鏡面の彼女
四月、「ボク」は「カノジョ」に出逢った。
あの日姿見に映るボクを見つめていたカノジョは枯れ尾花などでなく、本当に「幽霊」だったんだ!
ボクがこのことに気付いたのは昨日の出来事の翌日、つまり今日のことになる。
いつものように部室に来て、昨日のことが頭から離れず、もう一度姿見の前に立ってみた。
最初は何も起こらなかったものだから、やはり勘違いだったのだと思い直したその時、
カノジョはまた現れてくれた。
この時ボクは後ろを振り向かず、慌てふためく素振りも見せずに、カノジョに問う。
貴女は誰ですか
ボクの問いに対しカノジョは言う。
――私は学校の幽霊って呼ばれてる――
――私は私を怖がらない人をずっと探していたの――
カノジョは確かに、自分のことを幽霊だと自称した。ボクは耳を疑った。
なんたってボクはずっと探していたんだから。カノジョを、幽霊を。
それから日が沈むまで、ボクはカノジョとの一時を楽しんだ。
そしてこの会話で、ボクはカノジョについて色々なことを知ることができた。
まずカノジョは、鏡面を介して人の目に留まることができるということ。
鏡や窓ガラス、水溜りなどを介して、人はカノジョを視認できる。
と言っても、ずっと鏡面を介してでしか視認できない、というわけではなく、
一度鏡面に映り、且つ、誰かの目に留まりさえすれば
その誰かがカノジョを認識し続けている間は自由に動けるのだという。
しかし、普通ただの生徒や教師は、鏡越しにカノジョを見ても特別意識することがないため、
すぐにカノジョは認識されなくなってしまう。
ただカノジョは整った顔立ちの、所謂、美人という部類なので、
男子生徒ならばたまに認識が長期に亘り続くこともあるという。
つまりは、「怪談」や「噂」の類と同じということだ。
そこに話の種となる「原点」があり、人からの認識という肉付けがあって初めて、それらは存在できる。
しかし忘れられれば、それらは存在できない。居ないも同然となる。
カノジョの場合、原点となったのは嘗てこの学校で行方不明になったという女生徒の噂。
これに尾鰭が付く形で肉付けされ、カノジョは幽霊になることができた、ということである。
美人は三日で飽きると云うし、どの学年の女生徒かもわからない相手を、
いつまでも記憶の片隅に置いておく輩はそう居ないし、
噂や怪談話も、話の種としての新鮮味がなくなれば自然と聞かなくなっていく。
そしてもう一つわかったこと。
実際の噂では、その後の女生徒の生死までは語られていないということ。
だが、カノジョがこうしてこの学校に幽霊として存在しているということは、
噂の元となった女学生は『この学校のどこかで死んだ』のだと、カノジョは言う。
――私はこの学校のどこかにいる。そして私が私を見つけ出さない限り、
私はこの学校から出ることも、成仏することもできないの――
カノジョはそう言い、続けてボクに向かって言う。
――貴方は私を怖がらずに話を聞いてくれた。だからどうか……私を見つける手助けをし――
はい!喜んで!
一も二もなくボクは了承した。カノジョの願いを断る理由などボクにはなかった。
長年幽霊を求め続けたボクがこの機を逃す訳がない。
食い気味に答えたボクに、カノジョは面食らったように目を丸くすると、
ゆっくりと口元に愛らしい笑みを湛える。
その様からは幽霊の印象としてある、人を体の底から凍りつかせる呪いのような冷笑は微塵も感じなかった。
むしろ生身の女の子のように明るく、柔らかく、生気に満ちた――人の顔を熱くする、そんな笑顔だった。
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最終更新:2016年09月15日 08:09