――放課後を告げる鐘が鳴り響き、級友たちと穏やかな別れの挨拶を交わした後。
少女は、静かに図書室へと向かった。
片目を半ば隠すような、薄い桜色の前髪。
その下に光る眼鏡。
その身を包むのは、周囲の学生たちと何も変わらない、ごく普通の日本の学生の制服。
少女は迷いのない足取りで、本棚の間を進み、図書室の最も奥まった場所へ。
自習スペースは離れたところに別に作られており、この場所この時間は人の気配がない。
そんなところも込みで、この空間は少女にとってお気に入りの場所の1つだった。
改めて回りに誰もいないことを確認すると、少女は虚空に呼びかける。
「……
ブローディアさん。ここなら大丈夫です」
「……了解だ、マスター」
少女の呼びかけに答え、何もない空間に人影が現れる。
一見して派手な、女性の姿だった。
燃えるような赤い長髪。
整った容姿ながらも、鋭い視線。
白と紅とを基調とした、派手な服。丈の短いスカート。
そして、女性自身よりも長いほどの、これもまた紅白に塗り分けられた、巨大な刀。
ブローディアと呼ばれた女性は、目の前の桃色の髪の少女と向き合う。
射貫くような視線に憶することなく、マシュと呼ばれた少女は、自らのサーヴァントと向き合った。
――――――――――――――――――――――――
かつて
マシュ・キリエライトは、人理継続保障機関フィニス・カルデア所属のデミ・サーヴァントだった。
英霊と人間の融合を目指して「創られた」デザイン・ベイビー。
デミ・サーヴァント作成実験の唯一の成功例。
一時期は隔離され存在を秘匿されていた彼女だったが、紆余曲折の末に人理修復の旅に身を投じ。
最終決戦において、彼女は短い寿命から解放されるのと引き換えに、デミ・サーヴァントの能力を失った。
以降、一局員として、細々とした仕事をしながらカルデアに入るはずの査察を待っていた――はずだったのだ。
マシュの記憶は、掃除の際、カルデアの倉庫で、記録にない無色透明の宝石を見つけた所で終わっている。
「気が付けば……ここで、日本で、ひとりの学生として暮らしていました。
昨夜、記憶を取り戻して、
ブローディアさんを召喚する時まで、何も疑うことなく」
「…………」
名前といい、外見といい、ただの『日本人』で押し通せる訳もないマシュであったが。
血筋の上では外国人、育ちは日本。
両親は仕事の都合で先に『母国』に帰り、マシュは学校を卒業するまではと日本に残ることにした……
という『設定』で、『両親からの仕送り』を受けながら、一人暮らしを続けていたのだった。
「おかしいですよね、存在しない『両親』、顔も知らないのに、違和感すら感じなくって」
「まあ、そういうものではあるようだからな」
英霊として呼ばれた女剣士・
ブローディアは、笑いもせずにマシュの言葉に頷く。
聖杯戦争の
ルールと共に叩き込まれた、記憶の喪失と回復についての
ルール。
それに照らし合わせてみれば、偽りの経歴とその記憶とはいえ、抵抗などできる者の方が珍しい。
「それで、どうするんだ、マスターは」
「思い出してしまった以上、私は帰らなければなりません……カルデアに」
「帰る、か」
「ええ。先輩たちにも心配をかけてると思いますし、何より、私が、戻らなきゃいけないって。そう思うんです」
元居た場所に戻る。
願いとかどうでもいいから、ただ、帰る。
今回のこの強引な参加を強いる聖杯戦争では、誰もが抱く動機だ。誰もが考えることだ。
そして『ただそれだけ』のことであっても、『聖杯の奇跡を要する程のことかもしれない』。
時と場所と、下手すれば世界さえも超えたこの空間、脱するにはそれくらいの奇跡が要るかもしれない。
これはおそらくほとんどの主従が一度は考えるであろうこと――ただし。
「――でも」
「でも――だからといって、『この街』の人々が、見滝原が、どうなってもいいとは思っていません」
「ほぅ?」
マシュの言葉に、
ブローディアの口元が、初めて笑うように吊り上がった。
――――――――――――――――――――――――
マシュ・キリエライトの行動指針は、やはり次の一言に集約される。
『これが先輩だったらどうしただろう?』、だ。
あの時、瀕死の自分の手を握ってくれた先輩。
デミ・サーヴァントとしてのマシュの『マスター』を務めた先輩。
共に人理修復の旅を駆け抜けた先輩。
マシュの信じる先輩。
「この街に暮らす人々が、本当の血の通った人間なのかは私には分かりません――
ひょっとしたら、昨日までの私に刷り込まれていた記憶と同様、『偽りのもの』なのかもしれません。
あるいは人理から切り離された、『見捨てたとしてもどこにも影響の及ばないもの』なのかもしれません。
でも、それでも」
そう、例えそうだとしても、きっと先輩なら。
「それでも――私は、『彼ら』を守りたい。
この街で、当たり前にくらす、『普通の人々』を、できる限り守りたい。
こんな街中で英霊同士がぶつかり合えば、おそらく、出なくても良い被害が沢山出るでしょう。
全てを守り切る、なんて傲慢を言う気はありませんが――それでも、可能な限りは、助けたい」
ある意味でそれは、恩返しでもある。
先輩が普段から語っていた、『ごく平凡な日本の学生の暮らし』を体験することができた。
カルデアの外の、『あたりまえの生活』を体験することができた。
偽りの経歴と偽りの背景に支えられたものではあったけれど、それは本当に泣きたくなるくらい幸せな日々で。
先輩なら、彼らを見捨てない。
自分としても、彼らを見捨てたくない。
帰らなければならない、それは百も承知だけど。
帰るための手助けにはならないどころか、おそらく、無駄に危険と苦労を背負う道になるけれど。
聖杯戦争のマスターでもサーヴァントでもない、『普通の人々』の犠牲を、見過ごしたくは、ない。
その真摯な願いは、そして、清廉なる英霊の心も動かして。
女剣士は鷹揚に頷く。
彼女の正体は、空に島々が浮かぶ世界で、星の民に創られた星晶獣。
土の大天司の使徒にして、今は『特異点』と彼らが呼ぶ一人の若者の騎空団に属する騎空士。
「私も、帰りたい、と言えば帰りたいのだがな――ウリエル様、それに『特異点』のところへ。
しかし私もまた、無辜の民の犠牲を見殺しにしてまで帰りたいとは思わん。
それこそ、皆に合わせる顔がないだろうよ」
ブローディアもまた、それが容易い道でないことは理解している。
例えば本来彼女が持つ能力の一部は、英霊のクラスというシステムの関係上、制限されてしまっている。
普段通りの力が発揮できない条件下、自らと同等の存在たちを相手に、力なき民を守って回る――
その難しさを理解できない彼女ではない。
それでもきっと、これが『特異点』、いや『団長』だったなら、諦めない。
ブローディアの胸の内にもまた、そう信じられる相手がいるのだった。
――――――――――――――――――――――――
「それでマスター。
守るのはいいが、この『学校』とやらはどうするんだ? 立場上、毎日通う必要があるのだろう?」
「『ここ』を守る意味でも、可能な限りは通い続けようと思います。ただ……」
夕日の差す図書室の中。
ブローディアの問いに、マシュは少し悪戯っぽく微笑む。
「記憶が戻ってから、改めて私の『ここでの』経歴を確認してみたんですが。
私はどうやら『昔は病弱だった』ことになってて、『休学していた時期もある』ようなんです。
たぶん、現実の私の、昔の寿命に関する事実を反映した『設定』だと思うんですが」
「ふむ」
「それから、自分で言うのもなんですけど、私、どうやら真面目な優等生ってことになってるようです。
なので――『早退』も『病欠』も、あまり疑われないかと」
「悪い子だ」
「こういうのは嫌いですか?」
「昔の私なら、怒っていたかもしれないな。
しかし、まあ、その程度はいいだろう。
私もいつの間にか、丸くなったものだ。これも『団長』の影響か」
「私もたぶん、先輩と知り合う前なら、思いつかなかったことだと思います」
かつて盾を持って駆けた少女と、盾そのものを体現する剣士。
どちらの胸の内にも、大切な存在がいる。二人を変えた存在がいる。
夕日の中、二人は改めて、どちらからともなく手を差し出すと、力強い握手をした。
――――――――――――――――――――――――
【クラス】シールダー
【ステータス】
筋力:B 耐久:B 敏捷:B 魔力:A 幸運:C 宝具:A+
【属性】秩序・善
【クラススキル】
対魔力:A
Aランク以下の魔術を完全に無効化する。事実上、現代の魔術師では、魔術で傷をつけることは出来ない。
騎乗:EX
騎乗の才能。
例外的な処置として、このサーヴァントは特定の竜種「のみ」を扱うことができる。
とはいえ、本来の相棒である『刃鏡の躯を持つ守護竜』は、シールダーのクラスでは召喚・使役ができない。
他の竜種を強引に従わせる能力がある訳でもなく、事実上、無価値なスキルと化している。
自陣防御:B
味方、ないし味方の陣営を守護する際に発揮される力。
防御限界値以上のダメージ削減を発揮するが、自分はその対象には含まれない。
また後述する法具『不可侵神域』は、このスキルにより増幅を受け、この場合に限り本人も対象となる。
(仮にこのサーヴァントがシールダー以外のクラスで召喚された場合、この増幅分が失われる。
そのため『不可侵神域』の効果は、100%カットから約70%カット相当にランクダウンすることになる)
【保有スキル】
空界の理(土):A+
ブローディアは極めて強い『土』の『属性の力』を宿している。
そのあまりの強さから、
ブローディアに対する攻撃・
ブローディアからの攻撃については、
『この世界』の属性間の『相性』を『上書き』し、『空の世界』での強弱関係に従わせてしまう。
攻撃方法や相手の性質に合わせ、『土・水・風・火・光・闇』のいずれかに無理やり分類し、相性を参照する。
(厳密には第七の属性『無属性』も存在するが、極めてレアであり、原則として該当しないものとする)
ブローディア自身は常に『土属性』に固定される。
ランクの『A+』は、この属性間相性についての『上書き能力』の強さを表す。
A++相当以上の宝具・スキルならばこれを無効化する可能性がある(なおEXは単純な強弱ではないので別枠)。
なお『空の世界』においては、『土』は『水』に強く、『風』に弱い属性である(それ以外は同等)。
それぞれ、攻撃/防御/状態異常の成功率に大きなボーナス/ペナルティを受ける。
『土・火・光・闇』の4属性にはボーナスもペナルティもなく、実際問題としては無意味な相手の方が多い。
ちなみにこの『属性』の判定において、『水』属性は冷気や氷なども含んだ概念として扱われる。
その一方で、雷や電撃は『風』ではなく『光』に属する。
魔力放出(刃鏡):A
武器・自身の肉体に魔力を帯びさせ瞬間的に放出することで能力を向上させるスキル。
ブローディアの場合、これを後述する刃鏡に限局して使用する。
魔力放出によるブーストをかけることで、刃鏡の攻撃力・防御力・移動速度の全てが飛躍的に向上する。
また戦闘中、放出される余剰魔力を少しずつ刃鏡にチャージしていくことも可能。
これにより、長期戦になればなるほど刃鏡の性能は向上していく。
【宝具】
『不可侵神域』(アンクロッサブル・レルム)
ランク:A+ 種別:対軍宝具 レンジ:1~5 最大捕捉:10人
広げた刃鏡を起点に展開する、絶対防御障壁。
展開されたこの障壁は、理論上、あらゆる攻撃を完全に防ぐ(100%カット)。
レンズ状に展開し、敵からの攻撃を真っ向から受け止め自陣営を守るのが基本の使用法。
しかし障壁の形状はかなり融通が効き、状況に合わせて自在に変更することができる。
例えば機械兵器が自爆を試みた際、完全に包み込む球形の結界を展開し被害をゼロに抑えたこともある。
なお形状を選べるのは展開する瞬間のみで、一旦展開した後は一切の変更が効かない。
使用の際には膨大な魔力を消費し、手持ちの刃鏡を全てこの宝具のために回す必要がある。
また使用した後は長い再準備期間を要し、事実上、1回の戦闘においては1回きりしか使用できない。
『刃鏡螺旋』(ミラー・ブレード・ヘリックス)
ランク:B 種別:対人宝具 レンジ:1~25 最大捕捉:1人
刃鏡をすべて攻撃に回す攻の奥義。
巨刀ニーベルンクリンゲを構えた本体の突進に合わせ、円錐状に展開された刃鏡がドリルのように高速旋回。
魔力と刃をただ一点に集中させたその攻撃は、大概のものは貫通できる威力がある。
刃鏡を全て使う関係上、上記の『不可侵神域』との同時使用は不可能。
またこちらも連続使用は困難だが、『不可侵神域』よりは消耗が少なく、遥かに融通が利く。
【武器】
『ニーベルンクリンゲ』
鮮やかな紅白二色に塗り分けられた、
ブローディア自身の身長よりも長大な両手持ちの刀。
これ自体が絶大な力を持つ魔剣であり、
ブローディアはこれを軽々と扱う。
『刃鏡』
ブローディアの周囲に多数浮かぶ、割れた鏡のような形状をした虹色の刃。数と個々のサイズは不定。
意のままに宙を舞って動く攻防一体の武器。
突進して敵を貫いたり切り裂いたり。敵の攻撃の進路上に浮かび、攻撃を受け止めたり、魔法の類を弾いたり。
主に巨大な刀を振るう本体の隙を埋めるために使われるが、抜群のコンビネーションで本体をサポートする。
宝具『不可侵神域』『刃鏡螺旋』の展開の際にも不可欠な存在。
ちなみに、めったなことでは破損するものではないが、万が一破損しても魔力消費で再作成できる。
なお、シールダーのクラスの時には射程は比較的短く、飛び道具や使い魔のように使うことはできない。
【人物背景】
土の属性を持つ星晶獣にして、土の大天司ウリエルの使徒。
元々は天司とは別個に生み出された星晶獣だったが、ウリエルと巡り合い弟子入りし、使徒となった。
ウリエルの命により、『特異点(主人公)』の旅に同行するようになった後からの参戦。
正義感が強く善行を志向する性格だが、『特異点』の影響で多少の融通は利くようになっている。
【サーヴァントとしての願い】
マスターの願いに応え、一般人を可能な限り守り抜く。
【性別】女
【能力・技能】
シールダーのデミ・サーヴァントであった時期もあったが、今はその能力を失っている。
社会経験は乏しいが知識は多く、幅広い分野に及んでいる。
さらに、サーヴァントの能力を喪失した後、オペレーターとしての訓練と経験も積んでいる。
【人物背景】
人理継続保障機関フィニス・カルデア所属の局員の一人。
英霊と人の融合を目指すデミ・サーヴァント唯一の成功例。そのためだけに創られた存在。
その代償に短い寿命を背負っていた。
人理修復の旅の最後の局面において、彼女はデミ・サーヴァントの能力を失い、同時に短い寿命も克服した。
Fate/Grand Order、第一部終了後、第二部序章開始前からの参戦。
すなわち1.5部の途中になるが、少なくともイベント進行中ではなかった(詳しい参戦時期は後続に委ねます)。
見滝原におけるロールにおいては、外国人の両親を持ち、日本で育った学生という身分。
『両親』は仕事の都合で母国に先に帰っており、彼女は学校を卒業するまでという条件で一人残っている。
また、かつて身体が弱く、休学していた時期もある、という設定もついている。
(彼女の通う学校については、後続の書き手もしくはOPに委ねます)
【聖杯にかける願い】
元のカルデアに戻る。
しかし、だからといって見滝原の一般人の被害を見過ごすことはできない。
最終更新:2018年05月09日 00:41