この二日、あまり眠れなかった。
家でごろごろしてても仕方ないので、はやめに学校に来てみたが……。
遊佐「うーん」
一昨日の事が浮かんでは消え浮かんでは消え。
落ち着かん。
遊佐「いらない……か」
どういう意味だったんだろう?
ましろちゃんは何を選ばないといけないんだ?
聖「おはよう。おや、遊佐はやいな」
遊佐「たまにはそう言う事もあるさ」
聖か……。
ちょっとほっとしたような残念なような。
遊佐「そういえば体の具合はどうなんだ?」
聖「大したことは無い。今はもう完璧だ」
遊佐「お前も丈夫なやつだな」
聖「あまり嬉しくない言葉だな」
遊佐「お前も女の子だしなぁ」
聖「しみじみ言うな」
ちょっと照れてる。
ちょびっとだけだが可愛いぞ。
聖「それより、何か元気ないように見えるが、どうかしたのか?」
遊佐「たまにはそう言う事もあるさ」
聖「まあ、遊佐も一応人間だったな」
遊佐「しみじみ思い出すなよ」
聖に説明しようにも、悩んでる内容が俺にも良く分からん。
とりあえず、ましろちゃんと話が出来れば何とかなるかもしれん。
ましろ「おはよう。聖ちゃん」
聖「おはよう。ましろ」
噂をすれば、だな。
遊佐「おはよう。ましろちゃん」
ましろ「おはよう」
ん?
いつもの笑顔、だけど……。
なんか、壁を感じるな。
とりあえず、会話の糸口を掴まなければ。
遊佐「えっと、その……」
何で今日はいつもみたいに気軽に言葉が出ないんだろう。
ましろ「何か用かな? 遊佐君」
遊佐「え? えっとその……」
ましろちゃんのいつもの笑顔。
いつもどおりに見える、けど……。
遊佐「なんでもない。ごめんね」
ましろ「そう」
にこにこと、ましろちゃんは微笑んでいる。
けど、感じ取ってしまった。
ましろちゃんは、俺を、拒絶している。
ましろ「聖ちゃん。怪我の方は大丈夫?」
聖「もちろんだ。ましろが居てくれるだけで絶好調だぞ」
ましろ「あはは。大丈夫で良かったよ」
隣でましろちゃんと聖がいつもどおりの会話をしている。
俺がその輪に入る前はこんな感じだったんだろう。
そうか、今の状態は、ましろちゃんにとっては元に戻った状態なんだ。
いや、違うな。
ましろちゃんが、元に戻したんだ。
不純物だった俺を取り除いて。
遊佐「……何でだろう?」
聖「ん?」
遊佐「いや、なんでもない」
聖の方が俺の方を気にしているってのも、妙な光景だな。
とりあえず、何も分からないまま諦めるのは納得できない。
何をって聞かれると困るけど。
どこか、俺が再び入り込むタイミングがあるはずだ。
それを待とう。
…………
……
全くタイミングがつかめないまま、昼休みになってしまった。
ましろ「杏ちゃん。お昼一緒に食べようよ」
ましろちゃんが、教室を出ようとしていた杏を捕まえて、食事に誘っていた。
杏「……いい」
ましろ「良いんだね。じゃあ、杏ちゃんはこっち」
ましろちゃん。杏は多分遠慮するって意味で『いい』って言ったんだと思うんだが。
杏「……昼食ないし」
何とか抵抗しているようにも見える杏。
ましろ「じゃあ、わたしの半分あげるよ」
てきぱきとお弁当の蓋におかずとご飯を半分ずつ乗せる。
でも、何か忘れてないか?
杏「……いや、箸ないし」
杏がつっこみいれた。
そうか、それが無かったんだな。
ましろ「用意してあるよ」
準備良いな……。
良く見れば、お弁当もいつもより大きい。
最初から杏誘う予定だったんだな。
杏「でも……」
ましろ「今日、いつもよりお弁当多いから、食べてくれないと残しちゃう事になっちゃうんだ」
杏「…………」
ましろ「だから、おねがい」
にこにこと杏にお願いするましろちゃん。
杏もとうとう折れたようで、ましろちゃんの正面の席に座った。
しぶしぶといった感じで箸を取る杏。
いまさらだけど、バリスタの時より静かだな。
ましろ「この兎のグリル。頑張って作ってみたんだけど、どうかな?」
杏「……美味しい」
楽しそうに(主にましろちゃんが)お昼ご飯を食べる二人。
ああ、もうだめだ。
居心地の悪さに、俺は逃げるように教室を後にした。
…………
……
遊佐「何でだろうなぁ」
本日何回目かの言葉を呟きながら、味気ないパンを齧る。
中庭の木陰でため息を吐く、青春な光景だろうな。
聖「ここにいたのか」
遊佐「急に現れるなよ」
いつの間にか、後ろに聖が立っていた。
聖「隣。良いか?」
遊佐「あ、ああ。良いけど……」
遊佐「ましろちゃんと一緒じゃなくて良いのか?」
聖「ましろは今、杏と一緒なのは知ってるだろう」
遊佐「ああ、そういえば」
聖「私があそこにいたら、杏は多分すぐにどこかに行ってしまう」
遊佐「あんまり仲良くないのな」
聖「まあ、ちょっと……な」
言葉を濁しながら、弁当を広げる聖。
遊佐「で、何で俺なんだよ?」
聖「聞きたいことがあってな」
ゆでカニの剥き身を上品に食べる聖。
意外と育ち良いんだな。
聖「ん? 食うか?」
遊佐「いや、遠慮しとく」
齧った奴を差し出されてもな。
遊佐「それより、聞きたいことがあるんじゃなかったのか?」
聖「ああ」
ちょっとした間。
言うかどうか悩んでるようにも見える。
遊佐「どうした? 答えられる事なら答えるぞ?」
軽い調子で先を促す、いつまでも暗い空気にしてるのも嫌だし。
聖「なあ、遊佐」
遊佐「ん?」
聖「ましろと何があった?」
何かあったか? じゃなくて、何があった? か。
まあ、聖はましろちゃんと付き合い長いし、分かるか。
聖「今朝からお前の様子は変だった」
遊佐「まあな」
聖「良く見ると、ましろも少しおかしい」
遊佐「……そうか」
聖「いつもと違って、全くお前を見ない、というか、眼中に入れようとしない」
聖「遊佐に関する話題は全く出ない、周りが出したとしても、ほとんど受け流している。
徹底的だなぁ。
聖「試しに聞いてみたんだ」
遊佐「ん?」
聖「遊佐に何かされたのか? ってな」
遊佐「俺が悪い前提なのな」
聖「まあ、当然だが……」
遊佐「まあ、聖はそうだろうな」
聖「何て答えたと思う?」
遊佐「んー……。『何も無いよ』かなぁ」
聖「いや、笑顔で『どうしてそんなことを聞くの?』と言われた」
聖「その笑顔が、私は……」
遊佐「ん?」
聖「…………」
何か良く分からないけど、迷っているように見える。
いや、違う。
あの聖が、怯えてる?
遊佐「一度感じたものを口に出すのが怖いんだな」
聖「…………」
遊佐「でも、そのまま溜め込んどくのは体に毒だぞ」
思ったまま伝えておく。
多分、聖は口に出したくないんだ。
その言葉を。
今まで築き上げたものを汚しそうで、言いたくないんだろう。
けど、多分、一度考えてしまった時点で、もう引き返せない。
言ってしまったほうが楽になる事もある。
聖「……私は……怖かったんだ……」
ちらりと見ると、聖が少し涙目になっていた。
聖「こんな……ましろにこんな事を感じた事も……怖かった……」
遊佐「無理するな」
ぽんぽんと頭を撫でてやる。
聖「私は、本当に……今まで、ぐすっ、ましろを……見てたんだろうか……」
聖の涙腺が崩壊した。
遊佐「胸貸そうか?」
聖「うるさい。馬鹿」
文句言いながら本当に俺の胸で泣く聖。
あーあ……。
聖の嗚咽がある程度納まるまで、あまり時間はかからなかった。
遊佐「聖」
聖「ぐじゅっ、何だ?」
遊佐「俺は、ましろちゃんに切り捨てられたらしい」
聖「?」
遊佐「俺は、ましろちゃんが『選択』するのに、邪魔になるらしい」
遊佐「だから、いらなくなったそうだ」
聖「選択するって何をだ?」
遊佐「わからん」
ていうか泣き止んだなら離れてくれるとありがたいのだが。
遊佐「俺も何で切り捨てられたのか、良く分からない」
遊佐「ましろちゃんに話を聞きたかったんだけどね」
遊佐「多分、聖が見たのと同じ笑顔で、俺は聞けなかった」
胸元の聖が、思い出したのかピクリと震える。
遊佐「あの笑顔ってさ、すごい圧力あったよね」
聖「ああ」
遊佐「他人の心なんて分からないものだけど、ましろちゃんのは凄いね」
遊佐「ましろちゃんは一体何を考えてるんだろう?」
聖「…………」
分からない。
分かるわけもない。
遊佐「落ち着いたか?」
聖「いや、もう少し」
冷静に受け答えしてるように聞こえるんだが……、
き~んこ~んか~ん
遊佐「昼休み終わったぞ?」
聖「たまにはサボらせろ」
優等生の聖とは思えない言葉だな。
まあ、俺も授業に出る気力はない。
遊佐「というか、教室に戻りたくないなぁ」
聖「遺憾だが同感だ」
結局、6時限目前まで中庭で過ごす事になった。
最終更新:2009年02月04日 18:40