ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ゼロの奇妙な白蛇 第十一話

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匿名ユーザー

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 漆黒のキャンバスに、赤の月が満ち、もう一方の月の色を侵食する夜。
 闇色と朱色に彩られた庭園を、一人の幼い少女が駆けていた。
―――はぁ……はぁ……はぁ……
 少女は、逃げていた。
 嘲笑、蔑み、劣等感。
 ありとあらゆる不の感情から逃げていた少女は、やがて一艘の船に辿り着いた。
―――はぁ……はぁ、はあ……
 短く呼吸を正し、船に乗り予め用意されていた毛布に包まった少女は、みっともなく泣き腫らしている。
「―――無様ね」
 少女しか居ないはずの船の上に声が響く。
 苛立ったようなその声は、思い出したくも無い過去の失敗を穿り返された人間のそれに似ている。
 誰にも見つからぬよう、声を押し殺し泣く少女だったが、不意にその顔が笑顔へと変化した。
 頬を紅く染め上げ、はにかみながら笑う少女の視線の先には羽根つき帽子を目深に被った一人の男性が立っていた。
「子爵……様」
 少女がその男性を知っているように、声の主もその男性を知っていた。
 幼き恋心の対象。
 そして、父と男性によって交わされている約束。
 男性に手を引かれ、恥ずかしそうに船から降りた少女は庭園を後にする。
 自分達を見つめている者の視線にまったく気がつかずに……
 それもそのはず。
 今、此処に展開されているのは、一人の少女の『記憶』
 普段は日常に埋もれ、決して掘り起こされない、過去の事象。
 それが、夢と言う幻燈機械に掛けられ、ただ一人の為に上映されているのだ。
 観客はただ一人。
 主役であり、脇役であり、脚本家であり、監督でもある存在。
 その存在は、自らの過去である少女に侮蔑と決別の溜め息を吐きだして、幻燈機械を停止した。



「夢……か」
 まどろみと陽射しに包まれ、何処と無く朦朧とした視線を漂わせる。
 視界にあるのは、木々が生え、涼しげな池が存在する庭園では無く、一年間住み続けている自分の部屋であった。
「ホゥ、今日ハ、ヤケニ早イ目覚メダナ」
「存外に失礼ね、あんた」
 椅子に座って、一枚のDISCを手で弄んでいるホワイトスネイクの軽口を適当に返事を返しながら、着替えをするルイズ。
 性別不詳のホワイトスネイクを前にして裸になる事に、微塵の羞恥心すら無い事が、そこから窺い知れる。
 手早く着替えを終えたルイズは、飽きずDISCを弄りとおしているホワイトスネイクに声を掛けて、さっさと食堂へと出かけていった。



 食堂で、やたらと豪勢な朝食を食べたルイズは、その足で今日の授業が行われる教室へと向かう。
 確か、今日の授業は、ミスタ・ギトーが講師を務めるはずだと思い出すと、朝からあまり良くは無かった機嫌が、一段と悪くなるのが分かった。
 ミスタ・ギトーは『風』が最強と言う持論を生徒達にも強要する先生であり、その冷たい論調と傲慢な態度に嫌っている生徒も少なくない。
 と言うより、ギトーを好きな奴を探すとなるとこの学院を、それこそ掘り返しても探さないと発見できないぐらいに嫌われている。
 ルイズも、その例に漏れず、ギトーの事を嫌っている生徒の一人だ。
 別に、何が最強と思うのは個人の勝手だ。
 しかし、その考えを無理矢理他人に強要するところが、ルイズは好きにはなれなかったのである。



「あら、今日は早いのね。ルイズ」
「ちょっとね……そういう貴方も早いのね」
 挨拶をしながら欠伸をするキュルケに、ルイズはそう聞き返すと、女の嗜みよ、となんだか良く分からない返答が帰ってきた。
 ともあれ、教室の隣同士の席に座って話をしていると、暫くしてタバサも教室に現れ、キュルケに誘われ、同じ机に席を置いた。
 女三人寄れば姦しいとは言ったもので、普段お喋りなキュルケはともかくとして、人並みに話すルイズと、普段まったく会話をしないタバサも、ぺちゃくちゃとお喋りに花を咲かせていた。
 そうこうしている内に、授業の始業時間となり、ミスタ・ギトーが髪色と同じ真っ黒なローブを揺らしながら教室の扉を開け、教壇に立った。
「では授業を始める」
 何の面白みも無く、淡々とした言葉遣いで始まりの挨拶をしたギトーに、生徒の大半は心の中で溜め息を吐いた。
 学生と言う身分は勉強しなければならないと言う事は分かっているが、どうしてもそこに娯楽性を求めてしまうものである。
 他の授業―――例えば、火の魔法の授業であるコルベールなどは、時々変な発明を授業で発表したりするが、
 あれはあれで、そこそこ受けが良い。無論、外す時もあるが。
 ともあれ、この授業は、娯楽性と言う点で言えば最低ランクのさらに下のランク外であり、生徒達はこの苦痛な時間が早く過ぎる事を祈っていた。
この時までは―――



「骨が燃え残るか心配なんですけど、私」
「何、心配には及ばない。君の炎は私のマントの切れ端すら燃やせないだろうからな」
 睨みあうキュルケとギトー。
 お互いに杖を引き抜き、すでに臨戦態勢だ。
 こうなった理由は簡単である。
 炎が最強であると言ったキュルケに、ギトーが、ならば君の力で証明してみせろとキュルケを挑発したのだ。
 始めは乗り気で無かったが、家の事を引き合いに出されると彼女としても本気を出すしかない。
 魔力で編まれた焔を、さらに巨大にさせた直径1メイルもの炎の弾は、喰らえば大火傷、下手をすれば命まで燃やし尽くされる程の火力を有している。
勝利を確信して焔を放つキュルケだったが、満を持して放った炎が掻き消され、自身もまた疾風によって吹き飛ばされた。
 その光景に誰もが息を呑む。
 普段、おちゃらけた態度で居る事の多いキュルケであるが、その実力は折り紙つきで、誰もが認める程であったからだ。
 だと言うのに、ギトーは、キュルケに勝った事が規定事実のように、
 少しの高揚も感じさせない声で『風』が最強であると言う、偉ぶった演説を始めた。
 ルイズは、そんな演説などクソ喰らえだった。
 吹き飛ばされるキュルケの身体を受け止めるように出現させたホワイトスネイクに彼女の身体を受け止めさせると、愛用の杖を握り締めて、こつこつと甲高い足音を響かせギトーへと向かっていった。
 ギトーは突然立ち上がった生徒に眉を顰めたが、今、自分が吹き飛ばした生徒と同じくフーケ討伐で名を上げた生徒だと知ると、特に注意もせず、教壇と同じ高さに降りてくるまで待ってから、先程と同じように挑発から会話を始める。
「ほぅ、どうやら、君も『風』が最強と言う事に異論があるらしいな、ミス・ヴァリエール。
 異論があるなら、先程の彼女のように私に魔法をぶつけてくると良い。
 何、君に使える魔法があればの話だがね」

 ギトーは、ホワイトスネイクの能力を知らない。
 基本的に生徒に関して無関心である為に、生徒よりもさらに重要度の低い使い魔の事など、どうでも良いからだ。
 その為、ギトーの中では、ルイズは魔法の使えない無能な生徒のままで時が止まっている。
 ルイズは、とりあえずギトーの挑発を無視してキュルケの傍へと歩み寄る。
 ギトーを如何こうするより、キュルケの体調の方が、重要度が高い為に。
「大丈夫、キュルケ?」
「平気よ。それにしても、ほんと、貴方の使い魔って有能ね。
 あんなちょっとの時間で、私を受け止めてくれるなんて」
 キュルケの言葉にルイズは、ちょっとだけムッとした。
 確かに助けたのはホワイトスネイクだが、そうなるように位置やタイミングを合わせたのは、自分だからだ。
 自分が行った行為に対する正当な賛美が無いと機嫌が悪くなる所は、まだ子供なルイズであるが、物事の切り替えの早さは、すでに他の人間と比べて特出するにまで至っている。
「それじゃ、ちょっと、あいつをとっちめて来るわね」
 杖の矛先をギトーへと向けるルイズに、キュルケは、にんまりと笑った。
「手加減ぐらいしてあげなさいよ」
「あら、目上の人に手心を加えるなんて失礼じゃない?」
 ルイズも釣られてニヤリと口元を吊り上げると、制服のポケットから一枚のDISCを取り出し、自分の頭へと差し込む。
 巻き添えを食らわないように自分の席へと戻ったキュルケは、タバサに耳打ちをして、学生席を全て風の防護膜で覆う。
 万が一の事態に備えた上の行動である。
 ギトーは、風の防護膜に素晴らしいと言葉を漏らして、興味深げにタバサの魔法を観察していた。
 彼にとって、ルイズなど眼中にすら入っていない。
 典型的なメイジの思想を持っている彼にしてみれば、メイジ以外など下等も下等。
 魔法を使えないルイズも、ご多分に漏れず下等に分類されている。

 そんな事を知ってか知らずか、ルイズは詠唱を完了させると足元の地面を変換させる。
 ルイズの魔法に、誰もが、『風』以外の属性を見下しているギトーですら唖然としてしまった。
 石造りの床を錬金よって、質量保存の法則とかを強引に無視させ、天井までの大きさを持つ岩にルイズは創り変えたのだ
「先に行っておきますけど、死なないでくださいね?」
 気持ち悪いぐらいに優しげな響きを持ったルイズの言葉と共に、その岩がギトーの方へと倒れていく。
 もはや、魔法だとかそういう次元の話では無い。
 相手は、火の玉でも無ければ氷の矢でも無く、土のゴーレですら無い、ただの岩の塊。
 圧倒的な質量で自分に倒れてくる、その塊に必死で魔法をぶつけるギトーであったが、吹き飛ばそうにも、あんな質量の物体を弾き飛ばす事など彼には出来ない。
 出来るのは、風によって、倒れてくる時間を引き延ばす事だけである。
「ぐっ、ぐぐ!!」
 魔法の連続使用による負荷によって、ギトーは精神が飛びそうになったが、必死に意識を繋ぎとめる。
 今、ここで意識を失えば自分の身体は…………
 その先は、考えたくも無い事柄だった。
「助け―――」
「命乞いなんてみっともないですよ、先生」
 醜く、命乞いをしようと声を上げようとしたが、岩の向こう側に居たルイズが、何時の間にかギトーの隣で、チェシャ猫のように耳元まで裂けた笑みを浮かべて立っている。
 ギトーは悟った。
 こんな笑みを浮かべる者に、命乞いなど意味が無い事を。
 そして、後悔した。
 自分は、こんな化け物みたいな哂いを浮かべる者に、戦いを挑んでしまったと言う事を。
「うっ、うおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
 すでに限界は来ていた。その限界を死にたくない一心で騙し続けていたギトーであったが、とうとう魔法の発動が止まり、岩の動きを遅くしていた風が無くなる。すると、岩は凄まじい速度でギトーに倒れこんだ。
 ルイズは、その叫び声を、まるでフルオーケストラを聴いているように、うっとりとした顔で耳に刻みながら、タクトの如く杖を振る。
「ぉぉぉぉぉおおおお…………お?」
 こつんと、ギトーの頭に石が当たった。
 岩がギトーを押しつぶす寸前、ルイズが錬金を解除した為に、元の質量に戻ったのだ。
 ルイズは、ギトーの先程までの醜態に満足したのか、何も言わずにキュルケとタバサが座っている席へと戻っていく。
「ちょっとやり過ぎだったんじゃない?」
「あれぐらいなら良い薬よ」
「良薬口に苦し」
 席へと戻ったルイズに少し困ったような調子で注意するキュルケと、ルイズの行動を肯定しているのか良く分からない言葉を呟くタバサ。
 そんな三人の様子を見ながら、ギトーはふらふらと教室を出て行く。
「やや! どうされました、ミスタ・ギトー、まだ授業中ですぞ!?」
 廊下に出ると妙に着飾ったコルベールと鉢合わせたので、授業の代役を頼むと、返事も聞かずにギトーは自室へと戻っていく。
 今日は、もう、誰とも話す気にはならなかった。
 ケツの穴に氷柱を突っ込まれかのように、おとなくしなってしまったギトーの態度は、『風』を最強と自負していた頃と比べると、見る影も無い程に衰えてしまっていた。



 同じ頃、燦々と太陽の光が降り注ぐ中、ご主人様から預かった洗濯物を干している才人は、同じく、洗濯物を干そうとしているシエスタと話し込んでいた。
本来なら生真面目な性格であり、仕事中の雑談などしないシエスタであったが、
才人と一緒の時だけは、どうしても仕事が疎かになり、会話を楽しんでしまう。
それが駄目な事だと理解はしているが、どうしてもそれに『幸福』を感じてしまうシエスタは、それを直そうとは思わなかった。
「へぇ、シエスタの故郷って、そんなに良いところなんだ」
「はい。片田舎ですけど、村の人は優しくて、山には色々な果実が実ってて、ほんと、平穏なところですよ」
 二人の会話は、何時の間にか故郷に関する話となっていた。
 自分の故郷、タルブ村を事細やかに説明するシエスタに、才人は楽しそうに笑っていたが、不意にシエスタの表情が曇る。
「あれ……どうかした?」
「あっ、いえ……あの、すいません、無神経な事を話して」
 申し訳そうに謝るシエスタに、はてと才人は首を傾げた。
 一体、今の何処に無神経な事があったと言うのか。
「えっと……なんで、シエスタは俺に謝ってるの?」
 疑問をそのまま口にすると、シエスタは益々、身を縮めて悲しそうな顔をする。
 正直、グッときた。
「だって……サイトさん……自分の故郷に帰れないのに、私、故郷の話をして……」
 シエスタの言葉に、才人は、手をぽんと叩いた。
 そうか、確かに帰れない人に、帰れる人間が自慢するのは失礼にあたる行為かもしれないが、特に自分はその事に対して何も感じていない。
「いや、俺、そういうのあんまり気にならないからさ。
 むしろ、シエスタが故郷の話を聞かせてくれるのは、凄く楽しいから、もっと聞きたいなぁ、とか思ってるけど」
 才人の返答に、シエスタは良かったぁと安堵の溜め息を吐き、豊満な胸をほっと撫で下ろした。
「でも――――――とか思わないんですか?」
「え?」
 聞こえなかった訳では無い。
 ただ、どうしてかその単語が脳内で理解できなかったので、才人はもう一度聞き返す。
 シエスタは、不思議そうに先程と同じ内容を繰り返した。
「ですから、故郷に帰りたいとか思わないんですか?」
「――――――――――――あっ」
 帰りたい――――――才人は、自分の中に在り得なかった、その発想に愕然とした。
 思えば、異世界である此処に迷い込み、シエスタの曽祖父が自分と同じ世界の人間かも知れないと聞かされた時でも、
 自分の頭に『帰る』と言う考えは浮かばなかった。
 何故ならその考えは………………無駄だから?
「サイトさん?」
「あっ……れ?……」
 シエスタの怪訝そうな声に、今まで考えていた事柄が思い出せなくなる。
「えっと……何の話だっけ……あぁ、そうだ、シエスタの故郷の話だったっけ?」
 何処と無く不自然な顔をした才人に、シエスタは何も言わず、心配そうな視線を向けてくる。
 才人は、自分の中に何か釈然としないものがあるのを感じながら、それについて考える事を放棄した。
 放棄せざるをえなかった
「そういえば、前、聞かせてくれたけど、シエスタの故郷に秘宝みたいなのがあるとか言ってたよね?
 それって、どんなものなの?」
 才人の何事も無かったかのような態度に、シエスタは何かを言おうとしたが、軽く頭を振ってから質問に答える。
「うちの曾御爺ちゃんが残したモノなんですけど……その『悪魔の牙』って―――」
「あっ、シエシエ、見つけた~!」
 シエスタの口から、なんだか物騒な単語が出るのと同時に、シエスタと同じメイド服に身を包んだ少女が、才人とシエスタの近くまで走ってきた。
「どうしたんですか、そんなに急いで?」
 同僚の慌しい雰囲気に、シエスタが尋ねると帰ってきた答えは意外なモノであった。
「王女様! アンリエッタ王女様が此処に来るんだって!!」
 メイドが息を切らしながら伝えた内容に、才人とシエスタはお互いの顔を見合わせた。



 四頭のユニコーンに引かれた特別製の馬車が、魔法学院の正門を通過し、姿を現すと、王女の到着を今か今かと待ち侘びていた生徒達は、一斉に杖を掲げた。
件の三人組も、他の生徒達と同じように杖を掲げていたが、心情は他の生徒とは若干違いがあった。
 キュルケは、清楚で穏やかな王女よりも自分の方が綺麗じゃないかと詰まらなそうな顔をしていた。
 タバサは、トリステインの王女自体にそこまで興味が無かったので、杖を掲げているだけで何も考えていない。
 強いて言うならば、今日の晩餐は、王女が来たお陰で豪勢になると考えていた。
 ルイズは、何か……遠い何かを見るような目でアンリエッタを見つめていた。
「思ウ所ガアルト言ッタ顔ダナ」
「別に……時間の流れって、無情って思っただけよ」
 隣に立つホワイトスネイクの声に、返答したルイズは、馬車が見えなくなると同時に部屋へと戻る為に、踵を返した。
 今のアンリエッタに、昔のような、見ると安心するような笑みは無かった。
 彼女の顔にあったのは、張り付いたかのような作り笑いのみ。
 幼少のみぎりに共に遊んだ少女は、あそこには居なかった。
 あそこには、ただの王女が居るだけ。
「ほんと……無情ね」
 ぽつりと、誰に言うでもなく呟いた言葉にホワイトスネイクは何も言わずに、ルイズの後に続くのだった。



 その夜、夢と同じような赤色の月が光を提供する部屋の中で、ルイズは熱心にホワイトスネイクと会話するタバサを見ていた。
 夜分遅いと言うのに、部屋に留まる蒼髪の少女にルイズは、頑張るものねぇ、と呟く。
「挑戦」
 一通りホワイトスネイクとの会話を終え、手に持っていた一枚のDISCをタバサは、何の躊躇いもなくDISCを挿し込み―――案の定苦しみ始めた。
「はぁ……ホワイトスネイク」
 落胆したかのようなルイズの声は、もう三度目だ。
 ホワイトスネイクは、その声に反応し、これもまた三度目となるDISCの強制排除を実行する。
「……失敗」
 自分の頭から抜き取られたDISCを渡されながら、苦々しげに呟くタバサだったが、何処と無く声に覇気が感じられない。
「今日ハココマデダ。ソロソロ、精神力ガ限界ダロウ」
 ホワイトスネイクの言葉に頷くタバサは、ルイズに一礼をしてから、よろよろとおぼつかない足取りで部屋から出て行こうと扉に手を掛け、掴まれた。
「そんな危なっかしい歩き方しか出来ないのに、部屋を追い出したんじゃ、私がキュルケに叱られるわ。
 少し、休んでいきなさいよ」
 語尾を強めるルイズに、タバサは思わず頷いてしまう。
 そのまま勧められるままに、テーブルの椅子に座るタバサだが、この申し出はありがたい。
 正直、眩暈と吐き気によって気分が最悪で、部屋まで歩けるか分からなかったからだ。
「でも、あんたも頑張るわよね……初日から、こんなに気合入れるなんて」
「…………」
「まぁ、『力』を使いこなせるようになれば、便利だから頑張るのは分かるけどね」
 あふ、と欠伸をして、眠たげにベッドに横になるルイズを見るタバサの瞳は、何時も通りの無感動を映している。
「相変わらず、人間味の無い眼をしているわね、あんた」
「自覚は無い」
「でしょうね。そんな眼、自覚してやってるとしたら、相当、性質が悪い奴だから」
 タバサの体調が回復するまで、取り留めの無い話を振っていたルイズであったが、扉のノック音が部屋に響くと同時に、半分閉じかけていた目を強制的に開かせ、扉の方へと視線を向けた。
 始めに長く二回、その後、短く三回ノックされたのを確認してから、ルイズは立ち上がり、扉を開けた。
 扉を開けると、そこには黒頭巾を被った少女が、頭巾と同じ色のマントを羽織って立っていた。
「まさか……」
 頭巾越しに分かる少女の顔立ちに、ルイズは驚きからか、言葉を漏らす。
少女は、ルイズの言葉に反応するように部屋へと入り、扉を閉めてから杖を振るった。
 ホワイトスネイクが警戒の色を濃くし、何時でも少女の頭蓋を砕ける位置に立っている事に気がついたタバサは、声を掛ける。
「魔法での仕掛けが無いか確認しただけ」
 その説明に、頭巾の少女は頷きながら頭に被った布を取り去る。
「驚いた」
 本当に驚いているのか、激しく疑う程に単調に呟かれたタバサの言葉は、頭巾を取り去った少女―――アンリエッタ王女へと向けられたものだった。



「姫殿下」
 アンリエッタ王女の眼前に居たルイズ、恭しく膝をついた。
 そこに、タバサは違和感を感じた。
 貴族たる事を、絶対として扱っているルイズにしては珍しく、その仕草に何処と無く不自然さが付き纏っていたからだ。
「あっ、ほら、あんたもさっさと―――」
「良いのよ、ルイズ。貴方のお友達なら、私にとってもお友達だもの。
 ルイズも、ほら、立ち上がって。友達に対して膝をつく人なんて居ないでしょう?」
 優しげであり、母親に抱かれるような抱擁感を覚えさせる声に、タバサは思わず息を呑む。
 なるほど、確かに王女と言うだけはある。
 風格と仕草、それに何者をも癒すかのような声には、カリスマに満ち溢れていた。
 普段から、トリステインの王族は執政者としては他の王族に格段に劣っていると聞き及んでいたタバサは、よくそれで国が動いていると思っていたが、なるほど、このカリスマは、王族としては一流だ。
 そこまで考えて、不意にタバサの顔に影が落ちた。
 それは如何なる思考の果てなのか、無感動を歌うはずの彼女の瞳は、その時ばかりは揺れに揺れていた。
 幸い、昔話に花を咲かせている、ルイズとアンリエッタは気付かなく、気付いたホワイトスネイクも別に声を掛ける義理も無いので放っておいた為に、彼女の思いが外に出る事は無かった。



「あの頃は……本当に楽しかったわね、ルイズ」
 昔話が一頻り済んだ時に、アンリエッタはぽつりと懐かしむように呟いた。
「えぇ、本当に……」
 それに対して相槌を打つルイズは、今朝見たアンリエッタと、今のアンリエッタの違いに内心、物凄く驚いていた。
 あの時は、作り笑いを浮かべ、民に対して手を振るうだけの人間になってしまったと思っていたが、今、こうして目の前で話すと、昔のままのアンリエッタが存在している。
(人間って、凄く便利な生き物なのね)
(何ヲ今更。人ハ、誰彼モ欺イテ生キテイケル、唯一ノ生キ物ダゾ?)
 呆れたようなニュアンスを含んだホワイトスネイクからの返答に、そうなのかしら、と思いながら、ルイズはアンリエッタの言葉に返答していく。
 だが、話の合間に溜め息を吐き続けるアンリエッタに、ルイズは眉を顰めた。
 タバサに顔を向けると、彼女もまたルイズと同じ結論なのか首を縦に振る。
「あの……姫様、どうかなさったんですか?」
「えっ?」
「先程から溜め息ばかりを……何か、悩み事があるのでは?」
 疑問系で聞いたルイズだったが、アンリエッタに何か悩み事が存在する事は確信していた。
 思えば、もう何年も会っていない友人に会いに来て昔の話をしたのも、恐らくはその悩みで磨耗した気を紛らわす為だったのだろう。
「あぁ、ルイズ……やはり、貴方には分かってしまうのね。昔から友達である貴方には……」
 誰でもあんなに溜め息を吐けば分かると言うものだが、それに突っ込むものは居ない。
 ともあれ、アンリエッタは、眼を真っ直ぐルイズへと向けようとしたが、その前に、椅子に座っているタバサへと視線が逸れた。
「すいません。この話は国の重要事項であり、信頼の置ける人物にしか……」
「分かった」
 申し訳無さそうに述べるアンリエッタに、タバサは立ち上がり、一礼してから部屋の扉に手を掛ける。
 調子の悪さも、きちんと歩けるぐらいには回復していた。
「じゃあね、また明日……かしら」
 後ろから掛けられたルイズの言葉に、振り返らずに頷いたタバサは、服のポケットに入っているDISCの重さを確かめながら、部屋を後にした。
「これで、今、この部屋に居るのは、私と私の使い魔のみ……話していただけますか、姫様」
 タバサが完全に遠のいたのを確認してから、ルイズがそう言うと、アンリエッタは重々しく頷き口を開いた。
「そうですね…………では、話しましょう。私が、夜も眠れぬ程に悩む事柄を―――」
 憂いを張り付かせ、笑みが掻き消えたアンリエッタの表情に、今更ながら、厄介事に巻き込まれる事になると気が付いたルイズであった。




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