東京二十三区内にある病院にて、とんでもない異常が起きていた。
毎晩、生死を彷徨い続け、立つ事も許されず、全身に裂けるような激痛を伴う病魔に侵された独りの女性。
名医(ゴッドハンド)がこぞって裸足で逃げ出す、超絶難度の、否、残酷にも治療不可と診断された彼女に施せるのは
最早、麻酔などの薬で痛みを抑え、苦痛を味合わせぬ事だけしかなかった。
だというのに!
女性が突然、意識を取り戻したかと思えばなんと、麻酔も点滴もなしに、
普通に起き上がり、普通に病院内を歩き出したのだ!
ありえなかった。
一連の行為をするだけでも全身に激痛を伴う筈なのに、痛みを堪えているどころか、涼しい顔をしている女性。
それどころか、彼女を抑えようとする職員を吹き飛ばす始末!!
華奢な腕のどこに、そんな腕力が!?
誰も彼もが唖然とする中、女性――『
鑢七実』は周囲の人々を雑草のように見下し、邪魔をすれば毟り、院内を散策する。
七実が探しているのは、彼女が召喚したサーヴァント。
目的の英霊は病院の中庭にいた。
肌は色白で、痩せこけた顔をした男。
ペールブルーの長髪と黒衣を纏う恰好は不気味で、病院には似つかわしくない。
不吉な雰囲気を漂わせる彼は、不釣り合いにも中庭の木の下にて座り込み、一輪咲いている花を眺めていた。
何の気なしに七実は話しかける。
「ここにいましたか、『ハデス』さん。そろそろ私、ここから離れようと思います」
ハデス、と呼ばれた男は気だるけに顔を上げたが、仏頂面の顔は至って七実の話に耳を傾けているようだった。
「あれから私達を殺しに来る人達は現れませんし、
向こうを待たせるのも悪いので私達の方から出向いた方がよろしいかと。
……いえ、この場合。私達の方が悪いのかしら」
なんて冗談を言ってるつもりなく、七実本人は至って真面目に提案してきた。
『ハデス』の方は「そうか」と彼女に意見を述べる事無く、何処からともなく手元に花を一輪、水仙の花を取り出し、七実に差し出す。
決して、ロマンティックな展開を繰り広げている訳ではない。
『ハデス』本人も七実同様、真面目に告げた。
「私の加護だ。これを持てば、お前の無刀の術も英霊に傷を負わせる事が叶う」
無刀の術。
それ即ち七実が習得している刀を使わない剣法『虚刀流』を示している。
云わば『ハデス』は彼女に戦っても構わないと暗に伝えているのだが、七実は水仙の花をすぐに受け取らず、無表情で呟く。
「意外ですね。私の事を止めないなんて悪い……いえ、ここは逆に良いのかしら」
「何故、止める必要がある。お前の尊い生命の在り方を止めようなど、私は決してしない」
「病人を戦わせる時点で悪い人。いえ、悪い神様でしたか」
「私の事は何とでも言え。何とでも吐け。それでも、病に侵されてもなお、歩みを止めぬからこそ、お前は尊いのだ」
まるで映画のワンシーンのように語る『ハデス』が脳裏に浮かべていたのは、彼が召喚された時のこと。
ある無銘の主従が、七実をマスター候補として始末しようと現れた。
彼らは、何か特別な事情がある人間は、有力なマスター候補だと睨んでおり。
実際、七実はマスター候補の一人だった。
しかし、運が悪かったのは相手が七実であったという事。
皮肉にも記憶を取り戻した七実は、戦闘経験があったらしい相手のマスターを、病魔に侵された躰で圧倒し、返り討ちにした。
幾度も死に絶える病魔を抱え、肉体に激痛を伴う彼女は動く事すら奇跡であるのに、蝶のように舞って殺したのだ。
七実が成し遂げた偉業を理解し、尊いと称賛できるのだ。
『ハデス』本心からの感動を素っ気ない態度のままスルーした七実は「一応貰っておきます」と水仙の花を受け取った。
ところで。
物のついでに七実が問う。
「ハデスさんは聖杯に何か願いがあるのでしょうか。私は……色々と考えています」
「……嗚呼。私の願いは」
☆
『ハデス』と聞いて、皆は何を浮かべるだろうか。
ギリシャ神話に登場する冥府の神。
その実、地下の神と称されている為、豊穣神の側面もある。
ゼウスの兄であり、オリュンポス十二神の1柱に数えられる事もある実力者。
子供に権力を奪われるという予言を恐れた父に飲み込まれたが、ゼウスに助けられた。
その後、冥府に領地を定められ、神話に登場する機会が少なくなった……というのが割とメジャーな話。
昨今では悪役のイメージが付きまとい、ある種の無辜の怪物を負うようになる。
全て戯言だ。
前述の情報の何もかもがペテンではないが、本来のハデスの概念、在り方は恐らく誰も想像しえないものだ。
今回、『本物のハデス』は無関係だし、今後とも関りない為、説明は割愛させて貰う。
そう。
『偽物のハデス』の話である。
まず冥府の神であるハデスがこうして聖杯戦争に至る時点で非現実的であり、
生者と関りを持つ事を、冥府神ならばあれこれ制約で煩いだろうし、
何より、彼の愛人の存在に嫉妬で怒りを露わにする妻・ペルセポネーの存在を考えると、このように七実へ口説くような真似はしないのだ。
つまり、コレは『ハデス』ではない。
『ハデス』でなければ何だと言うのか。
ある時に『ハデス』を引き連れて現れるものがいる。
神の怒りと共に全世界に死を齎す『黙示録の四騎士』。
その一つ、『死』と『疫病』の象徴であり青ざめた馬に乗り現れる『死の天使』。
名は『ペイルライダー』。
ソレは単純に言えば『病気』という概念そのもの。
人格などなく、本来召喚されればシステムに忠実なロボットでしかないのだが、今回召喚された彼は違う。
表面上は『ライダー』のクラスだが、真のクラスは『プリテンダー』。
『ハデス』という冥府神の役を羽織って顕現した詐称者である。
☆
病の苦痛はハデス、否、プリテンダーとて理解できる。
独りの少女が涙を流して、苦痛に悶えるような、永遠に似た時間で味わう一つの地獄だ。
少女が味わう苦痛以上の病魔をかかえ、幾度も死に絶えそうで、永劫に続く拷問を味わっている鑢七実は
それなのに生き永らえ
それなのに天才で
それなのに最強だった。
不完全なのに、完璧だった。
奇跡のような尊い存在を知ってしまえば、病そのものであるプリテンダーが揺れ動かない訳がなかった。
そして、プリテンダーは一つの願いを抱いた。
彼はいつか来る運命の使命から逃れられないが、悪い事に彼は『病』そのものだった。
『病』
鑢七実にあり続けるのも途方もない『病』。
自らが病であるならば、そうだ。私は彼女の中にいる『病』となり――
「お前と生涯を共にしたい」
それだけ口にしてしまい、ハデスもといプリテンダーと七実の間に名状し難い沈黙が流れた。
しばしの間の後。
プリテンダーが改めて言う。
「……いや、違うな」
「違うんですか」
「いや……いや、違わないのだが」
「噛みましたか」
「嚙んでないが」
「………」
「………」
ふと、七実が切り出す。
「そうだったわ。七花に、弟に捨て台詞を言ったのだけど、ハデスさんと同じ風に噛んでしまって」
「噛んでいないのだが」
「だから、ちゃんと伝えたい。それが私の願いになるでしょうか。我ながらいい……いえ、悪い願いかしら」
命をかけた末に叶えたい願いが、言い間違えを正すだけなんて悪い以外なんだという。
「そういう訳で、私の願いは決まりました。これからよろしくお願いします。ハデスさん」
ペコリと頭を下げる穏やかそうで、華奢だが、中身は氷のように冷酷な七実が告げる。
対するプリテンダーは、納得いかない表情を浮かべるのだった。
【クラス】
ライダー(プリテンダー)
【属性】
中立・中庸
【パラメーター】
筋力:D 耐久:B 敏捷:D 魔力:D+++ 幸運:E 宝具:EX
【クラススキル】
対魔力:C
魔術詠唱が二節以下のものを無効化する。
大魔術・儀礼呪法など、大掛かりな魔術は防げない。
騎乗:A
本来ならEXあるが『ハデス』を羽織って顕現した為、このランクになっている。
【保有スキル】
病魔:A
彼の別側面が持つ『感染』とは異なるスキル。
病を拡散させるのではなく、病をエネルギーとするもの。
プリテンダーのマスター・七実は重度の病魔に侵されている為、それが魔力に変換される。
悪い意味で魔力源には困らないだろう。
無辜の世界:EX
『死』や『疫病』に対する人々の恐れが生み出したイメージが色濃く反映されたスキル。
イメージがあまりにも雑多な為に召喚時はプレーンな存在になる。
今回は『ハデス』を羽織って顕現した。基本的にライダーのクラスで表記される。
冥界の水仙:A
女神ペルセポネーを惹きつけた花。
即死耐性などの加護を与えるスキル。
時間をかけて加護を付与すれば一時的に、ハデスが持つとされる隠れ兜の性質を得られる。
一定時間、気配遮断スキルを収得し、姿形を完全に視認不可にする。
【宝具】
『来たれ、荒廃よ、来たれ(ドゥームズデイ・カム)』
ランク:EX 種別:対界宝具 レンジ:- 最大補足:-
ハデスが持つ馬車を再現した宝具。
かの有名なペルセポネーの略奪の際、ハデスは大地を裂き、馬車に乗って現れたという。
豊穣神の側面もあるハデスは、馬車で大地を自在にかき分け、蹂躙し、引き裂き――荒廃させる。
固有結界や陣地の突破以外にも空間そのものを駆ける。
『剣、饑饉、死、獣(ケルベロス)』
ランク:A 種別:対軍宝具 レンジ:99 最大補足:999
他者に「死」を与える数多の物を具現化させ、その力を行使するスキル。
ハデスを羽織って顕現した為、彼のイメージが最も強い猛獣、三つ頭の猛獣が再現される。
【weapon】
大鎌
本来、ハデスは二叉の槍『バイデント』を所持しているが、
昨今の風評被害とペイルライダーの影響から青白い鎌を武器にする。
【人物背景】
『ヨハネの黙示録』に記述されている終末の四騎士の一人。
神から地上を分割統治する権利と地上の人間を殺す権利を与えられし死の天使。
小羊が解く七つの封印の内、四番目に登場するのがペイルライダーである。
これは本来なら英霊でもヒトでも悪霊でも幻影ですらない。
生命体ではなく『疫病』という概念そのもの。
人類の『疫病への恐れ』を象徴するもの。この世から『疫病』が絶えない限り滅びはしない。
故に本来なら、召喚されることも、人格も、姿形すらない、
知識の塊・聖杯戦争に忠実なロボットのようなものとして活動する。
ペイルライダーが召喚される事自体、
イレギュラーだが、更にイレギュラーな事に
冥府神のハデスの役割を羽織って顕現した事により、稀有な事に形と人格を得る。
ただし、この『ハデス』は無辜の人々のイメージ像であり、本物のハデスを羽織っている訳ではない。
ギリシャ神話関係者からすれば一目でハデスではないと分かるし。
ハデスの逸話を知る者からすれば要所要所で違和感を覚える。
根本としては病そのもの。
故に、病に侵されても最強である鑢七実に魅入られている。
……皮肉だが、女性の対応が不器用なのは、ハデスの人格に引っ張られているせいらしい。
【外見】
肌は色白で、痩せこけた顔をした男。
ペールブルーの長髪と黒衣を纏う。
昨今のハデスに対する風評被害と死神のイメージとして顕現した形
【サーヴァントとしての願い】
七実の病となって生涯を共にしたい
【マスター】
鑢七実@刀語
【聖杯にかける願い】
弟に対しての捨て台詞を訂正する
【能力・技能】
刀を使わない剣法『虚刀流』
一度見ただけであらゆる技を会得する『見稽古』
そして、幾度も死に絶える病魔に侵され続け、それに耐えうる異常な肉体
【人物背景】
見た目は穏やかで貧弱そうな女性。
だが、性格は冷酷。
ネーミングセンスが残念で、肝心なところで噛んでしまうのが悪いところ。
いや、悪くないのかもしれない。
【捕捉】
死亡後の参戦
舞台のロールとしては『難病を負っている女性』だが、聖杯戦争をする為、病院から去る。
最終更新:2022年04月28日 21:48