遊佐「杏の、いや、お前達の事なんだ」
意を決して、杏の話を聖に伝える事にした。
きっと、大丈夫。大丈夫だ。
遊佐「……と言う事なんだ」
聖「……そう……か……」
さすがにショックを受けた様子の聖。
これで、良かったんだよな?
聖「なあ、猫は何故死んでしまったんだ?」
遊佐「……そう……だな……」
あえて言わなかったのに……。
俺も腹をくくるか……。
遊佐「聖……お前が置いていった鉛筆を食べたからなんだ」
聖「じゃあ、まさか……」
遊佐「…………」
聖「まさか……私が……原因だった……のか?」
遊佐「……事故さ。お前はわる――」
聖「私はそれも知らずに今まで杏を気にしていたのか?」
遊佐「お前のせいじゃない。お前は――」
聖「元凶だった私が何も知らずに!?」
聖の瞳が怒りで染まった。
おそらく、自分への怒りで。
聖「私は……私は!」
遊佐「あ、おい!」
何かに追われる様に、聖はもと来た道を走り出した。
遊佐「待てよ! 待てってば!」
追いかけるが、全く距離は詰まらない。
遊佐「おい! 待てって!」
爆走しながら階段を駆け上がる聖。
踊り場にかかった右足下のタイルが……割れた。
足を滑らせた聖が、ゆっくりと後ろに倒れこむ。
俺の横を通り過ぎていく聖は、呆然とした様子で俺を見つめていた。
慌てて手を伸ばそうともがくが、水あめに絡め取られた様にゆっくりとしか動けない。
全てがスローモーション。
伸ばした手は聖の手には届かず、指先にも触れられない。
落ちていく聖の姿。
倒れこんだ後、耳障りな音を立てながら、下の段にずり落ちる。
何度目かの、地面と体が打ち合う音がなった後、聖の体が止まった。
遊佐「ひじ……り……?」
眠るように瞼を閉じた聖。
血は出ていない。
現実感が全く無かった。
しかし、じわじわと、状況が浸透して来る。
いやだ……。
いやだ!
遊佐「ひじりぃぃぃぃぃぃ!!!!」
…………
……
あの後、俺の絶叫を聞いて、教師が駆けつけてきてくれた。
そして、救急車に運ばれていった。
もう一週間。
五日間は
面会謝絶。
六日目は杏が会わせてくれなかった。
生きてはいるらしい。
けど、それ以上は何も教えてくれなかった。
今日も会わせてくれないかも知れないけれど。
それでも、俺はここに来ることをやめれなかった。
杏「……また、来たのね」
遊佐「……ああ」
杏「どうしても、会いたいの?」
遊佐「ああ」
杏「……分かったわ」
遊佐「
ありがとう」
杏「……やめるなら今の内よ」
遊佐「いや、俺の責任なんだ。だから、見ないと」
俺があんな話をしたからだ。
だから、受け止めなくてはいけない。
杏「……話したのね」
遊佐「すまん」
杏「過ぎたことよ。おかげで納得できた」
遊佐「え?」
杏「会えば分かるわ」
遊佐「……分かった」
杏に連れられて、病室まで歩く。
集中治療室とかの可能性も想像していたが、普通の個室のようだ。
杏「……姉さん。入るわよ」
静かに病室に入ると、聖はベッドで寝ていた。
まさか……。
杏「……植物状態とかじゃないわ。たまたまよ」
遊佐「そうか」
少し安心した。
じゃあ、会わせられなかった理由って何だろう?
聖「ん……ふわぁ……」
杏「姉さん?」
身じろぎして欠伸をする聖に、杏が声をかける。
聖「んぅ?」
杏を見つめ、聖が微笑んだ。
聖「おはよ。あーちゃん」
杏「おはよう」
あーちゃん?
聖「うゆ? このおにいちゃん。だぁれ?」
俺を指差して杏に訪ねる聖。
ちょっとまてこれって……。
杏「クラスメイトの遊佐君。お姉ちゃんを心配して来てくれたの」
聖「そうなんだぁ。ありがとう、ゆさおにーちゃん」
遊佐「杏……まさか……」
杏「…………」
聖「あ、はじめまして、つきしまひじりです!」
まさか……。
聖「5さい……じゃなかった。じゅう……ななさいです」
まさかこれって……。
聖「あーちゃん。やっぱりじゅうななさいはへんだよぅ」
杏「本当なのよ」
聖「でも、ゆさおにーちゃんへんなかおしてるよ?」
杏「彼はそういう顔なの」
聖「そうなの?」
遊佐「いやまて、それはさすがに失礼だろ」
聖「ちがうっていってるよ?」
杏「……どっちでもいいわ」
聖「ねえねえ」
遊佐「ん? なに?」
聖「ゆさおにーちゃんは、あーちゃんのかれし?」
遊佐「え?」
聖「いいなぁ。あーちゃんは、かっこいいかれしがいて」
杏「はいはい」
適当に流す杏に肩をちょっとつつく。
遊佐「とりあえずちょっと良いか?」
杏「……そうね」
聖「うゆ?」
杏「お姉ちゃん。私ちょっと遊佐君と話があるから、また後でね」
聖「うん!」
にこにことした聖に見送られ、俺たちは廊下に出た。
遊佐「なあ。ドッキリだって言ってくれ」
杏「……無理ね」
遊佐「じゃあ、あれは……聖……なんだよな……」
杏「……ええ」
遊佐「するとやっぱり……」
杏「記憶喪失」
あえて考えなかった言葉を杏がさらっと言った。
杏「聞いての通り、5歳までの記憶しかないわ」
遊佐「……5歳……か」
杏「頭を打ったのが原因ね」
遊佐「けど、5歳ってのは、まさか」
杏「多分。そうなんでしょうね」
ため息混じりに杏が頷いた。
多分、俺があの話をしたからだ。
全くの偶然ってこともあるだろうけど。
そう考えた方が納得がいく。
つまり……。
遊佐「全ての原因は……俺だ」
杏「過ぎたことよ」
遊佐「そうはいっても!」
聖「けんかしてうの?」
病室の中から聖が顔を出していた。
それこそ小さな子供がするように。
聖「だめだよ。ふーふげんかはいぬも……ねこさんだっけ?」
杏「喧嘩はしてないわ。それと、犬よ」
聖「そっかぁ」
杏「さ、ベッドに戻って」
聖「うー。つまんないんだもん」
杏「お姉ちゃんは病気なんだから、ね?」
聖「うー。わかった」
渋々頷く聖に、杏が優しい笑顔を浮かべる。
杏「今日はもう帰る?」
聖が部屋に戻ったのを確認してから、杏は口を開いた。
遊佐「……少しだけ、考えさせてくれ」
杏「好きなときに入ってくれていいわ。姉も喜ぶし」
遊佐「……分かった」
杏「…………」
遊佐「どうした?」
杏「……ちょっと自分がイヤになっただけ」
遊佐「え?」
杏「……少し喜んでるなんて不謹慎ね」 *文字サイズ小
遊佐「あ、おい」
小さく呟いて、杏は病室に戻った。
聞き取れなかった。
遊佐「何を言ってたんだろう?」
不意に頭痛が走った。
けど、聖はもっと痛かったはずだ。
遊佐「……俺のせい、だよな」
出来るなら、このまま消えてしまいたい。
それじゃ無責任だ。
頭では分かっている。
しかし、体が、感情が、言う事を聞かない。
制止を聞かずに全て説明してしまった。
その結果がこれなのか。
あまりにも重い。
どうすれば良い?
どうすれば……。
遊佐「俺は……無力だ……」
Bad end
最終更新:2008年10月31日 01:46