遊佐君闇王エピローグ?っていう長さじゃないので、幕間というか外伝みたいな
      • ホントに長いよ(´∀`)p


ピーピーピーピー
「………………ん…………」
耳元で鳴り響く目覚まし時計に、茜はのそのそと手を押し付ける
7時前、いつも通りの彼女の朝
朝は弱い方ではない。彼女はすぐにベッドから起き上がる
家事手伝いのラールリックの声がする
「お嬢様、朝ごはんの用意が出来ましたよー」
姿見の前に立ちながら、その声に茜は毎朝の返事をする
「ええ、今行くわ」
いつも通りの朝。
前の学校でも、いつも7時前に起き、朝食を食べて、一日を始める
今日は1学期の最終日
終業式があるだけだが、それでも学校には出なければならない
「…………」
ここ最近、茜は"学校"という単語に必ず、ある2人の顔を思い浮かべる
間違いだらけの二人
事故の様に自分の前に立ちはだかった、6元素の継承者と
叶うはずのない願いを、やはり叶える気がない癖に求め続ける知識の守り手
この2人の事を考えると、茜はどうも冷静ではいられなくなる
それがどういう感情の結果なのかは、自分ではまだわからない
ただ、イライラする。腹が立つ
元々彼女は「間違い」が嫌いだった
それは完全な正解を求める故の苛立ち
それは自覚しているのだが、どうもそれだけとは思えない程
最近の彼女の、感情の起伏は激しい
「……はぁ……」
姿見の前で頭を振る
明日からしばらくは、あの2人の顔を見ることはないだろう
その間に、自分の気持ちに整理をつけよう
そう自分に言い聞かせて、茜は部屋を出る
ただ、彼女は知らない。
その来るはずの明日が、もう何百回とその機会を逃している事に



家を出る
わたしの家からだと、学校までは20分もあれば十分な距離だ
早すぎもせず、遅れることもなく、いつも通りに学校へ向かう
登校途中に道路工事に出くわした
今日から新しく始めたらしい。
勿論、脇に避けて通れる様に道が作られている
それを
(いつも通りね)
と頭で呟いた自分に、自分で疑問がわく
この工事は、昨日の帰り道の時点ではなかった
その証拠に、今も工事の準備をしている段階であって
歩道は少しも掘り崩されていない
この工事の光景はいつも通りのはずがない
「……疲れているのかしら」
最近のわたしは、色々あっていつも通りではない
自覚はないけれど、それがストレスになっているのかも知れない
少しだけ歩く速度を上げる


学校に着く。日は徐々に夏のそれになっていく
涼しさと暑さが混在した様な、この季節における一瞬の幕間
教室に着くと、柊さんがいつも通り挨拶をしてきた
「おはようっ茜さん。今日はそのまま体育館に集合だよ~」
「あ、ええ……ありがとう
荷物を置いて時計を見る。まだ移動するには少し早い
どうしたものかと周りを何気なく見渡して、違和感を覚える
特別棟4階、そこに彼女がいる
かなり遠目だけど、目はいいほうだ。見間違いではない
黒髪の女子。黒井真名という名の上級生、という設定の、偽りの存在
けれど、わたしは何が引っかかったのだろう?
彼女があそこにいるのは当然だ
この世界に、たった一つの役目の為に存在している彼女に、家なんてものはない
彼女は毎晩を、あの教室で過ごしているのだろう
知識の継承を全て済ませたにも関わらず
この世界に存在出来ている理由はわからないけど
それでもこの光景に異状を感じる理由はないはずだ
「…………?」
けれど、何かがおかしい
わたしの中の何かが、彼女があそこにいるのはおかしいと告げている
「……疲れて、いるのかしら……」
拭いきれない違和感
時計を見る。そろそろ体育館に移動した方がいい
それはわかっているのだけど、どうしてかわたしは特別棟に走り出してしまった

階段を駆け上がる
さすがに軽く息が上がってしまう
「ハッ……はぁ……」
4階にたどり着いた。わたしの視線の先には、彼女がいる
「…………」(←黒井)
憂う様な、不安を感じている様な、戸惑いの表情
伏せ気味の目は、思案するように右へ左へと焦点が定まらない
「…………」
わたしも黙ってしまう
というか、何故ここに来たのか自分でも上手く説明が出来ないので
何を言い出せばいいのかわからない
はっと、彼女がようやくわたしに気付く
「……貴女は……」
「…………」
やはり言葉が見つからない
"貴女がここに居る事に違和感があったので走ってきました"
なんて、言ったところでどうなるのだろう?
無言のわたしに彼女が問いかけてくる
「私は……何故ここに……私は確かに……
 …………遊佐君、遊佐君はどこですか?」
彼女がこんな顔をするのをわたしは初めて見た
元々大して関わっていたわけではないけど
その困惑の表情は、ひどく人間らしい
「……遊佐はまだきていないと思います。いえ、そろそろでしょうか」
「これは、どういう事でしょうか。教えてください」
「何を言っているんです?質問が意味不明すぎます」
「何か知っているのでしょう?茜さん
 ですから、此処に来たのでしょう?」
「あ……いえ」
話が噛み合っていない
ただ、彼女は何かわからない事があって
普段では考えられない、わたしの朝の来訪を
"その疑問の答えを知っているから来た"と勘違いしているようだ
「……勘違いをしているようなので、言っておきますが
 わたしが今、ここに来た理由は特にありません」
本当はないわけではないのだけど。しかし彼女は食い下がる
「茜さん、お願いします。知っていることがあれば
 少しでも教えてもらえませんか……?」
「いえ……その、実は、わたしにもよくわからないのです
 ただ、何故か貴女を見た時に、違和感を感じて、それで……」
「…………」
彼女はわたしの告白に、しばし黙り込む
「……ええ、それはそうでしょう
 私はもう、消滅したはずなのですから」
「えっ?それは……いえ、そんなことはもう」
知っている。
彼女は役目を終えたにも関わらず存在し続けている
理由はわからないけど、何かが彼女を長引かせていることは知っている
その事に、特別強く違和感を感じる事はないはずなのだけど……
「いえ、そうではないのです。私は昨日、確かに消滅したのです
 遊佐君が最後の魔法式を発動させるのを見届けて
 その後確かに存在を失くしたのです。そのはず、なのに……」
「は……?ならどうして────」
「……どうやら、その様子では本当に何も知らないようですね
 となると、後は彼に聞くしかないのですが……」
「いくら彼でも、もう来ている頃でしょう
 何が起こったのか、彼が答えきれるかはわかりませんが」
つい昨日……いや、さっきまで苛立ちの対象だった彼女に
優しげな声をかけている自分が馬鹿馬鹿しい
これではまるで、機会を見つけて仲良くしたかったみたいだ
その馬鹿な考えを振り払い、彼女に促す
「そろそろ行きましょう。私も遅刻してしまう」
「……行く?」
「……行かないつもりですか?」
「……これも気になっていたのですが、
 何故今日、こんなに生徒がいるのでしょう?」
「……何を言っているんです。今日は終業式、当然でしょう」
「───────っ」
そのわたしの一言に、ビクッと彼女は顔を強張らせる
まるでホラー映画で絶体絶命に陥ったヒロインのように
「今日が……終業式…………?」
「……まさか日付を忘れたんですか?」
「いいえ……そんな……そんなはずはないわ……
 だって、私は昨日、7月23日の夜に、彼の前で消えたのですから……」
「なっ……何を言っているんです。今日が7月23日です
 貴女、記憶が混乱しているのでは────」
いいかけて、はっと息を呑む
頭の中から、数え切れないビデオテープが見つかったような感覚
初めて見たはずの工事現場をいつも通りと感じたこと
彼女の姿を見て、違和感を覚えたこと……
そう、そうだ。何故か、わたしはあの工事を何度も見てきた気がした
特別棟の4階にいた彼女を見ておかしいと感じたのは
何故だか、わたしが知っていた今日において
特別棟4階を見上げたわたしの目に、彼女が移らないはずだったから 
「……どういうことです。今日は一体何日なんですか……」
ついにはわたしが質問をしてしまった
「……生徒が終業式の為に登校しているということは
 今日は7月23日なのでしょう……少なくとも認識の上では」
彼女が戸惑いつつも答える
「けれど、私にも何が起きているのかは殆ど把握出来ていません
 やっぱり、遊佐君に会って話をしないと……」
「ええ……とりあえず彼にも話を聞いた方が良さそうですね」
そうと決まれば、ここに居ても仕方が無い
急いで体育館へ向かう。もう式は始まっているようだ
これで2回目の遅刻────全く、
あの2人のせいで、わたしの生徒記録がどんどん不完全になっていく
入り口前で渋い顔をしている教師に頭を下げ、館内へ入る
人だらけの体育館内から、自分のクラスの集まりを何とか見つける
「あ~~茜さん、こっちこっち」
柊さんが小声でわたしに手招きしている
「どうしちゃったの?あんなに早く教室に来てたのに」
「少し用事があって、ごめんなさい……それより、遊佐君は……」
一応、君を付けて辺りを見回す
「あ~~遊佐君もね~まだ来てないんだよ~~」
「え……来てない?」
何だか嫌な予感がする
「終業式なのに遅れるなんて、遊佐君ってばも~~」
頬を膨らませる柊さんに適当に相槌を打ちつつも、不安が増す
昨日が7月23日であったという黒井真名
その彼女の言葉では、23日は登校しているはずなのに、現れない同級生
そしてわたしの頭の中から切れぎれに見つかる、ないはずの記録
何か、大きな間違いが起きている気がする


式が終わり、教室に戻っても彼は現れなかった
HR終了後、仕方なくその事を報告しに特別棟4階へ上がる
「……あら……こんにちは、茜さん」
空き教室には、彼女と、一年の女子がいた
「まりなちゃん、ごめんなさい。
 茜さんと少し話があるの、席を外していいかしら……?」
「……いえ、私が」
まりなちゃんと呼ばれた子は、席を立って教室をでようとする
「ごめんなさい、追い出すみたいになってしまって
 また……お話が出来たらいいわね」
「はい。気にしないでください、それでは」
まりなと呼ばれた子は、入り口にいるわたしの方へ歩いてくる
「あっ……」
申し訳なさを感じてしまう
何か声をかけようとして、その子の目が氷の様に冷たく光っていることに気付く
わたしの方を見てはいない、睨んでいる訳ではないけど────
少女がわたしを一度も見ずに、その横を通り抜ける
その姿は、わたしへの敵意に満ちていた
「…………」
どうしてか、胸が痛む
きっとあの子は、自分の部長とわたしとの今までのやりとりを
少なからず知っているのだろう
思わずその後姿を見つめてしまう
「まりなちゃんには申し訳ないことをしてしまいました
 嫌いになられていなければいいのですけど……」
「……いえ、今のはわたしに対してのモノでしょう」
「ふふふ……もう少し自分に優しくてもいいのに、厳しいですね貴女は」
わかっていて、わたしを気遣ったということなのだろうか
「……今は、この状態についての話をしましょう」
「…………ええ」
お互い、顔を朝のそれに戻す
「遊佐は来ませんでした。こうなっては行き詰まりです」
「そうね……私達だけでは、朝と変わりません」
「……明日になれば、彼は来ると思いますか?
 いえ、もし彼の住所を知っているのなら────」
「調べればすぐにわかるでしょうけれど、
 遊佐君が今日、学校に来なかったということは
 ただの欠席ではない気がするのです」
「……ええ、そうでしょうね……」
担任教師にも確認を取ったが、彼から連絡は一切なかったそうだ
勿論学校からの電話にも応答なし、本当に行き詰ってしまった
「とはいえ、このまま何もしない訳にもいきません
 わたしはこれから街の方へ彼を探しに出ようと思います
 ……まるで要領を得ていませんが……」
「何もしないよりはマシ、という程度ですね
 ですが、ええ私もご一緒します。彼と回ったことのある辺りを探します」
たった2人で街に出て、たった一人の人間を当てもなく探す
馬鹿馬鹿しい。見つかるはずがない
分かってはいるのだけど、何もしなければ彼は永遠に見つからない気がする
「では……携帯は持っていますか?」
「いえ……私には必要のないものでしたので」
「ではわたしの番号を教えておきます
 ……もしも彼を見つけられたら、連絡を」
「はい。貴女が見つけた場合の事を考えて、定期的に確認も入れますね」
分かった、と頷いて時計を見る
12時前。
そういえば昼食がまだだった、なんて暢気な事を考えてしまう
「……どうかしましたか?」
戒めるように頭を振るわたしに、彼女が不思議がる
「いえ、何でも。
 お互い見つからなかった場合には、学校前に一度集まりましょう
 貴女の話では、今日の夜に彼は学校にいたはずですから」
「はい。……そういえば茜さん、お昼はまだでしたよね?
 お菓子でよろしければ、ここにクッキーが」
「結構です。適当に何処かで摂りますから」
朝の、妙に優しげな態度の自分を打ち消すように、突っぱねる
目的が同じとはいえ、彼女と馴れ合うつもりはない
話を終えて、教室を出る
さて、何処を探せばいいものか…………


門を出るあたりで、彼の友人の中島君を発見する。これは都合がいい
こちらに気付いた中島君が、軽く手を上げる
「お、マグリフォンさん、よっす。今帰り?」
「こんにちは。中島君、少し聞きたいことがあるのですが、いいですか?」
「ん?なになに?」
「遊佐君が普段行きそうな所を、知っていたら教えて欲しいのですが」
「えっ?……そ、それは一体どういう風のあれで……?」
彼の顔が見る間に好奇心で満たされていく
どうやら重大な勘違いをされている模様
「い、いえ、そうじゃないの
 彼に少し話さなければいけないことがあって」
「ふんふん……なるほどなぁ……でも
 あいつ3年の黒井先輩にかなりフォーリンしてるからなぁ……
 まあ俺はマグリフォンさんを応援するよ!」
わたしはどこか日本語を間違えたのだろうか?
彼の勘違いが進行した気がする
「……中島君、とりあえず今は、彼の居所が知りたいんです
 電話は繋がらなくて。心当たりのある場所を教えてもらえませんか?」
「おっけーおっけー!喜んで案内させてもらいます!」
「え?いえ、場所を教えてもらえれば……
 時間がかかるでしょうし、貴方に迷惑がかかります」
「いやいや、任せてくれっ
 2人は必ず俺が引き合わせて見せるから!」
「……そうですか。ではお願いします」
本人たっての申し出だ。
彼には、勘違いの代償として付き合ってもらおう
「それじゃ、まずはゲーセンだな」
「ゲーセン……?とりあえず、案内は任せます」

それから、中島君の案内で様々な場所を回った
ゲームセンター(これがゲ-センだった)、本屋、CDショップ
バッティングセンター、よくわからないホビーショップ、漫画喫茶
ファーストフード店、100円ショップ、デパートの食品店
……彼は本当に、普段こんな場所に出入りしているのだろうか?
真実だとしたら、と。
もし本当に、これが普段彼の入り浸っている場所なら
こんな相手に6元素の継承を奪われた自分の、運と不甲斐の無さに眩暈がする
「いないなー遊佐の奴。あとは~~どこだ……」
「……中島君」
「ん?なになに?」
「彼は……遊佐、君は本当に……」
「うん?ホント、どこにもいないねー
 あーもしかしてあいつ、大人の社交場についにデビューなのかなー」
「…………」
「あれ、どうかした?」
「……いえ、次へ行きましょう」

結局、夕暮れになるまで探し回ったが彼は見つからなかった
中島君にお礼を言って、学校へ引き返す
校門の前で彼女を待つ
空の色が更に落ちた頃、彼女は戻ってきた
「……見つからなかったようですね」
「ええ……茜さんの方も、駄目だったみたいですね」
「となると、残された望みは」
夜の学校。彼女の話によれば、彼は23日にここにいるはず
ただ、そのいるはずの23日の昼に、すでに彼はいなかった
「……まあ、もう心当たりがありませんから
 迷う必要は少しもないのですけど……どうかしましたか?」
彼女を見ると、なんともいえない顔をしている
「いえ……私は今日、彼と日曜に行った場所を回ってきたのですが……」
「何か?」
「……疲れていないのです。あまりに普通すぎて……」
「それはどういう意味ですか?」
「茜さん、私という存在の成り立ちはご存知でしょう?
 本来私にはもう、世界に残る力はないのです……その私が
 半日、彼の元を離れて歩き回っても、何の疲れも異常もない……」
そんなエネルギーは自分には残っていないはずだ、というつもりなのだろうか
「それを言うのなら、貴女はすでに消えているはずの存在
 それが今までも残れているのです
 貴女の存命については、今更理解出来るとは思っていません」
存命、という表現もどこかおかしいけど、他に言葉の候補を思いつかない
「いえ……そうではないの。今まで私が残れた理由は
 それとなく理解出来ているのです……
 ですが、今日の私は……それとは違う……なんだか……」
不安のような、しかし期待の混ざった沈黙
「……その事も、彼に問いただす必要があるようですね
 それでは、そろそろ行きましょう
 警備の人間が門を閉めてしまう前に────っ!?」
学校を振り返り、思わず戦慄する
そこは、明らかに世界が違っていた
夜の闇という闇が、学校を取り囲みだし、その中までも侵食している
「こ、これは……貴女の知っている23日の夜に
 こんなことがありましたか?」
彼女に問いただす
「いいえ……私の知っている23日の夜は、ごく普通の夜……
 こんな学校は、今まで一度も見たことがありません」
その彼女も驚愕している
「……中に入っても大丈夫なのでしょうか?」
校門の一歩先からは、闇の濃霧が立ち込めている
踏み込めば、たちまち遭難してしまいそうな密度
突如出現した異世界のような光景に、足が震える
「……でも行かなければ。これだけの異常です
 中に遊佐君がいる可能性は高いわ……」
彼女が足を踏み出す
「……っ!全く……ええ、わたしも行きます
 彼の起こした現象におののくのはもう御免です」
意を決して校門をくぐる
そこは正に異次元。
わたしの知っているヴァナディール学園の面影はどこにもない
草木は死んだように、けれど毒々しく立ち並び
地面からは、一歩進むごとに荒れた砂利の音がする
校舎は今にも崩れてしまうのではないかというほど朽ち果てている
空は暗黒に染まり、月の光とは別の、
赤黒い、不快な何かが、闇の上からうっすらと万遍なく辺りを照らしている  
「……気味が悪い……」
思わず両腕を掻き抱く
この世界の中を、彼を探して歩き回るなんて……
「遊佐君と最後に会ったのは、特別棟の4階です……
 奥に進まなければならないようですね」
彼女はその光景に怯む事なく、朽ちた校舎へと進んでいく
「……全く、この手の恐怖は感じない、という訳ですか」
震えている自分が情けない
腿をパンと叩いて、彼女の横に並ぶ。後について行くのは悔しいからだ
本校舎を抜けて中庭にでる
もはや緑とは呼べない木々をくぐり、奥へと進む
「霧が一層濃くなりましたね……
 この学校の中庭の広さを考えると、
 真面目な話で遭難の危険もあります」
「手を繋いで行きましょうか。私はここにずっと居ましたから
 特別棟への道は、目を瞑っていても辿れます」
ひらっと差し出される彼女の手を、仕方無く握る
「……不本意ですが、遭難するよりはマシです」
彼女の先導で闇の中を進み続ける
そして遂に、奥の特別棟が闇に紛れて見え出す
「……これは……」(←茜)
深い霧の中にそびえる特別棟。
その校舎の破損ぶりは著しく
4階隅の教室を頂点として、ほぼ三角形に見えるほど崩れている
闇に包まれ、不吉な赤色に照らされるその姿はまるで
「……これではまるで、御伽噺に出てくる、闇の王の城ではないですか」
「"あの"教室がまだ残っているわ……彼がいるとすれば、おそらく……」
「あそこに……?ですが校舎があれでは……
 3階までは階段が残っているようなので上れるでしょうけど
 4階はほぼあの教室しか残っていませんよ」
「それでも、すぐ下にまではいけそうです」
「……はぁ。まあここまで来て帰るという選択肢は、確かにないですね」
繋いでいた手を離し、お互いに歩き出す
校舎に入り、慎重に階段を上る。やはり3階までが限界のようだ
その3階でさえ、もう階段の辺りまで崩れ出している
「……ここが、あの教室に近寄れる限界ですね……」
なるべく隅まで移動する。視界の斜め上には、例の教室が見える
「中に彼がいるのなら、大声を出せば気付きそうですが
 …………これは貴女がやるべきですね」
ええ、と頷く彼女。その時
「────誰だ?」
頭上の通路奥から声がした。その声は────
「遊佐君っ」
彼女が身を乗り出して呼びかける
「……真名?ホントに、真名か?」
「ええ、私です。遊佐君、お願い姿を見せて……!」
「マジで!?マジであの黒井先輩っ!?
 冗談だったら俺何するかわかんないよ??」
素っ頓狂な声が返ってくる。ああ、あそこにいるのはあの馬鹿だ
「いいから早く姿を見せなさい遊佐。
 貴方には問いただす事がいくつもあります」
「いやあああっほおおーー遂にやっ……あれ
 今なんか変な声がしたけど……もしかして茜もいるのか?」
緊張が解け、一気に頭がヒートする
「変な声ですって……?貴方よっぽどわたしといがみ合いたいようですね」
「あーいや、悪かった。お前がここにくるのはマジで想定外。だったから」
頭上から影が伸びる……いや、闇が覗き込む
まるで王の謁見。頭上から彼がわたし達を見下ろす
「よっ」
「なっ────貴方その体は……!」
彼の体は、闇に飲み込まれていた
かろうじて顔の半分ほどと、片手、片足は元のままだが
残りの部分は黒いヘドロのような闇にまとわり憑かれていて
不気味に揺らいでいる
「……遊佐君」
その姿には、さすがに彼女も堪えたらしい。目を見開いて彼を凝視している
「……まだ、その呼び方なんですね」
彼が苦笑のような、拗ねた声をだす
「あっ……ごめんなさい」
「いや、いいです。今はまだそのままで」
「そんな事は今は後回しです。遊佐、貴方その体はどうしたんですか!?」
「あーなんかな、ここにずっといるとこんな感じになっちゃうみたいだぞ」
しれっと説明を終えられる
「な……なら何故貴方はこんな所に……いえ、そうじゃない
 そもそもここは何処ですか?今日は一体何日ですか?
 この事態は貴方が引き起こしたんですか?」
「あーもうっ。お前一気に質問しすぎだろ
 もうちょっと小出しにしろよっ!」
「全部に答えなさい!」
「わーったよ。……"先輩"もやっぱ聞きたい?」
「ええ……何故私が未だ存在しているのか
 昨日のあの後のことを、教えてください」
「そうですね。まずはこの始まりを聞かないと」
「あー……えっとそうだな……んじゃそこから話すか
 いっとくけど、俺の考えとかも入っての説明だから
 間違ってるかも知れないから」
彼の前説に頷く
「ええとな……あの後……23日の夜、真……先輩が消えてから
 俺が魔法を使った、っぽい。何の魔法だったのか
 その時点ではよくわからなかったんだけどさ」
バツが悪そうに頭を掻く遊佐
「どうも、23日の夜を止めてしまったみたいだ」
「は……?」
聞き返してしまう。何を言っているのだろう彼は
「だからー……先輩が消えちまって、俺は先輩をどんどん忘れていってたんだよ
 でもそれがいやだから、23日の夜の時間を止めたみたいだ
 この夜が続く限りは、俺先輩を覚えてられる気がするんだよね」
「なっ……!」
「遊佐君……」
絶句してしまう。彼女の事を忘れないために、時間を止めた……?
世界の常識の中で最も大きく、強い力。
時間という概念を止めたと彼は言っている
そんな魔法がこの世界に存在するのだろうか?
いや、したとして、彼にそれが使えるとはとても思えない……第一
「……いえ、時間は止まっていませんよ
 だから、わたしは今日の朝も昼も体験しています」
時間は止まっていない……止まっているのなら
わたしは今ここで彼と会えてはいない
「いやだから、"夜だけを止めた"っぽいんだよな
 だから朝や昼がどれだけ流れても、夜だけは23日なんだ、たぶん」
「……ですが、今日は23日でした。
 では、明日から24、25と朝昼が続いても、夜だけは23日になると?」
「いや、お前気付いてないみたいだけど
 23日はもうかなり繰り返してるぞ」
「え……?」
言われて思い出す。何故か知っている"いつも通りの23日"
「昼だけ日付が進んで、夜だけは23日、なんてのは
 矛盾してるにも程がある、だからたぶん世界さんとやらが
 その矛盾を失くす為に辻褄あわせをしたんだな」
「……つまり、貴方が23日の夜を止めた為に生じた矛盾を
 世界が朝も昼も23日を繰り返すことで帳消しにしていると?」
「まー、たぶんそう。でもみんなはそれに気付いてないみたいだな
 すげーな世界さんの力って」
「何を暢気なことを……!貴方がしていることのせいで
 他の全員が23日から進めないということなのですよ!」
「だよな、悪いわるい。何しろ俺世界の敵になるって決めたから
 でもそれももう今日までだ。今から解決策を考えるぜー」
「考えていなかったのですか!?このっ……!!」
「そりゃ、そんな暇なかったしな。
 俺は真……先輩のことずっと考えてた訳だし」
なんて馬鹿。想い出を残すためだけに世界中の人間を巻き込むなんて
「それで、貴方思い出のためだけにここに閉じこもって
 一生を終えるつもりだったんですか?」
「いや、これはさ、脅迫だったわけよ。今考えるとな
 先輩を返さないと明日には進ませないぜーみたいなさ
 でももう先輩はこの世界に戻ってきた。だからこの魔法解かなきゃな」
なんて、馬鹿……世界を相手に脅迫だなんて……
「……で、どうやるんです?」
「いや、まあ何しろどうやって発動させたかも分かってないから
 解き方もまだ分からないんだ。でもなんとか解くよ
 せっかく先輩が戻ってきたんだから、明日に進まないとな」
にへらっと笑う遊佐。手が届けば殴ってやるところなのだけど
「この空間に居続けると、闇に侵食されるのでしょう?
 ならとりあえずここからでないと……
 もう彼女は戻ってきているのですから、忘れることはないはずです」
「あー、それがなんか、俺これ以上そっちに進めないんだわ
 さっきから飛び降りようとしてるんだけど
 この場所から出れないっぽい。なんでだろうな」
その言葉を聞いて、黙っていた彼女がハッと声を上げる
「そんな……では、貴方は…………」
「え……?」
横の彼女に振り返る。顔が青ざめている
「ん……?俺なんかマズイことした……?」
「それは最初からしていると思いますが」
突っ込んでしまった
「あー、まあそりゃそうだな」
そんなやりとりも意に介せず、彼女は震えている
「ちょ、先輩。どうしたんだよ?」
「遊佐君……貴方は、23日の夜なんて止めていないわ……」
「「え?」」
遊佐とわたしが同時に聞き返す
「24日へ進むはずの時間を曲げて、23日の朝と昼を繰り返せる世界が、
 貴方の止めた夜だけを動かせない、なんてことは有りえません」
「あ……」
言われて納得する。確かにその通りだ
「元々私の教えた魔法で時間を止めることなんて出来ない……
 ……貴方が止めたのは、貴方自身よ、遊佐君」
「え?俺が俺を止めたって、先輩それどういう……」
「私のことを覚えている為に、貴方は自分の時間を止めた……
 "23日の夜に、特別棟4階隅の教室に居る自分"を止めたのです
 だから、居るはずの23日の昼に居なかったんだわ
 ……そして、この魔法を解くまで、そこを出る事も出来ない……」
「あ────」
喉から声が漏れる。つまり
「23日が繰り返されているのは、
 遊佐洲彬が23日の夜に止まり続けているから……    (←茜)
 皆が24日に進んでいるのに、貴方だけ23日に居るのは矛盾だから……」
「ですから、その矛盾の辻褄を合わせる為に、23日が繰り返されているのです
 世界は貴方を明日に流す事が出来なくて、時間を戻しているの……」
「あー……なるほど」
遊佐が間の抜けた声を出す。この意味をわかっているのだろうか?
「なるほど、ではありません。分かっているの?
 貴方一人が消えれば、皆は明日へ進める。     (←茜)
 世界が貴方の存在を消してしまわない保証は……」
「あーー、そういやいつもそんな感じになってたな」
「なっ……え?」
「なんていうか、自分ってのが何かわからなくなる様な感じ
 気を抜くと今でもそうなるな。あれが世界に消されるってやつだったのか
 まあ今までもなんとか耐えてこれたし、あとちょっとくらい大丈夫だろ」
信じられない。世界から存在を抹消されかけて、それに耐えるなんて……
彼はまさしく、世界の敵になっている。
それも、力で抵抗できる程の存在として……これでは、まるで────
「……生命への干渉……遊佐君、貴方は今
 特殊なアンデッドになっているわ……闇の魔法……
 やはりあの時、無理にでもちゃんと教えていれば……」
驚愕するわたしの隣で、彼女が後悔の声を上げる
「あーなるほど……でもあの時断ったのは俺ですし
 それに言ったじゃないですか。使う時には、自分の意志で使うって。
 ……まあちょっと守れてないけど、俺は"今"がその時だったなって思います」
「遊佐君……」
「大丈夫、なんとかこの状態解きますから。ちょっとだけ待っててください」
「私もお手伝いします。元よりここは私の居場所ですから」
強く頷く彼女に、遊佐は首を横に振る
「いや、それはダメっす。言ったでしょ、ここにいるとほら」
ヒラヒラと闇に染まった左手を動かす遊佐
「構いません!貴方が私にしてくれた事に比べれば、その位……」
「いや、だからそれじゃ俺がだめなんだよ。
 これってたぶん、この23日の夜に取り込まれてるんだと思う
 さっきの話からして、これは時間からの攻撃なんだな」
その通りだと思う。存在を消すという単純な方法が世界のやり方なら
この空間に溶けさせて、存在を同化させる事が
"時間"という力による、この異常の解決方法なのだろう
「だから……そうだとしたら、俺以外の人だと
 すぐに取り込まれてしまうかも知れない。
 俺ってそういうのだけは強いんでしょ?」
言われて体を見回す。服の端々に黒い霧が付着している
この空間にいるという事は、普通には有り得ないこと
その場にいるだけで、同化対象にされてしまうのだろう
「てことで、その案は却下です。大人しく帰って待っててください
 ……ってそうか。先輩ってずっとここに居たんですか?夜は
 だったらこれからはしばらく茜の家とかに……」
「……そんな……」(←黒井)
「先輩、俺絶対ここから出て、迎えにいきますから
 だから……俺を信じてみませんか?」
「遊佐君……」
「その時は、ちゃんとあの時の答え聞かせてください」
そう言って彼はにっと笑う
「…………」(←黒井)
「行きましょう。貴女がこの闇に取り込まれては
 彼がここまで馬鹿をやった意味がなくなる」
「そーそー。それじゃ悪いけど茜、先輩のことしばらく頼むわ」
「どれだけ待たされても、1日という事になるのでしょうけど……」
「ははは、悪いな。まあ朝になれば全部リセットだから
 夜は形だけ、家に呼ぶだけでいいはずだ
 ……まあもしかしたら記憶もリセットされるかもだけど……」
「貴方に会ったからには、つまり全部を知ったからにはそれはないと思います
 会う前からも、切れぎれにループを感じていましたし
 ……まあ、さっさと自分の魔法を解いて出てきなさい」
「おう、会いに行った時いきなり殴るとか勘弁な」
「…………」(←茜)
「か、勘弁な…………まあ、一発くらいなら……
 ……4,5発くらいなら、いいかな……」
「遊佐君……」
「それじゃ、先輩。また明日」
「ええ……必ずっ……いつまででも、待っていますから……!」
その答えに照れ笑った後、彼は奥へと戻っていく
なんて馬鹿。たった一人の為に、世界を敵に回した大馬鹿者
笑いながらそれを良しとするその背中に、罵声を浴びせたくなる
けれど、何か別の事を叫んでしまいそうなので、それを堪える
「……行きましょう。もうわたし達に出来ることはありません
 後は彼が上手くやるのを待つだけです」
「はい……」
目を閉じて両手を組む彼女。その手には何もない
「……それと、これからしばらくは一緒にいる事も多いでしょうから……
 貴女のことは黒井真名と認識していいんですね?」
「ええ……それが、彼のくれた、私という存在……」
「では貴女の事は真名と呼びます」
頷いて、来た階段を戻る
帰りはやはり彼女の力がないと、中庭は抜けられなそうだ
「これからは、彼の帰りを待ちつつ、
 人間としての生活に必要な事を学んでもらわないと……まあ
 幸いというか、その時間は十分あると思います」
出来るだけ素っ気なく、左手を差し出す
「ええ……お願いしますね」
彼女は頷いて、その手を左手で握り返した
「……いえ、握手ではなくてですね。その、中庭を抜ける為の……」
「あらっ。……ごめんなさい、そうでした」
申し訳なさそうに笑うと、彼女は右手でわたしの手を取った
最終更新:2007年02月07日 14:08