黒井先輩と愉快なオカルト研究部


Not


いつも通りの朝
「んー、今日も暑くなりそうだな」
あと一週間もすれば夏休み。なんだかんだ言ってるが夏は好きだ
勿論夏休みも大好き。オカルト研究部は夏休みには活動するのだろうか?
例年の俺なら、夏休みが部活動で潰れるなんて
考えただけで退部届け物の事態だったんだけど
「……ま、それも悪くないかな……」
今はこんな感じ。なんて現金、なんて不純
理由は違うけど、でもなんとなく
野球部の連中とかの気持ちがわかった気がするな
夢中になるってのはこういうことなのかも
……まあ、俺が夢中になってる事の半分は女の子なんだけど
「いちおー……もう半分はちゃんと部活動に夢中だからなっ」
誰に言い訳してるんだ。鏡の前の俺か?
その自分をじっと見て、黒いチョーカーを巻いてみる
「…………うーん……やっぱり目立つ」
というか、こういうのはもっとかっこいい奴の装飾品ではないだろうか?
俺ではどうも役不足というか、空回ってるというか
その自分を見ていると、日曜が思い出される
私服の彼女。色々な「自分」を見せてくれた上級生との、一日限りの恋人ごっこ
当然、それはあの日だけ。今日からは元通り、という意味だったのだろう
それもそうだ、まだお互いが知り合って1ヶ月もたっていない
むしろ1ヶ月で真似事まで出来たのは、素晴らしい交友速度ではないのだろうか?
「うーん……ちゃんと着けてるとこ、見せたいけど……」
まあ没収でもされたらえらいことだし、外していこう


「おはよーう」
「おはよう遊佐君っ」
「おーっす遊佐」
「こら、ましろの方に近寄るな」
「無理だろ隣の席なのに。お前こそ席に戻れ」
「まだ予鈴前だ、どこにいようと私の勝手だ」
「お前ってほんと……まあいいや」
「2人とも、喧嘩はダメだよ~~」
「いや、まあこれが俺達のおはようなんだ、気にするなましろ」
「……ふん、私がなんでお前に挨拶しなきゃならないんだ……」
「井草さんも早乙女さんもおはようー」
と、ちらっと例の猫様の席を見る
「あれ?茜は……あいつまだなのか、もうHR始まるのに」
「本当だね~、お休みかな?
 …………それにしても遊佐君、いつの間に茜さんとそんな仲になったの?」
興味津々とましろが聞いてくる
「へ?いや、そんな仲って……俺何か変な事いった?」
「だって今呼び捨てだったよー?
 あいつ、とかなんだかすごく仲いいっぽかったよ~?」
「あ、いや、そういう普通の交友ではなくてな……」
軽く殺し合ったんだよね、俺達。…………なんて言えない
「んん~~~~~~?」
かなり興味津々のましろ。聖の奴、こういう時にこそなんとかしろよ
「いや、まあ秘密って奴なんだが……
 ま、いわゆるトップシークレットだなっ!」
タダ英語ニシタダケ
いや、ちょっとグレードアップさせてるな、意味的には
「む~~~~~……いいよーだ。茜さんに直接聞くもんっ」
「ふ……まあ頑張れ」
きっと、あいつ的にもトップシークレットのはずだ
予鈴が鳴る
サベッジブレェドが……違った、鳥恩先生が教室に入ってくる
転校してこの方一度も遅刻なんてしたことない茜が、初めての遅刻決定だ
……いや、まさか俺のせいで登校拒否とか、転校とか、飛び降りとかないよな?
「……まさかな。そんな性格じゃないだろうし、体育祭は来てたし……」
きっと日曜に夜更かしでもして、寝坊したんだろう
廊下をタカタカと走る音が聞こえる
…………その通りだったかも知れない
「すみません、遅れました」
息を弾ませて茜が教室へ入ってくる
「ふーむ、君が遅刻とは珍しいねマグリフォン君」
「すみません……」
悔しそうに席に着く茜。はたっと目が合う
よっ、と控えめに手を上げると
まるで苦虫を噛み潰した様な顔で、目を逸らされる
えぇぇ…………
「あ、茜さんやっぱり遅刻だったねー…………遊佐君どうしたの?」
「いや……トップシークレットかな……」


昼休み、俺は迷っていた
手にはコンビニで買った昼飯
さぁ、どうする遊佐洲彬。やるのか?いくのか!?
「これ以上考えると絶対無理になるから、行こう」
「あれ、遊佐どこいくんだ?」
中島(だか蔵人だか、遊佐の男友達)が今日も今日とて昼飯を食おうと俺の席にくる
「悪い、今日ちょっと用事……かも知れない。んじゃな」
怪訝そうな顔をする友を残して教室を出る
うむ、ここまでしたら、もう行くしかあるまい
黒井先輩を昼食に誘おう
断られたらとか、そんな事考えるのは断られてからだ!……手遅れだろそれじゃ
とはいえ先輩のクラスを知らない俺。どうしたものか
3年の階まできて、そんな事に気付く
上級生の階に来るってだけでもかなり緊張するのに、
先輩のクラスを人に聞くのは更に度胸がいる。ああどきどき
「あら、君は確か……2年の遊佐君。こんなとこで何してるの?」
あ、この人はいつかの生徒会長
「先輩。いい所にっ!お願いがあるんですけどいいですか?」
「へぇーこのあたしにお願い、ねぇ。タダじゃないのはわかってるよね?」
「生徒会長が下級生から巻き上げですか。ヴァナ学終わりましたね」
「だーれが金だと言った!生徒会雑務、一週間こなしてもらうからね~」
「ああ、それは無理です。もういいです」
「んな!これだから一般生徒は困るよ!
 この学校の為に働く生徒会への協力が余りにも少ない!正に人任せ!
 自分達がヴァナ学の生徒だと自覚が足りないんだよねっ!」
……よくいうよ、頻繁に生徒会活動抜け出してるって評判だぞ
「いや、そうじゃなくて、俺部活動やってるんすよ
 今すごく忙しい時だし、生徒会手伝う暇はマジでありません」
「へぇ、君部活入ってるんだ。何部?」
………………………………………………………………
「秘密です」
「嘘ってことか。歯喰いしばりなさい」
「いや、ホントに入ってますって。でも秘密です
 どうしてもってんなら生徒会長権限で俺の生徒記録調べればいいでしょう」
「む……なんか生意気だなぁ。しょっぴいちゃおうかなー」
「いやっ……勘弁して下さいよ。俺ホント用事あるんですから」
「ふーん……ま、いいや。
 守るべき生徒の日常生活を引っ掻き回すのも何だし
 んでここで何してんの君?」
「いや、ちょっと黒井先輩に用事あるんですけど、俺クラス知らなくて
 会長、知りませんか?あでも何かと取引なら知っててもいいです」
「へぇー黒井さんに用事なのかぁー。ふんふん、うんうん、なるほどな~」
思案する様に目を閉じて何度も頷く生徒会長
「な、なにがですか……」
「いやいや、大人の雰囲気だもんねー彼女
 なるほど、君はお姉様がタイプか。うんうんそれっぽいそれっぽい」
「…………どうとでも言ってください……」
顔真っ赤じゃないよな?俺。この人の前でだけはポーカーフェイスで頼むぜ
「うんうん、いやそういう事なら、仕方ない
 今回はタダで教えて上げよう、黒井さんは…………」
「お……」
言いかけて止まる先輩。次第に眉がぐぐっと中央に寄る
「あれ……?何組だっけ……」
当惑の表情で頭を抱え出す生徒会長
「……ちょっと待ってなさいよ」
猛スピードの早歩きでそこらの教室を出たり入ったりする会長
「…………はやっ、あれで走ってねーのかよ……」
その会長がしゃかしゃかと俺の待機している階段前にやってくる
「お待たせ彼女はA組だよ」
「あれ?でもAって最初に入りませんでした?
 今かなりクラスを回った様な……」
「そうそう。彼女ここにはいないわよ」
「へ?」
「聞いて回ったけど、昼はどこかにふらっと出てっちゃうみたい
 クラスの誰に聞いても、知らないっていわれたわ」
むー、と腕を組んで考え込む会長
「あたしが生徒のクラスを覚えてないなんて……そんなはずないのにな……」
うーん。とにかくこの階にはいないんだな、黒井先輩
「そうですか……ども、お世話になりました」
「それにクラスの誰も居場所を知らないなんて……
 いやでも、苛めなんてこのあたしが見逃すはずが……」
まだ考え込んでいる会長
「あー、すんません会長。俺行きますね」
考え込んだまま、ひらっと片手でさよならの挨拶をされる
……まさかな。苛められるなんて事、黒井先輩には有り得ないだろう
……………………いやでも、もしかしたら────
俺と先輩は今まで部活動を通してでしか顔を合わせなかった
その部活動の枠を超えて初めて会ったのが、日曜のデート
俺の知らない先輩はまだまだ居る
その中に、苛めにあう先輩が絶対いないと言い切れるだろうか?
微妙に不安になってきたじゃないか
考えろ俺。黒井先輩は昼休みにどこにいくんだ~~~~?
「……テラスか……?」
そういえば以前、そんな会話があったような……

"ええ……私もここは好きです
今は生徒もちらほらといますけど……
授業中のここは本当に静かで、癒されるんですよ"

そうだ、テラスが好きだと言っていた
今は昼休みで静かではないだろうが、言ってみる価値はある
階段を駆け下りる。昼休みは無限じゃない
結構な距離を走って、外へ出る。そこに先輩は──────
いなかった。しょぼーん
「ま……放課後聞いてみるか」
無計画故の敗北。目に付いたベンチに座り、パンに噛り付いた

「お昼休みですか?」
「ええ、良かったら昼飯でもどうかなーと思って
 3年の教室の方に行ってみたんですけど、誰も知らなかったみたいで」
「まあ……遊佐君ったら、急なのね」
うふふと笑われる
「すんません……なんていうか、思いつき型なんで」
放課後の特別棟4階、隅の空き教室。
いつもながら先に来ていた先輩に、何気なく聞いてみた答えが
「それは申し訳ない事をしました
 私はお昼休みには、その辺をふらふらと歩いているのです」
「え?いや、先輩は何も悪くないですけど
 ……じゃあどこにいるかはランダムってことですか?」
「はい。その日の気分次第で立ち寄った先で、ご飯を頂いているのです」
当然、頂くというのは「貰う」じゃなくて「食べる」の方だろう
「うーん、そうだったんですか。変な事してすんませんでした」
「いいえ……私でよろしければ、今度ご一緒しましょう」
「え、いいんですか?何か先輩を縛ってしまうような」
「ふふふ……いいえ、是非お願いします
 それに、私は誰かに縛られるのが性に合っています」
「んなっ……いやそんなことは」
俺からは、黒井先輩は限りなく奔放に見える
あの生徒会長の目からすら逃れる彼女を縛る事なんて、誰に出来るんだ
ああ、でも
「あ……」
いつも通りの先輩の笑顔は、何だか酷く儚げで、いや
いつも通り過ぎて……そう、あの最初の日からこの笑顔は変わっていない
最近になって、黒井真名という人を少し知ったからだろうか
彼女の色々な表情を知った今は、この微笑がとても寂しく見える
まるで、縛っていないと何処かへ流されてしまう様な……
いや、その笑顔は穏やかだ。寂しく感じているのは俺なのかも知れない
「んじゃ、明日とか……ホントいいんですか?」
「ええ」
にっこりと笑う先輩。心底嬉しそうな、子供のような笑顔
ああ。そうだ、この笑顔を見た時から
俺は彼女の笑い顔に見分けが付くようになった
それは、俺にとって大事な進歩だと思う。頑張れ俺。もっと頑張れ
「では……今日の活動ですけれど」
「ん、うっす」
「今日は……あら、こんにちはまりなちゃん」
ガラガラと、青島さんが入ってくる
「こんちわー青島さん」
いつも自分で不思議なんだが、
何故俺は下級生のこの子をさん付けで呼んでいるんだろう?
きっと尋常ならざる理由があるに違いない
「こんにちは、先輩方……」
「まりなちゃんにこうして会えるのも、あと少しね」
「…………」
「そっか、先輩は一学期で終わるんですよね
 でもそれまでに俺が6元素全部使いこなせなかったらどうするんですか?」
「……大丈夫。この調子ならきっと間に合うわ」
うん、と頷く先輩。青島さんはそれをなんとも言えない無表情で見ている
やっぱり先輩が引退したら、青島さんも寂しいのかな
そうだよな。俺より長くここに通ってた訳だし
「……先輩は、それでいいんですか?」
青島さんが口を開く。無表情が少しだけ、崩れている気がする
「ええ……私は大丈夫。貴方達も、きっと大丈夫」
「………………」
俯いて黙る青島さん。やっぱり寂しいみたいだ
「ま、まあ引退したって、暇な時には……少しくらいありますよね?
 先輩だって顔だしてくれるよ」
ガラじゃないけど励まして見る
「……ええ、勿論よ」
「……………………っ」
自分を押し殺すかの様に、その小さな肩を震わせた後
「はい。それでは、私は研究に入ります」
青島さんはいつもの顔で荷物を広げ始めた。
無茶してるのはバレバレだけど、その気持ちを踏み躙ってはいけない
「それでは、私達はテラスの方にいますから
 何かあったらいつでもね、まりなちゃん」
「んじゃ、行ってくる。また後で!」


「じゃ、今日は……今日も俺の好きなやつですか?」
前回は、"氷"の練習の途中で邪魔が入り
紆余曲折を経て"風"の魔法式を使いこなせるようになった俺
「いえ、今日は……6元素とは少しずれた魔法の練習をしてみませんか?」
「へ?……俺は大丈夫ですけど、でも確か……」
「ええ、私が貴方に教えられるのは6元素だけ、と言いましたね
 ですがもう一つ、6元素の式を利用して、その奥にある魔法があるの……
 全ての色を混ぜ合わせた終着の色が」
「あ、それって……黒……?」
正解です、と頷く先輩
「大気からではなく、生命から力を引き出す闇の魔法
 穢れた存在ですが、知らずにいるとどんな間違いが起きるかわかりません」
「う……?生命から力を引き出す?間違いが起こるかもしれない……?」
「ええ、闇の魔法は6元素式の応用
 通常であれば6元素の魔法を習得して始めて道が開けるのですが
 遊佐君の場合は、魔法式自体は全て詰め込んでいますから」
「うっかりと、何かの拍子に式を組み上げてしまうかも……ってことですか?」
「ええ。しかも、6元素の魔法より魔法力の消費効率がいいの
 氷なら、足元を凍りつかせる程度の魔法力でも
 闇であれば相手を立てない程衰弱させる事が出来るわ」
「うぇ……」
それは、間違って発動させたら大変だ
「今の貴方の魔法力でも、全て注ぎ込めば
 きっと大人を気絶させる程度は出来るのではないかしら」
「それは……マズいですね。でもその魔法の練習っていうからには……」
「ええ……生命、生き物が必要になりますね
 ……あの子なんてどうでしょう?」
「えぇぇ」
本気か先輩、と振り返った先には
「クゥーーン……」
子犬がいた
「おいで…………ゎぅゎぅ♪」
しゃがみ込んで、にこにこと手招きする先輩
「せ、先輩。本当にやるんですか?」
「ええ。まずは式を見つけてもらわないと
 6元素の式を知っていれば、案外簡単なはずよ」
先輩に頭を撫でられている子犬をじっと見つめて、意識を集中させる
「……ああー、確かに……」
子犬の中に小さく、けど強い何かを感じる
それを吸い出す為に必要な公式が、ぼんやりと意識に浮かんでくる
「たぶん、わかりました。でももうこれでいいんじゃないですか?」
「ダメよ……なんとなく知っているのと
 実際に確認するのとでは、まるで違うわ」
「いやっ、でも……」
「泳ぎ方を知っているだけの人が川に落ちた時
 知識だけで、溺れずに泳ぐ事が出来ると言い切れるかしら?」
「…………うぅ」
「何も命を取れといっている訳ではないわ
 ほんの少しだけ試す程度でいいの」
「いや……上手く加減できるかどうか……」
「ですから、万が一を考えて人ではなく犬なのです
 それともこの子は貴方のペットか何かですか?
 そうなのでしたら、私もこの子は諦めます」
万が一、っていうのは、つまりこの犬が死んだ時って事だ
先輩は先輩なりに配慮してくれたんだろうけど
それでも彼女の口からそんな言葉は聞きたくなかった
「だってこいつまだ小さいし、
 生命力ってのも関係するんじゃないんですか?
 もっと、俺の加減が悪くても……その、死んだりしないような」
「では……確実なのは、人ですね。
 貴方が嫌がるだろうと思って止めておいたのですけど……
 では、私で試しますか?」
少し不安げに目を伏せて、すっと立ち上がる先輩
「ん~~~すごく不本意ですけど……
 先輩なら俺から取り返す事も出来るし……」
と、その時、久しぶりの脳内モグが騒ぎ立てた
"ダメだ"と。それをやったら、取り返しの付かない事になると警告する
「…………いや、やっぱりそれはダメです。出来ません」
何故だかわからないけど、彼女が────死んでしまうような気がした
「……でも、これは大事な事よ、遊佐君
 ちゃんと決めてもらわないといけません」
困った顔で先輩が言う。冗談ではなく、彼女は真剣だ
そんな顔をされると本当に困ってしまう
俺は────────


1、子犬ごめーーん、ちょっと我慢して
2、それは、やっぱり出来ない



誰かの命を削るなんて、したくない
けど、彼女がここまで真剣に言っている事は
たぶん本当に重要な事なんだと思う
先輩は掴めない所があるけど、こういう時にふざける人じゃない
それは、少ないながらも今までの付き合いでわかっている。だから……
「……そんな顔されたら、断れないですよ……」
「ごめんなさい。遊佐君にはこんな事似合わないって
 私も思うのですけど……貴方は優しいから……」
「ほんと、ちょっとだけですから
 やりすぎてると思ったら止めてください」
「ええ」
じっと子犬を見つめる。
すまん、ちょっとだけ元気もらうぞ……死ぬなよ!



「……やっぱり出来ないですよ、俺には……」
「遊佐君……」
「誰かの命を削るなんて、そんなの、」
「遊佐君……でも、私が貴方に教えたモノは全部それが可能なのよ」
「っそれは、わかってますけど、でも……」
「今慣れておかないと、貴方の魔法力が強く育ってからでは
 それこそ本当に相手を死なせてしまうかも知れないの」
「……それでも、先輩から教わった力でそんな事、
 したくないんです。ホント勝手な事言ってますけど」
「でも、私にはそれを貴方に教える義務があるの
 ……本当に、お願い……その子でとは言わないわ
 私でも構いませんから……お願いします……っ」
焦るように、どうしようもなくて、どうしていいのか解らないという風に
先輩は俺に頭を下げた
「せ、先輩っ!?そんな……ずるいですよ……」
分かってる、ずるいんじゃない。彼女は本当に真剣なんだ
だけど……ああもうどうすりゃいいんだ!

  分岐糸冬了

「何をしている?」
「え……?」
声に振り向くと、月島杏がいた
子犬がわんわんと杏に走り寄る
「こんにちは、2年生の方ですね。少しその子とじゃれていました」
先輩がくるりと振り返って、いつもの笑顔で挨拶する
「あーうん、ちょっと暇だったから」
「…………」
物凄く疑われている
「そんなに怖い顔をしないで下さい。その子は貴女のペットですか?」
「…………そうだ」
「そうですか。では、私達はお邪魔の様ですね。行きましょうか、遊佐君」
「え、あ、はい。じゃな」
正直かなりほっとしている。杏が来てくれて良かった
気まずい空気で先輩とテラスを歩く
「……あの、あんな嫌がってた俺が言うのもなんなんですけど
 良かったんですか?その、先輩的には」
「……いいえ。貴方には今の内に闇の魔法に慣れてもらう必要があります
 けれど、あの子を大切に思っている人の前で
 そんな事をさせるつもりはありません」
「…………はぁっ……」
思わずため息が出てしまう
「遊佐君?」
「なんだ、先輩、ちゃんと優しいじゃないですか」
「……はい?」
きょとんとしている先輩
安心したら、意識せず笑ってしまったようだ
「遊佐君?なんだか、その笑顔は少し納得がいきませんよ?」
先輩が頬を膨らませる
「え?いや、すんませんっ。でも安心したから」
でも……少し違和感もある
以前先輩は、俺に命がけの魔法伝授をやらかした
死ぬ可能性もあったアレを、俺に隠したまま実行したあのときの先輩は
子犬の万が一の事など気にしただろうか?
まして大切に思ってる人がいたから、という理由で諦めるなんて。
「…………」
そうだな、もしかしたら先輩は変わったのかも知れない
たった2週間程でも、気持ちが変わるくらいは起こり得るだろう
だとしたら、俺の勝手な感想では、その変化は大歓迎だ
まあ……………………色んな意味で

(1の選択肢を選んだ場合の追加文↓)
「先輩、今の、ちゃんと練習しますから」
「はい?」
「んー……元気な奴見つけて、ちょっと我慢してもらいます
 だから安心してください」
「遊佐君……ええ、出来ればちゃんと私に見せて欲しいですけれど」
「んー……俺はあんまり見て欲しくないかな……ははっ」
「では、貴方を信じましょう」
「じゃ、ちょっと見つけてきます。明日は昼どこにいけばいいですか?」
「私が伺います。遊佐君、頑張ってください」
にっこりと笑う先輩。ああ、俺の好きな笑顔で良かった

校舎をうろうろしてみる
「ん~~~元気な奴元気な奴……」
あ、いたわ……
「何だ遊佐。お前まだ残ってたのか」
「聖、お前を漢と見込んで頼みがふっっっ」
ブン殴られた
「誰が男だって?遊佐、ここには歯止め役のましろはいないぞ?」
「言葉の綾だろ……ったく、舌噛んだらどうするんだよ」
「まあ、お前の頼みなんて聞く気はないけどな。さっさと帰れ」
背中を向けて自分がさっさと帰ろうとする聖
ん?これは好都合だな
「おぉのぉれぇええこの怨み、忘れはせんぞ聖
 呪われるがいい~~~~!」
怪しく両手をヒラヒラさせつつも、さっきの感触に魔法力を少しだけ流す
「……うっ!?」
ガクっと膝をつく聖。同時に俺の中に何かが流れ込んでくる
おお、何だか今殴られた頭の痛みがすぅっと引いていくぞ
「な……遊佐、お前何をしたっ……!」
右手で胸を押さえて、聖が振り返る
「何って……お前演技派だな、聖。迫真すぎてちょっと引くわ……」
一気に冷めた、という感じで手のヒラヒラをやめる
「違う……演技じゃなくて、本当に…………」
「お、おい、何だよやばいのか?」
「……い、いや……何でもない。ただの立ち眩みだ
 お前の馬鹿な声と重なって少し驚いただけだ……」
「そっか、ホントに大丈夫なんだな?」
「お前に心配される程弱くはないさ」
立ち上がってまたさっさと帰りだす聖。その姿が見えなくなってから
「……いや、悪いなホント。
 先輩のいう通り、今の内経験しといて良かったわ……」
ばつの悪さに独り言を洩らした

(2の選択肢を選んだ場合の追加文↓)
「先輩、さっきの魔法の事ですけど」
「はい」
「何ていったらいいか……先輩が真剣に考えてくれてるの
 よく分かるんですけど、俺やっぱりそういうのできないです」
「遊佐君……」
今言ったことを激しく後悔してしまう程の、悲しげな先輩の顔
「すんません……でも、勝手なんですけど
 俺を信じてみてくれませんか?」
「え……?」
目を丸くする先輩
「俺はあの魔法を間違いません
 根拠なんて全然ないんですけど、6元素の魔法を使いこなして
 魔法式を自分でちゃんと管理します。もし使うとしたらそれは───」
「……それは?」
「俺が自分の意志で使う時だから、その覚悟で使いますから
 その結果が怖い内には絶対使わないって約束します
 まだ未熟な癖に何言ってんだって感じだろうけど……」
目をぱちぱちさせている先輩
あ~~すごい無茶苦茶言ってるよなー俺
「でも、ホントに頑張ります
 だから信じてみてくれません?……ダメですか?」
パンと手の平を合わせて拝む
「……っ……もうっ、ふふふふ……」
「へっ?」
顔を上げると、先輩が笑っている
「遊佐君、すごく強引で、無茶苦茶よ。分かっていますか?」
笑いが抑えられない、と手を口に当ててしゃべる先輩
「あー……はい。分かってます……笑いすぎですよ」
恥ずかしさが込み上げてくる
「本当に、信じていいんですね?貴方の事」
「う……勿論っ!!」
「分かりました……貴方の事ですもの、きっとその通りになるでしょう」
「……うっす……」
顔が熱い。まいった、夏のせいじゃない方だなこれ
「そ、それじゃ明日の昼はどこにいけばいいですか?」
「私が伺います。遊佐君、頑張ってくださいね」
にっこりと笑いながら特別棟へ戻る先輩。それはいつもの笑顔。
分かってる。彼女にとって俺のこの返事は本意じゃない
「ごめん、先輩。だけど、必ず────」

       分岐 糸冬



夜、最早この学園に人の気配はない
その特別棟、原因不明の腐敗で崩れたドアを超えて茜は屋上へ出る
「……こんばんは、今日もいい月夜ですね」
先客から声がかかる
「いつまでこんなことを続ける気ですか?」
今出てきた戸口の上から、伸びている影。その彼女に振り返らず問う
一番の高所に腰掛けている彼女は、そっと微笑む
「……昨日、街で貴女と遊佐を見ました」
「…………ええ」
「分かっているんですか?」
「…………」
その無言に苛立ちが募る
「…………っ!……」
抑えられず、振り返る
「分かっているのか、と聞いているのです!
 貴女はあんな所に居てはいけない。あんな事をしてはいけない!
 そんな事、貴女が一番よく分かっているはずなのに……!!」
「…………」
睨みつけても、まだ無言。それが無性に頭にきて、言葉がでる
「こんなのは間違っている。
 もう全て彼に継承したのでしょう?一つ残らず
 ならもう貴女の仕事は済んだはずです。何故────」
「……貴女は、間違った事が許せないのね」
両手を組んで、彼女が呟く
「ええ……これは一時の夢、偽りの光
 私が我侭をしていることはわかっています」
月を見上げる黒髪の少女。その長い髪がさらさらと風でわずかに揺れる
「分かっていて、止める気はないというのですか?彼はどうなるんです」
「どうにもなりはしません。
 大丈夫、私の我侭に彼を巻きこ……もう巻き込んでいますね」
そういって彼女は悲しげに笑う
「でも、大丈夫。彼も、貴女も、
 私の間違いに囚われ続ける事はありません。これは約束します」
「…………っ」
納得がいかない。納得がいかない
「…………なら、何故まだ終わらないのです」
「分からないの。もう私には、何もないはずなのに
 この胸に、何かが灯っている」
「…………」
今度は茜が黙ってしまう
「それももうしばらくの話……奇跡を起こすには小さすぎる力
 ねえ、それでも、彼と居ると私は色んな気持ちになれるわ」
「……………………っ」
「これが何なのか、私にはわからない
 きっと貴女のいう所の間違いなのでしょう
 けれど、偽りの月にとってはこの光が全てなの。だからもう少しだけ……」
満足そうに彼女は言葉を終える
「…………こんなっ……!」
拳に力がはいる。奥歯が鳴る
「こんなままごとの為に、私への継承を拒んだというのっ!」
これ以上は、我慢が出来ない
これ以上ここに居たら、悔しくて、堪らなくて彼女に掴みかかってしまう
「私はっ……!」

遠ざかる駆け足の音を聞きながら、彼女は左手を月にかざす
そこに光る、二つの目を見て微笑む
魔法一つ使えなかった彼が、彼女にかけた呪い
「ええ、本当に…………何という呪いなのかしら」
それは、本当に眩しい、優しい嘘に包まれた──────

最終更新:2007年03月13日 11:58