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仮面のルイズ-34 - (2007/09/25 (火) 14:52:02) のソース

トリステインの郊外には、動物を食肉に加工するための場所があった。 
屠殺場といっても規模はそれほど大きくないが、質は高い。 
時々、トリステイン魔法学院のコック長マルトーが、注文しに来るほどだ。 

アニエスと、フードを深く被った女生が、平均的な馬よりも二回りは大きい馬に乗って、屠殺場を訪問した。 

「この屠殺場には衛生面で不備があると噂があった、よって緊急の視察を行う、異存はないな?」 

アニエスの掲げた羊皮紙が、長身の筋張った身体をした男に突きつけられる。 
男は、白髪交じりの頭を手ぬぐいで覆っており、髪の毛を隠しているが、眉毛や口ひげに白髪が交ざっている。 
顔には、頬と眉間に深いしわが刻まれており、樹液と膠でコーティングされた革のエプロンが熟達した年季を感じさせていた。 
初老に差し掛かっているこの男は、屠殺場の所長であった。 

「…へ、へえ、ここ数年うちから出した肉で食中毒なんて起こしてないはずですが」 

所長がうろたえ気味に答えると、アニエスは視察の旨が書かれた羊皮紙を丸めて懐にしまい、態とらしく肩の力を抜いて笑った。 

「だから、その実態調査だと言っている。…まあ、形式上の視察だ、よほど不衛生な扱いをしてなければ罰則を適用することもない」 

口調はともかく、アニエスのくだけた雰囲気で少し気が緩んだのか、所長もまた笑顔で答えた。 

「わかりやした。解体場所から見て貰いましょう、こちらです」 

所長がアニエスを案内している頃、フードを被った女性は馬を引き連れて、裏口に並べられた樽を物色していた。 

「…ふむ、特に問題は見受けられないな」 
「そうでしょうとも、うちの肉は魔法学院にも卸します、生徒さん達の口に入る物をぞんざいには扱えませんでさぁ」 
「わかった、問題ないと報告しておこう。何、私もステーキは大好物だ、これなら私も安心して食べられるよ」 
「お褒め頂きありがとうございます、あ、そうだ、折角ですから…肉の良いところをローストにしますが」 

所長は嬉しそうに顔をほころばせて申し出た、アニエスはローストと聞いて口の中に涎が溜まるのを感じたが、ここは我慢すべきだと考えて、ごくりと唾を飲み込んだ。 

「それは賄賂になる、お断りしよう」 
「へ、へい、わかりやした!」 

所長は恐れ入ったとばかりに、右手で自分の頭を押さえた。 



所長が視察に来た騎士を見送り、屠殺場に戻ると、そこで働く若い男が所長に声をかけてきた。 

「所長、今日はもう血は捨てましたっけ?」 
「ああ?血がどうしたって」 
「いや、豚の血を貯めておいた樽の中身が、ぜーんぶ無くなっちまったんですよ」 
「何だそりゃ。まさか、誰か、勝手に捨てたんじゃあるめえな」 
「工場には全員居ましたし…樽に穴でも開いてたんですかねえ?」 
「かもしれねえなあ、おい、しっかり修理しとけよ」 
「へい!」 


その頃、フードを被った女性が盛大なゲップをして、アニエスは眉をひそめたとか。 


シエスタ達が『竜の羽衣』の安置されているタルブ村へと向かった頃。 
ルイズとアニエスの二人は、ラ・ロシェールにほど近い森の中を歩いていた。 

「街道を通らずにラ・ロシェールにまで来たのは初めてだよ」 
ラ・ロシェールの巨大な桟橋がいよいよ近づいてくると、感慨深そうにアニエスが呟いた。 
アニエスはルイズと一緒に、吸血馬に乗ってラ・ロシェールまで来たのだ。 
人目を避けるため、街道ではなく森の中を通って来たのだが、道無き道を進んできたのにもかかわらず二日で到着してしまった。 
「ごめんなさいね、森の中だと乗り心地悪かったでしょう?」 
「いや、そんなことはない、この馬は大きくて安定感がある、おかげでさほど疲れてもいないよ」 
アニエスの言葉を聞いて、吸血馬がブルルルルと、声を上げた。 
「あら、この子喜んでるわよ」 
「…吸血馬も、喜ぶのか?」 
「吸血鬼の私にも喜怒哀楽はあるわよ、この子にもきっとあるわ」 
「そうか…そうだったな、浅慮な言葉だった、すまない」 
「気にしてないわ、この子も私も特別だしね」 

ルイズは、吸血馬のたてがみを撫でた。 

ラ・ロシェールに到着した二人は、吸血馬を森の中で待機させ、宿を取った。 
まだ日が昇っているうちに、アニエスは情報収集を努め、ルイズは森の奥で何か捜し物をしに行く。 

夜になって宿屋で合流し、ルイズはアニエスから潜入工作のレクチャーを受けた。 


「…で、戦災孤児なら文字を読めないことも多いのね?」 
「そうだ、骨の長さを変えて子供に変装するなら、その点に注意した方がいいだろう」 
「言われてみれば、そうねえ…」 

ルイズが顎に手を当てて、考え込む。 
アニエスは辛い過去があり、復讐のために傭兵をやっているそうだ。 
細かいことは聞かなかったが、とにかくその執念たるや並のものではない。 
ルイズは、アニエスの豊富な知識に、素直に感心していた。 

「と、まあ、以上が私からの注意点だ、役に立ってくれれば幸いさ」 
「ありがとうアニエス、貴方って優しいのね…食べちゃいたい」 
「…え、遠慮しておく、その、捕食の意味でも、性的な意味でもお断りする」 
「うろたえてるわね? アニエスったら…けっこう可愛いところあるじゃない」 
「バッ、馬鹿!おまえこの間16だって言ってただろう、年上をからかうなっ!」 
「ほんの冗談よ、冗談…でも、好意を持っているのは本当よ」 
「…好意だけなら頂いておくよ…そろそろ時間か?」 

アニエスが窓から空を見ると、半分ほど重なった月が爛々と輝いているのが見えた。 
その様子を見て、ルイズはフードを被り、デルフリンガーを背負った。 

「それじゃ、そろそろ行ってくるわ。アンによろしくね」 
「私は明日の朝、早馬で宮殿に戻る…ラ・ロシェールで貴公を待つことはできないので、くれぐれも気をつけてくれ」 
「ええ、ありがとう」 
ルイズはアニエスに礼を言って、部屋を出て行った。 

静かになった部屋の中、アニエスはベッドに転がり、大きくため息をついた。 
「不思議な奴だな…」 

おもしろい、実に面白い。 
『石仮面』という人…いや、吸血鬼は、とても不思議な魅力を持っている。 
アニエスは復讐のため傭兵となり、軍隊に入って、何人もの人を殺してきた。 
場合によっては、吸血鬼討伐にかり出される可能性もあっただろう。 
吸血鬼は、狡猾、残忍であり、しかも人間を食料とする恐怖の存在だった。 

しかし彼女『石仮面』はどうか? 

食屍鬼は作らないと約束し、わざわざ屠殺場で動物の血を飲み、そして冗談も言う。 
プライドで凝り固まった貴族よりもずっと面白い。 
圧倒的な力を持ち、それを行使する存在…アニエスは、ルイズの持つ”危険な力”と”幼さ”のギャップに、惹かれていた。 

そしてアニエスは、『復讐』のために『石仮面』の協力を得られないだろうかと、深く思惟するのだった。 


ラ・ロシェールの街を離れ、森の中へと入ったルイズは、口笛で吸血馬を呼んだ。 
「グルルルルルル…」 
主を気遣って、優しく喉を鳴らしたつもりだが、その音はとても低く力強い音だった。 
「…大丈夫よ、ちょっと不安だけど、何とかなるわ」 
だがルイズには吸血馬の言わんとしていることが判る。 
コントラクト・サーヴァントをしていなくとも、同じ『吸血鬼』として感じるものがある。 
吸血馬が、ルイズを心配しているのだと、十分に理解できた。 
「さ、行きましょう」 
ルイズがそう言って吸血馬にまたがると、吸血馬は行き先を知っているかのように走り出した。 

巨体が、足音を殺して森の中を走った。 

しばらく走ったところで、目印となる岩が見えた。 
周辺に生えた木々は、何かが衝突したのだろうか、不自然に折れている。 
岩の裏側に回ると、そこには骨と皮となって、腐ったと言うよりはミイラ化した竜の死体があった。 
「やっぱり、この間の戦いで何匹か墜落していたのね、よく探し当てたわ…偉いわよ」 
吸血馬はルイズに撫でられて、グルルルルルと、まるで竜のように鳴いた。 
『なー、嬢ちゃん、このミイラで何すんだ?』 
「見ていれば判るわよ、…さ、やって頂戴、あなたなら出来るわ、私を大空に運んで」 
デルフリンガーの問いに答えるかのように、吸血馬が竜の死体にまたがる。 
この竜はそれほど大きくなく、タバサの乗るシルフィードよりも一回り小さい。 
飛行能力は風竜に劣るが、それでも人一人を乗せて飛ぶには十分な大きさだった。 
吸血馬は、その身体をミイラの上に乗せると、徐々にミイラを身体に取り込んでいった。 
乾燥し、骨が露出していた翼に生気が戻る。 
吸血馬がミイラと融合し、血液が巡り、竜はだんだんとその身体を完全な物にしていった。 
「グアアア…ゴアアア…」 
脳にまで血が回り、再生されかけたところで、吸血馬は竜の脳を噛み砕き、租借した。 
そのまま身体を完全に竜の身体へと浸透させ、鱗を身に纏う。 
大した時間もかからずに、吸血馬は、吸血竜へと姿を変えてしまった。 

「グルルル」 
『…ホント、おめえら何でも有りだな』 
「何言ってるのよ、喋る剣なんて”何でもあり”の筆頭格じゃない」 
『まーな』 
吸血竜は、馬よりも大きな目でルイズを見ると、首を動かしてルイズの身体にこすりつけた。 

「偉いわ、ちゃんと私のことが判るのね…血は足りる?足りるならアルビオンに出発しましょう」 
その言葉を聞いて、吸血竜はしゃがんだ姿勢のまま翼を折りたたんだ。 
ルイズが背中に乗ると、吸血竜は翼を勢いよく広げ、ぶわさっ、と飛び上がった。 
「きゃっ! まだ慣れてないの?大丈夫よ…大丈夫、私のテンポに合わせて」 
吸血馬が竜の身体をコントロールしているので、翼の動かしかたが微妙にちぐはぐになってしまう。 
ルイズはそれを押さえるために、背中に指を突きさして、竜の脊椎に触れた。 
ビクン、ビクンと信号を送り、翼のタイミングを計る。 
五分ほどすれば、すぐにその信号を覚えてしまい、吸血竜は勢いよく空に飛び上がった。 
「…イメージ…そう、雲と、空…」 
ルイズは太ももに指をずぶりと突き刺し、肉と骨の間に仕込んだ杖を引き出した。 
右手に持って空に掲げ、詠唱を開始する。 

想像するのは、夜空。 
誰もいない夜空。 

竜も、雲も、船も、『誰もいない空』をイメージして、ルイズは『イリュージョン』の呪文を唱えた。 


翌日。 

アルビオンの周辺には、アルビオンに出入する船や竜を監視している龍騎士がいた。 
クロムウェルが皇帝になってから、アルビオンから逃げ出そうとするものが後を絶たない。 
しかも明け方の雲に紛れて、間者が竜などに乗ってアルビオンに潜入する可能性があった。 
竜騎士隊は、昼夜を問わず空を監視していたのだ。 

その龍騎士の耳に、ばさっ、ばさっ、と、翼のはためく音が聞こえた気がした。 

「……今の音は、何だ?」 
周囲を見渡すが、だれも居ない。 
アルビオンから落ちる滝が水蒸気となり、雲を作っている以外には、周辺には雲も見あたらなかった。 
こんな見通しの良い場所で竜が通れば、一目でわかるだろう。 

「気のせいか…」 
龍騎士は、自分の乗っている竜が出した翼の音だろうと勝手に納得し、哨戒を続けた。 


「グルル…」 
龍騎士の操る竜が、静かにうなる。 

どこからか漂ってくる、同族の死体の臭いを嗅いで、竜が怯えていのだ。 

たが、龍騎士がそのことに気づくことはなかった。 




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