男は疾走する。
長い髪をなびかせ。
男は徘徊する。
男は目を閉ざす事は無い。
目を見開いたその先に。
鈍い眼光を乗せた視線を向けた先に。
一体何が待っているのだろうか。

リッター=シュナイドは、疾走していた。


     ◆     ◆     ◆


男が走り去った後、木の陰からガタガタと震える小さな影が姿を現した。
正式名称、マイクロマスター・ケット・シー・タイプフサルク。
呼称、シィル。ネコミミをしているが、コスプレでは無い。
木に手を付き、体重を預けていた地面からヨロリと立ち上がる。

「行った・・・ッスか・・・?」

シィルは気付くと、北東の森と市街地の間あたりに飛ばされていた。
ここが殺し合いの場だという事など、もしあの『デモンストレーション』が無ければ、信じることも無かっただろう。
あの「ですわ」口調のリレッドが目の前で殺されてしまった事に、恐怖を頂いた。
動揺で身体が動かない状況から脱した所で、周りを見渡しつつ、バッグの中身を検めようとした、その時。

森の奥深くから、湿った落ち葉や枯れ木を踏みしめ、こちらへ近づく物音が聞こえた。
あくまで物音が聞こえたのは偶然。
沼地をドロを跳ね上げながら、速度を緩めずこちらの方向へと進んでくるではないか。

隠れようとは思った。が、身体が硬直して、動く事叶わず、その場で縮こまるだけに留まる。
まるで悪戯がバレてしまった子供のように。抗う事の出来ない運命をただ享受せざるをえない状況―――。
バッグを掴んでいた手がひたすら汗ばむ。喉が緊張でカラカラになる。

バシャバシャ・・・。

その足音は木の向こうの方向へと進んでいった。気付かれなかったらしい。
月明かりが偶然にもシィルの座り込んでいた場所以外を照らしていたことも幸いした。

「は・・・あぁああぁ・・・・」

よ、良かったッス・・・。
溜息をつく。心の底から、安堵した。今自分に訪れた不幸よりも、不幸中の幸いを喜んだ。シィルはそういう子である。
頭のミミをぴょこんと垂直に立たせながらも、気を取り直して手元のバッグの中身を取り出す。
先程森から出てきた髪の長い男は、自分には気付いていなかったようだが、いつ別の危険人物――明確な確証は無いが、シィルの本能は先程の足音の主に警戒のシグナルを出していた――が近づいてくるかは分からない。
武器があるなら、早く手元に置いておきたい。もしかすれば、失われていたナノマシン変身能力が戻るかもしれない。そうすれば物陰に隠れたり、最悪威嚇することだって出来る。

そして、シィルが引き当てたのは。


     ◆     ◆     ◆


この、肌を焦がすような独特の緊張と感覚は――――戦場。
間違いない、ここは戦場だ。
背筋にゾクゾクと鳥肌が立ち、周りの暗闇が一層空気を重くする。

山の中。近くには住宅街が見下ろせる、木の上。
葉が周りを覆い、小柄な姿は周囲からは視認する事が出来ない。
ヒメルは木の枝に腰をかけながら、息を潜めていた。

本来ならば、彼女は護るべきもののために戦場を奔走するだろう。
Vudratis banis隊長 ヒメルならば、そうする。


――二度と腐るな。お前は『騎士』だ。騎士として気高くあれ!


頭の中にある最も新しい出来事。その幕中で言われた強いメッセージ。
騎士として、護るもののために戦場を駆る。それが、彼女がすべき事。
しかし、木から下りようとしたところで、足元近くの沼地を駆ける人影が見えたので、彼女はすぐさま行動する事をやめた。

「・・・」

一目見て、どんな人間かを把握して―――

「・・・・!?」

暗く、足元の跳ね上がる泥が邪魔をし、シルエットしか見えなかった。黒く、長い髪。体格は、男だろう。

(なに、この感じ・・・!?)

頭を抑える。違う、コレは。誰かに、似ている。似ている? 誰に。
苗字を―――くれる・・・?
違う、アレは。 誰だろう。 誰だったのだろう。
灰楼の刺客と、戦ったとき。 助けてくれた―――リュースではない、誰か。
私が騎士として、次に会ったときに、しっかり皆の道標になりうる騎士になっていたのなら。
ひどく混乱する。
あの人と対峙して、話していた時。私は確かにあの人を認識していた。彼は私の記憶の中にいた。その人に、似ている?
知っているはハズなのにまったく知らないコト。私はこの事実に恐怖すら覚えたこともある。
思考の中の混乱の度合いが大きくなり、頭を侵食していく。


バシャシャ・・・。


右手で頭を抑えていた間。ほんの数秒だったが、既に男の後姿は見えなくなってしまっていた。
誰だったのだろう、アレは。
普通なら接触して、目的を問い、殺し合いに乗っているのなら止めなくてはならない。
それがヒメルが自身に負った責務のはずだったのだが、思考している少しの時間で彼はこの場から去ってしまった。もし、今の彼が人殺しだったら自分の落ち度だ。

「・・・・く」

だが、反省している場合ではない。
かぶりを振り、体重を預けていた木から飛び降りる。
と、先程の男が走り去った沼地の近く。飛び降りている間、ほんの少しの時間だったが、何か―――獣の耳のようなモノが見えた気がした。


     ◆     ◆     ◆


ガシャンッ。

また近くで音がした。金属音だった。
再び身体が強張る。シィルはもう嫌だった。
人が死ぬのも、人に殺されそうになる不幸も、この暗闇も、嫌で嫌で仕方が無かった。

カシャン・・・カシャン。

見つかったのだろうか。その馴染み深くない音は、彼女に死を齎そうという死神の足音に聞こえた。
あと数秒で、木の茂みの向こうから、暗闇の向こうから、自分を襲いに来る何かが姿を現すだろう。
先刻とは違う。明確に自分の場所を分かっている。
怖い。
怖い怖い怖い。
来るな。
来るな来るな来るな。

姿を、現した。
もう駄目だ。私は、死ぬ。
死ぬ?
こんな所で―――?
思考が恐怖で、完全に塗りつぶされた。


「大丈夫です、心配しないで―――」
「来るなあぁああぁーーーーッ!!!」


参加者名簿の裏に、筆箱から取り出したサインペンで描く。描いた物は、円状の、魔法陣。
次の瞬間、シィルを中心に半径3メートル。光が満ち、周りを照らした。

「!?」

これに驚愕したのは声を心配させないように声をかけたヒメルである。
木から下りる際に見えた姿は、恐らくシィル。直接の面識は無いに等しいが、報告書を通して知っている。
『この殺し合いに乗るような人間ではない』という事は、チラリと見ただけでもよく分かった。
ヒメルが木から下りた後、怯えた様子の人影の方向へと向かうと、いきなり目の前の視界が光で包まれた。
あまりにも明暗に落差があったため、とっさに腕で光をカバーする。もう目くらましにうろたえるのは遠慮したい。
光に目が慣れ、再び前を向くと、地面には魔法陣が描かれていた。
ヒメル自身がソレを使えるわけではないが、『魔法』やそれに順ずる現象には馴染みが深い。そして、それ以上に、この現象は、良く知っていた。

「デンダイン領域・・・!?」

描いた物を具現化、実現するヨミの能力。
が、この先に居る人間は、先程空中から見下げた限りでは、シィルの特徴と一致していた。確実に、ヨミのような黒髪をしてはいなかった。
眩しいが、その光源にいる人物を凝視する。
ネコミミが見えた。次いで、緑色の髪。そして、こちらを恐怖の目で見てくる、錯乱した視線が眼鏡の向こうに伺えた。

「来るな・・・来るなッス!!」

やはり―――シィル。だが、向こうはこちらの事を知らない。そして何より、恐怖し、憔悴し、威嚇している。
彼女の手が震えながらも、魔法陣内に絵を描いていく。
ヒメルは知っている。
デンダイン領域とは、魔法陣内に描かれた事柄を具現化していくモノである、と。
ヒメルは知っている。
それは一度発動したのならば、物理法則や質量保存の法則だろうと、具現化に伴ってそれらに縛られる事は無い、と。
ヒメルは知っている。
そしてその反面、解除すると領域内に起こった事柄は無かった事にされ『全て元に戻る』、と。

しかし。
ソレはヨミからの説明によるものだ。
ヨミは一度も悪意を以ってこの能力を使った事が無い。
ヨミの場合は、自分の欲求を満たすためではなく、どちらかといえば、その現象で遊ぶことがメインではなかっただろうか、とヒメルはそんな印象を受けていた。

これが本当にデンダイン領域で、普段と同じ能力だとするならば、恐れるに足らない。
何故ならば領域を解除する際に『全て元に戻る』からだ。
が―――ここで再び思考する。このデンダイン領域について、だ。

例えば。
銃を描き、陣内からその銃で外へ発砲した場合。
それは魔法陣を出た段階で鉛弾は消えうせる。
が、陣内で人が撃たれたら、領域解除時にそれも無かった事になるのだろうか。

例えば。
何でも耐えられる盾を具現化し、そこに外からバズーカでダメージを与えようとしても、恐らくその盾はキズひとつ付かないだろう。
が、領域解除時に盾が無かった事になるのなら『防いだという事実』もまた無くなるのだろうか。

答えは、『分からない』だ。
何故ならその事象に遭遇した事が無いし、それを試すことは術者の危険も伴うからだ。
何度かヨミの無計画ぶりに振り回され、領域内で別の生物に書き換えられた事もあったが、あくまでソレは遊びだ。
ヒメルには試すことは出来ない。
半狂乱になりながら、恐怖で身体を震わせているシィルを危険に及ばせる事など。

ヒメルが考察を続ける一方、シィルはこちらを恐怖の目で見ている。
ヒメルは甲冑を除けば、そんな目で見られる事など無いような容姿をしている。
多少ドレスが似合わないだけで、涙目になりながら睨んでくる程怖い顔をしているつもりもない。つうか、傷つく。

ヒメルはデンダイン領域には足を踏み入れず、しかしシィルに近づく事が出来るギリギリのラインまで踏み込む。
なんとかシィルをなだめないと、話も聞けないし保護も出来ない。なにより―――


「お、落ち着いてください。私は貴女に何かをするなんて事は無いですから!」
「信用なんて・・・出来ないッス・・・! はぁ・・・・はぁ・・・・こ・・・こっちに来るなら・・・ボクも容赦はしないッス・・・!」


明らかに虚勢であり、何よりも無理をしている。
能力が使えるようになるとはいえ、普通は魔力や精神力を糧に術式は発動する。
つまり、一般人に成り下がっているシィルが能力を発動するには明らかにスペックが足りていないのだ。
元々魔力などは無く。
精神は疲弊した状態。
残りカスになった精神を強引に使い、体力まで減らして彼女は領域というバリケードに立てこもる。

ガリガリッ。
そして震える手で地面に描かれた絵柄は―――巨大なクマ。
襲い掛かる脅威に恐怖しながらも、アーニャの事を心のどこかで心配していたことから脳裏に浮かんだ自分を護ってくれるモノ。
若干可愛らしくは描かれているが、敵を粉砕する目的で作られたそのキャラクターは何処と無くグ○ーミーを髣髴させる、愛くるしさと凶暴性を内包したものだった。
発現したクマに込めた願いは、敵の排除。排除排除排除!!

「グルルルルルルァアアァアーーッ!」

巨大グマが地面から発現、そしてヒメルに威嚇。さらに足元の岩を、半分埋まっていた状態から強引に力で引き抜いた。
ミシミシッ、という音共に、シィルとクマの頭上に岩が持ち上げられる。

「う、嘘ッ!」
「や・・・やっちゃえ・・・容赦無しッス!!」
「グルアァーッ!!」

咆哮。そして岩が発射される。デンダイン領域を超え、光を超えて、岩は消滅―――しない!
ヒメルは身体を半身から逸らし、岩を回避する。当たらなければどうと言う事は無い――が、当たればダメージは必至の高質量の攻撃!
ステップを踏んで、足に力を溜める。これ以上長引かせればシィルは能力に押しつぶされる。何より、彼女の表情が見ていて辛かった。

「ごめんなさい」
「・・・え?」

ぽつり。
呟いた直後、今までヒメルの足があった地面は見事にえぐれ、デンダイン領域中心部へ真っ直ぐ土ぼこりが立った。
そして、シィルの首元にトン、と手刀を当て、気絶させた。
規格外の身体能力を行使しての超スピードによる跳躍。シィルは視認する事で精一杯だっただろう。
同時に音も無く、領域が解除され、再び回りは暗闇に覆われた。巨大なクマも消滅していたことに若干の安堵を覚えながらも、ヒメルはシィルの身に大事が無かった事にほっと胸を撫で下ろす。
ぐたりと脱力し、地面に顔をぶつけそうになるシィルを慌てて抱える。

(・・・軽い)

予想よりも軽い体重が手にかかる。
こんな、殺し合いとは無縁な人間を戦場に放り込む等と、許される事ではない。
主催者―――灰楼に対する憤りを隠すことは出来ない。これ以上『正しい姿でない世界』など存在しないことは明確だ。
ヒメルはシィルを、バッグを枕にして介抱しようとする。


瞬間。
右肩に衝撃が走った。


「く!?」
「シィル殿を―――放すでござる!」


ヒメルが振り返ると、ビーダマンのような銃を構えた女の子がこちらを睨んでいた。
何と言うことだろうか。恐らく、不運にもシィルに手刀をかました瞬間のみを見られたのだろう。
距離は5m程離れている。先程の攻撃は、銃によるものとヒメルは推測したが、それどころではない。

「ちょっ、ちょっと待ってください!」
「む・・・?」


     ◆     ◆     ◆


「本当に申し訳ないでござる! 拙者、一生の不覚でござる!!」
「いえ、こんな状況ですし、仕方ないですよ」
「いやいや、まさかシィル殿を介抱した心優しい方を疑うなどと・・・
 しかも威嚇射撃をと思ったのに見事に命中させてしまう始末!」
(え、誤射だったの・・・?)

ヒメルの背後に、突如として現れたのは蒼龍騎士団が1人、ジーナだった。
開始から10分も経過していなかったが、街を目指していた彼女は、森の木々の間で光が見えたので、急遽そちらに向かった。
そして、草木の間からひょっこり覗くと、手刀を見事に決めるヒメルの姿が目に入り、慌てて止めようと威嚇射撃をしようとした。
が、不慣れな銃という武器なので、照準がままならず、ヒメルの右肩に当たってしまったのである。


「これからジーナちゃんはどうしますか?」
「拙者は自分の刀を探しながら、蒼龍騎士団の姉妹と合流するつもりでござる」
「そう、ですか」

なるほど。
確かに自分1人でこの殺し合いの中、正義の味方をやるのもいいが、それよりも頼れる仲間と合流するのも悪くは無い。
ヒメルは顎に手をあて、思考する。能力を取り上げられた今、身体能力のみの闘いではヒメルに追随する者は多くないだろう。
そういう意味では、1人で悪人に後れを取ることは無いとは自負しているが―――。

「ヒメル殿は」
「あ、はい?」
「ヒメル殿は、このゲームについてどう思うでござろうか」
「? といいますと―――?」
「このゲームに乗る、以外の事態の収拾の付け方でござる」
「・・・・そうですね。正規ルートだと優勝者1名が助かりますが、脱出に成功すれば、成功した人数だけ助かります。ただそれには・・・」

トントン、とヒメルは首輪を指で軽く叩く。

「コレを何とかしないといけないのと、どうやって会場に連れてこられたかを把握する必要があります」
「で、ござるな」

2人して、俯く。
首輪の解除、弱者の救済、武器の調達、とやるべき事が多い。
横で寝息を立てているシィルの事も心配である。







ヒメルは仲間との合流について、思考していた。

仲間、とはVudratis banisに所属する人間と定義して構わない。
の、だが―――先程見た男の後姿が妙に脳裏に張り付いている。

――かつて、強力な力を誇った対戦争・対犯罪組織。
この組織の隊長を務めるヒメル。

果たして彼女がリッター=シュナイドという名を思い出すことが出来るのだろうか。
不運にも、彼女が呼び出されたのは、シュナイドという姓を貰う前。

ヒメルが、最も頼れるであろう人間を知らず。
そして、その最も頼れるであろう人間は―――人の救済を目的にせず、街を疾走していた。



運命の悪戯。



【北東―住宅街と森の境目手前/1日目/深夜】

【ヒメル@Vulneris draco equitis・basii virginis】
[状態]:右肩に小ダメージ(30分程度で完治)
[装備]:不明 & 騎士甲冑
[道具]:支給品一式(中身はまだ見ていません)
[思考・状況]
基本:弱者を護る、ゲームには乗らない
1:ジーナと情報交換
2:シィルが目覚めるまで待つ
3:殺し合いに乗った人間の無力化
4:弱者の保護をする
5:仲間と合流したい
6:首輪の解除・ゲームからの脱出案を練る
(備考)
参戦時期:『BRAVE DRAGON』後、『Get Your NAME』前
ヒメル=シュナイドではなく、ヒメル。


【ジーナ@T.C UnionRiver】
[状態]:健康 刀不所持による不安
[装備]:白騎(びゃっき)・夜皇(やこう)@T.C UnionRiver(クロード)
[道具]:支給品一式
[思考・状況]
1:ヒメルと情報交換
2:刀を探す
3:姉妹達との合流
4:他人と接触し、情報を集める
5:主催者に天誅!
6:・・・ほんの少し他の参加者と手合わせしたいでござる・・・


【シィル@T.C UnionRiver】
[状態]:恐慌・混乱・体力消費(中)・精神疲労(大)・気絶
[装備]:筆箱@ヨミ(Vulneris draco equitis・basii virginis)
[道具]:支給品一式
[思考・状況]
基本:助かりたい
1:気絶
2:アーニャ・カティを心配
3:不明


【北東 街~学校/一日目/深夜】

【リット@Vulneris draco equitis・basii virginis】
[状態]健康
[装備]不明
[道具]支給品一式
[思考・状況]
基本:目的の男を狙って走り回り、神出鬼没
1:目的の男を見つけ、正面から力を持って殺す
2:理性的思考力低下、ひどく感情的
3:邪魔者には容赦なし、売られた喧嘩は買う
4:情報収集のために他人を襲撃する場合有り

(備考)移動速度が速かった事と、身体の向きが街の方向だった事から、
   デンダイン領域が発した光や音には気付いていません



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最終更新:2009年10月25日 15:56