空低く舞う鎧鳥ポケモン、エアームド…本来はこんな所ではなくもっと北にあるフスベシティの付近に生息している筈のポケモンである。それが渡りの時が来たのか、それとも迷い込んでしまったのか、出木杉の居る場所へと現れてしまった。
それは嬉しい誤算だ。金銀のゲームで出現するエアームドのレベルは基本的に30、今捕獲したら当分コイツで無双出来るだろう。エアームドは飛び疲れたのか、フラフラと出木杉の近くに立つ木に停まった。この好機を逃す訳にはいかない…
(捕まえるぞ…)
絶対に捕獲してみせる…出木杉の眼にはかつてない程の闘志が宿っていた。
「よし…」
懐に装着させている空のモンスターボールを右手で取り出し、彼は捕獲の隙を伺う。鳥が木の上に停まる理由には身体を休める為というのがあるがポケモンも同じだとすれば、エアームドはこれから何をするのか予想ついた。
(やっぱり… ツイてるぞ僕は…)
予想的中、思わず出木杉は口元を緩めてしまう。そう、エアームドはぐっすりと寝付いてしまったのだ。眠り状態での捕獲率は極めて高い…
出木杉は物音を立てず、そっとエアームドが寝ている木の側に近寄った。3m…2m…1m…彼は確実に一発で捕らえるつもりでいる。
(この距離… もらった!)
手首のスナップを効かせ、出木杉は高くボールを投げつけた。描いた放物線は狙い通り、出木杉はエアームド捕獲を確信した…
しかしあろう事か、エアームドは突然目を覚まし、向かって来るボールをすんでのところで交わしてしまった。
(なんて奴だ…)
身の危険に反応したのだろうか、予想以上に起きるのが早かった。エアームドはボールを投げつけてきた者を捜す為、木の上でキョロキョロと辺りを見回す。その行動を予測していた出木杉は見つからないように素早くその身を隠した。かなり緊張する…今、彼はポケモンの一匹すら持っていないのだ。襲われたらひとたまりもない。
(これで残るボールは二つ… 参ったな)
出木杉はウツギからモンスターボールを三つしか貰えなかった。せめて五つなら良かったのだが、これしかくれなかった彼は非常に気前の悪い男である。しかし人を恨む事を知らない出木杉は彼に対する陰口を一言も呟かない。
(まだあの木に停まっているままなのは幸いか… よし、隙を見てもう一発…)
ここでふと出木杉は気がつく。ダメージを与えなければ眠り状態でも捕獲は出来ないと…ゲームとは勝手が違うと思っていたがここらへんは同じシステムだと彼は感づいた。
(やれるか… あれのレベルは多分、30… ここいらのポケモンは高くて4、大体26のレベル差がある… でもやれる筈だ。今まで僕に出来なかった事はなかったからね。そうだ、出来る! やってみるさ!)
出木杉は不安を抱いたが、こうして自己暗示を掛ける事で希望を持った。天才である彼の輝かしい実績が、何事に対しても自信になっているのだ。
「さてと… そろそろかな?」
不意に出木杉は呟く。そしてチラッと背後に目をやった。
「ワカバタウンを出てから君は僕を追い掛けてたね? 君は僕と一緒に旅したいのかい?」
深い茂みに向かって出木杉は問いかける。すると、草は揺れ、中からゴツゴツとした外見の石みたいなポケモンが彼の前に姿を現した。
「……………」
「僕は最初から気づいてたよ、イシツブテ」
そいつの名はイシツブテ、出木杉が言うようにそのポケモンは今までずっと後を追い掛けてきていたのだ。出木杉からトレーナーとしての風格を見いだしたのかもしれない、イシツブテは彼のポケモンになれば強くなれると思ってここまで着いてきた。
イシツブテは力強く頷く。出木杉は爽やかな笑顔でそれに応える。
「よろしくイシツブテ、君が僕の最初のポケモンだ」
対エアームド戦で使う為のポケモンを捕まえた…というよりは着いてきたのを迎え入れた。イシツブテはとても嬉しそうだ。
「じゃあ早速だけど僕の力になってくれ」
視線を再び木の上のエアームドに移す。奴はまた眠りについていた。それを見た出木杉は笑みが零れる。
「なる程ね… 案外捕獲は楽かもしれない…」
その様子から出木杉は分かった。何故エアームドがこんな所に来たのか…
それはエアームドが既に別のトレーナーと一戦交えていたからだ。つまり、こいつは手負いの状態で、大きなダメージを受けているという訳である。その証拠にエアームドは眠って体力を回復しようと休んでいる…ダメージがまだ残っている状態なら捕獲は簡単、要はボールを当てるだけで良いのだ…
「イシツブテ、丸くなるだ」
出木杉の頭にはエアームド捕獲法が完全に浮かんでいた。ここのポケモンならイシツブテにしか出来ない作戦が…
「…よし、そのくらいで良いだろう。行くよ」
エアームド捕獲作戦、開始!!
「当たれーー!!」
出木杉は大声を出してモンスターボールを投げつける。その声に反応したエアームドは素早く目覚め、そのボールを楽々回避する。そして投げてきたポケモントレーナー、出木杉に気づいた。すると物凄い勢いで急降下してきた。時速は約40km、本来は80まで出せるエアームドがこの程度しか出せないのは体力を大きく消耗している証拠だ。一撃で仕留める!もう満足に飛ぶ力すら持っていないエアームドは出木杉が再起出来ないようにする為、トレーナー自身に直接攻撃を仕掛けてきた。
万 事 休 す
端から見ればまさに絶体絶命の危機だ。しかし出木杉は笑っていた。まるで自分の作戦が成功したかのように…
「!!」
エアームドは驚愕する。渾身の力を込めた一撃、つつく攻撃が防がれたのだ。たかがレベル4のイシツブテによって…
出木杉はエアームドの注意を自分に引き付けて、丸くなるを最大まで積ませたイシツブテによって防御するという策を仕掛けたのだ。
しかし相手が手負いとはいえ、イシツブテとの差は26レベルの開きがある。限界まで上げた防御力で向こうの攻撃を受ける事が出来ても、こちらの攻撃は一切通用しないだろう。だが、何も戦わなくても良いのだ。エアームドにモンスターボールをぶつける隙さえ出来れば良い、何せ相手はもうほとんど体力を残していないのだから…出木杉はイシツブテが攻撃を受けた刹那、目にも留まらぬ速さでエアームドの背後に回り込んだ。その背中はがら空きだった。
(見事だ、少年…)
エアームドは出木杉の手並みに感服した。この少年となら素晴らしい戦いが出来る…戦わずして捕獲される悔しさよりも、そんな気持ちの方が大きかった。満足そうな顔をして、エアームドは力尽きた…
「!? エアームド!!」
モンスターボールを投げる前に倒れてしまったエアームドを目の当たりにして捕獲も忘れて駆け寄る。エアームドの身体を間近で見るなり、彼は驚愕した。
「なんて傷だ… こんなに酷いダメージを受けていたなんて…」
エアームドのダメージは予想以上のものだった。こんなダメージを受けていれば、確かに木の上で休むしかないだろう…それ程エアームドの傷は酷かった。今まで気がつかなかったのが不思議なくらいの傷に覆われていて、銀色の鎧が所々へこんでいた。死んでしまってもおかしくないダメージだ。こんなものを自然に癒せる訳がない。
「急いでヨシノシティに行かないと…」
出木杉はエアームドを残る最後のモンスターボールに収め、最初に外してしまったボールを拾い上げ、イシツブテをそれで捕まえる。そしてポケモンを回復する事が出来る施設、ポケモンセンターがあるヨシノシティへと全力で走っていった…
「もう大丈夫です。あなたのポケモンは無事回復しましたよ」
「えっ?あ、ありがとうございます!」
ヨシノシティ、ポケモンセンター…出木杉はとんでもない医療技術の世界に来たんだなと内心震えていた。驚いた事にエアームドは僅か10秒で完治した。あれだけの怪我がそんなにも早く治ってしまったのだ。回復装置はどんな仕組みになっているんだと思わず凝視してしまう。
「凄いですね…」
「ポケモンの回復を任されたらこれに不可能はありませんよ。ただ、もう少しここに来るのが遅かったら危なかったかもしれません… あなたのおかげでこの子は助かったのよ」
「そうですか… 良かった…」
全身の力が抜けたように出木杉はホッとする。エアームドは助かった…
ダメージを与えておきながら捕まえる事もしないという事はどういう事なのか、彼は分かった気がする。それが彼をやるせない気持ちにさせた…
(野生のポケモンでレベル上げをするのは止めよう…)
これから旅をする中でむやみに野生ポケモンを傷つけはしない…それがこの冒険での彼のモットーとなった。
(そういえばワカバタウンに赤髪の子は居なかったな、やっぱりここは金銀とは違う世界なのか…)
さっきまで気にしてなかった事だ。まあこの世界が何なのか知ったところでチャンピオンを目指す事に変わりない。そんな事を考えるのは止めだ。
空はオレンジ色、出木杉はポケモンジムがある次の町、キキョウシティを目指して早急にヨシノを出発した。
イシツブテとエアームドという頼もしいパートナーを連れて…
最終更新:2009年10月21日 23:29