草木も眠る丑三つ時。
巴マミはマンションの自室で深い眠りに落ちていた。
眠り慣れたベッドの上で、すやすや、すやすや。ただひたすらに熟睡し続ける。
これは浅慮でもなければ慢心でもない。れっきとした計画的行動である。
今日午後八時に開催される世界的歌手アヤ・エイジアのライブを標的とした、悪辣な犯行予告。
『マスター』『サーヴァント』という特定の層だけが理解できる用語を散りばめたその文面は、露骨過ぎるほどの挑戦状だった。
八十人分の死体を使った赤い箱のパフォーマンスもその一環。
つまるところ、犯人はその日その場所に大勢のマスターとサーヴァントを集めたがっているのだ。
では、このパフォーマンスを知ったマスター達はどう考えるか?
聖杯の完成を望む者は、大規模な戦闘が予想される午後八時に狙いを定めるだろう。
殺戮の阻止を望む者は、予告された凶行を防ぐため午後八時に狙いを定めるだろう。
強敵との闘争を望む者は、多くのサーヴァントが集う午後八時に狙いを定めるだろう。
そしてこれらの全ては、目当ての時刻まで無駄な消耗を避けようとするだろう。
このように、あの犯行予告があったがために、多くの陣営の行動が特定のポイントに集約しかねない事態になってしまった。
そして何よりも、キュウべぇがそんな大騒動を看過するとは思えない。
ならば、それを踏まえた上でどう行動するべきか?
答えは至ってシンプル。そのタイミングに合わせて体調を整えておくのが一番だ。
――というわけで、巴マミは頑張って眠っていた。
ライブ開催までおよそ二十時間。ずっと目を覚ましていたら、いくらなんでも思考が鈍くなってしまう。
この方針は巴マミ本人が考えたものではなく、ランサーによる発案だったが、そんなことは大した問題ではない。
悩みも不安も今は脇に置いて、来るべき時に備えて心身を休めるだけだ。
― ― ― ― ― ― ― ― ― ―
マスターである巴マミが眠っている間、ランサーのサーヴァントである
鈴屋什造は屋外の警戒に赴いていた。
マンションのベランダの手すりの上をふらふらと歩き、そこから宙返りをして上の階へ。
傍から見ていて真面目に思える巡回ではなく、まるで無謀な夜の散歩をしているかのよう。
根本的に、サーヴァントは睡眠を必要としない。
魔力消費を抑えるなら霊体化すべきだが、そうすると五感が機能しなくなるので見張りには向かなくなる。
結局のところ、見張りの効率だけを考えるならこの状態が最善なのだ。
「おやあ?」
ランサーは手すりの上で足を止め、マンションの敷地の隅を見やった。
――ガオン。
フェンスに真円の穴が開く。
――ガオン。
街灯の柱の一部がえぐれるように消失し、電灯部分が路面に落ちて砕け散る。
――ガオン!
向かいのマンションの角がえぐり取られ、部屋の断面が露出する。
「この気配、何だか喰種(グール)に似てますですね」
なにもないはずの虚空から、男の頭部だけがひょっこりと突き出ている。
まるでキグルミだ。周囲の風景を映した光学迷彩みたいなキグルミに入っていて、時たま顔を出しているかのようだ。
首が引っ込められると同時に気配がほとんど消失する。
ランサーはマンションの数階分の高さから、姿と気配を消したサーヴァントを目で追い続けた。
気配遮断能力を持つサーヴァント――ランサーはあれを『アサシン』であると仮定した。
通常であれば、あの『アサシン』の気配を察知することは不可能に近いのだろう。
ランサーが目で追えているのは、喰種らしき微かな気配が保有スキルの捕捉対象になっていたからだ。
『アサシン』は姿を消したまましばらく移動し、数秒だけ顔を出して周囲を確認してから、再び姿を消して移動を再開するという行動パターンを繰り返していた。
最初、ランサーは『アサシン』が一体何をしているのか理解できなかったが、じきにその意図を掴むことができた。
「そっかぁ。僕を探しているんですか。サーヴァントの気配がするのに、どこにいるか分からなくて困ってるんですね」
ランサーは気配遮断スキルを持たないので、付近にいるサーヴァントは誰でもランサーの存在を感じ取ることができる。
しかし、通常は具体的な位置までは判別できない。そのためには専門スキルが必要だ。
恐らくあの『アサシン』は、獲物を探している間にランサーの気配を感じ取り、先手を打つために居場所を探し求めていたのだろう。
気配遮断スキルに、霊体化とは異なる姿を隠蔽する能力。そして接近したものを削り取るスキルか宝具。
あれは確かに難敵だ。普通なら完全な奇襲からの致命的攻撃で確殺されてしまうに違いない。
頻繁に顔を出しているのは、恐らく霊体化と同様に感覚が制限されてしまうデメリットがあるのだろう。
「だけど、残念でした」
ランサーは笑みを浮かべながら宝具『ⅩⅢ Jason』を実体化させ、タイミングを見計らってベランダから跳躍した。
『アサシン』の不運は二つ。
一つはランサーが限定的ながら気配遮断を突破できるスキルを有していたこと。
もう一つは、お互いの位置関係がランサーに対して有利に働いたこと。
読み通りのタイミングで『アサシン』が顔を出したその瞬間、上空から強襲したランサーの大鎌が真横から首を――
――カチッ――
――刈り取ることなく空を切った。
「……!?」
ランサーは猫科動物のごとき身軽さで着地し、素早く周囲を警戒した。
奇襲に特化した能力を持つ『アサシン』に、完璧とも言える形で奇襲を決めた……そのはずだった。
気付かれてはいなかった。
『ⅩⅢ Jason』の刃が首筋に触れるその瞬間まで、『アサシン』は己に迫る死の存在を知覚していなかった。
にも関わらず、『アサシン』は消えた。何の前触れも予備動作もなく。
最初から幻覚だったという可能性はない。
マンションの敷地のそこかしこには『アサシン』の破壊の痕跡が残されているし、それに『ⅩⅢ Jason』の刃には少量の血がこびりついている。
ほんのかすり傷程度かもしれないが、『ⅩⅢ Jason』は確かに『アサシン』の血肉に達していたのだ。
「令呪……でしょうか。本人の能力というわけじゃなさそうです」
スキルで感知できる範囲に『アサシン』の気配はない。
『アサシン』が『喰種殺し』スキルの捕捉対象であるのなら、たとえ気配を遮断していても捕捉できる。
つまりこれは完全に撤退されてしまったと考えるべきだろう。
「残念です。とりあえず、マミの様子でも見に行きましょう」
無防備なマスターを置いて追跡や探索に出向くわけにはいかない。
ランサーはベランダの手すりを足場にして、巴マミの部屋まで軽やかに跳躍した。
【D-6 マンション(巴マミの家)/月曜日 午後2時 未明】
【巴マミ@魔法少女まどか☆マギカ】
[状態] 無傷、睡眠中
[令呪] 残り3画
[ソウルジェム] 有り
[装備] なし
[道具] ソウルジェム(黄色)
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:(まだ方針が固まっていない)
1.
暁美ほむらと接触する
2. キュウべぇと接触する
[備考]
【鈴屋什造@東京喰種:re】
[状態] 無傷
[装備] 初期装備
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:巴マミのサーヴァントらしく行動
1. 今はマンション周辺の見張りを優先
2. 『アサシン』を警戒しておく
3. 喰種に似た気配のサーヴァントを狩る
[備考]
― ― ― ― ― ― ― ― ― ―
巴マミのマンションから少しばかり離れた、別の大型集合住宅のエントランス前――
奇妙な風体の男が二人、異様な雰囲気を漂わせて対峙していた。
怒りに顔を歪めた、奇抜な服装の男――バーサーカーのサーヴァント、ヴァニラ・アイス。
口の端を吊り上げて笑う、時代がかった漆黒の礼服姿の男――アサシンのサーヴァント、メフィストフェレスの杳馬。
彼らの存在を見咎める者は誰もいない。
それは深夜ゆえに居合わせていないという意味ではなく、誰であっても不可能という意味だ。
「んひひ。間一髪ってところだな」
「貴様……『時』を止めたのか!
DIO様の『世界』にッ! 土足でッ!」
バーサーカーのスタンドのヴィジョンが実体化し、アサシンに高速の拳を振るう。
しかし次の瞬間には、アサシンはバーサーカーの背後数メートルの位置に移動していた。
「おっと危ねぇ。人の話を聞かないこの感じ、ひょっとしてバーサーカーか?」
「このド三下がぁッ!!」
振り向き様の二撃目も掠ることなく空振りに終わる。
アサシンは雑な姿勢で街灯の上に座り、呆れた様子でバーサーカーを見下ろした。
その街灯の光に集まった数匹の蛾は、空中で完全に停止している。
光に集う羽虫だけではない。星は瞬きを忘れ、屋根から飛び降りた猫は虚空に縫い留められ、夜の道路を走る自動車は一台残らず静止していた。
時間停止。今、見滝原市は規格外の能力の影響下にあった。
発動者たるアサシンによって除外されたバーサーカーを除いて。
「止めときな。足りてねぇんだろ、魔力。実体化を維持するだけで精一杯みたいじゃねぇか。マスターと喧嘩でもして供給絞られたか? 万全なら危うく首チョンパされかけることもなかっただろうによ」
アサシンはにやけ笑いを浮かべたまま、自分の首筋を軽く叩いた。
そこはちょうど、バーサーカーがランサーの宝具によってダメージを負った場所だ。
傷は既に跡形もなく回復しているが、魔力が枯渇しかけた今のバーサーカーでは、攻撃に対処することはおろか攻撃を察知することすら難しいのは確たる事実だ。
「それがどうした! DIO様を侮辱した貴様を見逃す理由になるものか!」
「おいおい。俺ぁ別に侮辱なんかしてねぇよ。侮辱ってのはこの手紙みたいなのを言うんだぜ」
アサシンはポケットから取り出した紙片を広げ、街灯の下のバーサーカーに見せつけた。
それはマスター達にセイヴァーの討伐令を布告した手紙と写真……厳密にはそれらのコピーだった。
写真がひらりと手元から滑り落ちたのを見て、バーサーカーは色を変えてそれを受け止めた。
「貴様ッ! DIO様の御尊影に土をつけるつもりかァ!」
「おっと、悪い悪い。手が滑っちまった。それはそうと、セイヴァーの真名はDIOって言うのか。神(DIO)ったあ随分と高尚なお名前で」
人を食ったようなとぼけた態度でそんなことを言いながら、アサシンは手紙のコピーを指で摘んで広げてみせる。
「セイヴァー討伐令。ふざけた話だよなぁ。こんなひと目で分かる大物を初っ端から使い潰すなんざ、もったいなくてバチが当たるぜ。名俳優にはシナリオを引っ張ってもらわにゃならねぇとな」
「貴様、何が言いたい」
「こいつは俺にとっても面白くねぇってことだ。そこらへんは多分アンタも同意見だろ?」
アサシンは手紙をつまんだ指に力を入れ、見せ付けるようにゆっくり破り始めた。
二つに裂き、重ねて四つに、更に八つに。
細かな紙片に変えた手紙のコピーにふっと息を吹きかけ、時の止まった夜の道に質素な紙吹雪を舞い散らせる。
「お前さんには聖杯戦争をかき回してもらいたいのさ。他の連中が討伐令やら犯行予告やらに掛かりっきりにならねぇように、新鮮なバッドニュースを提供し続けてほしいってワケ。そうすりゃDIOサマに突っかかる奴も減って楽になるぜ?」
アサシンは街灯の上からエントランス前に飛び降りて、大仰な仕草で背後のマンションを指し示した。
「報酬は全額前払い。総戸数五十戸の大型マンションの全住民の魂を、止まった時の中で食い放題だ。こんだけ喰えば当面はマスターからの供給ナシでも戦えるだろ」
「……答えろ。そんなことをして貴様に何の利益がある」
「せっかくの聖杯戦争なんだ。波乱があった方が面白いだろ? 安心しろよ、俺にゃDIOサマと事を構える動機はねぇ」
「ふん……いいだろう、口車に乗ってやる」
バーサーカーはアサシンの横を通り抜け、スタンドの直接攻撃でエントランスの自動ドアを破壊し、そこで首だけを傾けて振り返った。
「だが勘違いはするな! わたしは貴様に言われるまでもなく、DIO様に刃を向けようなどと思い上がった愚鈍共を始末するつもりでいた! わたしが従うのはDIO様のお言葉だけだ!」
狂ったようにそう言い捨てて、バーサーカーはマンションの中へと姿を消した。
アサシンはそれを見送った後で、愉快そうな笑みを浮かべた。
「もちろん知ってるさ。だからこそ目ぇ付けたんだぜ」
【D-6 とあるマンション内/月曜日 午後2時 未明】
【ヴァニラ・アイス@ジョジョの奇妙な冒険 】
[状態] 無傷、魔力不足(魂喰いにより回復中)
[装備] なし
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:DIO様に聖杯を献上する
1. DIO様の元に馳せ参じる
2. DIO様に歯向かう連中を始末する
[備考]
- スノーホワイトとの契約は継続中ですが、魔力供給を絞られています
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繁華街南のコンビニエンスストア前で、
島村卯月は自身のサーヴァントが帰還するのを一人待っていた。
アサシンがこの場を離れてからほんの数分。買ってきたホットココアが半分も減っていない。
時刻は深夜二時過ぎ。いつもならとっくに夢の中にいる時間だが、今は全く眠くない。
聖杯戦争を戦い抜くと決め、三日分の睡眠不足を取り戻す勢いで眠りこけた末、目を覚ましたのは日付変更の少し前。
睡眠欲がすっかり解消されてしまったので、今日の夜までは眠らなくても済みそうな気がした。
……もちろん、理由はそれだけではない。
殺し合いに身を投じるという緊張と興奮と恐怖が卯月の神経を張り詰めさせ、眠気という感覚を麻痺させているのも一因だ。
「よっ! 待たせちまったか?」
「あ、おかえりなさい、アサシンさん」
一切の気配を感じさせることなく、アサシンが卯月の隣に現れる。
「初めて見たサーヴァントの戦闘の感想はどうだ? 俺としてはちっとばかし期待外れだったな。もっと派手に切った張ったをやってくれた方が、初心なマスターちゃんにも分かりやすかったと思うんだが」
「……それでも、凄かったです。本当に人間離れしてるっていうか……」
卯月はアサシンに指示されて、ランサーらしき鎌使いとバーサーカーらしき男の戦いを遠方から観戦していた。
今のうちに超人的な戦いを見慣れておいて、いざというときに怯えないようにしておけという主旨だ。
アサシンの言う通り、先程の戦いでは派手な剣戟は発生しなかった。
バーサーカーはそもそも姿がほとんど見えなかったし、ランサーの攻撃は一瞬かつ一撃で目がついていかなかった。
けれど、サーヴァントが超常の存在であることは嫌というほど理解できた。
「ところで、さっきはどこに行ってたんですか?」
「くだらねぇ野暮用さ。んなことより、次は目立つ場所にでも行ってみるか。ひょっとしたら他のマスターとご対面できるかも知れねぇぞ。オススメは教会か学校ね」
「中学校は……セイヴァーのマスターの子が通ってるところですよね。そっちは分かりますけど、教会なんて行って意味あるんですか?」
見滝原市の東に教会があるということは卯月も聞いたことがある。
しかし実際に訪れたことは一度も無かった。
街外れもいいところだし、宗教的なことには縁がない。
普通に女子高生として暮らしている限り、まず足を運ぶこともない場所だった。
「さぁ、どうだろうなぁ。だが本来の聖杯戦争じゃ、教会の神父が見届人をやってたって話だぜ。今回がどうかは知らねぇが、全く意味がないってことはねぇだろうさ」
アサシンは手に持っていたシルクハットを浅く被り直した。
「今んとこはまだまだ下準備って段階だが、チャンスがあったら殺す覚悟はしておけよ。なんてったって、チャンスの神様にゃ前髪しかねぇんだからな」
「前髪だけ、ですか?」
「目の前を通り過ぎてから捕まえようと思っても、後ろ髪を掴んで引き止めたりはできねぇって喩え話さ。掴めるときに掴めなかったらもう手遅れってわけだ。いい話だろ?」
卯月には知る由もないし、アサシンは語るつもりもないことだが、その喩えに顕れる神の名とは――
【C-6 繁華街南端/月曜日 午後2時 未明】
【島村卯月アイドルマスターシンデレラガールズ】
[状態] 無傷
[令呪] 残り3画
[ソウルジェム] 有り
[装備] なし
[道具] なし
[所持金] 女子高生の小遣い程度
[思考・状況]
基本行動方針:友達(
渋谷凛)を死なせないため、聖杯戦争に勝ち残る
1. 見滝原中学校か教会のどちらかへ向かう
2. マスターを殺すチャンスがあったら……
[備考]
【アサシン(杳馬)@聖闘士星矢 THE LOST CANVAS 冥王神話】
[状態] 無傷
[装備] なし
[道具] なし
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争をかき回す
1. マスターを誘導しつつ暗躍する
2. 機会があれば聖杯を入手する
[備考]
最終更新:2018年06月16日 11:24