ラッタは3匹、コラッタの数は20匹前後。その鼠ポケモン達に一斉に睨み付けられ、のび太はガタガタと足を震わせて怯えている。何かこの状況を打破する手段はないものかと無い頭を最大限に捻ってみるが、やはり何も思いつかない。だが一つだけ、のび太は気づいた事があった…
「あ、あの、みんな…」
のび太は自身を囲む鼠達を見回す。そして彼はスッとしゃがみ込み、両手を地面についた。そのまま頭を下げる…
「ゴメン!!」
そう、土下座だ。重い罪を犯した人間の謝罪方法として度々用いられるあの土下座、日本の独特の文化の一つである。のび太は渾身の土下座をかましたのだ…
しばしその場に沈黙が走る。のび太はそのままの体制で、鼠達はのび太の不可解な行動を理解しかねているのだろうか、鼠達は呆然と立ったまま動かない。
「…ふっ…ははははっ!!」
沈黙をようやく破ったのは赤帽子の青年だった。吹き出したと思ったら、腹が痛そうな素振りを見せる。それでものび太は土下座の体制を崩さない。
「ははは…ハハハハハ!!」
そこまで可笑しい事なのであろうか、青年は涙を出す程笑い続ける。しかしのび太の表情は真面目その物だった。
「…笑わないでください…」
「ははっ! …失敬…」
のび太の口調は感情の隠るものがあった。いつになく真面目だ。
「コラッタ、ゴメンよ… 僕の勝手な都合で君を痛めつけて…」
のび太は自分がレベル上げの為に倒したコラッタらしき鼠の顔を見て、淡々と謝罪の言葉を言う。赤帽子の青年は今度は険しい表情をしている。
「うん… 散歩していただけなのに、いきなり人間が出てきて攻撃されたらそりゃあ、誰だって怒るよね。僕が間違ってたよ…」
この時のび太は不思議な事に言葉がすらすらと言えた。のび太自身、何処かこのコラッタと似ている所がある。何もしていないのにいつもジャイアンにいじめられる自分と、散歩しているだけで襲われたコラッタは同じようなものではないか… それに気づいたから、のび太はこうして謝罪しようて思ったのだ。
「許してくれるわけないよね… 僕だってそんな事する奴、許せないもの…」
微かに涙ぐむ声をうつむいたまま溢す。周りの仲間の鼠達はいつでも飛び掛かれるよう構えをとっているが、当のコラッタは依然動こうとしない。ただのび太を憐れむような目で見ていた…
(自分の不幸を知るからこそ、他者の幸を願える… そういう事か…)
それこそが人として一番大切な事である。のび太はその優しさを持っているのだ。赤帽子の青年はそう悟った。
(予想通り… いや、予想以上だ。 野比のび太…大した奴だな)
のび太は頭を下げたまま動かない。コラッタはそんなのび太に一歩、また一歩近寄る…
「………………」
無言…コラッタは何も鳴く事なくのび太を見下ろす。そしてその右手を勢い良く振り上げた。
ポン
「!!」
のび太は頭を上げて驚愕する。コラッタは彼を爪で裂く訳でもなく、小さな手を頭に置いたのだ。まるで自分を慰めているかのように…
「…僕を…許してくれるの?」
のび太を信じてくれたのか、彼の態度を見て馬鹿馬鹿しくなってしまったのかどうかは分からない。しかし、コラッタの顔に怒りは見えなかった。周りの鼠達はその横顔を眺めながら、その場を立ち去って行く。
(やはりそういう男か、野比のび太… こいつは…)
「ゴメンね… 君も仲間の所へ行きなよ」
小粒の涙をTシャツで拭いながらのび太は立ち上がる。コラッタはまだ動こうとせず、彼の顔を下から覗いていた。赤帽子の青年はその様子を見て、のび太にそっと話しかけた。
「そのコラッタ、君と一緒に行きたいんじゃない?」
「えっ?」
赤帽子の青年の言葉で、のび太はコラッタの心情に気づかされる。確かに彼の言う通り、コラッタから一緒に行きたいという意志を感じた。のび太としては断る理由はない。手持ちのポケモンが増えるなら大歓迎だ。
「一緒に来る?」
黙ってこちらを見るコラッタに向けて、のび太はその口を使って尋ねる。コラッタはその質問を待っていたかのように力強く、また頼もしく頷いた。すると、懐に装置させている空のモンスターボールへと自分から入っていった。このボールはなけなしの200円を払ってヨシノシティで買った品物だ。のび太はコラッタが入ったそのボールを手に取り、歳相応の満面の笑みを浮かべる。どこぞのリセットボーイなら「コラッタ、ゲットだぜ!」と言いそうなところである。のび太もそんな激しい感情を押さえ切れていないようだ。意味も無くスキップをしている…
(見事、敵意剥き出しだったポケモンと分かり合い、そして自分のポケモンにしてしまうとはな…)
第三者として傍観した赤帽子の青年は何故かとても嬉しそうな様子を見せる。そして地面にうずくまるのび太の元へゆっくりと歩み寄った。どうやらのび太はスキップしている内に正面の木に激突してしまったらしい… かなり痛そうだ。
「痛たた… あ~痛っ!」
「野比のび太」
「はい、ってなんで僕の名前を? あ、そうか、心読めちゃう超能力者なんでしたっけ。 なんですか~?」
話しかけてきた青年に向けて、のび太は明らかに無礼な態度を取る。十歳近く年上に見えるが彼は礼儀というものの認識は薄いようだ。のび太は木にぶつけた頬を擦りながら青年の方を向く。
「君は素晴らしい才能を持っていると思う。僕の勝手な見立てでは、チャンピオンに成りうるものを君は持っているね」
「いやぁ~… それほどでもありますよ」
「しかし、今の段階ではどんなトレーナーにも勝てないだろう。正直言って君の実力は大好きクラブより弱い。コイキングみたいなものだ」
「ははは、もちろんですよ! …えっ? 今なんて…」
「きみ は コイキング みたいな もの だ」
「!!」
いきなり放たれた青年の暴言に近い発言、のび太は思った。コイキングはないだろ?と…
いかに落ちこぼれの毎日を過ごしてきたのび太といえどコイキング呼ばわりはされた事がない。コイキングといえばあの跳ねると微妙なじたばたと意外に速い素早さだけのポケモンだ。そんな情けない奴と同格だと言われたのは流石ののび太もプライドが許せない。第一自分のバトルを見てすらいないような人がそんな事を言える神経がどうかしている… のび太は最近の中では最も激しい怒りを抱いた。もはや彼に命を助けられた事など記憶から消滅されていた。
(なんだ、それなりに意地があるじゃないか。なら都合が良い…)
赤帽子の青年は眉一つ動かさずのび太の反応を眺める。そして怒れる彼に追い討ちを掛けるようにもう一言言い放った。
「失礼、コイキングではなかった。君の実力はコイキングのレベル5を使う大好きクラブの一員よりずっと下だ。指で表すとこのくらい」
「うわああああッ!!」
言い過ぎとばかりに暴言を吐く青年に、ついにのび太の堪忍袋の尾が切れた。少し挑発が過ぎたか… 赤帽子の青年は苦笑いを隠せなかった。
「なら、僕と勝負だ!!」
のび太は自分とは思えない俊敏な動きでモンスターボールを取り、赤帽子の青年に向けて突き出す。青年は同じようにボールを一つ取り出し、人差し指でそれを回転させた。
「…始めるか…」
最終更新:2010年01月17日 18:42