山の中で一人、木を背もたれにしつつもカノン・エルザハーグはがっくり、と肩を落とす。

(はぁ……どーせ話し合う機会もないんだろうなぁ。特に僕なんかは)

 髪の毛のボーボーに生やしている為に顔の上半分は完全に隠れてしまっているが、口元とボディーランゲージ能力がやたら高いために何を考えているか直ぐに判るのがこの青年のいいところだった。
 それは口が利けないと言う、人生においてのハンデの中で身に付けた技と言えるだろう。

(と言っても、こんな会場で話を聞いてくれる人が居るとは思えないけどなぁ)

 自分は意思疎通をする場合、紙に自分の意思を書いて相手に伝えなければならない。
 しかし紙に文字を書く分の時間を相手がくれるとは思えない。

(……マスクがあれば楽だよなぁ)

 その場で溜息。
 大分現代人として復帰できてきているのに、こんな目に会うとは全く不幸としか言いようがなかった。
 それならまだ『マスク』を付けていた方が楽である。

 あのマスクをつけると人を殺しても何とも思わないからだ。
 逆に言えばマスクを外した今の状態は自分を『一般人』に変えるのだと思えば良い。

(どうすればいいのかなぁ。兄さん達はどっか行っちゃったし)

 今、自分は一人だ。
 こんな時はどうすればいいのかよく判らない。
 それ故に『指示』が欲しかった。

(抜け出せばいいのかなぁ? ゲームに乗ればいいのかなぁ? それとも主催者側に文句言えばいいのかなぁ?)

 様々な考えが彼の頭の中に浮かぶ。
 しかしどれも正解で不正解。
 何故ならば『答え』をくれる人は誰も居ないから。

(誰か答えてくれないかなぁ)

 ややあってから来る筈もないか、と自問自答する。
 最近はこうやって自分で自分に話しかけることで多重人格になれるんじゃないかと思えて来た。

 そんな時だった。


 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッ!!


「?」

 何だろう。
 背後から凄まじい音が聞こえてくる。
 土砂崩れか何かだろうかと思い、振り向いてみると

「美咲ー! 何でそんな馬鹿でかい物離したアルか!?」

「だって本当に重いんだもんこれ! それにまさか崖から落ちるなんて思ってなくってって、避けてえええええええええええええええええええ!!」

 カノンの目に巨大な黒い物体が飛び込んできた。

 ナワノツメ。
 重量300キロ近くもある巨大な銃器が崖の上からカノンの顔面目掛けて凄まじい勢いで転がってきたのであった。

「!!!!!!!!!!」

 ここで喋ることができるならうわあああああ、とでも叫んでいたことだろう。
 しかし彼にはそんな権利すらない。

 だから彼は走った。
 不自由の馬鹿野朗、と心の中で叫びながら。


 ○


 結局のところ、逃げようと思って足を動かしてもナワノツメと言う名の鉄板から逃げ切ることは出来なかった。
 故に、今のカノンの顔面には大きな痣が出来上がっている。

「いやー。まさかあんなデカいもん顔面で受け取った癖に痣だけで済むとは幸運だったアル。あんたラッキーボーイアルな」

『僕も顔面で受け止める羽目になるとは思いませんでした』

 うっかり崖の上から手放してしまった美咲はその場で縮こまりつつも、気まずそうにカノンとトーイの会話を聞く。

「それで、カノンとか言ったアルね。あんたは本当にゲームに乗ってないアルか? 顔面にパンチよりもキツイ一撃食らわせといてこんな事聞くのもどうかと思うアルが」

「うう……」

 益々居づらそうな美咲に失笑しつつ、カノンは質問に答えた。
 素早くペンを抜き、メモ帳に内容を書き上げる。

『乗ってる、乗ってない以前にどう行動したらいいのかよくわかんないですね。正直なところ路頭に迷ってるって感じです』

 その返答はトーイと美咲のコンビを大いに困らせる結果になった。
 彼自身がどうすればいいのか判らない、という事は二人から見れば『コイツは何考えてるんだろう』と言う疑問に結びつくからだ。

(参ったアルね)

 判断材料が少なすぎる。
 彼がゲームに乗っているとも乗っていないとも言い切れない発言だからだ。

(美咲はどう思うアルか?)

(乗ってるのに一票)

(理由は?)

(彼が現役の『殺人犯』だからよ)

 その発言に反応するも、大きなアクションは取らない。
 もし彼が本当に乗っていたとして、この均衡している空気を下手にぶち壊したくないからだ。
 未だにカノンの装備が未知数なのも理由の一つだが。

(成る程……確認を取る前に出くわしたのは災難だったアル)

 殆ど事故同然だったとは言え、少々確立が『高め』の人物に出会ってしまった。
 出来れば美咲と出会った時のように『確認』を取るべきだった。
 それが出来なかったから現在こうなってしまっているのだが。

(それでも……)

 可能性はあくまで『高い』だけだ。
 低い方の確率も視野に入れなければこれから先も仲間を集める事は難しくなってくるだろう。
 彼が現役殺人犯だという美咲の発言に嘘は見られなかった。
 と、いう事はこの場でも襲い掛かってくる可能性は極めて高い。
 だからこそ問うた。

「カノン」

「?」

 問いかけられた方は律儀な事にメモ用紙にまで「?」マークを書き込んで意思を伝えてくれた。
 どうやら結構きっちりとしている性格らしい。

「あんた、人を殺したアルか?」

「ちょ、ちょっとトーイ!?」

 思っていたよりもストレートな発言に戸惑いを隠せなかったのは美咲だった。
 今、ナワノツメはカノンを挟んで向こう側に置かれている。
 もしこの場で襲われたら自分たちは丸腰のまま彼と戦わなければならない。

『人を殺したことは、あります』

 しかし予想外な事に。
 カノンは俯いたまま、メモ帳にペンを走らせた。

『ですから普通に考えたら僕もこのゲームに乗るべきだったんだと思います。そうすれば、幾分か気は楽ですから』

「それなら今は複雑アルか?」

『すっごく。出来ることなら今すぐ帰ってゲームやりたいです。ニート生活万歳』

「美咲、本当にコイツ殺人犯アルか?」

「私も今、すっごい疑問に思ってるわ」

 何だか思っていたよりも駄目人間の臭いがしてきた。
 しかも結構真剣になってカノンがペンを走らせているのだから笑えない。

『兎に角、僕の身内もこのゲームに参加してます。お二人にも仲間が居るように、僕にも仲間が居るんです』

 それなら僕が何を望むか、大凡は判るんじゃないでしょうか。

 ただ口をパクパクと開けただけだが、その口からは確かにそう聞こえたような気がした。

(……力強い意思アル。きっと自分が殺人犯になった時、その力強い意思があったこそ乗り切ってきたアルな)

 決して褒められたものではない。
 寧ろ人間としては十分過ぎる程の失格行為。
 最低の行い。
 それをこの男は犯している。
 しかし、今は自分たちと似た意思をハッキリと持っている。
 機械ながらもトーイは『ソレ』を感じ取っていた。

(でもカノン。美咲も同じアルが、もしその身内を失ったらお前はどうするアルか……?)


 ○


「本当に連れて行くのね?」

「仲間は一人でも多く欲しいアル。それに今の状況ではまともに動ける戦力がどうしても欲しかったアル」

 あまり嬉しくない偶然だが、二人とも強大な武器を引き当てたにも関わらず重過ぎるが故に足を引っ張っている状態だった。

「もし『乗ってる奴』に襲われたら、今の状況では迎え撃つしか選択肢はないアル。その重い銃担いで走れるアルか?」

「そ、それは……!」

 痛すぎる点を突かれた。
 美咲は人並み外れた怪力の持ち主という訳ではない。
 それ故に先程から引きずって山を降りようとしているのだ。

「その点、カノンは結構タフな上に『襲い掛かり慣れている』アル。こっちが思いもしない所で助けになるかも知れんアルね」

「本当かしら……?」

『本当でしょうか?』

「お前まで疑問に思ってどうするアルか」

 兎に角、今はナワノツメ以外にも使えそうな道具が欲しかった。
 そういう意味では彼の『支給品』にも期待はしている。

「カノン、支給品を見せて欲しいアル。装備を把握しておきたいアルからな」

『はい、判りました』

 自分のバッグを開き、支給品を探すカノン。
 彼は支給品の確認を済ませているわけではなかった。
 ここまで歩くことだけを考えていたので、興味がなかったのだ。
 強いて言えば参加者の名前を確認する為に名簿を見た程度で、それ以外には全く用がなかったのである。

『何が出るかな。何が出るかなっと~』

(喋れない癖にお喋りな奴アルな……)

 ノリノリでメモ帳にペンを走らせるカノンの姿を見て、トーイはそう思った。
 意外と人生を楽しめるタイプなのだろう。

「……?」

「? どうしたアルか?」

『いや、何かバッグの中に一つおかしな物があっただけです。それにしても僕の支給品は一体どれなんでしょうね?』

「はぐらかすなアル。そのおかしな物がお前の支給品アルな。素直に見せるアル」

 ああ、やっぱりと項垂れるカノンを見て思わず怪訝そうな目を向ける美咲。
 しかしそう思う気持ちはトーイにも理解できた。

(何を引いたアルか? 心なしか脱力してるように見れるアルが……)

 まさかこれ以上お荷物になる支給品が増えるのではないだろうかと考えたその瞬間。
 カノンがバッグの中にある『ソレ』を見せた。

「…………リボン?」

 何処にでもありそうな黄色いリボン。
 それがバッグの中で只一つだけ浮いていた。

「……もしかしてこれ、外れアイテム?」

「……だとすれば相当ついてないアルなぁ」

 その場で、とほほ、と判りやすいリアクションを取るカノンを傍目に二人は黄色いリボンを見る。
 この黄色いリボンを使って嘗てデスマスクと呼ばれた殺人犯(現ニート)がどう立ち回るのか。
 それが現時点での課題その1であった。


【南東 山中/1日目/深夜】


【神堂 美咲@希望と絶望の協奏曲】
[状態]:疲労(小)
[装備]:ナワノツメ@吼えろ走馬堂(リメイカー)
[道具]:支給品一式
[思考・状況]
基本:仲間を集めてゲームを破壊、あるいは脱出する
1:この重いのをなんとかしたい
2:和輝との接触
3:トーイと共に他の参加者と接触する
4:危害が加わるようならば対抗して戦う意思あり
5:カノンをやや警戒


【トーイ@誰かの館】
[状態]:健康
[装備]:無し
[道具]:無し(地図と名簿はHDに書き込んであります)
[思考・状況]
基本:仲間を集めてゲームを破壊、あるいは脱出する
1:美咲とカノンと共に安全そうな参加者に接触
2:首輪の解除をする
3:ケーブルを奪還。無ければ代用品を探す
4:エリア中心部へ向かう
5:アカルに対して警戒しながらも接触したい
6:リースという名に対して警戒

【カノン@紫色の月光】
[状態]:顔面に痣
[装備]:黄色いリボン@理由のない日記(剣龍帝) *まだ装備していないので能力は把握していません
[道具]:支給品一式
[思考・状況]
基本:仲間を集めてゲームを破壊、あるいは脱出する
1:トーイと美咲と共に参加者への接触を図る
2:身内(カイト、ガレッド、トリガー、メシア)との接触
3:出来ればマスクを回収したい
4:黄色いリボン以外に支給品が無いかやや現実逃避気味


提供武器:デスマスク
カノンが殺人を犯す時に使っていた鉄マスク。
装着することで以下の現象が起こる。

  • 極度の興奮状態になり、冷静な判断が出来なくなる。
  • 血を欲したくなる。
  • 台詞が『シュコー』になる。

尚、カノン本人の元々の能力である『放電』は没収されている為に使えないが、マスクにも能力が付加されている訳ではないので使えない。
また、あくまでアドレナリンを沸騰させて理性をなくす装備品なので使用者の身体能力が上がるわけではない。


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最終更新:2010年02月08日 20:19