- #シーン『黒衣の☆巨星【黒井】』
- 登場キャラ『遊佐、黒井、(田中学園長)』
- BGM『喜びっぽい曲、告白シーンっぽい曲、ドタバタ系の曲』
- 背景『黒一色、グラウンド』
(背景→黒一色。BGM→なし)
田中学園長「――三、ニ、一……試合終了ぉぉぉ――う!!」
田中学園長「このヴァナ・ディール学園創立以来の悲願、全学年オールスター戦を制した優勝チームは……」
田中学園長「井草千里率いる二年生だぁぁぁ――――!!!!」
(背景→白くなりグラウンドへ。BGM→喜びっぽい曲)
(暗転。背景→できれば夜の中庭)
月光の下。辺りは静寂に包まれている。
丸い月が、中庭にたたずむ俺の姿だけを見つめていた。
遊佐「あー疲れた……」
体育祭の後片付けが終ろうという頃には日も沈んで、まん丸な月が俺を見下ろしていたというわけだ。
遊佐「ったく甲賀先輩め。無理やり仕事押し付けといて自分だけ勝手に帰るなんてひどすぎるだろ……」
俺はそんなつぶやきを、廃材と一緒に倉庫にぶち込む。
甲賀先輩にいつか必ず復讐してやると誓いながらも、廃材のベニヤ板に貼られた張り紙に書かれた『今月の標語:みんなで協力して最後まで成功させよう体育祭!』という言葉と、その下に見つけてしまった『by ☆ 生徒会長』という文字が俺をさらに落ち込ませた。
遊佐「ったく、覚えといてくださいよ甲賀先輩……」
廃材がすべて片付け終わりとぼとぼと中庭を歩く。
そこで、彼女に出会った。
黒井「遊佐君?」
遊佐「あ、黒井先輩……」
黒井「こんばんは。良い月夜ね」
黒井先輩は丸い月を仰ぎながらそう言った。
何でこんな時間に学校にいるんだろう。先輩も後片付けをしていて遅くなってしまったのだろうか。
そんな俺の疑問を口に出す前に、黒井先輩は言葉をかぶせた。
黒井「試合では
青島さんにやられてしまいましたね。でも遊佐君も強かったので、ちょっと意外でしたよ」
バリスタ中に見せた背筋も凍るような笑顔はもう、彼女から消えていた。
邪気を祓われた小悪魔が、楽しそうにコロコロと笑っている。
遊佐「いやその……ごめんなさい」
黒井「あら、何で謝るのかしら? 褒めてるのよ?」
遊佐「その……そうじゃなくて……俺、先輩との約束破って人前で魔法使っちゃったじゃないですか」
その言葉を聞いた黒井先輩は初め、俺の瞳を直視してきょとんとした。だがすぐに手を口に当てて笑みを浮かべる。
黒井「ふふ。遊佐君は真面目なのね。そんなことを気にして」
遊佐「そんな……俺は黒井先輩との約束を破っちゃったんですよ?」
黒井「私だって魔法を使いましたよ」
遊佐「むぐっ……でもそれは俺が魔法を使っていたから、それをやめさせるために……」
黒井「ばれなければ良いと私は言いました。遊佐君の魔法の使い方に感心したので、ちょっとだけ真似したくなっただけですの」
遊佐「は、はぁ?」
てことはあの“お仕置き”は魔法使ったから故の鉄拳制裁じゃなく、単なる黒井先輩の一興だったってことかよ!
黒井「それだけでは納得できませんか?」
遊佐「そう、ですね。先輩との約束を破って、何もお咎めなしというのは逆に後味が悪い気がします」
黒井「あら……つまり、遊佐君は何か私から罰を与えてほしいということですね」
遊佐「罰って、そう言うわけじゃ――いえ、何か罰を与えてほしい、のかもしれません。俺が軽はずみでやったことは、少なくても黒井先輩を裏切ることになったはずですから」
黒井「そうですか……困りましたわ。罰なんて冗談のつもりでしたのに」
と、しばらく悩んでいた黒井先輩だが、やがて思いついた表情を浮かべるとポケットから何かを取り出す。
黒井「ごめんなさい。罰と言ってもこれくらいしか用意できませんが……よかったらこれを食べていただけませんか」
ピンクのビニールで包まれていて、その外見からはイチゴ味と想像できる古典的な飴玉だった。
遊佐「何ですかこれ? ただの飴にしか見えませんけど」
黒井「食べてみてください。十分罰になると思います」
遊佐「……実はむちゃくちゃ辛いトウガラシ味だとか無しですよ?」
黒井「味は安心して下さい。おいしいはずですから」
また黒井スマイル。
……卑怯ですよ。
遊佐「わかりました。俺、先輩を信じていますからね」
意を結して、その丸っこい飴を口に放り込む。
遊佐「こ、これは……」
遊佐「……」
遊佐「……イチゴ味です」
黒井「お口に合いましたか?」
遊佐「ええ、まぁ――これが罰ですか?」
そうだとしたら拍子抜けだ。
むしろ罰どころか、飴玉なんかご褒美の代名詞だろう。
……高校生にもなってご褒美に飴玉をもらうなんて、考えようによっては罰なのかもしれないけど。
黒井「……ふふふ」
忍び笑いが聞こえ、驚いて首を回すと……俺は見てしまった。
先輩の体から放たれたまがまがしい闇の瘴気が、辺り一帯の空気を黒く歪ませているのを!
黒井「……オカ研印の新薬『β』……食べてしまいましたね?」
遊佐「は……?」
黒井「本当はまた中島君に頼もうかと思っていたのですが……丁度いい時に被験者が現れてくれたので助かりました」
遊佐「えっ! な、何の事です!?」
黒井「遊佐君が新しい被験者です。サンプル『Y』とでも呼びましょうか」
遊佐「ちょ、待って! 何の被験者なんですか!?」
黒井「β新薬」
遊佐「べ、べーた!? 何なんですかソレ!」
黒井「……」
(眼力CG)
遊佐「う……ええっと……」
黒井「ふふ。β新薬を食べてしまった遊佐君はもう私の……」
遊佐「私の……?」
黒井「言いなり」
遊佐「い、言いなり!?」
もう完全に、先輩が何を言っているのか分からない。
けど先輩は先輩で、とても楽しそうだ……
黒井「言いなりなんて、自分で言うのも何ですが――ドキドキしますね」
言われてる俺はもっとドキドキします。
黒井「そうね……せめて罰は遊佐君に選ばせてあげましょう」
遊佐「いや、だから何のことですか!?」
黒井「一番。好きな子を暴露」
遊佐「えっ! いえいえ、子供じゃあるまいし、そんなこと言えませんよ!」
黒井「二番。青島さんの家でピンポンダッシュ」
遊佐「だから子供ですか!?」
黒井「三番。と四番がポッキーゲーム」
遊佐「いきなり大人っぽくなった! けどそれじゃ三番と四番のひとがポッキーゲームでウハウハする状況みたいになってるじゃないですか! 選択肢になってませんよ!?」
黒井「さぁ早く選んでください。時間制ですよ」
遊佐「えっ!? ちょ、待ってください! 時間制? なんのこと――」
黒井「二、一」
遊佐「二からカウントスタート!? 許容時間少なっ! 普通十秒前とか五秒前から数え始めるのがセオリーですよね!?」
黒井「〇。時間切れです」
遊佐「ぬうう、くぬぅ……!」
一番か? 一番ならすぐに答えられるぞ!?
いやだが考えてみろよ。黒井先輩の前で「実は黒井先輩が好きなんですよハハハ」なんて言ったら思いっきり告白じゃないか、それ!
二番はどうだ!? 一見すると一番簡単そうに聞こえるが……だめだ、青島さんの家の場所なんて俺は知らない、却下!!
三番は……三番ってそもそも選択肢じゃない気がするし……
遊佐「うう、どれも選べない……恐るべしβ新薬……」
黒井「では私が罰を決めてあげしょう」
遊佐「えっ」
ま、まさか三番はあり得ないとして、先輩が一番か二番を選んでくる可能性は十分あるぞ。
さらに先輩が二番なんて簡単なものを要求してくるとは思えないし……じゃあ一番か? 一番なのか!?
黒井「では、遊佐君にやっていただく罰は……」
遊佐「いやだー! 告白はいやだー!」
黒井「五番。私とフォークダンスを踊る、です」
遊佐「……は?」
遊佐「五、五番……? そんな選択肢聞いてませんよ!?」
黒井「回りくどいやり方をしてしまってすいません。実は私、諸事情で夕方のフォークダンスの時間に席を外していまして――」
黒井「よかったら遊佐君にフォークダンスをご教授いただいきたいのです」
遊佐「ご教授って……先輩、フォークダンスやったことないんですか?」
黒井「やったことがないからこそ、こうして俗世に詳しい遊佐君に教えを請うているのです」
俗世って……先輩はどこか浮世離れしたお嬢様みたいな雰囲気があるけど、今までに一度もってのはちょっと浮世離れっていうレベルじゃない気がする。
そういや、今日の昼間も緊張したことがないとか言ってたっけな……もしかしたら先輩って、世間とは無縁のとんでもない本物のお嬢様だったりして。
遊佐「俺も詳しいってわけじゃないですけど――先輩、本当に一度もフォークダンスをやったことがないんですか?」
黒井「はい……変でしょうか」
遊佐「うーん……変かどうかって聞かれても、俺は他人の考えを定義できるほど偉いわけじゃないし……」
黒井「私では、フォークダンスを踊ることは無理なのでしょうか?」
遊佐「いえ、その点は大丈夫だと思います。フォークダンスというのは誰でもできるということが前提の踊りですから。黒井先輩ならすぐにマスターできますよ」
黒井「そうですか? では、あの……よかったら教えていただけませんか?」
遊佐「うーん……まぁ、いいですよ。俺なんかでよければ」
遊佐「(フォント小)ふぅ、告白じゃなくてよかった……」
黒井「はい?」
遊佐「いえ、何でもありません。大丈夫です、フォークダンスくらい俺に任せてください!」
黒井「ふふ、
ありがとうございます。遊佐君、ちゃんと私のこと、エスコートしてくださいね?」
伏し目がちにそう言うと、黒井先輩は俺に手を差し出して、淡い笑みを向けた。
遊佐「エ、エスコートですか……がんばってみます」
差し出された手を取ると、しっかりと握り返す。
黒井「では、よろしくお願いしますわ」
(背景→できれば黒井踊っているCG)
こうして、月夜のフォークダンスが始まった。
あの日俺が先輩にプレゼントした不吉な猫だけが観客の、二人っきりのダンスパーティだった。
最終更新:2007年04月20日 13:57