ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

第三話 キザ男

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「なあギーシュ、お前、今は誰と付き合ってるんだよ」
「そうそう、誰が本命の恋人なんだ? ギーシュ!」

ミスタ・コルベールの研究室を退室し、昼食に出向いたルイズと別れたシュトロハイムは学院の中庭を歩いていた。

「だーかーら、いつも言っているだろう? 薔薇は己を愛でてくれる者のためにこそ咲く。
僕も薔薇と同じように、この美しさを理解してくれるもの全てを満足させる義務がある」

暖かい春の陽気が照らす青い芝生、そこに並べられた白いベンチで話しこんでいる男子学生たち。
話題の中心は、中央に座る金色巻き髪の少年。純白で糊の効いたシャツのポケットに、赤い薔薇を一輪挿している。

「だから僕の愛は、僕に恋する全ての女人たちに降り注がねばならない。
大変残念なことだけど、特定の一人を『恋人』とし、彼女だけを愛するなどという行為は、僕には許されていないのさ!」

    ハルキゲニアのドイツ軍人

   第三話   キザ男




少年のその言葉を聞いて、シュトロハイムは額に皺を寄せる。
典型的な、『イタリア人』タイプだ。
あんなことを言っているが、一人寂しそうな女の子を見ると、『相手をしてあげなくては……』と思ってしまうに違いない。
もしかしたら、そのためにつく嘘は『正しいこと』と信じてさえいるかもしれない。
気障な笑いを振りまいて友人たちの質問をかわす彼の様子は、シュトロハイムにかつて出会った波紋使いのことを思い出させる。
交わした会話はほとんどないが、あのジョセフ・ジョースターとスイスの雪山で信じられないようなコンビネーションプレーを見せた男だ。
その後『柱の男』との戦いで命を落としたと聞いた。

「チィ! 今はセンチになどなっている時ではないわ!」

揺れた心の原因は、男の死そのものに対してか、はたまた男が死んだ『元の世界』に対する望郷の念か。
どちらにしてもシュトロハイムは、その感情を無用なものとして排斥する。
自分は軍人だ。果たすべきは任務だ。心の震えなど、必要ない。

「ん?」

戻した視線のその先で、先ほどの少年のポケットからガラスの小壜が転がり落ちた。
落ちた小壜に気付いたのは、シュトロハイムだけではなかった。
ベンチ周辺のカフェテリアで給仕に当たっていた少女が、小瓶を拾い少年に駆け寄る。

「ミス・グラモン、ポケットからこちらが」


少女が少年に、小瓶を差し出す。声に振り返った少年の顔が、唐突に固まる。
原因は給仕係の少女――いやちがう、彼女が手にしたガラスの小壜だ。
グラモンと呼ばれた少年の目が、右に、左に、素早く動く。視線の先にあったのは、制服を着た二人の少女。

――二股、か……

小壜は、胸に薔薇という少年のセンスとは若干ずれたデザイン。あの少女たちどちらかからのプレゼントなのだろう。
その存在が公になれば、彼に取っては身の破滅……とまではいかなくとも二人の少女にひどい目に合わされるのは疑いの余地がない。
自分には関係ないことと振り返ろうとしたシュトロハイムだが、ふと思い返して少年たちのほうに足を運ぶ。

――こんなことは、自分の役柄とは合わんのだがなぁ

そう、どちらかといえばこれはJOJOあたりがやりそうなことだ(いや、彼の場合は火に油を注ぐだけか)。
キザ男に手を差し伸べるなどという似合わぬことをする気になった理由は、先ほど思い出した波紋使いのイタリア人に対する下らぬ感傷。

「いいやお嬢さん、その壜は私が落としたものだ」

自身の体で少年と二人の女生徒を遮りつつ、シュトロハイムは給仕の少女に言った。


「え……あなたは、ミス・ヴァリエールが召喚した使い魔の……」
「シュトロハイムだ」

一礼と共に、少女が手にしていた壜を自分のポケットに滑り込ませる――壜が、二人の少女の目に触れないように注意して。
少年の顔に安堵が浮かぶ、が、安心するのは少々早すぎたらしい。

「あれ、その壜ってモンモランシーの香水じゃないのか?」
「そうだ! その鮮やかな紫色は、モンモランシーが自分のためだけに調合している香水だぞ!」
「ええー、何でゼロのルイズの使い魔がモンモランシーの香水を持っているんだ?」

少女たちのみに注意を向けた結果無視することになっていた少年の友人たちが、壜を目にして騒ぎ立てる。

「い、いや、これは……『落ちていた』のだ、『落ちていたのを一回拾ってまた落とした』のだよ!」

――ち、ちくしょー、ドジこいたー、やっぱり慣れないことなんてやるもんじゃねー!

内心で舌打ちを鳴らしながら、壜を持っていた理由を適当にでっち上げようとする。
その口調が余りにも真剣すぎて逆に嘘臭くなっていることに、無論シュトロハイムは気付いていない。
助けてやったはずの少年は、『僕には何の関係もないことだぜ!』とばかりに中庭を後にしようとしていた。


「私の、香水?」

少年が見詰めていた少女の一人が、騒ぎを聞きつけてやってくる。
彼女が、モンモランシーなのだろう。キラリと目を輝かせたその少女は、シュトロハイムの前に立つとまず礼儀正しく頭を下げた。

「確かにこれは、私のものですわ。拾ってくださってありがとう。午前の授業中、講義棟で落としたのだと思いますわ」
「そ、そうか。俺もそこで拾ったのだ」
「あらいやだ、申し訳ありません、勘違いをしておりました。なくしたのは今朝、食堂ででした。そこで見つけていただいたのですね」
「ああ、そうだったそうだっ、」
「いやですわ私ったらまた間違えて、食堂で落としたのはハンカチで、壜は昨日の演習場ででしたわ。拾っていただいたのもやはりそちらで?」
「そうそう、こちらもどうも忘れっぽくて。拾った場所は演習場……ハッ!」

しどろもどろのシュトロハイム、自分が眼前のモンモランシーに誘導されていることにようやく気付く。だが、もう遅い。

「――でも私、実は香水の壜は『失くしていません』の」

モンモランシーの顔に浮かんでいた笑みが、一瞬にして霧消する。

「なので私、あなたがどうしてその壜を持っているのかとても知りたく思いますの。
答えてくださいますわよねぇ、何しろこれはもう、質問というよりも尋問なのですから」
「グゥ、ヴゥゥ……」

笑顔こそ消したものの、モンモランシーの口調はあくまで丁寧な敬語のまま。だが今は、それが逆に恐ろしい。
冷や汗を垂らし、無意識に一歩、二歩と下がったシュトロハイム。

「まあまあ、落ち着きたまえ、モンモランシー」

彼に助け舟を出したのは、先ほどの少年だった。


「ギーシュ! でも、」
「使い魔になった幻獣は特別な能力を身につけることもあるときいたことがあるよ。
今回はきっと、その能力――多分君の香水のような価値あるものを収集する能力かなにか――が暴走してしまっただけなんじゃあないかな?」

ギーシュと呼ばれた少年の言葉に、モンモランシーは頬を赤くして頷く。
言っていることは正直かなり強引だが、それでも素直に聞き入れてしまうのは彼女が彼に惚れているからか。

「何しろ彼は昨日召喚されたばかりの使い魔なんだ。それもあの、『ゼロのルイズ』のね。
だからこれくらいのことは多めに見てあげるべきだろう。
ただしシュトロハイム君、君もモンモランシーの香水を勝手に取ってしまったのだから、素直に彼女に謝るべきだ」
「あ、ああ……すまな――」
――って、ちょっと待て!!

ついうっかり、促されるままに謝りかけたシュトロハイムは、間一髪で正気に返った。
そもそも今の状態は、『ギーシュが壜を落とした』のが原因だ。なのに何故、泥棒扱いの侮辱をうけ、謝罪までせねばなんのだ? 
確かに機転を効かせ、このキザ男のため『自分が壜を落とした』と嘘をついたのはシュトロハイムの独断だ。
それ自体に、非があるというのならば百歩譲って受け入れもしよう。
しかしこの男は、『シュトロハイムが壜を盗んだ』ことを、自分が『ルイズの使い魔』だから仕方ないと言ったのだ。
ここで謝るということは、シュトロハイムだけでなく主人である(ということに何故かなっているらしい)ヴァリエール嬢に対する侮辱までもを受け入れること。
一人の男のプライドのために何のかかわりもない女性をだしにするなど、断じて許される行為ではない。
だが、ならばどうすべきか? 
『壜を落としたのが誰なのか』をモンモランシーに告げるのが恐らく一番簡単だ。
しかし始めに『自分が落とした』と言ったのは、二股をかけているのだろうギーシュ・ド・グラモンをかばったのは、このシュトロハイムの独断意思。だから、

――男が、一度そうすると決めたことを翻せるか!


「いいや、謝らんぞ」

頷きかけた首を横にふり、シュトロハイムはモンモランシーの目をまっすぐ見返す。
ギーシュの顔が、サッと青褪めた。

「どこでかは言えん、だがこの壜は落ちていたのを俺が拾い今再び落としたものだ。くすねたり盗んだりしたものではない!」
「そのようなお話を、誰が信じると思われまして? 
私は『壜を失くしてはいない』と言いましたのよ。
なのに誰が、拾った場所を言えないというあなたのお話を信じることができましょうか?」

モンモランシーの、反論。全くもって尤もだ。だが、ここで怯むわけにはいかない。
『本当の壜の落とし主を言わない』、『謝罪もしない』、この二つを両立させるという困難を達成する方法は、嘘を吐き通すことしかない。

「ならばおまえ、ええと、ああ、たしかモンモランシーといったか」
「そうですわ、それが何か?」
「逆に問おう、この壜がおまえのものだという明確な証拠はどこかにあるのか」
「なにを言うかと思えば……その紫色こそが、私の香水だという明確なしるし」
「それはおまえがそう言っているだけ、同じ色の香水を持つものが、他にいないとは言い切れない」
「まさか、そんなこと……あ、え、でも――」

モンモランシーの威勢が、若干そがれる。
気付いたのだろう、同じ色の香水を持つもう一人の人間に。片目でちらりと、ギーシュのほうを向く……って、これじゃあ『本当の落とし主』を間接的に告げたことになってしまうのか? 
まあいい、落とし主の『名前』は『自分は』言っていない。
哀れギーシュ、二股発覚――と、思ったシュトロハイムだったが、次の展開は彼の予想を超えていた。



「………………決闘だ、シュトロハイム君!!」
「なにぃ!?」
「君は『謝るべきだ』という僕の提案を退けた。これは、貴族である僕に対する侮辱に当たる!」
「はあ。」
「このギーシュ、グラモン家の末席に連なるものとして、受けた侮辱をこのままにしておくことはできない!」
「――それで?」
「だから、決闘だ! 『盗った女は返さなくても、受けた侮辱は必ず返せ』――わがグラモン家の家訓に従って、君に礼儀というものを教育してやろう」

唖然とするシュトロハイム、彼よりも一足先に、モンモランシーが我に返る。

「でもギーシュ、これは私の香水の壜に関する問題で……」
「ああ、そうかもしれないねモンモランシー。
でも使い魔ごときにあのような態度を許し、侮られたままにしておくのは僕の背負う『グラモン』の名が許さないのだ。
だからどうか、お願いだから、この件に関する憤りを胸に収め、シュトロハイムという使い魔との決闘の権利を僕に譲ってはくれまいかい?」
心の底から、本当に申し訳なさそうにギーシュは言う。まるでシュトロハイムがギーシュ,モンモランシー共通の親の敵か何かのように。
モンモランシーの目をまっすぐに見つめる。自分の勝手なわがままを、どうか許してほしいと懇願する。
一秒、二秒、三秒――不意に逸らされるギーシュの視線。
伏せた瞳が語っている……ああ、許してくれないんだね、モンモランシー。悲しいよ。
でもそれも、仕方がないのかもしれない。だって彼を罰する権利は、誰よりも先に君が持っているものなのだから……

「分かったわ、ギーシュ、譲るわ」

その物憂げなギーシュの瞳に、モンモランシーはあっさりと陥落した。


「譲るわ、ギーシュ、決闘の権利を。あなたが受けた侮辱に比べれば、私の香水なんてどうだっていいもの。
だけどお願い、無茶はしないでね。
私があなたを好きなのは、あなたがグラモン家の人間だからじゃない、あなたがギーシュだからなの。
だから私にとっては、グラモン家の家訓なんかよりあなたの体の安全ほうがずっと大事。
約束して、必ず無事に決闘を済ませ、私のもとに返ってくると」
「ああ、もちろんだともモンモランシー、この胸の君への愛に賭けて、誓おう! 無事に帰ってくると!」

見詰め合う二人、近づく唇、そして、熱烈な接吻!
周囲から湧き上がる、無数の拍手!!

シュトロハイムは動けない、そのあまりの展開に――というか、これは、何というか……

なんっっっつーーーー!!! 強引な誤魔化し!!! 
そしてなんっっっつーーー!!! キザな男!!!

でもこれ、先ほどの『薔薇』発言(特定の一人を『恋人』とし、云々)全否定な上、中庭の奥で

「ギーシュ様のばかー! やっぱり私は遊びだったのねー!」
「え、ちょっとケティ、どうしたの? どこに行くのよ!?」

などという声が聞こえるのだが、本当にこれでいいのだろうか?


時がシュトロハイムの脳内限定で止まっているうちに、ギーシュはモンモランシーから唇を離し、彼のほうを振り返る。

「と、いうわけだ、シュトロハイム君!」

いや、どういうわけだよ!!

「第一演習場で待っているよ、僕に打ちのめされる覚悟ができたら来たまえ。
なに、焦ることはない、昼休みはまだまだ始まったばかりだ!」

言うが早いか返事も聞かず、中庭を颯爽と後にするギーシュ・グラモン。その足取りをよーく見れば、微妙な焦りが見受けられる。
去る方向も、モンモランシーとはちがうもう一人の少女(先ほど中庭の奥にいて友達にケティと呼ばれていた娘)が駆けていったのと同じ方向。
どうやらこいつ、事ここに至っても未だ二股継続を断念していないらしい。ある意味、非常にたいした奴である。
ようやく拍手の収まった中庭で、シュトロハイムの脳もやっとこさ再起動。周りを見回し、ことの展開についていけなかった自分と同じ人間を発見する。


「……お、おい」
「……は、はい」

始めに壜を拾った、給仕係の少女。彼女も目の前の展開による硬直から、ちょうど脱出したところだった様子。

「な、何なんだこいつらの……そ…その、芝居がかった行動の仕方は!? お、おまえもこいつらメイジがなにを考えているのか理解できるのか!?」
「えっと、あの、私はメイジではなくて、この学院でメイドを務めさせていただいております平民で、シエスタといいます。
ですから、貴族の方たちのこういった振る舞いにはあんまり――」
目を泳がせ、乾いた笑いを振りまきつつ、否定の言葉をたどたどしくも紡ぐシエスタ。
自分の感性だけがおかしかったのではないことを知り、シュトロハイムは息を吐く。

「でもシュトロハイムさん、私にはあなたではなくミスタ・グラモンが壜を落としたように見えたのですが……」
「ああ、それは……」

なるほど、考えようによってはあの俺の行動が全ての原因なのだ。
それがまさかこんな展開になるとは――予想しなかったしどう考えても予想できなかったとも思うが、だがこの騒ぎで彼女の仕事が滞っているのも事実。
事情の解説と謝罪をしようとしたシュトロハイムは、

「いや、少し待て。二度同じことを話すのも面倒だ、俺の『主人』ということになっている奴が来てから説明する」

視線の先に、騒ぎを聞きつけ駆けて来る顔を真っ赤にしたヴァリエール嬢の姿を見つけた。

「こっっっのーーー、バカ使い魔!!! あんたいったい何やってんのよ!!!」

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