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ある編纂者の主観的考察/超能力・魂

ある編纂者の主観的考察/超能力・魂

……ん、何だね新入り君。関係無いことしか書いてないじゃないかって?
馬鹿を言い給えよ、それは途中までしか読んでいないからだ。

何処まで読んだんだ……おいおい、まさに此処からが魔術に関係してくる記述だ。
少々気を急きすぎてやいないか?
時間はあるんだから、そうカリカリせずにじっくり読んでみればいいじゃないか。

あぁ、そう為給え。此処に来たからには、無慈悲で残酷な時間に縛られることはもうない。
代わって、それよりは寛容だが人遣いも荒い、世界という主人に縛られてしまうがね。

……また聞いていない。性分は此処に来た程度じゃ変わるもんでもないかな?
考えてみりゃ、あたしだってそうだものな。余り咎め立てもできんな。

……おんや? まだ諸君も居たのかい。いやさ、そうでなく居させられてるもんかな?
御気の毒なことだな。しかし、まだまだ新入り君はこれを読むつもりらしい。
悪いが、一つ堪忍袋の緒を締めて、今暫く付き合ってやってくれ。



さて。
此処で冒頭の話を再び引っ張ってくると、生命体は恒常性を持ち、それを維持する生命力を本来的に持っている。
この生命力、その管理は基本的に肉体が行っており、高等生物では特に脳器官がそれを担っているが、
脳器官の思考・精神は、魂からの干渉によって生命力の制御を狂わせることがある……
というだけでは、先の繰り返しになる。

なので、一つ話を発展させたいと思う。

先にまで述べてきた『魂』というもの。
この概念は、然る学者の提唱する理論をその根底に置いて形成されている。
境井夢子の『相対性心理学的観点から見る思惟の所在と脳機能の関連性』という説に含まれるものがそれで、
纏めると以下の様になる。

「人間は、科学的に証明出来る、脳機能に由来する生物的な思考とは別に、
『考える=思惟する』器官を有しており、それは上位次元に存在する魂である。
 大脳新皮質で行われているとされる情緒などの働きも補助的なものに過ぎず、
魂が無ければ機構を真似た所で完全な感情などは持ち得ない。
又、魂は感覚質も兼ね、これが脳の果たす刺激の受容と合わさることで感覚は成立している」

全体としては、人間について精神的部分と物質的部分の二つを規定し、
かつ、その二つが完全に同一のものではないとしている、
心身の合一について記述があるなど、デカルトから始まる心身二元論にも類似しているが、
影響があることは否めないにせよ、これは単なる思想では無く、純然たる科学理論であり、
彼女の師である時崎空などによる充分な論証を含むものである。

この理論を説くに当たり、境井女史は一つの推測を立てている。
相対性心理学、取り分け彼女が専攻していた領域というのは、
超常現象やオカルトを極めて真面目に且つ科学的に研究する学問であるのだが、
その見地から見てみると、魂こそが超常現象を引き起こす要因なのではないか、というものだ。

具体的に示してみよう。
彼女がこの論理を組み立てた頃には、『超能力者』という存在が公に知られる様になっていた。
これというのは、例えば念動力、例えば読心、例えば透視といった、
個々によって性質の違う超常現象的能力を扱う者の総称である。
その出現が社会に与えた影響等はその筋の者に解説を任せおくとして、
主に物理学の領域からこれを解析せんとする試みは数多くあったが、
彼女の論理に基づけば、これは以下の通りに説明される。

先ず、この四次元空間に存在する超能力者が能力を行使せんとする時、
彼らは生命力__境井女史はこれを、筋肉などで産まれる熱エネルギーとしたが__を削って、
精神を通じて上位次元へ到る通路を拡張する。

次に、この通路へ更に別口で生命力を送り込む。
送り込まれたものはやがて魂へと辿り着くが、此処で魂は、
これらを素材として超能力を具現する力の源を生成する。
彼女はこれを超常エネルギーと名付けたが、これを見る諸氏にとっては、
別名たる『霊力』の方が或いは通りも良かろうと思うので、霊力と呼ぶ事にする。

霊力は、拡張された回路を通じて四次元空間へ向かう。
本来在るべきではない場所へ到ったこの高位次元エネルギーは、魂の思惟に従って様々な働きをする。
相手の精神の回路に干渉を起こして覗く事で読心を行う、物理的作用を為し念動力を発揮する、
障害物の向こうの様子を視覚に伝えることで透視する、といった具合に。
また、これらを行使する際には、一定の脳波が発生する為、
これを妨げれば、超能力の発動を抑制出来るという実験結果は当時既に出ていたが、
これは、思惟の指令を四次元空間の物理則に従って伝える為に脳が使う、一つの手段である。

尚、本来霊力は凡ゆることを為し得る筈だが、実際には個人によって魂に傾向があり、
特定の現象を起こし易かったり、そもそも起こせないこともある。
しかし、これらを判別し、特性にあった訓練をすれば、
素質のあるものは必ず何らかの能力を使える様になるだろう。

実のところ、この理論、ひいては彼女の提唱した説も、殆ど実際の法則と合致している。
これは、自らの意志で編纂者になろうとしていない、
言うなれば普通の観測者としては尋常ならざる素晴らしい成果であるが、
惜しむらくは、幾つかの欠落が存在することだ。

一に、彼女は魂を、人間が上位次元に持つ、一種の器官である、としている事。
実態は先に書いた通り、山川草木全てが持つ生命の本質であり、人間固有のものではない。
故に、生命力を持ち魂があるのならば、道端に生える雑草でさえも、原理的には超能力を扱えることになる。
これが起きないのは、魂と生命力を保持している肉体を繋ぐ、脳器官から生まれる思考と精神が存在しないからだ。
しかし、極稀ではあるが、魂と肉体に直接の通路を持つ特異な個体もおり、
その様な個体は、例え雑草であっても超能力を行使することが出来る。

二に、魂の特性によって使える超能力に差があるという点。
これは正確では無く、正しくは『魂によって使える能力は決まっている』である。
存在の本質たる魂は、それぞれに性質が違う。
例え双生児であっても、同じものから分かれた物でも、僅かにだが差異が存在する。
超能力は、その魂によって作られる霊力を元にする以上、影響を受けざるを得ない。
但し、魂が複数の超能力に適性を持つことはあるので、その意味では的中している。

三に、超能力を使い得ない者が存在する、としている点。
これは誤りで、少なくとも審判の日以前の人間に於いては、全ての個体は超能力を行使することが出来る。
一部の個体を除いてそれが出来ないのは、使い方を習得出来ていない為。
超能力の行使に当たっては、 思惟による絶え間ない統御が必要となり、それには多く疲労と苦痛が伴う。
また、生命力を上位次元へ送るにも、その方法や感覚が分からなければ話にならない。
これらを習得することが出来なければ、真面に超能力を行使出来る訳もない。
尚、審判の日以降、激変した地球環境と核汚染は人類を含む生物に多大な影響を及ぼしており、
先天的に魂への通路が小さく、これを拡張出来ない個体が現れた。
この様な個体は、感覚刺激は上位次元へ送れても、充分な量の生命力を送って霊力を作れないので、
これは事実上超能力が使えないと言っても差し支えないだろう。

最終更新:2015年06月04日 22:24