイズは思った。

不意に、ルイズの耳に歌が聞こえてきた。 
顔を上げると、ティファニアの姿がない。 
ふと脇を見ると、壁に備え付けられた棚の前で、ティファニアが何かの蓋を開けている。 
よく見るとそれはオルゴールだった、古ぼけたオルゴールから聞こえてくる歌が、なぜかルイズにはとても心地よかった。 



『神の左手ガンダールヴ。勇猛果敢な神の盾。左に握った大剣と、右に掴んだ長槍で、導きし我を守りきる』 
『神の右手がヴィンダールヴ。心優しき神の笛。あらゆる獣を操りて、導きし我を運ぶは地海空』 
『神の頭脳はミョズニトニルン。知恵のかたまり神の本。あらゆる知識を溜め込みて、導きし我に助言を呈す』 
『そして最後にもう一人……。記すことさえはばかれる……』 

『四人のしもべを従えて、我はこの地にやってきた……』 







どこか心地よくて、なぜか懐かしいその声は、頭の中に直接聞こえてくるようだった。 
「この歌、何?」 
「え?」 
ティファニアが驚きつつ、ルイズの方を振り向く。 
「この歌、そのオルゴールの歌なの?」 
「えっ…あの、まさか、聞こえるんですか? あの、どんな風に聞こえるんですか!?」「? 神の左手とか、右手とかって……」 

ルイズが歌の内容を言いかけたところで、シュカ!と乾いた音がした。 
建物に、何か堅い物が、高速で衝突した音だと判別したルイズは、すかさずデルフリンガーを手に取りローブを身に纏った。

「ううわあ!」 
「わああっ」 
外から、男と、子供達の悲鳴にも似た声が聞こえてくる。 
ルイズは外の様子を確かめるようにゆっくりと扉を開けて、外を見た。 

シュカカッ、と、扉に矢が突き刺さる。 
ルイズは背後にいるであろうティファニアに、左手を降って『隠れろ』とジェスチャアをすると、扉を閉じて庭へと出た。 

「危ないわね、あなた達、猟師か何か?」 
ルイズの視線の先には、突然飛んできた矢に驚く子供達と、それを庇うようにして立つ商人風の男、そして傭兵らしき格好の男達だった。 

「おう、べっぴんさんじゃねえか」 
「村長はいるか? いるなら呼んでこい」 
現れたのは十数人ほどの傭兵らしき男達、全員が弓矢や槍などで武装している。 
その中でも、弓矢を持った連中は、子供達に狙いをさだめていた。 
デルフリンガーは、たルイズの心が怒りに震えていくのを感じていた。 

「わ、私がここの村長です。こ、子供達には手を出さないで下さい!」 
ルイズの背後からティファニア姿を現し、怯えた声でつぶやく。 
「おや、村長さんも別嬪だな。森の中に閉じ込めておくにはもったいねえ」 
傭兵の一人がそう言って近づいてくる。 
他の連中と違い、一人だけ自由に行動できるような雰囲気を醸し出している。 
頬には傷があり、その表情には余裕が見えていた。 
おそらくこの集団のボスだろう。 

「あなたたちはなんなんですか?」 
ルイズはティファニアの前に出ると、男達を見回して呟いた。 
「猟師じゃなくて、傭兵さんみたいね」 
「へへへ、”元”傭兵だ。なぁに、革命戦争が終わっちまったから、本業に戻るのさ」 
「本業?」 
ルイズが聞き返すと、別の男が大声で答える。 
「盗賊だよ!」

それを合図にしたかのように、残りの傭兵達が笑いだした。 
子供達は怯えているのか、商人風の男の足にしがみついている。 
よく見ると、金髪の少年は足に切り傷を作っており、足下の地面には何本かの矢が突き刺さっていた。 


ルイズは考える。 
問答無用で全員の血を吸ってやろうか? 
だが、そんなことをしたら、それこそ子供達は怯えてしまう。 
吸血馬には事が起こったとき荒立てるなと命令してある、上手く物陰に身を隠しているのか、その姿は見えない。 
しかし臭いが近くにいることを知らせてくれている。 
全員を斬り殺してやりたいが、弓を持った男は一カ所に固まらず、集団の中で散らばりつつ狙いを定めている。 
これでは一人を斬っている間に、他の連中から矢が放たれてしまう。 

…ならば、吸血馬を子供達の盾にすれば、時間が稼げるだろうか? 



「まったく、ついてねえや。ニューカッスルをぶっ潰したらお払い箱よ、どうせトリステインにでも攻め込むんだろうが、その前に俺たちもお宝探しをしようと思ってなあ」 
「出てって。あなたがたにあげられるようなものは何もありません」 
気丈に言い返すティファニアを見て、男たちは笑った。 
「あるじゃねえか!お前みたいな別嬪な娘、それと剣を背負った姉ちゃん、てめえも傭兵かい?いい顔立ちしてんじゃねえか、かわいがってやるぜ」 
この傭兵達…もとい、盗賊達は人さらいらしく、まるで品定めするようにルイズとティファニアを見た。 

「 あら… か わ い が っ て く れ る の ?」 

思わず言い返してしまう。 
ルイズは、自分の心にわき起こる戦いへの欲求に、言いしれぬ高揚感を感じていた。 
爛々と輝く瞳、獰猛な、ドラゴンよりももっと恐ろしい『何か』の瞳が、傭兵の一団に緊張を走らせた。

『ナウシド・イサ・エイワーズ……』 
ふと、ルイズの背後から声が聞こえた。 
『ハガラズ・ユル・ベオグ……』 
何処かで聞いたような、いつも聞いていたような、先ほどの歌のような、心安らぐ響き。 
『ニード・イス・アルジーズ……』 
ルイズが振り向くと、ティファニアはいつの間にか小さな杖を握って、傭兵達に向けていた。 
『ベルカナ・マン・ラグー……』 

「…はっ!  な、なんだぁ? 貴族の真似事か?」 
傭兵の一人が一歩足を進めると同時に、ティファニアは自信に満ちた態度で、ゆっくりと、力強く杖を振り下ろした。 
次の瞬間。 
かげろうのように空が揺らぎ、男たちを包む空間が歪んだ気がした。 



「ふぇ?」 
空間のゆがみが元に戻ると、傭兵達は宙を見上げ、口を半開きにして呆けていた。 
「あれ?俺たち、何してたんだ?あれ?」 
「どこだ?ここは?」 
「ここは誰だ?」 
「俺はどこだ?」 
ティファニアはルイズの前に出ると、男たちに向かい合って、言い聞かせるように告げる。 
「あなたたちは、森に偵察に来て、迷ったのよ」 
「そ、そうか?」 
「隊はあっち。森を抜けると街道に出るから、北にまっすぐ行って」 
「あ、ありがとうよ……」 

男達はふらふらとした足取りで、ウエストウッド村を後にした。 
ルイズは、内心の驚きを隠せなかった。 
間違いない、今のは『始祖の祈祷書』に一部だけ浮かんだルーン。 
まだルイズには使うことのできない『記憶を操作する魔法』だ。

ティファニアはふぅ、とため息をつくと、子供達に駆け寄った。 
「わあああああん!」 
「おねえちゃん!」 
「怖かったよー!」 

子供達はティファニアに抱きつき、泣き叫ぶ。 

ルイズはその様子を見て、商人風の男に近寄った。 
「貴方は、怪我、してない?」 
「はい、大丈夫です…ティファニア様を守って頂き、ありがとうございます」 
「いいのよ、それより…さっきの魔法って?」 
「今のが、ティファニア様の先住魔法です、何度か盗賊が押しかけてきたとき、ああやって記憶を奪うのです」 
「先住?違うわよ、もっと大それたものよ…」 

ルイズがティファニアを見る。 
よく見ると、ティファニアに抱きついている少年のうち一人は、足から血を流している。 
ティファニアが跪き、その少年の怪我に指輪を近づけるが、ルイズがそれを制止した。 
「その指輪、残り少ないんでしょう?もっと大怪我したときに使いなさい」 

ルイズが少年の足を撫でると、傷口は綺麗に消えていた。 

「今のは?」 
ティファニアが、不思議そうにルイズを見る。 
詠唱もなく怪我を治すのは、先住魔法の使い手であるエルフでも難しい。 
水の精霊であれば話は別だが。 

「ちょっとした手品よ、さ、いつまでも抱きついてちゃ駄目よ。男の子でしょう?」 
ルイズが少年の頭に手を乗せ、髪の毛をわしわしと掴む。 
「おねえぢゃん、テファねえちゃんを守ってくれて、ありがと」 

思わず、ルイズの表情に笑みが浮かんだ。

「すぐ戻るわ」 

ぱっ、と立ち上がると、ルイズは森の中に駆けていった。 

吸血鬼の桁外れの動体視力で、木々の合間を縫って駆ける。 

ルイズは臭いを頼りに、物陰に隠れていた吸血馬を探しだすと、そっと耳打ちした。 

「全部で17人、一人ずつ、気づかれないように食べなさい。食屍鬼にしちゃ駄目よ?」 
「ブルルル…」 
「食べ残したらちゃんと地面に埋めなさいね…服も埋めるのよ?街道に出る前に、全員ね」 
「ガアッ」 

吸血馬は小声で鳴くと、巨体にも関わらず音もなく走り出し、ルイズと同じように器用に木々の合間を縫って盗賊達を追いかけた。 


「さて…デルフ、ティファニアに沢山聞くことがあるわね。まず何から聞こうかしら」 
『おめー盗賊相手には容赦ねえのな』 
「何言ってるのよ!あんなのを許しておいたら、食屍鬼を作らないって約束してる私が馬鹿みたいじゃない。それに、あいつらはいずれ討伐されるわよ」 
『だからって食料にしなくても…そんな暴力主義だから”忘却”の魔法が使えねーんだよ、ハーフエルフの娘っ子を見習ったらどうでえ』 
「見習うって…何をよ」 
『優しさとか、思いやりとか…うーん、胸とか?』 


この日、デルフリンガーの悲鳴がウエストウッド地方の森に響いたという。 






to be continued →
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