遊佐「あー……」
それにしては昨日は本気でやばかったぜ。
ナイフを持った男に襲われるなんてどこの世界だよ。
まぁここの世界だったんだけど。
遊佐「生きてるって素晴らしい」
杏「朝から何を言っているの」
遊佐「うお!?」
気づくと後ろに杏がいた。
遊佐「びびった……」
ましろ「おはよー」
聖「おはよう」
遊佐「お、おう」
昨日の出来事があった後だというのに。
遊佐「あまりにも普通だ」
杏「そうね」
どうやら今度は俺の意図することを杏はわかってくれたらしい。
昨日とのギャップがすごい。
杏「あの……遊佐?」
遊佐「あ、ん? どうした」
杏「昨日は、その……」
ましろ「おーい、早く行かないと遅刻するよー」
ましろが少し離れたところで手を振っている。
遊佐「おー、今行く」
俺も手を振って返事をする。
遊佐「っとわりぃ、何だ?」
杏「……何でもない」
すたすたと歩き出してしまった。
遊佐「ぉーぃ?」
今のは少し不機嫌そうな顔してた。
俺が悪かったんだろうか……。
いつものように四人で教室まで昇っていく。
中島「そこで俺が奴を押さえてだな!」
遊佐「吹聴するんじゃねえ!」
中島「バックギャモン!」
教室につくなり中島が昨日の出来事を言いふらしていた。
遊佐「たくっ」
……心なしか、俺注目集めてるような。
遊佐「全部ウソだから」
俺は言いなだめようとする。
杏「無駄ね」
杏が俺にそうつぶやくと俺の後ろを通っていった。
遊佐「……みたいだな」

遊佐「あー」
机に突っ伏す。
杏「大変ね。ヒーローは」
遊佐「何だそれ……」
休憩になるたびに質問攻め。
杏「今日はどうするの?」
珍しく杏からやってきた。
遊佐「聖は?」
杏「今日は無いみたいよ」
遊佐「そっか」
またあの状態にならずに済むと思うとすこし助かる。
遊佐「んじゃ、またパンと黒酢買いに行ってくかな」
杏「ええ」
席から立ち上がってっと。
遊佐「おらおら!」
教室からダッシュで抜け出す。
杏「あ……」
………………。

遊佐「ただいまーっと」
杏「……」
あれ? 怒ってる?
遊佐「おーい?」
杏「何?」
この顔は不機嫌な顔だ。
遊佐「よくわからんが悪かった」
杏「別に謝る必要はないわ」
遊佐「そ、そう?」
ま、本人がそう言うなら……。
遊佐「ほら、買ってきたぞ」
杏「ん……」
さて、今日もおいしくいただきますか。
遊佐「じゃーん! 今日はゲットできたぜ!」
苦労するぜまったく。
杏「よかったわね」
遊佐「おうよ」
うーむ、うまい。
あむっと小さく一口ずつ食べる杏。
遊佐「……むぐむぐ」
こんどは黒酢を一口。
杏「……何?」
視線に気づいたようだ。
遊佐「いや、なんとなく見てた」
そう言って視線を外に向ける。
杏「そう」
無言でパンを食べる。
うーむ。
遊佐「あのさ」
杏「何?」
遊佐「昨日はその……さ」
杏「……」
遊佐「大変だったよな」
杏「そうね」
そこから続かずまた無言になってしまう。
杏「でも、助かったわ」
遊佐「え?」
不意に杏から言われる。
杏「ありがとう
遊佐「え、あ。ああ。任せとけって」
こ、こんなに素直に言われるなんて……。
杏「それだけ」
ぷいっと横を向いてしまう。
むむむ、かわいいじゃねえか…………。
少し機嫌も直ったようだし。
遊佐「まじでおいしいなー」
むなしい独り言。
ここから先はしゃべることはなかった。

遊佐「……」
むむむ……。
杏「……」
遊佐「おーい」
杏「何?」
遊佐「何かしゃべってくれよう」
杏「難しい」
だろうな……。
遊佐「むぅ」
学校の帰り道
今日は二人きりだ。
というのも……珍しく杏に誘われたのだ。
だが、別に何かしゃべるわけでもなく。
遊佐「よし!」
いきなり大声を出すと少し杏がびっくりしたようだ。
杏「……」
遊佐「いて、踏むんじゃない」
足を踏まれた……。痛くはないけど。
杏「それで?」
遊佐「ああ、昨日のイヌの様子見に行かないか?」
杏「……ええ」
遊佐「で、今気づいたんだが」
そう、大事なことだ。
杏「何?」
遊佐「神契さんの家はどこだろう」
杏「……馬鹿ね」
遊佐「うぐっ」
否定できない……。
遊佐「ここは……」
俺はとっさにある物を取り出す。
遊佐「これを見ろ!」
杏「……携帯電話ね」
遊佐「その通りだっと」
奴に電話すればわかる気がする。
本人の携帯を知らない、というか持ってるのかも知らない。
遊佐「よう。あのさ聞きたいことあるんだけど」
中島『なんだよ?』
遊佐「神契さんの家どこか知らないか?」
中島「大体はわかるけど……細かいことはわからん」
待てよ。こいつに聞くこと自体がおかしかった気がしなくもない。
遊佐「相変わらず役に立たない奴め」
中島『相変わらずひどい奴め」
そう言うと電話を切った。
杏「……」
遊佐「もうちょっとまて」
ましろなら知ってるかもしれん!
…………。
遊佐「うし!」
俺は携帯をぱたっと閉じる。
遊佐「大体の方向はわかったぞ」
杏「……あまり変わらないわね」
遊佐「……だよな」
昨日みたいにまたばったり会ったりしないだろうか。
杏「公園に行ってみれば?」
遊佐「だな」
二人で昨日の公園に歩いて行く。
遊佐「まー、このまま散歩でもいいかも」
杏「そうね」
日差しが眩しい。
杏の白い素肌、焼けてしまうんじゃないか?
といっても長そでに顔は髪の影でほぼカバーされているんだけど。
遊佐「お前、皮膚弱そうだな」
それでいて汗はかいていないのがすごい。
杏「……」
遊佐「というわけで、木陰を歩く」
杏「しょうがないわね」
本来なら道路側を歩くべきなのは俺だけど。
それにしても……。
遊佐「……ぐぬ」
暑い! 暑すぎる!
気温はそれほどでもないのに日差しが暑い!!
遊佐「あぢぃ」
杏「それなら木陰を歩いたら?」
遊佐「……そうする」
まぁこうなると杏がすごい近くに来ることになるんだけど。
遊佐「よく、平気だな」
杏「平気じゃないわ」
遊佐「そうなのか?」
見た目超平気っぽいんだけど。
遊佐「ふむ」
まぁ、そりゃそうだよな……。

遊佐「結局会えなかったな」
公園でベンチに座ってぼーっとしてただけだった。
杏「ええ」
ま、こうやってぼーっとしてたのも悪くなかったけど。
杏「……」
遊佐「あー」
ベンチの背もたれに思いっきりよっかかる。
上が見える。
杏「どうしたの?」
遊佐「いや、木漏れ日ってやつがな。奇麗だなと思って」
杏も上を向く。
髪がばさっと流れる。
遊佐「な?」
杏「……そうね」
顔がよく見える。
その顔は……。
遊佐「……」
笑ってる。
杏「……」
ま、今日はいつもと違う杏を沢山……。
ん? 本当に沢山みたような。
杏「どうしたの?」
遊佐「綺麗だなと思って」
杏が……な。
杏「同じことを……」
遊佐「そこにつっこむんじゃない」
昨日のことが、いいきっかけになったのかもな。
本来ならあってほしくないことだけど。
遊佐「そろそろ行くか?」
ベンチから立ち上がる。
杏「ええ」

遊佐「そうだ」
思い出した。
遊佐「明日神契さんに聞いてみるか」
それは犬のことだ。
遊佐「というわけで寝る」
どういうわけかはわからんが。
遊佐「グッドナーイ」

遊佐「さて、行くか」
鞄も持ってと。
遊佐「いってきます」
部屋を後にした。
遊佐「にしても、もう蝉が鳴く季節だよな」
って思ったけど転校したころ既に鳴いてたかも。
ましろ「おはよー」
聖「おはよう」
杏「……おはよう」
遊佐「よう。今日もお揃いで」
ま、お決まりのメンバーでいつもの登校。
あと何回ここを登校するのか……。
なんて下らないことを考えてみたり。
杏「どうしたの?」
遊佐「ああ。俺ってみんなよりはここ通った回数すくないなぁと思って」
杏「当り前よ」
遊佐「ま、そうなんだけどよ」
遊佐「相変わらずお前はきびしいな」
杏「……そう?」
遊佐「つっこみがきびしいぞ」
杏「……気をつける」
遊佐「……どうした? 調子悪い?」
すごい素直だな。びっくりだ。
杏「どうして?」
いや、ま。言ったら怒られそうだし。
遊佐「な、なんとなく」
杏「引っかかるわ」
遊佐「そんなことはないぞ」
……あぶねあぶね。
杏「まあいいわ」
ましろ「あ、そういえば昨日はごめんね」
遊佐「ん? 電話のことか?」
ましろ「そうそう」
遊佐「いいさ。今日学校で聞いてみる」
聖「昨日私たちも聞いたけど、大丈夫だそうだ」
遊佐「ほう。そりゃよかったな」
昨日俺も聞けばよかったな。
まあ、昨日は忙しかったってことで……。

遊佐「平和はいいもんだ」
今日は昨日がウソみたいに静か。
ま、みんな飽きたんだろう。
いつ聞きに行こうか。
杏「遊佐」
遊佐「んーどうした?」
杏「……ふう」
そんなあからさまに何を言ってるのって顔しなくても。
杏「聞きに行かないの?」
遊佐「おー、今聞きに行くか」
丁度いいしな。
遊佐「おーい、神契さん」
神契「ひゃあ!」
いや、だからそんな驚かなくても……。
遊佐「わ、悪いないつも驚かせて」
神契「い、いえ。私もいつも驚いてすいません」
杏「晶子、聞きたいことがあるのだけど」
神契「はい、何でしょう?」
そんなに緊張しなくても。
遊佐「この前の犬どうなった?」
神契「あ、はい。元気ですよ」
途端に明るくなる。
やっぱり相当の犬好き、というか動物好き?
遊佐「そいつはよかった。本当は昨日聞けばよかったんだけどな」
神契「昨日は大変そうでしたね……遊佐さん」
遊佐「そうなんだよ……。中島の馬鹿がさ」
神契「あはは……」
杏「晶子」
神契「はい?」
杏「よかったら家どこか教えてくれる?」
遊佐「あー、つまり犬を見に行きたいんだよ」
神契「あ、いいですよー。きっと喜びますよー」
遊佐「それじゃ、放課後よろしくな」
神契「はい」
まさか杏が家のことを聞くとは思ってなかった。
急に神契さんの家にいくことになったんだけど。
遊佐「そろそろ休憩終わるからまたな」
神契「はい」
さて……授業の準備をして。
遊佐「おやすみなさい」
……準備する意味がない。
いいんだ別に……明日からがんばるから。
たぶん。

遊佐「おーい、杏」
杏「何?」
遊佐「今日もパン?」
杏「ええ」
遊佐「そっか。んじゃ行ってくるかな」
杏「待って」
遊佐「ん?」
杏「今日は私も行く」
遊佐「そ、そう? じゃ、いくか」
杏「ええ」
二人で教室を出ていく。
遊佐「たく、相変わらず人多すぎだ」
また、突っ込むしかないな。
遊佐「んじゃ俺はパンを買ってくるから飲み物頼むわ」
杏「……」
遊佐「ヨーグルトで」
杏「わかったわ」
それじゃ突っ込みますか。
遊佐「うおぉおりゃぁああ!!」
ぐぬぬぬ……!!
遊佐「……はぁはぁ」
やっと買えた。
遊佐「お、おまたせ」
杏「お疲れ様」
遊佐「おう……」
戦利品、パンを見せる。
杏「毎日?」
遊佐「こんな感じです」
杏「そう」
ねぎらいの言葉もなしですかそうですか……。
いや、俺が好きでやってることだしな。文句はなしだ。
遊佐「よし、戻るか」
気合いを入れる。
杏「ええ」
教室へ行く道の途中。
神契「あ」
神契さんがこちらに気づいてとてとて近づいてくる。
神契「こんにちは」
遊佐「こんにちは」
なんかおかしい気がするけど……。
杏「……」
遊佐「ほら、挨拶する」
杏「……にちは」
神契「はい」
神契「パンですか?」
遊佐「おう、見たまんまパンだ」
再びパンを見せる。
神契「パンですね」
杏「……」
何か変だ。ずれてる。
遊佐「神契さんは何を食べるんだ?」
神契「お弁当ですー」
遊佐「ほう、よかったら一緒に食うか?」
神契「いいんですか?」
遊佐「俺は構わないって。杏もいいよな?」
俺は杏に振ってみる。
杏「ええ」
遊佐「よっし、決まりだ」
晶子「どこで食べましょうか」
遊佐「どこで食べましょうか」
また杏に振ってみる。
杏「……ぇ」
悩んでる悩んでる。
ちょっとおもしろいかも。
杏「……教室で」
遊佐「……普通だな」
妥当っちゃ妥当だけど。
神契「それじゃあ教室にしましょう」
遊佐「んじゃ杏の席集合な」
神契「わかりました」
杏「……」
杏が歩き出す。
遊佐「行くか」
神契さんとついて行く。

遊佐「それって神契さんが作ってんの?」
神契「いえ、お母さんが作ってくれてるんです」
遊佐「ほー」
まぁなんてことのない質問と受け答え。
神契さんのお母さんって、やっぱ神契さんに似ているんだろうか。
遊佐「杏って料理……いや、興味ないって言ってたな」
杏「そうね」
遊佐「だろうな」
杏「……」
いて。久しぶりのチョップ炸裂。
神契「あは」
遊佐「この野郎」
お返しに俺も一発。
杏「……」
遊佐「ふっふっふ」
杏「……!」
遊佐「おごっ! あだだだだだ!!!」
足! 指! かかとかかとがグリグリなってるんですけどぉおお!?
遊佐「俺が悪かった!!」
神契「あ、あわわ」
杏「……」
遊佐「ギブギブ!!」
杏「ふふ……」
遊佐「はぁはぁ……」
あー、まじで痛かった。
あんまりからかってるとやばいな。
神契「あのー、大丈夫ですか?」
杏「平気よ」
遊佐「なんで杏が答えるんだよ……」
杏「さぁ」
遊佐「ぐぬぬ」
最終更新:2007年04月12日 03:31