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ギーシュの奇妙な決闘 第七話 『フェンスで防げ!』 (――さて、どうなったか) 特に何の感慨もなく、リゾットは品評会の会場へと戻っていた。 勿論、自分を見張るモートソグニルに怪しまれないよう、騒ぎを聞きつけて走ってきた振りをしてである。 進入するかしないか、散々迷った演技をした後、騒ぎを聞いた瞬間に走り出したから、不自然には見えない筈。 塔を駆け下りながら垣間見た広場では、思ったほどのパニックは起こっていなかった。 生徒たちは広場の一角……日当たりの最もいい場所に集められ、無事のようだった。 不謹慎と言うか余裕の産物と言うか、彼らの仲間内では生徒が何人ブラックサバスに貫かれて死ぬか、というトトカルチョが行われており、リゾットは、生徒が十数名は貫かれて死ぬと予測していたのだが……この分だと、賭けそのものが不成立になってしまいそうだ。 (成る程。真夜中にブラックサバスを倒したと言うのは、伊達ではないらしいな) 自分を警戒する。姫を守る。生徒達の安全を確保する。 パッショーネの幹部クラスでも困難な3つの事を的確にこなすオスマンの判断力に、リゾットは素直に感心した。 そもそも、リゾット達がこんな風に回りくどい細工を弄したのは、ブラックサバスを調べる上で判明したオスマンの実力を警戒しての事だった。 真夜中のブラックサバスを倒す事など……スタンドの相性もあるが、リゾットでも無理だ。暗殺チーム全員で見たとしても、無理だ。 当時の王宮ではトライアングルを20名も失ったとしてオスマンの無能を罵ったらしいが、ブラックサバスの存在と特性を知るリゾットからすれば失笑を禁じえない。 貴族の魔法と違い、スタンドと言うのは状況次第でいくらでも無敵になれる能力と言うのが多い。 ブラックサバスなどはその典型であって、昼間であっても厄介なのが真夜中となると、文字通り無敵と化す。 それを倒したと言うオスマンのバケモノじみた実力を、軽視する気にはなれなかった。 右手で懐から布袋を取り出し、その中身……砂鉄を掌にぶちまける。左手の杖をふるいながらメタリカを発動させ、砂鉄を結合させて一本のナイフを作った。 (――さて。茶番劇を始めるとしよう) 砂鉄のナイフを握り締め。 塔の出口を出て、広場へ駆け出すと同時に、リゾット・ネェロは、イカシュミ・ズォースイの仮面を被り直す。 (ブラックサバスを見て、一瞬動揺したフリをして立ち止まるか) あんなものを見て平然としているのは怪しまれると思い、リゾットは広場を見回して……演技ではなく、本気で立ち止まった。 「!?」 ブラックサバスから少女を守るかのように立ちふさがる、この世界にはまだ存在しないはずのものを見て。 (……フェンス……だと!?) 「――なにこれ??」 死を目前にしている少女の言葉とは思えないほど、間の抜けた言葉がモンモランシーの唇から漏れる。 『それ』ごしにこちらを見下ろす悪魔の存在は確かに怖いが、それ以上に目の前に立ち塞がっているものの存在が、モンモランシーには突飛過ぎた。 フェンスと言うモノを知らないモンモランシーからすると、枠に針金の網という組み合わせは、あるものを連想させるのだ。 調理器具だ。もっと言うと、揚げ物を引き上げる時に使う、金網である。 こっちの世界の人間の感覚だと、『まな板が地面から生えてきて自分を守った』ってくらいに、滅茶苦茶な展開なのだ。呆けるなという方が無理であろう。 どういう素材で出来ているのかは知らないが、このフェンスやたらと頑丈らしく、あの悪魔が押そうが引こうがびくともしない。 見た感じでは、青銅っぽいのだが、違うのかもしれない―― (――青銅?? まさか!) その金属はモンモランシーの脳裏である人物と直結されていて。 反射的に視線を自分の腕の中に落とせば……手が、自分の頬を伝う涙を掬った。 「モンモランシー……君は泣く姿も美しいね。まるで、美の女神のようだ」 「――ギーシュ!」 二度と開かないと思われていた双眸が、開いていた。 眼を覚ましたばかりでまだ意識が混濁しているというのに、相変わらず真っ先にキザに気取ってみせるその姿に、モンモランシーはまた涙する。 悲しみではなく、感激と安堵で。 「……馬鹿っ! 生きてるなら早く眼を覚ましなさいよ!」 (……正確に言うと、生きてるって言うより半分天国に足踏み込んだのかもしれないんだよモンモランシー) リンゴォが出演した夢の内容を思い出し、頬に汗をたらすギーシュだったが、口に出したら泣かせてしまうかもしれないので、自重した。 ゆっくりと体を起こしながら辺りを見回し、そこで始めて、ギーシュは目の前の金網に気付いた。 「か、金網??」 この世界の人間らしく、モンモランシーたちと同じように眼を丸くするギーシュ。 まあ、いきなり自分の目の前に調理器具があって、それが自分たちを悪魔から守っていれば、当然驚くだろう。 『おおおおおおお……』 ブラックサバスは、その金網を何とかして破壊しようとしているらしく、金網に食い込ませた指を震わせているが……全くと言っていい程、歪みすらしていなかった。 「……ギーシュ!?」 魂をぶち抜かれた筈なのに意識を取り戻した級友を見て、ルイズは呆然と声を上げた。 「あいつ……無事だったのか!?」 「みたいね」 ルイズを背負った才人も、ジョリーンに続いてブラックサバスに向かって走りながら、ギーシュの帰還を喜んだが……ジョリーンには別の感慨があるようだった。 「矢張り……『弓と矢』の『矢』だったのね。あれは」 「――え?」 「彼は生き残ったんじゃない。選ばれたのよ……『矢』に。運命をねじ伏せたと言っていいのかしら。この場合……それにしても、やれやれだわ。 あんたにも見えるって事は――あのスタンド、相当変わったタイプみたいね」 「な、なんなの……これ」 「……わからない」 モンモランシーの言葉に答えてから、ギーシュは慎重にフェンスに指を伸ばした。 フェンスを構成する、針金に指の腹で触れ、そのまま食いと押し込んで―― ぐい 押し返された。自分が押したのと、ほぼ同等の力で。 「!!?」 思わぬ不意打ちを暗い、ギーシュはとっさに手を引っ込めた。フェンスから指が生えたとか、そういうチャチなレベルではない。純粋な『パワー』で押し返されたのだ。 (こ、この網……ただの網じゃない!!) ブラックサバスを前にコレだけの時間持っていると言う時点で十分ただの網ではないのだが、眼を覚ましたばかりで頭が回転していなかったギーシュは気付かなかった。 順序が逆なら、こんなマヌケな事にはならなかったのだが――おかげで、ギーシュの頭脳は通常の回転を取り戻した。 「こいつ……」 調理器具が自分を守る。 現実感のない光景にしばし呆然としていたギーシュだったが、すぐにこの状況の異常性に気が付いた。 何をやっても壊れない金網もさることながら……ブラックサバスがその金網をいつまでも攻撃し続ける事が。 『影に潜る』事が出来るのなら、こいつが金網を相手にする必要は無いはずだ。馬鹿だから気付かないのでは? と言う考えもよぎったが、すぐさま却下した。 (最初の才人の時は普通に掴むだけだった……二番目のプラントの時は丁寧に逃走手段を奪った。三番目の僕の時は、鮮やかに動きを封じた。 間違いなく、『発火を見たものを突き刺す』執念に基づいた学習能力がある! こいつは今、影に潜らないのではなく、潜れないのではないか!? まさか――) ┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨……! (この網が……こいつの移動を防いでるのか!?) 印象と言うのは不思議なものだ。 先ほどまでただの網だと感じていた物が、それによって全く違う『モノ』に見えてくる。 『その可能性』に考え至ったギーシュの目には、目の前のフェンスが奇妙な威圧感を放つ圧倒的な存在に見え始めていた。 あの圧倒的な悪魔を、小揺るぎもせずに押さえ込むその存在に。 「オラァッ!」 『――ッ!』 「――この『網』、一体何なんだ!?」 フェンス越しに追いついてきたジョリーン達に、ブラックサバスが振り向いたのをきっかけに。 物理攻撃だけではなく、影の移動すら遮断する――目の前に立ち塞がった存在の異常性に、ギーシュは己の内心を偽ることなく叫んでいた。 (……まさか、『そう』なのか?) この世界ではありえない『フェンス』を睨みつけ、それに向かって走りながら、リゾットは自問する。 ……よくよく考えれば、当たり前の話なのだ。『可能性』は全ての人間が持っている。 いくら世界が違うからと言って、いくら前例がないからと言って――メイジはスタンドに目覚めないなどと言う、根拠のない思い込みをしてしまった自分自身が憎らしい。 (あの二人……グラモンとモンモラシのどちらかが……『スタンド』に目覚めたと、そういう事なのか?) あのフェンスがスタンドだとしたら、一体どのような能力なのか? タイプは? 接近戦パワー型? 遠距離操作型? 自動操縦? それとも……一人歩き? 相当変り種のスタンドであることは間違いないだろう。なにせ、一般人にも視認出来るほどのパワーを感じる。 (確かめたい事は多いが……今は!) 「――大丈夫か?」 『教師イカシュミ・ズォースイ』として、動くのみ。 とりあえず、ブラックサバスへの道程に座り込んでいた二人の生徒に対し、気遣うように声をかけるリゾット。 その二人……キュルケとタバサは今リゾットに気付いたらしく、はっとなって振り向いた。 「ミスタズォースイ!」 「…………」 「無事なようだな……何よりだ」 無言でこちらを見上げるタバサの頭に手を置き、ブラックサバスを睨みつけ、 「俺は少し外していたんだが……簡単でいい、状況を説明してくれ」 「ええっと……」 何処から説明したらいいのか分からないという風情のキュルケに対して、タバサは簡潔だった。ただ、ブラックサバスを指差して、 「敵」 「そうか」 「影から影に移る……日向に追い出せばいい。気をつけて」 「わかった」 タバサはリゾットに対して多くを語らなかった……自分を疑ったとか、口数が少なかったからとかそういう理由からではないだろうと、リゾットは予測する。 職業病と言う奴だろうか? リゾットたち暗殺チームの面々は、自分達と同じ種類の人間がわかる。匂いと言うか、気配と言うか……人を殺した事のある人間や、それを職業とする人間、犯罪に罪の意識を感じない人間等の、独特の雰囲気を見分ける事ができた。 その感覚で言うなら、タバサは他の生徒たちよりも、ずっとこちら側に近い人種……相当の修羅場を駆け抜けてきた人間だ。 得てしてそういう人間は、リゾットと同じように同属の匂いが分かるもの。 彼女はリゾットの能力を授業で大体把握し、リゾットならばこのくらいの言葉で十分過ぎると考えたのである。 「――お前たちはここにいろ」 ついて来いとは言わず、リゾットは再び駆け出した。 キュルケとタバサは優れたトライアングルメイジだが、目標と肉弾戦を行っている人間や、敵から離れる事ができない人間が居る以上、遠距離の魔法は誤射の危険性がある。 それが分かっているからこそ、彼女たちはあそこで何もしなかったのだ――血が出るほどに拳を握り締めながら。 リゾットからすれば、ブラックサバスには出来る限り暴れてもらった方がいいのだが、『この後の事』を考えると見てみぬフリをして怪しまれるのはマイナスにしかならない。 (元傭兵という『設定』がある以上、ある程度使えるところを見せておかなければならない) 接近戦をしているのは二人だが……一人は明らかに動きが鈍く、リゾットはその理由に思い当たる節があった。 (スタンドが見えるのは、メイジとスタンド使いだけ……平賀才人には見えていないようだな。背負われているのは、ヴァリエールか) ならば、リゾットのやる事は只ひとつだった。 (――メタリカ――) ろ ぉ ぉ ぉ ぉ ど ぉ ぉ ぉ ぉ ぉ 怨念のような低い低い呻きが、リゾットの体内から鼓膜を揺さぶる。 体内に蠢き、磁力を操るリゾットのスタンド『メタリカ』の呻き声である。 彼らは体内から腰、服のポケット、マントの裏、ありとあらゆるところに潜ませた『砂鉄』に対して干渉を開始し―― ざあああああっ 各所から零れ出た砂鉄は、蛇のように鎌首をもたげ、触手のようにうねり、リゾットの正面に集う。 左手の杖を踊るように振るうその姿は、まるで魔法でもってそれらを操っているようで。 「――集約」 キキィンッ! 杖をもう一度振り、砂鉄を全てナイフに変える。その数、約十本―― 「いけっ」 そしてそれらのナイフは、リゾットの号令と共に一成に射出された! 「オラオラァッ!」 「はぁっ!」 ジョリーンの気合にタイミングを合わせ、才人は目の前――『見えない悪魔』がいる位置に向かい、デルフリンガーを横凪に振るうが―― ぶんっ! 見事にスカッた。 「下!」 「くおっ!?」 敵の位置を知らせるルイズの声に、すぐさま剣を引いて切っ先の軌道を修正し、打ち下ろす! どすっ! またもや、手応えはない。デルフリンガーのスタンドすら傷つける刃は、地面を耕すに留まった。 「さがれっ!」 「くっ!」 ジョリーンの叱責に対する理由を問わず、才人はその声を認識すると同時に飛び下がった。 自分にしがみついたルイズの唇からうめき声が漏れる……才人のルーンを使った高速軌道に、彼女の体力が追いついていないのだ。 敵の姿が見えない。 最初、才人はデルフリンガーからその事実を聞かされた時、まぁ何とかなると楽観していたのだが……戦闘が始まってからは、そんなモノは粉々に吹っ飛んだ。 とにかく、行動が遅れてしまうのだ。 自分自身の五感ではなく、他人から教えられて動くものだから、どうしてもタイムラグが出来てしまい、相手の位置を教えられて攻撃したら既にそこに相手は居ない、という事が頻発する。 敵の攻撃を避けるのにも一苦労だし、何より状況把握すら遅れると言うのは致命的だった。 ブラックサバスのスピードがすっとろいから戦えるのであって、もし敵の速度が速かったら……才人の魂は今頃、脳漿ぶちまけている事だろう。 「――ルイズッ! 大丈夫か?」 「だ、大丈夫よっ」 気丈な言葉が返ってくるが、肩越しに振り向いて見た彼女の表情は、その言葉を裏切っている。 真っ青で今にも意識を失いそうなほどに虚ろな瞳は、彼女の消耗が激しい事を示していた。 自分は役に立っているのか? 否、と言う答えが安易に導き出せてしまう自分自身の現状に、才人は歯噛みした。 ここはジョリーンにまかせ、ルイズを背負って遠くに避難したほうが得策だという事くらい、戦闘では素人の才人にだってよくわかっている。わかっているのだが。 (くそっ!) 才人自身にも分かっている。 コレは我侭だ。自分だけ置いてけぼりはいやだという、ちっぽけなプライドであり、自分も戦えるんだという子供の癇癪のような行動だ。 わかっている。わかっている。自分の考えなんぞは一番よくわかっている。なのに、譲歩という事が出来ない―― (……俺はっ! どうすればいい!?) 本当のところを言えば、才人は自分で思っているほど役立たずと言うわけではない。 彼の持っているデルフリンガー本人ですら忘れている『力』がスタンドに対して妙な干渉を起こしているのか、さっきからまぁースパスパ切れる切れる。 才人がスタンドを視認出来たなら、浅いながらも全身斬創だらけのブラックサバスにさぞ驚く事だろう。 そもそも、邪魔だと思ったらジョリーンがストーンフリーで盛大にぶっ飛ばしているところだ。 正直、ジョリーンが殴るよりよっぽどダメージが与えられるくらいなのだから、動きがすっとろいのを差し引いたとしても、才人の存在には非常に助けられていた。 背中に背負ったルイズも、放り出して万が一ブラックサバスに捉えられた場合の事を考えると、無碍にも出来なかった。 「何ぼさっとしてるぅーっ! 早く動けぇっ!!」 「は、はいっ!」 動きが止まった才人を叱責しながら、ジョリーンは改めて考える。 (それにしても、どぉーなってんだこいつぁーよー!) 思考が刑務所暮らしの頃に戻っていたが気にしない。彼女の念頭にあるのは、目の前に立つ敵スタンドの事だった。 『お前達も……再点火したなっ!?』 全身切創だらけで、何十発とストーンフリーの拳を叩き込まれたというのに、機械的に動き続けるブラックサバス。 その動きは消耗と言う単語を知らないかのごとく……機会でもここまでボロボロにされれば動きが鈍ると言うのに、変わらない動作で動き続けている! しかも! 才人がつけた切傷はゆっくりと確実に塞がっていっているのだ! 最初に才人が頬につけた傷などは、もう塞がってしまっている。 (この野郎、本当に太陽の下に引きずり出さないと駄目みたいだな……!) そもそも攻撃してどうにかなるなら、オールド・オスマン自身がメイジたちを指揮して集中砲火で袋叩きにしているだろう。 ここからは、ジョリーンもオスマンも知らない事実を説明する。 意外に思われるかもしれないが、ブラックサバス自体は他の遠距離自動操縦型のスタンドに比べても、エネルギー量が少ない部類に入る。 スタンド事態のスペックが高いのも相まって、発現した瞬間消滅してしまうくらいの希薄さだ。言うなれば、最高に燃費の悪いF1と言ったところか。 ならば、こいつはどうやって存在しているのか? 『影』から活動のエネルギーを吸収して、存在し動き回っているのである! いわば、常にガソリンスタンドを携帯したF1なのである。影の中に居れば燃費の悪さなど問題にすらないらない。 世界を移動する事で本体から切り離され、一人歩き型に変質した事で、その傾向はより顕著になっている。 単刀直入に言ってしまえば、ジョリーンの推測はほぼ当たっていた……今のブラックサバスは、影から追い出さない限り絶対に倒せない存在なのだ。 いざ影から追い出すとなると……今の状況では困難と言わざるをえない。なにせ、今敵が居る影はモンモランシーの影。 柱やゴーレムみたくぶっ壊すと言うわけにもいかないのだ。 影から殴ってぶっ飛ばすと言うのも、不意をうたなければ不可能だろう。それ程に、影の上のブラックサバスは強かった。 下手に深追いすればジョリーン自身が矢の餌食になりかねない。 (何とかして、相手の体勢を崩すか、腕の一本も切り落とせばなんとかなるんだが――) 『相棒! そこだっ!』 「うおおっ!」 ぶんっ! 才人の横凪を回避したブラックサバスだったが、その姿に隙はない……最大限にジョリーンを警戒しているようだ。 『再点火を見たものを矢で選定する』と言う動機の元に発揮される戦闘本能の高さは、今更記すまでもない。 ジョリーン達もモンモランシーの影に自分の影を接触させないように気をつけてはいるが……このままではジリ貧である。 (作戦を練り直すか――!?) 練り直すとして、どうするべきか――? ジョリーンは戦いながら思考を巡らせて…… ど ど ど ど ど ど ど っ ! ! ! ! リゾットの投じたナイフがブラックサバスに突き刺さったのは、その時だった。 (何を、してるのよっ! わたしは!) 全速力で動き回る才人の汗の感触と体が発した熱気を全身のいたるところで感じながら、ゼロのルイズは己の無力をかみ締めていた。 彼女が感じている屈辱感は、才人が抱いていたものの比ではない。 才人は小さいながらもフォローをしている実感が在り、実際には敵に少なくない創を与えていたが、ルイズは文字通り何もしていなかった。 それどころか、才人の背中に負ぶさって、その足を確実に引っ張っている始末である。 (これじゃあっ……ゼロどころか、マイナス、じゃないっ!) 今のこの状況は……ルイズにいやおう無しに、自分の二つ名の由来を思い出させる忌々しいものだった。 ゼロのルイズ。魔法成功率ゼロパーセントの出来損ない。 最初にこう言われたのはいつだっただろうか? 1年生の一学期であった事は確かだが、それ以上に細かくは覚えていない。 名づけられてから、ルイズが嘲笑と見下しを受けなかった日は一日足りとて無い。 元々プライドが高いルイズにとって、この扱いは屈辱的で辛いものだったが……それ以上に彼女に圧し掛かったのは、『誰にも必要とされていないのではないか?』という強迫観念だった。 魔法の得意な二人の姉と常に比べられて育ったルイズは、『姉に比べて劣っている私は家族から必要とされているのか?』という深刻な疑問を避ける事はできなかった。 お前は役立たずのゼロだ。お前は足を引っ張るだけの能無しだ。お前は貴族の資格もないクソガキだ。 夢の中で誰かが自分にそうささやく声が聞こえて、汗だくで飛び起きた事もあった。 (ここで何も出来なかったら……私は一体なんなのよぉ……) ジワリと。 自分が役立たずである現実と、親友であるアンリエッタを守る事すら出来ないと言う現実が、ルイズの涙腺を刺激し、涙を押し出していく。 ルイズは才人を召還した時、正直にハズレを引いたと思った。 リンゴォのように変な能力も持っていなければ、幻獣でもない平民など、何の役にも立たないではないかと苛立ち、無意味に当り散らしたものだ。 それがどうだ! 彼女が役立たずと断じた平民は、彼女などよりよっぽど戦いの役に立っているではないか! 『魔法を使えるのが貴族なのではない、敵に背を向けないのが貴族だ――』 それはルイズの持つひとつの貴族観であり、彼女にとっては譲れない意思でもある。 才人が貴族になれる筈が無い事は分かっていたが――それでも、自分の信念でのみ判断するのなら。 才人は逃げていない。ブラックサバスと、正面から戦っている……今の彼は、ルイズなどよりよっぽど『貴族』に近いのではないか? 自分は――才人よりも弱いのか?? その現実が、何より彼女を追い詰めるのだ。 使い魔にすがってばかりのメイジなど、メイジではない! そう心の中で叫べど、ルイズに出来る事など何一つ無いのだ。 こらえきれぬ涙が頬を流れ、かみ締めた唇から鮮血が流れ――耐え切れずに眼を瞑りそうになったルイズの目の前で、それは起こった。 ど ど ど ど ど ど っ 横合いから放たれたナイフが、ブラックサバスの体の至る所にその牙をつきたてる! それを見た瞬間、ルイズは敵を倒したかと一瞬だけ喜んだが……ナイフが刺さったにもかかわらず、何事も無かったかのように動く、サバスの姿を見てすぐに無駄だったと悟った。 ナイフの飛んできたであろう方向に視線をやれば、そこには左手に杖を構え走りよってくるリゾットの姿が見えた。 (ズォースイ先生!) 自分と同じように魔法が不得手であり、一つの事しか出来ない筈の男の姿に、ルイズは眼を見開いた。 無茶だと思った。基礎魔術の一部分しか能のないこの男が、オールド・オスマンですら苦戦したと言う悪魔に何をしようというのか!? 眼を見開くルイズの前で、リゾットは行動を続ける。 「『分解』――」 ず わ ぁ っ ! 左手の杖を一閃し、リゾットは効果の無かったナイフを砂鉄に分解する。 あの距離から砂鉄の集約や分解が出来る事や、敵に攻撃が通じない事に動揺しない精神力は素直に凄いと思ったが――それでも、無意味なものは無意味だ。 (もうやめてズォースイ先生) 彼女はリゾットの授業を受けて……正確には、その授業の中で語られた彼自身の『設定』を聞いて、この学院の誰よりも彼に共感を抱いていた。 自分が爆発しか扱えないように、彼も砂鉄の集約しか扱えなかった。 だが、リゾットは諦めずにそれを磨き上げ、オールド・オスマンに見出されるほどの領域にまで高めたのだと言う。 言わば、ルイズにとってのリゾットは『ゼロ』でも高みに行けると言う『目標』であり、そこまでの道を記された『道標』であり、その道を極めた『先達』だった。 そのリゾットがあの悪魔に手も足も出ないという事は、それに劣るルイズでは手も足も出ないという事であり……極めて傲慢な考えだが、彼女の目標が汚される所をルイズは見たくなかったのだ。見苦しく足掻いて欲しくなどなかった。 そんなルイズの願いは、リゾットには届かなかった。否、届いていたとしても、聞き届けなかったであろう。 ――そもそも彼は攻撃のためにナイフを投擲したのではないのである! 分解された砂鉄は、リゾットの意思を組みブラックサバスの周囲を雲霞のように覆い、 「『吸着』――!」 そのまま、ブラックサバスの全身を覆うように張り付いた! 「へ!?」 敵に鉄粉を貼り付けて何がしたいのか……あまりに予想外かつ考えの読めないリゾットの好意に、ルイズはたじろいた。 ジョリーンも、一瞬呆けてしまったが……すぐに、その意図を了解した。 「――才人ぉっ!」 「はいっ!」 ジョリーンの一括を受け、才人は真っ先に走り出した。 (え!? わ!?) いきなりの加速に、ルイズは思わずバランスを崩しかけてしまい、才人の首筋に力の限り抱きつく事となった。 違う。 ルイズでもわかる程に、今の才人の動きは先ほどまでとは違う。 なんというか……先ほどまで手探りで敵を探し当てているような、迷いが完全に消えていたのだ。明確な目標を持って、敵を睨み据えて動いている! 今までにないほどに加速し、ルイズという重石の存在を感じさせない才人は、走りよった勢いをそのままに、ブラックサバスにデルフリンガーを振り下ろす。 びゅおっ! 振り下ろされた刃を、ブラックサバスは横に体をずらす事で交わし――先ほどまでならコレで終わっている。 デルフリンガーの支持なしでは動けない才人では、避けた相手を追撃するのに『間』が空いてしまうのだ。 なのに―― ざ ぞ ん っ ! あっさりと。 返した刃が、油断していたブラックサバスの右腕を切り飛ばした。 その化け物に表情はない。感情も恐らく無いだろう。 だが、このバケモノには極めて高度な戦闘本能があり、その本能がまるで感情があるかのような動きをさせた。 すなわち……『信じられないものを見たかのように斬り飛ばされた腕を見つめた』! 『……!!?!!?』 「オラァッ!!」 だがしかし、その隙を逃すまいと殴りかかってきたジョリーンのストーンフリーに対する反応は、秀逸だった。 ブラックサバスは一瞬の硬直の後――何のためらいもなく、自分自身の体を影に向かって沈めたのだ。 ずばぁっ! 外聞を気にせず、体の表面で固まった砂鉄を撒き散らし、その一部をジョリーンに向ける。 砂鉄が眼に入るのを伏せぐため左手で防御したジョリーンに出来た、一瞬の隙が明暗を分けた。 ジョリーンの右拳が届くギリギリでブラックサバスは影の中に潜り込んだ。 見事に空ぶるストーンフリーだったが、ルイズはそんな事はどうでもよかった。 今の才人の動き、あれはブラックサバスが見えないと出来るわけがない。 才人には、ブラックサバスが見えていないはずなのに――そこまで考えて、ルイズはようやく事の真相に行き着く。 (あ――砂鉄!) そう。 才人はブラックサバスを見て攻撃したのではない。 リゾットがブラックサバスに貼り付けた、砂鉄の動きを見て敵を攻撃したのである。 ブラックサバスの全身に余すところなく張り付いた砂鉄は、才人にとってはブラックサバスの姿を浮き彫りにする装飾になったのだ。 (じゃ、じゃあ……ズォースイ先生がナイフを投げたのって……才人の援護のためだったの?) 「ズォースイ先生! ありがとうございます!」 「やれやれ……助かったわ」 「――役に立った用で何よりだ。君が敵を視認出来てないと思ってやったんだが、正解だったようだな」 衝撃を受けている間に駆け寄ってきたリゾットに才人とジョリーンが礼を言う。 勿論、三人とも視線はモンモランシーの影……サバスに張り付いていた砂鉄が作った山から放さない。 「あいつがまた浮かび上がってきたら、貼り付けよう」 「いいんですか!?」 「ああ。俺は人間相手なら得意だが……この手の生き物は正直苦手でな。 出来る限りの事はやらせてもらう」 「頼む。それと……ルイズを遠くに避難させてやってくれ」 ジョリーンの言葉は、全くもって正しい。 今のルイズは役に立たないどころか足を引っ張る存在であり、比較的体力の消費が少なくてすむリゾットの背に預けたほうが、得策と言うものだった。 なのに…… 「いやよ!」 ルイズは、その言葉を拒否、 「使い魔を残してなんて「おらぁ」もきゅっ」 しようとして。ジョリーンの気の抜けた掛け声と共に放たれたでこピンで、かわいらしい悲鳴を上げた。 ストーンフリーほどではないが、ジョリーンも結構逞しいので、放ったでこピンはかなり痛かった。 「痛いじゃない! 何するのよ!?」 「……ほんっとにやれやれだわ。流石アンリエッタの親友ね。同じ様な事を言うもんだからついね」 「へ!?」 いきなり出てきた姫君の名前に目を点にするルイズ。砂鉄の山に視線を戻し、ジョリーンは改めて嘆息する。 「どうせ、自分だけ何もしない出来ないなんて、絶対に嫌だとか考えてたんでしょ。 あの子も、あたしと会ったばかりの頃、似たような事でうじうじしてたしね……自分の責務やら義務から眼をそらさないのは、確かに立派よ。 あんたとアンリエッタのそういう所は、正直スッゲー尊敬できるわ。けどね。今のアンタじゃただ邪魔なだけ」 「!?」 「悔しい? 悔しかったら……足手まといにならないように、義務やら責務やらに相応しい能力を身に着けるように努力する事ね。話はそれからよ」 屈辱と羞恥で顔を真っ赤にするルイズの肩をぽんぽんと叩くジョリーンを、リゾットは興味深そうに見つめていた。 (この女……スタンド使い……) それも、相当強力な近距離パワー型のスタンドだ。自分達と同じようにスタンド使いが存在する事は、驚くには値しない。 才人のような特殊な例もいるし、同じように異世界から来たスタンド使いと戦った経験も、一度や二度ではない。 ただ、驚かされたのはジョリーンが『シュヴァリエ』の階級を持つ貴族として、姫直下の騎士団に配属されている事にだった。 彼ら異世界から呼び出された人間は、当然の事ながらハルケギニアにおける地盤がなく、少し調べれば不振人物だと分かってしまう。 騎士団のような公的な機関において、過去がないと言うのは忌避される元だというのに、悠々と騎士をやっているこの女は、一体何者なのか? (……イルーズォに調べさせるか) 自分達の計画に姫直属の騎士団が本格的に絡んでくるとは思えなかったが、警戒するに越した事はないだろう。リゾットはそう考えた。 「…………」 「ほ、本当に大丈夫かい? モンモランシー……」 モンモランシーは、フェンス越しに見る『戦い』を前にして、ギーシュにしがみついて怯えていた。自分を心配するギーシュに返す言葉もなく、ただ震えている。 怖かった。目の前に起きている戦いが。 かつて、ギーシュが死に掛けたあの決闘を思い出させるこの戦いが。 『やはり……貴様らは……薄汚い『対応者』に過ぎないっ! 恋人が殺されてから呪文を唱えやがって! そこはオレの銃の射程の外だっ! 汚 ら わ し い ぞ っ ! 』 文字通りの、汚らわしいものを見るような目で言い放たれた言葉。 普段の自分なら食って掛かったであろう言葉に、モンモランシーは言い返すことが出来なかった。 自分は攻撃系統の呪文が得意ではないが、それを差し引いてもあまりに圧倒的な能力を見せたリンゴォ・ロードアゲイン。 幾度攻撃しようと『時を巻き戻す』事でなかった事にしてしまう……あの悪魔のような男。 あの男の言うとおり、自分はあの時、ギーシュを助けなかった……助けられたのに、見殺しにして、安全な場所から攻撃する事しかできなかった。 最初の戦いで脱ぐ切れない恐怖を植えつけられたモンモランシーは、本人も気付かぬうちに戦いそのものがトラウマになっていたのだ。 それも、戦い=ギーシュの死という最悪の連想をもたらす。 今のこの戦いも、ギーシュは死にそうになった……助かったし、助かった原理は分からないけれども、事実は揺るがない。 (……あ……ぅ……) 自分自身が死ぬのではないかと言う恐怖と、目の前の少年が殺されるのではないかと言う恐怖。 二つがない交ぜになったモンモランシーは、その場で震えることしか出来なかった。 「モンモランシー……大丈夫、大丈夫だから……僕が、僕が守るから」 自分にしがみついて震える少女の肩を抱き、ギーシュは自分自身にも言い聞かせるように言葉を紡ぐ。 フェンスの性質がわからず、下手に移動するわけには行かない以上、彼女を守るのはギーシュの役目だった。 (僕が、守る) ぎゅっと、モンモランシーのマントを握り締め、ギーシュは心の中で反芻する。 (守って見せる。守って見せるさリンゴォ・ロードアゲイン。貴様のような平民に言われずとも、僕は彼女を守って見せる) 盾になれなかろうが、柵止まりだろうが関係なく。 ギーシュの心の中には、明確なイメージが出来上がりつつあった。この状況で『理想の自分』を脳裏に描くという、異常さに気づく事も無く。 ヨロイはあったほうがいい。ワルキューレのような青銅色のいかした奴が。 ヨロイの隙間は、目の前にある網を張り巡らせよう。 見た目は筋骨隆々……は、無理だろうから、豹のように力強くしなやかで美しいフォルムがいい。 ドクンッ そんな事を考えながら、ちらりとフェンスの向こう側を見る。 影の上には相変わらずの砂鉄の山があり、その向こうにはこちらを油断なく見つめるジョリーン達がいて。 派手に散らばった砂鉄が、ギーシュとモンモランシーにも飛んできていて…… そこまで考えてから、ギーシュはようやくおかしな点に気付く。 (――出てこない?) 「いつまで隠れてんだよ!?」 いつまでたっても隠れたままのブラックサバスに才人も苛立ったらしく、歯噛みして影を睨み付けた。 「やばいわね。影の中で傷を治してるのかも」 「――どういう意味だ?」 「あいつ、再生能力あるみたいなのよ」 「……厄介だな」 リゾットとジョリーンは、決して影から眼をそらさぬままに会話をし、ルイズはリゾットの背中で今にも気絶しそうなほど顔色を悪くして、会話に参加する気力すらないようだった。 (持久戦に持ち込むつもりか……? なら!) ドクンッ 「……」 「……え? ギーシュ!」 ギーシュは身を切られる思いでモンモランシーから離れ、自分のマントを脱ぐと、バサリとフェンスにかけた。 そして……フェンスの向こうのモンモランシーの影に、ギーシュのマントの影が重なった。 「さあ、行こうモンモランシー」 「え!? けど……」 「大丈夫だ。さっきもこうやって引き離したんだ」 ワルキューレの影を使って自分の影から引き離したのと、同じ方法だった。 こうしてモンモランシーが移動すれば、ブラックサバスはマントの影に置き去りにされるはずである。 「駄目……ギーシュ……私、立てない……」 「……大丈夫」 へたり込んだまま震えて、涙目で見つめるモンモランシーに、ギーシュは顔で笑い、内心で怒った。自分自身にだ。 (本当に僕は度し難い) ドクンッ これほど近くに居ながら少女一人助けきれない自分の非力が、彼には忌まわしい。今の自分と着たら、精神力0の役立たずもいいところなのだから。 魂を抜かれて刺された後遺症か、動くだけで悲鳴を上げる肉体を制し、ギーシュはモンモランシーを抱き上げるも、あげきる事ができずに半ば地面を引きずっている状態だ。そして、ゆっくりと慎重に、マントとフェンスから距離をとった。 影が、ゆっくりゆっくりとフェンスから抜け出て、完全に分かれる。だがそれでも、ギーシュは満足しなかった。 一歩でも遠く、一歩でも安全な場所へと、モンモランシーを運ぼうと足を動かす。 「――僕達は十分に離れた!」 50メートルほど離れても尚足を動かしながら、口を動かし、周りの人間……特に、マントが陰になって見えないであろうジョリーン達に事実を伝えた。 ――その時! ぼ ご ぉ っ ! ! 土が、爆発した。 まるで、真下から強大な何かに突き上げられたように見あがる土の中に、それは居た。それはモンモランシーの引きずられていた足を片手で掴み、お決まりの言葉を吐く 『チャンスをやろう……『向かうべき二つの道』を……!』 ――ブラックサバスだった。 (な、なんだってぇぇぇぇぇぇぇっ!?) いきなり真正面に現れた悪魔の姿に、ギーシュは驚いた……当たり前である。 フェンスの向こうにいるはずの存在が、いつの間にかここまで回り込んできて、地面の下から現れたのだから。 「っ!!!!」 足を掴まれ、半狂乱になって叫び声すら出ないモンモランシーは、恐怖と安堵が繰り返された所に追い詰められ、尿道が決壊し水溜りを作ってしまう。 (こ、こいつ、ここまでどうやって……!? 影なんて、何処にも! ……ハッ!?) ギーシュは困惑し、気付いた。 ある。影なら……この校庭の地下に、山程! (こ、こいつは……僕を射抜いた時と同じように、ヴェルダンデの掘った穴に潜りこんだのか! トンネルの中で腕だけを出して天井をぶち抜いて、そこから顔を出したんだな!?) モンモランシーの影からどうやってトンネルの中に入ったのかまでは、ギーシュにも分からなかったが……ブラックサバスが影に潜る時に、巻き上げた砂鉄、コレが答えである。 ブラックサバスは、砂鉄を巻き上げる事で、ほんの一瞬だけ砂鉄の影による橋を、穴との間に作ったのだ! 一瞬の移動だけならば、薄い影でもある程度の大きささえあれば可能なのである。後は、ギーシュの推察どおり。 「あ、う……ひ……」 「!? くそっ!」 モンモランシーの漏らすか細い声に我に返り、ギーシュはなんとか彼女を助けようと、ブラックサバスをにらみつけた。 精神力だの何だのと言う問題は、もはや脳裏の片隅にもない。 今は、彼女を助ける事だけを、考える! 「お お お お お お っ ! ! ! ! 」 ギーシュは吼えた。 極めて貴族らしくなく、野蛮人のように吼えた。 魔法は既に使えず、あるのは己が拳のみ。 ならば、それを振るうだけ。 リンゴォ・ロードアゲインは夢の中で言った。 『お前は柵がせいぜいだ』と。 ならば、ギーシュは柵がいいと答えた。風も雨も火も通す、けど凶暴な獣から羊たちを守れる柵がいいと。 拳を握り締め、振りかぶるギーシュの脳裏に、先ほど思い描いた『もう一人の自分像』が浮かんだ。 ワルキューレと同じ青銅の上半身鎧、指先から肘を覆うナックルガード、膝頭まで覆うブーツ……それ以外の場所は青銅色の網で覆われ、その体躯はしなやかな豹のよう。 そして……相貌は…… 薔薇の意匠をあしらった、兜! ど く ん っ ! ! 最後のピースが当てはまり。 ギーシュが無意識のうちに無視していた、心臓以外の何かが脈動する音が、一掃高鳴って、『それ』は発現した! ば き ゃ ぁ っ ! ! ! ! 『!!!!?』 ブラックサバスの顔面が殴られてへしゃげるのを見た者は、三人。 その三人は、全員が驚愕した。 殴られた当人である(人であるかどうかは疑問だが)ブラックサバスは勿論の事、目の前で目撃したモンモランシー、殴りつけたはずのギーシュ本人に至るまで、全員がだ。 原因は、明白だった。 殴られた弾みに拘束が緩んだのを見逃さず、ギーシュはモンモランシーを文字通り引きずって、ブラックサバスと距離をとる。 そこで改めて……ギーシュは、己がブラックサバスを殴りつけた腕を凝視する。 それは、ギーシュが生まれ持った右腕――『ではない』! 右腕から生えた、幽霊のように半透明でなナックルガードをつけた別人の腕だった。 ギーシュが殴りつけようとした瞬間に、右腕から飛び出してブラックサバスをぶちのめしたのである。 「ぎ、ぎーしゅ……それ、なに??」 「ぼ、僕にも何がなんだか……」 恐怖が抜け切ってないのか震える声で問うモンモランシーに、ギーシュは右腕と幽霊の腕を交互に動かしてみせる。 不思議な事に、両方ギーシュの思い通りに動くようである。 「僕の意思で動くみたいだけど……なんで、こんな『腕』が」 「違うわよ! そうじゃなくて……!」 『腕』と言う単語に反応し、モンモランシーは叫んだ。ギーシュの右横を指差して、 「あなたの、その『傍らに立ってる幽霊』!」 ――幽霊? 叫ばれ、指差され……その上幽霊などと言う単語まで聞こえてきて、ギーシュはそちらを見ずに入られなかった。そして、モンモランシーが驚いた本当の理由が理解できたのである。 そこに居たのは――しなやかな豹のような体躯を持った、人型の幽霊だった。 ┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨……! その幽霊は、ギーシュの右側に半身になって佇んでおり、伸ばした右腕がギーシュの右腕の中にめり込み――否、重なっていた。 何より驚愕すべきは、そのデザインだ。 上半身鎧とナックルガード、ブーツ等の鎧は全て青銅で、そこ意外は金網で覆われていて、兜には薔薇の意匠が掘り込まれ――まるっきり、ギーシュが思い浮かべた『もう一人の自分』と同じなのである。 「こ――こいつは――?」 一瞬、悪魔の同類か? と言う考えがギーシュの脳裏をよぎったが、すぐさま打ち消された。 心のどこかで確信する。 こいつは、味方だと。 『ひとつは――』 『!?』 ぞわりと背筋を駆け抜けた悪寒に、ギーシュは拳を握り締め、モンモランシーは短い悲鳴を上げて足を縮める。 モンモランシーの影から、ゆっくりと浮かび上がってきたのは……ブラックサバス。足を掴んだ際に既に影への侵入を果たしていたらしい。 「生きて選ばれる者への道、かい?」 『生きて『選ばれる者への道』……さもなくば』 自分の突込みを機械的に受け流し、壊れたテープレコーダーのように同じ答えを繰り返すブラックサバスを、ギーシュは睨み付けた。 片腕を失い、全身に切傷を浮かべ、ボロボロの悪魔を。 ギーシュはとっくに切れていた。自分自身にも、この悪魔にも。 何なのだこのバケモノは! さっきから何の権利があってモンモランシーを怯えさせているのだ!? 僕はさっきから何をやっている! モンモランシーの『安心』を含めて全て守らなければならないのに! ああ、自分は穴だらけの柵なのだと、ギーシュは改めて思い知らされた。なんという間の抜けたことか。 目の前の影に集中している故か、ジョリーン達がこっちに気付く様子はない。周りの人間の援軍も期待できない。 いや、『そんなものは無いほうがいい』。そんな事になれば……モンモランシーの『茶』の存在が、衆目に晒される事となるだろう。 ここで助けを呼んでしまえば、彼女の『名誉』が傷つく! それだけは避けねばならない! ギーシュは無言で懐から香水の小瓶を取り出すと……その作り手である、自分の足を掴もうとするブラックサバスの左手から逃げ回っていたモンモランシーに手渡した。 「香水を、ぶちまけた……そういう事にしておこう。モンモランシー」 「え? あ、う……」 そういわれて初めて自分が失禁していた事に気付き、モンモランシーは顔を赤くして縮こまってしまった。そんな彼女の隙を逃さずブラックサバスの手が伸びて―― 「 シ ャ ラ ァ ッ ! ! 」 ず が ん っ ! ! ギーシュの従えた『幽霊』の拳が、その顔面に突き刺さった。弾みでモンモランシーを捕らえようとしていた腕は止まり、その隙にとばかりに、モンモランシーは香水の中身を股間にぶちまける。 敵はなおも圧倒的なパワーを誇る。 こうしている間にも、切傷はシュウシュウ音を立てて塞がっているし、援軍は一人も望めないと言うのに。 ギーシュは、負ける気がしなかった。モット伯のときと同じように! ――お前は、僕に従うのか? 心の中での問いかけに、幽霊からの返事はない。ただ……肯定するような気配が、『魂』に伝わってくるのが分かる。 ――お前は、彼女を守れるか? 魂に響くのは、肯定。 ――ならば。 腰が抜けて動けないモンモランシーに対し、なおも腕を伸ばすブラックサバスに、改めて敵意を向けて、命じた! 「 彼 女 を 守 れ ! 」 命令が発せられると同時に、『幽霊』はその拳を地面にたたきつけ―― が し ゃ ぁ ん っ ! ! フェンスが――二人とブラックサバスを分かつようにして出現した! ば さ ぁ っ ! 目の前の影を警戒し、身構えていたジョリーン達の前で。 一枚目のフェンスは消滅し、マントが地に落ちて……その向こう側の光景が、あらわになった。 「――ギーシュ!?」 「行くぞ才人ッ!」 マントの陰になって見えなかった場所でブラックサバスとフェンス越しににらみ合う友人の姿に、才人は思わず声を上げる。 隣に佇むのジョリーンは、すぐさま援護のために駆け出した。 その横に追随しながら、リゾットはふむと心の中で『フェンス』について考える。 ギーシュの傍らに立つスタンドを見つめながら、 (あのフェンス……矢張り、スタンド能力だったか……『フェンス作る』のが能力なのか? ビジョンからして接近戦パワー型のようだが) 勿論、それだけで完結するような能力ではないだろう。 ただのフェンスだったら、ブラックサバス相手に小揺るぎもしないなど考えられない事だ。それに、一般人である才人にすら視認出来るほどの圧倒的なパワーの説明がつかない。 (あのフェンス……『まだ何かある』……!) リゾットは、そう確信していた。 ブラックサバスがフェンスを掴んだまま微動だにしないのを前にして、ギーシュもまたリゾットと同じように、フェンスの謎に気付いていた。 (さっきは、指で押したら、指で押したのと同じだけの力が金網から跳ね返ってきた) もしや、と脳内で仮説を立てて、今度は拳でフェンスを押してみる。 ぐわっ 思ったとおり、今度は『まるで自分がもう一人居て拳を押し付けているような』全く同じパワーが、拳に対して帰ってきた。次に、軽くジャブを打ち込んで見ると、打ち込んだ拳にジャブが打ち込まれたような衝撃が走った。 それによって、確信する。 (こ、この金網は――『鏡』だ! 鏡のように網にかかったエネルギーと全く同じ量のエネルギーを反射させているんだ! 灯の悪魔が動かないのは、こいつの持つ能力のせい! 今、灯の悪魔は自分自身が持つ圧倒的なパワーと全く同じエネルギーをぶつけられているんだ! いい勝負の綱引きは綱が全く動かないと言うけど――) 今のブラックサバスは、まさに『いい勝負の綱引き』状態なのだと、ギーシュは悟った。 ブラックサバスが金網に対して加えた『圧迫する力』は、全く同じ『圧迫する力』となって跳ね返されている状態。 ブラックサバスは、自分自身と取っ組み合いをしているようなものだった。 そしてブラックサバスの戦闘本能はこの状態を、『反射』によるものではなく、フェンスからの『攻撃』によるものだと誤認していたのだ。 それ故に、影の中に不用意に潜れば追撃されると判断し……ブラックサバス自身が、自身を縛り付けていたのである。 「どうせ言っても分からないだろうね……君のような悪魔には」 相手は動けない。 それが分かれば話は別だった。ギーシュは軽い足取りでフェンスの裏……ブラックサバスが居る位置にまで回りこむ。『幽霊』をつれて。 「だけどあえて言わせてもらうよ。どうしても、言わなきゃ気がすまないんだ」 パワーを跳ね返す。衝撃を跳ね返す……ならば、やりようはある。 ギーシュは薔薇の造花……使えないそれを咥えると、未だに網と独り相撲を続けるブラックサバスに向かって告げた。 「貴様は――僕の級友達やモンモランシーの命を! 侮辱した!!」 「 償 え ! ! 」 どがっ! 幽霊の拳……最初の一発は、ブラックサバスの左手……フェンスを押さえつけているほうの手にぶち込んだ。 ブラックサバスの拳越しにフェンスに叩き込まれた『衝撃』は、そのままブラックサバスの掌に跳ね返り、メキメキと音を立てる。 『――!』 「シャラァッ!!」 フェンスを掴む手がほんの僅かに緩んだところで、今度は背中への一撃。 ブラックサバスの体がはずみでフェンスに叩き付けられ、その衝撃が跳ね返ってブラックサバスをギーシュに向かってふっとばし…… 「今だ! ヴェルダンデ!」 もぐぅっ!! 「え!? 何……きゃっ!」 ギーシュの号令にあわせてモンモランシーの真下の地面が盛り上がり、そこから巨大モグラが現れた。 ギーシュが矢に刺された時に、怖くて地面に潜ってしまったのを、呼び戻したのだ。 ヴェルダンデは頭の上に載ったモンモランシーをしっかり抱えると、そのままギーシュとは逆方向に這いずり始めた。 『――!』 影が、遠ざかる。 それを本能で感じ取ったブラックサバスは、何とか影にもぐりこもうと、影に飛び込もうとして―― がしゃんっ! ギーシュのスタンドに殴り飛ばされ、再びフェンスと激突させられる。全力をこめた一撃と、それによって発生した反射エネルギーはブラックサバスの体を、壁に叩き付けられたボールのように跳ね返し―― 『あ……』 ぶちりと。 音を立てて、ブラックサバスとモンモランシーの影の接続が切り取られる。 『グアアアアアアアあアッ!』 影から追い出され太陽光に炙られるブラックサバスに、もう一度拳をぶち込んでフェンスに叩きつけてから、ギーシュは一歩横に避けた。 跳ね返され、自分の横を通過していくブラックサバスの背中に、振り返りザマにラッシュを叩き込む! 「シャララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララ!! シャラァァァァァァァァァッ!!」 『グギャァァァァァアアアアアアアアッ!!!!』 ド派手にぶっ飛ばされ、ブラックサバスが落ちた場所には、今度こそ何もない。 モグラの穴も、敵の影も、物の影も、何もない。 『アアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!』 「僕の歩いている道は……『光輝く勝利への道』なんだそうだよ」 ありもしない影を求めて悶え、光の中で溶けてゆく悪魔に、ギーシュは言い捨てる。 「影から出たら消える運命の君が立ち塞がったんじゃあ……この結果は当然だろう? 『灯の悪魔』」 『真昼という時間帯』 『事前に敵に対する十分な情報を知っていた事』 『ギーシュがワルキューレと言うゴーレムで、スタンドを動かすのに良く似た感覚を掴んでいた事』 『ブラックサバスが片腕になっていた事』 『能力の相性』 数多の勝因があり、どれか一つでも欠けていたら敗北していたであろう薄氷の勝利だった。 ギーシュ自身がブラックサバスの選別から逃れ切れなかった事を考えると、敗北ともいえるかもしれない。 それでも……ギーシュ・ド・グラモンは、まず間違いなくブラックサバスを滅したのだ。 「ギーシュ!」 「才人!? ちょ、才人!」 ギーシュには、勝利の感慨や彼の女神の声を感じる余裕など全くなく。 慣れないスタンドの酷使と疲労によって、同じくガンダールヴの酷使によって限界だった才人と同じタイミングで、その場にぶっ倒れた。 「やれやれだわ……あの子、一人でやっちゃったわね」 「正確には、二人でだ……」 ヴェルダンデに運ばれてきたモンモランシーがギーシュを介抱し、眼を回す才人を、ルイズとシエスタがわたわたと揺さぶっているのを眺めながら、ジョリーンとリゾットは素直に二人に賞賛の意を示した。 ブラックサバス殲滅の功労者たちが眠っているのは、先程までは危険地帯であった、城壁間際の日陰である。そこから10メートルも離れていない場所に、リゾットとジョリーンは腰掛けている。 二人とも、お互いの上司から労いを受け、しばらく休むようにというお達しを受けていた。 「平賀才人があの悪魔の腕を切り落とした事が、グラモンの勝利に貢献した……他の勝因をあわせて考えても、あの二人は良くやった……」 (ブラックサバス相手に死者一人……本当にたいしたものだ) 内心で付け加えるリゾット。数十人単位で死人が出ると考えられていた計画だったのだから、この評価は正当なものであろう。 オスマンの采配が大きいのだろうが、襲われた彼らが一人も死なずに抵抗しきった事は賞賛に値する。 「ほんっと、たいしたもんね……こっちなんて、ろくに活躍できなかったってーのに」 「……あんたは、少なくとも俺より役に立っていた……」 「そりゃそーだろーけどよー……何つーか、あたしのアイデンティティが……」 なんか、どんどん言葉遣いが悪くなっていくジョリーンに眉をひそめるリゾット。姫殿下直属の騎士団と言うのは、こういうラフな口調で勤まるのだろうか? 「それに……」 「?」 「あんたは、『これから』が忙しい……そうじゃないか?」 リゾットの静かな言葉に、ジョリーンの表情が引きつる。 相手の思惑がどのようなものかわからないとはいえ、事が姫殿下その他貴族多数を巻き込んだ大事件である。 モット伯の事件など比べ物にならないほどに、騎士団は大騒ぎになる筈だ。 書類仕事が苦手な自分にも、そのお鉢が回ってくるだろう。ひょっとしたら、今地方で任務に当たっている仲間の分もやらされるかもしれない。 「――やれやれだわ」 これから増えるであろう激務の予感に、ジョリーンはうんざりだと言わんばかりに嘆息した。 ギーシュ・ド・グラモン:極度の精神的疲労により、丸一日眠り続ける。 モンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ:ギーシュの渡した香水のおかげで、『洪水』の二つ名は免れる。 平賀才人:ギーシュよりも早く半日で目覚め、自分を看病していたルイズにモット伯の一軒での言動を改めて謝ったらしい。 ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール:相変わらずのツンデレだったが、才人の謝罪を受けて、彼女も過ちを認め、ギスギスした空気は完全に解消された。 キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー: モンモランシーの茶に気付いていたが、気を回して沈黙を守った。 タバサ:涼しい顔して実はブラックサバスがトラウマになったらしく、その日の夜は布団に地図が出来上がったらしい。 イカシュミ・ズォースイ(リゾット・ネェロ):援護の功績が大きかったとの事で、宝物庫付近をうろついていた事に関しては、何も言われなかった。 ジョリーン・シュヴァリエ・ド・クージョー:予想通りのデスクワークと膨大な仕事に頭を抱える。 アンリエッタ:無傷であったが、ブラックサバスよりもプラントの死に様がトラウマになったらしく、しばらく悪夢にうなされた。 オールド・オスマンとミス・ロングビルは…… ――オスマンは、無言で目の前に広がる『それ』を見下ろす。 周りの者たちが口元を押さえ、匂いに噎せ返り、吐瀉物の落下音が聞こえようとも、決して眼をそらさなかった。 そして、改めて視線を真上に上げる。 夕焼けに照らされる魔法学院校舎……宝物庫を幾重にも補強したはずの壁に、ぽっかりと闇がその口を開けている。 報告によれば、極低温で凍らされたところに強烈な力が加わって砕かれたそうだが…… 「のぉ、コルベール君」 「はい」 ぽつりと。 背後に控えるコルベールに向かって、オスマンは口を開いた。 「わしは、出来うる限り人を憎むとか、怒るとかそういう事はしたくないんじゃよ……疲れるからのぉ」 「はい」 「年寄りには辛いんじゃよ、そういう負の感情を抱き続けることは。 じゃが……」 ギリリッ オスマンの歯が噛み合わさって、軋る音がコルベールの鼓膜を叩く。 「今回ばかりはそれも無しじゃ……土くれは、必ず裁かねばなるまい」 「同感、です」 コルベールも、抑えきれない怒りを拳を握り締める事で抑えながら、オスマンの言葉に同意した。 強烈な血臭が嗅覚細胞を蹂躙し、ただでさえ赤い夕焼けの光が、血で反射して更に赤く彼らを照らす。 宝物この穴の真下、校舎の壁際に、それはぶちまけられていた。 彼らの足元に広がるのは、血溜り。そこには、『元人間であったものの破片』がぐちゃぐちゃに撒き散らされて、沈んでいる。 血の海に半ば沈み、ぐしゃぐしゃに歪んだ針金は、肉片の主が愛用してきたメガネの成れの果てであり、傍でつぶれた眼球が理知的な光を点す事は二度とない。 そして……正面の壁には、その血で書かれたと思われるメッセージが踊っていた。 『破壊の杖確かに頂戴致しました 土くれのフーケ』 オールド・オスマン:フーケ討伐隊を本格的に編成する事を決意。 ミス・ロングビル(?):ゴーレムに叩き潰され、再起不能(リタイヤ)
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