――ヴァナ・ディール学園グラウンド。


田中『音羽がー! ララバイしてー! 黒井がー! 画面はじでバインドー! とんずら読んだー! まだ入る! 村崎としのぶが近づいてー! 武僧が決めたぁぁぁぁぁ!』
田中『ゴ――――ルゴ――ルゴールゴールゴ――――ル!!』
田中『開始五分、すでに二〇点の差が開いています! いいのか三年!? 相手はかよわい一年生だぞ!』
田中『いいやそんなの関係ない! 一年生はここで終わるのではありません。これからの学生生活に、自分たちの明日のために勝たなければならないのです!』
田中『勝負とはいついかなるときも勝つために戦うのです!』


 一時半きっかり。
 ついに体育祭メインイベント『バリスタ』第一試合、三年生VS一年生のゲームがスタートした。
 開始五分で二〇点差か……きびしいな。
 って、あれ?
 その時、俺はとても重要なことに気付いた。
遊佐「おい中島」
中島「なに?」
遊佐「大事な話があるんだ」
中島「……なんだよ。気持ち悪いな」
遊佐「聞くタイミング逃したからアレだったんだけどよぉ」
中島「うん」
 俺は中島の眼を見据えて言った。
遊佐「……バリスタって何?」
中島「……マジ?」
遊佐「ああ。マジ」
中島「だって、お前、ちょっと前に『ついに始まったな』とか言ってたじゃない。てっきり知ってるのかと……」
遊佐「そりゃあれだ、空気読んだんだよ。俺が」
ズサーッ!
 中島はスっ転んでいた。
遊佐「ははは。おもしろい奴だなぁ」
 とりあえず笑っておいた。
中島「何笑ってんの! アホな野朗ですかアンタ!」
遊佐「そんな怒んなって。蔵ちゃん」
遊佐「聞くタイミング逃したっていってんじゃーん」
中島「うおー! 貴様軽いキャラになれば許してもらえると思ってるだろ!?」
遊佐「だからしょうがねえって言ってるだろ! 俺は今年から転入したんだぜ!? もういいよ勝手にしろよ!!」
中島「ぬおー! アンタ人を見限るの早すぎぃー!」
 頭をかかえて悶絶する中島が見えたが、無視することにした。


 さて。
まぁ確かに自分でも今更ルールがわかりませんってのはちょっと行き過ぎだったかな。
 でもマジでわかんねーしな……
 中島にはもう聞けないし、早乙女やら聖になんて聞いたら何されるかわからん。
かと言ってマグリフォンや杏、井草、ましろも微妙だ。
遠まわしに軽蔑されるかもしれん。
毛森は今日一回も見てないし。
うーん……


 ぱたぱたぱた……


遊佐「ん?」
 今、目の前を何かちっこいのが横切ったような。
視線を走らせると……
晶子さんだった。

……

俺の頭の上で電球が光りましたよ。

遊佐「晶子さん! ちょーっと待った!」
晶子「え?」
 くるり、と体を反転させて立ち止まる。
晶子「今呼んだのは遊佐くんですか?」
遊佐「ああ。ごめんね晶子さん。実は俺……どうしても晶子さんに伝えなきゃならないことがあって……」
晶子「え、ええっ?」
晶子「わたしに、ですか?」
遊佐「うん。晶子さんじゃなきゃダメなんだ。よかったら聞いてほしい」
晶子「え、えええっ!」
遊佐「実は……」

 ……

晶子「なんだ……そんなことですか」
遊佐「え?」
 突然頬を紅潮させる。
晶子「い、いえー。こっちの話ですよー」


晶子「……と、大まかなルールはそんな感じですー」
遊佐「なるほど。ゴールが二つあって、シュートして得点を得るってとこはサッカーみたいだね」
遊佐「違うところは、ボールは地面に何個も埋まってて、さらにシュートの権限を得るには頭に装着された紙風船を割り、敵軍の腕章を奪わなきゃいけなってところか」
晶子「はい。でも、確かにゴールは二つありますが自軍のゴールと敵軍のゴールは明確に決まっているわけでなく両軍で共有するってとこも違いますねー」
遊佐「共有すんの? 仲良く?」
晶子「いえー。もちろんそれでゴールの奪い合いも生まれます」
晶子「ボールのことを〈ペトラ〉と呼び、敵軍の腕章を所持していてシュートできる状態のことを〈ゲートブリーチ〉状態って言います」
晶子「誰かがゲートブリーチになってから、つまりシュート権限が誰かに与えられてからが本番ですね」
晶子「ゲートブリーチになるのは敵から奪った『敵軍の腕章』を持っている人だけですから、いかにその一本を大事にするか、ってとこが一番わかりやすい駆け引きかとー」
遊佐「な、なるほど……」
晶子「わかりましたか?」
遊佐「話を聞く分には何となく理解したつもりだけど、実際にやるとどうかな」
晶子「バリスタはうちの学校のみの伝統競技らしいですから……遊佐くんが知らなくてもしょうがないですよ」
 俺は腕を組んであれこれイメトレをする。
 えっと、まずペトラを掘って次に誰かを倒して……そのままシュート、と。
 ……なぜかイメトレの対象がモーグリだったことが気になった。
 とび膝蹴りをくらわして、腕章をモーグリから奪う俺。
 ひたいが割れたモーグリがピクピクともだえていた……
晶子「大丈夫ですか?」
 声をかけられてハッとする。
 モグを蹴ってどかす。邪魔だモグ。俺の視界には晶子さんだけを入れたいんだ。
遊佐「ごめん、いまいちイメージがわかないや」
晶子「それなら今試合中の三年生と一年生を例にして見てみましょうか?」
遊佐「すいません。お手数かけます」
晶子「いえいえー」
晶子「でもその後はすぐわたしたちの試合ですからね。一回で理解してくださいよ?」
 こんなダメダメな俺にも、晶子さんはぽえぽえしたマシュマロみたいな笑顔を向けてくれた。
……晶子さん優しいなぁ。いい子だなぁ。

 晶子さんとグラウンドをざっと一回りして、見通しのいい場所を見つけた。
晶子「ではまず……」
 晶子さんが指を指してみせる。
 その先には何だか見なれないオブジェがあった。
晶子「あのオブジェは『ルーク』と言います」
晶子「専門用語を使っていますがいわゆるゴールですね」
『ルーク』をよく見てみる。
 なんだか西洋風のお城のミニチュアみたいだ。
大きさは大体人間の一.五倍ってとこか。
遊佐「なるほどな。だからシュートできる状態をゲートブリーチ(開門)っていうわけか」
晶子「はい。遊佐くんはするどいですねー」
遊佐「ふむふむ……って、あれ? ルークが地面に……消えていくぞ?」
晶子「ああ、もうそんな時間なんですね。ルークは一九分に一回、ランダムで配置場所が変わるのです」
晶子「つまり試合時間は一時間ですから、全部で三回場所変更されるんですよー」
遊佐「なんでそんな余計なことをするんだ? せっかく占拠したってのに」
晶子「そうですねー。たとえばどっちかの軍がとてもとても強くて、二つのルークをいっぺんに占拠しちゃったとします」
晶子「遊佐くん、そうなると何か問題がありませんか?」
遊佐「問題、ねぇ……。あ、もしかして……」
遊佐「試合にならない、ってやつ?」
晶子「正解です。やっぱり遊佐くんは頭がいいですねー」
遊佐「や。それほどでも」
 晶子さんが微笑む。
晶子「お答えの通り、それじゃまったく試合になりませんよね。見てるほうもやってるほうもグダグダです。一方的すぎて試合になりません」
晶子「だから一九分に一回、試合展開をリセットする意味でルークを移動させるのですよー」
遊佐「なるほどね。了解。だいぶ理解できてきたよ。晶子さんの説明の仕方がいいのかな」
晶子「いえいえー。遊佐くんの頭がいいからですよ。わたしが一年生のときはまったくルールが理解できませんでしたからね」
 晶子さんは、あははと苦笑した。
晶子「あ、あとひとつ。大事なことを忘れていました」
晶子「さっき〈ペトラ〉は地面にたくさん埋まっていると言いましたよね?」
遊佐「ああ」
晶子「ためしに……よいしょ、っと」
 晶子さんはしゃがみこんで、適当に地面を掘って見せた。
晶子「あっ。ありましたー。フィールド外にもやっぱり埋まっていました」
晶子「これが〈ペトラ〉です。遊佐くん。ちょっと持ってみてください」
 そう言って差し出しだされた物〈ペトラ〉はテニスボールによく似ていたが、どっちかというと球体の岩と呼んだほうがふさわしそうだった。
遊佐「ん、わかった。……っとぉぉぉおお!?」
 なんだなんだ!
 体が急に、重くなった!?
晶子「〈ペトラ〉には呪いがかけられているのですよー」
 ああ? なんだって? 呪い?
晶子「呪いにかかるとまるで体に重りをつけられたみたいに重たくなってしまうみたいです。ためしにペトラを捨ててみてください」
 くっ……言われなくても……
 ポイっ。
 ペトラを捨てた。
遊佐「…………軽くなった。呪いから開放されたってことか」
晶子「はいー。つまり、ペトラを持っている方はすばやい動きができなくなり、一人ではとても行動できないというわけです」
遊佐「シューターは仲間のサポートが欠かせないってことね……考えたな」
晶子「絆がためされるってことですね」
 晶子さんは微笑を浮かべた。
晶子「ちなみにこの呪い、名前を『プロマシアの呪縛』って言うみたいですー」
遊佐「なるほど……なおさら仲間同士の絆をためしてきそうな名前だな。うん。知らないけどきっとそう」
晶子「あははー。あと、ペトラのほかにも……掘ってみると……」
晶子「ほら、出てきましたよ」
 そう言って、晶子さんが掘り起こした『物』を見てみる。
遊佐「……」
 かんしゃく玉だった。
晶子「ほかにも……」
 また掘り起こす。
 ドクロマークが描かれたいかにも怪しいビン。
 どう見ても毒薬だった。
晶子「えっと」
 剛、と行書体でたくましく書かれたお香が出てきた。
晶子「剛体香です。一定時間物理攻撃が無効になります。ラッキーですねー」
遊佐「……」
 あやしいものがポンポン出てくる。
晶子「あっ。まだ大事なことがひとつありました」
 ゾクっとした。まだナニカアルンデスカ?
晶子「バリスタでは武器の所持が認められています」
遊佐「えええ!? 武器!?」
 んな物騒な!
晶子「もちろん本当の武器ではありませんよ。柔らかいアローウッド材製の模造刀です。刃物はさすがに危険ですから」
遊佐「な、なるほどね……それでもちょっと怖いな……」
晶子「ですねー。怖いですねー。だからわたしは後ろのほうで見てる係なんです」
遊佐「うん、それでもいいと思うよ。俺だってそんなの聞かされたら前に出たくないって」
晶子「あはは。そうですよねー」
 そして俺は何気なく試合中のグラウンドに目を向けた。
 確かによく見れば、めいめい好きな武器を振るっている。
遊佐「……」
 一番目立っている武僧さんは手にグラブをはめ、普段の彼女とそん色のないパワーで次々と敵を格闘攻撃で屠っている。
 黒井さんは両手持ちの棍棒だ。先端に宝珠が乗っかっていて、それが装飾になっていた。非常に緩慢な動きで、ふふふ、と笑いながらユラぁっと歩く姿はなんだかこの世のならざる者を連想させる。
 霞ちゃんは身軽そうな短剣を携え、風のようにフィールドを縦横無尽に駆け巡っている。うん、なんか霞ちゃんのイメージにぴったりである。
 音羽さんは……なんだアレ。笛……フルートか? あの人はあんなもので戦うつもりか? おろおろと目を回して、なんだか周りのスピードについていけていないみたいだ。
 梨香ちゃんは短弓か。さすが弓道部だ。一番の得意武器なんだろう。小さい体ながらも、一生懸命に弦をたわめている。
しのぶさんは……あれ? どこにもいないぞ? ああ、いた。すばやい身のこなしで影から影に身軽に飛び移っている。手には……あら、なんにも持ってない……? 武器なしか? んなわけないだろうけど、少なくとも今は確認できなかった。
リューさんは棒高飛びで似たような形をいつも使っているからだろうか。昔の騎兵が持っているランスみたいな長槍を見事に扱っている。
青島さんは虎視眈々と戦場を見渡しながら、冷静に状況を判断していた。スタンダードな片手持ちの剣を持っていて、刃が微妙に湾曲したアラビア風の剣を思い起こさせる。
 ローラは……何アレ。拳銃? リボルバーっぽいけど……エアガンなんだろうか。金髪に真っ赤な銃身のリボルバーは彼女の容姿にぴったりだった。なんだか西部劇のガンマンみたいだ。
最後に久々津さんは、何をするわけでもなくフィールドをちょこちょこと歩き回っていた。空手部の武僧さんと同じく手にグラブをはめていたのだが、かたっぽにはあの人形、マトンくんが装着されている。
遊佐「なぁ晶子さん。ひとつ訊いてもいい?」
晶子「はい。なんでしょう?」
遊佐「いや、あのさ。棍棒とか格闘はわかるよ? けどさ、霞ちゃんや青島さんが持ってる刀剣類、どう見ても木製で出せるような輝きじゃないと思うんだけど」
 彼女らの持っている銀の刃が、気持ちいいほどに太陽の光を跳ね返して俺の目に飛び込んでくる。
晶子「でも、木製なんです」
遊佐「いや、でもあのギラギラさはさすがに木では無理があるんじゃないかなー」
晶子「いえー。あくまであれは木製なのです」
遊佐「そうなんだ」
晶子「はい。よく出来てますよねー」
遊佐「うん。なるほど。ありがとう。あれは木製なんだね。ワカリマシタ」
 機械みたいな棒読みでそう言う。
 晶子さんから、なんとなく『突っ込み禁止』のオーラが出ているような気がしたからである。


 その時俺はこの体育祭が『血湧き肉踊る 体 育 祭 』と呼ばれていることを思い出さずにはいられなかった。
最終更新:2007年02月18日 21:33