結果から言おう。
 姉上は強い。

 だがこのゲーム上で動く参加者達はその大半が力を制限されている。
 その一例が武器と能力の没収だ。
 没収されたそれらはランダムに支給されて、後は持ち前の知恵や腕っ節で何とかしていくしかない。

 しかし姉上は――――蒼龍一号機エヴァは自分の武器を自分で引き当てた。
 それは詰まり、このゲームにおける最大のハンデを完全に無視できる事に繋がる。

「あ……ぐっ」

 自分が床に叩きつけられ、剣の切っ先を突きつけられている理由はまだある。
 自分の知っている『彼女』はのらりくらりとしていて、その場をノリだけで生きているかのような適当な人だった。
 少なくとも当時はそういう立場じゃなかった筈なのに何時の間にかツッコミ担当になっていたのだからきっとそうなのだろう。

 しかし目の前にいるこの人は、

(強いし、冷たい……!)

 鍛錬を怠ったつもりは無い。
 騎士として守る物を見失わない為に。
 そして暴走しがちな自分を押さえ込むという意味でも鍛錬には取り組んできた。
 心も、身体も鍛え上げてきたつもりだった。
 しかしそれでも覆らないのは、

(圧倒的な、力の差……!)

 その事実を確認したと同時、レイチェルは歯を噛み締めた。
 死への恐怖から逃げるためじゃない。
 何も出来ずに負ける自分への腹立たしさと、姉の『暴』に呆気なく屈してしまう事への怒り。
 それを向けただけだ。


 ○


「レイチェル」

 妹に呼びかける。
 しかし当の本人はボロボロで、まともに立ち上がれそうにはなかった。
 だが死んではいない。

「そのままでいいから聞きなさい。――――何故武器を使わないのです?」

「!!!!!!!!!!!!」

 その言葉を聞いたその瞬間。
 レイチェルの身体がびくり、と震えた。
 まるで何かに怯えるようにして顔色が青くなる。

「そ、それは……まともな武器を引き当てれなかったからで――――」

「嘘ですね。それでも何かしらの抵抗をする事は出来るはずです」

 センライによる説明は当然エヴァとレイチェルの姉妹も聞いていた。
 各個人が持っている能力は何かしらの道具に付加される。
 故に武器を引き当てることが出来なくても『使える』能力を手に入れることが出来るのを知っている。

「ですが、何故素手で立ち向かったのです?」

「それは……使い方を知らないからで」

 それも嘘。
 本当は『触れた』瞬間に使い方には気付いている。
 だけどもしソレを使ってしまったら。

(それだけは、絶対に駄目だ!)

 心の中で首をぶんぶんと横に振る。
 しかも今の姉上に『アレ』の存在を知られたら、

(きっともっと酷いことになる! それだけは――――!)

 騎士として最も許されるべきではない行為。
 それは『やっちゃいけない事をやること』なのだと思う。
 暴走する自分が言えたことではないが、姉上は明らかにそれを無視しようとしていた。
 もしそんな奴が『アレ』を使ってしまえば、

(皆、死んじゃうよ……)

 参加名簿に目を通す余裕は無かった。
 しかしエヴァがこの場にいると言う事はエリシャ達他の姉妹や、アステリアのような知人も巻き込まれている可能性は十分に考えられた。
 例えエヴァがどう扱うつもりでも、それをコントロールするのは自分だ。
 少しでも『中てられたら』直ぐに暴走してしまう自分が、よりにもよって『アレ』を引き当ててしまった。

 見境の無い殺戮が始まろうとしている。 
 それ故に、判断は迫られる。

 その殺戮を本能の赴くままに行うか。

 この場で姉上を倒すか。

(もし、私がここで負けたら……!)

 その場合の事は安易に想像できる。
 否、既にその想像は現実の一歩手前にまで迫ってきている。
 何故ならエヴァがこちらに装備を聞いてきているから。
 支給品は必ず参加者に一つは渡される。
 それ故に誤魔化すことはできない。

「何を黙ってるんですか、レイチェル?」

 だが其処まで考えた直後。
 自分の足に強烈な熱と痛みが走った。

「あ、――――?」

「まだ私のお仕置きは終わってないんですよ?」

 痛みの発生源は見たら直ぐに判る。
 エヴァが剣を振るい、自分の足を刻んだから。
 リメイカーを殺した時のように深く切り裂かれた訳ではないが、それでも血が出るのは剣を突き刺された以上は必然な訳で。
 自分の血は流れ出てくるって事はつまり、今まで以上に『衝撃』が襲い掛かってくる訳で。

「い、嫌だ……止めろよ姉上! 止めろよおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

「どうしてです?」

 平然とした顔で問われる。
 本当にわからない、と言った顔で、だ。

「私のお仕置きはまだ終わってないと言った筈ですよ? 聞き分けの無い悪い妹はちゃんと教育しないと」

 良くも悪くもエヴァは純粋に『姉』だった。
 だからこそこの状況でレイチェルをどうすれば追い詰めることが出来るのかを熟知している。
 肉体的にではなく、精神的にだが。

(駄目だ! 駄目だよ姉上! それ以上やられたら、やられちゃったら本当に中てられる!)


 姉上を、コロシチャウヨ――――


 その瞬間。
 レイチェルの中で何かが弾けた。

「……い」

「?」

 俯いた状態のまま、レイチェルが呟く。
 だが上手く聞き取れない。
 しかしエヴァのそんな疑問視に無理矢理答えるかのようにして、レイチェルは吼えた。

「こおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおい! たいてえええええええええええええええええええええええい!!」

「なっ――――!?」

 咆哮が轟いた後に聞こえてきたのは信じられない単語だった。 
 大帝。
 参加者に支給されるにしては余りにも大きすぎる『巨大ロボ』の名前を、天に向かって呼んだのである。

「は、ははははははは!!」

 自分の血に中てられたレイチェルが狂ったように笑い出す。
 そしてその笑い声に受け答えするかのようにして、『ソイツ』は何も無かった筈の外に突然現れた。


 ○


「たい、てい――――!」

 最初の脱落者、リレッドがゲームを無茶苦茶にしようとして呼び出そうとした巨大兵器。
 彼女は頭が良い事はエヴァも知っている。
 それ故に、彼女が呼び出そうとしたこのロボも(直接戦ったことが無いが)相当な破壊力を持っているであろうことは簡単に予想できた。

「潰れちまえよ、姉上」

「!」

 その対処法を考えるよりも前に、目の前に倒れている妹が冷徹な言葉を投げかけてきた。
 普段の彼女の暴走状態を一言で例えると『熱(ヒート)』。
 しかし自分の血に中てられ、既に心身ともに満身創痍状態の彼女はとてもクールだった。

「レイチェル……自分の血に中てられ、おかしくなりましたか?」

 大帝の拳がエヴァ目掛けて振り下ろされる。
 展望台と言う場所に居る以上、この足場を破壊されたらその場でゲーム終了になるであろう事くらい目に見えている。
 それならあの拳を受け止めるしかない。
 そう判断すると彼女は剣を十字に構え、ガードの姿勢を取る。
 その直後、

「――――っぐ!」

 全身に未だ嘗て感じたことの無い凄まじい圧力が圧し掛かってきた。
 その一撃を受けた瞬間、龍輝と龍詩の刃に亀裂が走る。
 剣を持っていた腕から身体に目掛けて、何者も逆らうことの出来ない『力』が襲い掛かってくる。

「レイチェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエル!!」

 この先、自分が『どうなるか』はエヴァには直ぐに理解できた。
 だからその場に居る妹に伝えておく。 
 今更考え方や主張を変えるつもりは無い。
 恐らく、今のレイチェルに自分の考えを理解しろといったら直ぐには無理だろう。
 それが出来るくらいならこんな事にはなってない。
 お仕置きなんてする必要も無かった。 
 それならせめて、蒼龍騎士団としての最大の役目を彼女には担って貰おう。
 きっと自分とレイチェルがすれ違いつつも、『コレ』だけは同じ願いだと思うから。



――――何時までもダダを捏ねないで、ちゃんと主の下に帰るんですよ?

 ○


「う……ん?」

 朝日が顔を覗かせつつある時刻。
 夜風の肌寒さを感じたレイチェルは目を覚ました。
 どうやら自分は気絶していたらしい。

(え? 何で寝てたんだ……?)

 それに、周囲を軽く見回してみるとあるのは瓦礫の山ばかり。
 際ほどまで展望台に居たはずなのに、なんでこんなコンクリートの上で寝てるのだろう?

(……いたっ!?)

 取りあえず起き上がろうとしたら、背中にずきり、と痛みが走った。
 どうやら思いっきり地面に叩きつけられたらしく、暫くマトモに走れそうにも無い。
 それに足も何か刃物で刻まれたような痕が残っている。
 其処から流れ出る血に『中てられそう』になりながらも、レイチェルは状況把握に努めていた。

「…………あ」

 そこで思い出す。
 ついさっきまでこの瓦礫の山となる前の展望台の上で何があったのかを。
 自分が『姉上』に何をしたのかを。

「あね、うえ――――?」

 しかしその後の事は覚えていない。
 大帝の拳が展望台を砕いて、足場を無くした自分がそのまま大地に叩きつけられたのまでは理解できた。

 でも姉上は?
 大帝の拳を真正面から受け止めようとした姉上はどうなった?

「あ――――」

 だが見た。
 見つけてしまった。

「あ、ああああああああああああ……」

 瀧上の双龍。
 エヴァの引き当てた、彼女自身の武器。
 しかし自分の真正面に転がっているソレには柄しかなくて、

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 その柄には手首とその先しかついていなかった。
 他の肉体は何処にもない。
 エヴァの形成するべき他の部分は、何処にもなかった。
 全部、押し潰されてしまった。

「あ、ああ……あああああああああ」

 レイチェルの頭の中が沸騰する。
 目の前に転がる姉の『成れの果て』の姿を見て中てられつつありながらも、胸の奥からこみ上げて来るどうしようもない何かは留まることを知らずに流れ出てくる。

「あねうええええええええええええええええええええええ!!」

 それ以上は言葉に出来なかった。
 どうしてあんなことしたんだよ、と恨み言を叫ぶことは出来ない。
 ごめんなさい、と謝ることもできない。
 言うべき対象はもう何処にも居ない。
 何を言おうにも、届かない。

 ただ、虚無の中に取り残されてしまうだけ。


【エヴァ@T.C UnionRiver 死亡】


【展望台跡 レイチェル@T.C UnionRiver】
[状態]:全身打撲、足に切り傷、精神的に錯乱状態(大)
[装備]:大帝@リレッド(だれかや!)
[道具]:展望台が破壊された際失う(自分の道具を使って名簿等を確認するのは不可能)
[思考・状況]
基本:本能を抑えつつ、ゲームには乗りたくない
1、半ば不可抗力でエヴァを失い、混乱
2、身体のダメージは深く、激しい運動は制限される
3、他の姉妹と合流したいが、合わせる顔が無い
4、殺戮衝動を抑えきる自信を失う

(備考)
大帝は普段は消えていて、レイチェルが呼び出すと何処からとも無く出現する。
レイチェルの意識がなくなると大帝は消えるので、ずっとその場で出続けているわけではない。
殺戮衝動が起きていると彼女の本能と比例するようにして暴れまわるが、コントロールしている張本人であるレイチェルに危害が加えられることはほぼ無い。


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最終更新:2009年12月14日 16:09