恋にこがれてなく蝉よりもなかぬ螢が身をこがす


●校庭 空手部

どうして……、どうしてこんな事に……。

動機は単純だった。みぃネェと兄様は、いつも楽しそうで。
兄様はみぃネェを見て微笑み、みぃネェは兄様を見て微笑んでいる。
けれど、その二人の間には私は居ない。間に入る隙間すら存在しない。

人の恋路を邪魔するやつは、馬に蹴られてしんじまえ。なんて言葉がある。
実際に死んだのは、私ではなかった。

みぃネェは私を抱きしめて、壊れたレコードのように謝り繰り返している。
嗚咽が混じり、既に何を言っているのかすら聞き取れない。
そんなに涙を流したら、みぃネェの体が干からびてしまいそう。



日が暮れ始めていた。
既に部活の時間は終わり、居残り練習をする生徒以外は帰り、昼間の喧騒は既に無い。
蝉達の鳴き声も昼間の元気をなくし、夜を越すための準備に入るかのごとく、
少しずつ静まっていった。

空手部には、まだみぃネェと兄がいつもの居残り練習をしていた。

【士郎】「うーん……、なんか違う。」
兄は腕組しながら、これまた腕組しながら唸っているみぃネェを見ている。

【都】「せやかて、見たこと無い技やでぇ?そんなん、出来るわけないやん」
【士郎】「だよなぁ……。資料も残ってるわけじゃないし、言伝とし代々伝わってるだけだし……。
     けど、お前しかいないんだ!この技を再現できるヤツは、お前しか!」
【都」「目にも留まらぬ速さの全方位攻撃なんて、むちゃくちゃやて~。
    大体、それほんまにあっとるん?」

みぃネェが練習している技は、夢想阿修羅百烈破という物らしい。
武僧家と久々津家には、まったく同じ名前の技が大昔から伝わっていて、
武僧家では武技として、久々津家では傀儡の舞技として。
そして、それぞれ全く違う形をしている。
兄の話によれば、その双方がまた一つになる時こそ、この技の真の復活となる!
と、いつも私に熱弁していた。

兄は時々格闘バカになる。
普段は良い兄なのだが、格闘技にあまり興味の無い私にとっては、いい迷惑だった。


みぃネェがへばってきていたが、兄は止めようとしなかった。
これ以上続けても無駄だと、格闘技に詳しくない私でも明らかに見て取れた。
兄もみぃネェもやめる気がなさそうだったから、
私は腰を上げ、とっくに下校時間が過ぎてることを伝えることにした。

【舞】「兄様、もうとっくに下校時間過ぎてます。
    みぃネェも疲れてるみたいだし、今日はこの辺にしませんか?」
【士郎】「ん…、もうそんな時間か。けど、もう少しな気がするんだ。
     悪いが先に帰ってくれ。」

格闘バカモードの兄に、何を言っても無駄なのは分かっていたが、
こうもそっけなく返されると、温厚な私でもムッとする。
このまま普通に帰るのも癪なので、ちょっとからかって帰ろうと思った。

【舞】「みぃネェともっと一緒にいたいだけでしょ?舞にはわかってるんだから!
    邪魔物はさっさと帰りますよーっ!」

そう言うと兄の顔がみるみる赤くなっていった。
みぃネェも兄の反応に顔を赤くする。
図星か……。
私は深いため息を吐き、二人の反応にうんざりしつつも、その場を後にした。

釈然としない気持ちが心を満たしているのがわかる。
あの二人が仲良くしていることは、私にとってもとても嬉しいことなのに、
何か心に突っかかる物が感じられた。
振り返り兄様達の様子を伺ってみたが、もはや私は蚊帳の外。
二人は既に技の論議を始めていた。
寂しい?違う、そんなんじゃない。
どちらかというと、……怒りに近い。
なぜ?誰に対して?


【マトン】「ソレハ嫉妬でアルな」
【舞】「!?」

私はマトンに喋らせた覚えは無かったが、マトンが私に話しかけてきた。
私は立ち止まり驚愕とした表情、どちらかといえば恐怖かもしれない表情を
ハンドパペットに向け、それを凝視した。

左手のハンドパペットは動かない。
それはそうだろう、人形は勝手に動かない。
それが普通だから、喋るはずも無い。
私が無意識に喋らせた可能性もあるが、それにしても私が嫉妬をしているだって?

そんなはずは無い……。
そんなことあるはずが無い……。

そう自分に言い聞かせるも、心の隅にあった何かが徐々に大きくなり始めた。
それは、気にすれば気にするほど膨張の速度を上げ、瞬く間に心と頭を一杯にしてしまった。

苦しい……、息が詰まりそう……。
薄っすらと涙すら浮かんできた。

必死に押さえようとすれども、そうすればするほど制御が利かなくなる。
破裂というより溢れ出すという感覚が胸一杯に広がったかと思うと、
今度は逆に潮が引く様に胸の中に体が引きずりこまれそうになる感覚に襲われた。

私だって、兄様と一緒にいたい!
舞だって、大好きだったのに!

自然と押さえていた本心もとめどなく溢れ、もう蓋をするどころではない。
舞は、嫉妬を否定する事を止めた。

自分が嫉妬をしていることを受け入れ、大きく一度深呼吸をすると、
不思議と心が落ち着いてきたのを感じた。

そうだ……、私はいつも見ているだけで何もしていなかった。
それじゃ、私を見てくれるはずも無いよね。

舞は振り返り、運動場を離れていく二人の姿を見かけた。
練習用の丸太は片付けられていない。
二人は少し休憩するために運動場を離れているようだった。

舞は丸太の元に駆け寄り、そして初撃が入るだろう丸太を固定しているボルトを緩めた。

最初で失敗すれば、今日はもう続けないはず……。
これで一緒に帰れる……。




初撃が入るはずだった。
けれど、みぃネェがバランスを崩し一本ずれて、それが最後の一撃に変わってしまった。
ただ、それだけだったら何のことは無かった。
そこに兄がいなければ。

兄が丸太の下敷きになり、血を流している。
ピクリとも動かない。

私は何も考えられなかった。
何も話せなかった。
動けなかった。

みぃネェの叫び声が聞こえたような気がする。
けれど、私の耳が遠くなったのか、周りの音が良く聞こえなかった。

どれくらいの間、ここに立っていたのだろう。
気がつけば、救急車やらパトカーやらが止まっている。

誰かが私を呼ぶ声がした。
声のした方を向くと、しぃネェが私の肩を抱いていてくれた。
いつからそうしてくれていたのだろう。
それすら私には分からなかった。

みぃネェが私の足元で泣いている。
何で泣いてるの?

みぃネェがずっと謝っている。
何で謝っているの?

繰り返し繰り返し、ずっと涙を流しながら謝っている。

周りの状況を把握しようと辺りを見回すが、
学校の先生が警察の人と話をしているのが分かるくらいで、
なにも分からなかった。
そして不意に、全身に気だるさが襲い掛かり、
体から力が抜ける感覚がしたと思ったら、そこで私の意識が途切れた。



目を開けると、少し薄暗いが白い天井が見えた。
ベッドの上に寝かされているの?
ここは保健室?それとも病院?

【しのぶ】「……気分はどう?って、良くは無いよね。ごめん」
【舞】「しぃネェ?」
声のしたほうを見るとしぃネェが私の手を握って立ち、私の顔を見つめていた。
泣きはらしたのか、目が赤い。

私は再び天井に目を向け、しぃネェに話しかけた。

【舞】「あのね、しぃネェ。
    私、夢を見ました。
    兄様が丸太の下敷きになって、救急車で運ばれていく夢でした。
    みぃネェが暴れてました。
    でも、すぐに大人しくなって、私の元に駆け寄って、
    私を抱きしめて大声で泣いていました。」
【しのぶ】「……っ!」

しぃネェの目から涙があふれ出た。

【舞】「でも、私は涙が出なくて、
    きっと悲しいことが起きてるはずなのに、何も感じなくて。
    ただずっと……、みぃネェにしがみつかれてて。」

しぃネェは私の手を強く握り締めて、その場にしゃがみ込んでしまった。
握られた手が少し痛い。

【しのぶ】「……わかっ…、……わかったから!」
【舞】「しぃネェ、泣かないで。私は大丈夫。
    ……夢じゃ、無いんだよね?」

しぃネェが静かに一度頷いて、嗚咽を漏らして泣きだした。

私は体を起こし、しぃネェの頭を抱きかかえた。
自分でも分かるほどに、不自然に落ち着いていた。

その日は保健室の先生のご好意により、そのまま学校の保健室に泊まった。
しぃネェは、私と同じベッドに入り、ずっと私を抱きしめていてくれた。




兄様は、みぃネェの渾身の一撃により飛ばされた、ボルトが緩んでいた丸太が激突し、即死だった。
当たり所が悪かった。運が悪かった。
そんな言葉を警察の人から聞いた。

みぃネェは、私が気を失った時にパニックを起こし、そのまま病院に運ばれた。
今は比較的落ち着いているらしいが、それでも時々パニックを起こし、
病院で泣き叫んでいるとしぃネェに聞いた。


みぃネェは兄様のお葬式には来なかった。
というより、来られなかった。

あれから2週間くらいがたっているけれど、みぃネェはまだ病院で治療を受けているらしい。
難しいことは分からないけれど、しぃネェの話では心に大きな傷を負って、
それで考えることも出来なくなっていて、何を話しかけても反応を示してくれないらしい。

お見舞いに行こうとしたけれど、しぃネェに止められた。
今はそっとしておいた方が良いとのことだった。


私はというと、あの時から何も変わらない。
兄様のお葬式でも涙も出ず、特に感慨はなかった。

でも、ほんの少しだけ罪悪感を感じていたのかもしれない。
みぃネェが苦しんでいるのは、私のせいなのに、私は何も感じていない。
あの事故の原因を作ったという事については、私は何も感じていない。
ただ大好きなみぃネェを苦しませてしまったという事にだけ。

あれは偶然の事故だった。
だから誰かが悪いということは無い。
みぃネェが苦しむ道理は無いないはずなのに、苦しんでいるのはみぃネェだけ。

もし、悪い人がいるならそれは私。
私が全ての原因を作ったのだから。
それだけは、みぃネェに話さなければならない。

……そう思ってる。


最終更新:2008年01月23日 18:33