「そ、そんな… 僕が負けた?」
それは彼にとって、信じられない事だった。ジャイアンが使うポケモン、マリルによって自分のタッツーは一瞬にして倒されてしまったのだ。スネ夫は口をポカンと開けて呆然としている…
「フハハハ!!侮ったなスネ夫! 俺様がお前のような奴に負けると思っているのか?」
「ち、チクショウ…!」
何故負けた!?あんなマスコットみたいなポケモンで、あんな力押しの戦い方…
(そうか… あのマリルの特性は力持ち…攻撃力を倍にするんだ! くそ~、暑い脂肪だったら勝てたのに!)
うつ伏せで涙目になるスネ夫…まさか出だしでジャイアンに負けるとは思ってもみなかった。ジャイアンは上機嫌で笑いながらスネ夫を見下ろす。そして右手を差し出した。
「金」
「はっ!?」
「賞金よこせよ」
スネ夫は完全に忘れていた。ポケモンの世界ではポケモンバトルで敗れた者は所持金の半分を勝者に渡さねばならないのだ。不運にも彼はこの世界に現実の金を持ち込んでいた為、所持金の半分、一万円を彼に渋々渡した。
「ご苦労だったな、あばよスネ夫」
ジャイアンは吐き捨てるようにそう言うと、彼に背を向けて去って行く。既にスネ夫の目には大粒の悔し涙が溢れていた。
「ちくしょぉぉォォ-!!!」
ワカバタウンの市街に、一人の少年の叫びがこだまする。すると、偶然通りかかった青年が泣きじゃくる彼に大丈夫かと声を掛けてきた。
「ブタゴリラめ、今度会ったら叩きのめしてやる!!」
スネ夫はその青年には目もくれず、草むらを通って次の町へと走り去っていった。
「…ポケモンバトル…か…」青年はスネ夫の後ろ姿を眺めながらそう呟いた。そして彼と同じ方向へ歩いて行く。彼の表情は何処か曇っているように見えた…
「ポッポ、体当りだ!」
眼鏡を掛けた頼りなさそうな顔つきの少年、のび太が使うポッポはその小さな体格で力一杯突っ込む。野生のコラッタはその一撃で倒れ、動かなくなった…
「やった!レベル7に上がった!」
のび太はワカバタウンとヨシノシティを繋ぐこの草むらでひたすらポッポのレベルを上げていた。瀕死状態となったコラッタを見るなり、罪悪感を感じたのび太はそっと木の陰に置いてあげた。せめてもの彼の優しさか…
「そろそろ次の町に行こうかな」
意外と次の町までの道のりは短くて簡単なようだ。のび太ですらここまで迷う事なく来れた。ポッポのレベルが上がった事もあり、すっかり上機嫌となったのび太は次の町へ行く為、西の方角へと向かった。
「ようのび太」
「ジャ、ジャイアン…」
しかし世の中そう上手くいかないものなのである。今のび太の目の前に、オレンジ色のTシャツが目立つ大柄な少年、ジャイアンが現れた。
「ふっふっふ… のび太、トレーナー同士の目が合ったんだ。やることは分かってるな?」
ジャイアンはいつも以上の悪顔を覗かせてくる。スネ夫には勝ったのか…能天気なのび太にも、彼らのバトルがどうなったかは予想が付いた。
「ポケモンバトル?」
「おう!さあやろうぜ」
「わかったよ…」
ジャイアンとは関わりたくなかったのだが仕方ない、のび太は彼と戦う事に決めた。
「出ろ! マリル!!」
「ポッポ、頼んだ!」
両者は早速ポケモンを繰り出した。やはりジャイアンがマリルを使うのはイメージ的に似合わない、逆にのび太がポッポを使うのは中々似合っていた。ジャイアンは思わず吹き出してしまう。
「お前ポッポ貰ったのか、フハ! のび太らしいぜ!」
「うるさい!ポッポを馬鹿にする奴はポッポに泣くんだ!」
「言ってくれるじゃねぇか! マリル、体当りだ!!」
のび太のくせに生意気な発言をしたのが許せなかったのか、ジャイアンは怒鳴り声の混じる指示を飛ばした。マリルの目付きはきつくなり、そしてポッポに向かって突っ込んでくる。ポッポは諸にそれを受け、はね飛ばされた…
「なっ、強い…」
マリルの体格から考えて、その力は予想外なものだった。難とかポッポは立ち上がるが、ダメージは隠せない…
気を抜いたら一瞬で負けてしまう。マリルは尚も体当りを仕掛けてきた。
「ちょっとジャイアン!僕達に攻撃させないなんて卑怯だよ!」
「何言ってやがんだ?これはゲームとは違うんだよ! 体当り!体当り!体当りぃ!」
理不尽に聞こえるがジャイアンの言う事はもっともだ。リアルのポケモンバトルはゲームとは勝手が違う、つまり相手のターンや自分のターンなど関係無いのだ。指示が遅ければ先に攻撃される。ジャイアンはその事を早くも気づいていたようだ…
「ならやってやるさ!ポッポ、体当り!」
反撃開始、のび太のポッポは翼をはためかせ、勢いを付けて体当りをかます。ノーマルとしてタイプ一致であるその攻撃は通常よりも高い威力でマリルの腹部を捉えるが、当然のように持ちこたえてしまった。
「「体当り!!」」
そのつもりはないが二人の命令は重なった。マリルとポッポの体当りは衝突する。両者は踏ん張り、攻撃は互いに押さえられるものとなった…
「頑張れポッポ!」
パワー対パワー、のび太は懸命にポッポを応援する。だが、ポッポの表情がどんどん辛くなっているのが見て取れた…
「俺のマリルもガキ大将だ!!」
押し合う体当り対決の最中、ジャイアンは意味の解らない言葉を言い放った。刹那、マリルの顔から不気味な笑みが零れる…
「ポッポ!!」
決着は呆気ないものだった。のび太のポッポの力はマリルによって強引に捩じ伏せられてしまった…
パワー負けしたポッポは力尽き、仰向けに倒れ込む。それがのび太の敗北を物語っていた…
「ポッポ―っ!!」
のび太は倒れたポッポに駆け寄った。やはり戦闘不能の瀕死状態、のび太はジャイアンとの勝負に負けた…
「俺の勝ちだなのび太! まあスネ夫よりは手応えがあった。その頑張りに免じて賞金は貰わないでおくぜ!あばよ!」
バトルに勝ったマリルをボールに戻し、ジャイアンは勝ち誇った表情のままその場を後にする。のび太に彼の言った言葉は耳に届いていなかった。彼はポッポの名前を何度も叫び、そして敗北の悔しさを身に染み込ませていた。
「‥‥‥‥‥‥」
今ののび太は涙を堪えるのに必死だった。だが泣く事は不思議となかった…それはまだ諦めたくないという思いの力か、ポケモンの世界でまで落ちこぼれで、泣き虫の野比のび太で居たくないという意識が彼を支えていたのかもしれない。のび太はポッポをボールにしまい、そしてポケモンセンターがある次の町、ヨシノシティへと全速力で走っていった… 同じ頃、のび太達が居た草むらの近くでは一人の少年がポケモンを探して歩き回っていた。
「中々良いポケモンは居ないな…」
どうやらまだ理想とするポケモンは見つかっていないようだ。彼、出木杉英才は茂みを掻き分け、さらに奥へと進んでいく。すると目の前に壮大な崖がそびえ立っているのが見えた。
(行き止まりか…)
どうやら出木杉は草むらを進み過ぎたようだ。この崖の向こう側には竜使いの里、フスベシティがあるのだろう。金銀のゲームを知っている彼にはそれが分かった…
これ以上前には進めないので出木杉はやむを得ず、引き返そうとする。
「ん?」
彼がその場を立ち去ろうとした寸前、崖の上の方からポケモンの鳴き声が聴こえた。鳥ポケモンを思わせる甲高い鳴き声…しかし、それはポッポとは明らかに異なっているのがわかる。続いてバサバサッという羽音が響き渡るように耳に入り、崖の上からそいつは出木杉の前に姿を現した。
「あれは!?」
そのポケモンが視界に入った時、出木杉は驚愕の表情を見せた。その特徴を一言で言えば「鎧」と言い表せるだろう…銀色の翼を羽ばたかせ、円を描くように飛び回るそいつの姿は出木杉に力のあるポケモンとして十分に感じ取らせるものを持っていた。
しばし呆然としていた出木杉だが、すぐに思考を切り替える。今の彼の目は活気に満ち溢れていた。
「エアームド、君を捕獲するよ!」
最終更新:2009年10月21日 23:27