田中学園長「誰もが望みながらも決して実現されることのなかった夢の対戦カード。それが『ヴァナ学オールスター戦』です」
田中学園長「二年生VS一年・三年という、史上類を見ない掟破りの決勝戦が行われようとしています」
田中学園長「間もなく『レッセ・アレ』の合図が鳴り響くのでしょう」
田中学園長「名誉、プライド、絆、そして意地。バリスターたちの喜び、存在意義、すべてがこの試合に凝縮されようとしています」
田中学園長「さぁ、試合開始まで秒読み段階となりました」
田中学園長「あと、一〇、九、八、七……」
田中学園長「九、八、七、六――」
聖が俺に目配せをしてきた。
無言で、俺たちは息を合わせる。
――ああ、もちろんわかってるさ。
すぐに俺はうなずき返すと同時に、今回の作戦の一番のキーパーソンの背中をじっと見つめた。
遊佐「頼んだぜ、中島。お前がこの作戦の要なんだからな……」
俺は、これから英雄になるだろう男の背中を、静かに応援した。
決して本人には聞こえないように、だけど。
――五分前。
遊佐「聖!」
この作戦に乗ってくれるは、こいつしかいない。
聖「な、なんだ遊佐。そんな大声出さなくても聞こえてるっての!」
聖は突然呼ばれたのが恥ずかしかったのか、真っ赤な顔をしてすっ飛んできた。
遊佐「中島、お前も来てくれ」
中島「ん、なんだよ」
遊佐「軍師である俺からのお願いだ。聞いてくれ」
俺が二人を見つめる。
五秒ほど無言の時間が過ぎ、
遊佐「この俺に、お前らの力を貸してくれ!」
力を込めて言った。
聖「は?」
中島「は?」
聖「……お前、何を突然言い出すんだ?」
怪訝な顔が返ってくる。
一方、中島は口にこそ出していないが、興味深そうに俺の次の言葉を待っているみたいだった。
聖「私はましろを守ると誓ったんだ。お前の茶番には付き合っていられない」
遊佐「頼む。ましろちゃんが必要なら、ましろちゃんと一緒に作戦に参加してくれてもいい」
聖「くどいぞ」
遊佐「頼む!」
聖「……」
聖は俺を睨みつけてきた。
が、俺も負けずに睨み返してやる。
目を逸らしたら、俺は聖に屈したことになってしまう。
お前の意地を見せてみろ。
聖の目は、そう語っているみたいだった。
――まるで男同士の喧嘩だな……
でも、こいつにとって、こんな不器用なやり方こそが、一番自分らしい感情表現なのかもしれない。
聖はなかなか引かなかった。
しかしやがて折れたのか、諦めたように表情を崩す。
聖「……話だけなら聞いてやる」
遊佐「本当か!? さんきゅう! 愛してるぜ!」
聖「なっ! お前、心にもないことを言うんじゃない!」
遊佐「別に、まったくそう思ってない、ってわけでもないぞ?」
聖の顔が見る見るうちに赤くなっていく。
一丁前に照れているんだろうか。
中島「あれ、聖照れてんの? なんか今日の聖、かわい――」
言い終わる前に中島は地面に斬り伏せられていた。
聖「ふ、ふん。まぁいいだろう。お前はキャプテンの井草に買われて軍師になったんだろう? だったら今だけはお前のことを信じてやる」
腕を組んで、顔を伏せた。
前髪からチラリとのぞく顔が、ほのかに赤かった。
聖「勘違いするな? 井草の実力は私だって認めている。その井草が信じたお前ならば、私も信じてやってもいい、というだけだからな!」
中島「ふぅん……」
中島が嫌らしい笑みで、地面から俺たちを見上げていた。
なんだかむかついたので、俺と聖は一発ずつボロ雑巾に蹴りをいれた。
遊佐「って、こんなことしちゃいけねえんだ。中島、ほら立つんだ」
中島「なに?」
遊佐「お前に重要任務を与える」
中島「おほっ! そういうの待ってました!」
中島「単純だな。細かいことは気にしないのか貴様は……」
遊佐「そこが中島のいいところなんだよ」
呆れ顔の聖に、小声で言ってやる。
遊佐「さて蔵人君。君には、とある部隊の隊長をやってもらいたい」
中島「た、隊長?」
遊佐「そうだ。嫌か?」
中島「そんなことはねえが……すげぇ、このオレが隊長? オレなんかでいいのか?」
遊佐「もちろん。お前じゃなきゃ務まらないほどだ」
聖「お、おい遊佐。それは本当か? 適当なこと言うな。中島の実力で隊長なんて――」
聖の言いたいことはわかっていた。
遊佐「大丈夫だ。少し黙ってろ」
だから、俺はあえて聖を制す。
遊佐「少数精鋭の部隊メンバーを集めるつもりだ。メンバーは俺と聖、そしてましろ。そうだな……あと早乙女と杏あたりでも引き込むか」
中島「ふむふむ……なんていうか、アレだ。すっげぇ攻撃的な部隊だな」
遊佐「よくぞ気が付いた。その通り。この部隊、名付けて『2‐B特殊突撃戦術部隊』だ」
中島「と、特殊突撃戦術部隊……ゴッツイ名前だな」
遊佐「我々の主な任務は敵にビッグ・サプライズをプレゼントすることだ」
中島「ビッグ・サプライズ? な、なんだそりゃあ」
遊佐「サプライズ・アタックだ。つまり『奇襲攻撃』のことである。中島、お前にはそのリーダーを担当してもらうことになるだろう」
中島「ほほう……なんか本格的で面白そうだな!」
遊佐「そりゃ何よりだ。ではこれから『奇襲攻撃』の詳細を説明する」
遊佐「我々は試合開始直後、一気に敵軍に向かって突撃し、敵に奇襲攻撃を仕掛ける」
遊佐「お前は細かいことは考えずに、英姿颯爽と突っ込んでくれ。俺たちがあとから続く」
中島「切り込み役ってやつだね!」
遊佐「ああ。うん。そう、たぶんそんな感じだ」
聖「遊佐、もしやとは思うが“特殊”突撃戦術部隊ということは、まさか中島『だけ』を……」
遊佐「ん? さぁ何のことだか、俺にゃわからんね」
聖「お前……まさか、本当にやるのか? だとしたら甲斐性の塊だな」
遊佐「褒め言葉か? さんきゅう」
聖は呆れ顔を手で覆った。
中島「何のこと?」
遊佐「俺の作戦は素晴らしいな! ってことだよ」
そして俺は、ビシっと中島に向かって敬礼をした。
遊佐「中島隊長。この作戦の成功には貴官の働きが欠かせない。全力で任務をまっとうされたし!」
聖を肘で小突いて、敬礼をうながす。
しぶしぶと、俺と同じように中島に敬礼をした。
中島「……なんか哀れむような聖の目が気になるけど……まぁ、いいか!」
ぶんぶんとバスターソード(仮)を振り回しながら、意気揚々と人ごみを切り裂いて歩いていった。
中島「よぅし! やるぞぉぉ!」
そのあまりに惨めなピエロっぷりに、聖はポカンとしていた。
聖「あいつは、本当にこれから自らに降りかかる不幸に気付いていないのか……?」
俺は、そんな聖の肩をポン、と叩いてやる。
遊佐「無知は幸せなり。そういう事だ」
聖「お前は……まったく、呆れて物も言えないぞ」
聖「まぁ確かに、あのアダムとイヴですら、無知で純粋であるが故に楽園に住まうことを許されていたんだしな……無知は時に幸せになりうるのかも知れん」
聖は苦笑いを浮かべる。
遊佐「な? 細かいことを気にしないって、幸せなことだろ?」
俺の言葉を聞くなり、聖は鼻を鳴らして嘲笑った。
聖「まるでお前は、アダムとイヴに知恵の実を与えた蛇だな」
遊佐「ふっ。ありがとよ」
聖「褒めてねえよ! ったく」
俺はその後、ましろちゃんと早乙女、杏にも作戦を吹き込んで回った。
ましろちゃんと早乙女には、二つ返事であっさりOKをもらうことができ、杏には少し手こずったものの、最終的には了承をもらったのだった。
――そして、現在。
田中学園長「――五、四、三」
まるで年末のカウントダウンイベントみたいに、学園長の数えるカウントに大歓声が同調していた。
聖の無言の口あわせにうなずくと、俺はホルスターから二丁のデザートイーグルを抜く。
聖はましろちゃんを守るように片手剣と盾を構え、ましろちゃん本人は片手持ちの槌をしっかりと握り締めた。
遠くに見える早乙女は、野太刀が納まっている鞘の鯉口を軽く切り、居合いの構えに移行。
杏は、体にアンバランスなほど長い黒塗りの両手剣を振りかぶりながら、背中から重たそうに抜き放つ。
試合開始「レッセ・アレ」の合図までは一分間のインターバルが与えられる。
バリスタはサッカーやバスケのように、試合開始まで選手がポジションから動かないのではなく、一分間のインターバルを経てから、そのまま試合開始というローリング・スタート形式になっている。
つまり、インターバルの間は自由に動き回ることが可能なのだ。
俺たち『2‐B特殊突撃戦術部隊』は奇襲攻撃を狙っている。
だから、それに合わせた配置を目指した。
俺、聖、ましろちゃんのグループ。
早乙女、杏のグループ。
そして……単独で中島。
真ん中に中島、それを追いかけるような形で右翼に俺たち、そして左翼に早乙女たちと三叉に分かれた。
中島を中心としたトライデント・フォーメーションである。
―― 一分前。(暗転)
遊佐『いいか中島。お前はまず、インターバルの間に単独でフィールドのど真ん中を目指せ』
遊佐『万が一のために、俺たちが後ろからしっかり見ててやるから、試合開始までは見つかるんじゃないぞ』
遊佐『だが、試合が始まったら、そこで一気にビッグ・サプライズだ』
遊佐『勇み声をあげて、一気に突撃するんだ。それでもう敵はびっくり、大慌てさ』
遊佐『俺たちが絶対にあとから続く。いいか、絶対に続くから、とにかく大声をあげて特攻するんだ』
遊佐『絶対に大声だけは忘れるなよ! 目立てよ!?』
遊佐『あと、俺とお前はずっと友達だからな!』
――再び現在。
田中学園長「ニ、一」
田中学園長「レッセ・アレェェェい!」
バッ!
作戦通り、試合開始と共に隊長が躍り出る!
中島「うおぉぉぉ!」
その銀の刃は三メートル以上もある大岩の上から輝き、それと一緒に金髪をきらめかせた中島が空中に飛び出した!
中島「ハァ――ハッハッハッハ! 俺の名は中島蔵人! 通称なんとなくクラウドだ!」
中島「者共、命惜しくばかかって来いやぁぁぁ!」
飛び降りる勢いもそのままに、空中で大きく振りかぶったバスターソードが空気を切り裂き、着地と同時に地面を思いっきり叩きつける!
ぐぁしいーんッ!
まるで漫画のパワー系キャラが登場する時みたいに、剣を叩きつけた衝撃で五,六メートルくらいまで土が舞い上がり、金髪と体操着はバサバサとたなびき、
おまけに片手で構えたバスターソードの刃は横に半分以上地面めり込み、なんかもう要するにとにかくド派手に中島が降り立ったのだった。
中島「登場は力強く、そして華やかに……そう、それが主人公ってやつなんだぜボーイミーツガール?」
砂塵が晴れたとこから爽やかな笑みがのぞき、白い歯から逆光が放たれる。
どうでもいいが、あいつはボーイミーツガールをレディースエンドジェントルメンかなんかと勘違いしているんだろうか。
突然たたたたーたーたーたったたーん、とⅦのサントラ一一曲目に収録されているBGMが鳴り響き、中島はバスターソードをくるくると回してから背中に納刀する。
中島「キマッた……うごっ!?」
ひゅうと石つぶてが飛んできたかと思うと、中島の頭にメガヒットして昭和アニメみたいに色とりどりの効果線が炸裂した。
……短い見せ場だったな。
聖「遊佐。そろそろか?」
遊佐「ああ。準備しておいてくれ。このまま中島に群がってきた敵を、俺たちで一網打尽するんだ」
ましろ「なんか中島君がかわいそうだね……」
遊佐「そうか?」
ましろ「うん……」
ましろちゃん……優しいんだな。
ましろ「わたしは、ただみんなに笑顔でいてほしいだけなの。中島君を犠牲にするみたいな作戦で勝っても、心の底から喜ぶなんてできないんじゃないかな、って思う……」
遊佐「ましろちゃん……」
ああ、ましろちゃん。とても心温まるコメントを
ありがとう。
でも、さっきから手馴れた様子でくるくる投げて遊んでるその鈍器はなんですか。
ましろ「ううん。でもこれはみんなで決めたこと。しょうがないことなのよ」
ましろ「中島君の犠牲は決して無駄にしないわ」
なんだかホラー映画に出てくる妄信教の女みたいなことをおっしゃる。
遊佐「結局、別にやってもいいんだよね?」
ましろ「うん。勝つ為だもん。悪い?」
とても良い性格反転っぷりでした。
まぁ、この作戦を提案したときに一番ノリノリだったのはましろちゃんだったしな……
って、雑談してる場合じゃないっての。
遊佐「いい具合に集まってきたな……」
遊佐「中島は……おうおう、がんばってるじゃないか。ソロでも意外といけるんだな」
全部で五,六人だろうか。
もっとわらわら集まってくるもんだと思っていたが、たった一人の特攻だったため向こうにとってはそれほど重要事態だとみなされなかったのかもしれない。
俺は反翼にいる杏、早乙女に合図を送る。
遊佐「さぁ、いくぜ」
遊佐「ビッグ・サプライズだ!」
俺たちは一斉に大岩から躍り出た。
最終更新:2007年02月20日 13:13