大人のび太のポケモンストーリーその2

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空き地の激闘


のび太の部屋が徐々に明るくなり始めた。さっきまで真っ暗だったというのが嘘のようだ。
完全に光を取り戻したのび太は部屋をくまなく見た。しかし、何の変化も感じられない。
騙されたのか?のび太は急に不安になってきた。なぜかというとこれと言った変化が無かったからだ。
窓から見る風景も何の変哲もない。ふと、ズボンの腰の辺りに何やらボールが三個付いていた。
それは上が赤色で下の部分が白になっている。
間違いない、それはポケモンが入っているモンスターボールだとのび太は確信した。
「これは絶対にモンスターボールだ! きっと、強力なポケモンが入っているに違いない」
のび太はモンスターボールを手にとって喜びの声を上げた。
嬉しい――この瞬間はのび太にとって至福の時だった。長年憧れつづけていたものが手に入ったのだ。
強力なポケモンが入っている証拠はどこにもなかったが、ポケモンには絶対の自信を持つ自分が、
弱いポケモンを持っているとは夢にも思わなかった。
「ようし、早速家から飛び出してみよう。もう引きこもりはやめだ。
僕はこの世界に来た瞬間から最強のポケモントレーナーなのだ!」
奇声を発しつづけながら、家から飛び出した。もう落ちこぼれとは言わせない。
いきなりこの世界にやってきたドラえもん達の慌てふためく顔が目に浮かぶようだった。
特に聡明で底の知れない出木杉の慌てる顔が見ものだった。
のび太は出木杉とは比較的仲の良い関係を築いていたが、心の中では底の知れない奴と思っていた。
(ふふふ……出木杉め、今頃大慌てでいるだろうに……)
ニヤリとほくそ笑みながら階段を駆け下りる。そして大急ぎで靴を履いて玄関のドアを押しあけると、
まだ見ぬ世界へと駆けだしていった。
のび太の街の空は既に夕闇を迎えていた。それでも満面の笑みを浮かべながら歩を進める。
目的の場所は特に決まっていなかったが、心が躍って歩きださずにはいられなかった。
とりあえず空地にでも行ってこようか?もしかしたらジャイアンとスネ夫辺りがいるかも知れない。
(あの二人に僕の最強のポケモンを見せつけてやろう)
のび太の心臓の鼓動がさらに大きくなり、胸が高鳴る。
自分はこの世界では王様のようなものだ。そうのび太は感じている。
通りすがりの人達が好奇な目で自分を見ている。
今に自分の強さを目の当たりにし、尊敬の眼差しに変えてくるだろう……。
のび太の夢は膨らむばかりだった。
そしてようやく目的の空地に着くとのび太は愕然とした。
空地は土管が三つ積み上げられている。その積み上げられた土管にふんぞり返っている者が一人。
それに土管の傍らに突っ立っている者がいた。
空地にふんぞり返るとまず思いつくのはジャイアンだったが、
今――空地にふんぞり返っているのはまったく別の男だった。
のび太はその顔を知っていた。ポケモンのゲームに登場する確かハヤトという人物だった。
もう一人はセンリという物静かな雰囲気を纏った男だ。
ハヤトはこちらに敵意を持った目をぎらつかせて
「何だ? お前は。ここは俺達の縄張りなんだが」
明らかにのび太に警戒心を持った口調で言った。
「僕は野比のび太だ。この世界の主だ」
のび太は負けないように言い返した。少しの沈黙の後、ハヤトは大笑いした。


「ははははーっ! 馬鹿め! この世界の主だと!? ホラ吹きめ!
この世界の主はレッド様だ! 貴様などではない!
貴様は反乱分子として最強の飛行ポケモンの使い手である、
このハヤト様がポケモンバトルに勝利した後に国王レッド様が住まわれる王宮に突き出してやる!
センリ、いいよな?」
ハヤトは大笑いしながら横にいるセンリに問いかけた。
「良かろう……だが、お前の手に負えないようなら俺が挑むがいいか?」
落ち着き払った口調でセンリは言った。
「馬鹿め! このハヤト様がこんなへなちょこ野郎にやられるかってんだ。
それより、こいつのランキングが知りたい。俺はあれをもっていないのでな」
ハヤトは再びセンリに問いかけた。センリはポケットの中から何やら
黒いゴーグルのようなものを取り出した。
「このトレーナーランキングゴーグルを使えば相手の強さが分かるが
使う必要はなかろう。俺の予想ではあいつのランキングは3000位程度と見ている。
1603位のお前の相手ではなかろう。測るまでもない……」
厳しい目でのび太を観察するように見ながらセンリは述べた。
既に夜になり、暗闇に包まれてよく相手の表情は窺うのが難しかったが、
あの二人が自分が軽く見て、馬鹿にしている様子なのが見て取れる。
完全に舐められているのだ。のび太は二人のやり取りを聞いて、
この世界には相手の強さを把握するアイテムがあるのを知った。
あの二人は自分を3000位などと言ったが、のび太は自分のランキングは1位だと思うことにした。
(今に見ていろ。あの二人をぎゃふんと言わせてやる)
内心ではそう思っていたが、不安だった。それはハヤトが言ったレッドのことだ。
しかし、そのことは頭から離すことにした。それがいいのだ。
「勝負だ! かかってこい、野比のび太! ゆけっ、ピジョン!」
ハヤトは勢いよくボールを投げて大型の鳥の形をしたポケモンを繰り出した。
暗闇を自由自在に飛んでのび太を睨み付けている。羽を大きく羽ばたかせ羽毛を飛び散らす。
戦闘意欲は十分だった。それを見てのび太は不安になった。
のび太が持っているポケモンは何が入っているのか分からないのだ。
事前に調べれば良かったのだが、のび太はポケモンの世界にやってきた喜びで肝心なことを忘れていた。
(もしも弱いポケモンだったら……)
コテンパンにされるだろう。
落ち着け、大丈夫だと自分に何度も言い聞かせながらモンスターボールを投げた。
ボールは眩い光を放ちながら地面に転げ落ちる。
そして中から青色を基調とした巨大なポケモンが姿を現した。
それはさながら特撮の怪獣のようなフォルムをしている。
鋭い爪や牙を備えていて、顔は特に鮫の中で最も獰猛と言われるホオジロザメに似ていた。
まるで鮫が立って歩いているかのようだ。それに加えて無駄な贅肉をそぎ落としたような姿は圧巻だ。
(大当たりだ)
とのび太は内心思った。そのポケモンはガブリアスと言い、ドラゴンタイプ最強と言われている。
まさかガブリアスが入っているとは驚きだった。
もしも、事前にガブリアスが入っていることを知っていたらハヤトにビビることはなかっただろう……。
「ガブリアス、逆鱗だ!」
のび太はガブリアスに最強の技『逆鱗』を命じた。
のび太の命を聞いたガブリアスは突如狂ったように暴れ出し、体を回転させジャンプをして
空高く飛ぶピジョンに攻撃した。
ピジョンは一瞬にして飛翔する力を失い、急降下して血しぶきと共に地面に落下する。
「馬鹿な!? 俺様のピジョンが……」
呆然と立ち尽くしてハヤトは自分のピジョンを見ていた。
そして我に返って戦闘不能に陥ったピジョンをボールに戻すとその場にガクッと膝を落とした。
のび太は勝利したにも関わらず、ガクガクと体を震わせていた。
自分のガブリアスが一瞬にしてピジョンを戦闘不能にするのを見て恐怖すら感じた。
ポケモンバトルとはこんなにも恐ろしいものだっただろうか?
それともガブリアスとピジョンのあまりの戦闘力の差か?
どちらにしてものび太はピジョンを倒して主人である自分に褒めて貰おうとしているガブリアスの目を見て、
嫌悪感を抱かずにはいられなかった。恐ろしかった。
それでも徐々に優越感が込み上げてくる自分が嫌になった。
(これがポケモンバトルか……僕は甘く見ていた)
のび太は罪悪感に苛まれつつ、絶望の表情を見せているハヤトに向かって言った。
「ハヤト、ピジョンは大丈夫かい?」
「心配は無用だ。このぐらいポケモンバトルでは良くあること。
ポケモンセンターに行けばたちどころに治る」
ハヤトは吐き捨てるように言った。ハヤトの敗北を目の当たりにしたセンリがのび太の前に出た。
「……ハヤトでは駄目だったか、ならば俺が相手になろう。
ちなみに俺のランキングは189位だ。いつもハヤトとつるんではいるが、
俺の実力はハヤトを遥かに凌ぐ。いくんだ、ケッキング!」
そう言ってセンリはボールを投げ、超巨大な類人猿の姿をしたポケモンを繰り出した。
その巨体は立ち上がると2メートルは下らないであろう。
しかし、なぜかそのポケモンは地面に横たわっていた。
「ケッキング、ギガインパクトでガブリアスに攻撃!」
「ガブリアス、逆鱗!」
のび太は逆鱗を再び命じる。ガブリアスはのび太の命令を聞くと再び狂ったように暴れ出す。
鋭い爪を突き立ててケッキングの腹部に突き刺した。途端にケッキングの鮮血が飛び散る――。
唯、ケッキングもやられっぱなしではなかった。
ケッキングは巨大な体躯を起き上がらせて立ち上がった。
立ち上がるとはるかにガブリアスよりも大きかった。
ケッキングは巨体を生かしてそのままガブリアスに突撃する。
ガブリアスはケッキングの一撃をくらってよろめいた。
やばい、このままギガインパクトを続けられたらガブリアスは持たない。
のび太がそう思った時、ケッキングは何を思ったのかまた地面に横たわった。
「ガブリアス、今だ! 反撃だ!」
のび太が叫ぶのと同時にガブリアスは横たわったケッキングに渾身の逆鱗を与えた。
ケッキングは悲痛の叫びの声を上げるとわずかにピクピクさせるだけでほとんど動かなくなった。
「トレーナーランキング189位のセンリが負けた?
野比のび太……いったいランキングはいくつなんだ?」
センリが敗れたのを見て更に絶望するハヤト。


「慌てるな、今……調べる」
センリはケッキングをボールに戻すと、上着のポケットから黒いゴーグルを取り出して
顔に付けた。すると、センリの額から汗が流れ出てきた。
明らかに脅えている。震えながらセンリは言った。
「トレーナーランキング127位だ!」
その言葉にハヤトは凍りついたようになった。
「127位だと!? いくらなんでもこんな間抜けな野郎が127位なわけないだろ!
何かの間違いじゃないのか?」
「確かに127位を示している。だがトレーナーランキングゴーグルの故障かもしれん。
最近、手入れしていなかったし、旧型でもある……」
闇夜の空地の周辺には既に街灯の明かりが灯され、
ポケモンバトル終了と同時に静けさも戻りつつある空地に忍びよる足音が聞こえた。
のび太が振り向くとそこには長身だが、頭が禿げあがっている老人が姿を現した。
トレーナーランキングゴーグルという、この世界独特の相手の強さが分かるアイテムをしている。
「センリとハヤトに勝利した君はなかなかのものだ。今度は私と勝負してくれないか?」
現れるや否や、突然のび太にポケモンバトルを仕掛けてきた。
「あなたは?」
ビックリしながらものび太は尋ねた。
「私はカツラ、唯の老いぼれだ。ほう、確かにランキング127位。
138位の私より数段上だ。だが、油断しない方がいい。
数々の修羅場をくぐりぬけ、長年鍛え抜かれた私のポケモンの力を侮らない方が身のためだ」
カツラの言葉とともにカツラの気迫と闘志がひしひしと伝わってくる。
(今度の相手は一筋縄ではいかない。気を引き締めなければ)
カツラが発する百戦錬磨のオーラをのび太は敏感に感じ取った。この人は強い。
「カツラさんの登場か……。これで野比のび太の真価がわかる」
センリは二人の勝負に注目しながら言い放った。
空地は熱いポケモンバトルのフィールドと化し、戦う両者の気迫が支配した。
緊迫感が空き地全体に漂う。夜風を受けて草がゆれる。
のび太は気を振り絞ってモンスターボールを投げた。
手持ちの三匹の内、一匹はガブリアスだと確定したが、残りは不明だったので別のボールを投げた。
出てきたポケモンは二足歩行でヒト型に似るが、なによりキノコの笠を被った外見が特徴のキノガッサだ。
(やった、これまた大当たり!)
キノガッサはかなり強力な部類のポケモンで、人気が高い。
「キノガッサか……。確かに強力なポケモンだが、私の炎ポケモンの前では無力。
ゆけえっ! ゴウカザル!」
喜んだのも
つかのま、カツラが繰り出してきたのは最強の炎タイプの呼び声高いゴウカザルだ。
弱点である草タイプを持っているキノガッサでは相当不利だ。
のび太はカツラのことをゲームで知っているので炎タイプの使い手であると知っていた。
しかし、すっかり忘れてキノガッサが出てきたことを喜んでしまったのだ。
のび太は浅はかな自分を呪った。こんな調子でこの先勝ち抜いていけるだろうか?
「ゴウカザル、フレアドライブで焼き尽くしてしまえ!」
カツラの一言でゴウカザルが元々身に纏っている炎を強くし、
激しく燃え出させてキノガッサに情け容赦なく襲いかかってきた。
のび太はキノガッサをボールに戻そうとするが、まだポケモンバトルに慣れていなく、
あまりにもゴウカザル凄まじい勢いに咄嗟に対応出来なかった。
(ああ……どうしよう)
万事休すかと思われたその時であった――
突然、空き地にゴウカザルの灼熱とも言える炎すらも
いとも簡単に消し去る程の雨が降りしきる。
これこそ天の助けであった。ゴウカザルが突然攻撃を止めて苦しみ出した。
ゴウカザルの元々纏っていた炎すらもかき消える。
(ゲームとは違って良かった)
のび太は内心思った。これがゲーム通りであったならば、
雨が降っていようがゴウカザルのフレアドライブによって一瞬にして倒されていただろう。
のび太はこれこそ天の助けとばかりに歓喜した。
反対にカツラは天を睨みながら、雨を呪っているように見えた。
「………雨かね。これでは私の炎ポケモンは成すすべがないね。
君は本当に運がいい。天に感謝しなさい、雨が降らなければ君は負けていたのだから。
私には分かるよ。君はランキングが私より上でもポケモンバトルに慣れていない。
あの時、咄嗟に別のポケモンに交代させることもできたのだ。
なのに君はポケモンを交代させることをしなかった。これ以上続けても恥をさらすだけだよ。
もしも、このまま続けていたら……。
私のポケモンは一匹も倒されずに君のポケモン三匹を倒していただろう。
私には分かる……君は素人だ」
カツラは淡々と言葉を続けた。冷静な語り口だった。
のび太はその言葉に怒りを覚えた。
ポケモンのゲームを何百時間もプレイした自分を甘く見られるのが許せなかった。
「ふざけるな! 僕は誰よりもポケモンに詳しいし、誰よりも強いはずだ!」
のび太は激高してカツラに怒鳴った。のび太のどなり声が雨の中、周辺近所に響き渡った。
「意地を通さずに認めなさい、君は弱い。
まず自分の弱さを認めない限り、強くはなれないよ。
それより雨が強くなってきたから、皆帰ろう。さらば」
カツラは大人びた口調で子供を諭すかのように言った後に背を向けて去ろうとする。
センリとハヤトもそれに従う。
「待て、お前ら! お前らには僕の強さが分からないのか!?
それに僕はこの世界を作った創造主なんだぞ! 僕はこの世界で一番偉いんだ!」
のび太は去ろうとする三人に向かって怒声を浴びせた。
それを聞いたカツラは去ろうとする足をピタリと止めて言った。
「……二度とその言葉を口にしない方がいいよ。
反乱分子としても捉えられかねん、この世界の主は宮殿に住まわれる国王レッド様だ。
それを肝に銘じたまえ、青年よ」

カツラは何やら遠くを指さして言った。その指先には見たこともない宮殿が立っていた。
のび太は今まで気づかなかった。あんなところに宮殿が建てられていたなんて……。
「カツラさん、そう言えばさっきもこいつ……『この世界の主だ』とか言ってましたぜ」
ハヤトは思い出したかのように言った。それにセンリも無言でうなずく。
「そうか、それは危険だな……」

カツラの表情が険しくなる。
「カツラさん、こいつを捕らえて王宮に連れ出した方がいいかもしれません」
冷静にセンリがカツラに意見した。
「いや、その必要はないだろう。我々が捕らえなくても
レッド様の命を受けて反乱分子を見つけ出す者がこの街にたくさん潜んでいる」
そう言うとカツラはセンリとハヤトと共に空き地から姿を消し、
のび太はしばらく呆然と空地の中央に立ちつくしていた。


最終更新:2010年03月04日 21:03
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