エリシャに襲われて1時間経過したところで、セーラは目を覚ました。
住宅街ということで、空き部屋には困らなかったらしい。意識を取り戻したばかりのセーラが、ベッドから見た天井は見知らぬ物だった。
その後、神妙な顔をしたカティが部屋に入ってきた。
「大丈夫か?」
「あ・・・えっと、はい。助けていただいてありがとうございました」
「・・・意外と冷静なんだな。もっと取り乱すかと思っていたが。こんな殺し合いゲームという非常識な場所だぞ?」
「私の常識じゃ測れないような事にも巻き込まれたことはあります。そのせいかもしれないですね」
「・・・・」
「・・・情けない話ですけど、私はいつも助けてもらってばかりなんです。私のために、誰かが傷付く事も、ありました。だから、平気です」
自嘲気味にセーラは呟く。
「だから・・・人が死ぬことも・・・全然怖くなくて・・・! 最初に、殺された、あの子も・・・! 私は・・・!」
「いい。落ち着け」
「でもっ!私は、そんな、殺し合いなんて、あの時だって死体の山でッ!」
「落ち着け!」
「・・・っ」
混乱している。しかしその混乱と恐怖を虚勢で塗りつぶしてごまかそうとしている。
カティは、手に取るようにわかった。紡ぐように発せられた言葉は、支離滅裂だったからだけではない。セーラの声が震えていたから。
セーラ自身、最初は冷静になろうと努めようとしていた。しかし、時間の経過、そして自身で言葉を発することによって、恐怖感がこみ上げてきたのだ。
虚勢のメッキがはがれていく。その結果、嫌な記憶が溢れて来る。悪循環以外の何物でもない。
セーラはセーラなりに、この非情理な現実を乗り越えようとしている。だから、ここまで苦しんでいる。
襲われた現場を見ても、セーラはどう考えてもか弱い女の子だった。そして今も、震えている。
「落ち着くんだ」
もう一度、今度は言い聞かせるように告げる。
今後行動するにしても、この少女を守りながら戦うのか。それとも安全な所に隠れてもらうのか。どちらにせよ、彼女には立ち直ってもらいたい。
その気持ちを言葉に込めて言った。
「あと30分外で待ってる。だから、自分で心の整理を着けるんだ。自分で、決着しろ」
「・・・はい」
「安心しろ、この一軒家ぐらい守って見せるさ」
ニヒルな笑みを浮かべながら、背中を見せてカティは部屋を去っていった。
扉を閉めるその時まで、凛とした姿は変わらなかったと、セーラはそんな印象を受けながらも、そのまま黙って彼女を見送った。
◆ ◆ ◆
リッター・シュナイドは、走り抜けた結果、学校までたどり着いた。
学校名が、校門横に記載されていた。灰楼中・高等学校。
(馬鹿にしてる)
センライの手のひらで踊らされている感が否めない。
だが、乗ってやる。ここでは殺して殺される。殺すのが正しい。
校舎に入る。人の気配がした。逃げ込んだか、それとも誰かしらを誘って迎え撃つつもりか。
どちらにせよ、気配を察知させるレベルだ。大したことは無い。
カツン。
校舎は静まり返っている。反響する足音が余計に響き渡る。
カツン。
場所は分からないが、どこかに潜んでいる。油断は無い。
油断は無い。
緑髪の少女がそこに立っていた。
目の前に。
大したこと無いだと。馬鹿な。全身の毛穴が開き、汗が一気に出る。
なんだ、これは。全身が震える。
「こんばんは☆」
声をかけてきた。
なんだ、これは。数多くの死線を潜って来た己の全身細胞が全霊をかけて警報を鳴らしている。
動悸が止まらない。ガタガタと身体が強張る。
外見ならばそんじょそこらのお嬢様といったところだろうが、そんな形容詞を使うこともおこがましい。
格(ランク)が違う、化け物。
リットは自身の戦力を過大評価したつもりは全く無い。
だが、それでも、こと戦闘にかけては今までの経験を使えばどうとでもなると、乗り越えることができると思っていた。
だが、その思惑をはるかに超えた、規格外の人物が目の前に現れた。
誰だ―――お前は。
「誰だ、お前は」
「誰だとはご挨拶ですね、リット君」
「!?(俺を知っている・・・!?)」
ごくり、と眉唾を飲む音が廊下に木霊する。
動けるか。ガタついた身体を叱咤すると、問題なく反応が返ってきた。
しかし、実際には動けない。これは、どのようなシミュレーションをしたところで、次の一手で目の前の化け物に制圧されるから。だから、一手が出せない、動けない。
策を講じなければ、確実に殺される。
「少しは死線を潜ってきたみたいですけど、それじゃ私には勝てませんね」
リットの目が、ゆらりと見開く。
着ていたコートを目の前の少女に投げつける。唯一のこちらの長所はリーチ。ならばそれを利用して――!
ここは廊下。左右に避けるにしろ、動きには制限がかかる。その中でコートという目くらましが入れば機を狙う事は出来る!
「勇神(ゆうしん)ッ!」
リットの支給武器。勇神――重量50kgの超高重量にして全長1.7mの突撃槍。
精々盾にしかできないとタカをくくっていたが、中央突破するのには高重量であることは適している。
前に突っ込むことに限るが、タダ広い場所で前進するよりは左右に狭いこの廊下では最良の武器だ。
今まで持っているかどうか、非常に悩まれる文字通り重い足かせだったが、その重さの分、高威力!!
コートの脇から逃れた様子は無い。ならば、この白いコートごとぶち抜き、そのまま標的をも撃ち貫く!!
「う~ん、適材適所と柔軟性というのはあるんですけれど、15点というトコですか」
ぴたり。
止まった。止まった!?
「な・・・!?」
リットは魔術を使う事を主として戦う部類の人間だ。決して力を振り回して戦うタイプではない。
だからといって、勢いをつけて質量のある武器で突進すれば、かなりの加速度を得られるのは自明。教室と廊下を隔てる壁ぐらいは粉砕できる一撃を放ったのは手ごたえで分かる。
それを、無造作に、力だけで、片手だけで、涼しい顔で、受け止めた。
「残念ですけれど、貴方がこの私、ディアナ=クララベラ=ラヴァーズの最初の餌食になってしまうようです☆」
テヘ☆
ぐんとリットはディアナの元に引き込まれる。ディアナが受け止めていた勇神を引いたのだ。
目の前に来た驚愕の表情のリットを見据えると、そのアゴを拳で真上にはたく。
リットにかつて無いほどの衝撃が訪れ、そのまま空中を舞う。全身から一時的に重力の柵から外れる。
彼が最期に見たのは、自分の銃―グラムとガルム ―から鉛球が出た瞬間だった。
ディアナは冷静に眉間に穴の開いたリットを一瞥すると、彼の来ていたコートを拝借した。
白いコートは夜でも目立つが、そんなのは気にしなかった。コートの方が雰囲気が出るというだけ。戯れ。
リットの死体の横には彼自身の血で塗れた、勇神があった。それをひょいと持ち上げると、地面に突き立てて彼の墓標とした。これも、戯れ。
「さーて、街にでも繰り出して見ますか」
無造作にコートを羽織ると、その姿は、狙撃手としてのディアナにも見えた。
最強の緑は、こうして戦場へ降り立つ。
◆ ◆ ◆
「それじゃ、行くか。セーラ!」
「はい!」
部屋に戻ってきたカティを迎えたのは、真剣な表情でのセーラだった。
その様子に満足したカティは、セーラと共にお互いの情報を交換した。
支給品と名簿のチェック。今後の方針。さほど時間はかからなかった。
2人が決めた方針は、慎重にではあるが、病院の方向へ向かって移動するというものだった。
病院は基本的に傷付いた者が立ち寄る場所。それが、殺し否定派の人間ならば治療してあげることもできる。
逆に近寄る悪者も負傷している可能性が高い。その場合は、その人間を拘束することも、逆に不利になれば逃げることも容易になるというものだった。
この住宅地に潜む事よりも、状況が進展するかもしれないし、逆に悪化する可能性もある。
しかし、その決断を決める勇気がセーラにはあった。
(強いな)
セーラに対してそう思ったのは、先ほど死にそうな目にあった事を加味していたが。
それでも、自分よりも強大な意思に抗う姿勢に感嘆した。
エリシャのように殺人ゲームを楽しむ快楽殺人者達がいたら、次は容赦はしない。セーラはよしとしないだろうが、それでも、殺される覚悟が無く殺すなどと、おこがましいにもほどがある。
2人はバッグを背負うと、カティを先頭に、夜の街へと繰り出した。
セーラは意思は繋いだ。紡いだ。培った。あとは、これに果たして力が伴う事があるだろうか。
守られてばかりの少女が、この会場でもっとも弱い少女が、成長する可能性は―――まだ、誰もその結末を知らない。
最弱の少女と、最強の少女。
彼女たちが会うことはあるのだろうか。
【リット@Vulneris draco equitis・basii virginis 死亡】
【中央 住宅地から中央北の病院へ移動中/1日目/深夜】
【カティ@T.C UnionRiver】
[状態]:健康
[装備]:不明
[道具]:支給品一式
[思考・状況]
基本:単純な殺し合いには乗らず、仲間を集める
1:病院へ慎重に移動
2:セーラを護る
3:危険人物に対しては容赦しない。殺しも辞さない。
4:他人と接触し、情報を集める
5:エリシャを警戒
(備考)
参戦時期は、灰楼杯終了後。
支給武器を確認、装備しました。
【セーラ@Tower Of Babel】
[状態]:健康
[装備]:不明
[道具]:支給品一式
[思考・状況]
基本:殺し合いに乗らず、仲間を集める
1:病院へ慎重に移動
2:助けてもらっているだけな自分に嫌悪感
3:他人と接触し、情報を集める
4:エリシャを警戒
(備考)
参戦時期は、灰楼杯終了後。
支給武器を確認、装備しました。
【北東 学校/1日目/深夜】
【ディアナ@吼えろ走馬堂】
[状態]:健康
[装備]:グラム・ガルム@リット
[道具]:支給品一式、コート@リット
[思考・状況]
基本:殺し合いに乗る
1:市街地へ
2:不明
(備考)
参戦時期不明。
最強の核兵器。
最終更新:2009年11月16日 04:12