生きるか死ぬか。
その線引きは、非情なほどに残酷であり、厳しいほどに現実であり、徹頭徹尾に過酷である。
生と死の境界線は、誰にでも等しく存在するし、享受せざるを得ない絶対的なものだ。
ここで引き合いに出すのは、死神。
無機質な恐怖で、暗闇から現れ、今まで生きていた命に『鎌』でラインを引いていく。それが一般的な死神のイメージ。
黒衣でドクロ、幽霊のように実体が無く、身の丈を超える大きな鎌で命を刈り取る。
ならば。
生きるか死ぬかという状況ならば、このロワイアルはどうだろうか。
全員が、生死を左右する『鎌』を持っている。全員が死神になりうる資格を持つ。
逆に、背後から迫る死神の存在に脅かされる事にもなる。
自身の『鎌』が大きいからといって、後ろから首を狩られる事が無いわけではないのだ。
◆ ◆ ◆
ボクに意思がある事は、この子には言わない。
この子は似ている。だけど、本質的に救いようが無いわけじゃない。
今は己の欲望のままに暴走しているけれど、この子にとっての鞘はあるはずだ。
抜き身の剣で今まで生活してきたわけじゃないというのは、この子の言う"あねうえ"が彼女にとって大きなウェイトになっている事から、なんとなくだけど分かった。
それでも、この子はきっとこのまま会場を練り歩いて、ボクを血で染め上げるのだろう。
最初に女の子に斬りかかった時、大鎌から縫ぐるみの姿に戻ろうと思ったのだが、万力のような力で握られていたため、鎌の形から変わることが出来なかった。
そもそも縫ぐるみの姿になろうとしても、何かの力で元に戻る事が叶わないのだ。ボクは喋る武器としてしかこの会場に居る事を許されていないようだ。
その女の子は無事逃げられたみたいだけれど、標的が変わっただけだった。
それから色々あって、ボクは男の人の手に渡った。
この男の人――カイトというらしい――の話を聞くと、ここが『殺し合いの会場』だと言う事が分かった。
なんでも首輪をしている参加者は、主催者の灰楼と呼ばれる組織に拉致されて、強制的に殺しあわされているということだ。
ボクは武器として支給されたらしいので、最初の説明を聞く機会すら無かったワケだ。
殺し合い。バトルロワイアル。そう聞いて、会場の雰囲気を感じて、死神の試練を思い出す。砕け散った魂を、死神へ昇華させるあの試練を。
もしかしたら、これは何かの試練なのかもしれない。
でも、試練にしろ、人は死ぬ。殺される人間には、意思があり、それを摘み取ることは、死ぬということに他ならない。
そしてどうやら、この子はまた殺して回るらしい。
きっとボクの一番心配する、そしてボクがいなくて一番心配する、彼もこの会場にいるだろう。
これは、予測でも予想でもなく、予感。
それならばこの子の武器として、暫く黙っていよう。意思の無い、ただの鎌として。
この子は今まで同様会場を歩き回るつもりだ。なら、彼と会う可能性は、じっとしているよりも高い。利用するようだが、足として活用させてもらおう。
ある少年の無事を祈りながら、鎌は黙する。
――無事でいて、こうちゃん。
死神リースの鎌、クロアは本来の姿になる事は無く、ただ武器としてそこに在る。
◆ ◆ ◆
金髪のチャイナ娘、アカルとの戦闘からかなりの時間が経過したように思える。
彼女との戦闘は、冷静に考えてみれば大した危険は無かった。ひたすら防御をされて腹が立ったが、結局のところ攻撃はのしかかり攻撃のみ。だが再び戦闘になっても有効打が与えられないのは事実だ。
時間が取られるだけならば先に進むべきだとリースは考えた。
彼女からの逃走経路として真っ直ぐに北に続く道を走るも、誰とも遭遇する事は無かった。
地図を見ると、このまま北上すると学校があるらしい。
(学校なんて、くだらないものを会場に用意するなよ)
内心舌打ちしながら、途中で道路を左手に曲がり、進路を西に取る。
勿論地図に描いてある大きな道路だけが道ではない。住宅地や商店街、ビルや展望台へと続く道は無数にある。あくまで地図に明記してある道路は、最も大きな主要道路でしかない。
拘って道筋どおりに進路を取る事は無いのだが、走りやすい事と迷いにくい事から、地図通りに進む事にしたのである。
事実、そうしている参加者は居ないわけでは無い。仕方無しに森や山に配置された参加者も、結局は街に出る際、大きな道へと至っている。
閑話休題。
兎にも角にも、死神リースは走っていた。
それも偏にクロアを探し出すため。参加者を皆殺しにするため。こんなもの、死神の試練と比べれば至極単純なものだ。
死神になったのに、止めを刺してはいけないという明らかな矛盾点にして不満点を、試練では強要された。そんな煩わしい制約も無く、本能のままに殺せばいいなんて。
――ナンテ、タノシイノダロウ。
もし会場でクロアが見つからない、あるいは単純に没収されただけだとしても、優勝したときに返してもらえればそれでいい。
ただ、殺し合いに乗っている最中にでも、クロアと『再会』出来るということに越した事は無い。正直手元から没収されているという現実だけでも嫌な物なのだ。
殺し合いゲームを用意してくれた主催者だが、どうせ殺し合いをさせるなら武器の没収なんて面倒な事をしなければいいのに、と思う。
もうすぐ、夜が明ける。
4時を回ればきっと朝日がビルとビルの間、山の木々から顔をのぞかせることだろう。
折角の闇夜だ。漆黒の衣――黒尽くめの格好の利を効かせるならば、狩りは夜のうちに進めたい。自然と足が速まる。
長刀「沢鉄爪」と変幻刀「雹星天翔」。最初は10本あった刀だが、今は2本となってしまっている。元々10本は流石に不要だったため、特に不満は無い。
右手に長刀。左手に刀。狂気が狂喜に凶器を驚喜で持ち歩く。時に周りを見渡せるよう民家の上から周りを伺いながら。黒衣を纏って跳躍――着地。跳躍――着地。
まるで、闇が走る様に。
◆ ◆ ◆
「お前はこのまま殺し合いを続けていい。ただし首輪の解除が最優先事項だ。
生きている人間じゃ解析できなかったから、今度は"機能を停止した"首輪を調達して調べる。言ってる意味は分かるな?」
「・・・ん」
「あとそうだな、名簿なんてチェックして無いだろう、お前」
「見てない」
「・・・殺しはオーケーとは言ったが、今から上げる数人は除外しろ。それ以外は無差別にやってもかまわん」
「みうち?」
「そんなところだ。名前だけじゃ分からないだろうから外見も伝えておくか」
「・・・・・?」
ここでエリシャは、はたと疑問に思う。
名簿を2人で見下ろす形になっているのだが、そもそもそんな行為は必要無いからだ。何故なら
「わたしと一緒に会場まわるんじゃないの?」
そう。エリシャは何を隠そう目の前の男、カイトに拘束されている。そして先程、首輪の解除という共通点をエサに、協力を要請してきたのである。
なればこそ、その際に起こる戦闘において"殺しオーケー"という
ルールにエリシャは歓喜したのである。共に行動する事を前提とした話ではなかったのだろうか。
そして共に行動するのならば、その場で判断すればよい。これではまるで、その場にカイトがいないような口ぶりだ。
「ああ、別行動だ。お前はお前で勝手にしろ」
「・・・意味わかんない」
「さっきお前が寝てる間に、南西の方向から僅かに音が聞こえた。建物が崩れるような音だ。それを見に行く」
「・・・ふぅん」
「偵察はお前には性にあって無いからな。俺1人の単独行動だ。だからお前は別個に動く事になるワケだ」
首輪と爆弾のブラフと疑念。これだけでエリシャの行動を縛れるとは思わない。いつ飼い犬に手を噛まれるか分からない状況ならば、家の外に放し飼いにするのが吉。
そして聞こえてきた音。家の中に居た事と、夜で遠くが見渡せない事から正体は憶測でしか図れないが、先程も言ったとおり"建物が崩れた"ような音だ。
つまり、何かしらの能力・支給武器・あるいは考えたくは無いが、力のみでの破壊。いずれにせよ、高火力を持ちうる人物がそちらにいて、そういった戦いがあったと見るべきだ。
後々強敵になるかもしれない。今のうちに手を打っておく必要がある。故にカイト自身が偵察に出るべきと考えた。
「・・・と、言うわけだ。ほれ」
「・・・いいの?」
名簿の照会が終わったカイトは今まで取り上げていた大鎌を放り、エリシャにパスする。
「お前の一番の武器は、歯止めの利かない残虐性だ。刃物と相性はいいだろうよ」
「ん、どうも」
「じゃあな。昼の12時あたりに映画館に来い。それまで俺とは真逆の方向へ遊びに行っとくんだな」
流石にエリアの中央を禁止エリアにはしないだろうからな、と映画館を集合場所にした理由を付け加えながら扉に手をかける。
ひらひらと手を振りながら、家を出たカイトの後姿を見送り、エリシャは鎌を握り締めた。カイトと逆の方向というと、病院がある方だ。
そして、最初に逃した赤い髪の女の子、セーラとそれを救出したカティが逃げた方向でもある。
殲滅戦。彼女達を追いかける。これが当面のエリシャの目標になった。別に見つからなかったらそれでもいい。途中で出会った人間と遊べばいい。
深緑の髪は水で塗れている。鎌を構える。
さあ。追いかけっこ。
「すたーと」
走り出す。
水に似た、赤い液体が花開く事を夢見て。
◆ ◆ ◆
セーラとカティは、夜道を慎重に歩いていた。
周囲の襲撃者に対して警戒しながら移動する事は、やってやりすぎるということは無い。
殺し合いの開幕に、エリシャに襲われた体験があるセーラは、これを身体で教訓として学んでいた。対応が後手に回るだけでも死に直結する。
勿論彼女が暴力に対抗する術を持っていない事が大きな要因だが、今ではカティという強力な戦力と共に動けている。
仮に襲撃されたとしても、気付くことなく殺されていたなんて結末はほとんど無いはず。
「肩の力を抜け、セーラ」
「は、はい」
「緊張しないのも良くないが、緊張しすぎるのもいざというときに動けなくなるぞ」
「は、はい」
やれやれ。まあ無理は無いか。
カティはセーラの頭の上にぽんと手を乗せる。
「ひゃぁっ!?」
「大丈夫だ、君ぐらい私が護るさ」
かぁあぁ・・・っ。
(ちょ、違う違う、何ときめいちゃってるんですか私っ!?)
色めきたつは禁断の百合色。ムーディーなピンク色。私の顎に当たるすらりとした指。
ってダメダメ、女性同士でこんなっ!
確かにカティさんは凛としていて、スラッとした体型の美人で、綺麗で料理も上手くて・・・でもでも!私はあくまでノーマルでアブノーマルじゃなくて!!
「・・・? どうした、セーラ?」
「はっ、はひっ!? すすす、すいません何でもないです、大丈夫です!!」
「ホントか・・・?」
「はいっ、はいっ、大丈夫デッス!!」
不思議に頭にクエスチョンマークを付けながら、いぶかしげにセーラを見るカティだったが、大事が無い事が分かると周囲の警戒に戻った。
はわはわしているセーラを横目で見ると、やはりというかこの殺伐とした殺し合いゲームには似合わないなと苦笑してしまう。
「さっき君の事を私が護ると言ったがな」
「え? ええ」
「君も私の事を護ってくれ。お互いにフォローしないとな」
そう言うとセーラの表情が明るくなる。
お互いに支給武器を確認したから、お互いでフォローしあえる。そしてカティに認められたようで、嬉しかった。
満面の笑みでそれに答えた。
「はい!」
「お邪魔した家から万能包丁もストックしたからな。コックとしてはどうかとは思うが、一時的な武器にはなる。
それよりセーラ。病院までは後半分ぐらいだが、体力は大丈夫か? 神経をすり減らしながらの移動は堪えるだろう」
「いえ、大丈夫・・・・・・!?」
「・・・・お出ましか」
話の途中で異常に気が付いた。
金属音。しかも周期が長い。物凄いスピードでこちらに寄ってくる。
己の居場所を教える事に怯えない、思慮に入れない、玩具に向かって一直線。この音は聞いたことがある。
一番警戒していた相手が、こうも早く再襲撃してくるとは。危険人物にして要注意人物。コイツに話し合いは通用しない。
「エリシャ、か!」
「ふふふふふ、みぃつけたぁ!」
「カティさんっ!」
「セーラは下がってろ、コイツは私が相手をするっ!!」
場所は前回と同様な住宅街の路地。
視界は良いというわけではないが、悪いほどでは無い。しっかり蛍光灯と星に月の明かりが照らしてくれる。
相手の凶器が黒塗りの大鎌で、前回投げつけた包丁を柄で捌いた事からも、力任せだけだというワケではないかも知れない。
伊達に騎士を名乗っていないわけだ。だがしかし、間合いの駆け引きなど向こうは考えていないらしい。
空を切り裂き一閃!残像を残す事も無くカティの目の前を鎌が通過する。
若干身体を仰け反らせただけで回避。だがしかし、ぱらりと前髪が切れて宙に髪が舞う。
「やるじゃん」
「お前もな、と言いたい所だが私は子供を甘やかすつもりは無いぞ」
「・・・ん」
どうやらセーラは後方に十分な距離を保って身構えているようだ。
カティはそれを確認するとポケットから何かを取り出し、頭に被る。
緑色のバンダナを深く被り、そこから覗いた瞳でエリシャを見据える。
「なんだかよくわかんないけど、はらたつ」
「ほう、そうか。それは悪かった・・・な!」
懐に持っていた万能包丁を投げつける。それを姿勢を低くするだけで、エリシャは掻い潜る様に回避する。同時に突撃。
下から切り上げる。再び一歩ステップすると塀と電柱に阻まれたようだ。すかさず逃げ場の無くなったカティを追撃するエリシャ。
鎌は遠心力からそのまま電柱にぶつかる。偶然刃の部分では無い部分に当たった。じぃんと手が痺れるが、大したことは無い。
だがしかし、その隙を見逃すカティではない。右ストレートをお見舞いする。すかさずエリシャは後退しその拳を避けるため、バックステップを――
「それは悪手だ。
『クレイジーソプラノ』」
「っ!?」
緑色のオーラが集約。バックステップしたエリシャの手足を空中に現れた緑色の刃が襲う。
手足から血が滲み出る。恐らくかまいたちに襲われればこんな傷が付くのだろう。肌に傷を付けられる形にダメージを負うエリシャ。
「先程の"電柱への衝撃音"を刃へと変換した。音が鳴らなかったことに気付かなかったか?」
「・・・・・・・へいき」
「そうか、無力化するには程遠いか」
「・・・・・あねうえの剣のほうが切れ味いい」
ひゅんひゅんと音が鳴る。
剣筋や刃筋といったものを考えない力任せの斬撃。しかしこれはこれで脅威である。
理にかなった剣筋で放つ攻撃ではなく、読みにくいのもあるが、それよりもやはりエリシャの怪力が尋常ではない。
空中に停滞していたクレイジーソプラノで作った刃などは一瞬で跳ね除け、ダメージを気にする事も無く再び襲い掛かる。
クレイジーソプラノの能力は、一言で言えば『音のエネルギー変換』。変換したエネルギーは固形化した刃にも、形の無い魔力にもなりうる幅広い選択肢を持つ能力である。
音は音であればなんでもいい。先程利用した"柱への激突音"もそうであるし、大きな物であれば"落雷音"、小さな物では"心臓の脈動音"まで、まさに多種多様。
トリッキーな頭脳プレイが展開されるだろうが、それに対峙する相手はその特性を念頭に置いた戦い方をしなければ勝機を得ることは難しいだろう。
だがしかしエリシャはそんな事は知らない。相手がどんな能力なのかに興味は持ちえど、行動方針には一切の影響は無い。ただただ己の殺戮願望を満たすだけ。
故に突き進む。
「・・・ふっ」
身構えるカティに、下から掬う様に鎌を切り上げる。それに対しカティは一歩踏み込むことで刃に接触することを回避。
それは勿論、肉薄する距離(クロスレンジ)になるということに他ならず、別段斬る事に拘らないエリシャはそのままカティの胸倉を掴みに掛かる。
カイト戦で繰り広げた、頭突き。その再現が為されようとするその刹那。
「はぁあっ!!」
「うあぅっ!?」
カティの拳がエリシャの石頭に直撃した。たまらず吹き飛ばされるエリシャ。
カイトにやられた頭の傷のせいか、くらりくらりと一瞬意識が飛びそうになる。が、それを持ち直してカティを睨む。大鎌は依然、エリシャの手元。
「忘れたか。私は元宇宙海賊アースガルズ総帥だぞ。そんな頭突き狙いで裏を書こうなどと―――通用するとでも!」
「・・・くうぅ」
再び両者が激突し、戦闘が始まる。
ここで余談。
カティと呼ばれているこの兼喫茶店の専属シェフだが、本来はある巨大ロボットのコアである。
そのロボとは、オーディン。最強の地球防衛兵器アースブリンガーであるグラビィを凌ぐ性能を持つ規格外にてケタ違いの強さを誇る兵器だ。
そんな超絶ロボットのコアである彼女なのだが、人間体ではその強さはいかほどな物なのだろうか。アカルのように、ただ貧弱な乙女となるのだろうか。
答えは――否。超絶ロボットに対して、超絶コア。強さは比例する。ようするに、『めっちゃんこ強い』。
本来武器を持つ相手に対して無手で挑むのは常識的に考えて無謀である。この場合は、大鎌というリーチに差がありすぎる状況だ。無手では無いにしろ、たかだか万能包丁程度でどうにかできる物ではない。
クレイジーソプラノが決定打にならない今、ほぼリーチというハンデを背負っての戦闘である。
だが、それでも騎士団の一員であるエリシャに対して―――
「はぁあぁああッ!」
「うぅ・・・うううううううぅううぅうう・・・!」
ここまでこなすことが出来る!
こちらも"規格外"の強さなのだ。何度も言うように、『めっちゃんこ強い』。
セーラという荷物さえ無ければ、だが。
「邪魔・・・しないで・・・よう!」
「く!?」
大きく360度、力任せに振った鎌には近づけない。カティは大きく後退する。
しかしその時にはエリシャの瞳はカティを捉えては居なかった。彼女が狙ったのは、後ろで邪魔にならないように距離を開けているセーラ。
正直この時のエリシャに騎士道精神というものがあるのかは甚だ疑問だ。彼女の言う、あねうえならこの行為を咎めるだろうか。分からない。
ゲーム開幕の再現。カティは間逆に大きく後退したため、間に合わない。セーラの元に両者が駆けつける。どちらが早いか。
走りながらエリシャは大鎌を構える。大きくスイングしてその鎌を振るうために。赤い、綺麗な花を見るために。セーラに向かって、袈裟に斬る。
ぶしゃぁっ。
赤い血しぶきがエリシャの頬に付いた。
「ぐ・・・ぁ・・・」
「か、カティさんッ!!」
斬られたのは、セーラではなく、カティ。彼女はエリシャとセーラの間に割り込む事にはなんとか成功した。
だがしかし、セーラの方向へ向いていたため、方向転換などする暇も無く、セーラを守る壁として仁王立ちをした背中を、深く深く深く斬られてしまった。
カティがその場に崩れ落ちる。血がアスファルトに染みを作っていく。同様に、鎌の刃にも返り血が付着し、先端からぽたりぽたりと流れ落ち、地面へと血の川を作る手助けをしている。
傷は深い。内蔵にまで至っている死に直結するものだ。セーラの悲痛な叫び声にも、カティは答えない。エリシャは満足そうにそれを見て、笑う。
「結果、おーらいだね。それじゃあ、おねえさんも」
死んで。
とエリシャが最後の死刑宣告をしようと言葉を紡ぐ前に。
「クロアァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアぁぁあああああああああああああああああああああああッッ!!」
戦闘を繰り広げていた路地の上。民家の屋根から降り立つ影が、死神の装束を纏って落下。
鎌を振るう直前のエリシャに空中から長刀が投げつけられた。
完全に意識の外だったため、エリシャの右腕にかする。
鎌を持つ手が一瞬緩むが、取りこぼしはしなかった。邪魔者が乱入してきた事実と、あと少しの所で介入された不快感で、乱入者をじろりと睨むエリシャ。
そこでハッと気付く。その人物の持っている武器が、彼女の妹であるジーナの武器である事を。エリシャはジーナがこよなく自身の刀(×10)を愛してやまなかった事を知っている。それを彼女が手放すはずが無いし、1本でも無くなっていたならば半狂乱する事だろう。
一方黒衣の乱入者――リースもエリシャを睨む。
運良く自分の武器にしてパートナーであるクロアを見つけられた幸運と、それを我が物顔で使っているガキんちょに対する憤り。兎にも角にも、早くクロアを取り戻したい。
そのために息の根を止めようと真上の死角からの長刀投擲だったのだが、片腕をかするだけ。依然クロアを握り締めていやがる。
偶然にも両者ほ思考は一致した。まずは、殺す。そして――
「それ、ジーナちゃんのだよ。かえして」
「それは僕のクロアだ。かえしてもらうよ」
「かえして」
「かえせ」
「・・・ジーナちゃんの宝を――」
「・・・僕のクロアを―――」
「「かえせぇえええええええええええええええええええええええええええええええぇえええええええええええッッ!!」」
標的はお互い。両者の影が交錯する。後先考えないという意味で、似た者同士。言葉足らずに暴力で制する。
エリシャが本日何度目になるか分からないスイングを始める。怪力によるなぎ払い。間合いに入る前に予備動作を済ませ、強引に走りこんで間合いにねじ込む。
対するリースは変幻刀「雹星天翔」1本で迎え撃つ。否、迎撃などではなく前に突き進み手元の剣で、クロアを持つ不届き者を殺しに掛かる。
長刀「沢鉄爪」は先程投げつけたため、手元には無い。リーチでは刀よりもやや大鎌の方が広く伸びる。一瞬早くエリシャのなぎ払いがリースに届く。
「もらった。黒いの」
「そうくると――思ってたッ!!」
「・・・・!?」
エリシャが捉えたと思っていたのは影。ゆらりとその虚像が消えて手ごたえの無さを彼女に伝える。
リースは残像を残しながらエリシャの背後に回っていた。クロアを力任せに振っているのは見えていたため、それを逆手にとって勢いに振り回させる。
気配で後ろに回りこまれたことには気付けても、勢いで振ってしまった鎌は止まらない。普段のエリシャならばその勢いをも力でねじ伏せる力を発揮させられるだろうが、先程負傷した右手が言う事を聞かない。
完全な隙。猪突猛進なタイプには1つ搦め手を取るだけで有利になることを"死神"は知っていた。一方、本来正々堂々闘う"騎士"は知らなかった。それだけのこと。
なんとか半身をずらす事に成功したものの、背中に深く傷を負う。エリシャはうめく。対してリースは仕留め切れなかったことに舌打ちをする。
エリシャが体勢を立て直す前に、立て続けに斬撃を喰らわせようと飛び掛る黒い影。
リースにとってクロア以外の武器には触れたことは無い。だから手元の変幻刀「雹星天翔」はただの道具として使っている。棒を振り回すかのような扱いでエリシャに襲い掛かっているのである。
その不慣れな剣捌きは、本来の持ち主であるジーナは愚か、姉のエヴァにすら劣る。背中の傷に表情が歪みながらも、反撃を企てる時間はあった。
倒れながら至近距離では使い物にならない大鎌を捨て、そのままリースに寄り掛かるように―――
「ぐぁうっ!!」
二の腕に噛み付く。がぶり!
今度はリースの表情が歪む。咄嗟に振り払うが、同時に持っていた刀を落としてしまう。
偶然にも、数メートル離れたセーラの足元に、音を立てながら両者の武器が滑り転がっていく。鎌と刀。
勢いが付きすぎたのか、セーラよりも奥で止まる。閑静な住宅街にガランガランと無骨な音が響き渡る。
リースは大鎌「クロア」を。エリシャは変幻刀「雹星天翔」を求めて、それぞれ駆け寄る。その姿はビーチフラッグのように一刻を争うもの。
そんな中、進路の途中にいるセーラはただの障害物。邪魔でしかなかった。無論、横にどかすなどといった生易しい物ではない。エリシャは怪力を以って。リースは殺意を持って。セーラを力の限り吹き飛ばす。
セーラは車以上のスピードで吹き飛ばされ、無慈悲にもコンクリートの壁に頭から激突し、その命を散らす。
そして再び騎士と死神の戦いが始まる―――かに思われた。
「『クレイジーソプラノ』」
セーラが言う。
セーラが能力を発現させる。させていた。
矛盾。明らかに矛盾している。その事実にエリシャは振り向く。その単語は、確かカティが言っていたのではないか。
「あなた方の戦闘音で蓄積された音で衝突時の衝撃を柔らげ。吹き飛ばされた瞬間の衝突音でコンクリートの壁と身体の間にクッションを作りました
クレイジーソプラノの能力は、変換。私じゃ稚拙な果物ナイフにも満たない武器しか作れませんけれど、応用は利くらしいです」
セーラは"ベルトをバンダナとして被り"ながら言う。それはカティが被っていたバンダナに似ていたが、別物だった。
カティが被っていたのは、緑色のバンダナ。セーラが被っているのは、白をベースにしたストライプ緑のバンダナ(ベルト)。
「でも・・・」
――能力ってこんなにキツいものだったんだ。
言い終わる前に、セーラは気絶する。結果だけ見れば死を妨げただけでも上出来。
実際カティが能力を行使していたようにみせたのはブラフ。カティが前衛で、セーラが後衛で援護。このスタイルを徹底するために、さも『カティがクレイジーソプラノを使っている』かのように見せていたのである。
では。
カティのバンダナに付属していた能力は、一体なんだったのだろうか。
リメイカーという人物が持っていた、能力とはなんだったのだろうか。
エリシャが戸惑う隙にリースはクロアの元へとたどり着く。
しっかり握り締め、離さない。もう、離す事も、離れる事も、無いように。
一方エリシャも遅れて自身の妹であるジーナの刀を回収する。セーラの予想外な能力行使に戸惑いながらも、その刀をしっかり構える。
セーラは死にそびれたが、結局の所一時凌ぎ以外の何物でも無い。目の前の敵と決着を付けたら止めを刺せばいい。むしろ目の前の敵を無視して殺してもいい。ゲームに乗った同士、まさか止めはしないだろう。
そう。セーラはあくまで死ななかっただけ。危険が去ったわけではない。誰かが守らねば。
「クロア・・・ごめんね、寂しい思いをさせて。積もる話もあるけどその前に――」
「――この子殺しちゃおうかな」
セーラに対してエリシャとリースが殺意を見せた瞬間。しゅうしゅうと水蒸気のようなものが立ち上がった。
「ぐ・・・させんぞ・・・」
カティが。
死んだと思われたカティが血まみれになりながらも立ち上がる。
背中の深い傷口からは煙が発生し、治癒されていく。カティの手に入れた能力は『再生能力』。リメイカーが普通の人間とは一線を画する要員のひとつ。
だから戦いに積極的ではないセーラがカティにオフェンスを任せたのだ。仮にカティが傷ついても、この能力があればと思ったのである。
だがしかし、彼女達にも誤算があったのは、どこまでが治癒するか分からなかったのである。例えば勿論首をはねられれば再生されるなどと思っても居ないし、擦り傷を直す程度なのかもしれない。また、再生に力を使えばなんらかのしっぺ返しが来るかもしれない。それが不明だった。
まさか実際に試すわけにも行かず、結局セーラにとってカティが目の前で背中を斬られたのが始めての負傷だったのだ。とっさにカティに叫んだが、次の瞬間に再生が始まっていることを確認できたため、安堵したのはまた別の話なのだが。
カティは気を失っていたのだが、目が覚めた時には目の前に倒れるセーラ。そして武器を持つ2人。
気絶しているセーラを守るために彼女の前に立ちふさがる。
「貴様ら・・・には、やらせん・・・」
「へぇ・・・確かにお姉さん強そうだけど、僕とクロアの敵じゃないね」
「まとめてかかって・・・こいッ!!」
料理長 VS 死神・騎士。
◆ ◆ ◆
生きるか死ぬか。
その線引きは、非情なほどに残酷であり、厳しいほどに現実であり、徹頭徹尾に過酷である。
生と死の境界線は、誰にでも等しく存在するし、享受せざるを得ない絶対的なものだ。
生きるか死ぬかという状況の、このロワイアルにおいて。
自身の『鎌』が大きいからといって、後ろから首を狩られる事が無いわけではないのだ。
元宇宙海賊アースガルズ総帥、現A.I.O.N外部部隊GUARD指揮官。
ヘカティリア=ラグナ=アースガルズ。彼女は前述した通り、強さにおいてかなりの部類に入るのは間違いない。
強さとは、武力も勿論であるが、誰かを守るということにカティは強さを貫いた。
トップは、弱者を守ってしかるべきだ。総帥であり、指揮官である彼女は、そう考えたのかもしれない。もしかしたら、ただ見捨てられなかっただけかもしれない。
ただ、カティが最期に思ったことは。
セーラに対して思い残した事は、こんな些細な願いだった。
――――ああ、コックとして手料理を振舞えればよかったなあ
【カティ@T.C UnionRiver 死亡】
◆ ◆ ◆
「・・・わたしつよくなった?」
目の前で倒れたカティを見ながらエリシャは自問自答する。
無意識に。意識的ではなかったが、カティを深く斬りつけた時に、クロアに付随していた『力を吸い取る』能力を使ったらしい。
その分、カティは弱体化し、あろうことかエリシャは力が底上げされてしまったのだ。これがカティの大きな敗因。
なんとなく納得しながら、先程まで争い、奇妙にも共闘までした相手に視点を移す。
「で? 続きをやるかい?」
「ん、やめとく。つかれた」
「・・・テキトーなヤツだな。まあいいや、僕はクロアも手に入ったし別のところで暴れてくるよ。その気絶してるお姉さんは好きにすればいいさ」
「ふうん。そっちもテキトーだね。殺しあわなくていいの?」
「別に相手にこだわる必要もないしね。ああ、そうそう。残りの刀だけど、南東の方に置いて来たから」
「わかった、とりにいく」
「それじゃあね。僕の名前はリース。死神部隊第一部隊隊長リースだ」
「エリシャ。蒼龍騎士団エリシャ」
殺し合いに乗った者同士。
己の欲求に従った者同士。
ゲームという舞台に舞い戻る。
エリシャはセーラに手をかけなかった。それは、決して正義の心ではなく。ちょっとした意地悪心。
セーラにとっては、深い絶望。
もうすぐ、夜が明ける。
【中央 病院南の住宅街/1日目/早朝】
【リース@NOVELS ROOM】
[状態]:右腕に噛み付き跡、体力消耗(中)
[装備]:クロア@リース(NOVELS ROOM)
[道具]:地図
[思考・状況]
基本:殺し合いに乗る
1:会場を練り歩き、参加者を殺して回る
2:休憩がてらクロアと会話する
3:アカルに対して怒り
(備考)
リースのバッグ(コンパス、筆記用具、水と食料、名簿、時計入り)が南東の山に落ちています。
同様にセリナのバッグも落ちています。
同様に「天地雷風水火」の六本刀「六行」 も落ちています。
図書館の北の路地に長刀「山鉄爪」、変幻刀「炎皇轟雷」が落ちています。
【中央 病院南の住宅街から東へ/1日目/早朝】
【エリシャ@T.C UnionRiver】
[状態]:頭部損傷、背中に深い切傷、両手両足切傷(特に右腕)、体力消耗(大)
[装備]:長刀「沢鉄爪」&変幻刀「雹星天翔」@ジーナ(T.C UnionRiver)
[道具]:支給品一式、首輪@カティ
[思考・状況]
基本:カイトに協力。爆弾解除のために協力するが、必要あらば『楽しみは』続ける
1:リースに聞いた刀の場所(上記備考参照)へ行き回収する
2:体力を回復させるために少し休みたい
3:『爆弾』に危機感と寒気を覚える
4:出来ればカイトにリベンジしたい
5:殺人許容範囲と聞いてノリノリ
6:昼の12時に映画館へ行く
(備考)
カイトの言いつけ通り首輪を回収しました。
走っているうちにびしょぬれ状態は解除されました
【中央 病院南の住宅街/1日目/早朝】
【セーラ@Tower Of Babel】
[状態]:気絶、精神消耗(大)、体力消耗(小)、全身打撲
[装備]:ベルト@走馬闘志(吼えろ走馬堂)
[道具]:支給品一式
[思考・状況]
基本:殺し合いに乗らず、仲間を集める
1:気絶
2:カティさん、無事でいて・・・
(備考)
クレイジーソプラノの扱いを学びました。
従来の使い手よりも変換効率も悪く、使用時の精神消耗も激しくなります。
変換出来る物には限りがありますが、詳細は不明。
【西 映画館のやや東 住宅街/1日目/深夜】
【神鷹カイト@紫色の月光】
[状態]:頭部にダメージ&右腕にやや不具合
[装備]:ケーブル@トーイ(だれかや!)
[道具]:支給品一式
[思考・状況]
基本:ゲームからの脱出を図る。エリシャと協力
1:南西の音のした方向へ調査しに行く
2:首輪の解除をしたい
3:ケーブル以外での首輪の解析をしたい
4:爆弾に関して幾つか考察
5:目的達成の為なら殺人実行も躊躇わない
6:昼の12時に映画館へ行く
◆ ◆ ◆
こうちゃん。
ボクはどうすればいいのだろうか。
久々に会えて嬉しい。
でも、この殺し合いを肯定していいのだろうか。
死神の試練とは違い、相手の息の根を止めなければ今度はこうちゃんが殺される。
そんなのは嫌だ。
だけど、こうちゃんが喜んで殺し合いに乗るというのも正直心苦しさを感じる。
ボクは、武器としてあればいいのだろうか。
どうすれば。
【クロア@NOVELS ROOM】
[思考・状況]
基本:リース(こうちゃん)に従い精一杯フォローする
1:こうちゃんと話をしなくちゃ
2:もう絶対に離れたくない
3:・・・殺しを肯定すべきか否定すべきか悩む
最終更新:2009年12月23日 02:01