ましろ「ばか!」

登校してきた俺が一番最初に聞いたのは、ましろちゃんの罵声だった。
俺何かしたっけ?

聖「で、でも、ほら、一応何でもないって分かったわけだし……」
ましろ「それで満足してちゃダメでしょ!」
聖「む、むぅ」

なぜか聖が怒られていた。

遊佐「何かあったの?」
ましろ「ゆ、遊佐君!?」

そんなに驚かなくても、なぁ。

ましろ「な、何でもないよ」
聖「あ、ああ。何でもないぞ」
遊佐「えー。気になるじゃん」
ましろ「それよりも遊佐君」
遊佐「ん?」
ましろ「今日のお昼はこれね」
聖「ま、ましろ」
遊佐「へ?」

ましろちゃんが差し出した、というより突きつけてきた弁当箱。
いや、まあ、昼飯代が浮くからありがたいけど。

遊佐「これは何の弁当?」

というか何で?

聖「えっと、から揚げと佃煮と……」
遊佐「いや、そう言う事じゃなくてだな」

聖の作なのは分かった。

ましろ「あ、ホームルーム始まっちゃう。また後でね」
遊佐「へ? あ、ちょっと……」

なんだか訳が分からないうちに話を切り上げられてしまった。
……まあ、良いか。

…………
……

そして昼休み。
購買に駆け出すクラスメイト(中島含む)を横目に、俺は悠々と弁当を取り出した。
何で渡されたかは良く分からないけど、聖の作ったのなら味は保証されている。

ましろ「あ、今日もあそこに行くの?」
遊佐「え? ああ、多分」

正直考えてなかったけど。

ましろ「じゃ、行こうか」
聖「にゅぉっ!?」

がしっと聖の腕を掴んで、引きずるように歩き出すましろちゃん。

聖「いや、ちょっ、待ってぇぇぇぇぇぇぇ……」

……そして置いてけぼりの俺。

遊佐「何で今日はあんなにアクティブなんだろう?」

突然の出来事に俺は驚くしか出来ないぜ。

遊佐「……やっぱ、行かないとダメなんだろうなぁ」

諦めよう。
何かを。

…………
……

ましろ「あ、遊佐君。遅いよ?」
遊佐「ごめんごめん」

いつもの場所に到着すると、やはり3人揃っていた。
なぜか、ま杏○聖という横並び。
あまり広くないので、必然的に俺は○のところに座ることになる……のか?
俺の本能が、それは避けろと叫んでいる。
とはいえ、来ちゃったからにはどこかに座らないと……。

――――――選択肢

1.奥に座る
2.手前に座る

――――――分岐なし

ましろ「ほら早く座って座って」

○の部分を指差しながら言うましろちゃん。
逃げ遅れたっぽいな……。
しぶしぶ座るが、やはり居心地が悪い……。

ましろ「んじゃ、いただきま~す」

ましろちゃんを合図に、とりあえず箸をすすめる一同。
……無言。
何でこんなにギスギス気味なんだ?
俺何かしたかな……?

ましろ「ところで遊佐君」
遊佐「な、何?」
ましろ「遊佐君って好きな子とかいるの?」
遊佐&聖&杏「ぶふぅっ」

汚い虹が3つ階段に架けられた。

遊佐「な、なにを突然?」
ましろ「それは気になったからだけど?」
遊佐「考えたことも無いよ」
ましろ「でも、そこそこの期間過ぎたし、気になる子くらいはいるんじゃないかな?」
遊佐「え? いや、それは……うーん……」

ちょっと考えてみる。
この学校超人が多いし、別の意味で気になる人は多いわな。
でもまあ、話のつながりとして、そっちじゃないだろうし?
とりあえず、冗談で誤魔化すか。

遊佐「そうだ。まし――」

ぞくっ

突如走った悪寒に、俺は硬直する。
な、なにが起きた?
新手のスタンドか?

ましろ「誰か気になる子はいるんじゃないかな?」

繰り返すましろちゃん。
何か、目が怖いんだ……が……。
誰かに助けを求め――。

聖「…………」

聖がすごい勢いでこちらを見つめている。
なら――。

杏「…………」

杏もすごい(略)
八方塞がり!?
やばい。
俺の危険感知メーターが振り切っている!
何とかやり過ごさなければ……死ぬ!

遊佐「と、とくに考えたことないなぁ。あは、あはは……」

必死に乾いた笑いを浮かべながら、超視線が泳ぐ俺。

ましろ「そっかぁ。残念」

何とかやり過ごせたか……。

ましろ「じゃあ、聖ちゃんと杏ちゃんならどっちが好み?」
遊佐「え゛」

再び硬直する俺。

ましろ「どっちが好み?」

追い詰められる兎の心境を肌で感じる。

遊佐「い、いやぁ。どっちもそれぞれの魅力があるんじゃないかなぁ」
ましろ「個人としてはどっちが好み?」
遊佐「え、えぇっと。お、俺には選べない……よ?」

むしろこの場で選びたくない。

ましろ「……ちっ」

舌打ちした!? 今舌打ちしたよ!?

ましろ「そっかぁ。仕方ないなぁ」
遊佐「う、うん。ごめんね」
ましろ「……チキン(ぼそっ)」
遊佐「何か言った?」
ましろ「ううん。私食べ終わったから行くね」
遊佐「え? あ、うん」
ましろ「じゃあ、またね~」

あわただしく去っていくましろちゃん。
……空気が重い。
何か俺が悪いみたいな気がするけど、気のせいだよな?
結局食べ終わっても、誰も口を開かなかった。
せっかくの弁当なのに味も何も分からなかった。


…………
……

変な感じだったが、ようやく放課後。
何か妙な予感がするし、早く帰ろう。

中島「おーい遊佐」

……帰らせてくれよ……。

遊佐「何だ?」
中島「伝言なんだが」
遊佐「出来れば聞きたくない」
中島「ましろちゃんが大切な話があるから、校庭の体育用具室に来てくれってさ」
遊佐「聞きたくないって言ったぞ」
中島「お前の意思なぞ知らん。俺は伝えたからな」
遊佐「俺は何も聞いてない。何も知らない。そして帰る」
中島「ましろちゃんのお誘いを、遊佐が断った。って言いふらしてもいいなら帰れ」
遊佐「ぐぅっ」
中島「柊クルセイダーズにボコられたく無かったらさっさと行け」
遊佐「柊クルセイダーズって何だ?」
中島「ましろちゃんの、ファンのグループ達の総称だ」
遊佐「何だそれ?」
中島「要するに怖い集団だな」

嫌なくらい分かりやすい説明、ありがとうよ。

中島「さっさと行って来い」
遊佐「はぁ。腹をくくるか」

今度はなにを質問、いや、詰問されるんだろうなぁ……。

…………
……

遊佐「あれ? 誰も居ないぞ」

体育用具室前は人の気配すらなかった。
あ、扉がちょっと開いてる。

遊佐「中かな?」

薄暗くてあんまり入りたくないなぁ。

遊佐「ましろちゃ~ん。居る~?」

呼びかけても返事なし……か。
入ってみるか。

……。

暗いなぁ。
ん?
奥の方で何かがもぞもぞと……。

遊佐「誰か居る……のか?」

慎重に声をかけてみる。

?「……遊佐か?」
遊佐「そうだけど……って、聖?」

なぜか体操服姿の聖が、奥にマットを敷いていた。

聖「何しに来たんだ? こんなところに」
遊佐「え? ましろちゃんに呼ば――」

ばたんっ

遊佐「へ?」
聖「ん?」

なぜか入り口が閉じた。

がちゃん

遊佐「おいおい嘘だろ」

扉を押してみるが、うんともすんとも言わない。
ご丁寧にカギまでかかってる。

~その頃の外~

中島「ミッションコンプリートだね」
ましろ「うん。ありがとうね」
中島「はははっ。約束は守ってよ?」
ましろ「もちろん。はい、これ」
中島「よっしゃぁ! 夢のバハムルマテリアげっとだ!」
ましろ「じゃ、後は任せて」
中島「うん。またね~」

~再び中~

外からなんかバカな声が聞こえた。
中島は後でシメよう。

聖「なあ、なにが起きた?」
遊佐「……閉じ込められたようだな」
聖「誰かが間違って閉めたとか?」
遊佐「お前のお人よしには頭が下がるが、これは仕組まれてたようだな」
聖「なぬっ」
遊佐「聖。お前は何でここに来たんだ?」
聖「え? えーっと……」
遊佐「ちなみに俺は、ましろちゃんが話があるって呼び出された」
聖「何!?」
遊佐「で、俺の予想が正しければ、聖も呼び出されてるはずだが」
聖「あ、ああ。何かヨガがやりたいから、体育用具室でこっそり練習したいと」

……何でヨガ?

聖「で、動きやすい格好がいいから、体操服で来いと」
遊佐「ま、まあ、お前も呼び出されたわけか」
聖「ああ、そうだ」
遊佐「計画的だなぁ……」

にしても、何で俺と聖をセットで閉じ込めたんだろう?

聖「む?」
遊佐「ん? どうかしたか?」
聖「いや、何かポケットに……」
遊佐「ネズミでも忍び込んでたか?」
聖「いや……」

聖が不思議そうにポケットから紙切れを取り出した。

遊佐「何だ? 御守とかそういうのか?」
聖「そんなものを入れた覚えは――」
遊佐「どうした?」
聖「…………」
遊佐「おーい?」
聖「……な、なんでもないぞ。何でも」
遊佐「明らかに何でもあるじゃないか」
聖「ないったらない!」

何でそんな必死なんだ?

聖「た、多分その内出してくれるだろうし、のんびり待とうじゃないか」
遊佐「んー。そうだな」

実際問題どうしようもないしなぁ。

遊佐「まあ、のんびり待つか」
聖「あ、ああ」

しかし、のんびりと言っても、することないし暇だな。
かび臭いし。

聖「あ、座るか?」

ぽふぽふとマットを払う聖。

遊佐「ん。サンキュ」

……そして沈黙。
何か聖は考え込んでるし。
今日はましろちゃんの不可解な行動で、俺の脳みそも疲れたしなぁ。
朝といい、昼といい、今といい。
そういえば。

遊佐「今日の昼の弁当作ったのって聖だよな?」
聖「ひゃっ!?」

なぜそんなに驚く。

遊佐「違うのか?」
聖「あ、ああ。そうだけど……」
遊佐「ああ。やっぱり?」
聖「よ、良く分かったな」
遊佐「それはまあ……」

朝、何の弁当か聞いたら、献立答えてたしな。

聖「ん?」

とはいえ、素直に答えてもつまらんな。

遊佐「聖の味がしたからな」
聖「んなっ!?」

おー。照れとる照れとる。

聖「ば、馬鹿なことを言うんじゃない!」
遊佐「はっはっはっ。半分冗談だ」
聖「全く……」
遊佐「でも、あれって誰かのために作ったやつだよな?」
聖「それはまあ、そうだけど……」
遊佐「じゃあ、食って悪かったな」
聖「い、いや、それは別に、その……」
遊佐「本来渡す相手って、男なのか?」
聖「え? あ、うん。そうだけど……」

なんかチクッと来た。
聖がそんな女の子っぽい事をしたい相手って、誰だろう?

遊佐「意外だな。聖がそんな事をするなんて」

気になるのに、何か違う言葉が口から出てしまった。

遊佐「まあ、料理が上手いのも意外だったけど」

いや、違うんだ。

遊佐「どかーんとアタックすると思ってた」

けど、滑り出した口が止まらない。

聖「……ダメか?」
遊佐「え?」
聖「私には……似合わないか?」
聖「いけないのか?」
聖「私が誰かを好きになっては」
遊佐「すまん。ちょっと悪ふざけが過ぎた」
聖「そいつの一挙手一投足が、些細な一言が」
聖「私をこの上なく不安に、幸せにしてくれるんだ」
聖「私だって、何で好きになったのかは分からない」
聖「でも、どうしようもないんだ」
聖「胸が苦しくて、死にそうになる」
聖「でも、そいつは何も気づかないで、暢気に笑ってるんだ」
聖「神様は不公平だ。私を悩ませているのはそいつなのに」
聖「そいつが他の誰かと話してるだけで、胸が苦しくなるのに」
聖「何も気づかないで、暢気な笑顔で……」
聖「その笑顔が……大好きで……」
遊佐「俺が悪かった。もういいから……」
聖「……良くない」
遊佐「けど……」
聖「何も良くない」
聖「お前は……分かってない」
遊佐「聖がそいつの事を真剣に好きなのは、分かったよ」

ちょっとだけ胸が痛かった。
何か悔しかった。
多分、俺は……。

遊佐「だから、もう絶対馬鹿にしたりなんかしない」

俺は、聖のこと、好きだったんだろう。

遊佐「応援するよ。お前の気持ち」

応援してあげないといけないんだ。

聖「……やっぱり」
遊佐「どうかしたのか?」
聖「やっぱり、何も分かっていないじゃないか……」
遊佐「え?」
聖「私が……私が好きなのは……」
聖「……お前……なんだぞ?」
遊佐「え?」

時が止まった気がした。
真剣に俺を見つめる聖。
潤んだ瞳には、俺が映っていた。

遊佐「……俺?」

聞き返すと、こくりと聖が頷いた。
なぜか体が震えた。

遊佐「本当……か?」
聖「……やっぱり、迷惑か?」
遊佐「そ、そんなわけ無いじゃないか」
聖「……無理しなくて……いいぞ?」
遊佐「無理なんか、してない」

だって……。

遊佐「だって、俺も好きだから」
聖「え……?」
遊佐「俺も、お前のことを好きだって言ったんだ」
聖「……本当……か?」
遊佐「嘘ついて、どうするんだよ?」
聖「……でも……」
遊佐「じゃあ……」

不意打ち気味に、唇を重ねた。
聖の瞳が驚きに見開かれる。
こうやって伝えることしか思いつかなかった。
ずるいかもしれないけど、これが精一杯だ。
しばらくして、聖が安心したように瞳を閉じて、こちらに身を預けてきた。
嬉しかった。

遊佐「…………」
聖「…………」

どのくらいこうしていただろう?
どちらからともなく、ゆっくりと俺たちは唇を離した。

遊佐「信じて、くれるか?」
聖「……うん……ありがとう」
遊佐「な、何のお礼だよ」
聖「分からないけど……嬉しくて仕方ないんだ」
遊佐「変な奴だな。全く」
聖「お前のせいさ」

二人で身を寄せ合って、俺たちは下らない話に花を咲かせた。
大切な人と、こうやって話が出来る。
これって、幸せな事だったんだなぁ。

ましろ「んしょっと、終わっ……たみたい?」

不意に後ろから聞こえた声に思わず振り返る。
換気窓からましろちゃんが顔を覗かせていた。
結構高いけど、どうやって覗いてるんだ?

ましろ「二人ともおめでとう!」
聖「ありがとう。ましろ」
ましろ「じゃあ、早速開け――わきゃっ!?」

どしゃっ、ガラガラガラ……

遊佐「だ、大丈夫!?」
ましろ「二人とも待っててね!」

窓から遠ざかる足音。

遊佐「やっと出れそうだな」
聖「ああ」
遊佐「出れないほうが良かったか?」
聖「ば、バカを言うな」
遊佐「俺はどっちでも良かったけどな」
聖「へ?」
遊佐「聖と一緒なら、だけどな」
聖「~~~!」

照れてる照れてる。
愛い奴め。

ましろ「お待たせ!」

扉が開け放たれ、やっと外に出れた。

遊佐「新鮮な空気は美味いなぁ」
聖「ああ、そうだな」
ましろ「じゃ、先に帰るから、ごゆっくりね」
遊佐「え? ちょっ――」

止める暇も無く、ましろちゃんは去っていった。

聖「……ましろには敵わないな」
遊佐「同感だな」
聖「……えっと、その……」
遊佐「一緒に、帰るか?」
聖「あ、ああ」

嬉しそうな笑顔に、俺もついつい嬉しくなる。

遊佐「手でも繋ぐか?」
聖「バカ……」

赤くなりながら、俺の手を遠慮がちに掴んできた。

遊佐「バカは無いだろ?」
聖「いや、バカだ」
遊佐「じゃ、俺に惚れたお前は?」
聖「……同じくらいバカかもしれんな」
遊佐「分かればよろしい」

夕日に照らされた聖は、とても可愛かった。
俺が言うのも何だけどさ。
最終更新:2008年11月05日 05:32