モンスターボールGTその4



ヤバい… 今季最大の危機だ…

野比のび太は今、恐怖に顔を引き吊らせていた。彼の真下には目を光らせてこちらの様子を伺う大量のラッタ、コラッタの群れが居る。

こ、殺される…

なんでこうなってしまったのか…順を追って説明しよう。
のび太はヨシノシティを立ち去り、次の町、キキョウを目指しながらポッポのレベルを上げていた。しかし、そこで事件が発生した。
なんと倒した野生のコラッタが大量の仲間を引き連れて戻ってきてしまったのだ。その中には進化形のラッタの姿も見える…
どう考えてもポッポ一匹で退けれる相手ではない。のび太はもう逃げるしかないと思い、木の上に逃げ込んだようだ。その様は日本猿のようだった。
「た、助けて!僕が悪かった! もう野生のポケモンを乱暴に傷つけたりしないから、だから命だけは…」
コラッタ達はのび太がしがみつく木の上に爪を引っ掛けてよじ登ってくる。その光景は知らぬ者が見たらコメディーにしか見えないが、のび太から見れば本当に怖い、今にも切り掛かって来そうだ。正直言ってどこぞのガキ大将より恐ろしい。恐怖のあまりのび太は小悪党のような命乞いを吐いてしまった。
『助けてだと?貴様ら人間はそうやって命乞いしてきた俺達を何匹傷つけてきたと思ってるんだ!』
なんか今、コラッタ達の内の一匹の声が聞こえた気がする。間違いなく錯覚だ。気にしなくていい。
「ドラえも~~ん!!!」
ついにのび太はお馴染みの青き身体の友の名を叫ぶ。この言葉を知らない人が聞いたら「何の呪文?」と笑い飛ばすしかないだろう。
ドラえもんが一緒に居てくれたら…つくづくそう思ってしまう。しかしいつまでも彼に頼ってはいけない…そもそもこの冒険はのび太が一人でやっていけるようにする為にドラえもんが企てたものだ。ドラえもんが居なくても生きていける為に…
「う、うわあぁぁっ!!」
しかし今はそれどころではない。殺されるか殺されないかなのである。木の側面は何十匹ものコラッタに覆われ、数匹はのび太まで到達してしまった。そしてコラッタは牙を剥いてのび太に飛び掛かってきた。

(や ら れ る !)

短い人生だった…だが1日1日がとても濃い密度の、充実していたものだったと思う。ポケモンに殺されるなら本望だ。のび太は現実を受け入れ、そっと目を閉じる…
「静香ちゃんは頼んだよ、出木杉…」
一度だけでもこんなカッコいい事を言ってみたかった。今の自分は平成のヒーロー並に輝いているだろう…のび太はそんな自分に酔いしれていた。
「あれ?」
ふと気がつく。まだ殺されないの?と…目を開けてみると、そこには地面でコラッタ、ラッタ達が眠りについていた…
「助かった…の?」
ぐっすり寝てしまっている。さっきまで自分を襲おうとしていた連中が…目を閉じている間に何かが起こったのだろうか?訳の解らないのび太はただただ目を点にさせていた。

「よくやったフシギバナ、戻ってくれ」

安心したのび太が木の上から滑るように降りると、今度は若い男の声が耳に入った。その声の方を向いてみたら、そこには緑色のポケモンをモンスターボールに戻す赤帽子の青年の姿があった。
(この人が助けてくれたのかな?)
いくら鈍いのび太でも、この青年がコラッタ達を押さえた事はすぐに分かった。きっとこの人のポケモンが連中を眠り粉か何かで眠らせたのだろう。彼はモンスターボールからのび太へと目線を移す…
「あ、あの… ありがとうございました!」
戸惑いながらのび太は彼に頭を下げる。この人は命の恩人だ…見ず知らずの自分を助けてくれたのだ。
「…ふっ…ははは!」
「えっ?」
青年はのび太の顔を見るなり、唐突に笑い出す。何が可笑しいのだろうか、彼は腹を押さえている。
「何ですか…」
「はは、いや… 何でもない。 死ぬのを受け入れていたくせに、助けてもらえると嬉しいんだな」
「それは… って、えっ? なんでそんな事…」
のび太は一切自分が思った事を口に出していない。しかしこの青年はのび太が思っていた事を知っているようなことを抜かしている。初めてドラえもんと出会った時と同じくらい訳が分からない気持ちだ。
「…ドラえもんか… 凄い友達を持っているな… こんなのが身近に居たら確かに依存してしまうよな…」
「!?」
青年はあろうことか、ドラえもんの事まで知っている様子だ。何者なのだろうかこの人は…
一難去ってまた一難…のび太はこの人が怖くなってきた。
「…すまない、つい興味深かったものだから… 今僕が言った言葉は忘れてくれ。決して僕は怪しくない」
「そんな事言われても… 何なんですかあなたは?」
「助けてもらった人がそんな口を聞くのか?」
「…すみません… 助けてくれてありがとうございました」
礼を言うのはこれで二度目、なんか不愉快だ。
「たまたま通り掛かったからな… まあ、あのままだと君は確実にやられていたね。君もポケモントレーナーならポケモンを使えば良かったんじゃないか?」
「ポケモンって言っても…」
「ポッポでは頼りないのか?」
「そうです、ポッポ一匹じゃ… ってあれ? なんで僕のポケモンを知ってるんですか?」
「おっと失礼、また癖が出てしまった。 …気にしなくて良い…」
「気にします!なんであなたは僕の思った事が分かるんですか?超能力で僕が思った事が分かったみたいに…」
「あっ、バレた?自重出来なくてね」
「うそ…」
これは何と言ったら良いのだろうか… 彼は超能力者? ともかく人の心を読めるのは確かなようだ。
(ポケモンの世界って、人間まで凄いのかな?)
「いや、そうでもないよ。人間は君たちの世界と同じだ」
「また…」
君たちの世界と今彼は言った…という事は自分が違う世界から来た事を知っているという事か…

他人に自分の心を見抜かれるのは非常に不愉快である。プライバシーの侵害も良い所だ。
「悪い、でも面白そうだな。異世界での冒険というのは…」
「あの… 誰にも言わないでくださいよ」
「ああ、そんな事を誰が知ろうと気にしないよ。この世界はそんな人ばかりだからな…」
面倒な人と出会ってしまった。のび太はとことんツイてない男だ。だが超能力者というものが現実に存在している事を知った彼はある意味幸運だったのかもしれない。
「さて、そんな事より早く逃げた方が良いんじゃないか? そろそろコラッタ達が目覚めるよ」
「そうだ、じゃあ僕はこれ…で?」
のび太は大量のコラッタ達が眠るその場所を急いで立ち去ろうとする。しかし、それは何かに阻まれてしまった。今、彼の目の前には茶色の巨大なネズミが三匹ほど立ちふさがっている…
「…終わった…」
ラッタ起床、続いて周りのコラッタ達が続々と起き上がっていく。気づいた時には既に、周囲を堅められていた。赤帽子の青年と一緒に…
(さあどうする野比のび太。 状況は木の上に居た時より悪くなっただろう… 僕の目に狂いが無ければ、君は…)
赤帽子の青年は自身を睨み付けるコラッタ達には目もくれず、微かな笑みを浮かべながらのび太の後ろ姿を眺めていた。

この時からのび太の運命の歯車は狂い出していたのかもしれない。少年は後々に起こる出来事の中で、そう思う事になる。
だが今はまだ、そんな事を知る由もなかった…


最終更新:2009年10月21日 23:32
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