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サブ・ゼロの使い魔 第二章 傅く者と裏切る者 ――また、あの夢だった。古びた部屋にいる、誰かになった自分の夢。 だが、今回はいつもと違った。ルイズがその夢を知覚したと同時に、全ての霧はざあっという音と共に消え去り――そしてその瞬間、ルイズは部屋にいる男達のことをまるで遥か昔から知っているように理解していた。 後ろのソファに座って仲良く話している二人・・・ソルベとジェラート。 椅子に座ってテーブルの上の変な物体を叩いている男・・・メローネ。 椅子の背に手を置いて彼の肩越しにそれを覗き込んでいるのは、イルーゾォ。 立ったまま壁に背を預けて本を読んでいるリゾットは、たまにこちらを見てはやれやれといった顔をしている。 そして先ほどから二人して自分に怒鳴り続けているのはホルマジオとプロシュート。 二人がかりの説教を喰らっている自分は・・・そう、ギアッチョだった。 「ギアッチョッ!何度言ったら分かるんだてめーッ!!」 プロシュートが上半身を乗り出して怒鳴っている。 「しょーがねーなぁぁぁ これで何冊目だっつーんだよギアッチョさんよォォ」 右手に持った本だったものの残骸をバンバンと叩きながらホルマジオもプロシュートに加勢するが、当のギアッチョはどこ吹く風で受け流す。 ・・・というか全く聞いていない。 「何で3ページで打ち切りになるんだよォォォ~~~ッ!! ナメてんのかオレをッ!!クソッ!クソッ!!まそっぷって何だ!バカにしやがって!!」 イルーゾォが呆れた顔でプロシュート達を見る。 「だから言ったじゃあないか・・・ギアッチョにだけは物を貸すなってよォー」 「そのくらい諦めるんだな オレなんてパソコンを破壊されてるんだぜ」 同じく顔を上げたメローネはそう言って首を振った。ソルベとジェラートはそんな彼らをニヤニヤ笑いながら眺めている。 「外野は黙ってろッ!今日という今日は許さねぇぜギアッチョ!」 「仲間に対する敬意ってもんが足りねーんじゃあねーか?オイ」 プロシュート達の怒りは全く収まらないようだった。 「やれやれ・・・ お前達・・・その辺にしておけ そんなことをいくら言おうがギアッチョには通じないことぐらい知っているだろう」 パタンと本を閉じて、リゾットがリーダーらしく彼らを制止する。 プロシュートとホルマジオは「甘いぜリゾット」という視線を彼に向けるが、リゾットが続けて「ギアッチョ、お前は弁償しておけ」と言ったのを聞いてとりあえずその場は収めることにした。ギアッチョはその言葉に不満げな表情で財布を出し―― ――場面が飛んだ。 ギアッチョの前には古びた扉がある。決まったリズムでそれを叩くと、少ししてから軋んだ音を立てて扉が開いた。 「仕事は終わったぜ、リゾット」 扉を開けたリゾットにそう報告して、ギアッチョは中に入る。 彼に続いてメローネが入ってきたのを確認して、リゾットは彼らにねぎらいの言葉をかけた。 「・・・ま、今回もくだらねー仕事だったがよォォ どうせやるならもう少し面白みのあるやつを回してもらいてぇもんだ」 とギアッチョが言えば、 「簡単なのに越したことはないさ・・・ こんなはした金で命を捨てたくはないからな」 タッグを組んでいたメローネがそう答える。ギアッチョはフンと鼻を鳴らすとどっかりと椅子に腰を落とした。 と、ウヒャヒャヒャヒャという聞き慣れた笑い声が場に響き、ギアッチョ達は声を発した男に目を向ける。 ホルマジオはイルーゾォと机を挟んで向かい合っていた。 二人の横にはプロシュートが陣取り、奥のソファには相変わらずソルベとジェラートが座っている。 そして彼ら全員の視線が集まっているのは、テーブルの上にあるチェス盤だった。 ホルマジオは盤からイルーゾォに視線を移して言い放つ。 「チェックメイトだ オレの勝ちだぜイルーゾォ!」 「バ・・・バカな・・・ただのポーンなんかにィィィ!」 イルーゾォが信じられないという顔で叫ぶ。 「クハハハハハハッ!分かってねェーなァァ チェスって奴をよォォー! 駒の強さなんてもんは所詮ここの使い方一つだぜェェ~」 ホルマジオは人差し指で自分の頭をトントンと叩きながら言った。 「クッ・・・クソッ!再戦だ!もう一度やらせろ!」 「ダメだね ほら!とっとと賭け金をよこしなよイルーゾォよォ~!」 イルーゾォの願いをホルマジオはあっさり跳ね除けた。イルーゾォはしばらくの間「再戦の拒否は許可しないィィィー!」等と叫んでいたが、結局彼のスタンド、リトル・フィートにガッシリ押さえ込まれて財布から二割増しで金を抜き取られていた。 「やれやれ どきなイルーゾォ オレが仇をとってやるよ・・・なぁに、ボードゲームは得意なんだぜ」 メローネが自信たっぷりに椅子に座り、 速攻で敗北した。 部屋の隅で頭を抱えているメローネを尻目にギアッチョが挑み、敗北。プロシュートが挑み、敗北。ソルベが挑みジェラートが挑み・・・ 敗北。敗北。敗北。 「てめーイカサマやってんじゃねーだろーなァァーー!!」 「何逆ギレしてんだオイ!しょぉぉがねーなァァアァ!」 度重なる敗北についにギアッチョがブチ切れた。 その瞬間、今がチャンスとばかりにプロシュートがホルマジオを蹴っ飛ばし、そのスキにソルベとジェラートが彼に飛び掛り、イルーゾォが一瞬でその財布を奪い取り、メローネが皆の取り分を計算して分配した。 「ちょっ・・・何やってんだてめーらァァァ!!」 「うるせェェェ!勝負になるかボケッ!!」 七人はギャーギャーと騒ぎ続け、リゾットはそれをいつものことだというような眼で見つめていた。 そしてもう一人、ギアッチョの眼を通してルイズもまた彼らを見つめている。 喧嘩ばかりしているが、ルイズの眼には彼らはとても楽しそうに見えた。 常に四面楚歌で命のやり取りをしているからこそ、きっと彼らは死よりも強い絆で結ばれているのだろう。 バカ騒ぎを続ける彼らを、ルイズの心は羨ましそうに見つめていた。 そうしてルイズの夢はいくつもの場面を映し出す。しかしその内容は、徐々に不穏の色を帯びて来た。 場面が過ぎる度に、自分達の理不尽な待遇に、彼らのボスに対する不満は高まって行くのだった。 そして幾度目かの場面転換の後――ついにそれは起こった。 ドンドンドンドンドンドンッ!!! アジトの扉が猛烈に叩かれる。中で待機をしていたギアッチョとメローネ、そしてリゾットとプロシュートは一斉にスタンドを発現させた。 「おいッ!!開けろ・・・!!大変なんだよ!!ジェラートが殺されたッ!!」 「リゾットッ!!オレだ、ホルマジオだッ!!早くここを開けろォォォ!!」 決められたノックをしないことにリゾット達は不審を抱いていたが、その声はどう聞いてもイルーゾォとホルマジオだ。そして彼らが口にした言葉は、彼らにとってこれ以上なく衝撃的なものだった。 プロシュートのザ・グレイトフル・デッドを使って扉を開ける。最初に転がり込んできたイルーゾォの襟首を、ギアッチョが強引に掴んで引き上げた。 「てめーイルーゾォ!!タチの悪い冗談はやめろッ!!」 ギアッチョが人を殺しかねない剣幕で怒鳴る。しかしイルーゾォは苦渋に満ちた顔で答えた。 「嘘じゃない・・・!!『罰』と書かれた紙を身体に貼り付けて・・・ッ!!」 サイレントの魔法がかかったかのように、その場は静まり返った。 ――・・・そんな・・・嘘・・・ ルイズは崩れ落ちそうになった。勿論、今はリプレイされるギアッチョの幻に宿るただの意識である彼女には不可能なことであったが。 ギアッチョの仲間は、リーダーを除き全てが死んだ・・・それは理解しているはずだった。 しかしギアッチョを通して幾つもの場面を共有した今、ルイズに彼らの死を無関心に眺めることなど出来るはずがない。 だがそんな彼女の気持ちなど一顧だにせず、場面は無情に進んで行く。 ジェラートは自宅のソファで、恐怖に顔を引き攣らせて絶命していた。 「ジェラート・・・おいジェラートッ!!」 プロシュートがジェラートを揺さぶる。リゾットは彼の肩を掴んでそれを止めた。 「やめろ・・・プロシュート ・・・ジェラートはもう死んでいる」 「クソッたれがッ!!」 プロシュートは怒りを吐き捨てて立ち上がった。逆にメローネは、その場にがっくりと膝を落とす。 「・・・ボスだ・・・ボスの正体を探ったことがバレて・・・・・・」 ギアッチョは唇を噛んで怒りを耐えていた。ギリギリと音がするほど噛まれた唇からは、彼らの心を代弁するかのように血が流れている。 「・・・ホルマジオ イルーゾォ ソルベはどこだ?」 リゾットが二人に向き直るが、彼らは俯いたまま黙って首を横に振った。 「クソッ・・・!お前達・・・ソルベを探せ!!」 リゾットは焦燥感も露に叫んだ。 そして場面はまた一つ飛ぶ。 ギアッチョ達はアジトに集合していた。彼らの足元の床には、七十サント四方程の箱が数えて三十六個転がっている。 その箱にはガラスのケースに額縁を嵌めたようなものが入っていて、その中に何か気持ちの悪いものが、 ――・・・そんな 彼らは最後の一つまで開封して、やっとそれが何かに気付いた。 ――やめて ・・・いや、解ってはいたが・・・気付かない振りをしていた。彼らが送られてきた順にそれらを並べてみると、 ――お願いだからもうやめて・・・! 三十六個に斬り分けられた、輪切りのソルベが、 ――あぁあぁああああああぁああああッ!!! ルイズはいっそ気絶してしまえたらどんなに楽だろうかと思った。 しかし今はただギアッチョを通して彼の過去を見ている「意識」だけの状態であるルイズには、気絶どころか顔を覆うことも背けることも出来ず・・・彼らの為にただ涙を流すことすら出来なかった。 しかし、眼前の場面は冷徹なまでに滞りなく流れ続ける。自分達を嘲笑うかのように警告の道具としてソルベを惨殺したボスに、誰もが怒りを必死に押し殺す中―― バギャアッ!!! ギアッチョの我慢は限界を超えた。 「あの野郎ォオオォオォォオオーーーーーーーーーーーッ!!!!」 テーブルを叩き割り、ギアッチョは天地が割れんばかりの声で叫んだ。 「殺すッ!!!オレが殺してやるッ!!!」 額縁を梱包していた箱を踏み破りながら、ギアッチョは悪鬼の如き凶相で扉へと向かう。 プロシュートが「早まるんじゃあねぇ!」と手を伸ばすが、ギアッチョは彼に眼も向けずにその手を払いのけた。 しかし、その先でギアッチョの足がピタリと止まる。扉の前に、リゾットが立ちふさがっていた。 「どけよ・・・リゾット!!」 怒りに沸き立つギアッチョの双眸がリゾットを射抜く。しかしリゾットは充血した両眼でギアッチョの視線を真っ向から受け止めた。 「リーダーとして・・・ギアッチョ、お前を行かせるわけにはいかない」 「何故だッ!!」 ギアッチョは激昂して叫ぶ。 「ええ!?オレ達は一体何年屈辱に耐えてきた!?命を賭けて組織の敵を排除し続けてよォォーー・・・オレ達は文字通りパッショーネに命を捧げてきたッ!!いつか忠誠が報われる日が来ると信じてなァァ!! それが何なんだこのザマはッ!!オレ達の誇りだけじゃあ飽き足らず、ボスの野郎はソルベとジェラートを無惨に殺し・・・そしてその死まで侮辱したッ!!ここまでされてよォォォー!!一体いつまで耐え続けろっつーんだッ!!」 ギアッチョは怒りに任せてまくし立てた。 「落ち着けギアッチョ・・・! オレは・・・いや、オレ達の誰一人としてこの状況を受け入れている者はいない・・・ だが耐えるんだ!」 リゾットはそう言うと、ギアッチョが何かを言う前に続ける。 「ボスの正体を探ろうとしたんだ・・・オレ達が関わっていようがいまいが、ボスは既に・・・間違いなくオレ達を監視下に置いているはずだそんな状態で一体何が出来る・・・?刺し違えるどころか、ボスに辿り着くことすら出来ないだろう」 ギアッチョはぐっと言葉を詰まらせる。 「今は伏して耐えるんだ・・・ ボスを倒す『チャンス』が来るまで!」 リゾットの眼は『覚悟』している者の眼だった。ギアッチョは壁を一発猛烈な音を立てて殴りつけると、その拳を震わせながら収めた。 ルイズは今度こそギアッチョの気持ちを理解した。彼女の耳には、食堂でギアッチョが叫んだ言葉が木霊していた。 『オレ達の命は安かねェんだッ!!!』 これだけの言葉に、一体どれほどの無念が込められていたのだろう。 ルイズにはもう結末が分かっている。リゾットの部下は、全員が死亡する。 ならば例え彼がボスに打ち勝ったとしても、一体その勝利にはどれほどの意味があるのだろうか? 仲間を失くし、ボスを殺して生きる目的までも失ってしまったならば、リゾットはもはや一人で生きていけるのだろうか。 そして、殆ど全ての仲間を失って唯一人生きながらえてしまったギアッチョは? 己が立っていた足場を失い、拠り所にしていた支えも失い――彼は一体何を思って生きているのだろうか。彼は自分を命の恩人だと言う。だけどそれは本心からのものなのだろうか?自分はギアッチョに、ただ終わることすら許されない痛みを与え続けているだけなのではないか―― ルイズには何も解らない。ただひたすら辛く、そして悲しかった。
サブ・ゼロの使い魔 第二章 傅く者と裏切る者 ――また、あの夢だった。古びた部屋にいる、誰かになった自分の夢。 だが、今回はいつもと違った。ルイズがその夢を知覚したと同時に、全ての霧はざあっという音と共に消え去り――そしてその瞬間、ルイズは部屋にいる男達のことをまるで遥か昔から知っているように理解していた。 後ろのソファに座って仲良く話している二人・・・ソルベとジェラート。 椅子に座ってテーブルの上の変な物体を叩いている男・・・メローネ。 椅子の背に手を置いて彼の肩越しにそれを覗き込んでいるのは、イルーゾォ。 立ったまま壁に背を預けて本を読んでいるリゾットは、たまにこちらを見てはやれやれといった顔をしている。 そして先ほどから二人して自分に怒鳴り続けているのはホルマジオとプロシュート。 二人がかりの説教を喰らっている自分は・・・そう、ギアッチョだった。 「ギアッチョッ!何度言ったら分かるんだてめーッ!!」 プロシュートが上半身を乗り出して怒鳴っている。 「しょーがねーなぁぁぁ これで何冊目だっつーんだよギアッチョさんよォォ」 右手に持った本だったものの残骸をバンバンと叩きながらホルマジオもプロシュートに加勢するが、当のギアッチョはどこ吹く風で受け流す。 ・・・というか全く聞いていない。 「何で3ページで打ち切りになるんだよォォォ~~~ッ!! ナメてんのかオレをッ!!クソッ!クソッ!!まそっぷって何だ!バカにしやがって!!」 イルーゾォが呆れた顔でプロシュート達を見る。 「だから言ったじゃあないか・・・ギアッチョにだけは物を貸すなってよォー」 「そのくらい諦めるんだな オレなんてパソコンを破壊されてるんだぜ」 同じく顔を上げたメローネはそう言って首を振った。ソルベとジェラートはそんな彼らをニヤニヤ笑いながら眺めている。 「外野は黙ってろッ!今日という今日は許さねぇぜギアッチョ!」 「仲間に対する敬意ってもんが足りねーんじゃあねーか?オイ」 プロシュート達の怒りは全く収まらないようだった。 「やれやれ・・・ お前達・・・その辺にしておけ そんなことをいくら言おうがギアッチョには通じないことぐらい知っているだろう」 パタンと本を閉じて、リゾットがリーダーらしく彼らを制止する。 プロシュートとホルマジオは「甘いぜリゾット」という視線を彼に向けるが、リゾットが続けて「ギアッチョ、お前は弁償しておけ」と言ったのを聞いてとりあえずその場は収めることにした。ギアッチョはその言葉に不満げな表情で財布を出し―― ――場面が飛んだ。 ギアッチョの前には古びた扉がある。決まったリズムでそれを叩くと、少ししてから軋んだ音を立てて扉が開いた。 「仕事は終わったぜ、リゾット」 扉を開けたリゾットにそう報告して、ギアッチョは中に入る。 彼に続いてメローネが入ってきたのを確認して、リゾットは彼らにねぎらいの言葉をかけた。 「・・・ま、今回もくだらねー仕事だったがよォォ どうせやるならもう少し面白みのあるやつを回してもらいてぇもんだ」 とギアッチョが言えば、 「簡単なのに越したことはないさ・・・ こんなはした金で命を捨てたくはないからな」 タッグを組んでいたメローネがそう答える。ギアッチョはフンと鼻を鳴らすとどっかりと椅子に腰を落とした。 と、ウヒャヒャヒャヒャという聞き慣れた笑い声が場に響き、ギアッチョ達は声を発した男に目を向ける。 ホルマジオはイルーゾォと机を挟んで向かい合っていた。 二人の横にはプロシュートが陣取り、奥のソファには相変わらずソルベとジェラートが座っている。 そして彼ら全員の視線が集まっているのは、テーブルの上にあるチェス盤だった。 ホルマジオは盤からイルーゾォに視線を移して言い放つ。 「チェックメイトだ オレの勝ちだぜイルーゾォ!」 「バ・・・バカな・・・ただのポーンなんかにィィィ!」 イルーゾォが信じられないという顔で叫ぶ。 「クハハハハハハッ!分かってねェーなァァ チェスって奴をよォォー! 駒の強さなんてもんは所詮ここの使い方一つだぜェェ~」 ホルマジオは人差し指で自分の頭をトントンと叩きながら言った。 「クッ・・・クソッ!再戦だ!もう一度やらせろ!」 「ダメだね ほら!とっとと賭け金をよこしなよイルーゾォよォ~!」 イルーゾォの願いをホルマジオはあっさり跳ね除けた。イルーゾォはしばらくの間「再戦の拒否は許可しないィィィー!」等と叫んでいたが、結局彼のスタンド、リトル・フィートにガッシリ押さえ込まれて財布から二割増しで金を抜き取られていた。 「やれやれ どきなイルーゾォ オレが仇をとってやるよ・・・なぁに、ボードゲームは得意なんだぜ」 メローネが自信たっぷりに椅子に座り、 速攻で敗北した。 部屋の隅で頭を抱えているメローネを尻目にギアッチョが挑み、敗北。プロシュートが挑み、敗北。ソルベが挑みジェラートが挑み・・・ 敗北。敗北。敗北。 「てめーイカサマやってんじゃねーだろーなァァーー!!」 「何逆ギレしてんだオイ!しょぉぉがねーなァァアァ!」 度重なる敗北についにギアッチョがブチ切れた。 その瞬間、今がチャンスとばかりにプロシュートがホルマジオを蹴っ飛ばし、そのスキにソルベとジェラートが彼に飛び掛り、イルーゾォが一瞬でその財布を奪い取り、メローネが皆の取り分を計算して分配した。 「ちょっ・・・何やってんだてめーらァァァ!!」 「うるせェェェ!勝負になるかボケッ!!」 七人はギャーギャーと騒ぎ続け、リゾットはそれをいつものことだというような眼で見つめていた。 そしてもう一人、ギアッチョの眼を通してルイズもまた彼らを見つめている。 喧嘩ばかりしているが、ルイズの眼には彼らはとても楽しそうに見えた。 常に四面楚歌で命のやり取りをしているからこそ、きっと彼らは死よりも強い絆で結ばれているのだろう。 バカ騒ぎを続ける彼らを、ルイズの心は羨ましそうに見つめていた。 そうしてルイズの夢はいくつもの場面を映し出す。しかしその内容は、徐々に不穏の色を帯びて来た。 場面が過ぎる度に、自分達の理不尽な待遇に、彼らのボスに対する不満は高まって行くのだった。 そして幾度目かの場面転換の後――ついにそれは起こった。 ドンドンドンドンドンドンッ!!! アジトの扉が猛烈に叩かれる。中で待機をしていたギアッチョとメローネ、そしてリゾットとプロシュートは一斉にスタンドを発現させた。 「おいッ!!開けろ・・・!!大変なんだよ!!ジェラートが殺されたッ!!」 「リゾットッ!!オレだ、ホルマジオだッ!!早くここを開けろォォォ!!」 決められたノックをしないことにリゾット達は不審を抱いていたが、その声はどう聞いてもイルーゾォとホルマジオだ。そして彼らが口にした言葉は、彼らにとってこれ以上なく衝撃的なものだった。 プロシュートのザ・グレイトフル・デッドを使って扉を開ける。最初に転がり込んできたイルーゾォの襟首を、ギアッチョが強引に掴んで引き上げた。 「てめーイルーゾォ!!タチの悪い冗談はやめろッ!!」 ギアッチョが人を殺しかねない剣幕で怒鳴る。しかしイルーゾォは苦渋に満ちた顔で答えた。 「嘘じゃない・・・!!『罰』と書かれた紙を身体に貼り付けて・・・ッ!!」 サイレントの魔法がかかったかのように、その場は静まり返った。 ――・・・そんな・・・嘘・・・ ルイズは崩れ落ちそうになった。勿論、今はリプレイされるギアッチョの幻に宿るただの意識である彼女には不可能なことであったが。 ギアッチョの仲間は、リーダーを除き全てが死んだ・・・それは理解しているはずだった。 しかしギアッチョを通して幾つもの場面を共有した今、ルイズに彼らの死を無関心に眺めることなど出来るはずがない。 だがそんな彼女の気持ちなど一顧だにせず、場面は無情に進んで行く。 ジェラートは自宅のソファで、恐怖に顔を引き攣らせて絶命していた。 「ジェラート・・・おいジェラートッ!!」 プロシュートがジェラートを揺さぶる。リゾットは彼の肩を掴んでそれを止めた。 「やめろ・・・プロシュート ・・・ジェラートはもう死んでいる」 「クソッたれがッ!!」 プロシュートは怒りを吐き捨てて立ち上がった。逆にメローネは、その場にがっくりと膝を落とす。 「・・・ボスだ・・・ボスの正体を探ったことがバレて・・・・・・」 ギアッチョは唇を噛んで怒りを耐えていた。ギリギリと音がするほど噛まれた唇からは、彼らの心を代弁するかのように血が流れている。 「・・・ホルマジオ イルーゾォ ソルベはどこだ?」 リゾットが二人に向き直るが、彼らは俯いたまま黙って首を横に振った。 「クソッ・・・!お前達・・・ソルベを探せ!!」 リゾットは焦燥感も露に叫んだ。 そして場面はまた一つ飛ぶ。 ギアッチョ達はアジトに集合していた。彼らの足元の床には、七十サント四方程の箱が数えて三十六個転がっている。 その箱にはガラスのケースに額縁を嵌めたようなものが入っていて、その中に何か気持ちの悪いものが、 ――・・・そんな 彼らは最後の一つまで開封して、やっとそれが何かに気付いた。 ――やめて ・・・いや、解ってはいたが・・・気付かない振りをしていた。彼らが送られてきた順にそれらを並べてみると、 ――お願いだからもうやめて・・・! 三十六個に斬り分けられた、輪切りのソルベが、 ――あぁあぁああああああぁああああッ!!! ルイズはいっそ気絶してしまえたらどんなに楽だろうかと思った。 しかし今はただギアッチョを通して彼の過去を見ている「意識」だけの状態であるルイズには、気絶どころか顔を覆うことも背けることも出来ず・・・彼らの為にただ涙を流すことすら出来なかった。 しかし、眼前の場面は冷徹なまでに滞りなく流れ続ける。自分達を嘲笑うかのように警告の道具としてソルベを惨殺したボスに、誰もが怒りを必死に押し殺す中―― バギャアッ!!! ギアッチョの我慢は限界を超えた。 「あの野郎ォオオォオォォオオーーーーーーーーーーーッ!!!!」 テーブルを叩き割り、ギアッチョは天地が割れんばかりの声で叫んだ。 「殺すッ!!!オレが殺してやるッ!!!」 額縁を梱包していた箱を踏み破りながら、ギアッチョは悪鬼の如き凶相で扉へと向かう。 プロシュートが「早まるんじゃあねぇ!」と手を伸ばすが、ギアッチョは彼に眼も向けずにその手を払いのけた。 しかし、その先でギアッチョの足がピタリと止まる。扉の前に、リゾットが立ちふさがっていた。 「どけよ・・・リゾット!!」 怒りに沸き立つギアッチョの双眸がリゾットを射抜く。しかしリゾットは充血した両眼でギアッチョの視線を真っ向から受け止めた。 「リーダーとして・・・ギアッチョ、お前を行かせるわけにはいかない」 「何故だッ!!」 ギアッチョは激昂して叫ぶ。 「ええ!?オレ達は一体何年屈辱に耐えてきた!?命を賭けて組織の敵を排除し続けてよォォーー・・・オレ達は文字通りパッショーネに命を捧げてきたッ!!いつか忠誠が報われる日が来ると信じてなァァ!! それが何なんだこのザマはッ!!オレ達の誇りだけじゃあ飽き足らず、ボスの野郎はソルベとジェラートを無惨に殺し・・・そしてその死まで侮辱したッ!!ここまでされてよォォォー!!一体いつまで耐え続けろっつーんだッ!!」 ギアッチョは怒りに任せてまくし立てた。 「落ち着けギアッチョ・・・! オレは・・・いや、オレ達の誰一人としてこの状況を受け入れている者はいない・・・ だが耐えるんだ!」 リゾットはそう言うと、ギアッチョが何かを言う前に続ける。 「ボスの正体を探ろうとしたんだ・・・オレ達が関わっていようがいまいが、ボスは既に・・・間違いなくオレ達を監視下に置いているはずだ そんな状態で一体何が出来る・・・?刺し違えるどころか、ボスに辿り着くことすら出来ないだろう」 ギアッチョはぐっと言葉を詰まらせる。 「今は伏して耐えるんだ・・・ ボスを倒す『チャンス』が来るまで!」 リゾットの眼は『覚悟』している者の眼だった。ギアッチョは壁を一発猛烈な音を立てて殴りつけると、その拳を震わせながら収めた。 ルイズは今度こそギアッチョの気持ちを理解した。彼女の耳には、食堂でギアッチョが叫んだ言葉が木霊していた。 『オレ達の命は安かねェんだッ!!!』 これだけの言葉に、一体どれほどの無念が込められていたのだろう。 ルイズにはもう結末が分かっている。リゾットの部下は、全員が死亡する。 ならば例え彼がボスに打ち勝ったとしても、一体その勝利にはどれほどの意味があるのだろうか? 仲間を失くし、ボスを殺して生きる目的までも失ってしまったならば、リゾットはもはや一人で生きていけるのだろうか。 そして、殆ど全ての仲間を失って唯一人生きながらえてしまったギアッチョは? 己が立っていた足場を失い、拠り所にしていた支えも失い――彼は一体何を思って生きているのだろうか。彼は自分を命の恩人だと言う。だけどそれは本心からのものなのだろうか?自分はギアッチョに、ただ終わることすら許されない痛みを与え続けているだけなのではないか―― ルイズには何も解らない。ただひたすら辛く、そして悲しかった。

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