遊佐「おはよう」
ましろ「おはよう」

週明けの教室。
割りと早めに登校してみたのだが、教室の生徒はまばらだった。

遊佐「中島と杏はともかく、聖が居ないのが意外だな」
ましろ「ああ、聖ちゃんなら今日は部活に出てるよ?」
遊佐「ほうほう」

そういえば一応あいつ部活やってたんだったなぁ。
まあ、どうでもいいけど。

ましろ「あ、そうだ」
遊佐「何?」
ましろ「実はね」

ちょいちょいと手招きされて、ましろちゃんに耳を寄せる。

ましろ「わたしの計画も挫折した事だし、聖ちゃんを回収しようかと思ってるんだけど」
遊佐「とりあえず突っ込みいれておくけど、回収って妙な言い回しだね」
ましろ「まあ、それはおいといて、このまま聖ちゃんだけ除け者にしておくのはかわいそうだし」
遊佐「まあ、確かに」
ましろ「で、そうすると自然に問題が発生しちゃうわけだけど……」
遊佐「問題?」

はて?

ましろ「うん。それを解消するのに手伝ってもらえるかな?」
遊佐「まあ、構わないけど?」

問題って何だろう?

ましろ「じゃあ、一限目が終わったら、西校舎3階の通用門方向にある端っこの教室に連れてきてね」
遊佐「凄く具体的な場所だけど、屋上とかじゃダメなの?」
ましろ「うん。ここじゃないとダメ」
遊佐「分かった」
ましろ「呼び出す内容は……うーん。わたしが仲直りの話したがってる辺りで」
遊佐「りょーか~い」
ましろ「後、お手洗いとか全部済ませるように言っておいてね」
遊佐「らじゃー」
ましろ「それじゃ準備とかしてくるよ」
遊佐「いってらっしゃい」

ましろちゃんがとてとてと出て行くと、入れ替わりで聖が入ってきた。

遊佐「おはよう」
聖「あ。おはようって、遊佐?」

出て行ったましろちゃんに気を取られて俺に気づいてなかったらしい。
薄情な奴め。

聖「珍しいな。お前がこんな早くに」
遊佐「まあ、そう言う事もたまにはある。褒めて良いぞ」
聖「はいはい」

肩をすくめて席につこうとする聖。

遊佐「あ、そうだ」
聖「なんだ?」
遊佐「昨日はありがとな」
聖「ん?」
遊佐「ほら、デートの時のことだ」

闇討ちを防いでくれたのは多分聖だろう。

聖「ああ、気にするな。本当はお前を監視してたんだから」
遊佐「俺かよ!」
聖「当たり前だ。思ったより健全な交際でほっとしたが」
遊佐「俺のイメージどうなってんだよ」
聖「聞きたいか?」

…………。

遊佐「いや。良い。聞いたら多分泣きたくなるだろうから」
聖「そうか」
遊佐「ともかく、ありがとうな。音は聞こえたんだが、動けなかった」
聖「問題ない。しかし、今度からあの程度の球は防げよ」
遊佐「いやぁ。不意打ちだったし」

そこまで俺は武術の心得なんかないぜ!
威張れる事でもないが。

遊佐「あれってやっぱり、ましろちゃんのファンの群れ?」
聖「ああ、鳥山の、えーっと……ましろを何とかの会だな」
遊佐「ああ、あの人もしつこいな」
聖「しかし、意外と今回の目的はお茶目な物だったようだ」
遊佐「というと?」
聖「暴力じゃなくて、寝込んでるお前に落書きするつもりだったらしい」
遊佐「急に子供の悪戯レベルまで下がってるな」
聖「まあな。それくらいならやらせてもよかったかな? とか思っている」
遊佐「でも、弁解がそれで本当は違う可能性もあるんじゃね?」
聖「いや、私が止めに入った時、全員油性のサインペン持ってたが?」

……それはそれで怖い光景だな。

聖「多分だが、甲賀先輩と先生方の圧力があるんだろう」
遊佐「なるほど」
聖「だから、悪戯レベルはあるだろうが、暴力系統はもう無いと思うぞ」
遊佐「それはそれでたちが悪いと思うんだが」
聖「まあ、冗談で済むレベルだとは思う。鳥山は3年で内申とかもあるし」
遊佐「そういうの気にするなら、真面目に勉強しろと言いたいところだが」
聖「鳥山は意外だが成績良いから大丈夫なんじゃないか?」
遊佐「そうなのか?」
聖「有象無象のましろファンを纏め、闇売買とかも制圧してるから、意外とあいつは凄いみたいだ」
遊佐「闇売買って何だ?」
聖「ましろ隠し撮り生写真とかの売買ルートだな」
遊佐「そんなもんあったのか」
聖「ああ、わたしも良く利用してたんだが、鳥山に潰されてな」
遊佐「利用するなよ!?」
聖「何故だ?」
遊佐「不思議そうに聞くな!」

つーかまさか……

遊佐「妙に詳しいと思ったら、それが原因で調べたのか?」
聖「うむ、そうだ」

自信満々に答えるなよ……。

遊佐「お前も鳥山も、その能力をもっと他に活かせばいいのに……」

凄い人間になれたかもしれないのに……。

聖「ことわざにもあるだろう? 好きこそ物の上手なれ。と」
遊佐「微妙に何か違う気がするけど、もういい……」

ましろちゃん関連に関しての情熱は凄いな。
無駄なくらい。

遊佐「あ、そうそう」
聖「何だ?」
遊佐「ましろちゃんが仲直りの話をしたいらしいぞ」
聖「本当か!?」

近い! 顔が近い!

遊佐「で、場所指定されたから後で連れて来る様に言われた」

ずりずり後ろに下がる俺。

聖「ああ、私ならいつでもましろを歓迎すると言うのに……」

何かうっとりしながら言うなよ。
キモイぞ?

聖「キモイ言うな」

心読むな。

聖「というか、私とましろの仲直りに、何でお前が必要なんだ?」
遊佐「知らん」
聖「場所を教えてくれれば一人で行くぞ」
遊佐「連れてこいと言われてるんだから仕方ないだろ」
聖「ちっ、気のきかん奴め」

俺の責任かよ。

遊佐「で、次の休憩時間らしい」
聖「場所は?」
遊佐「お前、教えたら一人で行くつもりだろ」
聖「ちっ」

何か問題解決に必要らしいから、一人で行かせるわけにも行かないな。

遊佐「あー。そういえば」
聖「まだ何かあるのか?」
遊佐「何か、事前にトイレとか済ませておくようにって言ってたぞ?」
聖「トイレ?」
遊佐「うん」
聖「……といれ?」

何か考え込んでる。
まあ、俺にも意図は良く分からないわけだが。
聖の顔が赤くなった。
……なんで?
何か視線がはるか彼方に飛んでいった。
うーん。空は雲くらいしかないぞ?
聖がにへらって笑った。
何なんだ? 結構長いぞ?
よだれまで垂らし出した。
怖くなってきたんだが……。
…………。
ひょっとして考え事から妄想に切り替わってる?

聖「はっ!」
遊佐「おかえり」

やっと現実に戻ってきたか。

聖「今のは中々良かった。マイメモリーに保存だ」
遊佐「まだ、現実に戻りきってないのな」
聖「はっはっはっ。仲直りか。うんうん」
遊佐「何かテンションおかしいぞ?」
聖「そうかそうか、ちゃんと準備しとかないとな♪」
遊佐「おーい……?」

るんるんと席に戻っていく聖。
俺の声聞こえてねぇな。

遊佐「ま、いいか」

とりあえず聖の妄想が実現する事はないし。
授業もうすぐだし。

…………
……

授業終了っと。

聖「遊佐!」
遊佐「ん?」
聖「さあ! 案内しろ!」
遊佐「テンションたけーなオイ」

前にましろちゃん怖いとか言ってた癖に。

遊佐「そういえば、トイレとか済んだのか?」
聖「むっ」

忘れてたのか。

聖「待ってろ。すぐ戻るからな!」
遊佐「何なら女子便所の前で待ってても良いが」
聖「殺すぞ♪」
遊佐「すんません」

笑顔でドス効いた声出すなよ。

聖「じゃ、いってくる!!!!!!111」
遊佐「おう、いってらっしゃい」

まあ、その間に次の授業の準備でも。
んーっと、教科書は~っと。

聖「いってきた!!!1!!」
遊佐「はやっ!?」

30秒経ってない気がするんだが。

聖「さあ、行こうじゃないか」
遊佐「ノリノリっすね」
聖「良いから案内しろよ。このタコスが♪」
遊佐「すんません」

聖のキャラが激しく変わってる。
どうしよう?
…………正直怖いです。

遊佐「という訳でついたわけだが」
聖「ここは使われていない西校舎ヒミツの教室だな」
遊佐「ヒミツなのか?」
聖「ヒミツなんだ」
遊佐「どの辺が?」
聖「ヒミツだ」

謎の多い学校だな。

遊佐「まあ、入るか」

扉を開けようと手を伸ばした瞬間。

ガラっ! どんっ! どがっしゃぁぁぁ!

遊佐「痛い……」

突然扉が開いて何かが飛び出してきた。

聖「大丈夫か? って、杏?」

若干チカチカする視界には、俺に馬乗りになって頭を押さえている杏が居た。

ぱしゃっ。

なんか今度はフラッシュが飛んで来た。

ましろ「聖ちゃん。杏ちゃんを捕まえてね」
聖「へ? あ、うん?」

きょとんとしながら杏の腕を掴む聖。

ましろ「じゃあ、みんな教室はいってね~」

杏を立ち上がらせて教室に押し込むましろちゃん。
展開の早さにみんなきょとんとしている気がする。

ましろ「遊佐君も、こっちこっち」
遊佐「あ、うん」

教室の中には何も無かった。
机も椅子もない。
けど、それだけで普通の教室だなぁ。

ましろ「うん。これで揃ったね」

満足げに頷くましろちゃん。
何故かその手には、写真部とテープの張られたカメラがあった。
教室の向かって奥の方に聖と杏、少し離れて俺とましろちゃん。
何となく意図的なものを感じる俺。

ましろ「という訳で今日の議題を改めて説明するね」

何となく楽しそうに言うましろちゃん。
だけど、いやな予感しかしないのは何でなんだろう?

ましろ「えー。今回、聖ちゃんと遊佐君によって、わたしの計画は頓挫してしまいました」
ましろ「大変残念な事です」

うんうんと頷きながら、でもやっぱり嬉しそうに言う。

ましろ「という訳で計画を諦め、新たな計画に乗り出すわけです」
遊佐「せんせー質問」
ましろ「はい。遊佐君」
遊佐「何でその喋り方なんですか?」
ましろ「何となく」
遊佐「さいですか……」
ましろ「で、計画ですが、この計画を行なう理由を先に説明しておきます」
遊佐「ふむふむ」
ましろ「頓挫した計画と現状から、聖ちゃんをまっしーと愉快な仲間達に再編する事になります」

自分でまっしーって言っちゃったよ。

ましろ「しかし、そうすると一つ問題が発生するわけですよ」
聖「問題?」

あ、やっと聖が喋った。

ましろ「うん。大きな問題だよ」
聖「私は何があろうとましろと仲直りするのに躊躇ったりしないぞ?」
ましろ「うん。聖ちゃんはそう言ってくれると分かってたよ」
聖「じゃあ、何が問題なんだ?」

うむ。俺も疑問なんだが。

杏「この状況見て気づかない?」
聖「この状況?」

うーんと。
この部屋に居るのは、俺とましろちゃんと聖と杏。
ん?
そういえば何で杏いるんだ?

聖「……まさか」
遊佐「ん? 何か分かったのか?」

まだ分かってない俺に、杏がため息はいてる。

ましろ「うん。聖ちゃんも分かったみたいだね」
遊佐「分かってないの俺だけ?」
ましろ「と、言うわけで」

え? スルー?

ましろ「杏ちゃんに先に言っておくけど、また逃げようとしたら、さっき撮った写真にタイトルつけてばら撒くよ」
杏「さっき?」



ましろ「タイトル『遊佐を襲う不良少女』」
杏「!?」

そういえば、さっきのフラッシュ。

ましろ「念のために用意しておいたけど、ばっちり役に立ったね」
遊佐「さっきってひょっとして扉で衝突した時のあれ?」
ましろ「そうだよ。絵柄だけ抜き出したら、まさしくタイトル通り!」

ばーんと自信満々に答えるましろちゃん。

ましろ「と、言うわけで」
遊佐「ふむふむ」
ましろ「これから杏ちゃんと聖ちゃんに胸のうちを全て話してもらいます」
遊佐「へ?」

杏と聖?

ましろ「言ったよ? 私は『仲直りについて話がしたい』って」
遊佐「あー。じゃあ、そこの主語って」
ましろ「杏ちゃんと聖ちゃん」
遊佐「なるほど……」

綺麗にだまされた。
いや、ましろちゃんは嘘ついてないけど。

ましろ「そしたら杏ちゃんに感づかれて、危うく逃げられるところだったよ」
杏「…………」

杏はぶすっとした様子だ。
まあ、だろうな。
聖もぽかんとしている。

ましろ「んじゃ、これからしばらくこの部屋で二人で話しててね」

ましろちゃんに押し出されるように教室から出て行く俺。

ましろ「お昼休みには迎えに来るからね」
聖「ちょっ。ましろっ!?」

ばたんっ がちゃり

丁寧にカギまでかけるましろちゃん。

聖「ましろ! 待ってくれ!」

聖が中で騒いでるけど、ましろちゃんは気にせず教室の中に向けて声をかける。

ましろ「話し合いが終わって姉妹愛を見せてくれるまでは出さないからね~」
遊佐「ひどっ!?」
ましろ「先生方への根回しも終わってるから、騒いでも誰も出してくれないからね~」
遊佐「マジデ!?」
ましろ「マジだよ♪」

ましろちゃん。恐るべし……。

ましろ「一限目前に東奔西走したからね」
遊佐「なるほど」
ましろ「先生の朝礼に割り込んで事情を説明したり大変だったよ」

えっへん。と胸を張る。

遊佐「ところで、昼休みには迎えにって言ってたけど、3時間近くあのまま?」
ましろ「そうだよ。だからお手洗いとか先に済ませておいて貰ったんだ」
遊佐「な、なるほど……」

本気のましろちゃんは……やはり怖いかもしれない。

遊佐「でも、3時間も閉じ込める必要あるの?」
ましろ「うーん。3時間で足りるかも不安なんだけどね」
遊佐「へ?」
ましろ「ダメだったらお昼ご飯差し入れしてさらに続行になるよ」
遊佐「そんなに?」
ましろ「だって、簡単に仲良しになれるなら、もうとっくになってると思うし」
遊佐「まあ、そうだけど……」
ましろ「二人きりで閉じ込めておけば、ずっと黙ってもいられないから、その内なんとかなると思う」
遊佐「ましろちゃんにしては弱気だね」
ましろ「まあ、こればっかりは当人達次第だしねぇ」

まあ、確かにそうだ。
聖、杏。意地張らずに打ち解けないと今日一日出れないぞ……。

先生「あ、柊。ここに居たか」

階段下りようとしたら先生が居た。

ましろ「先生? どうかしたんですか?」
先生「ああ、ちょっとお前を呼んでる人がいるから呼びに来た」
ましろ「わたしを?」
遊佐「校内放送とか使ったほうが早いんじゃ?」
先生「あー、いや、そのなー」

ん? こっちチラチラ見てるけど。
なんだろ?

ましろ「んー。遊佐君なら構いませんから、どうぞ」
先生「ん? そうか?」

他の人に聞かれない方が良いような話なのか?
って、それどんな人だよ。

先生「あー。ほら、柊んとこの家庭事情に関係する事だからな」
遊佐「ああ、それならある程度知ってますよ?」
先生「何だ。そうなのか? じゃあ、いいか」
ましろ「どうぞどうぞ」
先生「呼んでる人ってのがなー。柊のお父さんだった人なんだわ」
遊佐「へぇー」

そういえばましろちゃんの家って離婚してたんだっけ?

ましろ「用件の方は何だったんですか?」
先生「いや。何かあんまり話してくれなくて、とりあえず話がしたいって言ってるんだが」
ましろ「いえない用件とかですかね?」

心なしかましろちゃんの声が冷たいのは、気のせいではないだろう。

先生「分からん。学校としては柊の心情を鑑みて、お断りしたんだが……」
ましろ「しつこくてお手上げ状態ってところです?」
先生「ああ、すまんな。一応断ってくれても構わないぞ。こっちで追い払うし」
ましろ「いえ、一応会っておきます。これから通われても困りますし」
先生「助かる。じゃあ、応接室まで頼むぞ。担任の先生がついててくれるし」
ましろ「心遣いありがとうございます」
先生「何かあったら学校に言ってくれよ」
ましろ「はい」
先生「それじゃ」

先生はそのまま駆け足で階段を下りていった。

遊佐「うーん。この学校って意外と生徒のケアが行き届いてるんだなぁ」
ましろ「そうだねぇ」
遊佐「とりあえず行こうか?」
ましろ「ん? 遊佐君もついてくるの?」
遊佐「まあ、一応? 迷惑ならやめとくけど」

ましろちゃんが少し首をひねって考える。

ましろ「うーん。先生もいるって言ってたしなぁ。まあ、良いかなぁ」
遊佐「あー。そういえば先生立ち会うんだったっけ?」
ましろ「だねぇ」
遊佐「ましろちゃんとしては先生居ない方がすぱーんと色々言えるんじゃない?」
ましろ「あはは。まあね」

わらって誤魔化すけど、あの冷たい圧力は先生が居たら出せないだろうなぁ。
って、あれ?

遊佐「何か追い返す前提で俺考えてたや」
ましろ「もちろん追い返すよ?」

さっぱり答えられた。
さすが真ましろちゃんだ。

ましろ「とりあえず、邪魔の入らないところで話をするようにすれば大丈夫だと思う」
遊佐「というと?」
ましろ「外堀埋められる前に本音をぶつけて貰わないと、対処しづらいからね」
遊佐「ふむ?」
ましろ「つまり、先生方にわたしとあの人が仲良しに見えるようになったらお手上げって事」
遊佐「なるほど」
ましろ「多分向こうはわたしに何かの用事があるだろうから、それを最初にぶつけれる状況を作るんだよ」
遊佐「……ましろちゃん」
ましろ「なに?」
遊佐「凄いというか、もう怖いよ?」
ましろ「嫌いになった?」
遊佐「いや、前から知ってたから大丈夫」
ましろ「残念」

全然残念そうじゃない言い方。
何だかんだで信用されてるのかなぁ。

ましろ「まあ、わたしの計画を打ち砕いたんだから、認めてあげてるんだよ」
遊佐「顔に出てましたか」
ましろ「出てましたね」

まあ、多少仲良くなれたみたいだし良しとしとこ。

ましろ「それじゃ、さくさくいこう」
遊佐「そうだね」

言葉とは裏腹にのんびりと向かう俺たち。

…………
……

先生「あ、柊……と遊佐?」
遊佐「ども」
ましろ「遊佐君も同席してもらって良いですか?」

待ってた先生に開口一番ましろちゃんが提案する。

先生「んー。まあ、柊が良いなら構わんが……なんでだ?」

まあ、当然の疑問だよな。

ましろ「遊佐君は彼氏ですから」
先生「へ?」

先生がぽかんとしてる。
俺もだが。

先生「えー。あー。その、何だ」
ましろ「なんですか?」
先生「いや、えーっと、確か校則が……」
ましろ「不純異性交遊の禁止ですね?」
先生「そうそう」
ましろ「大丈夫です。ちっとも不純じゃないですから」
先生「へ?」
ましろ「母公認ですし、キスもしてませんよ?」
先生「あ、そうなのか?」

いや、先生が疑問形で聞くのもどうよ?

先生「じゃあ、別に良いか」

納得するのかよ!

先生「じゃあ、一応先に入って話しておくから、心の準備とかしておきなさい」
ましろ「はい」

にこにこと頷くましろちゃん。
先生は困った表情で中に入っていった。

遊佐「公言して良かったの?」
ましろ「先手必勝だよ」
遊佐「何に勝つというのか……」

まあ、公言しても別に問題ないらしい。
何かましろちゃんの事が前より分からない気がするよ。

先生「ああ、二人とも、入って良いぞ」

あ、先生出てきた。

ましろ「はい。失礼します」
遊佐「失礼します」

応接室には座り心地の良さそうなソファに座った男性が一人。
これがましろちゃんのお父さんだった人か。
ルックスはそこそこだが、ましろちゃんの過去の話からしても、良い人じゃないっぽいな。

まし父「ましろ!」

嬉しそうに立ち上がり、ましろちゃんに駆け寄る。
抱きつこうとしたのを、ましろちゃんが手で制した。

ましろ「何か御用ですか? 伊従さん」

いより? それが名前なのか?

伊従「そんな他人行儀な呼び方しなくても良いじゃないか? 昔みたいにお父さんと呼んでくれよ」
ましろ「用事がないなら教室に戻ります」

顔全体にいやそーな表情を作るましろちゃん。
演技半分とはいえ凄いなぁ。

伊従「すまない。もう少しだけ……おや? 彼は?」

ようやく俺が目に入ったらしい。
まあ、入らなくても良いんだが。

ましろ「彼は遊佐君。クラスメイトでわたしの彼氏です」
伊従「彼氏!?」
ましろ「何か問題でも?」
伊従「い、いや。そうか。もうそんな年か」

何か誤魔化してるけど、表情にムカっとした様子が映っている。

伊従「ま、ましろ。母さんはこの……」
ましろ「母は彼のことを知っています」

見事に取り付く島なし。といった感じだな。

伊従「そ、そうか」

完全にましろちゃんが空気を支配している。
先生が居るから支配方法が違うけど。
ましろちゃんに肘で突っつかれた。
何かいった方がいいのかな?

遊佐「えっと、遊佐です。初めまして」
伊従「あ、ああ。私はましろの父の伊従渚だ」

いよりなぎさ?
いよりって苗字だったのか。
すると、ましろちゃんの柊はお母さんの旧姓か。

ましろ「それで、用件は何ですか? 伊従さん」

苗字強調してる。
まあ、牽制と言ったところか。

伊従「あ、ああ。いや、その……」

ペースを掴まれた伊従さんはまごまごしている。

ましろ「特にないのなら戻らせていただきますけど?」
伊従「ま、まってくれ」

わざとらしくため息をつくましろちゃん。
形無しだな、伊従さん。

ましろ「埒があきませんね」
伊従「ぐっ」

ああ、傍目で分かるくらい伊従さんがイラついてる。
先生も眉根をしかめているけど、視線は伊従さんだから、先生もこっち側か。
言葉だけ聞いてるとましろちゃんが冷たく対応してるだけに見える。
けど、伊従さんの放つ空気が剣呑としてるからなぁ。

ましろ「明日にでも話す時間を設けますので、その間に整理しておいていただけますか?」
遊佐「え?」
先生「へ?」
伊従「む?」

三人揃って似たような反応。
この流れでは正直わけが分からん。

ましろ「明日の放課後、近くの公園で待ち合わせで構いませんか?」
伊従「え? あ、ああ。別に今日でも……」
ましろ「いえ、母にも話をしないといけませんから」
伊従「わ、分かった」
ましろ「では、これで失礼します」

すらすらとあしらって外に出て行くましろちゃん。
俺も後ろについていく。
そして先生も出てくる。

遊佐「って、先生出てきて良いんですか?」
先生「あ」

呆然としてたらしい。

先生「いやー。すまんすまん。柊の対応に感心してたらつい」
ましろ「慣れない事してちょっと疲れました」

二人は何だか楽しそうに笑いあっている。
俺だけ置いてけぼりだ。

先生「ああ、明日付き添おうか?」
ましろ「いえ、大丈夫です。二度と来ないようにしておきますから」
先生「はははっ。何だか怖い言い方だな」

うん。俺もちょっと怖いっす。

先生「じゃ、俺は後の対応やっておくよ」
ましろ「はい。お願いします」

先生が部屋の中に戻っていくと、ましろちゃんからどっと力が抜けた。

遊佐「お疲れ様」
ましろ「うん~。さすがに疲れたよ~」
遊佐「次の授業始まってるみたいだけどどうする?」
ましろ「ちょっと休憩する~」

ましろちゃんがへなへなだな。
俺もサボろ。

遊佐「じゃあ、中庭辺りかなぁ」
ましろ「そうだねぇ」

へなへななましろちゃんを連れて中庭に移動。

遊佐「凄いへにゃへにゃだね」
ましろ「うん~。限界まで気力使ったよ~」
遊佐「限界まで?」
ましろ「前に遊佐君にもやったアレだよ~」
遊佐「アレ?」
ましろ「他の人に気づかれないようにプレッシャーかけるやつ」
遊佐「ああ、アレか」

アレは効くな。確かに。

ましろ「アレ疲れるんだよね~」
遊佐「まあ、先生居たしねぇ」
ましろ「遊佐君だけだったら、あまり気にしないで済むんだけどねぇ」
遊佐「でも、巻き込まれて食らうのは勘弁したいな」

アレは地味に心に痛い。

遊佐「あー。だから、伊従さんは反応グダグダだったんか」
ましろ「多分ね~。混乱するような状況にもしたし~」
遊佐「というと?」
ましろ「先制パンチで彼氏宣言」
遊佐「ああ、なるほど」

先生に言ったのは、そのための布石だったのか。

遊佐「しかし、本当に何しに来たんだろうね」
ましろ「さあ? 離婚してから一度も会ってなかったけどねぇ」
遊佐「そこまでほっぽっといて、いまさら会うってのは裏ありそうだな」
ましろ「多分ありまくりだと思うけどねぇ」
遊佐「うーん。金でもせびるつもりとか?」
ましろ「その辺しか思い浮かばないねぇ」
遊佐「いまさら、よりを戻したいってな話、あるわけないしねぇ」
ましろ「無いねぇ。お母さんも無いっぽいし~」
遊佐「ああ、お母さんも未練ないんだ?」
ましろ「わたしに遠慮してるみたいだけど、会社で良い人いるみたいだよ?」
遊佐「へぇ~」
ましろ「せっかく頭痛の種が減ったと思ったのになぁ」
遊佐「ひょっとして種の一つって俺だった?」
ましろ「うん~」
遊佐「あっさり認めないで欲しいなぁ」
ましろ「まあ、それの原因の一部は、わたしにあったから、仕方ないんだけどねぇ」
遊佐「原因って?」
ましろ「あー。ちょっとまって」

へにゃへにゃだったましろちゃんが、自分のほっぺたを抑えてムニムニしだした。

ましろ「むにむにむにむに……」
遊佐「?」

ちょっと変な光景だけどとりあえず黙っていよう。
何かリスが頬袋押さえてるみたいで可愛いし。

ましろ「うん。復活」

消えかけてたオーラがちょっぴり復活していた。

ましろ「で、何だっけ?」
遊佐「ああ、原因って何? って」
ましろ「ああ、アレね」

さっきから代名詞が飛びかってるけど、分かるから良いや。

ましろ「うん。アレはわたしがちょっと感情に振り回されて起きちゃった事だからね」
遊佐「ちょっとした騒動だったよ。俺的に」
ましろ「あはは。ごめんね」
遊佐「まあ、おかげでこうして、ましろちゃんの彼氏と公言されたから良いけどね」
ましろ「ポジティブだねぇ」
遊佐「それに、その結果から、聖と杏の姉妹愛計画も進んでる訳じゃない?」
ましろ「うん~。元通りにといっても、杏ちゃんをぽいっと捨てる必要もないしね」
遊佐「じゃあ、結果おーらいって事で良いんじゃない?」
ましろ「聖ちゃんと杏ちゃん次第だねぇ」
遊佐「前より悪化してたらどうする?」
ましろ「あー。それは困るね」

その可能性は考えてなかったのか。

ましろ「まあ、その時はその時だねぇ」
遊佐「ましろちゃんらしくない言葉だね」
ましろ「できることはやったつもりだから、後は天命を待つだけだよ」
遊佐「ふむふむ」

確かに、ましろちゃんは出来るだけの手を打ったんだろうな。
杏の事は良く分からないけど、ましろちゃんはある程度理解してるようだし。
かなり強硬な手段だし、勝算あっての作戦だろう。

遊佐「そういえば、明日同席しようか?」
ましろ「うーん……」

ちょっと考え込むましろちゃん。

ましろ「…………」
遊佐「…………」
ましろ「すぴー……」

寝てる……。
まあ、疲れたって言ってたしなぁ。
一人で考えてみるか。
うーん。
今回俺を同席させたのは、混乱させるためで、他に役には立ってない。
じゃあ、居ない方が良いか?
それも微妙だなぁ。
相手は一応父親とはいえ、男だし、腕力では敵わない。
とはいえ、俺が腕に自信があるかというと、そんな事はないわけで。
うーん。
正面からやりあって、勝てるかといわれると微妙。
じゃあ、不意打ちか。
いやいや、闇討ちしてもしょうがないだろ。
んー。
ああ、そうか。
隠れてれば良いじゃん。
話し合いではあまり役に立たないし、有事に正面から喧嘩したって微妙だ。
じゃ、有事に備えて俺は近くの茂みとかに隠れてよう。

遊佐「うむ。完璧」
ましろ「ふえ?」

あ、ましろちゃんが起きた。

遊佐「おはよう」
ましろ「うー? おはよう」

少しぽやんとした状態。
可愛いなぁ。

ましろ「あー。ごめんね」
遊佐「大丈夫?」
ましろ「ちょっと気が抜けてたみたい」
遊佐「まあ、たまには良いんじゃない?」
ましろ「もう大丈夫だよ~」
遊佐「りょーかい」
ましろ「えーっと。何を話してたっけ?」
遊佐「ああ、明日のプランだけど」
ましろ「あー。そっか」
遊佐「俺隠れて見守ってる辺りで良いかな? と」
ましろ「ん。なるほど」

俺の考察を即座に把握したっぽい。
ましろちゃん。恐るべし。

ましろ「うん。それでお願い出来るかな?」
遊佐「もちろん」
ましろ「正直、遊佐君の出番が来ないほうが平和で良いんだけどねぇ」
遊佐「まぁね」
ましろ「じゃあ、もうちょっと休憩したら戻ろうよ」
遊佐「あいよ」

…………
……

今日は色々忙しいなぁ。
と、昼休み、二人を閉じ込めてある教室の前に立って思う。
ちなみに扉には『聖&杏仲良し計画ちう! 邪魔しちゃダメ』と、ハートマーク付きで張り紙が張ってあった。

ましろ「じゃあ、あけるね」
遊佐「うん」

ましろちゃんがこそこそと、音が立たないように鍵を開ける。

ましろ「静かにね?」
遊佐「らじゃ」

そーっと、扉を少し開ける。
スキマから二人並んで中を覗き込む。
これ、誰かに見られたら間違いなく通報されるな。
それはともかく、中の様子は、と。
静かだ。
逃げたかな?
あ、聖居た。
杏もちょっと遠いけどいる。
うーん。しんみりというか何と言うか。
まあ、険悪な雰囲気というわけではないから、良いのか?

聖「もう昼休みだな」
杏「……うん」
聖「ましろ達遅いな」
杏「……そうね」

うーん。普通の会話だ。
作戦成功かどうなのか良く分からないなぁ。

がらっ

ましろ「じゃーん!」
遊佐「あ」

急にあけられて前のめりに倒れる俺。

聖「ましろぉぉぉぉ!」
遊佐「ぐぇっ」

そんな俺を踏みつけてましろちゃんに近づく聖。
何とか上を見ると聖のパンツ見えてるんですが……。
こいつ、素で気づいてねぇな……。

杏「…………」
聖「何だ? 杏?」

ちょいちょいと聖をつつく杏。

杏「踏んでる」
聖「何を?」

言われて足元を見る聖。

遊佐「やぁ」
聖「遊佐? そんなところで何をしている?」
遊佐「とりあえず、どいてくれないか?」
聖「ああ、すまない」
遊佐「後、かにぱん柄の下着なんかどこで売ってたんだ?」
聖「死ね」
遊佐「ああああああああっ、体重かけるなっ、捻りくわえるなっ、そこはらめぇぇぇぇぇぇっ」
聖「死ねっ死ねっ!」

がすがすとケリというか踏み付けを繰り返す聖。
悲鳴をあげる俺をよそに、ましろちゃんは杏の手を取って喜んでいた。

ましろ「どうやらわたしの計画は上手くいったみたいだね!」
杏「ましろには敵わない。諦めてるから」

誰か止めろよ!

ましろ「あ、聖ちゃん。その辺にしとかないと遊佐君死んじゃうよ?」
聖「ましろ。こんな奴は死んでも良いんだ。いや、むしろ死ぬべき」
ましろ「あはは。目が笑ってないよ? 聖ちゃん」
遊佐「杏。たすけ……」
杏「いや」

ここには鬼しか居ないのか!?

聖「死ね! 死ね! いっぺん死んでもう一回死ね!」
遊佐「いやぁぁぁぁぁっ! おかあさぁぁぁぁぁんっ!」

再び激しく踏みつけられる俺。

ましろ「やっぱり聖ちゃんと遊佐君は仲良しだねぇ」
杏「そうね」
聖&遊佐「どこが!?」
ましろ「息もぴったりだし、やはり遊佐君と聖ちゃんをくっつけるべきだったか」
杏「そうね」
聖「勘弁してくれ。私はましろ一筋だぞ」

ぐっとましろちゃんににじり寄って、捨てられた子犬のような視線を向ける聖。
ましろちゃんは冗談半分で言ってるみたいだけど、おかげで開放された。

遊佐「死ぬかと思った」
杏「そうね」

杏。お前さっきからそれしか言ってないぞ。

遊佐「とりあえずは大団円って事でいいんかなぁ」
杏「そうね」

……杏。もう良いよ……。
最終更新:2008年08月15日 18:42