思い出せ、きみの本当の願いを。
☆
(ったく、ツイてねえぜチクショウ!)
この俺、
ホル・ホースの胸中を占めるのはそんな思いだ。
ほむらの嬢ちゃんと分かれた後、結局、彼女のあとを追わずに自室へと戻った。
リスクを負うべき場面というものはあるにはあるが、しかしまだ早すぎる。
怪我の手当てもそうだが、やはりなんの準備もなしにDIOの野郎と関わるのは避けたい。
だから、いまはとにかく近辺整理だ。
部屋に着き、小一時間程で荷物を整理し、目を覚ましたキャスターの嬢ちゃんと共に部屋を後にした。
そう。そこまではプラン通り。あとは寝床を探すだけってところからが一転しちまった。
ギャアアース、なんていかにも怪獣染みた鳴き声が聞こえちまったもんで、慌ててキャスターを抱えつつ身を屈めて、こっそりと角から様子を伺った。
そこは街灯なんかもそこそこに点いていたので、どうにか誰がいるのかを把握することができた。
するとどうだ。そこにいたのは、鳴き声の主であろう衣服を着た恐竜と同じような種類の恐竜、それらと対峙するのは、一組の男女。
男は、フードを被り丸太を構えていた。...あれ、サーヴァントだよな?じゃなきゃあんな不審者丸出しのトンチンカンな格好をする筈もねえ。
女の子のほうは、紛れもねえ。
暁美ほむら。先刻別れた、最も取り扱いに注意しなくちゃならねえ子だ。
(なんであの子から離れようとした矢先に会っちまうんだチクショウ!)
「でっかいトカゲ...切り刻んだら食べられそう」
(オメーは黙ってろ!)
飛び出し戦いに混ざろうとするキャスターを抱きとめ、静かにしろと人差し指を口に当ててジェスチャーをする。
俺の意図が通じたのか、それとも単に俺の真似をしただけなのか。彼女もシー、と人差し指を己の口に当てていた。
(ここで不意打ちかましてどっちかに味方するか?いや、DIOが絡む可能性を考えりゃやはり関わらないのが一番いい。ひとまずここは見つからねえように息を潜めてゆっくりと...)
万が一にも目が合うのを恐れて、俺達は様子を伺うことすら止めて、後ずさりつつこっそりと戦場を離れようとする。
あと数歩だ。あと数歩下がったら、全力で走り去ってやる。
5、4、3、2、1...
いまだっ!
振り返ろうとしたその時だ。
「なにをしている」
―――ゾクリ。
背筋に凍てつくような怖気が走る。
忘れもしない。忘れるはずもない。
この人の心の隙間に付け込むような妖しい声。背後からでもわかるほどの圧倒的な圧力。
「もう一度聞こう。なにをしている、と聞いているのだ
ホル・ホース」
いま、俺の後ろにいるのは。
「で...DIO...様...!」
気がつけば、俺は跪いていた。背後を振り向くことすらせず。
冷や汗でグッショリと濡れた額を拭うことすらできず。咥えていた禁煙パイプを落とすことすらできないほど歯を噛み締めていた。
「D、D...なんでしたっけ。まあいいです。切り刻みます」
そんな俺にお構いなしにキャスターは普通に振り返り、そんなことをのたまった。
「ま、待て!」
振り返り、彼女の馬鹿げた自殺行為を止めようと必死に手を伸ばしたときにはもう遅い。
彼女は既にDIOへと襲い掛かっていた。
ほむらの嬢ちゃんの時とは違い、令呪を使う暇すらない。
その時のDIOの緩んだ口元を見て。嘲笑を見てしまって悟る。俺はここで死ぬのだと。
ああ、なんてツイてねえんだ。
聖杯戦争なんておっかないものに巻き込まれちまって。
よりにもよってDIOの野郎まで出しゃばってきて。
全く制御できない上に有能とも呼びきれないサーヴァントを掴まされて。出会う奴らはDIOづくし。
そんで最期がキャスターの暴走でDIOに逆らい死亡。しょっぱすぎるぜ、チクショウ。
せめて楽に死なせてくれと目を瞑り、頭を垂れ、来るであろう喪失感に備える。
「............」
なにも感じない。既に殺されたのだろうか。
「............」
だとしたら、こんなにもあっさりと終わらせてくれるDIOは案外優しいのだろうか。それともそういう都合のいい幻覚でも見せられているのだろうか。
死んだことのない俺にはまだなにもわからない。
「どんな女であれ敬意を払うというお前の矜持は面白いが、サーヴァントの躾くらいはキチンとしておくことだ」
ポスリ、と、俺のズレた帽子を被せ直しつつ、かけられた声はとても穏やかなものだった。
「...え?」
思わず俺はキョトンとしてしまう。
俺は確かにいま、反逆行為をしてしまった。10人が見れば間違いなく10人がそうだと答えるだろう。
そして、用心深いDIOがそんな奴を生かしておく筈が無い...だが、現にこうして俺は五体満足でいる。
ならキャスターが殺られたのか?恐る恐る、顔を上げてみる。
キャスターは、その逞しい両腕にお姫様のように抱きかかえられていた。それも無傷でだ。
DIOがパッ、と両腕を開けば、キャスターは地面に落ちる。
さしものキャスターも自分の身になにが起きたかわからないようで、困惑の色を浮かべていた。
あの自由奔放な彼女が言葉を失っている時点で身に起きた事の異様さはうかがい知れるだろう。
「さて、改めて聞かせてもらおう。お前は、そこでなにを見ていた?」
もはや三度目の質問だ。
これに答えないことこそが反逆行為にあたるのは猿でもわかるだろう。
「そ、そこの曲がり角で、恐竜とサーヴァントが小競り合いをしていて。戦況を見て撤退しようとしたところでさぁ」
「そうか」
なんのことはない、上司への報告でもイチイチ緊張感が走りやがる。
やはり、任務を二度失敗してしまって以来、この男との会話は慣れない。
「では質問は増えるが...
ホル・ホース、お前のスタンド、皇帝(エンペラー)は不意打ちにこそ真価を発揮する。なぜ手を出さず撤退を決め込んだ?」
ドキリ、と俺の心臓が跳ね上がった。
別段、DIOが不利になるように動いているわけではない。だが、彼のマスターであるほむらに手を貸さないというのは、見ようによっては反逆行為だ。
そんなつもりはなかったと言い訳するにせよ、DIOに少しでも関わりをもちたくなかったと正直に告げようものならば、それだけで彼にとってのホルホースは価値を失くす。
ならばどうするべきか?
「『恐竜のウワサ』はご存知ですかい。詳しいことはわかりませんが、仲間を増やす類のヤツだと推測し、撤退がベストだと判断した訳ですぜ」
それらしい理由をでっちあげるしかない。
DIOは、ほう、と小さく呟き俺を見下ろし笑みを浮かべている。
まるで俺の心境を見透かされているようだ...居心地が悪いぜ。
「
ホル・ホース。私はお前のその狡猾さはひどく気に入っているよ。己と相手の力量を見極めているからこそ適切な行動をとることができる」
ど、どっちの意味だ!?俺の恐竜への見解か?それともそれらしい理由をでっち上げたことについてか!?
「しかしその手首の怪我はなんだ?君らしくないじゃあないか...先ほどの暴走といい、どうやらきみと彼女との相性はあまりよくないと見える。苦労が窺い知れるというものだ」
なんだなんだなんなんだ。なんでこんなに気を遣うようなことばかり口にしてきやがるんだ。
コイツはまかり間違ってもそんなタマじゃないだろうに。
いったいなにが言いてえんだ、コイツは。
「どうだ、私と契約し直さないか?
暁美ほむらに代わる私のマスターとしてだ」
...は?
☆
「なるほどなるほど。ササがそうなってんのはソウルジェムがDioにとられたからなんだな」
「はい。原理は私もよくわかっていないんですけど」
簡素な自己紹介を終えた二人は、互いの持つ情報を交換していた。
マジェントは沙々の魔法のことを。
いろはは沙々の現状を。
自分が既に体験しているため、沙々の魔法のタネがわかっているからよかったものの、マスターの能力をあっさりと明かすのはどうなんだろうと思わなくもなかった。
けれど、それはマジェントが自分に協力してくれるからだろうと前向きに捉えることにした。
「それで、その時間ドロボーちゅうヤツを見つけてきたら返してもらえるんだな」
「そういう取引になっています。ただ、手がかりはないし、優先するべきかも迷っているんです」
マジェントはおよっ、と思わず疑問符を浮かべた。
「探しださねーとササは返してもらえねえんだろ?」
「でも、探し出したところで返してもらえる保証がないんです。あの人は、探し出した途端に沙々ちゃんを殺すことだってするかもしれません」
「Dioを疑ってんのか。なおさら気が合いそうだぜ」
「え?」
「あいつは平気で人を裏切るヤツなんだ。あいつの本性を見抜けるなんて、見る目がある証拠だぜ」
マジェントは腕を組みうんうんと頷いた。
「まー、どうするにせよDioの奴からソウルジェムを返してもらわなくちゃならねーよな。いっそのことあいつを倒しに戻るか?」
「...無理ですよ。まだ、彼の能力への対抗策が思いついていません」
「けどノンビリしてる暇はねーだろ。はやくしないとササの身体が腐っちまうぜ」
「え?」
「いや、一応死んでるんだろ、ササは」
下っ端とはいえ、仮にも殺し屋である為か、肉体が死んでいることへのリスクに先に気がついたのはマジェントだった。
肉体が死んでいるということは、心臓も脳も停止しているということ。
そうなった生物の肉体がどうなるか。そんなもの、小学生でもわかることだ。
そして、腐った肉体に魂が戻ればどうなるか...あまり想像したくない。
(マジェントさんの言う通りだ...時間泥棒を探すにせよなんにせよ、早くセイヴァーからソウルジェムを取り返さなくちゃ沙々ちゃんは...)
沙々は言うまでも無く悪人である。しかし、だからといって死んでいいとは思えない。
理由を問われれば、彼女は命が失われるのをよしとしない人間だからとしか言いようがないだろう。
フー、と深呼吸をひとつ置き、セイヴァーに打診すると意を決したその時だ。
前方から争うような音が聞こえたのは。
☆
「転校生...?」
まどかをほむらに押し付け、丸太を構える篤を見て、さやかは思わず目を丸くした。
知り合いと下水道で、しかもあからさまな不審者と共に遭遇したのだから当然だ。
「あなたは彼女と知り合いなのですか」
「......」
「...それくらい答えてくれてもいいでしょう」
未だに信用しようとしないさやかに、
マルタは思わずムッと眉根を寄せてしまう。
「美樹さん、なんでこんなところに...それに、佐倉さん...」
さやかの傍らに佇む女性が背負う少女は間違いなく
佐倉杏子だ。
だが、ダラリとうな垂れたまま動かない様は、まるで眠りについているようで。
そんな彼女の様子に、ほむらは違和感を抱かざるを得なかった。
(佐倉さん...まさか...!)
ほむらは思わず唇を噛み締めた。
彼女にとって
佐倉杏子は最も戦力として信頼できる魔法少女である。
普通に斃されたにせよソウルジェムを奪われたにせよ、その彼女が、こうも早い段階で脱落しているのだ。
その胸中は計り知れないものがある。
「なんでこんなところにはこっちの台詞だよ。...そこの人はあんたのサーヴァントじゃないよね。となると...」
「ああ。俺はまどかのサーヴァントだ」
「そっか、やっぱりか...やっぱりまどかは...」
さやかは、ほむらの背負うまどかを凝視する。
ピクリとも動かない、呼吸音も聞こえないとなれば、もはや解は出ている。
やっぱり、まどかもそうだ。杏子と同じ状態だ。
「そうなると、まどかのソウルジェムは杏子を襲った奴らに奪われたってことでいいんだよね」
「なに?」
さやかの確認に、篤の頭上に疑問符が浮かび上がる。
「まどかは疲労で眠っているだけだ。ソウルジェムは奪われていないが...」
「え?」
今度はさやかが疑問符を浮かべる番だ。
(あの人はソウルジェムについて何も知らない?まどかのサーヴァントなのに?)
魔法少女がどういったものかはまどかもよく知っている。
ソウルジェムからグリーフシードが生まれることは知らなくても、これが魂であることは知っている。
その事実を伏せることは...あるかもしれない。魂の問題は非常にデリケートなものだ。如何にまどかといえど、話すのを躊躇うのかもしれない。
しかし、それは篤と二人きりである場合に限る。
暁美ほむら。なぜ、彼女が側についていながら、篤がソウルジェムのことを知らずまどかの魂がないままにここまで来てしまうことがありえるのか。
少なくとも、さやかからしてみれば良い印象を持つことなどできない。
「転校生...その人を欺いてまどかと一緒に行動して...あんた、なにが目的なのさ!?」
「ッ...わたしはやましいことなんて」
「じゃあ、なんでこんな大事なことを教えておかないのさ!」
「そ、それは鹿目さんの精神的な負担を減らそうとしただけです」
ほむらに裏があると睨むさやかと、後ろめたいことをしていないと主張するほむら。
互いの意見はぶつかり合い、徐々に熱を帯びていく。
それを収めたのは、両者の間に割って入った篤の丸太だった。
「落ち着け。いきなり騙されているだのなんだの言われても事情がわからない。ほむらちゃんが俺になにを黙っていたのか、それをハッキリさせてくれ」
「...ソウルジェムのことだよ。聖杯戦争のじゃなくて、あたしたち魔法少女のソウルジェム」
さやかはおおまかに説明した。
ソウルジェムとは、キュゥべえと契約してできるものであること。そして、これこそが魂そのものであり、これを壊せば死に至ってしまうこと。
「つまり、ほむらちゃんは俺にソウルジェムのことを知らせず、死体同然のまどかを運ばせた。だから怪しいと」
「そうだよ。...そもそも、ソウルジェムを奪われてないならまどかがそうなっていること自体がおかしいじゃん」
「言いたいことはわかった。だが、俺はほむらちゃんを疑うことはできない」
「なっ!?」
「ほむらちゃんはわざわざ夜中にまどかの家へ訪れ、あの危険極まりないバーサーカー相手にも率先して立ち向かった。あれが全て演技とはどうしても思えない」
「じゃあ、なんでまどかは魂をはがされてるのさ?」
「...ソウルジェムの濁りを防ぐためです」
「それにしたってやり方ってもんがあるでしょ!」
「...チッ」
三人の喧騒が加熱しかけたところで舌打ちが響く。
舌打ちの主は、聖女であるはずの
マルタだった。
「さっきからギャーギャーやかましいっての。お仕置きされないとまともに会話もできないの」
「...!?」
突然の変化にさやかは困惑してしまう。
先ほどまでは物腰丁寧に振舞っていたというのに、いまやチンピラと遜色ないからだ。
「別に私達を疑うのは別に構わないわ。けど、物事には優先順位ってものがあるでしょ。それがわからなけりゃ杏子はもうおしまいだって」
さやかの感じている通り、
マルタはキレていた。
一刻も早い杏子のソウルジェムの奪取、一向に捕まらない恐竜どもとその主、さやかとの問答で浪費した時間...
それらの要因が重なり、聖女である以前の、荒々しかったかつての彼女の顔を覗かせていた。
マルタの言っていることはさやかにも解る。
杏子の安全を優先するなら、余計な諍いは無駄であることも、怪しいもの全てを疑っている暇もないことも。
けれど、そういう耳障りのいいキュゥべえの言葉を信じたから自分はどうしようもなくクズになり、杏子の家族も破綻するハメになった。
(このライダーも、転校生も、そもそもまどかのサーヴァントだってめちゃくちゃ怪しい。...目的はなんであれ杏子を助けようとしているライダーはともかく、転校生まで信じきるのは難しいよ)
故にさやかには疑うことしかできない。確たる証拠があがるまで、迂闊に気を許してはならない。
そんな彼女を見てほむらは、己のすべきことを模索する。
(...美樹さんの疑いは、鹿目さんのソウルジェムを返せば晴れるかもしれない)
いまここでソウルジェムを返し、まどかが意識を取り戻せばさやかも今の不信は水に流すかもしれない。
けれど、まどかが家族を失ってからまだ時間がさほど経っていない。
もしもここで精神的な疲労が再び蓄積されれば、最悪ここで魔女になってしまうかもしれない。
だからといって、ここでまどかをこの状態のままにしておけば、さやかからの不信は避けられない。
(私はどうすれば...)
「なにを躊躇っている」
背後よりかけられる男の声。
突然の来訪者の気配に、篤もさやかも
マルタも、それぞれが咄嗟に各々の戦闘体勢をとる。
ただ一人、その声を知っていたほむらは思わず呟く。
「セイヴァー...さん」
☆
(コイツが、セイヴァー)
篤もさやかも
マルタも、写真を通じて彼の姿は認識していた。
だが、己の目で直接見れば、その圧倒的に神々しくも不気味なオーラは写真とは桁違いだ。
それこそ、救世主<セイヴァー>の肩書きに相応しいと思えてしまうほどに。
『デ...セイヴァー様ァァァァァ!!!!!』
さやかの脳内にアヌビスの歓声が響き渡る。
うるさいと思うまもなく、アヌビスはベラベラと賛美の言葉を並べ立てていく。
『よくぞお出でなされました!このアヌビス、あなたと再会できる日をどれほど待ち望んだか!!さあ、なんなりとご命令ください!あなた様の命とあらば、この身を粉にしてでも尽くしましょう!』
そういえば、コイツはセイヴァーと会いたがっていたっけと思い出す。
先ほどはDIOの振りをしていたディエゴにあれほどビビリあがっていたというのに、立ち直りの早い奴だと呆れと感心を同時に抱いてしまった。
「なにを躊躇う必要があるのだ、マスター」
自らに尻尾を振るアヌビスをスルーし、DIOはほむらに問いかける。
「きみが排するべきものがすぐそこにあるというのに、なぜ排除しようとしない」
DIOの言葉のひとつひとつに、ほむらは心臓を締め付けれらるような感覚に襲われる。
彼は確かに救世主と名乗っていた。けれど、それは万人のためのものではなく、『悪』というが観念に括られる者の為のもの。
そんな彼が排するべきものというのは、十中八九、この場にいるものたちのことだろう。
ではそれは誰なのか。
ランサー。まどかを守るため、共に戦ってくれた者。
ライダー。杏子を救うために恐竜を追跡している者。
美樹さやか。疑念を振りまき、現状を停滞させている根本の原因。
ならば、解は自ずと出てしまう。
(でも...)
彼女はまどかの一番の親友であり、自分にとっても大切な仲間だ。
繰り返してきた中で対立することはままあったけれど、それでも交わった道があることは確かだ。
まどかの存在がなければ彼女を疎ましく思う、なんてことはありえない。
まどかや他の魔法少女たち同様、彼女にも救いたいと思っている。
そんな彼女を簡単に切り捨てることは...できない。
―――まどかのお母さんは切り捨てたくせに。
そんな声が聞こえた気がして、思わず視線をそちらに向ける。
そこには誰もいない。
あの選択をした後悔の表れ...なのだろうか。
「なにを勘違いしている。君にとってなによりも排するべき者は、ソレだろう」
えっ、と思わず言葉が漏れてしまう。
DIOはほむら自身に指を指しながら言った。
自分にとって排するべき者は自分。意味が解らない。とんち問答かなにかだろうか。
困惑するほむらに、DIOは意地悪く目を細めて告げた。
「その背の
鹿目まどか。きみの語った『願い』において、最も不要なのはその娘だろう」
「鹿目、さん...?」
ほむらはDIOの言っていることがわからなかった。
自分が伝えた『願い』を思い返してみる。
―――私は、鹿目さんと――皆と普通にくらしたいです………!!
確かに自分はそう言った。伝え間違いはない。
自分の『願い』―――『救い』には、確かにまどかの名も入っている。
にも関わらず、彼は『不要なものは
鹿目まどかだ』とハッキリと告げた。
意味が解らない。セイヴァーは、なにを言いたいのだろう。
いや、なにが言いたいのか以前に、セイヴァーは『悪』であり、まどかと決して相容れない存在だ。
そんな彼が、彼女を消す為にそれらしいことを言っているだけなのかもしれない。
(もしもセイヴァーが鹿目さんを殺すつもりなら...)
タンッ、と地を蹴る音が二つ。
ほむらの思考を他所に、DIOへと踊りかかる二つの影。
『や、やめろォォォォ!!』
ひとつは、アヌビスと魔法の剣の二刀を振り上げる
美樹さやか。
もう片方は、丸太でなぎ払おうと振りかぶる
宮本篤。
彼らは『まどかを排除しろ』という言を聞いた瞬間、悟った。
この男は、間違いなく友の/マスターの敵だと。
左方からは二刀が、右方からは丸太が迫り来る。
敵意を持ったそれらが目前に近づこうとも、彼の笑みは依然崩れない。
どころか、フッ、と軽く鼻を鳴らしたかと思えば、両手を広げ、右指で二刀を挟み込み、左手で丸太を止めてみせたではないか。
あまりのパワーと正確さに、さやかと篤は思わず動きを止めてしまう。
そんな彼らに遅れて、DIOの懐に飛び込むのは、聖女・
マルタ。
彼女はまどかのことなどほとんど知らない。
それが故に、DIOの言の危険性を察知するのが微かに遅れ、しかしそれが幸いし、図らずともさやかと篤に次ぐ第二射となることができた。
DIOの懐に入る。
もはや
マルタの射程圏内だ。ここからDIOに出来ることといえば、微かにでも身を捩りダメージを減らすことくらいだろう。
「世界(ザ・ワールド)」
DIOの腹部に撃ち込まれるはずだった
マルタの拳は、腹部から生えた金色の豪腕に防がれた。
「むんッ」
DIOは武器を掴んだままの両腕を振るい、さやかと篤を投げ飛ばし、それに呼応するように黄金の腕は
マルタの拳を弾き飛ばした。
黄金の腕は、スルリとDIOの腹部から抜け出し、その人型の像を曝け出す。
「黄金の人形...召還型の宝具という訳ですか」
「だとしたらどうする?」
「攻め立てるまで」
突撃する
マルタに続き、篤とさやかも再び斬りかかる。
突き出される拳を『世界』で捌き、振るわれる刀と丸太をかわし、受け止め、いなしていく。
彼はまだ本気を出していない。遊ばれているのだと、三人はいやがおうにも感じざるをえなかった。
それでも、現状は攻め立てる三人と守りに徹するDIOという構図は均衡を保てていた。
彼が反撃を開始するその時までは。
「フンッ!」
DIOの拳がさやかの頬をとらえて殴り飛ばす。
勢いよく後方へと吹き飛ばされるさやかの身体は地面を幾らかバウンドしてようやく止まることができた。
その隙を突き、篤は丸太を手放し、代わりにさやかの落とした魔法の剣を拾い、切りかかる。
その躊躇いのない剣筋に、DIOはほう、と感心の声を漏らす。
振り下ろしを避けられ、流れのまま放った薙ぎも跳躍でかわされ、挙句にDIOは軽やかに篤の刀にふわりと着地した。
わずか数ミリの刀身に立つその姿はある種芸術的であり、その気がなくとも引き込まれるような妖艶さを醸し出す。
彼の雰囲気にのまれまいと、篤は刀を切り返し振り落とす。
その隙をつき、
マルタは拳を撃ちこもうとするも、世界が割って入り、彼女の拳に己の拳を打ち付け食い止めた。
「的確な判断力だ。それに、足りない力を技術と経験で補っている。相当の修羅場を潜ってきたと伺える」
世界に
マルタの相手をさせながら、DIOは篤へと向き合う。
「
鹿目まどかの家の付近で起きた大量の殺人...あれは君の仕業だろう?」
「...!」
「図星だったかな?」
振り下ろされる斬撃を難なくかわしながら、なおも彼は語りかける。
「どうやらいまここにいる者の中ではきみが最も『悪』(わたし)に近いようだ。少しばかり興味が湧いてきたよ」
「お前と話すことなどなにもない」
武器を変え、太刀筋を変えても篤の剣はDIOへと届かない。
遊んでいるかのように眺めているだけだ。
「ッ...とうしい!!」
マルタは『世界』に毒づきつつ、拳を撃ち合わせていた。
純粋な拳の威力だけなら彼女に分がある。が、『世界』の特筆すべきはそのラッシュの早さだろう。
素人目には幾つにも分裂したかのようにしか見えないほどの速さで繰り出される拳は、
マルタをもってしても捌くのは困難。
かといって、その一撃一撃を無視できる程度の威力ではないため、強行突破さえも難しい。
結局、
マルタは『世界』に殴り勝たなければどうしようもないのだ。
(これがサーヴァント同士の戦い...!)
一足先に弾き出されたさやかは眼前の戦いに心を奪われていた。
戦況を見れば、
マルタと『世界』はほとんど互角、DIOと篤は篤が不利気味という程度のことはわかる。
だが、彼らの技量も速さも、さやかが到底太刀打ちできる水準ではない。
仮に正面から挑んだところで時間稼ぎが関の山、勝利など収められるはずもないだろう。
(そうだよ...マミさんや杏子ならまだしも、あたしはまだ未熟だ。あたしだけじゃ勝てない)
「なのに、なんであんたは力を貸してくれないのさ」
『バカ言うなァ!なにが悲しくてこの俺がDIO様に歯向かわねばならんのだ!』
先の攻防において、アヌビスは一度たりとも能力を使用していない。
当然だ。
敵の攻撃を学習する能力など、DIO相手に使えばあっさりと露呈してしまう。
もしそんなことになれば、DIOからの処罰は免れない。
使われるしかない身とはいえ、現状でもいつ破壊されても可笑しくない。
ならばせめて、自分のアイデンティティーである能力を封印することで、彼は彼なりの忠誠心を示していたのだ。
「いい?アレが昔のあんたの上司だかなんだか知らないけど、いまのあんたのマスターはあたし!あたしに死なれたらあんたが困るんでしょ!?」
『わかっている!だから逆らうなと言っているんだ!今すぐ詫びを入れてあの眼鏡たちを斃して忠誠を誓え!それが出来ないならせめて自らあのお方の糧になれぇ!!』
「そんなことしてたまるかっての!」
さやかは改めて理解した。
アヌビスは文字通り『DIO』の狗であり、それはさやかがとって変われるようなものでもないことを。
「...わかったよ。あたしの力だけでなんとかする。あんたには迷惑かけないから」
『なっ、おい待て!』
さやかは喚くアヌビスを鞄にしまい込み、ふぅ、と深呼吸をひとつ置く。
自分が彼らに勝てるはずもない。
だからこそ、いま、他のサーヴァントがDIOを相手にしているこのチャンスを逃すわけにはいかない。
さやかはクラウチングスタートの姿勢をとり、足に力を込めていく。
篤と
マルタがこのまま戦い続けたところで勝ちの目はない。
ならば、自分が動き少しでも状況を揺らす賽の目になろう。
それがどう転ぶかはわからないが、なにもしないよりはマシだ。
さやかが地を蹴り、DIOへと跳びかかるその瞬間だった。
一つの銃声と共に、DIOの頭部が弾け鮮血が舞ったのは。
最終更新:2019年02月26日 23:45