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渋谷区にある住宅街。近頃、この一帯は異常なまでに騒がしい。
近所トラブルを吹っ掛ける主婦。
だが、彼女はつい最近までは穏やかでガーデニングを嗜んでいて、近所付き合いも悪くなかった。
喧嘩が絶えない新婚夫婦。
つい最近まで見せつけるようにイチャついてた姿はどこへやら。現在、離婚協議中らしい。
一方、引きこもりになっていた少年が突然、前向きになり、学校へも通学し始めた。
いじめられるかと不安視されてたが、むしろ学校で上手く行っているとか。
近所付き合いが悪い事で有名な老人が急に人となりが良くなった。
怒鳴りもしないし、むしろ野菜をお裾分けしたり、あまりの変わりように周囲も困惑している。
そして――深夜。
聖杯戦争が裏で本戦に以降した頃にサイレンが響き渡る。
何事かと目を覚ましてしまう住人もちらほら。幸いにも火事ではなかったようだが……現場はとあるマンション。
屋上からの飛び降り自殺。
マンションの管理人は頭を抱えつつ警察から聴取を受け、マンションの住人は不安の色を隠せず、現場の様子を伺っていた。
なにせ、このマンションの自殺は――これで四件目なのだ。
最早、自殺ではなくミステリー小説が如く連続殺人の線を疑った方がいいほど立て続けに発生している。
それを影で月の模様がある白兎たちが観察していた。
☆
聖杯戦争の本戦、という事もあるが近所が騒がしいのもあって『
雲母坂まりな』は眠れずにいた。
仕方なく、自室のベッドで横になりながら、スマホを弄っていたら――……
脳裏に妙な映像が流れた訳だ。
突然、胡散臭い男が説明してきたのはマスターの帰還について。
映像が終わり「なんなの?」と困惑するまりなが、スマホ画面に視線を戻すと既に深夜零時がまわっていた。
不安を感じて、周囲がどうなるのか緊張感持って伺うが……何も変化はない。
強いて言うなら、事件現場のマンション周辺で赤いランプが点灯している程度だ。
割といつも通りの様子に、少しだけまりなは安堵してしまった。
本戦が始まった。そういう割には案外なんともない。
自然と眠気が襲って来たので、このまま就寝し、起きたら色々考えようとまりなは準備を始めた。
しかし……何か引っかかる。
帰還できるのは聖杯を手にしたマスターだけ……まあ、そんなものだろう。まりなは特段、変には感じなかった。
結局、そういう勝負事の世界で、敗者に権利はないという。
ありきたりだけど、当然の説明をしただけ。
でも……サーヴァントを倒せればマスターは脅威じゃないから、人によってはマスターを倒さなくてもいいと判断する者もいる。
言われてみれば、そうかも。盲点に気づいただけで、だから何だとまりなは興味を失う。
もういい。寝よう。
その時、まりなは抱いていた違和感に気づいてしまう。
否、気づかない方が彼女にとっては幸せだった。
帰還できるのは聖杯を手にしたマスターだけ
じゃあ………………………ママは?
☆
現代の風景には似合わない海軍の軍服を着た男『
クトゥルフ』は、白兎たちと見つめ合っていた。
住宅街のあちこちに、無害そうな獣がちらほら見受けられるが、この東京二十三区内ではありえない。
クトゥルフと白兎たちの睨み合いは微笑ましい光景だが、
クトゥルフにも彼らが他サーヴァントの使い魔であると理解ができた。
故に、どうするか。
白兎たちからは攻撃の姿勢は愚か、他の工作を行っている様子はない……謂わば偵察部隊。
そして、本体と呼ぶべきサーヴァントは姿がない。
幾匹か
クトゥルフを追跡したり、あるいは別方向へ駆けていったり、それよりか餅をついて団子を作っている個体もいた。
クトゥルフは限定的に宝具を解放し、悪夢の断片の一つ、大嵐の一部を使い、白兎を須らく吹き飛ばした。
こうなれば……ここが戦場になるのは明白である。
密集した住宅地だろうが聖杯戦争においては、障害物の一つかステージの一環に過ぎない。
相手も問答無用に仕掛けて来るだろう。
そして、それは――
クトゥルフも同じである。
わざわざ他の人間を考慮し、攻撃の手を緩める必要がない。ここら一帯の住人に
クトゥルフは関心がないのだから。
だが、マスターは別だ。
戦闘に巻き込まれないよう彼女には退避をして貰わなければならない。
「あ……! い、いた!!」
すると、マスターのまりなが何故か住宅街を駆けて、
クトゥルフを探していた。
彼女は必死な形相で
クトゥルフに対して混乱気味に訴え始めた。
「ね、ねえどうしよう! さっき胡散臭い男が話してたでしょ!? 元の世界帰れるのはマスターだけって!
そ……それって帰れるのは『私』だけで。ま……ママは……帰れない………って……」
先程の通達はマスターのみにされ
クトゥルフは認知していないのだが、まりなはどうだっていいのだろう。
重要なのは、帰れるのは自分だけで母親は帰れない事実。
彼女の母親に関しては、そもそもマスターですらないから帰還の権利すらない訳だ。
「ど、どうしよう……このままだと、私ひとりで帰るんだよね……ママはここに残って……」
一体何を必死になっているのだろう。
クトゥルフの心情としては、そういう気持ちだった。
別に母親がいなくともいいではないか。
子供を為せば孤独ではなくなるのだから、母親がいなくなっても問題ないではないか。
そもそも、成長した子供に母親など不要なのだから、自立すればいいものを。
自分の息子たちは、狂気を制する道具になると宣言した自分に不満や反論は述べなかった。そういう関係が普通だろう。
親と子は、ある程度すれば無縁と扱っていい関係性だ。親と関係なく生きれば良かろう。
――そんな言葉を全て
クトゥルフは、吐き出さない。
結局全部が全部、
クトゥルフの持論に過ぎず、それを吐き出した所で自分の意見を押し付けるだけだ。
眼前の彼女のように、かつて殺した妻のように何かを縋らなければならない者もいる。
クトゥルフは彼女が求めている言葉しか与えなかった。
「ならば、それを願えばいい」
「……え」
「母親との帰還を聖杯に願えば、お前の望みは叶う」
「…………………それって」
「それが唯一の手段だ」
「…………」
何故か呆然とするまりなに、少しばかり
クトゥルフが振り返った。
彼女に対する解答と、彼女が望む事実を突きつけ、納得するようにしたが、それでも何が不満だというのか。
クトゥルフは最後にこう告げた。
「ここは戦場となる。親と共に離れろ」
☆
まりなは家に戻った。
どうしよう。
本当の戦争が始まるらしく
クトゥルフは避難しろと警告した。
母と共に。
最近は機嫌よくなって今日も満足に熟睡している母親に、どう言い訳して避難させるのかも困り所だったが。
確かに彼が言う通り、聖杯に願えば母親と共に帰還する事ができるのだが。
聖杯の願い……ママを連れて帰る為に使わなきゃ………駄目? 私の願いは……?
苦悩していた。
もう、いっそ面倒な母親なんて、自分の顔に傷をつけ、変な紅茶のアルコールが必要とか意味不明な理屈を叫ぶ母親なんて
放っておけるなら放っておけばいい。
戦闘に巻き込まれて死んだ事にしてしまえばいい。
……でも、そんな事をして。いいわけが。
じゃあ、自分の願いを捨ててまで、自分が望む幸せを捨ててまで、否、自分の望みが叶えられないなんて。
そんな事があっていいのだろうか?
折角、何でも願いが叶う。幸せになれる権利に手が届くのに。
そうして、彼女は――……
【渋谷区 まりなの家/1日目・未明】
【
雲母坂まりな@タコピーの原罪】
[状態]無傷、精神的不安定(小)
[令呪]残り3画
[装備]
[道具]スマホ
[所持金]高校生程度
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯獲得
1.ここから避難する。……ママは?
2.
[備考]
※精神が不安定ですがバーサーカー(
クトゥルフ)のスキルで徐々に回復します
【バーサーカー(
クトゥルフ)@クトゥルフ神話】
[状態]:魔力消費(微)
[装備]:
[道具]:
[所持金]:
[思考・状況]
基本方針:聖杯獲得
1:白兎の主を迎え撃つ
2:
[備考]
最終更新:2023年02月11日 14:52