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DIOが使い魔!?-57 - (2007/08/12 (日) 20:05:36) のソース

重なりかけた二つの月が、科学の匂いを感じさせないハルケギニア大陸を仄かに照らす。 
無事にラ・ロシェールに到着した一行は、ワルドの提案により、 
その街で最上等の宿である『女神の杵』亭に泊まることとなった。 
殆ど貴族達しか利用しないこの宿は、顧客層に合わせて、大層豪華な作りをしており、貴族達の自尊心を十分に満たすものであった。 
その『女神の杵』亭のロビーの一角に、DIOはいた。 
貴族の証であるマントを纏っていないにもかかわらず、使用人を従えているこの男の存在に、 
他の客たちは揃って訝しげな表情をした。 
しかし、それもほんの一時のことであった。 
男の振る舞いが余りに堂々としていたことが、主な理由であった。 
顔が映るほどピカピカに磨かれたテーブルを前にして、気後れするどころかふんぞり返るなんて、平民に出来るはずはなかったからだ。 
テーブルに置かれたワインボトルが、DIOという存在感に軽いアクセントを加える。 
周りの客達はそれぞれ、思い思いに想像を巡らせ、勝手に納得をしてその場を去ってゆくのであった。 
そして、客達が納得をした理由はもう一つあった。

DIOの傍で、彼とは全く対照的な、暗鬱なオーラを全開にして突っ伏しているギーシュがそれであった。 
もう何本も酒を飲んでいるのか、彼の周りには瓶が幾つも転がっていた。 
マントを纏っていなければ、誰も彼が貴族であるなどと信じはしなかっただろう。 
それくらい、ギーシュはやさぐれていた。 
一体何が彼をそこまで追い込んでいるのか誰にも分からなかったが、 
理由はどうあれ、彼が傍で情けなく酔いつぶれてくれていたこともあって、 
客達はますますもってDIOの貴族性を認めるに至っていた。 
夜も更けてゆくにつれて、徐々にロビーにいる人の姿が疎らになってゆく。 
そんな『女神の杵』亭に、ワルドとルイズが帰ってきた。 
桟橋へアルビオンへ向かう船の乗船の交渉に行っていた二人の顔は、一様に沈痛であった。 
ルイズは不機嫌さを隠しもせずに、DIOのテーブルへと向かい、彼の反対側に腰を下ろした。 
一つしか置かれていないグラスにワインを注ぎ、一息に飲み干す。 
勿論それは、ついさっきDIOが使っていたグラスであった。 
DIOの後ろで控えていたシエスタが、それを見てピクリと片眉を上げた。

しかし、シエスタはルイズを止めるには至らなかったし、ルイズもまた、そんなシエスタを無視した。 
空になったグラスをテーブルに"ガン!"と叩きつけて、ルイズは溜息をついた。 

「どうした、ルイズ。旅はいたって順調なのだろう。 
何を浮かない顔をしている」 
言葉とは全く裏腹な、冷ややかな笑みを浮かべているDIOに、ルイズはふてくされたまま何も答えない。 
場を取り繕うように、ワルドが代わりに説明した。 

「アルビオンに渡る船は、明後日にならないと出ないそうなんだ」 

「全く話にならないわ! 急ぎの任務だっていうのに……」 
二人の言葉に、キュルケは首をかしげた。 
ゲルマニア出身の彼女は、アルビオンに関する知識をあまり持ち合わせていなかったのだ。 

「あたしはアルビオンに行ったこと無いから分からないんだけれど、どうして明日は船が出ないの?」 
キュルケの方を向いて、ワルドが答えた。 

「明日の夜は月が重なるだろう。『スヴェルの夜』だ。 
その翌日の朝、アルビオンが最もラ・ロシェールに近づくのだ」 
つまり、明日丸一日は休めるということらしい。 
自然と気が緩み、欠伸をしてしまうキュルケの内心を悟って、ワルドは頷いた。

「さて、来るべき戦いに備えて、今晩と明日はゆっくりと休息をとることにしよう。 
部屋はそれぞれもう取ってある」 
ワルドは懐から鍵束を取り出し、机の上に置いた。 

「キュルケとタバサは相部屋だ。そして、ギーシュとルイズの使い魔君が相べ…」 
「DIO様の御部屋は、わたくしが別に御用意しております」 
スムーズに事を運んでいたワルドの言葉に、シエスタが割り込んだ。 
勝手に部屋を予約ししていたと聞いて、ワルドは戸惑った表情を浮かべた。 

「しかしね、君……えぇっと、シエスタだったかね。残念だがそうはいかないよ。 
いつまた賊どもが襲ってくるか判らないこの状況で、そんな勝手な真似を……」 
「別に、御用意して、おりますので」 
取り付く島もないシエスタによって、ワルドの言葉は再び遮られた。 
彼女の言葉には、僅かながらも確かな怒りが表れている。 
普段の無機質なシエスタらしからぬ剣幕に圧され、ワルドは肩をすくめるしかなかった。 
ワルドに噛み付くそんなシエスタの様子を、ルイズはワインを飲みながらぼんやりと見ていた。 
相変わらずDIOの事となると、梃子でも動かないような頑固さだと、ルイズは半ば感心していた。

ルイズは思う。 
そのひたむきな忠誠心には頭が下がるが、どうしてその心遣いを他の人間にも見せてやらないのやら、と。 
DIOに対するそれの、千分の一でもいいから他人に示すべきだ。主に私に。 
チクショウあのメイド、一体どういう了見なわけ? 私はDIOの主人、マスター、御主人様なの。 
つまり私はDIOより偉いのだ。アイアムナンバーワン。そこらの貴族とは、ワケが違うのよ。 
こちとらちゃきちゃきのトリステイン生まれの公爵っ娘なんだから。……てやんでぇ。 
と、そんなこんなで大分シエスタ論評にも熱が入ってきたルイズに、ワルドが声をかけてきた。 

「ルイズ、良いのかい? 君の使い魔のメイドはああ言っているが……」 
「えぇ、えぇ、良いのよ。ほっといてあげて。 
寧ろ、アイツと相部屋にしたら、ギーシュが可哀相だわ」 
ルイズは諦めたように手を振ってワルドに応じた。 
ワルドはまだ納得していない様子だったが、DIOの傍で突っ伏しているギーシュをチラリと見て、その惨状に溜め息をついた。 
気を取り直し、ワルドは、ルイズに鍵を差し出す。 

「僕とルイズは同室だ」 
ルイズは弾かれたようにワルドの方に振り向いた。 

「婚約者だからね。当然だろう」

「でも私たち、まだ結婚しているというわけではないのよ?」 
ワルドは首を振って、ルイズの肩に手を置き、真っ直ぐにルイズを見つめた。 

「大事な話があるんだ。二人きりで話がしたい」 
肩に置かれたワルドの手に、力が籠もる。 
いつになく真剣なワルドの視線に、ルイズは渋々了承することにしたのだった。 
こうして、ルイズはキュルケに冷やかされながらも、ワルドと一緒に部屋へと消えていった。 
ルイズの姿が消えた後もキュルケは暫く一人で何やら楽しんでいたが、やがて飽きたのか、タバサを引き連れて割り当てられた部屋へと消えていった。 
DIOとシエスタも、さっさと部屋へと消えてしまい、ロビーに残ったのはギーシュ一人となった。 
しかし、今のギーシュにとってはそんなことはどうでもよく、寧ろ一人になれただけ好都合だとも思っていた。 
暫くテーブルに突っ伏して、時々思い出したように酒を呷る。その繰り返し。 

「僕は…うぃっく! ……トリステインの薔薇なんだ。 
ひゃっく! 薔薇は皆を…楽しませるために存在するのであって……えっく! 
……決して一人のレイディのためにあるわけでは……!!」 

アルコールが回り、酩酊状態に陥ったギーシュの脳裏に、これまで付き合ってきた(遊んできたとも言う)女生徒の顔が、泡のように次々と浮かんでは消えていった。 
それは一年生のとある生徒の顔であったり、上級生である三年生の生徒の顔であったり、思い出す限り様々であった。 
やがて、一年生のケティという女生徒の顔が浮かんで、消えていった。 
そして最後に…………モンモランシーの顔が浮かんだ。 
見事な金髪を縦ロールにした、トリステイン生まれであることを別にしてもなお勝ち気と言えた、けれどやはり可愛らしかった同級生の少女。 
不思議なことに、いくら酒を飲んでも、ギーシュの頭からモンモランシーの顔が拭い去られることはなかった。 
その理由がわからないことが、ギーシュの苛立ちを加速させる結果となり、ギーシュはますます酔いつぶれていくのであった。 
しかし、例えやり切れない思いに限りはなくとも、酒には限りがある。 
とうとう最後の一本を飲み干してしまったギーシュは、名残惜しそうに溜め息をつき、 
やがて諦めたようにロビーを後にして、割り当てられた自分の部屋へと向かったのだった。 
相方のいないダブルルーム。何だか今の自分にはピッタリではないか。

部屋に続く階段を、フラつく足取りで一歩一歩上がりながら、ギーシュは皮肉げに笑った。 
いつから自分はこんなに厭世的になってしまったのだろうと、激しい自己嫌悪に陥りつつ、ギーシュはドアノブを回す。 
おかしなことに、鍵はあいていた。 
普段のギーシュだったら、あるいはほんの少しくらいなら疑ったかもしれなかったが、何しろ今は酔いつぶれている状態である。 
夢と現の区別もついていない彼には、なぜ部屋の鍵があいているか、なんてどうでもよかった。 
倒れ込むようにして部屋に入るギーシュ。 

「お疲れ様でございます、ミスタ・グラモン」 
部屋の鍵があいていた原因が、目の前にいた。 
いつものメイド服こそ脱いで、寝間着に着替えてはいるが、 
澄ました態度を崩さぬ目の前の少女は間違い無くシエスタであった。 

「あぁ……君か。 
……どうしてこの部屋にいるんだ? 主人のところにいなくていいのか」 
「DIO様は既にお休みになられました。 
わたくしのような者が、あの方と同じ御部屋で一夜を明かすなど、許されないことです。 
従って、不躾ながら相部屋を仕ることになりました」

普段のギーシュだったら、『貴族が平民と同じ部屋で寝られるか!』くらいの文句は言っていただろうが、 
今現在無気力状態にあるギーシュは、何も言わずに自分のベッドに倒れ伏した。 
飲み過ぎで判然としない頭を持て余しながら、ギーシュは横目でシエスタを見た。 

「君は随分とあの男に忠実なんだな……」 
酔った勢いか、気がつけばギーシュはそんなことを口走っていた。 
返事など期待してはいなかったが、意外なことに、シエスタはいつもの真面目な顔をギーシュに向けた。 

「それがわたくしの仕事であり、唯一の幸せでもあるのです」 
ギーシュはフンッと鼻で笑った。 
他人に従うことが幸せであるなどと、貴族である彼には到底理解できなかったからだった。 

「本当にそれが君の幸せなのか? あの男の命令にほいほい従うことが?」 

「幸せの在り方とは、人それぞれで御座いましょう。 
ある人の幸せが、別の人にとっては不幸せである、などという話はよくあるでしょうし」 
事務的なシエスタの回答だったが、何故か彼女の言葉はギーシュの胸を打った。 

「幸せ、か……」 
ギーシュは思い出す。 
さっき飲んできたワインよりもはるかに濃厚だったこの一日を。

その始めに見たモンモランシーは、まさに幸せに包まれていたようにギーシュには映った。 
モンモランシーのあんなにも輝いた表情を見たことは、少なくとも学院に入学してからの二年間、ギーシュは見たことがなかった。 
ということはあれが、彼女の幸せなのだろうか? あの男の傍にいることが……。 
ギーシュには全く分からなかった。貴族として生きてきたせいもあり、ギーシュは他人の立場に立って考えるということが絶望的に不得意だった。 
しかし今回、何の因果か、ギーシュはそのことについて考えてみる機会を得た。 
……では、自分にとっての幸せとは、何なのだろう。 
そう考えて直ぐに頭に浮かんだのは、自分と同じく好色な父の教えでもあり、己のモットーともいえる言葉であった。 

『グラモンの男たるもの、常に多くの女性を楽しませる薔薇であれ』 
ギーシュは今まで、このモットーに沿って行動してきた。 
色々な女の子にモーションをかけてきたし、女の子を巡って、男子生徒と決闘の真似事をしたことも多々あった。 
そうしていた頃の自分は凄く楽しかったし、満たされてもいた。……幸せだった。 
だが、それに巻き込まれた他の人は、幸せだったのだろうか。

そう考えて、ギーシュはハッとなった。 
多くの人を喜ばせるのが己のモットーだと思っていたが、その実は自分の欲望を満たすことしか頭になかったのではないだろうか。 
ケティの涙を思い出す。 
何人もの女の子をとっかえひっかえにすることが、どれだけ女の子の尊厳を傷つけるか、自分は理解していなかったのではないだろうか。 
ただ自分のモットーが満たされればそれでよかっのでは? 
本当に他人を喜ばせるということがどういうことなのか……自分は分かっていなかったのだ。 
ルイズほどではないが、それなりにプライドの高いギーシュにとって、それは認めたくない事実であった。 
しかし、モンモランシーとの一件が、彼を幾分謙虚な気持ちにさせていた。 

「僕は……自分勝手だったのかな?」 
不安げな口調で問うギーシュに、シエスタは首を横に振った。 

「わたくしの口からは申し上げかねます」 

「そうだろうね。少し意地が悪い質問だったよ」 
貴族であるギーシュに対して、平民のシエスタが、『あなたは自分勝手です』なんて言えるはずもない。 
場を繕って否定して見せても、白々しく見えるだけだ。 
ギーシュは珍しく、シエスタの立場を鑑みていた。 

「ですが……」 

「?」 

「間違っているとお思いなのでしたら、自分を変えてみるのも一つの方法かと存じます」 

「ハハ……それができたら苦労はしないよ」 
自分を変えるということは、つまり、今までの生き方を捨てるということである。 
たった一人の女の子のために、これまでの楽しい暮らしを投げ出して未知への一歩を踏み出すには、ギーシュはまだ若すぎたし、臆病すぎた。 
(幸せ、か……) 
ギーシュはひとしきり笑った後、やがて瞑目して、夢の世界へと旅立っていった。 
――――――――――― 

深夜の『女神の杵』亭。 
殆ど全ての客が各自室に引っ込んだ今、扉の連なる廊下は人けが無く、静寂が支配している。 
その静寂というルールを破らぬようにして、廊下を進む一人の少女がいた。 
トリステインではまず見かけない蒼色の髪に、自身の身長よりも大きな、節くれ立った杖を持つ彼女の名は、タバサといった。 
キュルケが寝込んだ隙をついて、こっそり部屋を抜け出したのであった。 
スルスルと、物音一つたてずに廊下を移動する様子は、実に手慣れたものであった。 
気配も殆ど感じさせない彼女の存在は、誰にも気づかれまい。 
やがて、タバサは一つの扉の前でその歩みを止めた。

廊下に扉は数多くあったが、その一つだけは何とも異様な雰囲気を放っていた。 
DIOの部屋であった。 
シエスタが用意したというその部屋は、一人だけで使用するには些か豪華過ぎるものであった。 
本来なら、相応の煌びやかな空気を醸し出してくれるはずの豪華な扉は、 
獲物を待ちかまえて、大口をあけている化け物のように、タバサには思えた。 
ならば、今ここに立っている自分は、獲物ということになるのだろうか? 
心の片隅で浮かんだ嫌な想像を無理やり抑え込んで、タバサは自分の杖をギュッと握りしめた。 
タバサがキュルケとともにラロシェールくんだりまで来たのには、もちろん理由があった。 
その理由のために、こっそりDIOの部屋に向かったタバサだったが、 
この扉の向こうにDIOがいると思うと、自然と浮き足立ってしまうのだった。 

「…………………」 
暫くDIOの部屋の前で逡巡したのち、タバサは深呼吸をした。 
会う前から、場の空気に飲み込まれては駄目だ。 
決心したタバサは、それでも恐る恐るといった仕草でドアをノックしようと手を伸ばした。 
だがその瞬間――――― 

『何を迷う』 
おどろおどろしく扉の向こうから響いた声に、タバサはぎょっとした。

慌てて扉から数歩距離をとる。 
全身から嫌な汗が吹き出してきた。 
すぐにこの場を立ち去るべきだと、全身が警告を発していたが、 
タバサは一歩も動くことができなかった。 
気がついたら扉の方に意識を飛ばしている自分がいた。 
この扉をあければ……。ゴクリと唾を飲み込む。 

『どうした、早く入ってくるがいい』 
だが、再び響いた身の毛もよだつ声に、抑えきれなくなったタバサの感情が爆発した。 
自分はさっきまで、何ということをしでかそうとしていたのだろうか。 

「…………いや!」 
耐えられなくなり、次の瞬間タバサは駆けだしていた。 
誰かに見られるかもしれないなんてことは、頭から吹き飛んでいた。 
幸運なことに、バタバタと騒がしく廊下を走るタバサに気づいた客はいなかった。 
自室に戻ったタバサは、そのままの勢いでベッドに飛び込み、布団を被った。 
しかし、どれだけ物理的に離れていようが意味はなかった。 
精神面から襲い来る何かに、タバサは少し震えた。 
夜にアイツに会うのは駄目だ。夜に来たのは間違いだった。夜は取り返しがつかなくなる。夜は駄目だ。 
夜は…………………………………………
……………………………けど、昼なら? 
理性が感じる恐怖とは裏腹に、タバサの心は確実にDIOを求めていた。

to be continued……
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