――昔、父親に言われたことがある。
父親:いいかい洲彬。
人間ってのは大きく2つの種類に分けられるんだ。
時間を守ろうとする人間と守ろうとしない人間だよ。
お前は守る人間に育ってくれ。
ごめんなさいお父さん。守れない人間に育ってしまったみたいです。
ということで、転校してから2日連続で遅刻しそうであった。
目覚ましは壊れたままだったし、父親はやっぱり早朝に出かけたし、母親も熟睡していた。
昨日はまだ謝るだけで済んだけど、今日の言い訳どうしよう?
おなかのちょうしが!><;
母が倒れてしまって)
痴漢を捕まえてました!('◇')ゞ
公園に咲いていたお花が綺麗だったので^^
コーヒー取ってきます^^v
ちょっとトイレ^^;
……やっべ、全部いいんじゃないか? どれにしよう、迷っちゃった。
なんて戯言を考えていられるのも今のうちである。
急いでいるからか、まだ校舎に慣れていないからか、廊下がとても長く感じられた。
しかし、何故だろう。どういうわけか胸騒ぎがした。
これは――そうだ、昨日のアレだ!
ほら、耳を澄ましてみろ。聞こえてくる。あの音が!!
そうだ、少し先にある曲がり角の向こうから、少しずつ足音が聞こえてきたのだ。
走っているのか歩いているのか。どちらともとれない波長の足音が、俺の廊下を蹴る音に紛れて耳に届いていた。
だらしない身だしなみで俺の目を楽しませてくれた少女と、
竹刀を振り回していた小柄な少女、不二子。
その二人と出くわした昨日の通学路。
昔の恋愛漫画みたいな出会いなんて存在しないという教訓の込められた事件だった。
それが今再び、目の前どころか自分の身に起きようとしている!?
出会いに対する淡い期待と、酷い目に合うかもしれない正体不明の不安が織り交ぜになって俺を襲う。
だが、もう遅い。急いで止まるには速度をつけすぎてしまったし、逆に速度を上げたとしても、相手の足音の大きさからして衝突を逃れられない距離にいるようだ!
――っ! っああーっ!!
俺:ぐおっ!!
……ああ、遅刻だな。
なんとか踏ん張って、倒れることは無かった。相手は大丈夫だろうか?
俺:ごめん! 大丈夫!?
――って、アレ?
???:……
俺たち、思いっきりぶつかったはずだ。しかしその少女は綺麗な姿勢で、衣類ひとつ乱さずに立っていた。
そして無言で俺の顔を見つめている。
……
……
……
どれだけ見詰め合っていただろうか。
???:……ああ。
少女はおもむろに手を打ち、
???:……
鞄から剥き出しの食パンを取り出し、
そのパンを口に咥えたかと思ったら、
???:んぐぅ。
……膝を崩して倒れてしまった。
俺:――へ?
一体何が起きたのか。わけがわからずに間の抜けた声を発してしまった。
反応の無い俺に何を思ってか、少女は少しだけ体を起こした。
???:……
相変わらず夢見がちな表情で俺の顔をじっと見続けている。
???:何か足りませんでしたか?
俺:え?
ようやくまともな言葉を喋ったかと思えば、やはり意味が分からない。
……今日もわけのわからないのに捕まっちゃったな。
???:ああ、ブルーベリージャムですかね。青は高貴な色です。覚えておくと使えますよ、ロイヤルブルー。
俺:は、はぁ。
どこで使えというのだ。
???:それで、お持ちですか?
俺:え?
???:ブルーベリージャム。
不思議な顔をしながら手を差し伸べてくるが、残念ながら手渡せるものは無い。
???:なるほど。食パンには何も塗らない派ですか。
勝手に決められてしまったが、俺は基本的にマーガリンを塗って食べる。昨日の朝[ruby text="くわ"]咥えてたパンも例外ではない。
いや語っている場合ではなかった。
俺:えーと……凄く失礼かもしれないことを聞くけど。頭打っちゃった?
???:おお、正解です。
……やっぱり。言動がおかしいのは、そのせいかも知れない。
俺:ごめん! 責任持って保健室まで付き添うかr
???:ご推察通り、ヘッドバットにより衝突寸前で貴方を止めました。
遊佐:……は?
???:で、これ、痛みに効く花粉製の薬です。宜しければどうぞ。
俺:あ、これはご丁寧にどうもどうも。
って違ーうっっ!!
俺:ヘッドバット? 花粉? 何のことd――
???:危なーーーーい!!!
俺:ぐおっ!!
……昨日より激しい展開についていけない。何なんだこの学園は?
突然背後からの奇襲を受けた俺は、さすがに踏ん張りきれずに倒れてしまった。
倒れたまま薄目を開くと……
そこにいたのはクラウド。こいつもパンを咥えている。何の冗談だ。
ブルーベリーの少女は、床に尻をつけたまま、やはりこちらを見続けていた。
蔵人:いってぇ、遅刻ギリで焦りすぎた……! ハッ!? 『食パンをくわえた俺×曲がり角×激突=美少女とフォーリンラブ』!!!
つまり、昨日の俺のように、遅刻間際の衝突による恋愛フラグを妄想しているようだ。
蔵人:って、ああっ! この柔らかな感触、膨らみ……ま、まさかまさかもしかしてムムムムネネムm……
俺:真に残念なことに、それは俺の分身だよ。
蔵人:アッー!
蔵人:一瞬でもトキメキを感じた自分が憎い……!
俺:憎むのは俺の上から退いてからにしてくれないかな。
蔵人:ンだよぉ、純情汚されたショックで動けねぇんだよぉ。
あれ、マリナちゃんまで倒れてどったの? あ、コレ三角関係フラグ?
……さらに妄想を続けるか。
マリナ:おはようございます、中島君。ブルーベリージャムをお持ちですか?
蔵人:ん? ホイどうぞ。
何で持ち歩いてんだ。っていうかシュールで理解不能な展開が続いて、俺の頭はパンクしそうだった。
俺:二人って知り合いなの?
蔵人:オウヨ! 『青島マリナ』 ちゃん。オカ研所属の一年生でさ。
俺がオカ研の人体実験のバイトに応募して知り合ったワケ。
人体実験て……
ここでようやく俺と少女は挨拶を交わす。
俺:初めまして。昨日転校してきた遊佐です。
マリナ:ごきげんよう、遊佐君。お噂は兼ね兼ね。
どう兼ね兼ねなのか聞くのはやめておこう。嫌な予感がする。
蔵人:『何が起きても訴えません』 っつー誓約書を書いたトコまでは覚えてんだけど、何されたかはサーッパリ記憶に無いんだよなー。
気付いたら自分の部屋で『WARNINGU:黒い三つ編み』 とノートにびっしり書いてる俺が居た。
無意識でもスペルを間違ってやがる。
やはり彼からはノートを借りないことに決めた。
俺:体は大事にしなよ? 無駄に頑丈そうではあるけど、それ以外に取り柄無さそうだし。
蔵人:バッカお前、長所を生かして武器にすんのは社会の常識だぜ?
マリナ:否定するポイントがそこなんですね。
静かに突っ込むマリナ。咥えている食パンが徐々に小さくなっているのは気のせいではあるまい。
いやはや、マイペースガールとでもいうべきか。
それに乗じて蔵人もパンの残りをかじり始めた。
とにかく朝食を諦めて家を飛び出した俺にはきつい光景だった。
パンから目を逸らして、窓の外を眺めた。
俺:いい天気だ。
マリナ:ロイヤルブルーの空。あ、さっそく使えましたね。
……そういえばさっきそんな単語を呟いていたな。
――廊下に倒れたままナチュラルに会話する俺達。
朝の眩しさと、ひんやりした廊下が心地よいナァ。と、何か大事なことを忘れたまま、非常識な空気に染まりかけていた。
???:……お前達。ホームルームが始まっているというのに、そんな格好で何をしている?
――凛、と声が響く。
厄介人がきたね。どうやらチャイムを聞き逃していたらしい。
不二子:先生が遅いので様子を見にきたら……まったく、見下げ果てたぞ。
蔵人:よりにもよって風紀委員か! 説教されたら面倒なことになr
俺&マリナ:急に中島君がぶつかってきたので……
蔵人:え? 出会って数分なのに何そのシンクロ?
ビバ・転校して短期間にしながら数多の出会いを通して培った瞬時の適応力!!
不二子:またお前が原因か、中島。この学園で廊下を走る者は決して許されない。
そしてそのパン。廊下で飲食行為をするな。風紀の敵め!
マリナ:全くです。……げぷ。
なにやら下品な音が――
蔵人:聞こえたろ今の満ち足りた様なゲップ!?
この子も食べ……
って、もう一斤食べ終わってる!?
マリナ:……酷いです。グスン。
青いジャムが少し口からはみ出ているのは内緒だ。
不二子:人に濡れ衣を着せてまで難を逃れたいか……看過できん、修正だな。
蔵人:これだから体育会系は嫌なんだチックショオ……!
――腰に収めていた竹刀をしなやかに構える不二子。
『風紀委員が刀を構えたら用心せい』
誰かがそう言っていたのを思い出した。
不二子:覚悟しろ!
蔵人:イヤー!
ぎゃー!!
逃げ惑う蔵人をよそに、マリナは鞄の中からジュースのペットボトルを取り出し、口をつけた。
いや、ジュース? それにしては変に濁っているような……
俺:それ、何味?
マリナ:海鮮味です。
なるほど、ほのかに潮の香りがしたわけだ。
マリナ:割とイケますよ。
俺:ちょっと……いいかな。
マリナ:私でよければ。
……何の話だ。
蔵人:って、ちょっとは俺に注目しろよ君達!?
俺:『海鮮ジュース>>マンガ>>>>>>黒ずんだ消しゴム≧蔵人』
蔵人:あーあーあー! 今からその不等号引っ繰り返す活躍すっからな! よく見とけよエヴリバディ!
青島:黒ずんだ消しゴムとほぼ等価値なのは変わりませんね。
蔵人:言葉の暴力にも腕力にも俺は負けん……! ってどっから出てきたんだよ黒ずんだ消しゴムって!?
蔵人:そして間合いが遠いぜデコ娘! これなら逃げ切れる!!
不二子:……ただの竹刀と舐めるな。 鍛えた者ならば、切っ先を三寸届かせるだけで傷を負わせられる!
んなバカな。
快刀一閃、弧を描き――
逃げる暇はありもせず――
蔵人は流れ星のように吹き飛んでいった――
マリナ:都合よく窓が開いてましたね。
不二子:デコではなく美しい富士額と言え! この無礼者があぁぁぁぁッ!
美しい富士額の早乙女は全力疾走して追い打ちの構え!
俺:……廊下を走るのは非常識だぞ~っと。
なんという矛盾。いや執念。間違いなく蔵人は死ぬ。
俺:まあいいや。ほら、
青島さん。
倒れたままの青島さんに手を差し出した。
マリナ:んしょ、っと。
ありがとうございます。
青島さんの手の温もりを感じる。どういうわけか、ましろに手を握られた時よりも冷静でいられた。
マリナ:では、改めて青島マリナです。よろしく、遊佐君。想像通りユニークな人でよかったです。
君たちには及ばないよ――
言いかけて、青島さんが微笑んでいることに気付いた。
やわらかい微笑み。ああ、やっぱり女の子なんだよな、なんて。
あれ、何か急に恥ずかしくなってきた。さっきまで気兼ねなく話してただけに。
カムバックさっきまでの空気!!
俺:じ、じゃあ教室行かないと。あー……今日も一日がんばろう!
つないだ手を不器用に振り、急いで離した。強めに握られていたため(わざとか!?)、強引な動作になってしまった。
マリナ:はい、頑張りましょう。
動揺する俺に対して、マリナは至って冷静に答えた。そうだよな。これだけのことで何とも思ってないよな。
マリナ:では。
――ここ数日で様々な人と出会ったが、彼女はその中でも群を抜いて変わっていた。
最初はとっつきにくい印象だったが、慣れてみるとその先の印象が気になった。
同じこの学園で生活している以上、また会う機会もあるだろう。
そのときを楽しみに、今は遅刻の言い訳を考えなければならない。
教室へ向かう途中。視界の隅、開いている窓の外に、鬼ごっこ中の蔵人と不二子を見かけた。
まあ、頑張れ!
最終更新:2007年01月22日 23:34