意外と静かに一日の授業が終わった。
聖も俺も、特に質問攻めをされることは無かった。

遊佐「なんでだろう?」
ましろ「それはね、みんな以前からそうじゃないかと思ってたからだよ」
遊佐「にゃんですとっ!?」
ましろ「あれだけ毎日仲良く喧嘩してたらねぇ」
遊佐「むぅ」

傍目には仲良く見えたんだろうか。
嬉しくもあり悲しくもあり。

ましろ「それはともかく、遊佐君は傘持ってる?」
遊佐「残念ながら持ってないよ」
ましろ「じゃあ、早く帰ったほうがいいと思うよ?」

ましろちゃんの言葉に窓の外を窺ってみる。
いつの間にか一面鉛色だった。

遊佐「あー。降りそうだね」
ましろ「うん」
聖「む、困ったな。私も持ってきていない」
ましろ「二人で雨にうたれながら温めあって帰ると良いよ?」

なんだろうそのエロ親父的発想は。

遊佐「んじゃ、帰るか」
聖「ああ、またな」
ましろ「一緒に帰ったりしないの?」
聖「いや、私は少し用事があるのでな」
遊佐「あ、そうなんだ。傘もってこようか?」
聖「それほどかかるわけでもないから、気にするな」
遊佐「了解」
ましろ「じゃ、遊佐君。途中まで一緒に帰ろうか?」
聖「え!?」
ましろ「ふふふ。冗談だよ」
聖「そ、そうか……」
遊佐「聖。ちょっと反応が良すぎだ」
聖「むぅ」

そんなだから、からかわれるんだよ。

ましろ「じゃ、またね」
遊佐「うん。また」
聖「また明日」

…………。

遊佐「さて」
聖「ん? 帰らないのか?」
遊佐「待ってようかと思ったんだけど?」
聖「そ、それは構わないが……」
遊佐「何だ?」
聖「多分。目立つぞ」
遊佐「というと?」
聖「職員室だから」
遊佐「どっかで待ち合わせすれば……やめとこう」

誰か親しい人と遭遇したら、からかわれそうな気がする。

聖「分かった」
遊佐「んじゃ、またな」
聖「ああ、また」

聖と分かれ、俺は家路についた。


…………

家に着いた途端、降り出したなぁ。
聖はまだ学校だろうか?
結構きつい雨だから、これは大変だろうなぁ
……。

遊佐「気になって落ち着かん」

うーん。
傘でも持っていってやるかな?
居なかったらそれで良いし。
でもなぁ。
傘差してもちょっと濡れそうだしなぁ。
何か忘れ物でもしてればなぁ。
何か無いかな……。
宿題は……ないし。
サイフは……ある。
うぅ~ん。
教科書はいつも置いてるしなぁ。
お、筆箱が無い。
別に使わないけど、いつも筆箱はもって帰ってるんだよな。
じゃ、筆箱を取りに行く『ついで』に聖に傘を持っていってやるか。

…………

遊佐「……ほんとに良く降るなぁ」

歩き出して数分で、俺の気力は萎えた。
今年は変だなぁ。
やたら暑かったり、季節はずれの土砂降りだったり。
通り雨って訳でもないくさいし。

遊佐「あれ?」

通学路の途中にある公園で、ふと見覚えのある姿が目に入った。

遊佐「聖と……杏?」

二人とも傘も差さないで……何やってるんだ?
なんて暢気に考えてたら、急に聖が力なく座り込んだ。

遊佐「聖!?」

思わず傘を放り投げて駆け寄る。

杏「!?」

こちらに気づいた杏が背を向けて走り出す。

遊佐「聖! どうした!?」
聖「……私は……私は……」

聖がうわ言のように何かを呟いている。
俺には気づいていないようだ。

遊佐「おい! しっかりしろ!」
聖「……遊佐?」

肩をゆすられて、ようやく俺に気づく。

遊佐「どうした? 何があったんだ?」
聖「……遊佐……わた……私は……」

本当に何があった?

遊佐「……大丈夫。大丈夫だ」
聖「……なんと……」

泣きじゃくる聖を抱きしめ、頭をなでる。
聖の体は雨のせいか冷たかった。

遊佐「とりあえず、うちに行くぞ」
聖「私は……なんと……」

返事が無い。
動こうともしない。
仕方ない。

遊佐「ちょっと我慢しろよ?」

呆然としている聖を抱き上げて、俺は家に走った。

…………

遊佐「とりあえずこれで体拭け」

家についてまず、タオルを差し出してみる。

聖「…………」

返事なし。

遊佐「仕方ないな。後で怒るなよ?」

聖を再びかかえあげて、風呂場に向かう。
帰ってきたら入ろうと思って、湯は張ってある。

遊佐「よっ……と」

制服のままの聖を、そっと浴槽に入れる。
まだ呆然としている聖。
この光景かなりシュールだろうな。
まあ、これで風邪は引かないだろうし、しばらくしたら落ち着くだろ。

遊佐「現実に戻ってきたら呼んでくれ」
聖「…………」

まあ、返事は期待してなかったけどな。
じゃ、俺は着替えてくるか。

遊佐「ん?」

出ようとすると制服のすそが引っ張られた。

遊佐「聖。気づいていたならそう言えよ」
聖「……バカ。普通風呂に放り込むか?」
遊佐「悪態がつけるなら大丈夫だな」
聖「……ふん」
遊佐「じゃ、着替えとって来るから、しばらくそのままで居てくれ」
聖「待って……待ってくれ……」
遊佐「何だ?」
聖「もう少し……もう少しだけ……そばに……」
遊佐「仕方ないな。風邪引いたら責任取れよ」
聖「……すまない」

すそを離して湯の中に沈む手を、そっと掴む。

遊佐「だいぶ弱ってるみたいだな」
聖「……そう……だな」
遊佐「俺で力になれるか?」
聖「……分からない」
遊佐「元気出せ。なんて、言わないからな?」
聖「……そうか……」
遊佐「けど、俺は何があっても、お前の味方だからな」
聖「……ありがとう……」
遊佐「とりあえず後で話……へっくしっ」
聖「あ……風邪……引いてしまうな」
遊佐「最初に言ったじゃないか」
聖「すまない……大丈夫だから」
遊佐「分かった。着替えとって来るから」
聖「ありがとう」
遊佐「ついでだしそのまま風呂はいっていけ」
聖「……ああ。そうする」
遊佐「んじゃ、ごゆっくり」
聖「……ありがとう」
遊佐「気にすんな」

…………

さて、俺自身の着替えはともかくとして。
聖の着替えどうすっかな。
んー。
無難にYシャツでいいよな。

遊佐「そういえば」

確か杏も居たよな。
濡れ鼠だったし、どうしたんだろう?
聖が落ち込んだ原因、杏とは考えたくないな……。
一番しっくりくる状況だったけど。
とはいえ、聖をおいて探しに行くわけにも行かないし。
しかし、ほっといたら風邪引きそうだしなぁ。
うーん。誰かに頼むか。
一番信頼出来そうなのは……ましろちゃんかな。
中島は却下だ。

遊佐「電話してみるか」

うむ。そうと決まれば、早速番号をプッシュ。
コール音が1回……2回……3回。

ましろ「もしもし?」
遊佐「あ、もしもし? ましろちゃん?」
ましろ「あ、遊佐君?」
遊佐「ちょっとお願いがあるんだけど良いかな?」
ましろ「内容によるけど?」
遊佐「えっと、杏をちょっと探して欲しいんだ」
ましろ「何かあったの?」
遊佐「俺も良く分からないんだけど……」
ましろ「じゃ、あった事を時間順にお願い」
遊佐「分かった」

…………。
……。

ましろ「なるほど」
遊佐「あんまり考えたくは無いけど、杏は――」
ましろ「聖ちゃんを泣かせたみたいだね」
遊佐「いや、でも違うかもしれないし」
ましろ「本当にそう思ってるの?」
遊佐「だってほら、杏が泣かせる理由が無いし」
ましろ「…………」
遊佐「ましろちゃん?」
ましろ「ごめん。ちょっと眩暈がしただけだよ」
遊佐「体調悪い? それなら他に頼むけど……」
ましろ「違うよ。遊佐君の鈍さにだよ」
遊佐「へ?」
ましろ「とりあえず、こっちは任せて」
遊佐「あ、うん。ありがとう」
ましろ「また後で連絡するよ」
遊佐「うん。お願い」
ましろ「じゃ、切るよ?」
遊佐「ありがとう。頼んだよ」
ましろ「任せておいてよ」

プッ、ツー、ツー。

遊佐「これで杏は大丈夫かな」

多分だけど。
まあ、とりあえず着替え持って行ってやるか。

…………

遊佐「着替えもって来たぞ」
聖「あ、ばかっ、開けるな!」

でも、もう開けちゃってたりする。

聖「ばっ、見るな!」

でも石化してたりする。
バスタオル一枚で何かを絞っている聖も石化している。

聖「は、はやく閉めろ!」
遊佐「ご、ごめん!」

具体的な行動を言われて、ようやく動けた俺。
かなり情けない。
一体何をあんな格好で絞っていたんだろう?
あ、ドライヤーの音が聞こえてきた。
うーんと、着替えは持ってきたし。
ただのシャツだけど
あ、スカートとか?
って色違うよな。
絞ってたの確か薄ピンクだったし。
そんなパーツあったっけ?
…………。
ぱんつか!
もとい、下着か。
そ、そうか、下着をすっかり失念していた。
やばい、何か悶々と……。

聖「……着替えを」

にゅっとドアの隙間から手が伸びてきた。

遊佐「あ、これでいいか?」

とりあえずワイシャツを握らせる。

聖「……他は無いのか?」
遊佐「多分無いぞ」
聖「……はぁ」

諦めてくれ。男の浪漫なんだ。

遊佐「じゃあ、俺は部屋に戻っとくから」
聖「いや、入れ」
遊佐「へ?」
聖「風呂」
遊佐「何で?」
聖「風邪引くだろ」
遊佐「……分かった。適当にゆっくりしててくれ」
聖「ああ」

聖と入れ替えで風呂に入る俺。
何で急に勧めてきたんだろう?
健全な青少年として、ドキドキせざるを得ない。
でも、落ち込んでたし、そんな時じゃないよな。
純粋に心配してくれたとか?
うーん。
…………。
ぽかぽかしてきた。
そろそろ出るか。
最終更新:2009年01月12日 11:21