もう叶わない日々と、まだあるかも知れない未来
久平開放以来、エラミーを標的とした暗殺未遂や襲撃は、それ以前に比べて頻度を増していた。
ここが引き際と見たエラミーはアーサーに接触し【帝都攻防戦】に協力する。
この戦いでアーサー陣営は敗走するも、その逃走においてもエラミーら
リユニオンの助力の下、
拠点となっていた【
グランセリア要塞】へと帰投する。
追撃してきたユグドラシル艦隊に対するグランセリア近海での邀撃に成功した一行だったが、
既に要塞内にはマイスナーからの刺客が放たれていた。
試作型
D3兵器【
Σ(シグマ)】は帝都攻防戦以降、持ち前の諜報能力で
エラミー達の潜伏するグランセリア要塞の位置を調査し、これを特定していた。
海軍の大部隊を送り込めば要塞制圧は可能だが、
それでは肝心のエラミーとアーサーを取り逃がす可能性がある為、
マイスナーはΣの収集した情報を元に、【暗部ハサン】の選りすぐり数名と、
彼女自身を海中要塞へと送り込んだ。
要塞内への潜入に成功すると彼女らは周囲に溶け込み、
エラミー及びアーサー暗殺の機会を探り続け、遂に行動を起こした。
まず、予め港に仕掛けた爆弾の爆発を合図に、Σが自らの悪魔の能力を解放し、
エラミーを標的として要塞内の破壊を開始する。
続いて、周囲が彼女への対応に追われている隙に、残ったハサンの暗殺者が
最重要目標たるアーサーを始末した後、エラミーも同様に排除する。
万一、作戦が失敗しても、要塞近海に潜んでいる潜水艦部隊が
作戦開始の10分後には要塞への攻撃を開始する手筈となっている。
情報の漏洩防止も徹底され、作戦決行のその時まで誰にも悟られず事は進む――その筈であった。
しかし、作戦決行の合図となる爆弾が起爆することはなかった。
その場で一人唖然としていたΣだったが、彼女はすぐに自分が取り囲まれている事に気付いた。
要塞の自警団らしき男数人と、その中にいる一人の老人。
この老人こそ、グランセリア要塞を預かる反国家主義者の首領、ドミニク・グッゲンハイムであった。
彼はΣに対して不敵に言い放った。
「ここはもう昔みてぇな秘密要塞じゃなくなった。
それだってのに、新しく余所から人間が入ってくる訳がねえ。
お前らの動きは、俺の庭に入ってきた時点でバレてたんだよ」
Σ達の企ては既に露呈していた。
アーサーを始末する筈のハサンの暗殺者達も、既に捕えられている事だろう。
しかし、これくらいで彼女の計画に変更はなかった。
彼ら要塞の者達は、彼女らを唯の工作員や暗殺者と思い見縊った、それが最大の誤算だった。
悪魔の力を解放したΣは、当初の目標であるアーサーとエラミーを狙い攻撃を仕掛ける。
近海に待機する艦隊が動くまで残り8分余り。
自分がここで無抵抗のまま投降すれば、エラミー達に要塞からの脱出の猶予を与えてしまうだろう。
エラミー達をここから脱出させる訳にはいかないと、Σは捨て身の行動に打って出る事にしたのだ。
元々、陽動と奇襲によって作戦を成功させねばならないほどの戦力差。
加えて、対悪魔戦の専門家である
悪魔祓いを多数相手にする事は、
D3兵器であるΣにとって遥かに分の悪い状況だった。
それ故にΣがエラミーを狙い、その混乱に乗じたハサンの暗殺者がアーサーを襲撃する手筈だったのだ。
その計画が破綻した今、アーサーらがユグドラシル艦隊の接近に気付き、
要塞を脱出出来るだけの猶予を与えない為の陽動、これが現状、Σに取れる唯一の策だった。
しかし、8分もの間一人で大立回りを演じるには、やはり分が悪かった。
悪魔の力を解放する事と引き換えに理性を失ってしまうΣは、歴戦の悪魔祓い達相手に終始劣勢を強いられ、
堕天使を彷彿とさせる黒翼を羽ばたかせながら飛翔する彼女は、遂に地に墜ちる。
目標の8分には届かなかったが、それでも彼女は自身の役割を果たした。
その証拠に、グランセリア要塞は接近するユグドラシル艦隊の発見に遅れ、
数分後に要塞内は人員脱出の為に混乱の坩堝と化した。
ユグドラシルは反国家主義者の根拠地であったグランセリア要塞の陥落という、国家としての大きな戦果を得たものの、
本来の目的であったアーサー、エラミーの抹殺に失敗し、 要塞の幹部クラスまで取り逃がしてしまう。
送り込んだ暗殺部隊も全滅したが、こちらは首尾良く処理された為、作戦の存在が表に出る事はなかった。
しかし、その内一名の死体が見つからず、
これをアーサー側に捕えられたものと判断したマイスナーだったが、
この時点で彼が打てる手は何もなかった。
ゆっくりと目が覚めた。天井の裸電球の光が眩しく、開きかけた目がまた細まる。
視線を巡らせれば無機質な一室に居た。
グランセリアの特徴ともいえる岩肌を晒した内壁とは違うものだ。
立ち上がろうとしたが、出来なかった。これは……拘束具か。
どうやら眠っている間に椅子に縛り付けられたらしい。
「おはよう」
不意に声を掛けられる。その声には聞き覚えがあった。今回の私の標的、『
反逆者エラミー』のものだ。
声は部屋全体に響いている。天井のスピーカーからか。
正面には壁に取り付けられた硝子――おそらく強化硝子――がある。
あそこから此方を見ているのか、さすがに用心深い。
だが、私はその挨拶に答える元気すらない。
ターゲットにこんな呑気に挨拶されるだなんて、想像以上に最悪の気分ね。
しかし、そればかりが気だるさの理由ではない。
グランセリアで悪魔の力を解放した事で、未だ体力が回復し切っていないのだ。
D3兵器の試作品として作られ、戦闘特化という訳でもない自分の場合、
力の解放は精々三十分、全力を出し続ければ十分と持たない。
燃費の悪さは、これまでの任務では支障の無い範囲だったが、
現状、敵に捕らえられた身となっては致命的と言わざるを得ない。
体力の回復具合からして、グランセリアでの戦闘から半日といった所か。
力の解放と引き換えに理性が飛ぶリスクを考えると、
今ここでエラミーを殺し、何処かも分からないこの施設から脱出するのは無謀だろう。
まずは向こうの出方を見るのが無難ね。
「目覚めていきなりで悪いけど、これからお前にいくつか質問をする」
エラミーはそう言うと、まず最初の問いを投げかける。
「お前の名前は?」
「メンダーキウム」
「あ゛ぁ!? テメェふざけてんのか!」
怒気の籠った図太い声が割って入ってきた。この声は……覆面を被った大男のものか。
「メンダーキウムだ? そりゃどっからどう聞いても偽名じゃねぇか!」
バレたか。まぁバレるわよね、お伽噺に出てくる法螺吹きの名前だし。
「エラミー、やっぱしコイツぶっ殺しちまおう!
お前の命を狙ってきた連中だ、コイツの首を飼い主の所に送り返してやろうぜ」
「ちょっと黙ってなさい」
冷たい声音に諌められて、それっきり男の図太い声はなくなった。
さすがは反乱軍を一から作り上げただけはあって、声の圧力と冷徹さがマイク越しにも伝わる。
「……それじゃあ今は、キウムと呼ぼう。キウム、お前のあの力は『
悪魔術』なのか?」
『悪魔術』――今から
二代前のユグドラシル皇帝の時代に、
騒乱を引き起こした
背教者集団がその威力を世に知らしめた悪魔の力を使役する
魔術。
最近までは禁術に指定され、使用は元より術式の一工程すら知る事も許されていなかったけれど、
私たちを造るに当たって軍事利用に限って使用が解禁されている。
でも、私は違う。
「悪魔術? ふんっ、下級悪魔如きに精神を汚染させるような三流魔術と一緒にしないでくれるかしら」
そう。あんな出来損ないの魔術紛いと同じであってたまるものか。
私たちは、あんなものの実験台にされた何十何百という子たちの犠牲の上に成り立っているのよ。
「私のこれは魔術とは違うものよ。だからこんな拘束具なんの意味もないわ。
なんなら今お見せしましょうか? 私が力を解放すれば、貴方達は木端微塵ね」
少し力を入れて目の色を変えてみる。
「な、なにィー!?」
悪魔のそれに変わった私の目が十分脅しとして機能したのか、
マイクから先程の男の声以外にも幾人ものざわめき声が聞こえてくる。
「そ、そんな事すりゃあ、テメェだって死ぬんだぜ! この艦は今、水深300mを潜航中なんだからな!」
「そうかしら? 私の悪魔は海洋棲ではないけど、
300mくらいの水深なら、この潜水艦の爆発を受けてだって耐えられるわ」
そう言って彼女らに向けて悪魔の瞳に変容させた視線を硝子の向こうに向ける。……まぁ嘘だけど。
爆発に巻き込まれた上、水深300mの水圧に耐えられる自信はないわ。
それにしても、私が敗れてからほとんど間を置かずにユグドラシルの艦隊が突入した筈なのに、
なんてしぶとい連中なのかしら。
「君はそれでいいのか?」
「は?」
思わず聞き返す。
「君が今回受けた指令、あんなものは身体に爆弾を括り付けて自爆するテロリストそのものだ。
マイスナーのような卑劣な男を庇う為に、何も話さず死ぬつもりなのか、と聞いている」
「な、にを……」
マイスナー様を庇う? そんなのは当然の事よ。私はあの方の下で動いているんだから。
私は、ユグドラシル軍参謀部所属の軍人なのだから。
「私は軍人よ。軍からの命令を遵守し、作戦内容は外部へ漏らさない。
貴女は軍人じゃないからそんな価値観は持っていないでしょうけど」
「確かに私も、ついでにうちの連中も軍人だった訳じゃないな。
しかし、ユグドラシルでは
ハーフエルフまで軍役に就かせているんだな」
「……何の事かしら」
「私達がユグドラシルと手を組んで久平で戦っていた頃、君と似た少女を何人か見てきたんだ。
仲間のエルフが言うには、その少女達は皆ハーフエルフだそうだ。
先程までは君たちの力を憑依系の悪魔術と考えていたが、それは君が真摯に否定してくれた」
何故このタイミングでハーフエルフの名前が出てくるのか疑問だったけど、
つまり、その時得た情報を裏付けする為に、私にあんな風に聞いてきたってわけ……。
「ハーフエルフは
エルフ種の中でも随一の魔術素養を持つ代償に、最も短命な種族だ。
君ほどの年頃まで健康に育つ事さえ珍しいというのに、
これまでの戦場で私達は何人ものハーフエルフを見てきた。
更には、その全員が君のように特異な力を持っている。
これが意味する所は、”マイスナーと魔術研究院がハーフエルフを軍事利用する為に
悪魔術に近い魔術を開発し、君はその過程で行われた人体実験の成果”だ」
強化硝子の先にいる彼女は、一体どこまで掴んでいるのだろうか。エラミーは続ける。
「研究成果の結晶とも言うべき君を今回のような作戦で使い捨ての駒にしたんだ。
つまり君も、あの戦場の少女達も、兵器としてしか存在価値を見出されてはいないのだろう。
軍人なんてとんでもない、君は人以下の扱いを受けている」
「何ですって……!」
その言葉は聞き捨てならなかった。 この力を得た日から軍人として生きてきた私にとって、
その言葉は私の存在そのものの否定に等しい侮辱だった。
「殺す……! 貴女は必ず殺――」
「だから私がお前を人間にする!」
エラミーは私の言葉に重ねる。
「お前がまだ人でありたいのなら、私にその命を預けてくれないか」
「馬鹿げた事を言うのね、私は貴女の敵なのよ」
「だからこそさ。敵として私をつけ狙い、調べ尽くした君なら、味方になれば誰よりも心強い。
それに、我々がこの戦いに勝利し、アーサー帝が帝位を取り返す事が出来れば、
君の身内も救えるんじゃないかと思ってね」
「! ……何故そんな事を貴女が考えるのよ」
「大した考えは持っていないつもりだが、ただ……復讐者であったり救国の指導者と呼ばれるより、
《正義の味方》でありたいと思うようになっただけさ」
私は彼女の命を狙った刺客で、エラミーが戦場で見たっていう他の子達の姿を見て、
どうしてそんな考えを持てるのかしら。私達のあの、悪魔の形態を取ったおぞましい姿。
あれを見て嫌悪こそすれ、助けようだなんて、同情にしたって度が過ぎている。
……でも、もしそんな事ができたら? こんな力を与えられて、普通の生き方なんてもうきっと出来ない。
この戦争が終わって生き残った子がいても、その先なんて無い。
ならいっそ、エラミーの言葉に賭けるべきなの? 私は――
その時、ふと研究所でのあの子達を思い出した。研究院での実験で年齢以上に身体の成長したあの子達。
それでも、私に向けてくれた笑顔は生きてきた年月に違わない爛漫としたものだった。
私……私は……
「――分かったわ。 貴女の言葉、信じる」
『私はあの時、彼女に問うた。「それでいいのか」「奴らの思い通りになっていいのか」と。
嘗て国に父を殺され、歯車の一つになり、死を選びかけた過去を持つ私が
彼女――Σに少女であった頃の自分を重ねたのだ。
だからなのだろう、敵として現れた彼女に手を差し伸べたのは。
Σはマイスナーが率いるユグドラシルを裏切り、私達
リユニオンへの協力を約束してくれた。
強化硝子越しに覗く少女の姿、Σの顔を見ていると考える。
彼女も私も、国の身勝手からこんな形の人生を送る羽目になってしまった。
あの娘ほどの歳なら今頃、普通の学生として勉学に励み、
友人と他愛のない会話でもして楽しんでいたのだだろうか。
ならば私は……私も月並みに進学して職に就いて、いい人と巡り合っていれば、
とっくに子供の1人や2人はいたのかも知れない。
日々の育児や仕事に追われながらも、ただの女として生きていたかも知れない。
彼女にも私にも、そんな月並みの人生があったのだろうかと――そう思った。
私にはもう無理だが、あの子になら……あの子はまだやり直せる。
残りの時間を取り戻せると、信じてしまったんだ。
(薄い文字、欄外)
彼女は元はマイスナーから放たれた刺客。この事を周囲に明かすのは、無用の混乱を生むだろう。
この手記も万が一、人目に触れた時の為にもページに細工を施す事にする』
―――反逆者エラミーの回顧録原本、精巧に二重張りされたページの炙り出し文章より
最終更新:2016年09月15日 12:56