『青天の霹靂』なる故事成語が存在する。
意味は、予想だにしない出来事が突然起きることだ。

『綾辻真理奈』にとって昔の、飛行機墜落事故こそ青天の霹靂に値するだろう。
あるいは完璧な完全犯罪を目指そうとしたが、彼女にとって予想だにしなかったミスにより真相が暴かれた事も、そうかもしれない。

いずれにしても。
綾辻は、優秀な刑事を出し抜ける程、頭は冴えている。
前述のような不幸で不運な青天の霹靂さえなければ、彼女は堅実に生き残れると確信した。

優先すべきは彼女、彼女のサーヴァント『冬将軍』の天敵の排除。

炎。

連続焼殺事件の首謀者が何者かは分かっていないが、聖杯戦争の関係者であるのは容易に想像できる。
真っ向からは挑まない。
相手がサーヴァントならば、冬将軍のように強力な宝具を備えており、圧倒的に不利。
……なら、どうするべきか?

一番に想像するのは『同盟』。
これは綾辻以外の主従も行動を移しそうで無難な選択ではある。
通達で残存主従は二十組と伝えられた。意外と多い。綾辻は悩んだ。
誰かと同盟を組めば、序盤・中盤にかけて余力を残しつつ、他主従を相手できるし、向こうも同盟を結成していたら、こちらも相応の対処が可能。

ただ……同盟を組むという事は即ち、宝具や能力、手の内を把握されるという事。
ミステリーなら、第三者にトリックを明かすのと同意儀。

無論、手の内を明かされたからといって、冬将軍の強さが低下する訳ではない。むしろ冬将軍は強力なサーヴァントの一騎。
聖杯戦争では当たりの三騎士『アーチャー』クラス。
しかし、二十組の主従。弱点持ち。そう考えると綾辻は同盟には踏み切れなかった。

綾辻が考えたのは――完全な同盟を組まない。
それでいて、いざという時は冬将軍が圧倒できる相手。
他主従との接触が可能で、姑息に立ち回り、炎使いのサーヴァントを倒せる……そんな都合のいい主従がいるのか?


いたのだ。
派手で馬鹿目立って『暴走』を続け、現実に疲れ果てた人々を導く『神』が


「サーヴァント?」

「そ~。昨日、拠点の一つが襲撃されたんだって~サーヴァントってのに。
 あたしも幹部の人から聞いただけでよく分かんないけど~……ヤッバだよねぇ。あたしらのところに来ても困るし」


そんな話を、如何にもギャルを代表できる肌を焼いて、コテコテのメイクに金髪染めした女子学生と
会社に嫌気が差して逃げてきた……設定を作って居座っている綾辻が繰り広げていた。

ここは『新生・聖華団』が拠点にしている廃墟の一つ。
二十三区内に点在する拠点の一角に過ぎないが、日夜、様々な人々が現実から逃げて来る。
会社から、学校から、家庭から、環境から。
綾辻と会話しているギャルも、家庭問題を理由にここへ訪れ、同じ境遇の学生と仲良く会話(ダベ)っているように。
主に、この廃墟は女性子供中心で集結している印象がある。
なので綾辻は自然に彼らへ紛れ込む事ができた。

とは言え。この中では、綾辻は新入り。
連日の連続焼殺事件から警戒して、ここへ通い詰め始めて間もない。彼らが崇める『神』とは面識がなかった。
さり気なく綾辻はギャルに尋ねた。


「私、まだ会っていないのよ。『暴走族神』さんと……」

「真実(マジ)~?! 『ヤジ』と会ってないのぉ~~?」

「やじ?」

「『殺島』だから『ヤジ』! ヤジ、あっちこっち顔出しに行って忙しいってぇ。でも、ここに来たことあるよ~」

「そ、そうなのね。会ったら、ちゃんと挨拶したいと思って」


生き生きなギャルに対し、綾辻は若干緊張気味になる。
敵対する相手であり、反社会的な勢力に属していた人間だ。恐らく並の精神で立ち向かえる輩ではない。
いくら綾辻が幾人も手をかけた殺人者であっても、これは話が違う。

などと思ってた矢先。
突如、奥の方から騒がしい歓声が聞こえる。まるでジャニーズがファンの前で凱旋しに登場したかのような熱気だ。
雰囲気から綾辻は察したが、周囲もそれを自然と理解する。


「虚偽(ウッソ)! ねえ、ヤジ来たって!!」

「ちょい待ち!? メイク途中なんだけどぉ~~~!」

「早くしないと行っちゃうよ~~!」


綾辻も内心、前兆なく現れたのに焦りがない訳ではないが、むしろ最初から構えていた。
なにせ、聖杯戦争の本戦開始に、謎の男による追加の通達など、事を急かすような出来事が連鎖している。
一般人であるNPCらにサーヴァントの情報を流している様子から『暴走族神』も本格的に動き出すであろうことを……
こうして『暴走族神』と多少の接触をする前提だった綾辻にとって、ここからが本番。

実際に現場へ足を運んだ綾辻だったが……なにこれ。本当にアイドルの凱旋じゃないの?みたいな現場になっていた。

『暴走族神』――殺島は彼女が想像していた以上に『普通の人間』だった。
暴走族の恰好をしている時点で普通も糞もないのだが、所謂、ヤクザとか半グレみたいな『如何にも』な雰囲気はない。
だけど、女性にモテる顔立ちに、歳は相応にありそうなのに若さがある。
普通のスーツ着て、街に歩いてても何ら違和感ない。お人好しな雰囲気だった。
何故だろう。反社会的な所に居座っているのが不思議に思える。何かなければ暴走族に走らなかったんだろうな……そんな男性である。


(いけない。まず彼のサーヴァントを探らないと)


我に返った綾辻が人混みからさり気なく離れ、ごく自然に周囲を見渡す。
サーヴァントを視認すればステータスとクラスが見える。だけど、それはない……マスターが狙われる事はサーヴァントにとっては致命的。
だから、どこかでサーヴァントが彼を警護しているだろう。
そうでなくとも、人々を洗脳し、熱狂させるスキルがあるとしたら不用意に彼へ接触するのは危険。
……ただ。ここまで綾辻が分析するに、色々と不自然な事が多い。


(やっぱり……サーヴァントがいない? ここにいる人達と話してきたけど、不自然なところはない。洗脳されているようには思えないわ)


これは冬将軍と共に、遠目から彼らを観察して感じた事だが、彼らは彼らなりの理由があり、それに対し『暴走族神』がつけこんだ。
悪く表現すれば、そういうこと。
しかし、逆に言えば超能力だとかスキルで洗脳されていない……これはこれで厄介な部分になる。
『暴走族神』が死しても、その残党が凶行に走ってもおかしくない。

もう一つ。殺島のサーヴァントについて。
これも謎めいていて、これほど暴れ回っておいて、主犯格の一人たるサーヴァントが全く姿を見せないのは、一周回って不気味だ。
逆に、アサシンのサーヴァントで常に気配を消しており。
暴走行為は全てマスターの殺島による手腕……本当にサーヴァントは加担していないのだろうか?


(それに彼はどうやってここに……)


そして、最後に殺島が唐突に現れた事に違和感を感じた綾辻。
暴走族ならバイクだの、暴走車だのに乗って登場するのが常識のようなもの。
だけど彼が現れた際、エンジン音一つすらなかった。まさか徒歩じゃあるまいし。
賢さ故か、綾辻はある仮説を思いつく。非現実な仮説――即ち『瞬間移動』『ワープ』のような類を使ったのではないかと。

だからこそ連日までの『新生・聖華団』の暴走は納得できるものだ。
神出鬼没。
前触れなく出現し、暴走し、消え去る。存在そのものが嵐の如く、被害だけを残していく。
彼らもまた『瞬間移動』『ワープ』を活用しているならば……


(ここにいる人達は暴走行為とは無縁。だから知らないんだわ。もし、そうだとすれば――)


綾辻が廃墟の奥を探ると、予想通りのものを発見する。
不自然に開いた扉!
あそこの奥を出入りする者は、少なくとも綾辻は見かけないうえ、ついさっき開かれたかのように、扉はキィと音を立てて僅かに開放度を上げる。


(あれだわ! あそこから入ってきたなら、もしかして奥には――)






『我らの初動はただ一つ、同盟相手を探す! ただし――ヒロキも分かっておるだろう。
 同盟の条件はサーヴァントとそのマスターが宗教とは無縁である事よ』


アルターエゴ『アイホート』の条件は簡単そうで以外と難しいものだった。
意外と英霊というのは宗教――神と繋がりがある。
たとえサーヴァント自体が神に仕える類でなくとも、神と『縁』があるだけで件の宗教食らいの影響を受けるのだとか。
ただの人間で、『暴走族神』というある種の信仰を得た『殺島飛露鬼』ですら対面でアレだったのだ。
英霊も人間もタダではすまない。

……だが、派手に動いている分。
アイホートらも、他主従の恰好の的になっているのは事実。
二十三区内で点在する拠点の幾つかは襲撃されており、中でも空間破壊をしてきたライダーらしき痩せこけた男は
アイホートが二の次に警戒している存在だった。


(……同盟か)


別に殺島からすれば、同盟を組む事に抵抗はなかったし、むしろ交流関係なら殺島の得意分野でもある。
ただ、どうも他主従の動きが疎らで、統一性がなく、ある意味では複雑怪奇の模様と化していた。

シンプルに殺島の陣営を襲撃している主従。
異なる趣向の殺人事件を起こす主従。
麻薬を配る主従。
路上ライブを行っている主従。

把握している数だけでは、発表された二十組には含まれない。
若干、引っ掛かる部分が例の聖杯戦争関係者らしき男が追加で伝えた内容。そう、帰還できるのは『聖杯を手にしたマスター』だけ。
裏を返せば、それ以外の奴らは全員……

それが読めれば、殺島の行動に迷いはなかった。
女性中心の拠点へ足を運んだのも、理由あってのこと。
ある少女の画像を見せ、女子学生らに聞き込みしたが、満足な結果は得られなかった。


「え~~、知らなーい」

「ウチん所の制服じゃん。でも知らない子ー、同じ学年じゃないかも」

「その子探してんの? 見つけたら連絡するよー!」


少女とは『七草にちか』である。
悪い意味で有名になった路上ライブに同行しているマネージャー的な存在として、ひっそり居る彼女については
謎に情報が乏しい。
平凡で普遍的な少女のマスターとは、一際目立っている。
そういう意味では接触しようとする主従は多いかもしれない。
何より、殺島が彼女を探そうと試みているのは……


「もしかして、その子って何かトラブルに巻き込まれているんですか?」


話を聞いていた女性の一人の問いに、殺島が「まあな」とさも当然のようにサラリと答えた。


「コイツも、悲鳴を上げてるからな」


何故か殺島には聞こえた。
一見、普通で平凡で至ってありきたりな少女から、どうしても悲痛な叫びが聞こえるのか。
とはいえ。
よくある虐待とかイジメのようなもので受けた苦痛に苛まれては、いなさそうなのだが。
「それで」殺島が女性からの相談の続きをする。


「その『駆け込み寺』。裏で出回っている話じゃ、死体処理専門のカルト宗教団体だぜ。早々に縁切った方がいい」

「う、嘘っ!? ど、どうしましょう。『暴走族神』様! 私の友人とその息子さんがそこで避難しているんです!!」


表向きでは『駆け込み寺』として有名な万世極楽教。
だが、裏に生きる殺島の立場上、どうもカルト宗教としての側面ばかりが耳に入る。
霊感商法とか政治家との繋がりは、良くも悪くもある話だから特段珍しくない。一際、耳に入ったのは死体処理の話だ。
時期的に聖杯戦争の関連が疑われる。
ただ同盟相手としては少々問題あった。『宗教食らい』の特攻対象になりうる。
無論――向こうも警戒している。故に殺島はこう告げた。


「近々、そっちに顔(ツラ)出す必要ができた。そん時、話をつけてやるよ」

「……! ありがとうございます、『暴走族神』様!!」


そこで一本の電話が殺島の元に入る。


『暴走族神! アルターエゴの姐さんはとっくに出発(デッパツ)しちまいましたよ!?』

「あぁ!? ったくよぉ~~、早漏(はや)りすぎだろ!」


騒がしい雰囲気を感じ取り、女性らが聞く。


「ヤジ、もう行っちゃうのぉ~~~?」

「どこに行かれるのですか?」


殺島は爽やかに笑みを浮かべ、煙草を吹かしながら答えた。


「軽く制圧するだけだぜ。『本丸』をな」








(えっ……!? う、嘘でしょ……)


影から話を聞いていた綾辻は戦慄していた。
例の、奥の扉には深入りせず、こちらに戻って正解だと綾辻は確信したのと同時に、暴走族神――殺島の凶行宣言に驚愕する。


「これより『警視庁』をアルターエゴによる支配下に置く! 表向きは異常ないが、実質敵の一角を削ぐ事となる!!」


とんでもない話だった。
今のいままで馬鹿の如く暴走行為を続け、警察などは第三勢力に置いていた筈なのに。
唐突な風の吹き回しが過ぎると一瞬、綾辻も困惑したが、冷静を取り戻せば、むしろ策略なのだと分かる。


(ここの人達には洗脳を使わず、警察相手に洗脳を使った!
 手間や時間をかけないで簡単に洗脳できるなら、確かにこのタイミングね……予選中に下手な動きをすれば警戒されるし。
 実際、今日の今日まで敵対関係を築いた勢力と手を組んだとは、結びつかない)


それに、彼が宣言した通り、警察は所詮、フレーバー程度の第三勢力。
否、勢力にすらカウントされてないだろう。
聖杯戦争は人と戦うのではない。
突拍子もない宣言の後、殺島は告げた。


「今宵よりこの二十三区は戦場となる! 多くが犠牲となり、勝者以外が消え去る!!
 なら――俺が勝利し、オメーラを全員救済(すく)う!」


そして、聖杯戦争を知る綾辻だからこそ、彼の宣言は本気なのだと理解するのである。







――千代田区 霞が関――



警視庁には連日の『新生・聖華団』による暴走行為の対策本部が設置され、その矢先に異常な事態にさらなる混乱を加速させていた。


「警視庁内で蟲の大量発生……!?」

「は、はい! しかも人を襲って、数が多過ぎて対処しきれません!」

「しかも『大田区』での住宅火災で人員が割かれて……!!」

「こんな時間帯ですから、害虫駆除業者とも連絡がつかず!」

「業者に頼っている場合か! な……なんだ……?」


対策本部で使われている会議室が謎の歪みと共に、平衡感覚と狂気を帯びた薄暗さと異臭が揃った大洞窟へと変貌した。
白の長衣を身に纏う女性――アイホートが単語を紡ぐ。


「『母なる神の大迷宮(グレート・マザー・ラビリンス)』。ここを潰したところで大したことはないがの。
 しかし、ここは便利が過ぎる。武器も人材も妾にとっては宝庫のようなものよ。
 誰も狙っておらなんだ? 不思議よなぁ」


発狂する人間の阿鼻叫喚の中、稀に精神力ある者がアイホートに銃口を向けようとすれば。
洞窟内全体に犇めく、白い蟲の群れを認知し、手を止めてしまうのだった。




【江戸川区 廃墟ビル/1日目・未明】

【綾辻真理奈@金田一少年の事件簿】
[状態]無傷
[令呪]残り3画
[装備]
[道具]
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯狙い
1.存在がバレないよう立ち回る
2.
[備考]
※『新生・聖華団』の一員として潜入中です
※ある程度、アルターエゴの性能を考察しています


【アーチャー(冬将軍)@史実、自然現象】
[状態]:霊体化
[装備]:
[道具]:
[所持金]:
[思考・状況]
基本方針:聖杯狙い
1.マスターに従う
2.
[備考]




【殺島飛露鬼@忍者と極道】
[状態]無傷
[令呪]残り3画
[装備]
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯狙い
1.他の主従との同盟。なるべく宗教関連ではないものと。
2.
[備考]
※ある程度、主従の情報を収集済みです
※七草にちかに関しては何らかの事情があると感じ取っています
※万世極楽教の裏情報を耳にしています




【千代田区 警視庁/1日目・未明】

【アルターエゴ(アイホート)@クトゥルフ神話、民間伝承】
[状態]:無傷
[装備]:
[道具]:
[所持金]:
[思考・状況]
基本方針:聖杯狙い
0.警視庁の制圧
1.他の主従との同盟。なるべく宗教関連ではないものと。
2.
[備考]
最終更新:2023年02月11日 16:59