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奇妙なルイズ-23 - (2007/11/08 (木) 04:35:56) のソース
気を失ったルイズは、手近な部屋のベッドへと運び込まれた。 ニューカッスル城の水のメイジは、極度の緊張から解放されたストレスで気を失ったのだと診断した。 ウエールズの計らいで、ワルドもまた、消費しきった魔力を回復するためにルイズの傍らで体を休めていた。 ルイズは、すぐ側の椅子にワルドが座っているのを感じていた。 起きあがり声をかけようとしたが、体も動かず、声も出ない。 なんとか体を動かそうとするルイズに、誰かの声が聞こえてきた。 『………ズ』 『…ルイズ…』 しばらくその声に耳を傾けていると、少しずつハッキリと聞こえてくるようになった。 「だれ? 私を呼んでるのは」 『やれやれ、やっと気づいたか』 暗い意識の中で、ルイズの目の前には、不思議な出で立ちの男が立っていた。 五芒星の装飾をあしらった黒い服に身を包み、マントと見まがうような長いコートを着ている。 少なくともトリスティンでは見たこともない服装だったが、ルイズはその男が誰なのか知っていた。 「あんた、オークに殴られた時に助けてくれた…ええと…なんだっけ」 『空条承太郎だ』 「クゥジョー、ジョォタロー? 変な名前ね…ねえ、貴方、もしかしてあの変な円盤から出てきたの?」 ルイズが使い魔召喚の日に見つけた、銀色の円盤を思い浮かべる。 そのイメージが伝わったのか、承太郎は無言で頷いた。 「ふーん…何よ、やっぱり私、サモン・サーヴァントに成功してたんじゃない」 『やれやれ、いろんなスタンド使いと戦ったが…使い魔として呼び出されるなんてのは初めてだ』 「そりゃそうでしょうね、貴方の記憶が夢に出てきたもの、あなたの世界ってこっちとはずいぶん違…」 そこまで言ってルイズは思い出した、目の前の男は、承太郎は、時間の加速した世界の中で、仲間がバラバラにされていくのを見ていたのだ。 その中にはもちろん実の娘もいた、杉本鈴美が自分以外の幽霊の姿を見たように、彼もまた幽霊の視点で娘の死を見ていたのだろう。 『…気にするな、徐倫は、やるべきことをしたんだ』 「ごめんなさい…でも、あの時死んだ貴方がなぜDISCになって現れたの?」 『さあな、それは俺にも分からん、だが、今俺は使い魔として召喚され、お前の意識に同居している、それだけが事実だ』 ルイズは意識の中で、腰に手を当て、胸を張った。 「使い魔としての自覚はあるのね、ちょっと複雑だけど…でも、いいわ。それと私のことはルイズでいいわよ。どうせ他の人には聞こえないもの」 『わかった』 「で、突然私の前に現れたのはなぜ?ウエールズ王太子殿下に手紙を渡さないといけないのよ」 『その事だが、一つだけ言っておきたいことがある』 「何?」 『ワルド…奴には気をつけろ』 「えっ…」 そこでルイズの意識は光に包まれた。 ガバッ、と体を起こすと、そこはベッドの上だった。 近くにいたワルドがルイズを心配して駆け寄る。 「ルイズ!目が覚めたか、大丈夫か?」 「あ、ワルド…うん、大丈夫よ、ちょっと疲れたみたい、ごめんなさい」 「それならいいんだ、僕の花嫁に何かあったら、僕は気が気じゃないからね」 今まで何かの夢を見ていた、それだけは覚えている、しかもワルドに関わる夢を見ていたはずだ。 しかし、その夢の内容が思い出せない。 ルイズはベッドから降りると、ウェールズ王太子に面会するため、ワルドと共に部屋を出て行った。 ウェールズの部屋は王子の部屋とは思えない程粗末で、質素な部屋だった。 ルイズはウェールズから手紙を受け取る、確かにアンリエッタの花押が押されている。 「ありがとうございます」 ルイズは深々と頭を下げ、手紙を懐にしまった。 「明日の朝、非戦闘員を乗せた『イーグル』号が、ここを出港する。それに乗ってトリステインに帰りなさい」 ウェールズは実に爽やかに言ってのける。 しかしその言葉は、自分はそれに乗らないというニュアンスが含まれていた。 「あの、殿下…王軍に勝ち目はないのですか?」 ルイズは一瞬だけ躊躇したが、ウェールズの目を見据えて言った、それに答えるかのように、ウェールズも凛々しいまなざしをルイズに向けて答えた。 「ないよ。我が軍は三百。敵軍は五万。万に一つの可能性もありえない。我々にできることは、勇敢な死に様を連中に見せることだけだ」 ルイズは俯いた。 「殿下の、討ち死になさる様も、その中には含まれるのですか?」 「当然だ。私は真っ先に死ぬつもりだよ」 ガタン、と扉から音が鳴った。 それに気づいたウェールズは杖を振って扉を開く、すると扉の向こうには、ルイズ達を迎えたメイドが立っていた。 「きみは…」 そのメイドは、恭しく頭を垂れると、ウェールズの部屋へと入り、扉を閉めた。 「殿下、お使者の方々、失礼をお許し下さい。恐れながら申し上げたいことがございます」 「…申してみよ」 「どうかトリスティンに亡命なされませ、私どもはアルビオンの意志と血を絶やさぬために戦うのです、どうか、王太子殿下だけでも生き延びて…」 「それは、できない」 ウェールズがきっぱりと言い放つ。 「君は非戦闘員だ、女子供を無惨に殺されるわけにはいかぬ、私は名誉のために死を選ぶのではない、意志を伝えるために戦うのだ、戦わなければ、意志は受け継がれないのだよ」 「ですが…!」 「トリスティンからの使者の前だ、これ以上の無礼は私が許さん、下がりなさい」 ウェールズの固い決心を聞いてもなお、納得いかないといった表情だったが、メイドは一礼するとウェールズの部屋から退室した。 「ふぅ…メイドが失礼をした、あのように私を慕ってくれる者もいるのだ、だからこそ私は戦わなければならないのだよ」 ルイズはウェールズの言葉を黙って聞いていたが、意を決して話し出した。 「この、ただいまお預かりした手紙の内容、これは…」 ごくり、と喉が鳴る。 「この任務をわたくしに仰せつけられた際の姫さまのご様子、尋常ではございませんでした。そう、まるで、恋人を案じるような……。それに、手紙に接吻なさった際の殿下の物憂げなお顔といい、もしや、姫さまと、ウェールズ皇太子殿下は……」 ウェールズは微笑んだ。ルイズが言いたいことを察したのである。 「きみは、従妹のアンリエッタと、この私が恋仲であったと言いたいのかね?」 ルイズが頷くと、ウェールズは悩んだ仕草をしたあと、口を開いた。 「その通り。きみが想像しているとおり、これは恋文さ、彼女は始祖ブリミルの名おいて、永久の愛を私に誓ったんだ」 ルイズは「ああ」と心の中でため息を漏らした。 始祖に誓う愛は、つまり婚姻の際の誓い。アンリエッタが既にウェールズと愛を誓っていると知られれば、ゲルマニアの皇帝との結婚は重婚となる。 重婚の罪を犯したと知られれば、ゲルマニアの皇帝は、姫との婚約は取り消し、同盟の約束も反故にしてしまうだろう。 「殿下…姫様の手紙には、殿下に亡命を求める内容など一言も書かれてはいなかったと思います。 それが、それが姫様の、姫様の『覚悟』でございます、ですが、私は…私は殿下に亡命を、トリスティンへの亡命を進言致します!」 ワルドがルイズの肩を押さえる、落ち着けと言いたいのだろうが、ルイズの興奮は収まらない。 「それはできんよ」 ウェールズは笑いながら言った。 「殿下、これはわたくしだけの願いではございません!姫さまの願いでございます!姫さまがご自分の愛した人を見捨てるわけがございません!姫様の覚悟を、どうか!」 ウェールズは首を振った。 「…君は、本当にアンリエッタのことを知っているのだね、幼い頃の遊び相手の話を、アンリエッタはよく話してくれたよ、君がそうなのだろう?」 「殿下!」 ルイズはウェールズに詰め寄った。 「私は王族だ。そしてアンリエッタを愛する一人の男でもある、だからこそアンリエッタの覚悟を汲まねばならぬ。アンリエッタはこの手紙を覚悟して書いたのだろう、『この手紙に書かれていることが真実である』と『覚悟』して書いたのだろう。だからこそ、姫と、私の名誉に誓って、私はここで戦い、そしてアルビオンの意志を貴族派の者達に、世界の者達に見せなければならぬ」 ウェールズは苦しそうに言った。 王女であるアンリエッタが、どれだけの苦しみを覚悟して、残酷な手紙を書いたのか、ウェールズには痛いほど理解できたのだ。 ウェールズがルイズの肩を叩く。 「きみは、正直な女の子だな。ラ・ヴァリエール嬢。正直で、純粋な、いい目をしている」 ルイズは、寂しそうに俯いた。 「忠告しよう。そのように正直では大使は務まらぬよ。しっかりしなさい」 ウェールズの微笑みは、爽やかな、魅力的な笑みだった。 「しかしながら、亡国への大使としては適任かもしれぬ。明日に滅ぶ政府は、誰より正直だからね。なぜなら、名誉以外に守るものが他にないのだから」 そう言うとウェールズは時計を見る、決戦前夜のパーティーの時間が近づいていた。 ウェールズは、ルイズとワルドにパーティへの出席を促すと、部屋を出て行った。 パーティは城のホールで行われた。 簡易の玉座が置かれ、そこにはアルビオンの王が腰掛けて、集まった貴族や臣下を見守っていた。 とても、明日には滅びる者達のパーティとは思えない、華やかなパーティーだった。 最後の晩餐に参加したトリステイン客、ルイズとワルドの二人は、城に残った王党派の貴族達に最高のものを振る舞われた。 明日死ぬかもしれない、そんな悲観に暮れた言葉など一切漏らさず、二人に明るく料理を、酒を勧め、冗談を言ってきた。 ルイズは歓迎が一段落つくのを見計らって、ホールを離れた。 城のバルコニーへと出て月夜を眺めようとしたのだ。 しかし、そこには先客が居た。 先ほどウェールズに進言しようとしたメイドが、ウェールズに何かを訴えていたのだ。 「殿下…怖くは、ないのですか?」 「怖い?」 ウェールズはきょとんとした顔をして、メイドを見つめた、そしてはっはっはと笑った。 「怖いさ!だがね、私を案じてくれる者がいるからこそ、私は笑っていられるのだよ」 「そんな…私だったら、私だったら、怖くてとても、殿下のように笑えません、そんな風に笑えるなんて、私には」 「いいかね? 死ぬのが怖くない人間なんているわけがない。王族も、貴族も、平民も、それは同じだろう」 「では」 「守るべきものがあるからだ。守るべきものの大きさが、死の恐怖を忘れさせてくれるのだ」 「何を守るのですか?私は、モット伯に引き取られたとき、モット伯の衛士の方から、どんなにふがいなくとも生きろと教えられました、生き残る屈辱に耐えて、伝えるべき『魂』を伝えろと、そう教わったのです」 メイドは語気を強めて言ったが、ウェールズは笑顔を崩さない、そして、言い聞かせるように優しく語り始めた。 「優しいのだな、君は、だからこそ私は君たちに生きて欲しい、語り継ぐのは君たちの役目だ、私が戦わなければ、アルビオンの貴族が勇敢に戦ったと言えなくなるのだよ」 「でも…もう、すでに勝ち目はないですのに…」 「我らは勝てずともいい、せめて勇気と名誉の片鱗を貴族派に見せつけ、ハルケギニアの王家たちは弱敵ではないことを示さねばならぬ。君は将来、誰かと恋に落ち、そして子を育てるだろう、私はその子らの為に戦いに行くのだ、無碍に民草の血を流させぬためにも、少数でも団結した者達が如何に難敵であるかを見せつけねばならんのだよ。」 「そんな…」 「これは我らの義務なのだ。王家に生まれたものの義務なのだ。内憂を払えなかった王家に、最後に課せられた義務なのだよ、君は違う、生き延びなさい」 そう言ってウェールズはバルコニーを離れた、廊下で立ち聞きしていたルイズを見つけ、ウェールズはルイズに微笑んだ。 「おやおや、聞こえてしまったが。…今言ったことは、アンリエッタには告げないでくれたまえ。いらぬ心労は、彼女の美貌を害してしまう。彼女は可憐な花のようだ。きみもそう思うだろう?」 ルイズは頷いた。それを見たウェールズは、目をつむって言った。 「ただ、こう伝えてくれたまえ。ウェールズは、勇敢に戦い、勇敢に死んでいったと。それで十分だ」 それだけ言うと、ウェールズは再びパーティーの中心に入っていった。 翌日、非戦闘員が秘密港から避難している頃。 始祖ブリミルの像が置かれた礼拝堂で、ウェールズ皇太子は新郎と新婦の登場を待っていた。 周りには誰もいない、戦の準備で忙しいのだ。 ウェールズも、すぐに式を終わらせ、戦の準備に駆けつけるつもりだ。 礼拝堂の扉が開き、ルイズとワルドが現れる。 ルイズは礼拝堂と、ウェールズの姿を見て呆然としたが、ワルドに促されて、ウェールズの前に歩み寄った。 ルイズは戸惑っていた、朝早くワルドに起こされ、ここまで連れてこられたのだだ。 戸惑いはしたが、深く考えずに、半分眠ったような頭でここまでやってきた。 死を覚悟した王子たちの様子、そして、前日に聞いたメイドとウェールズの会話が、ルイズの頭を混乱させていた。 ワルドは、そんなルイズに「今から結婚式をするんだ」と言って、アルビオン王家から借り受けた新婦の冠をルイズの頭にのせた。 新婦の冠は、魔法の力で永久に枯れぬ花があしらわれ、なんとも美しく、清楚なつくりであった。 そしてワルドはルイズの黒いマントを外し、やはりアルビオン王家から借り受けた純白のマントをまとわせた。 新婦しか身につけることを許されぬ、乙女のマントが、ルイズの背中を包んだ。 しかし、そのようにワルドの手によって着飾られたルイズは戸惑っていた。 確かにワルドはあこがれの人だ、その人から結婚を申し込まれて嬉しくないはずはない。 しかし、何かが引っかかる、ワルドの変わらぬ笑顔が、なぜかとても冷たいものに見えた。 ワルドは戸惑い恥ずかしがるルイズの様子を、肯定の意思表示と受け取った。 ウェールズの前で、ルイズとワルドは並び、一礼する。 「では、式を始める」 王子の声が、ルイズの耳に届く。 「新郎、子爵ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド。汝は始祖ブリミルの名において、このものを敬い、愛し、そして妻とすることを誓いますか」 ワルドは重々しく頷いて、杖を握った左手を胸の前に置いた。 「誓います」 ウェールズはにこりと笑って領き、今度はルイズに視線を移した。 「新婦、ラ・ヴァリエール公爵三女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール……」 朗々と、ウェールズが誓いのための詔を読みあげる。 相手は憧れていた頼もしいワルド、自分の父とワルドの父が交わした、結婚の約束が、今まさに成就しようとしている。 ワルドのことは嫌いではない、しかし… 「新婦?」 ウェールズがこっちを見ている。ルイズは慌てて顔を上げた。 「緊張しているのかい? 仕方がない。初めてのときは、ことがなんであれ、緊張するものだからね」 にっこりと笑って、ウェールズは続けた。 「まあ、これは儀礼に過ぎぬが、儀礼にはそれをするだけの意味がある。では繰り返そう。汝は始祖ブリミルの名において、このものを敬い、愛し、そして夫と……」 そしてルイズは思い出す。 スタープラチナが視た映像を。 桟橋で、ルイズの前に現れた、仮面の男。 その男の背丈は、ワルドと完全に一致する。 顔に被った仮面も、ワルドの変わらぬ笑顔を象徴するかの如くだった。 そして何よりも、ワルドは風のスクエアであるという事実。 風の魔法には、偏在の魔法という、分身を作り出す魔法がある。 偏在とは、空気が『色』と『形』を持ち、見た目こそ魔法を詠唱したメイジと変わらぬ姿を出現させるが、その中身は言わば『雲』だ。 ルイズの傍らに立つ使い魔、スタープラチナの腕が、承太郎の心臓を止めた時のように、ワルドの身体に入り込んでいた。 ワルドの身体の中には、内蔵の感触が無かった。 「新婦?」 「ルイズ?」 二人が怪訝な顔で、ルイズの顔を覗き込む。 ルイズはワルドに向き直り、悲しい表情を浮かべて首を横に振った。 「どうしたね、ルイズ。気分でも悪いのかい?」 「違うの…」 「日が悪いなら、改めて……」 「そうじゃない、そうじゃないの。ワルド、わたし、あなたとは結婚できない」 いきなりの展開に、ウェールズは首をかしげた。 「新婦は、この結婚を望まぬのか?」 「そのとおりでございます。私は…分身と結婚しようとは思いません」 ウェールズは困ったように首をかしげたが、『分身』の意味するところに気づき、真剣な表情でワルドを見た。 ワルドはウェールズに見向きもせずに、ルイズの手を取った。 「……緊張してるんだ。そうだろルイズ。きみが、僕との結婚を拒むわけがない」 「さわらないで!」 ルイズがワルドの手をはねのける、するとワルドはルイズの肩を掴む。 ワルドの目はつりあがり、既に笑顔はない、まるでトカゲか何かを思わせる表情に変わった。 「ルイズ。僕は世界を手に入れる! そのためにきみが必要なんだ!」 ルイズはワルドの手から逃れようと後ろに飛ぶ、そしてウエールズがワルドとルイズの間に割って入り、ワルドを制止した。 「なんたる無礼!なんたる侮辱だ! 子爵よ、風が教えてくれている、本体は扉の外に隠れているな!」 そう言ってウェールズはウインド・カッターを唱え、ワルドの身体を切り裂く、するとワルドの身体は霧のように霧散して消えた。 それと同時に、礼拝堂の扉が開かれた、そこにはワルドと、城の衛士の死体が転がっていた。 ワルドの表情は怒りでもなく、笑顔でもない。しかし無表情でもない、言うなれば冷たい表情で、じっとルイズを見つめていた。 「君はなんたる無礼な振る舞いをしたのだ!我が魔法の刃は、きみ決して許しはせぬぞ!」 ウェールズの言葉を意に介さず、ワルドは礼拝壇に向けて歩き出した。 「この旅で、きみの気持ちをつかむために、随分努力したんだが……」 「よく言うわ」 「こうなってはしかたない。ならば目的の一つは諦よう」 ワルドは唇の端をつりあげると、禍々しい笑みを浮かべた。 「この旅における僕の目的は三つだ、その二つが達成できただけでも、よしとしなければな」 そう言いながらワルドは、ウェールズを指さした。 「まず一つはきみだ。ルイズ。きみを手に入れることだ。しかし、これは果たせないようだ」 ルイズは黙っていた、ウェールズもワルドを警戒しながら杖を向ける。 「二つ目の目的は、ルイズ、きみのポケットに入っている、アンリエッタの手紙だ」 ルイズも杖を抜き、魔法の詠唱を始める。 「そして三つ目……」 ワルドの『アンリエッタの手紙』という言葉で、すべてを察したウェールズが呪文を詠唱した。 しかし、ワルドは二つ名の閃光のように素早く杖を引き抜き、一瞬で呪文の詠唱を完成させた。 礼拝堂の入り口から、目にも止まらぬ速度でウェールズへと接近したワルド。 ウェールズの胸を、魔法をまとった杖で貫こうとした、そのとき、ルイズの身体が何かを『超えた』 『最初は幻覚だと思った、 訓練された戦士は、相手の動きが超スローモーションで見え、 死を直感した人間は、一瞬が何秒にも何分にも感じられるあれだと思った。 だけど、私は、 その静止している空間を、二歩、三歩と駆けて、ウェールズ殿下の身代わりになることができた、 幻覚では、なかったんだ…」