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味も見ておく使い魔 第三章-01 - (2008/01/07 (月) 05:59:58) のソース
トリステイン王宮と同じ月の光がトリステイン魔法学院を照らしているころ。 学院の図書室では、露伴がマンガを製作していた。 図書室は吹き抜けのある二階建ての本棚がある巨大な部屋で、まさにトリステインの未来の頭脳を養うにふさわしい威容を示している。 本の収蔵量は、トリスタニアにある王立アカデミー図書館に次いで国内第二の収蔵量を誇る。 その奥の一角、個人勉強部屋。 本来なら貴族しか入室が許されないのだが、岸辺露伴にとって、そのような規則を守る必要性などまったく感じ合わせてはいない。 そうしてすっかり個室の常連となった岸辺露伴とタバサが、同じ机で顔を突き合わせて、なにか真剣な会話を交わしていた。 その机には、白地に黒い線が縦横に丹精に描かれている紙が置かれている。 露伴の生原稿だ。 よく見ると、軍服を着た男性が四コマ枠ぶち抜きで、大げさに帽子をかぶりなおしている姿が描かれている。 原稿は完成寸前だが、フキダシのせりふ部分がまったくの空白になっている。 岸辺露伴は少し考え事をした後、その原稿の白い部分を指し示しながら、上機嫌そうに静かに話し出した。 「ここは、『我が国の魔法技術は世界最高峰に達している。不可能な事は無いと断言して良いだろう』ってな感じで」 「この軍人メイジの狂気を垣間見せるような?」 タバサの返答に対し、露伴がうれしそうにうなずいている。 「そうそう。欲をを言えば、彼の熱狂的な愛国心も表したいな」 タバサは少し首を左二十度にかしげて考えた後、原稿を見据えたままポツリとつぶやいた。 「なら、『ゲルマニアの魔法技術は世界一ィィィィイイ! できんことはないイイィーーーーーーーッ!!』というのは?」 タバサの表情はあくまでも無表情だ。右手に持った羽ペンも、原稿を抑えている左手もも微動だにしていない。 だが、露伴は彼女の語彙の感性に共感していた。 「うん、いいね。それでいこう」 タバサにとっては、読書以外にもうひとつの趣味を見出していた。 露伴のアシスタントとして、彼のマンガのセリフを入れる事だ。 露伴にとって、ハルケギニアの文字はコルベール先生に教わっているので、ある程度の読み書きができる。 だが、教えられる語彙に偏りがありすぎるために、学術的な表現は相当なレベルに達しているものの、マンガのセリフなどの細かい言い回しなどは、まだまだ苦手なのだ。 なので、マンガらしい、口語的でわかりやすい口調はタバサが考えたほうが良い状況が続いている。 そのとき、不意に図書館の個人勉強室のドアがノックされた。 誰だろう? 普通の学生ならば、露伴には怖がって近づかないはず…… そう思いながら、タバサはドアを開けようと立ち上がったが、それよりも早く、一人の少女が部屋のドアを開け、二人だけの空間に闖入して来ていた。 「あのぉ……露伴さん? 失礼します」 そういいながら、部屋におずおずと入ってきたのは、黒髪がきれいなメイドだった。 「どうした? シエスタ?」 露伴は疑問を感じながら、部屋に入ってきた少女に向き直った。 「この図書館は貴族以外入れない場所なんだぞ? それは知っているはずだろう。 こんな奥まで来て、見つかったらどうするんだ?」 そのせりふはそっくりそのまま露伴にも向けられるべき言葉であったが、それはご愛嬌である。 「知合い?」 傍らにいたタバサがつぶやく。その表情は無表情そのものといっても良かった。が、かなり長い時間を図書室で付き合った岸辺露伴には、彼女の紙一重な表情の変化を読み取ることができた。 (タバサはなぜか不機嫌そうだ) 「そうだ。タバサも食堂で何度か会っただろう? この学院の厨房で働いている、シエスタだ」 「貴族の皆さんは、目立たない私のことなんかいちいち覚えていませんですよね」 そのメイドは、少しだけ残念そうに、タバサにたいしてお辞儀をした。 シエスタのしぐさに、タバサは少しばかり罪悪感を感じた。 「ミス・タバサ、御無礼を失礼いたします。私はミスタ・露伴に話があってきたのですが……」 「かまわない。私のことは気にしなくていい」 タバサはそういいながら、手近な本を取り出し、読み始めることにした。 だが、聞き耳を立てながら。 彼女の知らない間に、岸辺露伴はどのような人間関係を築いているのだろうか? トリステインの人間は、たいてい露伴のことを、『ロゥアン』と呼ぶ。 そのほうが呼びやすいし、彼の名前のスペルから読むと、まずそのような呼び方になってしまうのだ。 だが、このメイドの少女は。トリステイン人にも関わらず、彼のことを見事に『ロハン』と言ってのけた。 それだけ長い時間、露伴と過ごしてきたのだろう。 タバサは、本を読むふりをしながら、露伴と少女の会話を盗み見ることにした。 シエスタは学院の厨房にいるはず。ただそれだけで、ああも露伴とうまが合うようになるだろうか? あの、人嫌いの露伴が? 気になる…… ……ちょっとだけ……あくまで、ほんの少し。 タバサの視界に、露伴に近寄っていくシエスタの姿が映った。 「で、用ってのは?」 露伴がシエスタに椅子を勧めながら話しかけている。 「今月出版された、露伴さんの『ピンクダークの少年』のことなんですけど……」 シエスタは緊張しながらも、ようやく話の本題に入っていた。 だが、タバサという貴族がいるためか、露伴に進められた椅子は丁寧に断り、立ったまま話している。 その状態のまま、露伴のそばに立ち、彼の前の机に、彼女が持ち込んだ漫画、『ピンクダークの少年』を開いた。 そして、シエスタ自身は露伴の肩越しに屈み込み、とあるページを指し示している。 「これなんですけど……」 タバサが本のページをめくる。 (なんというか、近い…………私になく、シエスタにあるものが……) パラッ。 (露伴の顔に……はっきり言ってしまえば…………胸的なものが……) パラッ。 パラッ。パラッパラッパラッパラッ。 そのとき、タバサは不意に自分の方向を見た露伴を目が合ってしまい、胸が高まってしまった。 このドギマギは断じて恋心ではない。タバサは思わず、露伴の視線を避けてしまった。目を中空に泳がせている。 「あのさ、タバサ。君は本を上下を逆に読むのがすきなのかい?」 「……勘違い。なんでもない」 タバサの頭から蒸気があがる。彼女の顔は見事に茹で上がった。できたてほっかほかである。 彼女は手に持った本を上下をひっくり返し、顔全体を埋めるかのように、本を目線の近くに持ち上げた。 露伴は、タバサがそんなに本を近くに寄せて文字を読んでいることを見たことがないので、おかしいと思った。 いつもは、もう少し離れて読んでいた気がする。 第一あの距離では、ろくに本を読めないんじゃないか? まるで顔を隠しているようだ。 「タバサ、そんなに本が近いと、目を悪くするぞ」 露伴にしては珍しい、他人に対する気遣いは、顔を真っ赤にしたタバサに拒絶された。 タバサが手に持った本のせいで、露伴には彼女の顔色の変化がわからない。 「…………関係ない」 「まあ、いいか」 きょとんとした表情のシエスタと露伴が、改めて会話を再開した。 「この道具、『ヒコウキ』でしたっけ? アレとほとんど同じものが、私の故郷、タルブ村に祭られているんです」 「……詳しく話を聞かせてもらおうじゃあないか」 「私のひいおじいちゃんが持っていたものなんですけど……なんでも、ひいおじいちゃんはその『竜の羽衣』にのって、東の空からやってきたって言うんです。でも、村の人は誰一人信じなくて……露伴さんのマンガを見るまでは、私もあんまり信じていませんでした。でも、露伴さんのかいた『飛行機』が、その竜の羽衣にそっくりなんです」 「その『竜の羽衣』とやらはまだ村にあるのかい? あるのならぜひ見てみたい。君に案内してほしいな」 「はい、ひいおじいちゃんが高いお金を払って『固定化』の魔法をかけてもらっていましたから竜の羽衣は綺麗なままで私の村にあります……私は、露伴さんに『竜の羽衣』を見てほしいんです。そして、ひいおじいちゃんが言っていたのが本当のことなのかどうか、ぜひ確かめてほしいんです!」 そのとき、一人の教師が息も荒々しく、彼らの元に走りよってきた。 シエスタは凍りついた。 同時に、いくら興奮していたとはいえ、貴族しか入れない図書室に侵入してしまったことを後悔した。 彼女の中で、ひそやかに心で描きつつあった将来の夢が、見る見るうちに悪い方向へと偏向されていく。 (怒られる! いえ、それで済めば儲け物だわ。 悪ければ奉公を辞めさせられるかもしれない! そのような失態で辞めさせられた暁には、故郷のタルブ村にもいられないわ。 きっと故郷からも追い出されてしまうでしょう! そして私は当てもなく世界中をさまようの。 そのあげく、わけもわからない異世界の村に流れ着いて、 『あうあう』とか『なのです』とか言い続ける毎日をおくる羽目になってしまうのよ!) シエスタの脳内が大変なことになってることなどお構いなしに、走り寄ってきた教師、ミスタ・コルベールは露伴に向けて鼻息も荒々しく、たたきつけるように情熱と疑問を投げかけた。 「ミスタ・ロハン! 今月出版された君のマンガ。その中に出た『空飛ぶ機械』のことなのだがね!」 そういいながら、彼は手に持った大きな包みをテーブルの上に乗せ、開けていった。 なかには、何か機械のような、おもちゃのような、珍妙なものだ。 露伴はあわてて原稿を片付けながら、不機嫌そうにコルベールを見やった。 だが、それも一瞬のこと、露伴は彼の持ってきた包みの中をみて、とても驚いた。 「そ、それの動力機構は……」 シエスタもそれを見たが、何がなんだかわからない。 タバサも本を読むのをやめ、コルベールの持ってきた『物』を盗み見た。 それは、精巧な歯車がいくつも重なり合って作られており、上部に一つあけられた穴から、コルベールの杖が刺さっていた。そして、なぜか、上部から不細工な蛇の人形が頭を覗かせている。 「とりあえずこれを見てください、ミスタ・ロハン! まだ試作途中なのですが……」 コルベールはそういい、その『物』に突き刺さった杖をつかみ、発火の魔法を唱え始めた。 発火の魔法と同時に、その物の蛇の人形が上下に動き始める。 「これは、油を気化させたものを、『発火』の魔法で爆発的に燃焼させるのです。それでできた上下運動を、この部分で、上部の蛇君が上下するようにしているのです。私が平民の皆さんでも自由に使えるような動力を考えているものなのですが……」 「すごいぞ、君。『エンジン』の原型だな、これは。コルベール、君はなかなかの天才じゃあないか」 露伴が感心したようにうなずいた。しかし、シエスタとタバサには、この『物』の、いったい何がすごいのかまったくわからない。 「それでですぞ、ミスタ・ロハン! あの、君がマンガの中で描いた、『空飛ぶ機械』の推力は、ひょっとして、このような機構を用いているのではないのですか? 君のマンガの中では、『空飛ぶ機械』は平民が操作していた。やはり、君の『空飛ぶ機械』は、平民でも使えるものなんでしょうか?」 「あ、ああ。アレは僕のいた世界感を描いたものだ。だから、あの機械も実在する。そして、コルベール。君の言うとおり、あの飛行機はエンジンという内燃機関を使用した推進機械だ。君のそれを高度に発達させたものだね」 「おお! 貴族だけではなく、万人に使いこなせるような技術が君の世界には充満しているのだね!」 コルベールは目を輝かせて露伴の両手を握り締めた。 そういいながら、コルベールの精神は自分の世界に入りつつあった。 露伴が、思い切り引いている事実にはこれっぽっちも気づけていない。 「私は常々思っていたのだよ。このハルケギニアの世界では、『火』は破壊と情熱、混沌の代名詞だ。 だが、それだけではあまりにも虚しい。 私は『火』系統のメイジとして、『火』系統にも何か創造的な役割も持っているはずだ、何か持ちたいと考えているのだ。君の世界では私の理想が実現しているようだ。なんとすばらしい! 私も一度君のいた世界にいって、それらのものを実際にこの目で見てみたいよ!」 露伴の目がきらりと光る。 「実物が見られるかもしれないぞ?」 「なんですと!」 「なんでも、このメイド、シエスタの故郷には飛行機に非常によく似たものがあるらしい。ひょっとすると、そいつは僕と同じく、何らかの方法で、僕の世界から召喚されたものかも知れない。そいつは僕も興味がある。どうだ? 僕達と行ってみないか?」 「そうなんですか! では、ぜひご一緒しましょう! ミス・シエスタ、案内をお願いします! ミスタ・マルトーには私から言っておきます」 「ええ?」 目を白黒させるシエスタとは逆に、タバサはこの勢いのあるやり取りを見つめていた。 「なんだい? タバサ。君も行きたいのかい?」 タバサは露伴に向かってこくりとうなずいたが、コルベールは無情にもそれを拒否した。 「だめです、ミス・タバサ。今回の探索行は何週間もかかるかもしれない。君の飛行機に対する好奇心は、私個人としてはとてもうれしいと思います。だが、私は教師として、学生の君にそんな長期な休みを取らせるわけにはいきません」 シエスタが、素っ頓狂な声を出して会話に割り込む。 「そ、そんなに私の村にいるつもりなんですかぁ~?」 「いいじゃないか、シエスタ。里帰りだと思えば」 タバサは、コルベールが優しく、だが真剣な眼差しでそう諭すので、仕方なく学院に留守番することにした。 でも。 今夜は、人に変化させたシルフィードと、はしばみ茶で(強制的に)飲み明かそう。 タバサは心の奥でそう決意した。 そのとき、学院の広場で一匹の青い竜が身を震わせていた。 ビクッ!!! 「きゅい!」 「もぐもぐ、もぐぐもぐ?」 (どしたさー、シルねえ?) 「きゅい、きゅいきゅいきゅい!」 (今、背中をものすごい悪寒がよぎったのだわ!) 「もぐぐ! もぐぐぐぐぐ。もぐもぐもぐぐもぐ」 (そりゃいけねーさ! この学院に、俺っち達、竜族の風邪を治せる人間なんてあまりいないさ。シルねえは今日は早めに寝るといいさー) ========⇒ To Be Continued... ----