モンスターボールGTその6

前へ
夕日が沈み始める暁の空はこれから起こるバトルの演出として充分なものだった。
のび太と赤帽子の青年の間に、静かな春風が吹きそよぐ。方や闘志剥き出しで構えるのび太…方や冷淡な雰囲気を一切崩さない赤帽子の青年、両者のオーラは対象的なものだった。
「僕はコイキングじゃない… 僕は野比のび太だ!」
当たり前だがのび太は名前を強調するように吐き捨てる。そしてボールを投げ、ポッポを繰り出した。
「ならば証を見せてみろ(コイキングは酷すぎたな。攻めてヒマナッツにしておくべきだった…)」
赤帽子の青年は人差し指で回していたモンスターボールをパシッと掴み、宙に投げつける。ボールの中からは赤いポケモンが現れた。
「な、なんだ?」
「フッ、僕の勝ちだな」
繰り出されたそいつの姿を見て、のび太は驚愕し、青年は勝ち誇った顔をする。
「…ふっ…ふ……」
のび太は言葉を詰まらせた。自分でも震えていることがわかる。赤いそいつの姿はゲームで見たものと何も違わなかった…

「ふざけるなぁー!!」

怒りの叫びは周囲に響き渡り、木々を揺らす。その怒りの先は勿論赤帽子の青年… のび太の額にはいくつかのシワが寄っていた。
赤帽子の出したポケモン… それはコイキングだった。それも、見るからに体当たりすら出来ないような低いレベルのコイキングだ。のび太が怒るのも当然である。どう考えても馬鹿にしているとしか思えない。
「笑えないことしないでください! 僕は本気だぞ!」
「笑えないこと?別に狙っている訳じゃない。僕はこのレベル5のコイキングでも君を倒すくらい訳無いからな」
「なに!?」
「それと、コイキングだって立派なポケモンだ。コイキングイコール馬鹿にしているという考えはそれこそコイキングに対する侮辱、偏見でポケモンを見るうちでは誰にも勝てないぞ」
「だからって… 跳ねるだけで僕を倒せるっていうの、絶対におかしいと思います」
「そうかい、ならばそう思っておけば良い。戦ってみればすぐにわかるからな」
赤帽子の青年のコイキングは何のへんてつの無い普通のコイキングだ。どう考えても攻撃技を持っているポッポの勝ちである。それを何を考えているのか赤帽子の青年は自信満々だ。裏がありそうなものだが頭に血が昇っている今ののび太には一切その事を考えていなかった。それが後々のことにどう影響してくるのだろうか、第三者が居ればそう思うところだろう…
「行けー!ポッポ!!」
そして二人のバトル火蓋は切って落とされた。先に動いたのはのび太、ポッポは翼を広げ全速力で突っ込んでいく。
「体当りだ!」
勢いを付けたポッポの一撃はコイキングの間の抜けた脳天を捉え、赤い体を見事なまでに撥ね飛ばす。さらに追撃をしにもう一度体当りを仕掛ける。
「はねる」
「!!」
しかしその攻撃は直撃寸前なところで高々く跳ねるコイキングに避けられてしまった。予想外な動きにバランスを崩したポッポは地を転がるように滑る。
「なにしてるんだポッポ! もう一度体当りだ!!」
倒れそうになったものの、ポッポはのび太の命令で何とか立ち上がり、再度体当りをする。しかしまたしてもそれは跳ねまくるコイキングに避けられてしまった。
「くそっ! そんな奴になんで当てられないんだ! しっかり狙え!!」
この時のび太は気づかなかった。怒りで冷静さを欠いていることが、自分は完全に赤帽子の青年の策にはまっていることが…
「はねる」
再びコイキングは跳ねる事によって体当りを交わす。
「ポッポ、前!!」
急いでそれを伝えるのび太だったが時は既に遅し、ポッポは頭から大木に衝突してしまった。激しい痛みが大きなダメージとなり、ポッポは崩れ落ちるように倒れ込む…
「う、嘘だ…」
ポッポ戦闘不能、のび太にはとても信じられなかった。
レベルの低い、体当りすら出来ないようなコイキングに完敗したのだ。彼は大きなショックを受け、小刻みに震えた。

「のび太」

「あ…」
赤帽子の青年はポケットから取り出した石のような物をのび太に渡す。愕然していたのび太は我に返り、それが何なのか聞く前に受け取った。
「元気の欠片だ。この辺りにはポケモンセンターはないからな… そいつをポッポに食わせてやれ」
「は、はい!」
敬語で返事をした後のび太は急いで瀕死のポッポの口に欠片を入れた。すると、傷はみるみるふさがっていき、ポッポは何事もなかったように立ち上がった。
「君を怒らせる発言はすまなかった。あれは心理策という奴だ。許してくれ」
「……………」
赤帽子の青年は先ほどまでのび太に言っていた発言をあまり良くないものだと思い、軽く謝罪する。謝る気が無いように見えるが、のび太は全く気にしなかった。というか、彼にとってそれどころではないようだ。悔しさ故に涙すら流している… 「何故負けたかわからないなら教えてやる。まず君は戦う前から怒りで冷静さを欠いていた。そのせいで君はバトルの時打撃技しか使わせなかった。かぜおこしを使えば跳ねるしか覚えていないコイキングぐらい軽く倒せたのにな」
「!! …そうだ… 僕はカッとしちゃって、ぶつかっていくことしか思ってなかったんだ… なのに攻撃を当てられないのをポッポのせいにして…
ポッポ、ごめん…僕のせいで嫌な負け方させちゃって…」
大きなミスに初めて気づかされたのび太は自らの過ちを素直に認め、ポッポに精一杯頭を下げる。ポッポは特に気にしていない様子だ。
このポッポは随分軽い性格のようだ…
「まだまだたくさん敗因がある訳だがもう1つ、君はバトルをやっている時どこを見ていたんだ?」
「どこって… そりゃあ、コイキングとポッポですよ」
当然の事を抜かすようにあっさりと答える。しかし赤帽子の青年はその返答を聞いて呆れ返った顔つきになった。のび太はあれっ?何か問題あるの?と言いたげだ。
「やはりそうか… 君はそこから間違っている。戦う時はポケモンだけでなく、相手トレーナーの仕草にも注目しなければならないんだ。君は気づいてないだろうが僕はコイキングにポッポの攻撃が見やすい位置にいつも指差して移動させていた。夕日の光で攻撃が見えなくなったりしない、理想的なポジションにね。お陰でコイキングは絶妙なタイミングで攻撃を交わす事が出来た…」
「えっ!? 移動させてたって…じゃあ最後にポッポが木にぶつかったのも…」
「アクシデントではなく、僕の戦略だ。背後に頑丈な木があれば直線的な体当りを避けた時、当然ポッポは勢い余って激突する。冷静さを欠いていた君は絶対に体当りを命令すると思ったよ」
「そんなことまで…」
のび太は口をポカンと開けて唖然する。計算し尽くされた完全無欠な戦闘スタイル、使用するポケモンの力を限界以上まで引き出してレベルの差や種族の差をひっくり返す機転、のび太はようやくこの男の力が解った。始めから敵う相手ではなかったのだ。元々次元が違う世界の人だが次元が違い過ぎる。
「まあかなり少なくしてこのぐらいか… あまり指摘すると1日が終わるから止めておこう。ああそうだ、バトル中は君の心を読んでたりしてないからな」
「……あの………」
のび太は言葉を失った。自分はなんてトレーナーと勝負したのだろう…
後悔してもしきれない気持ちである。しかし、それと同時にある事を思いついた。上手くいけば出木杉やジャイアンよりも強くなれるかもしれない方法を…
(やっとその気になったか… 閃きが遅い奴だな)
そののび太の意思を読み取った赤帽子の青年は欲しかったおもちゃを買う時の子供のように無邪気な笑みを溢す。彼の言う事がわかっているが青年は自分から言わず、そっと耳を傾けた。

「僕を弟子にしてください!」


最終更新:2010年01月17日 18:53
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。