杏「……呆れた。貴方たち、呑気に会話してる場合じゃないでしょ?」
漆黒の両手剣を重たそうに引きずりつつ、俺たちの横に走ってくる杏。
遊佐「よし蔵人くん! 向こうは任せたぞ!」
中島「あんた調子良すぎ! くそぅ! わぁーったよ! この中島蔵人、転んでもただじゃ起きねえんだぞ!!」
だっ、とバスターソードを振りかぶって駆け出した。
中島「おりゃぁぁぁ――!!」
中島「あ~れ~……」
中島は一瞬でぶっ飛ばされていた。
俺は今日最初の発射であるSAN(サヌ。地対空中島砲。Surface-to-Air-Nakajhima)をぼんやり見ていた。
中島の悲鳴がドップラー効果とともに遠ざかっていく……
本日は晴天なり。
時々、中島がふるでしょう。
杏「……さぁ、行くわよ」
遊佐「おう」
三年生「死ねやぁぁ――――!」
その大声に、杏も俺も全く同じ行動をしてしまった。
びくっ、と肩をすくめ、辺りを見回す。
そして杏が振り返った瞬間、彼女に一太刀あびせようとする男の巨漢が俺の視界に飛び込んできた!
杏の、驚いた表情が目に映る。
その瞬間、俺の脳から迅雷の如き天命が体にほとばしった!
『アンヲ、スクイダセッ!』
遊佐「杏ッ!」
ほとんど無意識だった。
俺は杏の肩を抱えて、疾駆するチーターのようなスピードで身を投げ出す!
俺にはその瞬間だけがスロー再生されているようにすら見えた。
ブンッ!
男の空気を切る斬撃。
残念だったな。
すでにその場所には杏も俺もいないぜ!
だが、次に俺を待ち受けていたのは迫りくる地面だった!
(くそっ。こいつを傷つけるわけにはいかねえんだよ!)
とっさの判断が俺を最善の挙にいざなう。
首を引っ込め、肩を丸めた。
いつか柔道の授業で習った受身の態勢をとると、うまく地面を転がり始めるという手応え。
地面に激突した肩に痛みが走った。
杏を抱いたまま、土の上をごろごろと寝転がる。
空と土が交互にぐるぐると踊る視界の中で、杏の怯えるように目を瞑った顔だけが俺についてきた。
ちっ! 受身が成功だとは言いがたいが、衝撃は何とか抑えられた!
三回転ほどしたところで仰向けになり回転を止めると、その時にはすでに俺の手のハンドガンはピタリと相手の風船を捉えていた。
たった二,三メートルの近距離にゆらめく男の無防備な風船。
寸分の違いもなく狙いをつけた俺の銃口。
今の俺には……外しようのないシチューションだ!
俺は勝利を確信した。
遊佐「はっ!」
パァン!
デザートイーグルの銃口が、まるで
予定調和のように火を噴き――もとい水を吹き男の風船を一直線に貫いた。
三年生「なにっ!?」
男の顔が唖然のそれに変わる。
まさか俺みたいなひょろい男がこんな身軽な動きをするとは思わなかったんだろう。
当然だ。
俺だって驚いているんだからな。
杏「……驚いた。やるわね、貴方」
遊佐「いや、自分でもびっくりしてる」
俺の腕の中で、杏も唖然とする。
もしかして……
愛の力!?
杏「……で、貴方はいつまで私を抱いてるの?」
遊佐「うおっ」
俺は自分がとても恥ずかしい格好をしていることに気づいた。
杏「……」
杏は立ち上がると、静かに俺を見下ろす。
杏「……立って。みっともない格好よ」
目の前に杏の白い指が伸びてくる。
遊佐「あ、ああ」
杏「ふふ。何? その顔は」
手を握って立ち上がると、杏はまさにほんの少しだけ微笑んだ。
遊佐「やっぱり、杏って本当に優しいんだなと思ってさ」
杏「……ふん。ばかね。貴方ぐらいよ、そんなこと言うのは」
三年生「おらぁぁぁ――!」
……しまった!
ボーっとしていた俺は絶好のカモだったのだろう。
俺めがけて、三年生が怒号とともに馬鹿でかい両手剣を振り下ろしてくる!
突然の一撃に驚いた俺が出来ることといえば、悪あがきで頭をかばうことぐらいだった。
杏「伏せて。貴方に手を出させはしない」
ブォン! ガンっ!
鈍く空気を切る轟音。
たて続けに何かが何かを強打した音が響く。
顔を上げたとき、俺を襲ってきた三年生が吹っ飛んでいくところだった。
杏が相手の剣を、自らの両手剣で強打してなぎ払っていたのだ。
杏「貴方は優しい……だからこそ、貴方には私と同じ道を歩んでほしくない」
杏は両手剣を脇に構え、刀身を斜め下に向ける。
彼女の細身にとってはかなりのアンバランスな、その重たすぎる両手剣の先端が少し地面をえぐっていた。
杏がなぜ、あんな禍々しい漆黒の両手剣を選んだかは知らない。
しかし彼女を見ていると、両手剣を『振り回す』というよりは、その暗黒の剣自体に『振り回されている』ようにさえ見えてくる。
その姿は、彼女が背負う業の重さを表している……ような気がした。
だとしたら、彼女があまりに可愛そうじゃないか?
あんなに重たくて、どす黒い暗黒の業……その小さな体の一体どこに受け止められるというんだ。
杏「世の中には『謝っても許されない罪』がある――」
杏「けど『謝りさえすれば許される罪』もまた……存在するのよ」
伏し目がちに、俺にだけ聞こえる声量で話した。
しかし俺には何のことを言っているのか、よくわからなかった。
心当たりはある。
しかし、少なくとも「今」の時点では確証はない。
一瞬の笑みが俺に向けられる。
哀れみ。憂い。
そんなものを連想させる弱々しい表情が、俺をある考えに導いた。
遊佐「杏。君は、もしかして本当は聖のことを――」
その先の言葉を、かき消すように杏の両足が地面を蹴った。
吹っ飛ばした三年生に、杏の両手剣――カオスブリンガーが襲いかかる。
パァン!
そしてその音が、この戦いの終わりを告げる狼煙となった。