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仮面のルイズ-31 - (2007/09/25 (火) 14:53:59) のソース
子供の頃、ラ・ヴァリエール家の庭で、ルイズは自分だけの秘密の場所を探していた。 綺麗に手入れされた庭園には、まるで壁を作るように植え込みが作られており、ルイズはよくその隙間を走り回り、時には這いずって、服を泥だらけに汚していた。 あれは物心のついた頃だろうか、まだ10歳にも満たない頃、ルイズは家庭教師から逃げ回っていた。 『ロック』も『アンロック』も『レビテーション』も『着火』も、何一つとして魔法が成功しないルイズは、家庭教師からも使用人からも見下されていた。 ある日、植え込みの中を走り回って、家庭教師から逃げ回っていたルイズは、足をもつれさせてしまい庭木に突っ込んでしまった。 そのまま反対側に転げ出てたルイズの顔に、何か堅い物がぶつかり、ルイズは顔をに傷を負ったのだ。 たまたま、庭師が庭木を整えていた時に、ルイズは金属製の如雨露で顔を怪我してしまった。 水のメイジが治癒してくれたので傷痕は残らなかったが、ルイズを怪我させた責任を取って、その庭師はラ・ヴァリエール家から解雇されてしまった。 魔法学院に入学する直前、ルイズの姉カトレアが、解雇された庭師の話をしてくれた。 「あの庭師はね、植え込みの間を逃げる貴方が怪我しないようにと、尖った枝を残さぬよう綺麗に庭木を整えていたのよ」 気を遣ったからといって、必ずしも報いを得るわけではない。 庭師は、私に気を遣っていたのに解雇されたのだ、だが、理不尽だとは思わない。 貴族と平民の差は、こういうものだと感覚的に理解していた。 国境沿いにあるラ・ヴァリエール家の領地は、国境の警備を兼ねている。 トリステインとゲルマニアを分断する国境線の向こう側は、仇敵ツェルプストー家の領地だ。 トリステイン魔法学院に入学したルイズは、学生寮でも隣がツェルプストーだと知って、運命を呪った。 入学した頃は、誰もルイズを馬鹿にする者はいなかった。 ただ一人ツェルプストーがルイズをからかって、ルイズもそれに応じて口喧嘩に発展することがあったが、それも些細なことに思えた。 部屋の鍵を、『鍵』でかけるルイズを見て、ツェルプストーは怪訝な顔をしたものだ。 魔法学院の授業で、ルイズが二度、三度と失敗を繰り返して、周囲の人間達もまたルイズを馬鹿にし始めると、ルイズは針のむしろに座らされている気分だった。 貴族としての爵位、メイジとしての実力、ルイズには後者が欠落していた。 そのせいでルイズは陰口を叩かれるどころか、公然と侮辱されるようになってしまったのだ。 ある時、魔法学院の宝物庫裏で、魔法の練習をしようとしていたルイズの身体が浮いた。 レビテーションも、フライも使えないルイズは、なすすべもなく地面にたたき落とされた。 たぶん、おそらく、レビテーションを使ってルイズに悪戯したのだろう。 悪質な悪戯として教師に告げ口すれば、悪戯した人間を見つけ出してくれるとは思うが、それをする気にはなれない。 魔法は、平民にとってどれぐらい横暴な力として映るのか、少しだけ理解できた気がした。 翌日のことだ、ルイズが再度魔法の練習をしようとした時、火球が草陰を焼いた。 そこから飛び出してきた魔法学院の生徒が、尻を火で焦がされて悲鳴を上げていたのを、ルイズはよく覚えている。 その日の夕刻、尻を焼かれた生徒が、ツェルプストーに決闘を申し込んで、返り討ちにされたと聞いた。 ツェルプストーが悪戯の犯人に制裁を加えたのだと、ルイズは気づいたが、礼を言う気にはなれなかった。 今思えば自分は愚かだと思うが、その時の自分は、ツェルプストーに助けられるのを屈辱だと思っていたのだ。 トリステイン魔法学院に入学して一年、使い魔召喚の儀式で石の仮面を呼び出し、吸血鬼になった私は、自分の弱点を知った。 私の魔法はいつも成功しない、爆発して、それで終わり。 その爆発で生まれた光は、まるで火傷のように私の身体を溶かすのだと知った。 練金の授業で私の身体が焼かれたとき、真っ先に駆けつけてくれたのはキュルケだった、そしてモンモランシーや、普段私を馬鹿にする人たちまで私を心配してくれた。 その後、私はシエスタから包帯を借り、話し込むうちに個人的に仲良くなっていった。 私は、彼ら、彼女らのために、人間でなくなった今も人間でいようと思ったのだ。 ズキュン、ズキュン、と頭に音が響く。 ロングビルの胸から血を吸う音が、頭に響く。 ルイズはロングビルを食屍鬼にするつもりで牙を突き立てた。 だが、血の味に酔いしれる間もなく、柔らかい胸の肉を噛み千切る間もなかった。 人間を食屍鬼に変えるエキスも出てこない。 ルイズの忘れていた思い出が脳裏に浮かび上がっては消え、消えてはまた浮かび上がる。 ラ・ヴァリエールの実家で過ごした時間を、魔法学院で過ごした時間を、ルイズは思い出していた。 不意に、ロングビルの腰に回した手から力が抜けた、支えを失ったロングビルは力なくその場に崩れ、床に転がった。 血を吸われるという未知の愉悦に意識を奪われ、彼女の目は虚になり、口は半開きで、息を荒げていた。 「…なんで、こんな時に、思い出すのよ」 貴族としての意識と、人間でいようとした決心を思い出し、いっそ心まで吸血鬼になれれば良かったのに、と、ルイズは思った。 大通りを通るシエスタ、キュルケ、タバサの三人を見て、ルイズは怒りに心を任せた。 怒りというよりは、嫉妬かもしれないが、とにかくルイズはかつての友人に殺意を抱いたのだ。 だが、殺してやると決心する前に、遅れて安宿にやってきたロングビルが、その理不尽な怒りを受けることとなった。 ルイズは、床にへたりこんだ。 涙が出そうな気がして顔を押さえたが、涙は出ない、だが確かにルイズは泣こうとしていた。 「ううう…うううう…あああ…ごめん、ごめんなさい、ごめんなさい…」 理不尽な怒りを向け、ロングビルの血を吸った自分、それがロングビルを裏切った行為に思えて、嗚咽混じりに謝罪の言葉が出てきた。 ロングビルは、快楽の余韻に浸っていたが、ルイズの声を聞いて頭を振り、ルイズを見た。 「泣くんじゃないよ、ほら、もう、私を生かそうとしたり、また殺そうとしたり、忙しい奴だね」 そう言って、ロングビルはルイズを抱きしめた。 ルイズは、ベッドの上で抱きしめられていた。 手足に骨を埋め込んで身長を伸ばしているが、胴体は小さいままなので、ルイズの頭はロングビルの胸に当たっている。 涙を流しながら、ごめんなさいと繰り返していたルイズも、今は落ち着いていた。 桃色の髪の毛を指先ですきながら、ふと考える。 私は、いつからこんなお人好しになったのだろうかと。 「…ねえ」 ふいに、ルイズがロングビルの顔を見上げる 「なんだい」 「怒らないの?」 「え?」 「…私、食屍鬼にするつもりで血を吸ったのよ」 「あんたと戦ったとき、心の底から願ったよ『この人にだけは殺されたくない』ってね…それに比べれば血を吸われたぐらい、どうってことないよ」 「……違う、それもあるけど、それじゃないの、食屍鬼は作らないって約束したのに」 「約束?」 ロングビルは、自身の腕で抱いている少女の言葉に、ひどく驚いた。 この吸血鬼は、途方もない恐怖を自分に与えたこの吸血鬼は、まだ幼いのだ。 不意に故郷にいる、唯一家族といえる人たちの姿が思い浮かぶ。 森の奥で暮らしているのは、かつて仕えていたアルビオン大公の娘、そして戦争で親を失った孤児達。 『サイレント』の魔法をかけると、ロングビルは静かに語り始めた。 「あたしの故郷は、アルビオンなのさ。アタシの父はサウスゴータを管理する太守でね、当時の財務監督官サマに仕えてたんだよ」 ロングビル、土くれのフーケ、しかしてその本名はマチルダ・オブ・サウスゴータ。 アルビオン王家のお家騒動に巻き込まれ、貴族の立場を失った者。 それが原因で貴族が嫌いになり、貴族相手に盗賊行為を繰り返していた。 貴族の立場を剥奪されることなく生きていれば、どんな生活をしていただろうかと何度も考えた。 アルビオン王家に何度も復讐してやろうと考えたが、自分の実力ではとても無理だと、悟らざるを得なかった。 「仕事を終えてもね、興奮しないのさ」 ロングビルが自嘲気味に笑う。 「はじめは怖かったよ、でも自身はあった。そこらの貴族の屋敷なんか穴だらけにしてやれるってね…」 「でもねえ、ある日つまらなくなったのさ。土くれのフーケって名前が上がると、違うって叫んでやりたかった」 「あたしはマチルダだ、マチルダが復讐してるんだ、フーケなんて名じゃない…ってね。結局、あたしも家名に縛られてる、安っぽい貴族の血を引いてるんだよ…」 ルイズは、身体を奮わせた。 ありもしない表中が背筋に突き刺さったかのような錯覚に陥っていた。 ロングビルの敵であるアルビオン王家の正嫡、ウェールズ・テューダーを生き残らせたのはルイズ自身なのだ。 ルイズは、ロングビルと、アンリエッタの間で板挟みになり、悩んだ。 だが、既に腹は決まっていた。 ロングビルを仲間に引き込もうと思ったときから、彼女に嘘はつかないと決心していたのだから。 ルイズは、嘘をつかない代わりに、不都合なところをあえて語らずに、アルビオンで起こった出来事を話した。 「ねえ、ロングビル。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」 「何さ?」 「『石仮面』の噂はトリステインに届いている?」 「石仮面とは言われてないねえ…ニューカッスル城から『鉄仮面』と『巨馬に跨った騎士』が貴族派五万の兵を圧倒したとか聞いてるけど…それって」 「多分、それ、私よ。あの時は即席のマスクで顔を隠してたもの」 「たった2騎でレコン・キスタの戦列を縦断したって聞いたよ、吸血鬼ってのは本当に無茶苦茶だね……」 「ふぅん、レコン・キスタの名はもう広まってるのね」 「ああ、伝説となっていた虚無の再来ってね、『聖地奪還』なんて、バカげた事を言ってるらしいね。そんな連中は、エルフを相手に戦って死ねばいいのさ」 「私、それについて一つ言っておきたいことがあるの」 「?」 ルイズは、ロングビルから身体を離すと、ベッドの端に座った。 ロングビルと向かい合うと、自身の指にはまっている『風のルビー』を見せた。 「…それは」 ゆっくりと、ロングビルの目が見開かれる。 その目には驚きと、怒りと、そして訳のわからない感情が浮かんでいた。 「わかる?アルビオン王家の宝物、『風のルビー』よ」 「風のルビー…」 「ええ」 「…じゃあ、『巨馬に跨った騎士』ってのは…まさか」 「ウェールズ・テューダーよ」 「はあ、冗談じゃないよ、ああもう…何でそんな奴を助けちまったのさ…」 「成り行きよ、貴族派の連中、やり口が汚いのよ。王党派の旗を掲げた軍艦をわざと市街地に落としたりね…」 「それで、正義感にでも目覚めた?」 「まさか!吸血鬼が正義を語るわけ無いでしょう、私の能力を試すのに丁度良いと思ったからよ」 「試すのに…ねえ」 「それと、これは貴方にも関係在るわ…シティオブサウスゴータ…貴方のよく知る土地よね?その近くの村は王党派寄りだったけど、ある日突然、住人全員が寝返ったの」 「村人が…全員?」 「ええ」 これは、ルイズの策だった。 アルビオンに居た時は、シティオブサウスゴータの人間が貴族派に寝返ったなどと聞いてはいない。 あくまでもシティオブサウスゴータ近くの村であって、シティオブサウスゴータではないのだ。 昨日の会議でウェールズから聞いた話だったが、ルイズは、その情報を利用した。 ロングビルもまた、落ち着いては居られなかった。 シティオブサウスゴータと、港町ロサイスを繋ぐ街道から脇道に一本入れば、家族と呼べる人が住んでいる村があるのだ。 その村はウエストウッド村といい、さびれていく一方の村だった。 「一晩で住人が寝返るとは考えづらいわ、おそらく、強力な『魅惑』の使い手がいる」 「…そう、サウスゴータでそんなことが…」 ロングビルの頭に、少女の姿が浮かぶ。 彼女は戦乱に巻き込まれていないだろうか?と、ロングビルは心配してしまった。 「だからウェールズを手伝うことにしたのよ、ただし、傭兵としてね。無条件で王子サマの下につく気は無いわ」 「………そう」 ロングビルは、頭を抱えたくなった。 今更といえば今更だが、森の奥にある田舎に、兵隊崩れや傭兵崩れが何人も何十人もやってきたら、故郷に残してきた少女は殺されてしまうかも知れない。 ロングビルの喉から、唾を飲み込む音が聞こえた。 「わかったよ、今更家族の敵を討っても、何にもなりゃしないしね…」 そして、ルイズはロングビルを少し騙したまま、一通りのことを話した。 『巨馬に跨った騎士』の馬は、吸血馬であること。 アンリエッタと、ウェールズがルイズに不干渉を約束してくれたこと…等々。 中でもいちばん驚いたのは、ルイズが『虚無』の使い手だという事だった。 いきなり「私も虚無の使い手よ」と伝えても、ロングビルは苦笑するばかりだったが、試しに唱えた『イリュージョン』を見て、ロングビルはぽかんと口を開けてしまった。 安宿の天井が、抜けるような青空になってしまったのだ。 日差しすらリアルで暖かい、これが本当に幻なのだろうかと言ってうなった。 「これが…これが虚無かい?」 ロングビルは、ディティクト・マジックで天井を調べる。 系統魔法にも『フェイス・チェンジ』なる魔法や『風の遍在』があるが、強力な『ディティクト・マジック』で調べればその正体は判明する。 だが、この魔法はそれとも異なっている、魔法らしき反応すら一切感じられない。 それどころか、このまま『フライ』の呪文で飛び上がれば空へと飛んで行けるのではないかと錯覚させる程に、そこには『空』しか無かった。 ルイズが『イリュージョン』を解除すると、呆れたと言わんばかりにロングビルがため息をついた。 「杖を使ってなかったね、それ、先住魔法じゃないのかい?」 「あ、腕に杖を埋め込んであるの。間違いなくこれは虚無よ、他にも記憶操作とかあるけど」 「…デタラメね、ほんと、規格外の『吸血鬼』で『虚無』。王家にも恩を売って…」 「個人の能力には限界があるわ、食屍鬼を作れば別でしょうけどね」 ルイズの声のトーンが落ち、ロングビルの背筋に寒気が走った。 「あ…わ、悪かったわよ」 「何謝ってるのよ…まあ、いいわ。これから私はレコン・キスタの動向を探るつもりよ」 「またアルビオンに行くのかい」 「ええ」 「アンタにとってもその方がいいかもね、シエスタの件もあるし」 そこで、ルイズはふと、先ほど見たシエスタの姿を思い出した。 見間違いでなければ、魔法学院のメイド姿ではなく、学生の着るマントを着けていたはずだ。 「…シエスタ、さっき見かけたんだけど、どうしたのあの娘、マントを着けてたわよ」 「見た?…まさか、あんた気づかれてないでしょうね」 「気づかれちゃいないわよ」 「ならいいんだけど…落ち着いて聞いてよ、あの子はね、『波紋』っていう技を使うのさ、それが吸血鬼対策の切り札だって話だよ」 「シエスタが、吸血鬼対策の?それ、どういう意味よ」 「いいかい?順序立てて説明するから、ちゃんと聞いてよ」 そうしてロングビルは、魔法学院で起こった出来事を話した。 オールド・オスマンが吸血鬼に襲われたとき、シエスタの曾祖母が吸血鬼を撃退したこと。 その人はリサリサといい、波紋と呼ばれる技術を使って吸血鬼と戦っていた。 生物に必要不可欠な生命力を操り、場合によっては水のメイジよりも強い治癒能力を持つ。 人体を強化させるだけでなく、疲れや精神力を癒すことで、魔法の力を底上げすることも出来る… そして何より、ルイズが吸血鬼となって、いまだ生き存えているのではないかと、オールド・オスマンが予測していること。 ルイズは、時々相づちを打ちながら、さして気にする様子もなくその話を聞いていた。 「オールド・オスマンは、シエスタがあんたを慕っているのを利用してるのさ、『石仮面』を探して殺させようとしてる」 「ふうん」 「驚かないのかい?」 「素晴らしいじゃない、魔法の力とは違って、誰でもある程度習得できるんでしょう? それに、治癒に役立つなんて、人間にとって偉大な進歩よ」 「あ、あんた、殺されちまうのかもしれないんだよ、それに、ツェルプストーやタバサって娘もシエスタの味方に付いてる、あんた、級友に命を狙われるんだよ!?」 「…仕方ないわ、食屍鬼を際限なく作り出せるなんて、人間にしてみれば驚異よ、オールド・オスマンの判断は正しいわ」 「あんた…」 「ロングビル、貴方は魔法学院で秘書を続けてくれない? 私が上手く逃げるためにもね」 「……わかったよ」 「それに…ううん、何でもない」 シエスタに殺されるのなら悪くない…そう言おうとしたが、この場でそれを言うのは躊躇われた。 一通りの相談が終わる頃には、既に空は暗く、星が見えていた。 「もう夜だね。馬で帰ることにするよ、朝帰りしたらセクハラジジイが嫉妬するからね」そう言ってロングビルがベッドから降りると、不意に意識が混濁した。 立ちくらみだと気づいたルイズが、ロングビルの身体を支える。 「ちょっと、どうしたの?」 「…あんた、血を吸いすぎたんじゃないの?」 『あー、けっこう吸ってからなあ』 「!?だ、誰だい!」 「落ち着いて、ロングビル、そう言えばまだ紹介してなかったわね。私の相棒『デルフリンガー』よ」 ルイズが床を指さす、そこにはルイズが持っていた長剣が置かれていた。 「相棒?これ?」 『これとは失礼な奴だな、俺はデルフリンガー様だ、覚えときな』 カタカタと鍔を揺らしてデルフリンガーが答える。 「インテリジェンスソード? はは、アンタ、つくづく変な奴と縁があるんだね」 「あら、ロングビル、貴方だってその『変な奴』の一人よ、吸血鬼のお仲間なんて正気じゃないわ」 『おいおい、命の恩人を変な奴呼ばわりたー、つれねーなー』 「何が命の恩人だい」 『俺が止めてやらなきゃ、あんた今頃干物だぜ、ヒ・モ・ノ!』 そこで、ふとルイズがデルフリンガーを手に取る。 「…もしかして、あれ以上血を吸えなかったのって、アンタのせい?」 『おう、どうやら俺、魔法を吸い込めるんだわ。その分だけ使い手を操れるんだけど…吸血鬼を操ったのは始めてだわ』 「驚いた、魔法を吸い込むなんて、凄いマジックアイテムじゃないか…まあ、礼を言っておくよ。デルフリンガー」 「止めてくれてありがとう、デルフ…でも勝手に人の記憶を覗いたって事よね?後でお仕置きよ」 そう言ってルイズはデルフリンガーを鞘に収める。 何か起こったときのために、全身を納めはしなかったが、ルイズの『思惑』を察知したデルフリンガーはそのまま黙ってしまった。 「その傷、ちゃんと治しておかなきゃね」 そう言いながら、ルイズはロングビルをひょいと持ち上げて、ベッドに下ろした。 ロングビルの上着をひょいひょいと脱がせていく。 「ちょ、ちょっと、何すんだい」 「血を吸った跡を消すのよ、オールド・オスマンに見られたら、大変でしょ?」 あらわになった胸に唇を寄せてせ、生々しく残る牙の傷痕に舌を這わせた。 這わせたと言うよりは、溶け込ませたといった方が正解だろう。 まるで眼球を舐められたかのような、背筋を走るぞくぞくとした感覚に、思わずロングビルは声を上げた。 「ひっ」 「大丈夫よ、心配しないで、少しの傷なら癒着させて治すことができるのよ、私の血を混ぜるつもりはないから、心配しないで」 「そうじゃない、そうじゃ……っ…」 ちゅぽん、と音がして、ロングビルの身体から舌が引き抜かれた。 「これで大丈夫…ほら、傷口はちゃんと消えたわよ」 「あ、ああ、もう終わり?」 名残遅しそうにルイズを見る、その視線を嫌悪と勘違いして、ルイズは少し俯いた。 「ごめん…ちょっと気持ち悪かった?」 「いや、むしろ気持ち…って何を言わせるんだい、あたしはもう帰るよ」 「貧血気味の女性を、夜一人で歩かせるほど私は無粋じゃないわ」 ルイズは両手、両足から『骨』と『杖』を抜き取ると、元の身長に戻って、ロングビルに抱きついた。 「朝までで良いの、抱きしめて」 「子供かい?あんたは」 「…そうよ、悪い?」 やれやれ、と呟きつつ、ロングビルはルイズを抱きしめて、毛布で身を包んだ。しばらくすると、ルイズの寝息が聞こえてくる。 「ちい…ねえ…さま…………ぐぅ」 ロングビルは、ルイズの奇妙な運命に、少しだけ同情していたのかもしれない。 ”この子を守ってやりたい” そう思ったのは、決して勘違いではなかっただろう。 月の光に照らされながら、ルイズを優しく、そして強く抱きしめた。 翌朝、魔法学院に朝帰りしたロングビルの首に、ルイズの悪戯でつけられたキスマークが発見された。 オールド・オスマンは、尻を触れぬほどのショックを受けたという。 なお、ロングビルは恋人と逢い引きしていたのではないかと噂されたが、全力でそれを否定している。 [[To Be Continued→>仮面のルイズ-32]] ---- [[戻る>仮面のルイズ-30]] [[目次へ>仮面のルイズ]]