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王の中の王 -そいつの名はアンリエッタ- - (2007/08/24 (金) 23:01:33) の編集履歴(バックアップ)


 我が最愛の父、偉大なるトリステイン王はかつて私に言いました。

「頂点に上り詰める『資格』のある者は常に只一人なのだ。
 この世界が必要とする『帝王』は常に一人きり……その『帝王』こそは『私』だ。
 そしてアンリエッタ、私が死んだ時、次の『帝王』として選ばれるべきはお前だ。
 我が最愛の娘、トリステイン王国の次なる支配者よ。
 『帝王』としての私の『血統』を受け継ぐがいい。
 それこそがこの父がお前に遺してやれる、ただ一つのことだ」

 やがて父王が崩御された時、私は名実共にトリステイン王家の次期国王の座を継承しました。
 その際、我が母マリアンヌ王妃が女王として即位する道もあったのですが、他ならぬ母上自身が
女王即位を辞退した為に、実質的にこの私が国家の象徴となって政に携わることになったのです。
 そしてその日から、我が王家の家臣団は完全に二つの派閥に分かたれたと言っても良いでしょう。
 即ち、若き王女を補佐して今後のトリステイン王国を守り立てて行こうとする者。
 そして右も左もわからぬ小娘を傀儡として、自らの利権を第一に考え私腹を肥やそうとする者。
 無論私とて、全ての家臣が清廉潔白であるなどと考えたことなど一度もありません。
 父の統治の時代にも、多かれ少なかれ、皆の目の届かぬ所で不正を働く者はいたことでしょう。
 ですが、父が亡くなると共にああまで露骨に私をお飾りの人形として押し止めようとする者達が
大勢現れるとなると、最早怒りを通り越して爽快な気分になってくるから不思議なものです。
 一つ、歌でも歌うべきなのでしょうか。
 国政に携わるようになってから、私が実感したのは早急な地盤固めの必要性でした。
 あのマザリーニ枢機卿のように、有能かつ私に対する忠誠心の厚い者を次々に登用し、そして
ゆくゆくは、このトリステイン王国の全てを私の意のままに操れるようにならなければなりません。
 それこそが、亡き父からトリステインの支配者の座を受け継いだ私の使命なのですから。



 また、そんな家臣団の問題とは別に、最近耳にする不穏な者共の話も懸念事項の一つでした。
 旧来の王族による統治を良しとせず、貴族による新しい政治体制を築こうとする思想の賛同者達が
世界各地で増殖しているとか。それだけならば只の噂で済んだのかもしれませんが、彼らの存在は
既に現実の脅威として認識しなくてはなりません。
 天空に浮かぶ大陸に築かれた、アルビオン王国。
 私にとって父方の従兄であるウェールズ・テューダー王太子を始めとするアルビオン王国の王党派は
既に『レコン・キスタ』を名乗る貴族派のクーデターによってその勢力を追いやられ、今やアルビオンの
実権を握った貴族派の軍勢によって討ち取られるのを待つばかりであるとか。

 かつて、ラグドリアン湖の湖畔で永遠の愛を誓った私とウェールズ様。
 そのウェールズ様が今、命の危機に晒されている。
 本来ならば今すぐにウェールズ様を救い出し、我がトリステイン王国に亡命させるべきなのでしょう。
 ですが今のトリステインにとっては、ウェールズ様の存在は寧ろ足枷にしかならなかったのです。

 かつて、私がウェールズ様に送った恋文。
 その存在が白日の下に晒されてしまえば、現在水面下で進められている帝政ゲルマニア皇帝と
私の婚約が白紙に戻されてしまう。そうなれば、婚約とともに結ばれる筈のトリステインとゲルマニアの
同盟協定も破棄され、やがてトリステインにまで侵攻して来るであろう、アルビオンを支配した
レコン・キスタの軍勢にトリステインは自らの国力でのみ戦わねばならなくなるのです。
 歴史や伝統こそあれ、トリステインの軍事力は今のアルビオンに比べれば遥かに小さい。
 只でさえ足並みの揃わない今のトリステインでは、恐らくはアルビオンに勝つことは出来ないでしょう。

 いいえ、そんなことは許されません。私はトリステインを支配する『帝王』。
 『帝王』は常に『頂点』に輝き続けねばならない宿命にある者のこと。
 そして、トリステイン王国の敵は私の敵。
 『帝王』に歯向かう者には、然るべき報いを与えねばならないのです。

「姫様。このルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。
 姫殿下の御命令により、これよりアルビオン王国ウェールズ皇太子殿下の許へと参ります」

 私がウェールズ様に送った恋文を秘密裏に回収せよ――
 トリステイン魔法学院に通う私の遠戚であり、親友のルイズは確かにその命令を快諾してくれました。
 これでようやく、わざわざ城を抜け出してまで、魔法学院にやって来た甲斐があろうと言うものです。
 可愛い私の幼馴染は、私の頼み事ならば何でも聞いてくれる。
 それは彼女が誇り高き貴族として王女である私に忠誠を誓う為であり、淡い恋心すらも許されない
哀れな籠の鳥を憐れむ同情心であり、最愛の友人の助けになりたいと願う友情。
 素晴らしい。彼女こそ、私が思い描く理想の家臣に相応しい。
 常に『帝王』の手足となって働き、そこに何の疑問も抱かない、忠実なる私の僕。
 それに、この危険な任務によって、彼女の真の『能力』が明らかになるかもしれません。
 どれほど魔法を使った所で、『爆発』しか起こせない落ち零れのメイジ、ゼロのルイズ。
 だけどもし私の目論見通り、ルイズがその『能力』の持ち主だとしたら、私の支配はより磐石な物と
なる筈。
 私を『頂点』に押し上げてくれるのは、貴女なのよ、ルイズ。
 貴女が任務を完遂して再び私の許へと戻って来てくれることを、アンリエッタは祈っているわ。

「――止まれ」

 そんな願望で胸を一杯にしていた私を現実に引き戻したのは、突然その場に響いて来た声でした。

 周りを見れば、まるでこちらの退路を断つかのように、幾つもの人影が私の四方を包囲して行く。
「何者です?」
「アンリエッタ王女殿下とお見受けするが、如何か」
 一番最初に声を掛けて来たリーダー格らしき男が、私に向かってそう尋ねて来る。
「無礼な態度ですわね。質問に対して質問文で返すなどと……」
「アンリエッタ王女殿下に間違いございませんな」
 私の言葉を完全に無視して、その男はまるでこちらの正体を確信しているかのように言って来ました。
 ばれているならば、隠す必要など無いでしょう。
 私は意を決して、変装用に被っていたフードを外し、彼らに素顔を見せる。
「いかにも。私はトリステイン王国王女、アンリエッタです」
 毅然とした態度で、私は彼らに向けてはっきりとそう宣言しました。
 しかし、その口調とは裏腹に、私は心の中で会心の笑みを浮かべていました。
 思い通り。これこそが私の待ち望んだ状況だったのですから。
「やはりそうでしたか。王女殿下。失礼ながら貴女の身柄を拘束させて頂く」
 リーダー格の男の一言によって、私の周囲を囲む者達も一斉に魔法の杖を引き抜き、その先端が
私に対して向けられる。
「抵抗されぬことをお勧めする。我々は御身自身の生死は問わぬ故に」
 そういうリーダー格の男も、油断の無い仕草で魔法の杖を私に向けている。
 彼らの包囲網は完璧でした。
 これでは例え敵の一角を崩せたとしても、残りの者達による魔法で確実に仕留められてしまうでしょう。
 いいえ、正確には、彼らの前で魔法の杖を引き抜く間も与えられない筈。
 私に逃げ道はありませんでした。少なくとも、私を包囲する彼らはそう思っていたようです。
 ですが、私にはこの状況を切り抜ける術が一つだけあったのです。
 それこそが『帝王』であるこの私に与えられた、『頂点』に輝く為の『能力』。

「――とぅるるるるるるる。とぉるるるるるるる」
 突然、そんな奇声を上げる私の様子を見て、男達の間に僅かな動揺が走りました。
 恐怖の余りに気が触れたとでも思ったのでしょうか。
 少しだけうろたえた様子を見せながらも、それでも彼らは油断無く私に対する包囲を狭めて来ます。
「とぅるるるるる。とぉるるるるるる、るん!るん!とるるるるる、ぷつっ!」
 ようやく、目当ての『彼』へと繋がったようです。私は軽く安堵の溜息を付きながら、指に嵌めたトリス

テイン王家の至宝である『水のルビー』を耳元に持って来る。
 本来ならば何でも良いのですが、今はこの指輪が『彼』との会話に必要となる道具なのです。
「もしもし、アンリエッタです」
 指輪越しに何者かと会話する私の姿に、いよいよ彼らは私が正気を失ったと判断したようです。
 先程よりも警戒を解いた様子をありありと窺わせて、私に向けて近付いて来ます。
(おお、アンリエッタ……私の可愛いアンリエッタよ……)
 指輪を通して、『彼』の声が聞こえて来る。
 少なくとも私にはそう感じられるのですが、生憎と『彼』の声は私以外の者には聞こえないのです。
 ですので私は、訝しげにこちらを見やる男達に気にせず、『彼』に向けてメッセージを送り続ける。
「突然のことで申し訳ありませんが、御覧の通り、私は今窮地に立たされているのです。
 どうか、貴方の力を貸して下さらないでしょうか?」
(いいだろう……私のアンリエッタよ。存分に我が力を振るうがいい。
 このような連中など『お前』と『私』の敵では無い。『帝王』の力を奴らに思い知らせるのだ)
「はい」
 『彼』の『能力』が全身に行き渡ったことを実感した私は、今まで乗っていた馬を悠然と降りる。 
 リーダー格の男が慌てて何かを口走っている気もしましたが、そんなことはもう私の耳には入らない。
 私はゆっくりと彼らに向けて一歩を踏み出し、『彼』から与えられた『能力』を解放する。


「キング・クリムゾン!!」


 そして、『帝王』による制裁が始った。

「ば……馬鹿な…ッ!」
 仲間達を皆殺しにされ、自らも深手を負ったリーダー格の男が呻く。
 勿体無い。これだけの手際を見せた彼らを、王女の命を狙う刺客として処刑せねばならないなんて。
 私はそんなことを思いながら、地面に転がる男に向けて一歩を踏み出しました。
「ひィッ」
 男の顔が恐怖に歪む。
 必死に逃げようとする物の、私によって脚を潰された以上は満足に逃げることすら出来ない筈。
 私は必死に逃げようとする彼の目の前に立ち、その姿を悠然と見下ろしながら尋ねる。
「一つだけ聞かせて下さい。貴方達はレコン・キスタなのですか?」
「な……何…?」
「答えなさい。答えるのならば、その傷を以って罰と為し、命だけは助けましょう」
「……言わなければ?」
「トリステイン王女暗殺未遂の現行犯で、処刑します」
「ま…待て!そうだ、貴様の言う通り、我々はレコン・キスタだ!」
 毅然とした態度で告げる私の言葉に震え上がり、男は慌てて首を縦に振った。
「我々は貴様等のような古き王族共による支配から脱却し、新しい秩序を得る為に立ち上がった!
 だがその考えは間違いだった……我々は貴様のような化け物を殺す為に団結するべきだったのだ!
 貴様は悪魔だ、邪悪そのものだ!呪われるがいい!そして我らレコン・キスタに栄光を――」
 それだけ聞ければ充分でした。
 私はキング・クリムゾンの右手を振るって、喚き散らす男の頭を叩き潰す。
 既にこの場には私以外に動く者は無く、後に残るのは夜の静寂と私を照らす淡い双月の輝きのみ。
 それを確認した後、私はゆっくりとキング・クリムゾンの能力を解除する。

 使い魔召喚の儀。それはメイジが一生涯を共にする使い魔を召喚する為の、神聖な儀式。
 それは自らもまたメイジである王族にとっても、欠かすことの出来ない大切な儀式の一つです。
 かつては私もその義務に従って、召喚の儀式の日を迎えました。
 しかし、結果は失敗――何も召喚することが出来なかったのです。
 当然、宮中では大変な騒ぎになりました。
 よりにもよって、トリステイン王国の王女ともあろう者が召喚の儀式に失敗するなど!
 結局、この件に関しては厳重な緘口令が敷かれ、事件そのものが闇に葬られることとなりました。

 だけど、本当は召喚の儀式は失敗などしていませんでした。
 私にしか見えない、私しか知らない、私だけの使い魔が、常に私の側に立っていたのです。
 それこそが『彼』――『キング・クリムゾン』。
 自らを『スタンド』と名乗った『彼』は、私に対して、父と全く同じ言葉を口にしました。


「誰にも及ぶことのない『頂点』を目指せ。
 その先にある『絶頂』に辿り着いた者こそが真の『帝王』である。
 お前は『帝王』の道を歩むべき『運命』を背負っているのだ」


 使い魔とは召喚した人間に最も相応しい存在が現れると言う。
 『彼』と出会ったその日から、私は『帝王』として『頂点』に上り詰めることを決意しました。
 それは父が私に残した遺言であると共に、私自身の『運命』であると確信したからです。

 ですがその為には、私に課せられた数々の試練が目の前に待ち受けていることでしょう。
 今、私の命を狙って現れたレコン・キスタも、きっとその中の一つ。
 彼らの賛同者がトリステイン内部でも勢力を伸ばしていることは、今の刺客達のおかげで証明されました。
 そう、城を抜け出す直前、私は唯一人にだけ自らの行き先を伝えておいたのです。
 彼の名はジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド子爵。
 トリステイン王国が誇る三つの魔法衛士隊、その一つを任されている隊長であると共に、極秘裏に
内偵を進めた結果、レコン・キスタのシンパである疑いが出た男。他にもレコン・キスタのシンパと思しき
人物は何人か判明している物の、取り分け彼に対する嫌疑は極めて濃厚な物でした。
 実際に現在の私の目的地を知る者は、誰かに公言していなければワルド子爵唯一人。
 彼がレコン・キスタの一員であるならば、トリステイン王国の王女が一人で無防備に行動している隙を
逃す筈が無い。そして実際に、先程姿を現した刺客は、私がアンリエッタであることを知った上で
この命を狙って来ました。
 最早疑いようがありません。
 ワルド子爵は祖国トリステインに弓を引く、薄汚い裏切り者に過ぎなかったのです。

 それでも私は、そんな彼に対してアルビオンへ向かうルイズに同行するように命じました。
 ワルド子爵がウェールズ様の許に辿り着いた時、彼はレコン・キスタの一員としてウェールズ様の命を
狙うことでしょう。ですが、そうすればトリステインにとって獅子身中の虫である彼を、堂々と放逐する
理由も出来ますし、もし彼がルイズやアルビオンの王党派の手に掛かって斃れてくれるならば最高です。
 そもそも、例えウェールズ様が本当にワルド子爵の手に掛かって命を落とそうとも、そんなことは最早
大きな問題ではありません。既にアルビオン王党派の敗北は決したも同然。ルイズさえ目的の手紙を
手に入れて、後はそれを無事に持ち帰るか、あるいはその手紙の痕跡を完全に消し去ってくれる
ならば、それだけで我がトリステインにとっては勝利となるのですから。
 そうすれば、トリステインは心置きなくゲルマニアと同盟を結び、レコン・キスタに対抗出来る。
 レコン・キスタの前にトリステインが膝を折ることになれば、そこで全ては終わりなのです。
 今の私には、もうウェールズ様の命よりも、トリステイン王国を守ることしか考えられませんでした。


 ウェールズ様の存在は、今の私にとっては最早遠い昔に過ぎ去った『過去』に過ぎません。
 『過去』はどれだけバラバラにしても、瓦礫の下から這い出して来るものです。
 そして今再び、私の『過去』は現在の私を脅かす為に、再び私の目の前に立ちはだかったのです。
 この私が『帝王』を目指す限りは、その『過去』には打ち勝たなくてはなりません。
 そして私に歯向かう全てを瓦礫の下に葬り去らない限り、私は『頂点』で輝くことは無いのでしょう。

 滅び去るがいい、ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド子爵。
 『帝王』に逆らいし者には死の制裁を。


 そしてさようなら、ウェールズ・テューダー様。
 貴方の愛したアンリエッタは、もういないのです。
 あの時、二人で共に誓った筈の永遠の愛を、自ら遠い『過去』へと閉ざしてしまった今の私には
もう貴方の愛を受ける資格など無いのですから。


 私は再び馬に跨って、全速力でトリステインの王城へと向かう。
 『帝王』に迷いは不要だ。私が『帝王』を目指す限り、常に勝ち続けなくてはならない。
 一度『絶頂』を追い求めた者は、決して退いてはならないのだ。
 例え目の前にどのような苛酷な試練が待ち受けていようとも、だ。
 私はただひたすら走る。辺り一面に広がるのはただ深い夜の闇。夜明けまではまだ遠い。




「……まさかこんなことで全ての『過去』を葬り去ることが出来るとはな。
 そして今置かれているこの状況……この女と言い、充分に利用する価値があるようだ。
 人は全てを乗り越えてこそ『頂点』へと辿り着ける。真の『帝王』は唯一人、このディアボロだ」


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