遊佐「……」
店長「何をぼーっとしてるんだい」
何も考えずイスに座り込んでいた。
既に店は閉まっている。
遊佐「あ、すいません」
店長「はっはっは。悩み事かい」
確かに悩みといえば……間違ってはないな。
遊佐「実は……」
というか、隠しきれないだろう。
それに俺の背中を押したのは、松下さんだ。
遊佐「えーっと」
何て言えばいいんだよ!?
何これ!? 何故か娘さんを下さいの心境だぞ!?
遊佐「……霞と、その」
店長「うんうん」
遊佐「付き合うことになりました……」
少し間があった。
店長「そうか。それはよかった」
遊佐「……ほぇ」
間の抜けた声が出た。
店長「どうしたんだい?」
遊佐「拍子ぬけしました」
もっと何か言われるような気がしてたけど。
店長「というより、もとから付き合ってたようなものだったろう?」
遊佐「ええっ!?」
店長「そんな風には考えていなかったのかい?」
まったく考えてなかった。
遊佐「全然……」
店長「はたから見れば、そういう風にしか見えなかったと思うよ」
遊佐「そ、そうだったのか……」
今思えば、恥しい。
遊佐「はー、緊張した」
店長「ん?」
遊佐「この事を松下さんに言うだけで、もう……」
店長「どうしてだい?」
遊佐「うーん、変なことを言うかもしれませんが」
溜息を大きく一つ吐く。
遊佐「実は店長がまるで霞の父親のように感じるんですよ……」
霞には父親がいないと聞いてからますますそう感じていた。
店長「あながち、間違ってはいないかもしれないね」
松下さんはイスを引いて座った。
店長「少し、自分のことを話そうと思うんだけどいいかな?」
遊佐「あ、どうぞ……」
間違ってはいないという言葉。続いて自分のことを話す。
これはどうつながるのだろうか?
店長「私には、妻と娘が一人いたんだ」
店長「不慮の事故で二人とも死んでしまった……」
それがどういう事故だったのかは、わからない。
遊佐「……」
店長「私は今でも後悔している」
遊佐「何を、ですか?」
店長「そうだね……」
自然とその疑問が声にでた。
店長「二人に対する思いやりの方法とでもいうのかな」
遊佐「方法?」
店長「ああ。私は二人を思いやっていたはずだったが、それは間違っていたんだ」
店長「昔は私も仕事ばかりの人間だったんだ。だが働いていた会社も二人が死んでからはやめた」
二人を思いやって仕事に打ち込んでいたのだろうか?
二人が死んでから何を考えていたのかは俺には計り知れない。
店長「今ではこうして自分のやりたかったことを二人のためにやっているんだ」
遊佐「二人のために……」
店長「ああ、二人の分も私が精一杯やると決めたから」
遊佐「……」
店長「それが報いになると思ってね。もしかするとただの自己満足かもしれないけどね」
遊佐「そんなことは、無いと思います」
死んだ人は当たり前だけど存在しない。
だから自分が信じた方法を貫くのが、一番いいのではないだろうか。
店長「そうだと、私も助かるよ」
遊佐「絶対わかってくれると思いますよ」
店長「ああ。ありがとう
遊佐「いえ」
俺は色々考えた。難しいな……。
店長「それで、私の本当に言いたいことはだね」
この話には続きがあった。
店長「娘に似てるんだ。容姿も性格も、ね」
誰に、は言うまでもなかった。
店長「だから重ねて見ていたんだろう、いや。見ていたんだ」
そういうことだったのか。
つまり俺が感じていたことは間違っていなかったんだ。
店長「だから霞ちゃんが遊佐君と一緒なら安心だ」
遊佐「え、あ。それは……」
すごく……なんというか、照れくさい。
店長「明日は霞ちゃんの退院だし、そのうち二人のお祝いをしたいね」
遊佐「え、それは……」
店長「はっはっは」

霞が退院してから二日目から霞はバイトにもどってきた。
なんとなく気恥ずかしさを覚えながらの日だった。
店長は俺たちを祝ってくれた。
遊佐「あのさ霞」
霞「何ー?」
遊佐「明日の日曜日、暇か?」
霞「空いてるよー」
よしっ、それなら。
遊佐「退院祝いしようぜ」
霞「え、いいよ」
遊佐「もう決めたから」
強く押せば折れるからな。
霞「むー、しょうがないな。それでどうするの?」
遊佐「喫茶店でみんなを呼んで祝うから」
そしてそこで発表する。
今から深く考えてはいけない。
遊佐「じゃ、店長にも頼んであるから昼の一時からな」
他のみんなにも聞いてみないとな。

8/5(日)
中島「と、いうわけで!」
クラッカーが中島によって引かれる。
ぱんっ!!
中島「退院おめでとう!」
遊佐「……何でこんなん用意されてるんだ」
中島「盛大にいこうと思ってな」
聖「盛大すぎるような……」
ましろ「わたしはいいと思うけどな」
いや、そういう問題じゃないけど
霞「わたしもそう思うな」
ましろと霞が二人で笑ってる。
霞自身が言ってどうするんだよ。
遊佐「にしてもだなぁ、あとで掃除するのは俺だぞ」
中島「まぁがんばってくれたまえ、バイト君よ」
遊佐「ちっ……」
今日は仕方ない……折れてやろう。
こいつには世話になったし。
聖「大変だったようだな」
遊佐「まぁ、な」
大変だったが、こんなことくらいならなんでもない。
中島「おい、遊佐」
遊佐「あん?」
ちょっと来いという合図。
中島「どうだったんだよ」
遊佐「ああ、ばっちりだ」
中島「そんなあっさり!?」
遊佐「……」
まぁ、どうせそのうちわかるだろうしな……。
中島「そりゃ、よかったな」
遊佐「ああ」
ましろ「二人で何の話?」
中島・遊佐「どぁあぁ!?」
びびった……。
中島「い、いやー」
二人で焦ってたら怪しすぎる。
霞「どうしたの?」
遊佐「いや、何でもないんだ」
待て、どのみち言うつもりだったんだ。
遊佐「やっぱりある」
ましろ「何それ?」
遊佐「えー、実はだな……」
霞の隣に歩く。
遊佐「霞と付き合うことになったから」
…………。
ましろ「そうなんだー」
聖「……」
遊佐「あれ、何この空気」
ましろ「今までとそう変わらないから」
聖「今更って感じだな」
遊佐「え? 何この俺の虚無感。どうしてくれるの?」
中島「どんまい」
遊佐「ちょっとまてーーーー!?」
霞「?」
最終更新:2007年05月10日 02:04