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仮面のルイズ-67 - (2008/08/04 (月) 05:12:07) のソース
「あはは」 ”何が起こったのか分からない” 男三人と女一人はそんな顔でルイズを見ていた。 それがたまらなく可笑しくて、ルイズは背をのけぞらし、声を出して笑った。 「あはははははっ!」 「こ、こいつ!」 笑い続けるルイズに飛びかかったのは、ルイズに殴られた男だった。 男には傭兵と盗賊の経験があった、腹や胸を突き刺したからといって人間が即死しないのも知っている。 刺された人間は時間をおいて動きが鈍くなり、痛みではなく重みと熱を感じて死んでいくはずだ、死にものぐるいで反撃を受ける前に、取り押さえて確実に殺してやると思い、男はルイズに飛びかかった。 どすん!と音を立てて二人がベッドに倒れ込む、男はルイズの上に馬乗りになり、胸からナイフを引きずり出そうとして柄を握った。 ナイフを振り上げようとしたその時、男の体は不自然に、まるで凍ってしまったかのように動きを止めた。 「な、あえ? 体が、うごかねえ。お、おい、どうなってるんだ、体が動かねえよ」 男が首を後ろに向けると、バキンと音がして視点が下がった。 ごとん、という衝撃とともに頭が床に落ちる、ごろりと転がった首は二人の男と、一人の女を視界に納めていた。 「………」 首だけになった男の口が、声もなく何かを呟くと、頭の上に氷のような冷たくて堅いものが降り注ぐ。 そして視界は急激にぼやけ、瞳孔が開き、凍り付いてバラバラに砕かれた肉体に埋め尽くされ、男は絶命した。 「あ」 最初に声を出したのは女だった。 「え」 あまりのことに思考が止まり、気の抜けた声を出したのは長身の男。 「う、うわぁあああああああっ!」 逃げようとしたのは、一番力強そうな筋肉の男だった。 バン!と音を立ててルイズがベッドから飛び起き、部屋の入り口から逃げようとする男に向かって右腕を伸ばしす。 その手首からは、銀色にも見える艶やかな黒髪が伸びたかと思うと、鍛えられた鋼剣の如く収束し、男の首に巻き付いた。 ルイズは有り余る筋力で無造作に腕を引く、すると、ビチリという繊維が引きちぎれる音と、バキバキと首の骨が砕かれる音が盛大に響く。 首と胴の離れた長身の男は、そのまま仰向けの形で床に倒れ込むと、すっくと立ち上がり首の無いまま逃げだそうとして壁にぶつかり、再度床に倒れ込んだ。 首のない体は尚も逃げようと足をばたつかせたが、それもほんの数秒のことであった。 激しく動いていた足が動きを止めるのを、残された二人は呆然と眺めていた。 すかさず、二人の首にルイズの手が伸びた、細くしなやかなルイズの指が二人の首に絡みつき、左手で男を、右手で女を釣り上げた。 「えぐっ、ぐえ……」 男の首に少しずつ食い込む指には、とても力が入っているとは思えなかった、腐りかけの果物でも握りつぶすように男の首が細く絞られていく。 「ひぃっ!い、いや、助け」 女は涙目になりながら、命だけは助けてくれと懇願する、だがルイズは返事の代わりとしてにやりと笑い、声を出せなくなる程度の力で女の首を絞めた。 「黙って? これみたいになりたいの?」 ”これ”扱いされた男は目を血走らせ、口を限界まで開き舌を飛び出させていた、首はもう呼吸が不可能なほどに絞められている。 興奮のあまり、元の長さ、元の色に戻った髪の毛が、男の顔を絞首台のマスクのように覆っていく。 それを見ていた女は、涙目になりながらも本能的に歯を食いしばり、必死に首を縮こまらせた。 ぐるん ぐるん ぶちっ 棒に巻き付けた布を解くように髪の毛を引く、首は容易くねじ切られてごとりと女の足下に転がった。 ルイズは髪の毛を女の首と口元にまき付け、声を封じると、首のねじ切られた男を持ち上げて、首からぶしゅ、ぶしゅと噴き出す血を頭から浴びた。 「カハァ……」 血を浴びて艶やかな輝きを放つ髪の毛、水滴が滑るような玉の肌、ランプの明かりのせいあ黄金色に輝く瞳、そして可愛らしい口には不釣り合いな鋭く尖った犬歯。 頭から浴びた大量の血は、体の表面から吸収されていくため、床にはほとんどこぼれ落ちない。 足りない。 もっと、もっと欲しい! 「う、あ」 ルイズの髪の毛による拘束が突然緩み、持ち上げられていた女が床に尻餅をついた。 目の前ではルイズが男の首へと噛みつき、スポンジから水を吸うが如く、肉に染みこんだ体液を必死でむさぼっている。 じゅるる、ぶじゅっ、ごくり、ずずずっ、ずぎゅっ。 男の体は瞬く間に体液を失い、やせ細り、乾き、床へと落ちた。 女はそれをただ呆然と見ていた、いつの間にか失禁し、床に広がる血だまりに小便が混ざっている。 女は、死にたくない!と願った。しかし死以外の結末が思い浮かばない。 女は、逃げるべきだ!と思った。しかし逃げられるとは思えない。 女は、早く死にたい!と思った。それを受け入れるしか道がないと納得してしまった。 ルイズは逃げようとした男の死体に手を伸ばすと、獣のように四つんばいになってその首に牙を突き立てた。 両手の指先と牙から血を吸い尽くす、体温の残る死体は数秒でミイラと化した。 「ああ…美味しい…」 床に膝をついたルイズが、まるで天を仰ぐように顔を上げ、呟く。 恍惚とした表情は、快楽の中にいることを示している。 全身に浴びた血が皮膚に肉に染みこむと、麻痺していた体に過剰な血液が行き渡る、神経は過敏になり、細胞の活性化が快楽として脳に伝わった。 飲み込んだ血は内臓へと行き渡り、体の内側を脈動させ、胃や腸、心臓や肺、そして子宮に快楽という電撃を走らせた。 未貫通の女性機能を包む筋肉はリズミカルに収縮と拡張を繰り返し、下腹部に熱を与え、血とは違う透明な液体を排出した。 「ねえ」 ルイズが女の方を向き、声をかける。 突然のことに驚いた女だったが、なんと返事して良いのか分からず、口をぱくぱくと動かすのみだった。 氷となって散乱した男の肉片を手で払いのけると、ルイズはベッドの上に座り、足を開いた。 「続けなさいよ」 「は、はい」 死体の転がる部屋で奉仕を強要されるという異常事態を、異常事態であると感じられるような正気は、女にも残っていなかった。 無表情でもなく、絶望的でもなく、ただ淡々と仕事をこなそうとする女を見て、ルイズはふふんと笑みを浮かべた。 指が肌に触れる度、軽い痺れのような快感が走る。 素肌と素肌が触れる度に、人間の体温を感じ、その温度がとても心地よくて思わずため息を漏らした。 「おう、ずいぶん静かになったな、どうした?」 突然階下から声がした。 ルイズは眉間に皺を寄せて女の頭を掴み、耳元に口を寄せる。 「今の声、なに?」 「み、見張りに立ってた男です」 「ふぅん……いいわね、呼びなさいよ」 「え、で、でも」 「”混ざりなよ”とでも言ってやりなさいよ、ね?」 女は驚いた顔をしたが、すぐに気を取り直すとベッドから折りて、階下に声をかけた。 「あんたも来なよ、みんなお休みしてるさ」 「本当か? へへへ、ずいぶんな好き者みたいじゃねえか」 何を勘違いしたのか深読みしたのか、見張りに立っていた男は嬉しそうな声を出して二階への階段を上り始めた。 「よく言えたわ…いい子ね……」 ルイズはそう呟いて、女を後ろから抱きしめた。 ずぶりと指先が沈み込む、右手は女の首へ、左手は心臓へ。 ギュルッ、ギュギュと音を立てて、勢いよく血を吸っていく、すると女の体温が急激に下がるのが感じられた。 女の背中に密着した、ルイズの胸や腹は、人間から体温を命を奪うその瞬間を感じていた。 それがどうしょうもないほどの愉悦で……ルイズは、二階に上がってくる男を捕まえると、更に「思いついたこと」を実践すべく、ナイフの如く硬質化した腕を振り上げた。 ………それから数十分後。 見張りに立っていた男は、生気の感じられないうつろな瞳で建物から出てくると、ロサイスに向けてゆっくりと歩き出した。 ……… ”それ”を見つけたのは偶然だった。 盲目の男は、神聖アルビオン帝国の皇帝から、トリステイン魔法学院を急襲し生徒を人質に取れと依頼された。 トリステインまでは隠密性に長けた特殊な船で移動するが、船はダータルネスではなくロサイスにあるというので、馬を用いてロサイスへの道を突き進んでいた。 「ん」 馬の背に乗った盲目の男が、かすかに鼻孔をくすぐる何かに気づいた。 傭兵団の先頭を歩いていたその男は、馬を急停止させると、風上を向いて鼻をひくつかせる。 「どうなさいました?」 すぐ後ろにいた部下の一人が、盲目の男に問いかける、だがすぐには返事も帰ってこない。 「におうな」 「は?」 「おまえたちはここで待て、俺は少し暇をつぶしてくる」 「隊長!?」 盲目の男は手綱を操って、街道から見える森に馬を走らせた。 「におう、におうぞ! 何だこの臭いは!まるで熔けるようだ!」 森の手前で馬を止めると、「フライ」の呪文を唱えて森の奥へと突き進んでいく。 その男は盲目のはずなのに、木々の位置が分かるようで、一度も木にぶつかることなく森の奥へと突き進んでいった。 後に残された部下たちは、待てと言われた以上追いかける訳にもいかず、森の側で立ちつくしていた。 ほんの20メイルほど森に入り込めば、振り返っても街道は見えなくなる。 所々に生えている草は人の背丈ほどもあり、木に絡みつくツタは森の雰囲気をより暗くしている。 地面は木の根が隆起してデコボコになり、気を抜くとすぐに転んでしまいそうな程だ。 そんな中を、臭いに向けて飛ぶ、今までに嗅いだことのない、腐臭と殺気の入り交じる臭いに向けて飛んでいく。 しばらく飛んだところに、人間とは思えない程低い体温があった。 人間の形をしておきながら、他よりも低い温度のそれは、こちらの姿を見て驚いているのか、頭に血を上らせるように温度を変化させていた。 それとともにぶつけられる殺気が、あまりにも心地よい。 盲目の男”白炎のメンヌヴィル”は、未知の存在を前にして笑みを零した。 ……… ルイズは約半日ぶりに外の空気を吸った。 足下には死体が転がっている、内側から引き裂かれたそれは、左肩から右脇腹にかけて無惨にも引き裂かれている。 ふと思う、サナギが蝶になる瞬間を、自分は体験したのではないか。 人間の体の中に潜り込み、人間を着る。それは母体の中で誕生を待つ赤子と言うより、ふ化を待つ卵のような、殻を捨てて羽ばたかんとする蝶のような気持ちだと思った。 「はあ……まぶしい…」 空を見上げると、澄み切った空から降り注ぐ太陽光が、眼球に突き刺さる。 手で光を遮りつつ、ルイズはだらしなく口を開き、まるで犬のように舌を出した。 陽光を遮る手は、血や腸液で汚れている、それを軽く振り払って自分の体を見ると、所々が人間の体液で汚れていた。 「いやだ、もう、洗わなきゃ」 体についた汚れを手で払うルイズ、その足下では、まっぷたつに引き裂かれた死体がうごめいていた。 「NNNNNNBAAAAAAAA……」 ずるり、ずるりと体を動かそうとする死体は、ルイズの血によって食屍鬼(グール)と化していた、腕を動かし、体を引きずって、どこにあるか分からない獲物を食らおうとしている。 ルイズはそれを見ても何も思わなかった、汚いとか、怖いだとか、愛おしいだとか、そんな感情を一つも抱かなかった。 ただ一つルイズの心に浮かんだのは、誰かとの約束。 「……だめよ、食屍鬼は作らない」 そう呟くとルイズは、右手を食屍鬼に向ける、右手の掌からズブズブと杖がせり出し、その感触を確かめ優しく握り込む。 何を焼くのか、何を破壊するのかを強くイメージする、食屍鬼に杖の先端を向けたままルイズは後ずさり、木の陰に隠れた。 「エクスプロージョン」 呟く。 その瞬間、食屍鬼を強烈な光が包み込んだ。 その光は、バッ!という破裂音を伴う強烈なものであり、反射光がルイズの肌を僅かに焼いている。 火傷を負った時のようにルイズの肌がずるりと剥け、髪の毛は溶けかかって半分以上が皮ごと地面に落ちた、ジュウジュウと音を立てて液状化し、風化していく皮膚を見下ろしながらも、ルイズの体は徐々に再生されていく。 食屍鬼を見ると、その体は八割近くが液状化しており、溶けた先から次第に風化してハイになっている。 燃やされて灰になるのではなく、溶けて灰になる異常な光景が、人間とは違う存在なのを暗に強調していた。 くずれゆく食屍鬼を見つめていると、何かが頭の中に浮かんでくる。 ゴミ同然の人間が塵に還っただけ、それだけのはずなのに、何か別の光景がフラッシュバックする。 大勢の食料(エサ)が自分を見て顔を青くしている。 自分は、机の上に置かれた石ころが食料どもに見えるように、教壇の後ろへと回った。 今のようなエクスプロージョンではなく、練金を唱えて爆発が起こり、そのときの光で火傷を負った、その時あのゴミどもは、私に…キュルケは……… 「ツェルプストー……」 学生寮では隣の部屋にいた女、男を連れ込み楽しんでいる、ふしだらで下卑た女。 そして誰よりも我が儘で、そして誰よりも自由で、そして憧れていた女! あの褐色の肌にわたしを刻み込みたい、そうして永遠に私に微笑みを向けさせたい。 あれをわたしのものにしたい。 どくん!と心臓が跳ねた。 心臓が無くても、吸血鬼の肉体は全身に血を巡らせるが、基本的には人間と同じように感情が体に影響を与える。 風化した食屍鬼の臭いが漂う森の中で、ルイズは一人高鳴る胸の鼓動に、未知の快感と期待と、暗闇に光の差し込むような晴れ晴れとした気分を味わっていた。 「!」 不意に、ルイズの直感に何かが響いた、それは不自然な木ずれの音だったか、それとも遠くから聞こえてきた鳥の鳴き声が止まったことで感じたのか分からない。 しかし、確かに何かの異変を感じ取っていた。 ペキ、という小さな音が聞こえる、おそらく木の枝が折れた音だろう、いつの間にか10メイル近くにまで何者かの接近を許していた。 普段なら考えられない事だが、興奮して周囲の見えなくなっていたルイズには仕方のないことでもあった。 がさがさと草をかき分ける音が聞こえる、ルイズは音のする方向に目を向けた、そこには顔に火傷の痕を負った傭兵らしき男がいた。 マントを身につけているところを見ると、メイジなのだろう、優れた風のメイジか、木々の水を感じられる水のメイジだろうか、それとも地面の感触から周囲を知る土系統だろうか。 「おや、なんだ? 人間じゃあ無いな」 「………」 ルイズは無言だった、人間じゃないという呟きが本気だったとしたら、目の前の男は焦点の合わない濁った目ではなく、別の何かで自分という存在を判断している。 ルイズは呼吸を止めた、男の濁った目を見たからだ、あの目は何も映していない、かわりに花聞こえてきたのは鼻息。 原理は分からないが、この男はルイズと同じように、五感の視覚以外のものに重きを置いているのだろう。 ルイズはゆっくりと、髪の毛をうちいくつかを逆立たせて空気の流れを感じ取る、まるで触覚のようなそれは周囲の音と風の流れを敏感に感じ取り、目の前の男の動きを感じ取る。 「なあ、教えてくれ、この臭いは何だ?燃やしたかと思ったが違う、人間だが人間でもない、まるで人間が泥になって、それが焦げたような死の臭いだ」 ルイズは無言のまま、腕から吸血馬の毛を伸ばし、剣へと形を整えていく。 「それに、おまえ。体温が低いぞ、石の裏に張り付いたトカゲのようだ、なのに、おまえは断頭台と同じ臭いがする!」 走り出すように重心を下げて地面を蹴る、水平に跳躍したルイズは一瞬で男との間合いを詰めて、手首から指先に向けて伸びた剣を振り下ろした。 パァン!という破裂音にも似た音が響く、ルイズの剣と、男が持つ金属の棒が衝突した音だ。 ルイズはその瞬間、悪寒という危険信号を受けて距離を取ろうとした、鉄の鎧でも切り裂ける吸血馬の毛が、鉄の棒で弾かれたのではなく、いなされたのだ。 人間を頭から一刀両断すべくこめられた力は、予想外の方向に逃げ、大きく崩れたルイズの体勢は一瞬の隙を作ってしまった。 「……っ!」 足を踏ん張り追撃しようとするルイズの目に、赤黄色に燃える炎が映る、咄嗟にデルフリンガーを構えようとして…背中に回した手が宙を切った。 「あ」 ボジュッゥと音を立ててルイズの右脇腹に炎が当たる、男の放った炎は、今までに感じたことのない程高密度なものだった。 ニューカッスルから脱出するときも、レキシントンに乗り込んだ時も、これほどの痛みは無かった。 「GAAAAAAAAAAA!!あ゛ はあ゛っ!」 炎は硫酸のようにルイズの体を浸食し、容易く肺にまで達した。 「はぐう゛ うぶっ……」 炭化した細胞は再生されず、もはや役に立たない、それどころか再生のために増殖しようとする細胞すら阻害している。 「いい臭いだ、思った通りだ、いや思った以上だな!断頭台の臭いだ!」 高笑いする男を睨もうとして顔を上げたが、姿はない、すでに木の陰に隠れているのだろう。 「ごろ じ でやる…」 肺を再生すべく漏れた体液が口にまで逆流し、喉に炭混じりの粘液がせり上がった。 ルイズは、油断していた。 相手を「風」か「土」のメイジだとばかり思いこんでいたのだ。 男の瞳は、焦点の合わぬ濁った瞳だった、それでも森の中を通り抜けられるのは、周囲の空間を敏感に察知できる風系統に違いないと思いこんでいたのだ。 一撃で自分を葬るほど強力な、火のメイジだとは思っても見なかった。 ルイズは周囲を見渡しつつ、視聴覚に神経を集中させる、一部焼けてしまった髪の毛を逆立たせて、空気の流れと熱を感じ取ろうとしていた。 「!」 真後ろから飛んできた熱の気配に驚き、ルイズは咄嗟に脇へと飛んだ。 炎はルイズが居た地面に衝突し、ぐわっと高熱を発して地面を抉る。 ルイズは炎の飛んできた方向を見ようとしたが、地面に落ちたはずの炎から一回り小さい炎の玉が現れたのを見て、地面をえぐり取るように腕を振った。 大人の腕ほどもある木の根を何本も巻き添えにして、エア・ハンマー並の土と風が炎の玉を襲う、ルイズは火の玉が動きを止めたのを見て、その隙に手近な木の幹に手を差し込んだ。 まるで『ブレイド』で刃と化した杖のように、ルイズの指先は硬質化して木の幹へと吸い込まれる。 腕に力を入れ木の幹を半分ほど引きちぎり、そのまま腕の水分を気化させて凍り付かせ、火の玉へと投げつけた。 バシュゥ!と音が響く、真っ赤に焼けた鉄棒を水に浸けたような音だ、それを聞いて盲目の男は、口元が醜くゆがむのを止められなかった。 「面白いぞ!先住魔法か、吸血鬼か?なるほど昼間なのにご苦労なことだ!」 ルイズは答えない、自分の位置を悟られないために息を潜め、音を立てぬよう静かに両腕から剣を生やす。 今の声で、相手の位置は掴んだ、問題はそこまでの距離、わずか8メイルなのに木々が障害物となり、思うように相手に接近できない。 直径1メイル程度の木なら蹴り倒して、文字通り蹂躙することはできるが、相手のファイヤー・ボールに対応できなくなる。 エクスプロージョンは使えない、詠唱が長すぎるだけでなく、自分の身まで危うくなる。 接近しなければ、相手を倒す手が無い。 …そう思いこんでいたルイズの素肌に、正面から飛び来る熱の感覚があった。 バックステップで木を背にし、火の玉が衝突する寸前で回避したが、また別の火の玉が地面すれすれを飛んで来た。 「くっ!」 余裕のない戦いに、ルイズは焦りを感じていた。 一方、別の木の影に身を隠した、盲目の男にも焦りがあった。 相手の斬撃を杖でいなすことは出来たが、その時の衝撃はオーク鬼とは比べものにならぬ程強烈だった。 かろうじて骨折は免れたが、右腕全体がしびれ、感触がない。 治癒の得意な部下に治させなければ不味いな、とまで考えていた。 そんな不安があっても尚わき上がる興奮が、男を狩猟者に仕立て上げていく、今まで炎を追い続けてきた自分が、炎とは正反対の、冷たいものに気を惹かれたのだ。 どんな容姿をしているのか分からないが、数メイル先に潜む女は、間違いなく剃刀のような鋭さと氷のような冷たさを兼ね備えている。 そして何より死の臭いがする。 屍体の臭いではない、自分が死ぬ、それを連想させるだけの力が相手には備わっている。 それこそが死の臭い。 「ガキどもを燃やす前に、こんな相手と出会えるとはな…くくくく…」 腹の奥からせり上がる笑みは、まさしく狂人の笑みであった。 「…また、外した」 顔をかばった右手、その指先が炭化して崩れ落ちた。 だが、それが少し不可解だった、正確に体の中心を狙ってくる火の玉が、気化冷凍を行った時だけブレるのだ。 「音じゃない…熱、そう、火のメイジなら熱ぐらい感じ取れる、そういうことね…!?」 ルイズは手近な木に手を当てると、腕の温度をグンと引き下げて、木の幹を凍り付かせた。 「おおおおあああああアァッ!」 全力で打ち込まれた回し蹴りが木の幹を砕き、凍り付いた木片を飛散させる。 一方盲目の男は、ズドォッ!という爆発音と共に、周囲の温度が急激に乱れたことに驚かされた、だがすぐに冷静になると身を低くして襲撃に備え、周囲の熱を感じ取れるよう集中しはじめた。 「…………ナウシド・イサ・エイワーズ」 その耳に聞こえてきたのは聞き慣れぬ詠唱の声。 「先住魔法か?」 盲目の男は、声の聞こえる方にどんな「熱」があるのか感じ取ろうと集中した、だが周囲の温度が下がったままで上手く感じ取れない。 「ちっ、無駄遣いだな」 そう呟くと、ファイヤーボールを詠唱し、火の玉を声のする方に向かって飛ばしていく。 密度の薄いそれは、人間が歩くほどの速度で木々の隙間をすり抜けていく、それによって熱せられた地面や木々の「熱され方」で、地形と状況を判断していった。 先住魔法の中でもやっかいなのは、木々のツタを自由自在に操る魔法と、風の刃だとされている。 大地を操る先住魔法や、姿形を変える魔法はごく希で、噂しか伝わっていない。 しかし吸血鬼や翼人、いわゆる亜人と戦った中では、風の刃や木々のツタが特に厄介だった。 だが、先住魔法はルーンの詠唱ではなく、言葉を用いて語りかけるように唱える。 故にどんな魔法が行使されるのかすぐに分かるのだが、今敵対している相手から聞こえるルーンは、今まで一度も聞いたことがなかった。 「ニード・イス・アルジーズ……」 「そこか!」 ようやく特定できた位置に向けて、高密度のファイヤー・ボールを飛ばす、途中にある木々を焦がしながら風きり音を鳴らして敵へと向かっていく。 「ベルカナ・マン・ラ ぎゃあっ! 」 「捕らえたぞ!」 追撃をすべく、ファイヤーボールを上回るフレイムボールを詠唱しようとしたところで、周囲の空間が歪んだ。 「がァッ!ああぐ、うぐっ…」 ルイズが唱えていたのは、ティファニアの得意とする忘却の魔法だった、一時的に戦意を喪失させれば勝てると思い、これを選んだ。 しかし忘却の魔法は相性が悪いのか、ルイズが唱えるときはエクスプロージョンと比べて高い集中力を要求される上に消費する精神力も大きい。 そのため、詠唱中に意識を失うこともある、ほんの一瞬出来た隙に、ファイヤーボールが打ち込まれ、ルイズの胸に大穴が開いた。 だが、忘却の魔法は不完全ながら発動したのか、相手の動きが途切れたのが分かる。 「あ、足が……動け、うごけっ」 胸に開いたこぶし大ほどの穴から、炭化した脊椎がぼろぼろとこぼれ落ちる。 びくん、びくんと足の筋肉は動くものの、力が入らず立つことができない、仕方なく両手に力を入れて、体を引きずっていこうとしたそのとき、遠くから草をかき分ける音と、足音が聞こえてきた。 「隊長!」「お頭ァ!」 「…んん?ああ、なんだお前ら、こんなところでどうしたんだ」 「お頭がなかなか戻ってこないんで、探しに来たんですよ、どうしたんですかい、杖まで落として」 「杖? ……ああ、手が痺れて落としたんだ、あ?おかしいな、俺はなんで手が痺れてるんだ?そもそも俺は……」 「た、隊長、そろそろロサイスに向かわないと、トリステインに間に合いませんぜ」 「そうですぜお頭、魔法学院とやらを、焼き尽くしてやるんでしょう?」 「……ああ、そうだ、そうだな。トリステインに行くんだった……ああ、くそ!いい香りがあったのに、焼き損なった!ガキどもを燃やしたぐらいじゃ足りなさそうだ」 「お頭、いったい何を」 「まあいい、ロサイスに行くぞ、良いところだったのに水を差された気分だ、焼き尽くしてやる、ガキも大人も、じじいもババァも、全部だ」 ガサガサと音を立てて、ルイズから離れていく男達の会話は、ルイズが見過ごせるものではなかった。 「まほう…がくいん……ああ…伝えなきゃ…伝え…なきゃ…」 未だ動かない下半身を引きずって、ルイズは動き出した、男達とは別の方向へ、ロサイスとはほぼ逆方向の、ウェストウッドへと。 周囲の音を確認しながら、下半身を引きずって移動するのは、予想以上の神経を使う。 その上気化冷凍法を使いすぎ、体液が激減した体では肉体が再生しにくいので、何者かと出会うことは避けなければならなかった。 「ハァッ、ハァッ、ハァッ、ハァッ」 乾く、喉が渇く、体が乾いている。 どうしようもない程の乾きが襲いかかってくる、それを癒すのは水ではなく、血。 血がほしい、血がほしい、血がほしい! 時折、街道が見える位置まで移動し、自分の位置を確認しながら、ルイズは腕だけで体を引きずっていく。 「ハァッ……ハァ……ァ……」 目の周りが乾き、唇はガサガサに固まり、口内は水分を失い萎縮している。 日は傾き、そろそろ夕方になろうとしている。 「あ……グ…」 ネズミ一匹捕らえられない体が、とても恨めしかった。 その気になればハルケギニアを食屍鬼うごめく死の国に出来る、けれども今自分は死にかけている。 どんな巨大な力があっても、飢えと乾きには決して勝つことができない。 ほんの少しの、ほんの少しの血が欲しい。 鶏でも、ネズミでも、野ウサギでも何でも良い、ほんの少しの血があれば体が再生できる。 ルイズは、仰向けになって、木々の隙間から見える空を見上げた。 夕焼けが終わりかけた空の色は、死体に溜まった血のように紫色をしていた。 「うわ!なんだ、行き倒れか」 「お父さん、どうしたの?」 「こっちに来ちゃ駄目だ、…こりゃひどいな、なぶり殺されたのか…」 ルイズの頭上で誰かの声がした。 二十代後半ほどの、たくましい体つきをした男が、ルイズの側に跪き首に手を当てている。 「体温もない…駄目か」 「ねえお父さん、その人…」 「ジュディ、駄目だよ、この人はもう死んでるんだ、あまりじろじろ見ちゃいけない。…それよりも木の実は捕れたかい?」 「うん、こんなに取れたよ」 「そうか、駅で夕食にしよう。もうそろそろ夜になる…明日はこの人を埋めてやらないとな」 そう言って男は、駅のある方向を見た。 町から町へ移動するのに、馬で二日三日が当たり前なので、途中に宿泊が出来る”宿場”や、馬を預けて休むことが出来る”駅”が街道沿いにあるのだ。 「…今、埋めてあげられないの?」 「もうすぐ夜になる、手伝ってくれる人がいれば別だけど、ほら見てごらん、街道にも人はいない、それに声をかけても手伝ってくれないさ。明日にしようね」 「うん…」 男は、ジュディと呼んでいる少女の頭に手をのせた、厚手の布で作られたエプロンドレスのスカートをたなびかせて、少女は元気よくうなずいた。 「ごめんなさい。あした埋めてあげるから…」 そう言ってルイズに近寄った少女の額に、銀色の何かが突き刺さった。 男の視線からは何も見えない、ジュディの額を貫いた刃も、もちろん見えることは無い。 「ジュディ?」 じっとしゃがみ込んだまま動かない少女を訝しみ、男が声をかけた。 ぐらりと少女の体が倒れる。 「ジュディ!?おい、どうし…た…」 抱き起こして顔を近づけると、薄暗い森の中でも分かるほど、少女の顔には大きい亀裂が走っていた。まるでザクロのように。 「……うわああ ぐっ…!……!…!!!」 叫び声を上げようとした男に、ピンク色の髪の毛が絡みつく、髪の毛はズブズブと皮膚を浸食し、男の体から血液を搾り取る。 ルイズは、男が抱き上げていた少女の亡骸を取り上げると、首筋にかみつき、肉を引きちぎり、租借した。 どんな巨大な力があっても、飢えと乾きには決して勝つことができない。 ほんの少しの、ほんの少しの血が欲しい。 鶏でも、ネズミでも、野ウサギでも何でも良い、ほんの少しの血があれば体が再生できる。 ささやかな食事を望んだのに、それなのに、人間という極上のエサが来た。 ああ始祖ブリミルよ、あなたに感謝いたします。 …… 「ふわ…」 いつになく清々しい朝を迎えた。 木漏れ日は柔らかく、そして優しい。 まだ日の出から間もないようで、空は少し暗いようにも思えた。 「ああ…よく寝たわ」 呟きつつ背伸びをする、両手を組んでうーんと背を伸ばし、首を左右に振ると、目が覚めてくる。 「ああ、そうだ、こうしちゃいられない。魔法学院が襲撃される…急いでワルドに伝えないと!」 立ち上がり、両手、両足の感触を確かめる、昨日焼かれた部分をなでると、さすがに違和感があった。 吸血鬼の体でもすぐには再生できない、ひどい怪我だったと、ルイズは記憶している。 それなのに多少の火傷痕が残るぐらいで、機能的にはほとんど問題ないレベルにまで回復している、ルイズはそのことに驚いた。 「怪我の治りが早いのは、いいわね」 そう呟いてあたりを見回し、誰かに見られていないかを確認する。 街道からは近すぎず遠すぎず、しかし一目では分からない距離。 今のところ誰にも見られていないだろう、そう考えてウェストウッドへ足を向けたルイズは、地面に転がった何かを蹴飛ばした。 「あれ?」 見るとそれは、男の首。 その傍らには、獣に食い散らかされたような、少女の左半身。 「え…」 鮮明に、喜びと共に浮かんでくる昨夜の記憶。 犬のように四つんばいになり、男の体から血を吸い、少女の肉を味わい…… 「あ、ああ、あああああ」 ルイズは駆けだした。 ここに止まるべきではないと、初めて盗みを犯した小心者のように、怖くなって逃げ出した。 しかし何よりも怖かったのは、少女の肉の味を思い出した瞬間のこと、ルイズ自身が感じていたのは嘔吐感ではなく、美食を味わう幸福感だった。 「たすけて」 森の中を一心不乱に走り抜けながら呟く。 「たすけてよ、助けてよ! ブルート!」 To Be Continued → ----